表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/143

第一章 五十九




 シルベットがシー・アークに一勝した同時期。ゴーシュと東雲謙は空中での激しい攻防戦が行われていた。といっても、ほぼゴーシュの一方的な剣撃により、東雲謙は防戦一方である。


 東雲謙が滑空しながら、何とか距離を取ろうとしても、それをゴーシュは赦さない。


「おおおおおッ──!」


 白銀の稲妻を撒き散らしながら、ゴーシュが東雲謙に斬りかかる。


 東雲謙は、敏捷な動きで躱し、日本刀で反撃するが、ゴーシュがそれを上回る俊敏な動きで躱し、天叢雲剣で一閃。


 天叢雲剣の刀身に風が巻き起こり、風圧が東雲謙の軍服の袖口を切り裂く。


 ゴーシュが繰り出す斬撃は、速いにも関わらず、重い。さらに鋭さがある。まともに当たれば、肉体は一撃で両断されるだろう。


 普段のゴーシュならば、無駄に爽やかな微笑みを浮かべて、相手を弄ぶ余裕を持ち、相手を苛つかせているが、そんな動きは一切なく、攻撃と呈している。


 それほどまで、義妹であるシルベットに不意討ちで攻撃をし、怪我を負わせた怒りを覚えているのだろう。


 闘志に変えて猛攻するゴーシュが振るう斬撃は、義妹を愛する彼らしく、それ以上の重さが乗っている。速さも鋭さも段違いだ。聖剣でもある天叢雲剣の力も加わって、ゴーシュの剣撃は、暴力的に戦闘力を上げている。


 開戦早々に、ゴーシュは殺気を放射しつつ東雲謙目がけて、瞬間移動といっても差し支えない速度で間合いを詰めてきた。東雲謙はすぐに身構えて、何とか最初の一太刀で戦いと人生を終わらせずにできたが、その後のゴーシュの猛攻は止まらない。


 東雲謙に少しずつとダメージを与えていく。


 それでも、東雲謙は必死に耐えようと、日本刀を振るい、空中で何度も閃光を上げてゴーシュの剣撃に耐える。


 天叢雲剣と日本刀の休みなしの剣檄に、ゴーシュは疲労を一切見せず、攻撃を受ける側の東雲謙は疲労困憊となってきた。そんな彼に、顔に黒い微笑みを讃えたゴーシュが言う。


「どうしたんだい? 大口を叩いた割りには息が上がってきたじゃないか、それでボクに挑もうとしたのかい? 我が愛しいの義妹シルベットを傷つけたのかい?」


 声音には刺々しさを宿らせてゴーシュは加速する。


 剣を振るう速度を緩めたりは一切しない。それどころか、増していく。同じように重さも、鋭さも増して、東雲謙は防御するだけで手一杯となる。相手を休ませるといった心遣いは皆無だ。勿論、戦いを楽しむことも。


 連撃に次ぐ連撃。


 ゴーシュの攻撃の速度が増した。筋力を強化している術式をかけているのだ。ほとんど勘だけで東雲謙はそれを回避するが、切り裂かれた頬から鮮血が散る。


 少しずつ防ぎ切れなくなっていき、たまりかねて、東雲謙が後退しょうとするものの、ゴーシュは逃すまいと執念深く、追い縋る。


 数倍に跳ね上がった斬撃の威力とスピード。東雲謙はなりふり構わず逃げ惑うしかない。


 神剣が剣撃を繰り返す度に重い金属音を響かせる。


 千手観音のように複数の腕が一斉に斬撃を繰り出すような連撃に、ゴーシュが持つ切れ味も装飾性も特化された華美なる神剣────天叢雲剣は柄の先──頭に取り付けられた勾玉が暗く光る。それはまるで、“ゴーシュよ、お前もう少し落ちついたらどうなんだ……”、“義妹で我を忘れ過ぎだ……”、“こんなところで本気を出すなよ……”と云っているように朱雀──煌焔は感じた。


 煌焔も同じように呆れている。そんな神剣と聖獣のことなど眼中になく、ゴーシュは義妹を怪我させたことを赦さない。だから、手を抜こうとは考えていない。


 徹底的に追い詰めようと、相手に余裕を与えさせようとはしない。


 そのお陰で、如月朱嶺は東雲謙がゴーシュとの戦いに手がいっぱいになっている隙を狙って、右手に意識を集中させて〈呪縛〉で編み込まれた牢獄を解術するために必要な術式を一瞬で構築させることに成功していた。


 〈呪縛〉に叩き斬るために、〈朱煌華〉に全力の霊力を刃に注ぎ込み、一際強く輝かせた。これで、自分の行動を制限する忌々しい牢獄を破壊することができるだろう。


 如月朱嶺は、〈朱煌華〉を振り回して四方八方と斬撃を牢獄に与えると──


 次の瞬間。


 牢獄は、空中分解して、地上から一気に、如月朱嶺の躯は引き寄せられる。 


 如月朱嶺は瞬時に、躯の下に透明な足場を展開させて、降り立った。


 東雲謙が如月朱嶺が〈呪縛〉を解いたことに気づき、集中力が途切れると、ゴーシュは天叢雲剣に力を込める。


 白銀の光が強くなり、天叢雲剣に力を宿ると、煌びやかな流線を描いて、東雲謙の日本刀に一閃を放つ。


 東雲謙の日本刀に皹を入り、そして刀身を砕いた。そのまま、東雲謙の間合いに入ったゴーシュは渾身の力を込めて、顔面を素手で殴りつけた。


「──か、は……ッ!?」


 東雲謙が苦悶を吐き、顔を歪める。欠けた奥歯であろうか、口から白い破片のようなものが一つ、飛んだ。


 ゴーシュが放った全力の怒りの鉄拳は、相手が人間ならば首が飛ぶどころか頭が木っ端微塵になっていたであろう必殺の一撃である。亜人でも打撲傷を起こすくらいの威力を持つ。


 まさかの打撃技に、東雲謙はおろか、周囲で戦いを見守っていた朱雀は勿論、如月朱嶺を呆気にとらせた。義妹であるシルベットと違って、剣ではなく、拳で一発入れた。


 剣術で挑んでおきながら、最終的には殴るとは、もしこれがスポーツ大会ならば、違反にあたりそこで試合終了だろう。


 これはルール無用の戦だと割り切り、“東雲謙には悪いが相手が悪かったな”、“黒幕なんていう役割しなければよかったものの”といった目を朱雀と如月朱嶺は東雲謙に向けた。


 一撃を浴びせたことに成功した当の本人────ゴーシュは、拳をグッと握りしめ、鼻からフンと息を吐く。


 天叢雲剣の刃を東雲謙に向ける。


「まずは一発、お見舞いしてやったよ」


 同じ一発でも兄妹で差があるな、と朱雀は遠い目となった。


「……ゴーシュ──貴様、汚いぞ」


「シルベットを不意討ちでやったお返しさ。やり返されてキレられては困るな」


「……よくも、唇を傷付けたな。後悔させてやる!」


 地の底から響くような声を上げる東雲謙に、ゴーシュは全く動じない。


「後悔するのは、そっちさ。こっちはシルベットの美しい顔を傷つけた礼は何十倍──いや、何百倍──いやいや、何千倍でも返しきれない。だから、こちらが気に済むまで、叩き斬って殴りつけてあげようと思っているのさ!」


 電光石火の如く速さでゴーシュは東雲謙へ一気に迫る。


 天叢雲剣を振るい、東雲謙を横殴りに斬りつける。瞬時に〈結界〉を張り、東雲謙は受け止めようとしたが、簡単に斬り破られる。


「くっ……」


 東雲謙は苦しげな表情を作りながら刀身が欠けて短くなった日本刀を盾にして防いだ。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────ッ!!」


 裂帛の気合いとともに、ゴーシュは畳みかけるように天叢雲剣を振るう。


 東雲謙がぺろりとゴーシュの打撃により切られた唇を舐め、口端を上げ、


「いつまでもやられっぱなしでいられると思うなよ!」


 折れた日本刀を持った右手を、天叢雲剣を薙ぎ払うと同時に振るう。その瞬間、淡い青色の光りが日本刀に宿り、折れた刀身が復元された。


 その日本刀から放たれた指向性の高い衝撃波が轟音と伴って、間合いに入ってきたゴーシュを目掛けて、一閃する。


 ゴーシュはそれを天叢雲剣を振るって弾き返す。響きわたる金属の打ち合う音。その音はこれまでの打ち合う音とは違い、明らかに重い。


 それもそのはずである。東雲謙の日本刀はそのまま復元したわけではない。刃は湾曲し、剣先に向かうにつれて幅広くなっており、柄は日本刀のそれだが、刀身の形はファルシオンに似ている。


「なかなか良い剣になったね。どっかの武器コレクターが見れば嬉しがりそうだ」


 ゴーシュは一旦、後退して素直に東雲謙の剣を誉めた。自らの司る力や魔力を行使させて、武器を進化させる術式は並大抵にできるわけではない。ゴーシュは一度、自分の武器を進化させようと試行錯誤したが、思ったよりも良い剣は出来なかった。むしろ失敗してしまうことが多い。それを経験しているからこそゴーシュは彼の剣を誉めたが、彼はそれを皮肉られたと感じた。


「今さらお誉めの言葉を言っても攻撃の手は緩めない。聖剣を持っているお前がいくら誉めても皮肉しか聞こえない」


「そうか。なら仕方ないね。第二回戦と行こうじゃないか」


 そう言って、ゴーシュは天叢雲剣を構えた。先程とは打って変わって冷静で真剣な目で東雲謙を見据える。


 相手の剣が進化して、重さが加わったことにより、先程の防戦一方な戦い方は出来なくなった。それにより、ゴーシュは一太刀に重さを乗さなければならなくなった。


 逆転と言わないまでもさっきの防戦一方ではなくなった東雲謙は、これを機に形勢逆転をしょうと、剣に力を込めて構える。


 凄まじい剣気が周囲を押し包み、向かい合う二人の戦意が大気を震わせる。その姿がまるで、英雄譚の一節のように輝かしいものに感じるが……。


「この義妹大好き変態野郎!!」


「誉め言葉として受け取るよ!!」


 二人からほとばしる言葉は、とても英雄譚の一節には語られない汚いものだった。


 両者が刀剣を振るい、金属と金属が打ち合う甲高い音と火花が天上に花咲き、白銀と淡い水色の光りが天上にぶつかる。


 彼らの一閃は爆発的な魔力、自然災害にも匹敵する暴威を生み出し、周囲を衝撃波の嵐が席巻する。鍔迫り合いとなった二つの力は、少しずつと白銀に圧されていく。


 東雲謙は柄を握る手を強めて、魔力量を最大値まで込めて上げるものの、次第に強くなっていく白銀の光りを押し上げる程の力はない。


 それどころか刃を立てようが力をこめようが、傷一つも天叢雲剣につく気配が無い。そして。


「お……押され……」


 魔力をさらに上乗せにして、力を込めているにも関わらず、押し合いで力負けしつつあるのだ。ゴーシュの圧迫が支えきれず、東雲謙は徐々に、徐々に押されてゆく。


 戦局は、依然としてゴーシュに軍配が上がったまま、東雲謙は美神光葉から奪い取った〈錬成異空間〉の行使権を破棄し、〈強奪〉の構築に使われていた魔力も開放する。


 それにより、白銀の光りの勢いは止まった。


 だが。


 未だに、ゴーシュの力を押し上げるほどにはなく、形勢逆転には至ってはいない。ゴーシュが優勢のまま、現状は変わらない。そのまま、押し上げようと柄を握る手に力を込めるが、天叢雲剣はびくりともしない。


 あと一歩。


 あと一歩だけでも進めるのならば、形勢は変わる。それなのに、その一歩がどうしても進めることができない。斬撃はゴーシュに届かないままだ。


 必死に打ち負かそうと足掻く東雲謙を見て、ゴーシュは嗤う。


「キミの力はそんなものかい?」


 発破をかけるゴーシュの表情には未だに余裕があり、まだ余力が残っていることがを窺えた。


 東雲謙は、負けまいと魔力も司る力も出し尽くす勢いで刀身に込める。


 刀身の光が輝きを増し、膨大な魔力の光りが、暴発して辺りに散らばった。


 制御を失った魔力が、天上へと向かって、〈錬成異空間〉と現実世界を別け隔ていた分厚い障壁に、あっさり撃ち抜かれて砕け散った。降り注ぐ瓦礫から逃げ惑うことせず、ゴーシュと東雲謙は鍔迫り合う。


「うおおおおおおおっ!」


「はあああああああっ!」


 白銀と淡い水色が乱反射して、天上を眩い光りが明滅する。




      ◇




 水無月龍臣は、人間の能力を銀龍族────シルウィーンの血液によって底上げにさせた代償が倦怠感となって表れはじめていた。


 一キロの岩を背負っているかのような重さが、時間に経つに連れて少しずつ増えていく。耐え難い疲労感が、耐えきれずに躯が悲鳴を上げはじめている。


 人間の脳が制限をかけている潜在能力を遥かに超えた力をシルウィーンの血液で引き出しているのだから、躯がいつ壊れてもおかしくはない。


 このままでは、躯が引き千切れそうなくらいの激痛が起こり、戦闘不能になることは免れないが、それでも水無月龍臣は剣を振るう。


 ここで引けば、〈アガレス〉はまた誰かに成り代わり、行方を眩ましてしまう恐れがあったからだ。これまで正体を知られては幾多の命を犠牲にして、〈アガレス〉は他人に成り代わってきた。


 〈アガレス〉がガゼルになっていたのは、何らかの企みがあったからだろう。元老院議院に成りすまし、【異種共存連合ヴィレー】と【謀反者討伐隊トレトール・シャス】を思い通りに動かせることは、【創世敬団ジェネシス】にとって有益といえる。


 だが。


 三百もの元老院や憲兵に正体を知られてしまえば、このままガゼルになっている必要がなくなる。そうなれば、再び〈アガレス〉は誰かに成り代わってしまうだろう。


 何十年もの間、【世界維新】が幾度も調査したことが無駄になる上に、また誰かの命と地位を奪われてしまいかねない。水無月龍臣は少しずつぼやけていく、視界の中で〈アガレス〉を捉えて刀剣を振るう。


 此処で討たなければ、取り逃がしてしまうのだから、少しでも引くことは赦されない水無月龍臣と違って、〈アガレス〉には余裕が窺える。


 〈アガレス〉は楽しんでいた。自分の正体を知り、命を惜しまず挑んでくるそんな人間の侍と相まみれることに喜びを感じていた。


「たかが、人間。されど人間。日本のサムライよ、私を楽しませろ!」


 剣を振りかざして、水無月龍臣の斬撃を薙ぎ払いながら、大袈裟に芝居かかった声音で言った。


「残念ながら、遊んでいる暇はないのだ」


 そう言って、水無月龍臣は柄を握る手に力を込めて、刀を振りかざす。


 繰り出されるのは、左右上下と縦横無尽と飛び回りながら斬撃を相手に食らわす、人間技とは思えないほどの曲芸じみた連撃である。


 水無月龍臣の剣技に、〈アガレス〉は防戦一方になってしまう。


 しかし。


 〈アガレス〉の表情には、狂気じみた微笑みが失われていない。


 ──まだ足りない。


 ──何が足りない。


 〈アガレス〉の狂喜を斬るための斬撃に必要なものは何か。水無月龍臣は振るう剣技をやめない。


 ──もう少し。


 ──もう少し、彼奴を徹底的に倒せる剣技はないか。


 水無月龍臣は、〈アガレス〉を思考を巡らせる。相手をどうやって討つかを思考を巡らせても、集中は研ぎ澄ませたままだが、躯が人間の限界を越えて、ガタがつき始めていた。




「限界が近いな……」


「ああ……だが、必ず彼なら倒してくれるだろう」


 その状況を防音・盗聴対策の術式を編み込んだ〈結界〉を張り、見護っている二人がいた。それはテンクレプとヴラドである。


 二人は、八年前からガゼルが〈アガレス〉であることを知っていた。彼らは【世界維新】で繋がっており、共闘関係にあり密かに連絡を取り合っていた。


 【世界維新】とは、あらゆる世界線に置いて、絶大なる権限を持つ特殊な組織である。未知なる世界にどこよりも先駆けて調査したり、世界の秩序を乱した者に対して粛正したり、未開拓の世界で知能が低い生物に知識を与えて発展を助けたりと、基本的には地味で目立たないが、世界において重要な役割が多い。


 一方では世界線の公安警察のような側面もあり、世界の秩序を乱し、混沌をもたらす相手には容赦なく、中立に裁いていくのが【世界維新】である。殺戮と暴食に溺れ、悪行の限りを尽くす【創世敬団ジェネシス】は去ることながら、世界の均衡を守護するために【創世敬団ジェネシス】をを討伐する【謀反者討伐隊トレトール・シャス】や、あらゆる世界線の生物との共存を主な目的とした【異種共存連合ヴィレー】にも容赦ない。あらゆる世界を監視し、本来の目的を忘れ不正を行った者や、組織が腐敗した場合は、組織の解体・破壊を行う。審判により、年間で裁きを行った数は少なくない。


 彼らは、【異種共存連合ヴィレー】、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に籍を置きながらも、組織が腐敗しないように監視していた。


 近年では、元老院が自分の保身だけを優先にして、庶民を苦しめる場合も多かったこともあり、テンクレプとヴラドは元老院たちに裁くために審判の材料を揃えていた最中の出来事である。


 八年前。


 水無月龍臣がメア・リメンター・バジリスクを不本意ながら捕らえた一ヶ月後、宝剣強奪事件が起こる二年前に、水無月龍臣から連絡を受けた。


 そこで、水無月龍臣からまず、ゾォゥズフゥー・キャリーディスペアーが〈アガレス〉であったこと、ガゼルが〈アガレス〉に成り代わっていたという報告を受けていた。その状況を収録したキューブ型のハトラレ・アローラの記録媒体────〈メモリキューブ〉の映像を見て、テンクレプとヴラドはしっくりしてしまった。ガゼルは生粋の名門の上位貴族として生まれである。才能に恵まれていることを得意とし、自分よりも劣っている者に必要以上に攻撃する不快窮まりない男である。


 しかし近年────ある日をきっかけに、人が変わったようにその最悪な性格が拍車がかかっており、一部の元老院議院と共に庶民を食い物にする。元老院の悪玉菌のような存在と化していた。恐らく、その頃からガゼルは〈アガレス〉が成り代わっていたのだろう。


 〈アガレス〉との対話の様子を収められた映像を見て、元老院議院や【異種共存連合ヴィレー】、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】において保安に関わる事態には変わりはない。


 敵が内部しかも幹部に潜入され、それを今まで誰も気付かなかったことに組織が腐敗していることを感じとった彼らは、元老院、【異種共存連合ヴィレー】、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】、【創世敬団ジェネシス】に対して審判を行うための材料を【世界維新】へ送り込み、〈アガレス〉に対しての意趣返しを行うために様々な証拠をかき集めて、こんにちまで至った。


「誘き出しも、証拠集めも上手くいって良かったよ。水無月龍臣には感謝せねばなるまい」


 二人の闘いを見ながら、ヴラドが安堵の息を吐いた。


 胸ポケットから一つの葉巻を取りだし、口にくわえると、スーツ裏のポケットから純金製のライターを出した。今回の件に関して、緊張していたのだろう。ベビースモーカーである彼は早速と言わんばかりに葉巻に火を付ける。


「ああ。だが、まだ終わってはおらん。〈アガレス〉を捕らえて、全てのことを吐き出させる。そして、人間界でのことも解決せねばならないのだからな。もしものことに備えて、儂はいつでも出陣できるようにしている」


 拮抗する人間(正式には半亜人半人間)対亜人の、武士対剣士の闘いの世界を眺めながらテンクレプが言うと、ヴラドは「無理はするな。いくら英雄でも老いには勝てないんだから」と笑った。


 現在、ハトラレ・アローラと人間界で【異種共存連合ヴィレー】、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】、【創世敬団ジェネシス】、そして──【世界維新】が戦っている。


 しかし、そうなることを水無月龍臣、テンクレプ、ヴラドは予期していた。にもかかわらず、今日に至ってしまったのは、対応が全て後手に回ってしまったことにあった。


 テンクレプとヴラドに報告を終えた水無月龍臣は、まずシルウィーンたち家族の身の安全を心配した。


 シルウィーンは元英雄軍にも参加した剣の手練れであり、戦闘能力は下手な上級種族よりも高い。〈アガレス〉が刺客を送り込んだとしても、テンクレプとヴラドは、彼女なら応戦できると踏んでいたのだが。


 水無月龍臣は違った。シルウィーンは、ゴーシュとシルベットの育てるために、戦場を離れている。修業も日課として続けているようだが、水無月龍臣に血液を与えた分だけ、少しばかり力が弱まっていることを理由として告げ、彼女が剣士の感覚を取り戻し、本意気で戦えるまでに時間はかかってしまう。その隙を狙われたら、いくら元英雄軍の剣士だとしても応戦は難しいだろう。


 それらを考慮し、水無月龍臣はテンクレプやヴラドに屋敷の警備を厳重するように頼み、彼らは応じた。


 テンクレプとヴラドは、まずは、禁忌を持つシルベットを監禁する名目で幾重にも〈結界〉を張らせ、警備を厳重することを手配した。それを案の定、元老院に批難された。特にガゼルから強く抗議されたが、テンクレプとヴラドは、“水無月家の周囲に放射線の数値が少し高まっている”と理由を付けて、シルウィーンが水無月龍臣に輸血した分の血液が戻る間だけ半径五十キロメートルを立ち入り禁止にさせ、何とか容易に手出しが出来ないように乗り切った。それにより、シルウィーンとシルベットに〈アガレス〉の手に落ちることはなかった。


 しかし──


 〈アガレス〉は、テンクレプとヴラドが水無月家を立ち入り禁止にしている最中に、美神光葉をわざわざ最北端に任務を出して行かせた。彼女は、多重間者として三組織に貢献している限り、すぐに命を狙われる可能性は低いと考えていた。


 現に、【創世敬団ジェネシス】では七年前から人間界にてラスノマスの下を【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の任務を並行して、上手い具合に遂行でき、二年間は危害という危害はなかったのだが……。


「〈アガレス〉がどういった考えで美神光葉をエタグラへ管理という名目で送り込こんで、ゴーシュを向かわせたのか。まあ、大体のことは察しがつく……」


「ゴーシュに、エタグラで〈ゼノン〉を護る守護龍と巫女たちを惨殺し、〈ゼノン〉を強奪した罪は被らせたかったのは間違いないのじゃろうな……」


「全ての罪を被らせようとしていたのだろうが、彼の性格を理解していなかった〈アガレス〉の誤算じゃな」


「ゴーシュ・リンドブリムは義妹のためならどんなことでもする自己犠牲者だが、義妹を人質にして脅迫しても、その通りに動くことはない。彼の執念は歪んでいるからな」


「そうじゃな。儂らでも苦労しているからのう。ちょっと接触しただけの彼奴が思いどおりに動かせるわけはないじゃろ」


「必ず、何らかの意趣返しを仕掛けることを理解していなかった〈アガレス〉の誤算だな……」


 テンクレプとヴラドはゴーシュに対してそう評して苦笑いを浮かべる。


 ゴーシュ・リンドブリムは、美神光葉と同じ多重間者である。彼の肩書きは、【異種共存連合ヴィレー】特殊調査部所属、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】特殊監察部所属、【創世敬団ジェネシス】特殊調査隊所属、そして、【世界維新】特殊監察隊という美神光葉よりも複雑な役職だ。


 美神光葉は、たまたま助かったと見せかけるように細工までしたのは、彼としては、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の足止めを任せた時に美神光葉に言った、“キミが何かのミスをしてどっかに飛ばされたら、どんなことをしても引き戻してあげるさ”という何気ない約束を、元【部隊員チームメイト】として、学舎の同期生として、護ったに過ぎない。


 そして。


 義妹────シルベットを使って脅してきた、美神光葉を殺そうとした〈アガレス〉をゴーシュは赦さない。生きる宝剣────ゼノンにこれまでの経緯を話して、承諾を得てから、五十キロメートルは立ち入り禁止であった水無月家に持ち帰り、密かに蔵の中にある地下に隠したのだ。


 結果的に、エタグラに奇襲を仕掛け、守護龍と巫女たちを惨殺し、ゼノンを強奪した容疑をかけられてしまってはいるものの、物的証拠である〈ゼノン〉がゴーシュの下で発見されてはいない。〈ゼノン〉の口からそれを証言しない限り、守護龍を殺害した罪は晴れないが、〈ゼノン〉が真実を口にしても、現在の元老院によって、白から黒へと塗り潰されるだけだろう。


 〈アガレス〉としては、ゼノンを是が非でも見つけ、〈催眠〉〈洗脳〉の類いの術式で冤罪をかけて、無理矢理にでもゴーシュに罪を被ってもらい、独房によっぽど閉じ込めかったのだろう。


 現在、元老院でガゼルとして〈アガレス〉がいる限り、ゼノンが押収されれば、ゼノンは否応でもゼノンと接触し、〈催眠〉〈洗脳〉といった類いの術式をかけて、証言をねじ曲げてしまうことは造作もないといえる。


 何とか水無月家で〈ゼノン〉を見つかっても、〈アガレス〉の思惑通りにはならないように根回しをしょうとしたが……。


「憲兵が水無月家に踏み込んだにも拘わらず、〈ゼノン〉が見つからなかったのは、予想外だったな」


「そうじゃな。それに関しては、儂らとしても予測できなかったのう……」


 蔵の中で遊んでいたシルベットに〈ゼノン〉が発見された。その時に、憲兵が家宅捜索と強引に乗り込み、咄嗟にシルベットが蔵の中にあった水無月龍臣が密かに造っていた人間界の屋敷を往来するためのドア型転送機────小さなゲートの中に隠れてしまったことにより、人間界──日本に転送されてしまった。


 そして、シルベットは水無月山で迷子になった人間の少年――清神翼と出会ってしまった。紆余曲折経て、〈ゼノン〉はもう一人の所有者である人間の少年──清神翼の下に渡り、現在は、彼が所有している。


 ゴーシュに強奪され、ハトラレ・アローラの水無月家の蔵に保管されているはずのゼノンが異世界である人間界にある、という水無月龍臣の報告に、テンクレプやヴラドたちを驚かせた。


 もし聖獣や元老院議院たち全員を招集した会議室で報告を受けていたのなら、大きく揺るがしたのは間違いないだろう。特に、エタグラでゼノンを管理していたファーブニルのオルム・ドレキは卒倒していたに違いない。


 生ける剣〈ゼノン〉は、その身を剣と変え、英雄たちと共に戦った元は龍人である。


 その身を犠牲にして、剣に変えた。暁龍族の女神アローラは、自らの命を犠牲にし、ヒドラに致命傷を与え、〈ゼノン〉を持ったテンクレプと共に討ち取ったハトラレ・アローラにとって重要な生剣だ。


 そんな彼をファーブニルのオルム・ドレキと〈アガレス〉は血なまこになって探している。二人はそれぞれ別な理由で、〈ゼノン〉を捜索している。ファーブニルのオルム・ドレキに至っては私利私欲を満たすためだが、〈アガレス〉はエタグラの奇襲を仕掛け、守護龍と巫女たちを殺害し、〈ゼノン〉を強奪した決定的な証拠として罪をゴーシュに背負わせるためである。


 水無月家に憲兵を向かわせて、家宅捜索を行ったがゼノンが出てこなかったことは知った〈アガレス〉は少し焦っただろう。テンクレプとヴラドでさえも予想外だった。


「まさか、見つけるとはな……」


「いや、見つけてしまうことは予想内といえるが、まさか学舎にも通っていない水無月龍臣とシルウィーンの娘が簡易性の〈ゲート〉を開けて持っていってしまうことは予測できなかった……」


 禁忌を持つ人間と銀龍族の子を甘く見ていた、とは言わざるを得ない。


 ゴーシュが所持していれば、罪も被らせやすくなったが、そうもいかなくなった〈アガレス〉は執念深く〈ゼノン〉の行方を探ったことだろう。ハトラレ・アローラでゴーシュが身を隠せる場所を虱潰しに捜索したが見つからず、今度は彼が行きそうな異世界────人間界に目を向けてしまった。


 それが新たな火種を生むことになる。


 既に、七年前より別件でラスノマスが人間界で各国で人間狩りを行っていたこともあり、情報は早かったと考えられる。そこから人間界で、ゴーシュが行きそうな場所を限定していったのだろう。


 そして、もっとも有力であった水無月龍臣の生家がある日本──水無月山に目を付けた。まずは偵察として送り込んだのは──


「〈アガレス〉を元老院から引きずり降ろすまでは、〈ゼノン〉を見つかるわけにはいかない。〈ゼノン〉を回収させるために、“二人の【戦闘狂ナイトメア】を放った〈アガレス〉には鉄槌を食らわせるのだ」


 二人の【戦闘狂ナイトメア】とは、メア・リメンター・バジリスクと【創世敬団ジェネシス】の幹部であるレヴァイアサンだ。メア・リメンター・バジリスクをそれだけのためにレヴァイアサンにわざわざ脱獄させて、ハトラレ・アローラ全土で暴れさせて、人間界に向かわせた。直接、人間界に向かわせず、ハトラレ・アローラで惨殺をさせたのは、彼の他者が酷たらしく虐げられる光景を愉悦感を得る性質によるものだろう。


「あの時は、レヴァイアサンとメア・リメンター・バジリスクは幼いシルベットに返り討ちされるといった結末に至ったが、そのような幸運が続くとは思えない」


 そう言いながら、ヴラドは息を吐き、煙を燻らせる。


「そのとおりだ」


 テンクレプは、ヴラドの言葉に同意した。


 〈ゼノン〉は、ハトラレ・アローラでは尋ね者である。それは、消息不明者という意味合いだが。


 “〈ゼノン〉が人間界にいるということはあってはならない”、そう云われてきたが、彼自身はハトラレ・アローラだけではなく、他の世界線に興味があった。


 暗黒時代。


 暗黒大陸から訪れた七つの頭を持つ大蛇が齎した災厄────ヒドラを、テンクレプが率いるたった英雄たちと討ち滅ぼし、終結させた〈ゼノン〉はハトラレ・アローラを飛び出すつもりだった。


 だが。


 そうはならなかったのは、ファーブニルのオルム・ドレキが〈ゼノン〉に惚れ込み、自分の物にしょうとしたからだ。エタグラの神殿の中に監禁し、誰にも謁見させなかった。


 私のものにならないか? 毎日毎夜毎年四六時中、〈ゼノン〉に自分を次の所持者にしてほしいと懇願してくるのを彼はうんざりしていた。もう聞きたくないと思った〈ゼノン〉が“戦いの時は終わった。オレの持ち主は、テンクレプで最後だ。オレは誰のものではない。しいていうなら、ハトラレ・アローラ全国民のものだ”とファーブニルのオルム・ドレキに言い、〈ゼノン〉はハトラレ・アローラの宝剣となったのだったが……ハトラレ・アローラと人間界に自分を継承相手が現れるとは、その時の彼は予想だにしてなかっただろう。


 その時の〈ゼノン〉は、剣となった自分の継承者は基本的には、自分で選べると思っていなかったようだ。


 五年前に突然、彼の夢の中に自分を神の使いと名乗る者が声が聞こえたという。


 それは、男性であることは確かなようだが、神の使いというだけで自分の名前は明かさなかった。神の使い、というだけでそれ以外は素性を知れない者の云うことに〈ゼノン〉は疑わなかったわけではない。


 ただファーブニルのオルム・ドレキの下にいるのが厭だったため、その神の使いと名乗る男性の云うことに従って、二人のうちの一人をファーブニルのオルム・ドレキに伝えた。


 ファーブニルのオルム・ドレキを経由して何人かの元老院議員たちに伝わったが、誰も持ち主にはならない、と言った〈ゼノン〉が、いとも簡単に持ち主を選んだことにどう感じたのだろうか。


 しかも、ハトラレ・アローラと関わりがほとんどない人間の少年が持っていることに、ファーブニルのオルム・ドレキはどう考えるだろうか。【創世敬団ジェネシス】に狙われる危険性があったが、【異種共存連合ヴィレー】や【謀反者討伐隊トレトール・シャス】にも目の敵されるのは目に見えていた。


 特にファーブニルのオルム・ドレキの嫉妬を買い、更なる問題を引き起こす可能性が高い。


 〈ゼノン〉が清神翼を次の持ち主と選んでしまった以上は、変えることは出来ない。だとしたら、なるべく被害を少なくするために、尽力するしか方法がないのだ。


「人間界については、貴様が頼りだぞゴーシュ。焔よ、くれぐれも本分を忘れるなよ」




      ◇




 テンクレプとヴラドたちが見護る中、残り時間が少なくなっていく水無月龍臣が全力で駆けた。


 しなやかな雄狼のように、彼は音もなく宙を舞う。


 水無月龍臣の速度に〈アガレス〉の反応が遅れる。その隙を狙って、全力での斬撃を食らわせる。今度は、先程の四方八方から繰り出した連撃ではない。分散させていたものを一点に集中させて叩き込む。


 ただ細く、鋭く、相手の心の臓を貫くためだけに集中させる。


 〈アガレス〉は水無月龍臣の意図に気づき、〈結界〉を瞬時に張ったがそれは無駄だった。水無月龍臣の斬撃は次の瞬間、〈アガレス〉の〈結界〉を突き破って、胸部に深々と突き刺さった。


「ぐあああ……!」


 苦しそうに呻きながら、〈アガレス〉の躯は薄くなっていく。


 しかし。


 〈アガレス〉の心臓を突き刺したはずにもかかわらず、一切の手応えを感じられない。


 反撃を警戒して水無月龍臣は刀剣を身構えていると、〈アガレス〉の躯は薄れていく。彼はまだ狂気じみた微笑みを浮かべていた。


「逃げる気か? それとも、反撃か?」


「逃げるとも。貴様と相まみれることがとても愉しいのだからな」


「だったら、逃げずに戦えばいい。世の中のためには、死滅させたいのだが、この先も拙者と手合わせしたいのなら、投降をお薦めしょう」


「貴様とまた戦えるなら、私はどちらでもいいがな。〈ルシアスの呪い〉によって、投降することは赦されないのだ」


「〈ルシアスの呪い〉というのは、何だ?」


 〈ルシアスの呪い〉について水無月龍臣は聞き返すと、〈アガレス〉は真っ直ぐと水無月龍臣を見返す。そこには、狂気じみた微笑みがなく、真剣味帯びた表情に変わっていた。


「今は言えない。次、相まみれた時にでも話せるようにしといてやる。また巡り会うまで死ぬなよ水無月龍臣」


 話せるように出来るのならな、と〈アガレス〉は能面のような不気味な微笑みを浮かべて姿を消した。


 あっさりと逃げられたことに水無月龍臣は歯噛みして悔しさを滲ませて。


「ああ。次こそは必ずな…………」


 と、刀を閉まった。


 その途端に、水無月龍臣の躯から力が一気になくなり、引力に避けられずに、床に倒れ込む。


「「タツオミッ!」」


 駆け寄るテンクレプとヴラドの声を薄れいく意識の中で聞き、水無月龍臣の瞼を閉じたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ