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第二章 一




 街を溶岩が埋め立て、更に重量に逆らい天に突き刺さるように固まったような不気味な物体がそびえ立つ。


 【創世敬団ジェネシス】はこの物体を『天変地異の山岳』と呼んでいる。【創世敬団ジェネシス】が起こしたことにより、世界のバランスが崩れてしまい、地核変動で出来たことが名前の由来だ。


 『天変地異の山岳』が出来たことにより、この世界線に生息するあらゆる生けとし生ける者の命を糧として築きあげたものだ。そのせいもあってか、この世界の人間からは『破滅の山』とも恐れられていている。


 『天変地異の山岳』の頂上に、一つの、七百メートルを軽く越えているプラハ城風の建造物があった。その上層部は、荘厳と表現できる静けさに包まれ、青白い火を点す蝋燭が薄暗い廊下と部屋を照らされていた。


 荘厳と表現できる静けさに包まれ、柔らかい闇は涼やかな夜気に囲まれたプラハ城風の頂上に設備された、天井の開いた『首塔』の頂に、五つの影がある。


「ふふふ」


 五つの影のひとつ、妖艶なる女性は甘美な表情を浮かべて眺めていた。


 これから起こる大規模な悲劇を想像し、とても楽しみな顔だ。まるで少女のような無邪気さと魔女のような邪気が孕んだ二面性を上手く融合した顔で微笑む。


 そんな彼女の鼓膜を、耳障りな声が聞こえてくる。


「どうやって、ルシアス様やレヴァイアサン様を救出できるとでも思いか?」


 部屋の中央には、燃える灯籠が三つの影の周りを囲むようにある。


 内装は適度に華美で、祭壇と円卓、大理石の床、壁には【創世敬団ジェネシス】が誇るルシアスをはじめとした巨頭達の旗が飾られている。地上を望む天井をのぞけば、何の変哲もない大聖堂である。だが、修道女や神父が集うような聖なる雰囲気は漂ってはいない。


 陰湿な空気だけが聖堂内を支配していた。


 青い炎を受け、【創世敬団ジェネシス】の元帥のひとりが言う。


「救出? 何故、救出しなければならないのぉ?」


 身に着けているのは漆黒を基調としたドレスに身に纏った女である。


 大きく膨らんだ胸元と腰脇を大胆に開け、あちこちに黒いベルトや金具がついていて、妖艶な体の大事な部分を頼りなくも隠している。派手に動いたら取れてしまいそうな感じだが、ギリギリのところを張り付くように取れないみたいだ。さらに腰のベルトには牛の骸骨に似た装飾があり、黒光りするドレスの中で一際邪悪な光りを放っていた。


 彼女は、自分の身長の二倍を誇る長い白髪を愛しそうに撫でる。だらりと下がった背に生えた梟のような形をした翼の根本を隠してしまうような膨大な髪を上から前へ通すように流されている。まとめきれない部分は、床へそのまま広がっていた。


 椅子に座った足組みをする女性の横には、邪悪な光りを放つ漆黒の鍵が置いてある。


 鍵というよりも剣に近い形状をしている。先端は二メートル弱ある、刃のように輝いてそこからギザギザと歯(合い形)がついている。また持ち手となる頭部はブレードのように丸く平らになって装飾はシンプルにされてある。


 彼女は愛しい我が子のように鍵を撫で回す。


 妖艶なる女性は、色欲を膨れ上がらせる異能を持っている。


 性に執着がない者でさえも虜にし、洗脳してしまう彼女に相応しい名前があった。


 リリス。


 “夢魔”の名を持つ彼女は、ルークリスリア陣営を率いる【創世敬団ジェネシス】の元帥の一人だ。


 そんな彼女は、吐息の中に微笑みを混ぜて、言う。


「ルシアス様が何度も蘇るのよぉ。たとえ捕らえられようとも魂まで捕らえられたわけではないわぁ。自殺をすればぁ、檻を抜け出してまた蘇るのよぉ。レヴァイアサンに関しては、油断した彼女の責任よぉ。グラ陣営で何とかなさいよぉ……。他の陣営の救出なんてめんどくさいだけよもぉ……大体────」


「それでも同じ仲間かっ!!」


 対面に座る黒衣白蛇面の女が、声を途中で切らせた。


 つややかな黒髪が美しい。腕まで届くほどの長く漆黒の手袋をはめている。白光りする鱗を精巧に再現した蛇の仮面が顔を覆い、僅かに覗く肌は白磁のように白く、アイラインは黒。黒基調のドレスは肢体が見えてしまうんじゃないかというほどに薄着である。


 口調こそ大人びいているが、声音は若い。


 かたんっ、と音を立てて、黒衣白蛇面の女が席を立つ。それだけで威圧され、男性陣は口をつぐみ。リリスは微笑む。


 彼女が顔を上げると、黒髪がさらりと揺れ、蛇の頭が彫刻された白いお面があらわになる。顔は仮面によって覆い隠されている黒衣白蛇面の女は、周辺の空気が黒く濁って見えるほどの魔性を帯びる。


 彼女の名前は、キリアイ。ロタン──レヴァイアサンと同じグラ陣営のナンバースリーである彼女は、ハトラレ・アローラ──西方大陸ヨルムンにある貧民街で捨てられていたところを拾われ、育てられたためにロタンを母親当然のように慕っている。ロタンもキリアイのことを我が子のように慕っており、約六千七百五十八万人にいる陣営の中で、特に可愛がってもらっていた。


 リリスの個人的事情により、ルシアスが復活するまでの時間稼ぎに使われたことに対して、口を出したことにより、母親当然のロタン──レヴァイアサンが【謀反者討伐隊トレトール・シャス】──煌焔に封印され、捕られられてしまったことに憤慨してしまうことは当然の結果といえる。


「【創世敬団ジェネシス】という大きな枠組みでは仲間でしょうけどぉ。陣営では違うわぁ。陣営での失敗は同じ陣営で取り返しなかさいよぉ。ワタシたち他の陣営を巻き込まないで頂戴……」


「リリス──貴様ぁ! 元は言えば、貴様が〈ゼノン〉の奪還を早めたからこうなったんじゃないかっ!」


 元々は、グラ陣営で〈ゼノン〉奪還で動いていた。それをリリスに急かされて、奪還させる人選をミスってしまった。


 ゴーシュ・リンドブリムの裏切りにより、余計に〈ゼノン〉が出どころがわからなくなってしまった。〈ゼノン〉が次の後継者が人間界にいることを口にしてたこともあり、アガレスは大体の目星を人間界に絞り、ラスノマスを使って調査を行った。【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に怪しまれないように、国々の少年少女をあたかも拉致しているかのように見せかけ、清神翼に的を絞ったのはいいが、未だに〈ゼノン〉は確認はされていない。


 もしも清神翼の下になければ、一体何処へ。なかなか、思い通りに進まず、巨頭であるロタン──レヴァイアサンと作戦の要であったメア・リメンター・バジリスクを【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に捕らえてしまったことに、散々な結果を起こさせる原因を作ったリリスに怒りを感じてしまう。


 リリスのそれがなければ、アガレスが〈ゼノン〉の奪還に成功していたのだ。リリスが余計な口をアガレスとレヴァイアサンに言わなければこうはならなかったと黒衣白蛇面の女性──キリアイは怨みがましい目を向ける。


「知らないわよぉ……。例え、そうだとしても、急かされて失敗するような策をたてたのが悪いのよお……」


 キリアイの視線を飛び回るハエのように鬱陶しげな顔を浮かべて、リリスは関係と言わんばかりに言った。


「貴様ぁ!!」


「待てキリアイ!」


 飛びかからん、勢いで声を荒げるキリアイを前で制したのは、性別も年齢も、聖人か囚人かも分からない声だ。


 容姿こそは人間の老人の身なりだが、中身は三十代後半の男性である。


 アガレス。


 『ゴエティア』によるとソロモン七十二柱の魔神の一柱で、三十一の軍団を指揮する序列二番の大公爵と同じ名を持つ男性は、レヴァイアサン率いるグラ陣営の一員であり、メフィストと【創世敬団ジェネシス】一、二を争う策士だ。


 リリスの横やりがなければ〈ゼノン〉の奪還に成功していたはずの者である。


 敵や仲間などに自分の正体をさらけ出すことを嫌い、いろんな性別と年齢の格好をしている。そのせいで、彼は本当の自分の姿がわからなくなっている。が、元の性別が男性であることは、ルシアスとレヴァイアサン、キリアイだけは知っていた。


 横から聞こえてくる声に、リリスはあからさまに嫌がり、そちらを見ない。彼女は、【創世敬団ジェネシス】の策士であるメフィスト共々アガレスが嫌いである。


 メフィスト、アガレスは、リリスがたてる策が、今後の【創世敬団ジェネシス】──果てはルシアスの計画に影響をもたらすことを聡い知性で明確に把握している。そのため、リリスが提案する策をことごとく却下し続けているため、リリスが二人に対して、苦手意識を持っていた。


 メフィストは、“地獄の道化師”──メフィストフェレスと同じ名に恥じない魂を誘惑し、道具として操り、冷徹に使い捨てる策をたてる。もう一つの通り名である“魂の誘惑者”に相応しく、魂と躯を操る能力を得意とし、彼に誘惑された者を魂と躯が朽ち果てない限り、永久に敵を襲いかからせることが得意だ。


 アガレスは臆病さによって鍛え上げられた頭脳を使ったこそが恐れられた、数少ない者のひとりであり、戦争を仕掛けるというよりは、内戦を起こさせて、自滅を誘うか、弱ったところを攻め落とすといった策を得意している。二人とも、裏で操り戦争を起こさせることは共通しているが、メフィストは国民の魂を誘惑し、操り、躯が朽ちるまで戦わす消耗戦、アガレスは内戦を起こさせて弱ったところを攻めいる策略戦の違いである。


 二人の共通していることは陣営の者をあんまり使役しないことだろう。使うのは敵を利用することによって、【創世敬団ジェネシス】の被害は最小限に留めている。対して、リリスの立てる策は、自分の陣営だけでなく、他の陣営を誘惑して使い捨てるような勢い任せだということだ。彼女が担当した戦場では優勢を保っているが、敵味方関係なく屍が山積みされており、大半は被害が甚大だということだ。


 リリスが策士を勤めたは戦いは、あまりにも死者が多すぎた。彼女は、仲間を信頼していない。自分の欲望を叶える道具としか考えていないのだから。


「アガレス。ワタシが“何気なく”言ったことをホイホイと訊いて実行したのは、あなたじゃなくって?」


 億劫そうに呟きながら、目の前に立つアガレスとキリアイを見上げた。


「……そ、それは……」


 見据えられたアガレスは、体がたちまち強張らせる。


 仮面から微かに覗くマスカラをのせたまつ毛の下で、黒い瞳が冷たく光る。それからたっぷり五秒、キリアイはアガレスを観察して、彼の目は思い出すように目を彷徨わせる。


 頭痛でもしたのか、頭を抱えるアガレスを見て、キリアイが思い当たった。この状況も前にも見たことがあったからだ。


「そんなこと、あなたが〈催眠〉か〈洗脳〉をしたからではないのッ!」


「ふふふ。さぁ知ーらないわぁ」


 リリスはあからさまにせせら笑いながら肩を竦める。豊かな胸がどっぷりと動き、胸元が乏しいキリアイの怒りを逆撫でにする。


 相手を誘惑し、〈洗脳〉、〈催眠〉をかけて思惑通りに動かす、終わったら人格障害などお構い無しに〈記憶消去〉を行い、証拠を消すのが、リリスのお決まりのやり口である。何度も目にしているからこそ分かることだの当たりにして分かっている。彼女が絡んでいると思われる事柄には、死者と記憶喪失者と人格障害者は現れるのがお決まりだ。


「あなたがルシアスが亡くなり、頭領が不在となった期間、自らが統括するルークリスリア陣営だけではなく、他の陣営の者を誘惑し洗脳して無謀な戦いを挑んだ実例が多くあります。今回もアガレス様とレヴァイアサン様を誘惑し、洗脳させて〈ゼノン〉の奪還を急がせただけでしょう」

「そんなの濡れ衣よぉ」


 キリアイに対して、めんどくさそうに息を吐いた。


「濡れ衣ではない。アガレスにより【戦闘狂ナイトメア】に堕ちたロタン様の戦闘能力を見て、行為に近づいたことはわかっているんですよ! お前の策は、無駄に仲間を死んでいくものばかりだけではない。ハトラレ・アローラの宝剣〈ゼノン〉の奪還に関してもそうだ。グラ陣営に任せればいいものの」


「あれはこっちの誤算じゃないわよ。アガレスが勝手にやったことだし、人選をミスったのもアガレスよ。全てがグラ陣営の不手際よ。こちらは、そろそろルシアスが目覚めるからその前に〈ゼノン〉をいつでも献上できるようにしたいとお願いしただけよぉ」


「それが原因だと言っているんだ! あなたは前々からロタン様に近づいていた。それは思い通りに動かせるように心を開かせるためだということはわかっているんだぁ! 他の陣営もそれで、あなたのお願いとやらを訊いて、思い通りに動かされてしまったんだぞ!」


 各陣営の巨頭たち──元帥と将官たちがキリアイの言葉に、うんうん、と頷く。


 各陣営の巨頭たちもキリアイの言っていることを理解しているのだ。


 現在のレヴァイアサンの称号をあたえられたロタンは、アガレスにより【戦闘狂ナイトメア】に堕ちて以降、メア・リメンター・バジリスクと共に戦闘狂という名に恥じない戦闘能力を見せつけ、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】はおろか、亜人や人間問わず生物を殺害していきた逸材である。


 僅か一年も経たずに、グラ陣営で登り詰め、トップとなった彼女はレヴァイアサンの称号を与えられ、七人の元帥となり、グラ陣営を率いってきた。そんな彼女は、七人いる元帥の中ではサタンネス──赤羽綺羅と次に新参者である。陣営間に交流を持ってはいけないことをアガレスから訊いていた。そんなロタンにリリスは、いくらか相談を装って近づいていたことをキリアイは間近で見て、二人を引き離そうとしていたのだが。


 ロタン──レヴァイアサンはリリスに心を開いてしまったのだ。リリスの誘惑が発動する条件は、心を開かせることにある。しかし、いくら気を付けていても、操られるとわかって心を開かせないようにしても、各陣営の巨頭たちのように心を無理矢理に開かされ、操られてしまう。


「あらぁ? だとしたら、ワタシと陣営を越えた交流をしょうとしたロタンちゃんのせいじゃないのぉ。こうならないように、他の陣営間での交流や往き来を禁止していたのだからぁ」


「く──」


 キリアイは悔しげに歯噛みをした。


 確かにそうである。元帥たちはそうなることを知っていたからこそ、五人の元帥たちは陣営間の交流と往き来を禁止していたのだから。


「ルールを破ったのはアナタよぉワタシじゃないわぁ……。ワタシに文句を言うの筋違いじゃないのぉ……」


 リリスは、膨大な髪を肩から横に垂らしたまま、静かに告げる。


「いくらワタシから話しかけても応じなければいいだけよぉ。それをちゃんと教えなかった責任者であるアガレスのせいよお、ワタシの責任じゃないわぁ……違わないぃ?」


 ゆったりとして独特なリズムのあるどこかふわりと浮かび上がる声で、豊満な胸を弾ませながら話したが、対してキリアイは悔しげに見据えるだけで返事がない。


 彼女は首を傾げる。


「どうしたのかしらぁ……? 返事がないわよぉ」


 彼女はくすくすと笑い、


「もしかしてぇ、ワタシがいったことがぁ、正当し過ぎてぇ、文句がいえなくなったかしらぁ……」


 キリアイは白蛇面から覗く目が鋭利な針のような刺々しい視線を帯びていく。スタイルがよい体をくねらせて、あたかも困っているかのように仕種をとるリリスに向ける。


 はあ、とため息を吐き、キリアイはようやく口を開く。


「お前こそ言葉に気をつけなさい。あなたの言葉は、これまで他陣営の者をタブかしているのを認めているのと同じよ」


「だからなにぃ? もぉ認めたんだからぁ。ええそうよぉ……。これまで他の陣営からタブらかしましたよぉ。これでいいでしょぉもぉ……」


 リリスは半ば投げやりに認めて、再び豊かな胸をドプンと動かして肩を竦める。


 彼女の態度と仕草、ついでに胸はキリアイを逆撫でにした。魔力が爆ぜ、キリアイの躯から黒い火炎のようなものが吹き上がった。


 キリアイは、斬りかからんとする殺気を放つ。キリアイの他にも、同じ経験を持つ各陣営の元帥や代表将官がリリスに対して、批判的な視線を向ける。それにリリスは困ったように肩をすくめて、「わかりましたよぉ」とだけ答える。


「気をつけますよおもう……。こんな時に一致団結しないでくださいよぉ……」


 そして、キリアイは殺気を放ったまま、視線をリリスの横にいる者に向ける。


「赤羽綺羅。あなたにも言いたいことがあります」


 キリアイが、視線の延長線にいる者──赤羽綺羅に説明を求めると、ため息と共に口を開く。


「何だい?」


 言葉を紡いだのは、法衣姿の美少年だった。


 赤羽綺羅。


 若くして、赤羽宗家の当主。【創世敬団ジェネシス】で新参者ながらも序列三位の魔力を誇り、ルシアスさえも余裕で上回る魔性を持つ。本性は身の丈が五十メートルほどの赤龍である。綺羅は、キリアイを見下ろす。


「あなたは、メア・リメンター・バジリスクのことをどう考えている?」


「どう考えていると言われてもね……」


「あなたはメア・リメンター・バジリスクとは幼馴染みと訊いています」


「そうだね……」


 赤羽綺羅は、キリアイの言葉に眉間にしわを寄せて厭そうな顔を浮かべながら認める。


「メア・リメンター・バジリスクは、あなたに好意があります。これまで、彼女はあなたのためだとして、動いてきました。それはあなたがサタンネスの称号を得る前の話です。なので、陣営違反ではございません」


「…………何が言いたいんだい?」


 綺羅が苛立たしげにキリアイに問う。声音には、それ以上の言葉を発するな、といった意が含まれている。


 キリアイはそれに気づいたものの、一度出してしまった言葉は引っ込めることが出来ず、真意を確かめるために言葉を紡ぐ。


「では、単刀直入にお訊きします。あなたがメア・リメンター・バジリスクに好意以外のものを抱いていますか?」


 キリアイの問いに、何を馬鹿な、と綺羅は鼻で笑った。


「ふっ…………そんなこと訊いてどうするんだい? 今はいかにして、ルシアスとロタンを救出できるかという会議だよ」


「…………そうですか。ならば、ルシアス様とロタン様──レヴァイアサン様を救出する道すがら、赤羽綺羅への恋心によって【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の捕虜と成り下がったメア・リメンター・バジリスクを始末してもよろしいでしょうか?」


 キリアイの問いに、赤羽綺羅は少しの間も空けずに答える。




「好きにしなよ」




      ◇




 グラ陣営内部にある戦士待機所ではキリアイ率いる陣営内で随一を誇る精鋭部隊を招集し、南方大陸ボルコナの首都カグツチに外れにある収容所内部の地図をテーブルの上に広げて見入っていた。


 グラ陣営の第四番手である親分格、マックが指先を正面入口へ当てて、以前ボルコナ兵にいた頃に収容所で勤めていたことを思い出しながら報告する。


「正面な見張りは厳重だ。出入口どころか窓さえも〈結界〉を張っている上に、少しでも入口や窓に近づくと、朱雀──煌焔本人か、彼女の許可を提示しなければ、動きを封じる術式が発動されてしまう。裏口も同様だ侵入は不可能だ。だからこそ、ルシアス様やレヴァイアサン様、メア・リメンター・バジリスクが囚われているとしたら、恐らく此処以外はないと考えた。他の収容施設にいる可能性はがあるかもしれんが、とりあえずここが一番怪しい」


 その傍ら、険しい表情で地図を睨みつけながら、キリアイは頷きを返す。


「三人が他の収容施設に移動するところを拉致した方が確実でしょうね。下手に手を出して、見張りを厳重にされては脱走は不可能になりますから」


 まずは三人の安全を確認し、それから脱走に向けて算段を、というキリアイに双子の女性戦士、キルルとキララはいかにも能天気そうに笑うと、


「いや。だーかーらーさー、そんなゆっくりやっている暇なんてないんだよーキリアイねぇーちゃん」


「移動しているところを狙ったとしても、収容施設から出なければ意味ないしー。もし〈転移〉で移動されちゃーさ無駄だってば」


「朱雀さんがそういうことに気づかないわけないじゃんー」


「やっぱ、全方位からの一気に奇襲を仕掛けて皆殺し♪ 皆殺し♪」


「そうだ、その方がいい。皆殺し♪ 皆殺し♪」


 なんならあたしたち、今からでも収容施設を銃撃してこよっか? とまるで謝肉祭で悪戯を仕掛ける子どものように、恐ろしい提案をしてくる。しかも彼女たちには本当にやりかねない危うさがあるから恐い。


 キルル。


 キララ。


 長い橙色の髪を三つ編みに括った双子の少女。水銀色の瞳。整った造作の面は、純粋で残酷な嘲笑めいた笑みの形に歪められていた。


 暗色の外套を纏い、身体の各所を、ベルトのようなもので締め付けている。おまけに両手両足と首には錠が施され、そこから先の引きちぎられた鎖が伸びている。腰回りから光沢があるフリルスカートがあるが、かなり短く、隠しきれていない。それはまるで途方もない大罪を犯した咎人か──さもなくば、猟奇的な被虐快楽者だろう。


 そんな拘束衣のような鎧には、漲る魔力が満ち溢れている彼女の手に握られているのは鎖が取り付けられた巨大で重厚なハルバート。重い鉄塊のごとき斧に長柄をつけた武器だ。それに巨大な片翼の装飾がキルルは右翼、キララは左翼が取り付けられていた。それだけでかなりの重量にもあるにも拘わらず、双子は軽々と振り回す。断じて小柄な少女が振り回してよいものではない。いくら拘束衣の鎧をまとった少女が手にしてよいものでもない。それを柳のような細い腕と、白魚のような細い指で振り回すのだから非常識にもほどがある。


 どすっと重い鉄斧を肩に載せて、丸い息を「ふんっ」と吐いた。彼女たちは、今すぐにでも行けると言わんばかり有り余る魔力を見せつけるように溢れさせて、キリアイにアピールをするが──


「悪くないが、そういうのは最後の手段だ。収容施設は南方大陸ボルコナの首都カグツチにあり、朱雀が五分かからず駆けつける位置にある。騒ぎに気づかれて、兵を率いって取り囲まれては意味はない。それこそ、一網打尽にされてしまう……」


 キルルとキララが言ったように全方位からの奇襲を仕掛けて、力ずくで三人を解放する覚悟がある。しかし、相手は英雄で名が知られている朱雀──煌焔がおさめる地だ。他の【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に戦いを仕掛けるよりも危険度は上がってしまう。


 キリアイがルシアスとロタンの救出と、メア・リメンター・バジリスクの暗殺を勝手に申し込んだ身である。陣営の隊員たちには比較的に必要以上の危険に晒されるのは避けたい。


 だが、キルルとキララは不満そうに口をとがらせ、


「なにそれ。あたしたちがルシアス様とロタン様の救出に非必要みたいじゃん」


「キリアイねぇーちゃん、独り占めしちゃダメだよ。あたしたちもロタン様にはいろいろと恩があるんだし」


 他の男性戦士たちも憤りの表情をキリアイへ向けて、


「おいおい、おれたちもロタン様を助け出したいんだぞ!」


「抱きかかえて逃げる体勢も、もう考えてあるんだ! こうやって胸の前で抱っこして、手はここでそこはこう支えてな……」


「オレは、ロタンを連れて逃げた後は、ご褒美のキスをしてもらんだ!」


「オレ様はもっとすごいことをしてもらうぞ!」


「何だと!? ならば、俺はこんなことをしようと考えている!」


「はぁ!? ならおれはこうだ!」


「ボクはこうだ!」


「やめろ、オマエにだけはそんなことをされたくない!」


「キミにはしないから安心しろ!」


「なんだと、このスケベ野郎!」


「うらあ!」


「おらあ!」


 男性戦士たちは下心丸出しでロタンを助け出した後、ご褒美に何をしてもらうかで揉めはじめ、いつものように取っ組み合いのケンカになった。


「いい加減にしろ」


 アガレスが冷たく言い放つと、男性戦士たちの殴り合いは例によってぴたりと収まる。


「アガレスさーん、今日は清掃作業員のおっちゃん何ですかー?」


 年配の朱色の清掃作業員に変装したアガレスは、どかりと椅子に腰を下ろすと、キララの問いかけに顔をしかめる。


「私をさん付けで呼ぶな。様と付けろ。どうもこうも……あそこは朱雀──煌焔の入営許可書があれば、入れる。私が清掃作業員に変装して、中から攻め落として、入口と窓にかけられた防犯術式を解術すればいいだけの話だ」


 何気なく口にしたアガレスの作戦に戦士たちに呆気に返っていると、アガレスは腕組みをして周囲を見回す。


「私と南方大陸ボルコナ出身者ではない戦士一人、特に【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に顔が割れていない者が相応しい。ここは、ガイアが適切だな。私と一緒に清掃作業員として侵入する」


「は、はい……。しかし、収容施設の内部がわかりませんが」


「そんなことは、マックから収容施設内部を頭に叩き込めばいいだけの話だ。マック、ガイアに収容施設の内部を五時間以内に叩き込め」


「……はい」


 マックがガイアと室内を出てくるのを一瞥してから、横のキリアイに目を向ける。


「私とガイアが一緒に清掃作業員として侵入した後、〈念話〉で内部の防犯の術式を解術したという合図をする。キリアイは私が合図した後、部隊を二手に分けさせろ」


「二手に?」


「一つは、救出する道の覚悟だ。もう一つは援軍や朱雀が来た際に、なるべく食い止めるためのしんがりだ」


「……りょ、了解。では、私が────」


「しんがりはキリアイではない。キルルとキララがしんがりを勤めろ」


 キルルとキララは、ウロボロスである。自分が傷つくことを恐れず特効していく彼女は、朱雀──煌焔と同じく不死である。業は、瞬時にコピーし、無限にある魔力を持つ。全世界線に知られた聖獣を相手にするのなら彼女しかいないだろう。


「ロタンを誰よりも懐き彼女たちは、此処に誰よりも朱雀に怨みをもっているだろ。そうだなキルルとキララ?」


「そうだねー!」


「ぶっ殺したいねー!」


 愛くるしい少女ははにかみながら物騒なことを口にする。


「──ということだキリアイ」


「わかりました。では、私は逃走経路を切り開くことですか?」


「いや、違う」


 アガレスは爛々とした狂喜的な微笑みを向けて口にする。




「貴様は我々が探し求めているゼノンの回収の準備をやってもらう」




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