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第一章 六十五




 現実世界──四聖市。


 四聖駅前にあるショッピングモールの中にあるカラオケフェニックス四聖市店の前に、シルベットたちは、ようやく到着した。現在、シルベットたちは〈錬成異空間〉から出る前に、現実世界で怪しまれないように一旦、着替えを行い装いを替えている。


 シルベットは背中の翼を見えなくし、水色のワイシャッツに紺色のキャロットに、玉藻前は耳と尻尾を隠して、巫女服と同じ緋と白を協調したワンピースに取り替えている。翼は、戦闘により汚れたり破れていたりと損傷が激しかった衣服を玉藻前が術式で新品同様まで復元してもらった。


 シルベットとの戦いにより、致命傷を負ったシー・アークだが、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に救命要請を出し、緊急搬送してもらった。玉藻前の懸命な治癒力により何とか傷は塞ぐことに成功し、どうにか出血は止まったが、まだ危機的状況を乗り越えたわけではない。予断は許されない状況だ。助かることを祈るしか出来ない。


「では、シルベットよ。清神翼と一緒に水波女蓮歌及び天宮空、鷹羽亮太郎とやらと合流したら、天宮空と鷹羽亮太郎を無事に自宅に帰して、清神翼をひとまず安全なところに避難させ、護るのじゃぞ」


「安全なところとは? 自宅にいても、“黒いの”に〈錬成異空間〉に誘い込れたのだが。同じようなやり方で拉致されてはどこにいても同じような気がするぞ」


 シルベットは心配げな瞳で玉藻前に言った。彼女と翼は、数時間前に“黒いの”──つまり美神光葉に〈錬成異空間〉に誘い込まれていた。それは違和感を感じた数瞬の早さで、自宅の玄関先で亮太郎とやり取りしている最中の翼と傍らにいたシルベットを引き込んだ。また同じように〈錬成異空間〉に誘い込まれては、いくら安全なところにいても同じことだ。シルベットはそれを危惧している。


 そんな二人の心配など、余所に玉藻前はあっけらかんと口を開く。


「そんなこと簡単じゃ。〈錬成異空間〉封じの〈絶界〉か〈結界〉を使えばよい」


「〈錬成異空間〉封じの〈絶界〉か〈結界〉……?」


 玉藻前の言葉を復唱して、シルベットは首を傾げた。まるで初耳といった具合に。


 シルベットのそんな反応に玉藻前は頭を抱える。


「まさかだが、〈錬成異空間〉封じの〈絶界〉も、〈結界〉もわからないわけではあるまいな……?」


「知らん」


 素直に知らないことカミングアウトをしたシルベットは、胸の前で腕組みをする。


「初耳だ。わからない。どうすればよい」


「教示を願っている態度ではないな……まあよいぞ。教えてやる」


 そう言って、玉藻前はシルベットの側まで来ると、簡単な術式の発動の仕方を教えはじめた。


「〈錬成異空間〉封じの〈絶界〉も〈結界〉も、術式の応用じゃ。〈結界〉も〈絶界〉も中に入れる人物も人数も、延いては術式も制限できるのはわかっておるじゃろ。非対象者を人物ではなく、術式──つまり〈錬成異空間〉にすればよいだけの話じゃ。これで、いざ〈錬成異空間〉を行使されても引き込まれる心配はないということじゃな。人物制限よりも術式制限の方がイメージしやすいじゃろう。その点では、〈結界〉の方がやりやすいじゃろ」


「どうしてだ?」


 シルベットは首を傾げて、玉藻前に訊いた。すると、玉藻前は答える。


「〈結界〉は、既に術式制限をかけられておるじゃろ。特に攻撃術式は」


「確かに」


 シルベットは頷く。


「洗練されたイメージがなくとも、条件さえ当てはまれば上手く機能するな」


「そういうことじゃが。〈結界〉と〈絶界〉の違いは人物制限にある。特に、難しいのは〈絶界〉じゃな。〈結界〉も〈絶界〉も既に敵の攻撃を防ぐためにあるのじゃが……〈絶界〉は〈結界〉ほど融通が利かんのじゃ。不特定多数の人間や亜人、はイメージしづらいじゃろ。不意に訪れる人間は多いはずじゃ。前もって連絡してくれる家族や親戚、友人知人はまだ良いが宅急便や郵便、ご近所さんや客人は設定できん。〈結界〉は、清神家に用事がある人間と設定すればよいだけ何じゃが。〈絶界〉は詳細なイメージと設定を術式に編み込まなければならんのじゃ」


「なんか、面倒くさいな……」


「めんどくさいのう……。〈絶界〉とは、即ち絶対領域の意じゃから仕方ないじゃがな。つまり〈結界〉と違って、既に術式にあらゆる者や術式に制限がかかっておる。対象者をイメージして条件に加えておけば、通れる〈結界〉と違って、あゆふやなイメージも設定も無視される。不意な客人にもはっきりとしたイメージしなければならぬし、敷地内を通る不特定多数の生き物や物体さえも制限にかかっておるからな。近所だったり、訪れそうな親戚や知人を既にイメージしやすいようにしておかなければならぬからな。それが必要が無いのなら〈絶界〉で〈錬成異空間〉封じは可能じゃが。こういった街中や自宅では、完全に近づけられん〈絶界〉は使わない方が身のためじゃな。後々、めんどくさいことになるからのう」


「だとすると、〈結界〉で〈錬成異空間〉封じさえすればいいだけか」


「そうじゃな。まだ街にいる人間全員の顔を覚えておらんじゃろ。田舎と違って、この辺の人間たちを全てイメージしやすいように記憶したりするのは至難の業じゃからな。無理せずに、〈結界〉で〈錬成異空間〉封じをした方が無難じゃな。四聖市に住まう人間や四聖市に働いている人間と条件を出せば、この辺の者でも、出入り可能じゃからな」


 そう言った玉藻前は、カラオケ店の前に来て、


「どれ。妾が最初にお手本として〈錬成異空間〉封じの〈結界〉をかけてみると…………ん?」


 カラオケ店の方に掌を向けた玉藻前は何かに気付く。


「妙な気配があるのう。しかも三つじゃ」


「それはどういう……」


 翼が訊くと、玉藻前は振り返らずに答える。


「そのままの意じゃ。あの水波女蓮歌という魔力の他に別の魔力反応がある。どちらかいえば、一つは痕跡じゃがな……」


「痕跡……。痕跡ということは、術式を発動した後ということか……」


 シルベットが玉藻前の言ったことを考えながら言うと、玉藻前は頷いた。


「うむ。そうじゃな。どちらも戦闘系の術式では違うようじゃが……ん?」


 玉藻前は、またしても何かに気付き首を傾げる。


「今度は何だ……」


「……かかっておる」


「え」


「え」


 玉藻前の言葉に、シルベットと翼の声が重なる。


「〈錬成異空間〉封じの〈結界〉が既に何者かの手によってかかっておるのじゃが……」


 玉藻前は、ゆっくりと振り返る。シルベットと翼に視線を合わせて、彼女たちは翼を護るように前に立つと、いつでも攻撃術式の行使と武器の召喚をできるようにと臨戦態勢を整えてから、カラオケ店へと足を踏み入れる。


 シルベットも玉藻前も〈結界〉に弾かれることなく、店内に入れた。翼も恐る恐ると店内に足を踏み入れたが、〈結界〉に拒まれることなく、普通に入ることが出来た。


「どうやら、この〈結界〉を張った者は妾らを招き入れているようじゃな」


「だとすると、味方か?」


「まだ敵の可能性はある。それに、この〈結界〉を構築する魔力の光りには見覚えがある。もしも妾の考えが正しければ、用心してこしたことはない……」


「つまりまだ油断大敵ということか……」


「そういうことじゃ」


 刑事が犯人の根城に踏み込むかの緊張感で会話をしたシルベットと玉藻前。


 店内を不審者よろしくキョロキョロしながら、店内を進んでいく。誰もいないカラオケ店に、不審な動きをする女子中学生と幼女。他の人間に見られたらどんな言い訳をすればよいか見当もつかず、翼は誰か新しい客が入ってきやしないかとヒヤリとする。


 周囲を見渡し、そこで翼は、店内に客どころか、受付カウンターには店員もいないことに気付く。接客業として、店員不在はいかがものだろうか、とカラオケ店フェニックスの運営に、少し心配になる翼だが、あることに気づいた。


 何かが、おかしい。翼は受付カウンターの天上にある電光掲示板の時計を見る。午後七時。まだまだ人が眠る時間でもないはずなのに、何だか辺りが夜の森みたいにひどく静まり返っている。店外の喧騒も聞こえない。妙な、違和感。


 翼は振り返り、店の外を眺めるが至って変わった様子が窺えない。誰もカラオケ店に興味を示さないだけではなく、外から音が全くしない。無音。


 行き交う人は、全くこちらに目もくれず、歩き去っていく。そこに、何もないかのように。


 そう言えば入店してから、誰ともすれ違っていない。店内から入る人もいなければ出る人もがいない。それどころか、異常に静かだ。


「店内には、BGMが流れていない……」


 カラオケ店内には流行歌や宣伝など、ひっきりなしに流れているはずの店内が一切無音なのだ。夏休み初日だというのに店内に人がいないのもおかしいが、店内にBGMが流れていないのは、かすかな違和感は明確な“異常”に進化させた。


 誰もいない。誰も出入りしていない。休日はいつも狭いと感じるフロアがやけにだだっ広く感じられる。人の気配が一切ないのと相まって、真新しい廃墟に迷い込んだようである。


 不気味さを明確に漂わせている。これで明かりが消えていたら、と考えたら背筋に冷たいものが走る。そんな灯りだけが心のゆとりの店内を進んでいく異世界の亜人に、異変を知らせようと前を進むシルベットと玉藻前の方へと警戒しながら向かう。


 シルベットたちは、無人の受付カウンターの様子を注意深く見ている。刑事のように慎重に捜査をし、受付カウンターの奥にある扉が無防備にも空いていることに気づく。


 シルベットと玉藻前は目配せだけで合図をし、シルベットはカウンターを音もなく飛び越えて、受付カウンター奥に向かう。


 玉藻前は、翼の側まで来ると、不安がる彼に優しく声をかける。


「安心せい、翼よ。妾らが護ってやるぞ」


「あの……」


 玉藻前の言葉を訊いた翼は多少なりとも心を落ち着かせて、カラオケ店内の違和感を彼女に告げた。


「店内の様子がいつもと違う。いつも店内中のスピーカーから音楽や宣伝が流れているんだけど……一切流れてなくって、無音なんだけど……。店の外も行き交う人が一切、カラオケ店に興味がなくって。夏休み初日の今頃の時間帯は混んでいるはずなのに……」


「店内中のスピーカーから音楽と宣伝が流れていなく無音……、店外の人間たちは、こちらに興味を示さないとな……」


 翼の言ったことを反芻するように口にする。


 カウンターの奥にあるドアの前に来ると、僅かに開いたドアの向こうから人間の足が見えた。


 誰か倒れている。シルベットは急いでドアを開けて、入室する。室内には、手前に折り畳み式のパイプ椅子とテーブルあり、ソファがある。奥にはファイルが沢山入った戸棚をパーティション代わりとして、沢山のテレビモニターが置かれていた。手前を休憩室、奥が警備室のような感じの部屋である。


「大丈夫かおい大丈夫か!」


 呼びかけるが応答はない。


 倒れていた人間は、大体二十歳前後の男性である。胸のネームプレートには、赤沼と明記されていた。


 シルベットは、生死の確認をするために、胸元に耳を押さえつけて鼓動音の確認した。続いて、手の付け根を押さえて脈拍を測って確認。どちらもドクンドクンとした正常な脈をうっている。


 口元に耳を近づけ、息をしているのかどうかを確認する。すーすーと呼吸音が鼓膜に優しく届いた。


 間違いなく生きている。単なる気絶である。大事に至らなかったことにシルベットは安堵する。


「ん……?」


 ふと、シルベットの鼻腔に妙なニオイが漂っていることを嗅ぎ取った。


「何だこのニオイは……?」


 シルベットが嗅ぎ取ったそのニオイは仄かだが、鉄製に近い臭い。


 それはまるで、翼が通っている市立四聖中学校に行った時に〈錬成異空間〉に引き込まれた(自ら飛び込んだ)二戦目──空間を漂っていた高濃度の鉄製に近い臭い。血液に似た鼻孔を強く刺激する臭いに加え、饐えた独特の臭いがいつの間にか空間内を漂い、猛威を振るっていたあの悪臭に似ていた。


「何故……あの時の悪臭がこんなところに……?」


 シルベットは立ち上がり、室内を見渡した。


 警備室と休憩室が二分にされている以外は、何の変哲もない室内だ。家具に関しても、術式に必要な羅列で並んでいるわけでも、罠系の術式を編み込まれている様子は窺えない。


 では一体……。血生臭いニオイが漂っているのか。ニオイと罠系の術式を行使した出所を探すが、視界も鼻も見つけることはできなかった。


 シルベットは瞼を閉じて腕組みをして思考を巡らせる。


「う〜む……、これは流石に“ちっこいの”に判断を煽った方がよいだろうな」


 三拍の間を有してから、目を開けたシルベットは、そう判断した。


 シルベットは、ドア脇で倒れていた二十代前後の男性──赤沼貞治の横を通り抜けようとして、


「なんか邪魔だな……。気絶しているだけだから、そこのソファとやらに寝かせておくか……」


 シルベットは赤沼貞治を軽々しく持ち上げると、丸太のように担ぎ、近くにあったソファに降ろして寝かせる。風邪を引かないように近くにあったタオルケットをかけてから、いざ【創世敬団ジェネシス】や敵組織との戦闘に陥った時に巻き込まれないように〈結界〉で護らせてから室内を出た。


「中で人が倒れておったぞ」


 室内を出たシルベットは開口一番に、玉藻前と翼にそう言った。


 玉藻前と翼は周囲を窺うような挙動で店内を見ていた。その光景を見て、シルベットは何事かあったと瞬時に判断する。


 受付カウンターを飛び越えて、玉藻前と翼の前方に立つ。


「何かあったのか?」


 シルベットの問いに、玉藻前は答える。


「この〈結界〉……、〈錬成異空間〉封じだけではない。人払いも施されておるぞ」


「人払いだと……」


「恐らく特定の人間、もしくは既にいる人間以外はこのカラオケ店には入れんように出来ておるん」


「それってつまり……どっちだ?」


 シルベットは玉藻前に問う。


 【創世敬団ジェネシス】か、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】か、はたまた別の組織か。


 翼とシルベットは、前者を願いながら玉藻前の言葉を待つ。


「恐らく……」


 玉藻前は、よくと考えながらも口を開いた。その答えに、二人は呆然とすることになる。




「────メア・リメンター・バジリスクじゃな……」




「え……」


「へ……」


 耳にしたこともない者の名にシルベットと翼は呆気にとられた。


 そんな二人を(特にシルベットを)横で見て、玉藻前は深いため息を吐く。


「翼は、まあ……仕方ないが、シルベットは知らないのか?」


「訊いたことがあるような、ないような……まあ、そんな感じだ」


「どっちなんじゃ……」


「すぐに、思い出せないほど忘れたか、知らないということではないか」


 シルベットはそう胸を張って答えた。別に胸を張るようなことではないことを翼でさえも理解できる。そんな彼女を玉藻前は呆れ果てると、メア・リメンター・バジリスク────【戦闘狂ナイトメア】について、掻い摘まんで説明した。




      ◇




 〈錬成異空間〉──四聖市。


 その高空にて、爆炎の閃きが、幾百の弾子を放射させて空域へ広く飛び散る。


 たちまち、幾多の噴煙が戦闘空域に咲き乱れた。焼け爛れた幾万もの火線が死の御使いのごとく、真っ赤な網の目を空間へかぶせる。赤黒い閃光の尾を曳きながら、闇のような漆黒のドレスを身に纏った女性は、両手に握られている、散弾銃を背後から追いかけてくる者たちに向ける。編隊を組んだ白い法衣を着た者たちだ。誰もがフードに目深に被っており、口元だけでしかどんな表情を浮かべているかわからない。


 そんな彼らに、形状は水平二連ソウドオフショットガンに似ているが、骸骨と骨組みの装飾が施された禍々しい威容を称えているその銃を向けた。


 散弾銃を向けられた十もいる白き使者はひるまない。むしろ戦闘がはじまり、喜々としている。それぞれ規則正しく並んで十もの白い法衣を着た者は、格好だけならば、神に使えし天使だが、表情は死へ誘う悪魔といっても、七割が不思議に思わない邪悪さを女性────メア・リメンター・バジリスクに向けている。


 メア・リメンター・バジリスクは、格好こそ死神だが、彼らの顔と比較するのなら邪悪さは一切ない。むしろ慈悲深き微笑みを讃えて、左旋回、右旋回、さらに左旋回と、彼らを翻弄させながら、赤い月が見護る世界を舞う。


 ふと、白い法衣を着た者の一人が目深に被ったフードを脱ぎ捨てる。


 サングラスをかけたパンキーな髪型をした男性だ。これほど法衣が似合わない男性がいるだろうか、というアフロ頭を風で激しく揺らながら炸裂砲弾の網目をくぐって接近してくる。味方が一人、また一人と、女性が放った網にかかり、砲弾が炸裂させて墜落していく。


 サングラスをずらして、こちらを捕捉した男性は、味方が墜落していく中を構うことなく、少女を目掛けて迫ってくる。パンキーな男性の口には、どういう訳か爪楊枝。


 女性────メア・リメンター・バジリスクもまた驀地に、心中でパンキーな男性へ爪楊枝を噛みながら戦闘は危険ですよ、と思いながら向かっていく。両者、真正面から相対しつつ、戦闘速度で突っ込んでゆく。


 パンキーな男性は右腕をメア・リメンター・バジリスクに向ける。彼女も散弾銃を男性に向けて、擦れ違う直前で、たちまち炎の華が閃いた。


 アフロヘアーの男性が繰り出した炎の弾丸と、メア・リメンター・バジリスクの銃弾が砕け散ったが〈錬成異空間〉の赤い月に照らされた深紅に炎の華を咲かす。


 咲き乱れた爆炎を縫うようにして、アフロヘアーの男性とメア・リメンター・バジリスクは急旋回しつつ互いの背後を取り合う。


 縦の円舞と横の円舞が、空間へ幾重にも折り重なる。


 二人の魔力光から曳かれた閃光がテールランプのように、舞の軌跡を天上に刻みつける。黒と白が縺れ合い、噛み合い、血を流しながら天上を舞う。


 気がつけば、白い法衣を着た者はパンキーな男性だけになっていた。


 一人だけ残されて、メア・リメンター・バジリスクとの一体一との戦いを繰り広げられている。


 この日まで少なくとも平均五百年以上、中には一千年以上もの時間をかけて己を磨き上げ、鍛え上げてきた戦士たちが真正面から激突し、あっという間にその命を散らしていく。蓄積されてきた莫大な労力が戦闘という形になって空域に結集したが、呆気なく敗けて、地上に撃ち落とされて、紅い華を咲かす。


「…………ッ!!」


 二人の位置から二千メートル程も離れていて、堕ちていった仲間の姿は空豆くらいの大きさにしか見えない。亜人ならば、治癒力ですぐに戦線に復帰することが出来るはずだが……。


 一向に、墜落していった仲間は戦線に復帰してこない。


 メア・リメンター・バジリスクの弾丸には、治癒力を遅らせるか、利かなくする呪術をかけているのだろうか。パンキーな男性は互いに翼が触れ合わんばかりに接近しながら、身を捩るように躯をくねらせ、捻り込み、回転しながら三次元空間を光速で移動しつつ、メア・リメンター・バジリスクに照準に収めらせないように飛び回る。


 呪術をかけられている可能性をかけられている以上は、彼女の弾丸に直撃はおろか掠ることさえも赦されない。メア・リメンター・バジリスクが照準器に捉えられない空戦軌道を光速で描く。


 これでパンキーな男性を捉えることが不可能となったメア・リメンター・バジリスクだが、弾丸を放ってくる。それはやけくそで撃ったものではない。照準器で捉えることを不可能と諦めて、ほぼ勘だけで撃ってきたものだ。パンキーな男性のすぐ横を弾丸が通過する。しかも、少しずつ迫ってくるではないか。彼はサングラスを取っ払う。


 照準器に捉えることが出来ない程の空戦軌道を光速で移動する敵に勘だけで当てにくることなど、神業だ。


 ならば、こちらも本気を出すとお気に入りのサングラスを投げ捨てたパンキーな男性は、武器を召喚する。


 それは散弾銃だ。メア・リメンター・バジリスクと同型の水平二連ソウドオフショットガン。彼女とは違い、煌びやかな銀の華の装飾をあしらったものだ。


「さあ、行くぜお嬢ちゃん……」


 パンキーな男性は、身を捩らせ、くねらせ、捻り込み、時には回転しながら、空戦軌道を縦横無尽に光速で移動しながらメア・リメンター・バジリスクに迫る。


「面白いわね。でも……」


 そんな彼に優しく微笑みながら、水平二連ソウドオフショットガンの銃口を向けながら、口を開く。


「────私の方が速い」


 銃口から火が吹き、弾丸が飛び出す。遅れて、アフロヘアーの男性の銃口からが弾丸が放射された。


 二人が銃弾が砕け散り、天上に爆炎が咲き乱れる。


 雌雄を決することが出来なかった二人は、水平二連ソウドオフショットガンに魔力を込めて、弾丸を装填する。今一度、放とうとして、二人は銃を構えて止まった。その時、二人の聴覚に直接響いてきたのは、〈念話〉だった。


『こちらは、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】人間世界方面日本支部派遣部隊第八百一部隊隊長であるスティーツ・トレスだ。この度、水無月シルベット、エクレール・ブリアン・ルドオル、水波女蓮歌、ファイヤードレイク、如月朱嶺【謀反者討伐隊トレトール・シャス】人間世界方面日本支部派遣、特別清神翼守護部隊に応援に駆けつけた部隊だ。この〈念話〉を聞こえたのなら、報告をされたし。繰り返す────』


 パンキーな男性とメア・リメンター・バジリスクの耳に伝わってきたのは、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】人間世界方面日本支部派遣部隊第八百一部隊隊長であるスティーツ・トレスの〈念話〉だった。


 〈念話〉を通じて、連絡を寄越せと必死に呼びかける声が繰り返し飛ぶ。


 およその状況をスティーツ・トレスの〈念話〉から察するに、どうやら清神翼を護っていたシルベットたちと連絡が取れない状況がありありと窺える。一体、何が起こったのだろうか。パンキーな髪型をした男性とメア・リメンター・バジリスクは何気なく心配げな顔を浮かべていると──。


 厭な予感が過る。


 ふと、不安が押し寄せてきた二人は市街地の上空へ、目を送ってみた。赤い月に染められた厚い雲が立ち込めていく。目を凝らしてみると、何かが猛進してくるのを感じた。


 それは、視認するよりも早く、二人は厭な予感として感じ取った。本物の戦士が身につくとされている。一定区域に存在するが見えない敵を、視認するのではなく五感を超えた何かで捕捉すという、来襲の前兆。


 二人は、スティーツ・トレスの〈念話〉を聴きながら、その人影から目を離さないでいた。目の前に、敵がいるにも拘わらず、離すことが出来ない。


 スティーツ・トレスの呼びかけにさえも、遠くなっていき、遠のいていく。代わりに聴こえてきた、それは────


 歌だった。


 聴きいってしまう美しい声にパンキーな髪型をした男性が魅いってしまいそうになる中、メア・リメンター・バジリスクだけがそれを見据えていた時、それは、天上の厚い群雲を突き破り、天空から一直線に、青闇色の槍が降り注いできた。


 一本ではない、二本、三本……パイプオルガンのような形をした無数もの鎗が先頭に続いて間断なく、降下角六十度で突っ込んでくる。




 【誘宵神威詩姫乃破軍大鎗】。




 大気と擦れあう不気味な音色を響かせて、メア・リメンター・バジリスクの網膜に映じた。鎗と共に降臨してきたのは、漆黒と深い青の魔装を着用した女性────。


 【戦闘狂ナイトメア】。


 ロタン改めレヴァイアサンが邪悪な微笑みを浮かべて、〈錬成異空間〉に顕現した。


「さあ。お仕事を始めましょうか? そのためにあなたを脱獄をさせたのですから」




 ──あれは、【戦闘狂ナイトメア】……っ!


 ──しかし、【戦闘狂ナイトメア】は此処に……。


 パンキーな髪型をした男性は、横にいるメア・リメンター・バジリスクに目を向けると、彼女は、忌々しそうに天空にいるレヴァイアサンを見ている。


「レヴァさん、わかってますけど……、私に与えられた役目はやってます。これからのことは、あなたの仕事では、ないですか……」


「はあ……。口答えしないでください。私の命令は、全て〈アガレス〉の命令だと思ってください」


「……」


 納得がいかない、不満を露にした顔でメア・リメンター・バジリスクはレヴァイアサンを見つめて、返事をしない。それを反抗ととったレヴァイアサンはため息を吐く。


「反抗期ですか……。あなたは、全く……」


 そう言って、手を上げると、周りを浮遊するパイプオルガン型の鎗の穂先がこちらに向く。


 何をするのだろうか。パンキーなヘアスタイルの男性は二人の成行を固唾を飲んで見ていると、大容量の魔力が鎗に装填されていく。


「おい、そこの【戦闘狂ナイトメア】ッ!」


 アフロヘアーの男性は思わず声を上げる。魔力は装填されてもパイプオルガン型の鎗に蓄積され続けると、メア・リメンター・バジリスクに向けられた各主砲は鎮魂歌に似た音色を奏でる。一目で放射し、直撃をすればひとたまりもない。


 高度七百メートル、無情にも魔力の雨はメア・リメンター・バジリスクとアフロヘアーの男性の頭上に降り注がれた。


 これまでの戦いで経験したこともない魔力の雨に、メア・リメンター・バジリスクはゆっくりと、手にしていた散弾銃を向ける。


「〈拒絶の弾丸〉」


 メア・リメンター・バジリスクは、大容量の魔力の雨に弾丸を放つ。


 その弾丸は、魔力の雨の途中火花を上げて爆炎を起こすと、込められた魔力の残滓が放物線を描き、メア・リメンター・バジリスクとアフロヘアーの男性の周囲を飛び交い、〈結界〉を形作る。


 魔力の雨は、メア・リメンター・バジリスクが放った〈拒絶の弾丸〉に拒まれただけではない。降り注いだ魔力の粒子を片っ端から彼女の散弾銃に取り込まれていく。


 全ての魔力を取り込んだメア・リメンター・バジリスクは、躯を翻して、見事な引き起こしで急上昇に移ると、上空に向かって放射した。


 すると、〈錬成異空間〉の上空で素晴らしい炎の華を咲かすと、恐ろしく練度が高い連射をレヴァイアサンに投下した。レヴァイアサンの放った魔力の雨と比べたら、規模も威力は劣っているが、奇襲としては、これほど敵の死角を取るには十分だろう。


 アフロヘアーの男性は、魔力の雨が弱いところを見切って、網目をくぐって光速でレヴァイアサンに接近。肉迫する。


「くっ……」


 少し気を男性の方を向けながらもレヴァイアサンは〈結界〉を展開させて、身を護ろうと試みる。


 その瞬間。




「〈灼殲槍軍〉」




 全長百七十メートルの赫灼とした炎柱が声と共に、上方に向けて生えた。遅れて、どうん、という轟きが空間を圧し、さらなる爆炎が盛り上がった。


 二回、三回、続けざまに炎柱が魔力の雨が降り注いだ場所をなぞるかのように空中で火線を描き、レヴァイアサンへ襲いかかる。


 下方に〈結界〉を張ろうとするが、時すでに遅い。


 一切容赦なく、第二、第三の炎槍がレヴァイアサンの躯を貫いていく。


「くあっ!?」


 野犬の群れに狙われた羊のごとく、彼女は血を吐き出し、よろけながら躯を貫いた炎柱を抜いてその場から逃げようとするが、次々と、その身に炎柱が貫いていき、身動きが取ることは出来ない。並の亜人でも即死相当の重傷を負った哀れなレヴァイアサンの運命は決していた。


 魔力でも治癒不能な重傷を負った彼女の両脇から、メア・リメンター・バジリスクとアフロヘアーの男性は術式を行使する。


「〈封〉!」


「〈封〉!」


 二人の声が重なって、魔術は起動した。


 レヴァイアサンの周囲を淡い光が包み込み、手、足、胸、腹と躯に煌びやかな光に幾重に巻きついていき、拘束される。身動きがとれず、魔術を行使はできない。もはや戦闘能力はないとみるや、レヴァイアサンを炎柱で貫いた者が頭上にゆったりとした速度で現れる。


「やっと現れたな。来ると思ってたよ」


「来ないはずでしたけど……そういうことですか」


「どういうことかはわからないが、大体当たっていると思うぞ」


 そう言って、旧友たる炎の化身は笑った。


 レヴァイアサンは、少し困ったように微笑むと、旧友である炎の化身に懐かしむように口を開く。


「最初からメアちゃんは、そちら側だったんですね────ホムラちゃん」


「そういうことだ」


「説明してもらえますかホムラちゃん?」


「教えてやる義理などない」


 そう言って、煌焔は右掌を向ける。すると、レヴァイアサンの周囲に紅蓮の魔方陣が展開された。




「どうしても訊きたいなら、〈アガレス〉について吐いてからゆっくりと教えてやるよロタン」




 煌焔は術式を発動すると、ロタン────レヴァイアサンの躯を紅蓮の炎が取り囲み、呑み込む赤と青が綯い交ぜされた勾玉にが現れ、炎と共に収束された。




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