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第一章 六十八




「はぁ……疲れ────ッ!?」


 清神翼は背伸びした途端に激痛が走った。


 脇腹を裂かれたかのような、胸から肩にかけて深く斬られたような痛みが襲ってから全身を駆け巡る。


 全身がギスギスと痛み、しようがなく、ゆっくりと身体を戻すと、自分の状態を確認すると、ひどい格好だった。


 〈錬成異空間〉内でラスノマスの襲来してきた際に、地面に打ち付けた時により服はボロボロだが、擦り傷はない。外的表面上、内出血はも見当たらなく、打撲や捻挫という痛みではない。どちらかといえば、筋肉痛に似ている。筋肉痛にしても、これまで使ってこなかった部位にも痛みを感じる。翼は筋肉を酷使したこともないことを考え、シルベットが翼の躯に流した銀龍の血液を流し込んだことによる副作用だろうか、と考えた。その読みは正しいことを頭の中の声が教えられる。


『その読み、いいぜ。正解だ』


 正解か……、と翼は項垂れる。正解だと言われて、こんなに嬉しくない問題はない。


『銀龍の血液の効果が弱まっていたからな。治癒力が人間並みに戻りはじめている証拠だ』


 脳裏に微笑んでいる大男の顔が浮かび、翼は項垂れていた肩をさらに落とす。


 ──人間に戻ってきているのは、いいけどさ。何で全身筋肉痛みたいな痛みがするんだけど……


『そりゃまあ、龍人の血液は人間にとって結構、負担が大きい。元の治癒力を底上げているに過ぎないからな。血液の効果を失った後は、それなりの不具合も起こすのさ。銀龍族のお嬢ちゃん────シルベットは少ししか入れなかったようだし、怪我もその度にお嬢ちゃんたちに少し治していたし、血液により向上された能力は使っていなかったからこそ、それで済んでいるんだ。ツバサの場合は、重大な副作用は起きないまま、元に戻るさ。しばらく全身筋肉痛は続くと思うけどな』


 ──しばらくって、いつだよ……?


『わからねぇな』


 翼の問いに声は答えになっていない答えにため息を吐き、後ろに首を向けた。


 翼は現在、ルシアスが〈錬成異空間〉内に創ったショッピングモールの一階にある管理室にいた。そこには、カラオケフェニックス四聖市店だけでなく、ショッピングモール全体に流すことが出来る。


 蓮歌をどうにかやる気にさせるために、エクレールが期待しているといった嘘を吐き、何とか頭の中で訊いたことを少しごまかしながら伝えると、どうにか重い腰を上げさせることに成功したのはいいが。


 どう蓮歌の歌に乗せて超音波をルシアスと彼の親衛隊にだけ聴かすかについてだが、いい案が思いつかなかった。


 店内放送を利用しょうにしても、ルシアスが店内放送できるように精巧に創っているかもわからない。真正面から挑んで叶う相手ではないことは、蓮歌も翼も理解しているつもりだ。どんなに軽薄を張りつかせて友好的に顔を取り繕うとしても、内に秘めた邪悪で残忍な心を隠しきれていない。


 どうにか彼と対峙せずにルシアスと親衛隊にだけ聴かせたかった蓮歌たちは、まず“耳をふさいで”といった歌詞が多様する歌を聴かせた。それにシルベットたちが気づき、耳を塞いでくれるかは勘頼みだった。


 シルベットたちが耳に防音を施された〈結界〉を行使した魔力反応を確認した蓮歌が“大きく声を上げて”といった歌詞をリズムを変えずに違和感なく歌い上げて合図を送り、それに翼は事前に蓮歌から渡された防音を施された耳栓をして、店内放送をマックスに上げて、どうにか乗りきった。蓮歌がルシアスにイヤホンを付けて止めを差したのは、“バカ女”と言われてキレた彼女の鉄槌である。


 ──まあ、親玉が捕まったわけだし、当分は大丈夫だよね……?


 そういって、安堵の息を吐いた翼の頭の中で声が不穏な言葉を告げた。


『そうだったらいいなぁ……』




      ◇




 紅蓮の閃光は天上を席巻し、力を代弁するかのような咆哮が魔力で構築された空間内に響き渡る。幾つもの炎柱が上から下から横から斜めからと、悪魔の名を与えられた青い髪の女性に貫き、または巻きつき、捕らえられ、動きを封じられ、勾玉に封印された。


 〈錬成異空間〉の亀裂の修復と拡張を行いながら、その様子を遠目ながらも見た五人はボー然とハトラレ・アローラでもお見えするには滅多にない聖獣の戦いに目を離せずにいる。


 ひとしきり、落ち着いた矢先に口を開いたのは、美神光葉だ。


「……こ、これで……、お、終わったんですか……」


「そうだと、良いですわ……」


 美神光葉とエクレールは疲労困憊という具合に、ガクンと力が抜けたように降下した。


 瞬時に反応したのは、如月朱嶺とゴーシュだ。如月朱嶺はエクレール、ゴーシュは美神光葉を腕を掴み、肩に掴まらせて助け起こす。


「大丈夫ですか……」


「大丈夫ではないですけれど……助かりましたわ」


「いいえ。こちらこそ、魔力消費が少ない中、障壁のひび割れの修復に尽力していただきありがとうございました。エクレールさんのお陰で助かりましたよ……」


「こちらこそ、人間の割りにはよく持ちこたえましたわ」


 エクレールと如月朱嶺はお互いに健闘を讃え合った。


「お疲れさま」


「あなたが障壁に皹を入れなければ、こんなことにはなりませんでしたけど……」


「それはすまないね、ははは……」


 ゴーシュは肩を貸してあげた美神光葉にジト目で見据えられたが、〈錬成異空間〉に皹を開けた張本人であるため、苦笑いを浮かべるしかない。


 いつの間にか、煌焔と対話している間に美神光葉は〈錬成異空間〉の行使権は戻り、エクレールの術式の引き継ぎは無事に行われ、二人の魔力消費を脅かせていた原因はなくなった。


 しかし、それまでに消費された魔力はすぐに戻ることは出来ないため、魔力切れを起こす寸前で持ちこたえている状態である。


 魔力が充分に戦える状態に自然に戻るまで、美神光葉は六十分、エクレールは百二十分くらいだろうか。いくつもの術式を長いところ行使した分、エクレールの方が回復が遅い。その前に、体力面の回復の方が早いと思われるが、それまで誰かの支え無しでは歩けないだろう。


 ふと、美神光葉はゴーシュと戦っていた東雲謙の姿がいないことに気づく。


「そういえば、ゴーシュ──あなたと戦っていた者が居ませんが……」


「そうかい?」


 ゴーシュはキョロキョロと辺りを見回し、東雲謙の姿がないことを確認した。


「いないね。逃げたのかな……」


「逃がしてもいいんですか……?」


「追いかけても無駄さ。それに、瀕死直前のキミを置いて、追いかけるのは気が引ける」


 ゴーシュは肩をすくめる。そんな彼を美神光葉はもの申す。


「瀕死ではありません。少しは体力は残っています。魔力が浮游するのに足り────ひやッ!?」


「──きゃッ!?」


「──なッ!?」


 美神光葉の強気な発言は地面に降り立った時に、磁力に引っ張られ、崩れ落ちそうになったことにより終了したと同時に、エクレールと如月朱嶺が盛大に地面に倒れ込んだ。


 美神光葉とエクレールは疲労は足腰に及んでいたらしく、生まれたての小鹿のように足がぷるぷると震えている。特にエクレールは美神光葉よりも魔力を消費しているため、足が自分の足じゃないように上手く動かすことが出来ない。


 美神光葉はゴーシュの躯にしがみつき、地面に転がるのは防ぐことは出来たが、エクレールは想像以上に足腰に力が入らなかったことに驚き、思わず肩を借りていた如月朱嶺に強くしがみついてしまった。それにより、如月朱嶺はバランスを崩してしまい、エクレールを支えきれなくなって転倒。美神光葉はゴーシュにしがみつくという醜態をさらしてしまったが、エクレールは如月朱嶺の道連れという形で地面に倒れ込んでしまった。


 ゴーシュにしがみつくといった醜態をさらしてしまったことに美神光葉は顔を赤く染め、エクレールと如月朱嶺は言い合いをはじめる。


「ちょっと、ちゃんと支えてくださいまし!」


「思いっきり引っ張られては支えられませんよ!」


「なんて役立たずですの!」


「そう言われても、いきなり全体重かけられてはバランスが崩れますよ!」


「何ですかそのわたくしが重いみたいな言い方はっ?」


「重かったのだから仕方ありません……」


「ま……、まぁ……、まぁ……、まぁっ! わたくしが重いですってぇ! なんという失礼な言葉ですかッ!」


「事実を言ったまでです」


「あなたも充分に重いですわよ! 早くその重い躯を退けてくださいませ!」


「あなたほど、重くありません」


 絡み合ったかのように倒れ込むエクレールと如月朱嶺は重い重くないという諍いを起こしている横で、案山子に止まる蝉よろしくしがみつくことしか出来ないことに美神光葉は恥ずかしさを覚え、顔を赤く染める。


 横で重い重くないの論争を繰り広げていると、美神光葉はゴーシュに重いか重くないかを気になってしまっていた。


 ゴーシュは苦笑しているだけで、何も言わずに黙って美神光葉にしがみつかれているが、どう思っているんだろうと考えてしまう。


 どうせ義妹以外はどうでもいい、と思っていることはこれまでの彼の行動や言動を見てきいているため、訊いても自分が予想される返答を得られないことは頷ける。それでも、女子として少し気になる部分でもあるが、訊いてどうするんだ、と首を振って振り払った。


 ゴーシュが美神光葉の足腰に力が戻るのを待っている間、少しモヤモヤとした気持ちが彼女の心中を渦巻いていたことは、彼女本人以外は知らない。




「……いったい、これはどういうことだ?」


「私に聞かないでください」


「何で朱雀────煌焔様がいる?」


「知りませんよ……」


「何で【戦闘狂ナイトメア】────メア・リメンター・バジリスクがいる?」


「し、知りませんよ……」


「あそこで倒れているのは……」


「……エクレールと如月朱嶺、ですねぇ」


「で、あの男性とそれにしがみつく女性は?」


「……あれは、ゴーシュ・リンドブリムと美神光葉……じゃないんですか?」


「これは一体、どういうことなんだ……?


 【謀反者討伐隊トレトール・シャス】人間世界方面日本支部派遣部隊第八百一部隊隊長のスティーツ・トレスと厳島葵らが〈錬成異空間〉内に浸入したのはいいが、襲撃されてしまい、それによる立て直しと〈錬成異空間〉の修復を終えて、ようやく駆けつけたのは、丁度そんなときだった。




      ◇




 朱雀────煌焔が【戦闘狂ナイトメア】────メア・リメンター・バジリスクに、ロタン改めレヴァイアサンを捕らえる旨を打ち明けたのは監獄島で封印される前だった。


『お主は赤羽綺羅をネタにまた利用されるだろう。少しでも、何度も繰り返されることに厭気を感じたなら、妾の秘書である鳳凰の二人を訪ねよ。二人を通じて妾に伝えられる』


 煌焔は、周囲にいた憲兵に悟られないように何やら数式が羅列したものが書かれたメモ用紙を〈封〉の術式で服に忍ばされた。


 メモ用紙に書かれた数式の羅列は、【創世敬団ジェネシス】や【謀反者討伐隊トレトール・シャス】が〈念話〉で使用される周波数だということがすぐに理解した。恐らく南方大陸ボルコナの一部にだけ使用される周波数だということが窺えたメア・リメンター・バジリスクは、


『こんな大事なものを【戦闘狂ナイトメア】に渡してどうするんですか?』


 と訊いた。


 すると、


『お主がこれをどう使うかはお主に任せよう。〈ルシアス〉やロタンに告げ口にしてもよい。破り捨てもよい。──しかし、少しでも自分が置かれている状況に不審に感じるなら、連絡できるならしてくれると嬉しい』


 と、英雄である聖獣は答えた。


 これから永遠に釈放をすることが叶わない監獄島で封印される殺戮者に何を言っているんだ……、とメア・リメンター・バジリスクはその時に怪訝に感じたが、破り捨てることも〈アガレス〉やロタンに報告はしなかった。何故か、それを行うことに躊躇いを覚えたからだ。それから公にされていないものを含めると三百三十三回も駆り出された。その度に、あとで赤羽綺羅と会わせると枕詞のように言われたが一切彼と会わせたことはなかった。


 三百三十四回目の今回、メア・リメンター・バジリスクは不知火諸島にレヴァイアサンと別れた後に、服に忍ばされっぱなしだったメモ用紙の封印を解いた。


 〈念話〉には煌焔が言ったように鳳凰のひとりである煉太凰が出た。そこから彼女を通じて煌焔に伝わり、準備は進められたのだった。




「よくぞ協力する気になったな……」


 レヴァイアサンを勾玉に封印し、手にした煌焔は言った。それに、メア・リメンター・バジリスクは顔を向けない。


「あなたがそうさせたのではないですか?」


「妾は、きっかけを与えたに過ぎない。あくまでも、決めたのはお主────メア・リメンター・バジリスクだ」


「そうですか……。それは、もしこの状況が【創世敬団ジェネシス】の誰かに見られた場合、私から煌焔に謀反を起こす算段をたてていたという態勢作りですか」


「違うな。そんな【創世敬団ジェネシス】なんぞに見せる演技などする気はない」


 妾は演技は苦手だ、もうコリゴリだ、とレヴァイアサンが封印された勾玉を懐にしまった。


 メア・リメンター・バジリスクは煌焔に顔を向ける。


「本当でしょうか?」


「疑い深いな……。安心しろ、妾が演技したのは、ゴーシュたちの前で一枚噛んだ時くらいだな。不遜な義妹大好きな変態が妾に対して暴言を吐いたため、演技は中断してしまった。やはり妾には演技は向いてはいない。こういうのは向いている輩がやった方が上手く事が運ぶ」


「そうですか……。騙す騙さないに関して、とやかくいうつもりはありません。ただ、赤羽綺羅に会わせてくださるのでしたら」


「赤羽綺羅か……。彼は現在、捜索中だ」


「捜索中ですか……」


 捜索中、と煌焔の言葉に少しばかりか不安が募る。


 ゾォゥズフゥー・キャリーディスペアー────〈アガレス〉やロタン改めレヴァイアサンの話からよれば、赤羽宗家が【創世敬団ジェネシス】に加担をしていることを知られているのは、水無月龍臣、ゴーシュ・リンドブリム、美神光葉、そして朱雀──煌焔とごく僅かであり、一部の者以外は知られてはいない。その殆どが【創世敬団ジェネシス】であるという確証を得られていないため、容疑者という扱いのはずだ。


 ゾォゥズフゥー・キャリーディスペアー────〈アガレス〉たちが彼女が従いやすいように吐いた嘘ならば、話しは別である。


 メア・リメンター・バジリスクは監獄島の牢獄に封印されていたため、その間の情報を得られなかったが、三百三十三回もレヴァイアサンに封印を解かれ、脱獄している。人間界ならともかくハトラレ・アローラで仕事を与えられた際は、新聞などで情報を耳にしているはずであるはずたが、外に情報を入手した記憶はない。


 恐らく情報を得た時に、メア・リメンター・バジリスクはゾォゥズフゥー・キャリーディスペアー──〈アガレス〉に問いつめたはずだ。その際、ゾォゥズフゥー・キャリーディスペアー──〈アガレス〉かレヴァイアサンに〈催眠〉と〈洗脳〉で記憶を消されたに違いないと考える。


 だとしたら、自分が今持っている記憶が怪しくなってしまう。思い出される記憶が偽りではないか、とメア・リメンター・バジリスクは全く信じられなくなる。そんな彼女の当惑を感じ取ったのだろうか。煌焔は不敵な笑みを浮かべると、腰に手を当てる。


「何を動揺している。記憶を操作されていると感じて、自分を信じられなくなったか。ならば、今の自分を信じてみればいい。少なくとも、妾は幼い頃のお主を見ている。その時からお主は赤羽綺羅を慕っていたのは、恋愛経験が少ない妾にもわかるくらいだったのは確かだ。妾からして見れば、その思いだけは変わっていないと思うがな」


 赤羽綺羅への思いを信じろ、と煌焔はメア・リメンター・バジリスクの背中を押した。その言葉がまるで舞台役者の決め台詞であるかのように、〈錬成異空間〉が解かれ、現実世界に戻っていき、太陽の光がさっと煌焔の背を照らし、そこで止まった。


 水平線が明るみ初め、星の光が大きな太陽に隠されようとしている。水平線から昇る太陽から既に強烈な光が放ち、メア・リメンター・バジリスクはたまらず目を閉じる。


 だが、一瞬、ほんの一瞬だけ、彼女の背後に朝陽が、光の環を重なって見たような気がした。


「お主が監獄で封印されていた四年間程前から、赤羽宗家らはどこかに雲隠れしたらしく、消息不明だ。だが、安心しろ。捜索には少し手を焼いたが、大体の目星は付けることに成功した。確たる方面にしらみ潰しに捜索の範囲を広げた結果、残るは【創世敬団ジェネシス】の根城だけとなった。まだ内部での捜索してはいないが、そこにいる確率は高い。これから妾が間者を入り込ませて、本格的に捜索を開始するつもりだが……────メア・リメンター・バジリスクよ、どうだ?」


 煌焔はメア・リメンター・バジリスクに手を差し伸ばす。


「赤羽綺羅を【創世敬団ジェネシス】から奪還するために協力する気はないか? 【創世敬団ジェネシス】から奪還されるのを手を拱くよりはいいと思うが……」


 煌焔の誘いに少しばかり躊躇いを見せながらも、その手を取った。


「わかりました」


 メア・リメンター・バジリスクの言葉に煌焔は朗らかに微笑むと、


「いい返事だ。不慣れな間者をやらせるつもりはないが、赤羽綺羅がいるとわかったら、奪還作戦に協力してもらうぞ」


 二人は堅い握手を交わした。




      ◇




「なるほど、朱雀──煌焔様はレヴァイアサンを誘き出すためにボルコナ兵を率いれて人間界に来られたということですか?」


 スティーツ・トレスは腕を組んだまま、朱雀──煌焔に視線を向ける。


「左様だ」


 煌焔は頷く。


「レヴァイアサンを誘き出すには今しかなかったからな。これに彼女が乗るかどうかは賭けだった。元老院の中に間者の可能性があった以上、秘密裏に事を進まなければならなかったために驚かせてしまったことを詫びよう。すまなかったな」


 煌焔が謝罪すると、後ろにいた鳳凰やボルコナ兵も頭を一斉に下げる。千も近い炎の化身たちが一心乱れぬ、謝罪にスティーツ・トレスは驚く。スティーツ・トレスはその様子を人間界のならず者──反社会組織に似ていると感じてやまない。


 そんな隊長の傍にいた厳島葵は横目で様子を一瞥し、煌焔の隣にいたメア・リメンター・バジリスクに話をかける。


「で、あなたは〈アガレス〉やレヴァイアサンによって、何度もあなたの封印を解術し脱獄させられ、約束を守らなかったことに不信感を抱き、今回、煌焔の下に寝返ったということですね?」


「簡単にまとめるとそうですね……」


「そうですか。ファイヤー・ドレイク、ゴーシュ・リンドブリム、美神光葉、エクレール・ブリアン・ルドオル、如月朱嶺もそんな感じですか?」


「ふむ」


「私は、不本意でも何でもありません。煌焔様の指示に従い、自分の判断で動きました」


「私は、そうですね……非番をもらって近くまで来ていたのですが、その次いでに手伝いました」


「わたくしは……まあ、不本意ですが…………といいますが、まとめ過ぎてはなくて」


「ボクの場合は、我が愛しい義妹──シルベットのために、尽力したんだけどね……」


 ファイヤードレイク、如月朱嶺は頷き、美神光葉も思い出す素振りを見せ、エクレールは不承不承ながらも肯定した。ゴーシュだけは大げさに手を広げて義妹の愛を舞台俳優のように語ってはぐらかす。


 そんな彼を咎めるように厳島葵は口を開く。


「ゴーシュ・リンドブリム、ちゃんと答えなさい。あなたの場合は、ハトラレ・アローラの宝剣〈ゼノン〉をエタグラに勤務する守護龍と巫女たちを惨殺した嫌疑がかかっているんですからね」


「またそんな嫌疑がかかっているのかい?」


 ゴーシュは心外だと言わんばかり肩を竦める。事実、〈ゼノン〉をエタグラから持ち出したのは、ゴーシュで間違いないが、守護龍と巫女たちを殺したのは彼ではない。そのことを知っているのは美神光葉だが、彼女は彼を助ける気はさらさらない。


 美神光葉としては、先程、魔力切れを起こしかけて、彼の躯にすがりついた状況を【謀反者討伐隊トレトール・シャス】人間世界方面日本支部派遣部隊の殆ど見られていることもあり、下手に肩入れするようなことを口にして共犯者の疑いをかけられても困る。彼女は、厳島葵の取調を受けるゴーシュに下手に肩入れせず、状況を傍観とする。


「ええ。まだ嫌疑はかかっていますよ」


「仕事が遅くってしょうがないね。まあ仕方ないけど……」


 ゴーシュは少しうんざりしたように顔を顰める。それでも無駄に爽やかな微笑みは変わらない。【謀反者討伐隊トレトール・シャス】人間世界方面日本支部派遣部隊が逃がさないように取り囲んでいるにも拘わらず、余裕さえ感じられる。


 そんな彼に対して、ムッとした顔をして厳島葵は問う。


「あなた、罪を犯した自覚はあるんですか?」


「ないね。だって、やってないもん。無罪で冤罪さ」


 ゴーシュはあっけらかんと答える。


「まず、ボクがエタグラに到着したのは、美神光葉が到着後だよ。それについて、美神光葉が連れてきた部下が証言やら、犯行時間と思える時間帯にノース・プルの国境近くの空域で憲兵と軽い挨拶を交わし、ボクの自慢の我が愛しい義妹──シルベットについて語ってたはずだけどね……」


「……た、確かに、証言があったようですけど…………」


 隣にいた美神光葉が“そんなことしてたんですか……”と呆れ顔を浮かべる。それをめざとく発見すると、ゴーシュはサムズアップして返した。


 美神光葉として、先程、ゴーシュと朱雀────煌焔と対峙した時に恋仲に間違われるといった飛び火が降りかかっては困ると、厭な顔をしてそっぽを向く。ちなみに、厭な顔は本意から表情に出したもので演技ではない。


 つれない彼女の態度にゴーシュは肩を竦めると、厳島葵に問う。


「それに〈ゼノン〉を盗ったという確たる証拠もないそうじゃないか。捜査官は確証もないのに憲兵だけでなく、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】まで動かしてボクをつけ回しているそうじゃないか。ホント……、ちゃんと防犯カメラとか、よく調べた方がいいんじゃないの」


「私は捜査官ではありませんからわかりませんよ。そういうことは、取調室で憲兵にでも言って、無実を晴らせばいいでしょう」


「わかったよ。調度、憲兵もいることだしね」


 ゴーシュは、ふと、白い法衣を着た憲兵に目を向ける。


 サングラスをかけたパンキーな髪型をした男性だ。これほど法衣が似合わない男性がいるだろうか、というアフロ頭だ。


 憲兵にさえも見えない彼にゴーシュは視線を向けて、


「憲兵、でいいんだよねパンキーくん」


「パンキーくんとは、これはいいあだ名だなおい。それはお前が無事に無罪放免となった暁に、親友になった時にでも呼んでくれやゴーシュ・リンドブリム」


 ハハハ、と声を出してひとしき笑った後、サングラスを少し下げてゴーシュを見ながら憲兵らしからぬ男は、ざくざく、とゴーシュの前で歩いてくる。


「メア・リメンター・バジリスクを追え、とファーブニルのオルム・ドレキに頼まれたが、まさかゴーシュ・リンドブリムに会えるとは思いもしなかった。貴様からは、いろいろと聞かなければならんからな」


「お手柔らかに頼むよバララ・ルルラル」


 バララ・ルルラルと呼ばれた男性は、ゴーシュの手首に脱走防止の術式を編み込まれた手錠をかける。


「フルネームは、舌を噛むぜ。だからオイラのことをバララと呼べよゴーシュ」


 バララは金髪アフロ頭を風で揺らながら、爪楊枝を取り出して噛んだ。


「そうするよ。“【神の雷光バラキエル】”──バララ」




      ◇




 ラスノマス。


 レヴァイアサン。


 そして──


 ルシアス。


 ラスノマスは取り逃がしてしまったが、【創世敬団ジェネシス】の組織の絶対的頭領たるルシアス、複数構成されている陣営のうち、グラ陣営を率いる元帥レヴァイアサンは捕らえることに成功した。


 今回は、不明な部分も多く危険視されているレヴァイアサンを朱雀────煌焔を封印し、捕らえたことは【謀反者討伐隊トレトール・シャス】────ハトラレ・アローラの勝利に一歩近づけたといってもよいだろう。彼等は【創世敬団ジェネシス】という組織であるが、陣営は独立している。ルシアスを先頭不能にして捕らえても七つの陣営は、七人の元帥によって、各世界線に置いて、生き物を襲い、乱獲を行うだろう。


 【創世敬団ジェネシス】討伐には、ルシアスや七つの陣営をまとめる七人の元帥の討伐が急務といえる。


 しかし、遭遇しても、正体を見た者に顔や姿、能力や得意とする魔術を克明に告げられないようにと呪いをかけられているため、曖昧な情報だけしかわからないことが多く謎が多い元帥たちを捕らえ、討伐することは困難だった。


 だからこそ、ルシアスとレヴァイアサンを生きたまま捕らえたことは討伐の一歩といえるだろう。


 バララは援軍を頼み、煌焔と白夜、鳳凰らボルコナ兵の護衛の下でルシアスと彼の親衛隊十三。レヴァイアサン、ゴーシュ・リンドブリム、メア・リメンター・バジリスク、シー・アーク、東雲謙を連行した。


 残されたシルベット、エクレール、水波女蓮歌、如月朱嶺、ファイヤードレイクは【謀反者討伐隊トレトール・シャス】人間世界方面日本支部派遣部隊第八百一部隊と共に今回の戦闘の後処理を急ぐ。


 スティーツ・トレス率いる【謀反者討伐隊トレトール・シャス】人間世界方面日本支部派遣部隊らは、ゴーシュと東雲謙が戦って〈錬成異空間〉の障壁が破壊し、現実世界で起こった現象を目撃した全ての人間たちから事情聴取を行い、目撃したという記憶と映像と画像といった記録の抹消──それに伴う辻褄を合わせるための記憶操作を行い、シルベットたちはカラオケ店で寝かしていた空たちのことをどうにかしなければならなかった。


「かなりの時間が経ってしまいましたわね……。これでは、ソラさんたちには、ただ“時が経つのが早い”といった誤魔化しは難しいですわ」


「それは、貴様の力が戻るのを待っていたからだろう」


 シルベットの憎まれ口をエクレールは無視された。


「……しょうがないので、ソラさんたちの記憶に架空の記憶──〈仮想〉を構築させて、寝ていた分の記憶を埋めるありませんわね」


「それは一体どういうことだ金ピカ?」


「……銀ピカ──あなた、わかりませんの…………」


「わからんな」


 シルベットは首を傾げると、エクレールは大きなため息を吐く。


「はぁ…………わかりましたわ。このわたくしが、わかりやすく教えてあげますわよ……」


「え?」


「え?」


「え?」


「え?」


「え?」


「……え?」


 その瞬間、エクレール以外の全員が疑問の声を発し、疑問の声の五連鎖にエクレール本人すら遂に疑問の声を上げてしまう。


 戸惑うエクレールに、シルベットが言う。


「金ピカ、貴様……」


「何ですわ?」


「普段の貴様なら、“これだから学舎に通っていない半龍ですわ”みたいなことを言って喧嘩を仕掛けてくるではないか? どうしたのだ? 素直に教えるとは? 熱でもあるのではないか?」


「な、何を言ってますのよ! いちいちわからないあなたと喧嘩をしている余裕がありませんのよ! だからといって、教えませんと任務を遂行できませんから教えてあげていますのよっ!」


 エクレールのおでこに手を触れて熱を測ろうとするシルベットに彼女は手厳しい態度でシルベットの手をはね除ける。様子だけ見れば、普段のエクレールと変わりないように見えるが、何となく普段の彼女と比較すれば、素直になったように感じてしまう。


 後ろにいた翼と蓮歌にシルベットが驚いた表情を向けてくるが、翼と蓮歌とてエクレールがどう心境が代わったのか窺うことが出来ない。


 何となく、事情を察したドレイクと玉藻前は頷き、唯一、事情を知る美神光葉は苦笑した。


 その様子に、


「な、何ですのよ皆して……それより、時間がありませんわ。さっさと致しませんといけませんのよ」


 パンパン、と手を打ち、乱れた気を引き締めていく。


「まず、〈仮想〉とは、制限または消失した記憶の代用となる記憶とですわよ。つまり、要は制限または消失した記憶の穴埋めと辻褄合わせですわね。〈仮想〉にもっとも必要なものは、現実的であることですが、わたくしたちは、ソラさんたちとは殆ど初対面といっても差し支えありませんので、精度が高い〈仮想〉は不可能ですわ」


「どういうことだ?」


「わたくしたちはソラさんたちとは知り合ったばかりですのよ。まだ挨拶程度の者が知らない者の記憶を【想創像造そうそうぞうぞう】できると思いまして? すぐに夢幻と気づかれてしまうような〈仮想〉では駄目です。一時しのぎとしても仮の記憶──〈仮想〉で空白となった記憶を繋ぐことにより脳にかかる負担を軽減することができますが、それでもやはり一度は一緒に過ごした方が〈仮想〉は作りやすいですわ」


「それはつまり、カラオケ店内の時計を一旦、入店した時間帯に戻して、そこから何分間してから、銀ピカとツバサさんが入店して、しばらく遊んだという記憶を刷り込ませてから、一日経ったという〈仮想〉を構築するのだな」


「そうですわ。その間には、ドレイクさんと如月朱嶺さんには、ツバサさんやソラさんたち家族の下に行って、半日分の記憶を消して、一度帰ってきて、一日経ってまた遊びに行ったという〈仮想〉を記憶に刷り込んでほしいのですわ。そこの美神光葉さんとその従者にも手伝ってもらいますわ」


「仕方ありませんね……」


 やれやれ、と美神光葉を肩を竦めて応じる。それにシン・バトラーも礼儀正しく礼をした。


「もう一度、一日をやり直す手筈が整ったら、家に帰宅してもらいますわ。そのまま家で過ごしてもらい、早めに寝かせて、もう一日の〈仮想〉を穴埋めれば、負担はありません」


「ほう。まずは〈仮想〉ではなく実際に遊んだという記憶を与えて、“時間があっという間に経ってしまった”ということにしてソラたちを帰らせて、普通に過ごしてもらってから、もう一日目を〈仮想〉の記憶を埋め込み、辻褄合わせをしょうという姑息な策か」


「姑息とは何ですの!」


 エクレールの言葉はシルベットに無視される。


「しかし金ピカ、その策では起きている間は、日付がわかるようなテレビや新聞を見てしまえば、おじゃんではないか?」


「おじゃん、とは最近は言いませんわよ」と言った後に、「それにはいろいろと配慮しなければなりませんね……」とエクレールは考える。


 そこで手を上げたのは、如月朱嶺だった。


「日付を見ても気にしないように、〈仮想〉で記憶が埋め込まれる一日の間だけ〈催眠〉を使えばいいんじゃないでしょうか?」


「そうですわね……その方がソラさんたちにも負担がありませんわね。それで行きましょう」


 如月朱嶺の提案は採用された。


「なんか日付が書いてあるな、くらいの違和感だけに抑えて、無事に一日乗り切れば、何とかなりますわね。しばらくしたら忘れるように暗示をすればいいでしょうし。ですが、一日中は、清神家、鷹羽家、天宮家と三つの家族を見張らなければなりませんがね」


 エクレールは翼に目を向けて判断を迫る。


 誤魔化すにも限界がある。記憶操作せずに、空白を埋めることはかなり難しい。どうしても違和感を覚えてしまうかもしれない。わざわざ三人の記憶を操作するために清神家、鷹羽家、天宮家と三つの家族を巻き添えにした辻褄合わせだ。それには不測事態が想定されるかもしれないだろうが、もう引き返すことは出来ない。


 何故なら、人間の記憶を〈仮想〉で埋められる日数は最低でも一日が限度だということ。


 それ以上は、違和感がどうしても拭えることは出来ないことや、きっかけがあれば思い出そうとしてまうことを翼は夢の中で、大男から聞かされた。


 これ以上は、〈仮想〉で埋められる一日を過ぎてしまうだろう。これは、その最後通告だ。


「わかりました……。お願いします」


 翼は深々と礼をしてお願いすると声をかけたのはシルベットだった。


「私たちに任されよ!」


 ドン、と豊かな胸元を叩くシルベットは勇ましかった。





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