第一章 六十九
「──こんにちわー。では、蓮歌が歌いますねー、いきますよー皆さん」
水波女蓮歌がマイクを口元に持っていき、のんびりとした口調でそう言って、ぺこりとお辞儀をする。
静かな曲調の音楽がスピーカーから流れてきて、彼女は息を吸い込み、静かに声を発した。
──瞬間。
ぞわッ、と。鳥肌が立つかのような感覚が、体表を通り抜けていった。
次いで、段々と曲調が明るくなっていくにつれて、室内のテンションもどんどん上昇していく。
横で、丸い骨組みの周囲に、小さな円形の金属板がが幾つもついた楽器──タンバリンを持って、楽しげにシャンシャンとタンバリンを綺麗な音が鳴らして歌っているのは、シルベットだ。
銀翼銀髪の少女ではなく、銀翼は術式により人間の視覚には捉えないようにし、黒髪ロングの人間の少女となっている彼女は、蓮歌の歌に合わせてリズミカルにタンバリンを振りながら歌を歌っていたのである。
しかも驚くべきことが二つある。まずは、シルベットのその歌声が思わず聞き惚れてしまうくらいに、上手かったのである。蓮歌は、ハトラレ・アローラでは舞姫──人間界ではアイドルのようなものをしていたとエクレールが聞いていた。当然のように、歌とダンスは上手い。しかし、それ以上にシルベットの歌は、蓮歌が歌っているものとは比べものにならないくらい上手いということだ。
そして、もう一つはシルベットが蓮歌よりも上手く歌っているその曲は初見であることだ。学舎にも通えず、人間界の流行歌など教えられていない彼女は現在、人間界でどんな曲が流行っているかなど当然知らない。少なくとも、人間である水無月龍臣から教えてもらった曲はあるらしいが、翼が耳にしたこともない曲名であったことから、かなり昔の歌謡曲か童話か何かだと思われる。そんな彼女がとても耳で聴いて瞬時にリズムを、蓮歌の口の動きを見ながら歌詞を覚えている最中だなんて誰も思わないだろう。
普通なら上手いというだけで、旋律に忠実にというわけでは決してないはずだ。多分にアレンジを含んだ歌い方で、たまに歌詞を間違ってしまうのが当然の結果だといえる。
だからこそ、翼はシルベットの〈瞬間記憶能力〉を人の名前を覚えるといったことに生かさないのか、が不思議に思う。
──“金ピカ”とか、“水臭いの”とか、ただ単に色や特徴を覚えるんじゃなく、名前でも覚えればいいのに……。
「……なんでその能力を生かさないんだ」
翼は半ば呆然と呟いていた。
それくらいシルベットは才能を殺そうとしている。
手筈通りに、先にエクレールと蓮歌がカラオケ店へ入店し、しばらくしてからシルベットと翼が後から合流した。それから百八十分程、普通に空たちにシルベットと遊んだということを植え付けるために、カラオケを楽しんでいた。
主に蓮歌や空が歌っている。時折、亮太郎がしゃしゃり出て来てモテ曲と呼ばれる歌を披露しているが、異世界から訪れた彼女たちの感性には一切響いてはいない。人間的目線の恋愛曲では、龍人である彼女たちの心を不可能ということだろう。もしくは、亮太郎がただ単にモテたいが為に歌っているということを見透かして、わざと興味がなさげに聴いているのかもしれない。シルベットの場合は、『なんだこの変な歌は?』と真面目な顔をして聞いてきたので、亮太郎がモテたいために変にアレンジをかけすぎて、旋律が滅茶苦茶となってしまって聴き取れないだけということが考えられる。普通に歌えば、充分に上手いのに。
清神翼は歌は得意ではない。というか、自信はない。好きなアーティストはいるし、お気に入りの歌はあるが歌おうとは思わない。曲に乗るくらいならば出来るが、自分から歌おうとはどうしても思えない。つまり、自分の歌声に自信がないのだ。だからといって、全然歌えないと呼ばれなくなってしまいそうだから、必ず一曲だけ歌ってから盛り上げ役に転じている。といっても、マラカスなどの楽器をリズムに合わせて鳴らす程度で合いの手は苦手だ。いくら幼馴染みの前でも恥ずかしくって出来ない。
シルベットは歌おうとしていたのだが、曲を入れるタッチパネル式の機械──デンモク・キョクナビの使い方がわからず、翼は一度は、使い方を自分なりにわかりやすく教えたのだが、教えた方が悪かったのか、上手く使いこなせず、シルベットはタンバリンを持って盛り上げ役に転じている。
〈瞬間記憶能力〉を使い、歌い出すシルベットに対して、蓮歌は舞姫──アイドルとして負けられないと、気合いを入れて歌っている。マイク無しで渡り歩くシルベットもそうだが、蓮歌も先ほどよりも感情と気合いが入った歌声にライブ会場さながらに室内のボルテージが上がっていく。その光景を空虚な目で見据えている者がいた。
魔力切れを起こしてから復活したばかりのエクレールである。彼女の目は明らかに死にかけていた。死んだ魚の目に近い。時折、コップに注がれたオレンジジュースを口に付けるが、表情は渇いたままだ。全然潤ってはいない。
ただ、楽しそうに。翼たちと一緒にカラオケで歌ったりリズムに乗ったりできることが、嬉しくて楽しくてたまらないといった様子で、音を楽しんでいるシルベットを一瞥して、呟く。
「……どうして、ですのよ……。先ほどまで、あれだけ戦っていたというのに……、あんなに元気ですのよ……」
エクレールの呟きはもっともだろう。シルベットたちは先ほどまで〈錬成異空間〉で戦っていた。ラスノマス、美神光葉、シン、煉太凰、煉神鳳、朱雀──煌焔、シー・アーク、そして──ルシアス、翼やエクレールが知らないところで、まだ会ったこともない者たちと戦っていた。
ラスノマス、美神光葉、シン、ルシアスの戦いは翼が見ている前で起こったことだ。煌焔とシー・アークは、遠すぎてどうなっているかが全容がわからず、じっと眺めている状況だったため、わからなかった。煉太凰と煉神鳳は知らなかったが、ドレイクから聞いた話では、どうやら鳳凰である二人に無礼なことを働き、戦うことになったらしい。
名前と顔を覚えようとしないシルベットが恐らく特徴をあだ名にしょうとし、それが相手のコンプレックスとして感じている部分だったのだろう。上官であり教官のドレイクを“赤いの”と言ったり名前を一切覚えない上に、煌焔にババアと平気で口にしたりと彼女にはデリカシーが欠けており、聖獣である鳳凰の二人を怒らせる理由としてはそれしか思い当たらない。
二人の予想は見事に当たっているが、シルベットの体力がまだ残っている理由はまだわからないままだ。それも仕方ない。初めて経験するカラオケを大いに楽しみ、歌っては食べて、食べては食べて、飲んでは食べて歌った。とどのつまり、食べている時に消費したエネルギーの補給をしていることに気づいてはいなかった。
次第に、蓮歌もそろそろ疲労感が出てきている。彼女は自他認めるほどに持久力はない。休み無しで八曲ほど歌えば、疲れるのは無理もない。盛り上がっていた空や亮太郎もへたれこんで来ており、休んでいる時間が多くなっていった。そんな中でもシルベットは最後まで衰えることはなく、食べたり飲んだりすれば元気になっている。
後半三十分前に蓮歌はもう歌えなくなり、休憩していることが多くなっていき、歓談の時間が増えていった。
「水波女さんって、歌上手ですね……」
「そんなことはありませんよー……」
蓮歌はにこやかな微笑みながら返した。所見にも拘わらず上手く歌いこなすシルベットに張り合っていたこともあり、歌い疲れてはいるが、それを感じさせないあたりは、流石は異世界のアイドルといったところか。
「スタイルとかもいいですし、何かされているんですか?」
「別に何もしてないですよぉー。強いて言うなら、少しストレッチを」
「そうなんですかー」
インタビューさながら興味津々に蓮歌に訊く空。
そんな二人を横目にエクレールは不機嫌そうに、“ストレッチなんて一度も自分からしてないくせによくもまあ、のうのうと……”と二人に聞こえないように小声で呟いた。
蓮歌は運動嫌いであり、ストレッチを自主的にしたことは一切ない。幼馴染みであるエクレールはそれを側で見ていたこともあり、あからさまな彼女の嘘を軽蔑した目で見据えている。
ハトラレ・アローラでは舞姫──アイドルとして活動をしていたこともあり、民の好感度は必要不可欠であり、自分を持ち上げたくなるのは仕方ないことだ。舞姫でやっていくには、やはり観衆には良いところを見せたいと思ってしまうことは当然だろう。
ただ──人間界まで来てやる意味があるのかどうか。始めから舞姫──アイドルとしてやっていけるわけではない。今は最上位の舞姫である蓮歌でも躓いたことはある。聖獣である両親の力を使わず、隠れて舞姫──アイドルとしての階段を上がっていった経歴を知っている幼馴染みとして、蓮歌が人間界でもハトラレ・アローラでも舞姫──アイドルのように触れ合っていることに心配している。
──人間界まで来てまで、アイドルの束縛にとらわれずにやればいいものを……。
──せっかくの自由を生かせませんと、身に持ちませんわよ……。
少し心配げな視線を蓮歌に向けたエクレールに話しかける勇気がある者が──
「ねえねえ、エクちゃんは歌わないの?」
「……」
エクレールは無視した。
「ん? 音が大きくって、聞こえなかったのかなー。ねえねえエクちゃんてば……」
「……」
少し側まで寄ってきた亮太郎をエクレールは寄ってきた分だけ離れて無視した。明らかに亮太郎の存在を知っていながらも無視をしていることが翼でもわかる。
「ん? どうして離れたの? まだ歌っていなかったから訊いただけでまだ何もしてないよね……」
「……」
鷹羽亮太郎が無視されていることにめげずに軽いノリで話しかけてくるのは、エクレールは無視した。
オレンジジュースが半分残っている自分のコップを徐に手にして口元に運ぶ。ゆっくり啜って、飲んで込んでいく。今は話しかけるなといった空気を漂わせている。
亮太郎が話しかけてきていることを明らかに気づいていて、素知らぬ顔で無視している行動だ。疲労困憊としている時に、明らかに下心がある亮太郎の相手などしていられない。あなたには興味など一切ないから話しかけるな、といった意図の空気をひしひしと伝わってきているが、亮太郎はめげない。
「ねえねえねえねえ、何で無視しているの? まだ何もしてないし、話してもいないよ……。何で明らかに無視すんのさ」
「亮太郎。エクレールも日本から長旅して来たんだ。少し疲れてきたんだよ、きっと……。何も言わないのは、どう言えばわからなかっただけだよ」
翼は思わず助け船を出した。
挫けることなく何度も話しかけてくるウザさは折り紙付きである。しばらくしてから、鷹羽亮太郎は状況を飲み込んだようで、頷いた。
「そうか。なら仕方ないな、ごめん。気づかなかったわ。疲れたなら、言ってもいいよ。オレ、空気とか読めないけど、言えばわかるからさ」
鷹羽亮太郎は、エクレールに頭を下げると、素直に自分の非を認めた。最後の発言に関して、幼馴染みの翼として疑問に思うが、エクレールがぷっつんすることはどうにか防ぎ切った。
翼が安堵した丁度その頃──シルベット、エクレール、蓮歌の元に〈念話〉が送られてきた。相手はドレイクからである。
『清神家、鷹羽家、天宮家を中心にした近所周辺の人間たちの記憶を改ざんする手筈は整った。これより〈仮想〉な七月十五日土曜日の記憶を埋め込む。充分に天宮空と鷹羽亮太郎を“時が過ぎた”と錯覚するだけの記憶を植え付けた後に帰宅させて、合流せよ』
ドレイクの〈念話〉を聞き終えたエクレールは気分を入れ替えるように大きく息を吸い込み吐いた。
すると、さっきまでの疲れぎみで不機嫌そうな顔を申し訳なさそうに変える。翼の助け船を無駄にしないように、疲れぎみな影を残して、エクレールは口を開く。
「申し訳ありませんでしたわ。リョウタロウさん、お気遣いアリガトございましたわ。長旅に疲れてしまったようですわ。ボーとしてしまいましたわ」
ホントに申し訳ありませんでしたわ、とエクレールはギュッと亮太郎の手を優しく握って謝罪した。エクレールに手を握られて、亮太郎はしばらくの間は呆然とする。初めてというほどではないが女子に──しかも金髪ツインテールの異人に手を握られて思考回路がフリーズしてしまったようだ。
彼女の顔と手を何度も確認してエクレールに手を握られているということを受け入れた亮太郎は、沸々と顔を真っ赤にした。まるでトマトのように紅潮させて、謝罪するエクレールの手を恐る恐る握り返す。
「……だ、大丈夫だよ。そ、そんなこと気にしてないから。それよりもエクちゃんが疲れているのなら、今日はここでお開きにして、日を改めて遊ばない? “二人で”」
「ええ。わかりましたわ。今日は楽しかったですわ。不馴れな異国の地で素敵な“友人”が出来て幸運ですわ。また日を改めて“みんなで”行きましょう」
“二人で”、を強調した亮太郎の言葉を“みんなで”で返したエクレール。亮太郎が期待してもエクレールは勘違いしないように、あくまでも“友人”と口にし、彼と付き合う気はさらさらない。現在のところ、エクレールが亮太郎に対して好意を抱いている可能性は零パーセントと言っても差し支えないだろう。今後とも亮太郎に対して好感度が上がるかどうかは彼次第だが、異世界から来た龍人──金龍族の王女であるエクレールが亮太郎に恋に落ちる確率は低く、現時点で想像がつかない。
失恋は確実だな、だとエクレールに久しぶりもしくは初めて握られた女子の柔らかな手に感激した亮太郎は気づいてはいない。恐らくエクレールが勘違いしないように強調して言った“二人で”と“みんなで”は耳にも届いていないだろう。エクレールの手をすりすりと肌触りを堪能しながら、彼の頭の中で自分にとって良い言葉に変換されているに違いないだろう。
亮太郎にすりすりと肌触りを堪能されたエクレールが不容易に彼の手を握ったことを後悔し、引き攣った微笑みで我慢していた別方向──翼の隣で肩を落とすのは銀髪ロングの少女だ。
ドレイクたちから準備が整ったという知らせを受けて、まだ食べることも遊ぶことも足りないシルベットがしょんぼりと落ち込んでいるのを翼の視界の端に入る。
「何だもう終わりなのか……。まだ全メニューを制覇しておらんというのに……」
「全メニュー制覇しなくていいから。そんなことしたら、俺たちの小遣いがなくなるからっ」
翼は思わず声を上げる。
テーブル上には、シルベットが注文し食べ終わった皿が翼の前まで積まれている。オムライス、カレーライス、ラーメン、きつねうどん、パフェは一回はお代わりをして五皿ほど重複していることを考慮しても、その皿の数はカラオケフェニックス四聖市店のメニューの三分の一くらいは食べたことを意味している。金額を考えれば、二万は軽く越えている量を食べても足りなさそうなシルベットに翼は一抹の不安を抱く。
天宮空、鷹羽亮太郎たちと割り勘しても足りるかどうかもさることながら、翼がこれからの夏休みの生活費──両親がお盆休みで帰ってくるまで持つかどうかの心配もある。
全メニュー制覇という言葉を口にしてしまい、それをやりかねないと思ってしまうほどの大食漢のシルベット。エクレールと蓮歌は普通の人間と同じくらい量、もしくは少食くらいの量しか食べないが、彼女たちは【創世敬団】が翼を諦めるまで清神家に居座ることになる。しばらく居候と過ごすのだから必然的に清神家での生活面はこちらでサポートすると見ていいだろう。
だが、それによってかかる生活費──特に食費に関して補填がきくのだろうか。【謀反者討伐隊】の経費で落とせるのだろうか。経費も無尽蔵に落とせるわけではないだろうから、どのくらい経費として落とせるのだろうか、翼の不安は尽きない。
命を護ってくれるのだろうから、足りない分はプライスレスとして諦めた方が無難なのだろうか。翼は心配げな顔を向けていると、シルベットが口を開いた。
「小遣いがなくなったらどうなるのだ?」
シルベットの率直に訊いてきた。
異世界でどう暮らしてきたかは翼はまだ知らないことが多い。どんな扱いをされたかはわからないが、これまで出会って来た異世界の関係者の発言から、学舎──人間界でいうところの学校に諸事情のため通えなかった。そのために、彼女は他の亜人──エクレールや蓮歌と比べたら知らないことが多いことは窺える。
屋敷の敷地内から出ること赦されてはいなかったが、最低限度の教育を受けているのだが、極端に得意不得意があり、知っている知らない、わかるわからないの差が大きい。
日本茶について饒舌に語れるのに、仲間の名前を覚えない。顔と名前を覚える以外は、教えればわかるため翼は教えることにした。
「食べていけなくなるよ」
「それはいけないな。では、ここは我慢して帰るとしょう。で、今日の夕餉は何だ?」
「そうだな。暑いから素麺かな」
「おお! 素麺とはあの白い糸みたいな奴だな。父があれにワサビとヤクミとやらを入れると美味しいと言っておったが、ワサビとヤクミは入れるのか?」
「入れるけど」
「なら、楽しみだな」
シルベットがにこやかに微笑んだ。その様子を見ていた天宮空が申し訳なさそうにして、
「そうだね。長旅で疲れているところを遊びに誘ってごめんなさいエクちゃん、蓮歌ちゃん、シルちゃん」
と、彼女たちひとり一人に向かって謝ると、エクレールは「いいえ。良い日本観光が出来ましたわ。だから気を落とされないように」と言い、蓮歌は「大丈夫ですよー。とても楽しかったです。また誘ってくださいねぇ」とアイドルスマイルにウィンクを添える。
そして──
「何を謝るのだ。ソラが謝ることではない。勝手に疲れた金ぴかが悪いのだ。気に病むことはないぞ。実に楽しかったぞ。全メニュー制覇と歌える歌がなかったことは残念だったが、こんなに楽しかったことは一度もなかった。また誘ってくれると嬉しいぞ。今回は、いろいろと入り用で持ち合わせが少なかったが、奢られた分は倍にして恩返ししょう」
豊かな胸をドンと叩き、シルベットは勇ましく言った。
今回、シルベットが消費した分を倍に恩返しになると四、五万はかかりそうだが大丈夫だろうか。彼女たちは翼のように学生ではない。人間界と異世界を【創世敬団】から護る【謀反者討伐隊】という軍に属しているのだから、どのくらいかは知らないが給料は出ているのだろう。
人間界──日本の自衛隊の平均年収は六百四十万だ。階級ごとによって年収の違いがあるが、二十代の平均年収は五百万程度となり、三十代の平均年収は七百五十万である。三十代は佐官になる人もいて、個人的に大きく年収が跳ね上がる人も出てくるのが主な理由だ。四十代になると平均年収は年功序列による上昇し、階級もさらに上がって平均年収は八百七十万となるが、高卒の場合で年収六百五十万程度で収まり、幹部自衛官だと九百万円にもなるが高卒の平均年収は約三百二十万。大卒の自衛隊の平均年収は四百二十万である。
一時は自衛隊に憧れて仕事内容と年収を調べまくった翼にとっての第一印象は、仕事内容と比較して給料が安過ぎるだった。
自衛隊の任務は日本の防衛、災害派遣、国際平和協力活動といった仕事内容だが、自分の身が危険であれば、命令に従わなくても処罰の対象にならない警察官と違い、命令があれば死ななければいけない。自衛隊の場合は、敵前逃亡罪で罪に問われてしまうことを考えば、日本の平均年収が約四百万ほどと考えると安過ぎる気がしてならない。
シルベットたち【謀反者討伐隊】の年収が自衛隊と殆ど同じということはないと思うが──
心配になった翼は確認のためにシルベットに訊く。空たちに聞こえないように耳元に口をもっていき、小声で話しかける。
「大丈夫なの?」
「何が、だ」
「倍に恩返しするという話だよ」
「それか。無論、大丈夫だ────」
シルベットは途中で〈念話〉に切り替える。
『一応、こう見えても『【異種共存連合】と【謀反者討伐隊】から支援と給付金はもらえることになっているからな』
急に〈念話〉に切り返られ、頭の中に直接、シルベットの声が流れてきて、ビクッとしたが先ほどまで、ダンディな声が頭の中で響いていたこともあり、慣れていたこともあって、何とか声を上げずに済んだ。
翼は〈念話〉を使えないため、〈念話〉で返すことは出来ないため、耳打ちで返す。
「どのくらい生活費をもらっているかわからないけど、日本は物価が高いから無駄遣いしない方がいいよ」
「ふむ。心得ておこう」
気軽に奢ると約束をしてしまったシルベットを心配して翼が言うと、彼女が頷き、異種間交流は終了した。入口近くにいて先に帰り支度を終えた水波女蓮歌、天宮空が室内を出ていき、エクレール、鷹羽亮太郎に次いでシルベット、清神翼が室内を出た。
シルベットはウキウキとした足取りで歩き、廊下を歩いていく。
頼むのを止めると言った途端に、夕食について訊いて切り返してくる辺り、あれだけ食べてもまだ食い足りないことが窺える。家に常備している素麺だけで足りるかどうか心配しながら、今にもスキップしそうなくらいウキウキとした足取りの彼女の背中を翼は見た。自分が作る夕食を楽しみにしながら歩く銀髪ロングの少女を見て、清神家に居候をしている間だけでも、彼女たちの食事の面倒を見てもいいかなと考える。やはり自分が作った料理を楽しみにしてくれて、美味しそうに食べてくれる人に食べてもらいたいと思ってしまうのは、料理を作る身としては素直に嬉しいし、作りがいを感じてしまうものだから。
その後、天宮空と鷹羽亮太郎を自宅に帰らせて、彼女たちは交代制で清神家、天宮家、鷹羽家と往復で見張りながら、空たちの記憶に一日分の〈仮想〉を埋め込んでいった。〈仮想〉が空たちに何の影響もなく機能し、問題もなく無事に終わったとドレイクが判断するまで、翼がドラゴンに追いかけられた七月十四日から三日、空たちに〈仮想〉の記憶が埋め込んだ七月十五日から二日経過した七月十七日だった。




