第一章 五十八
住宅地エリアのボルコナ兵が一部隊が市街地エリアへ移動を始めた。
恐らく突如として顕れた僅かながらも顕れた魔力。そして、もう一つの陰と陽が混ざった力に警戒して、確認のために向かったと考えられる。
如月朱嶺は身を低くくしながら高架下につき、敵がいないことを確認して、川に入った。
橋を渡ると、敵に発見されやすい。高架下を行った方が敵に発見されにくいため、泳いで向こう岸に渡り、様子を窺う。
全ての建物が形も残さない溶岩地帯となってしまった住宅地エリアと違って、真南川を挟んで向かい岸の市街地エリアは比較的に戦闘の被害は少なく、まだ朱雀が放った溶岩は上陸はしていない。
一時的に廃ビルの中の一室に身を潜めていた如月朱嶺は、二つの影が目に入った。その影の一つは見知った人物であった。まず、それを人物──人間かと問われれば、違うと言うしかないが、廃ビルの近辺まで朱雀のマグマが流れてきたこともあって、避難を兼ねて、その影があった場所まで移動してきた。
廃ビルを出てから数分後──先程まで身を潜めていたその廃ビルはマグマに飲み込まれ、今や灼熱の海に沈んでいくのを見た。もしも少しでも衝撃波が弱まる気配がなく、外が出られなかったら、マグマに飲み込まれていただろう。それどころか、影を見つけたのが住宅地エリアだった場合は、逃げ道を失っていたのは間違いない。
如月朱嶺は、そんな偶然に感謝して地を強く蹴って駆け出した。
二つの影があった場所に、彼女は濡れて衣服に張りついていることに構わず走る。
乾かす時間はない。服を乾くまで相手は待ってはくれないだろう。
独りの力では確実に勝てる可能性はゼロに等しい。人間である以上は、どうしても力の差は歴然だ。戦闘はなるべく控えた上で、二つの影の様子を窺うだけに留めるべきだ。
だが。
それを良しとするかは相手次第といえる。
ショッピングモールの前で少し速度を落とす。周囲には、幾度に渡って発せられた衝撃波によって飛び散った硝子や瓦礫がある。如月朱嶺は相手に気づかれないように細心の注意をしながら、なるべく瓦礫が散乱してない道なりを行く。
破断した電線を避けながら、影が見渡せる瓦礫の山をよじ登りはじめる。いつ二次崩落を起こすかもしれないために慎重に瓦礫の山の上まで行くと、ようやく影を捉えた。
二つの影の正体は、気だるげで軽薄、遊び人の雰囲気を纏い、へらへらとした男性と、傍らには如何にも生真面目で従順、礼儀正しさを張りつかせて、不敵な微笑みを浮かべる男性だった。
二人とも、【謀反者討伐隊】の軍服を身を纏っており、【謀反者討伐隊】人間世界方面日本支部派遣部隊が付けるとされている腕章を身に付けている。
へらへらした男性には第八百一部隊、生真面目そうな男性は第六百四十三部隊の所属を意味するバッジを身につけており、どちらも今回の援軍に加わった部隊である。第八百一部隊の男性用に関しては、伊呂波定恭戦に置いて、共闘した部隊であり、如月朱嶺が見知った顔だ。
「……やっぱり」
明らかとなった二つの影を見て、如月朱嶺が忌々しげに呟く。
第六百四十三部隊に関しては、【創世敬団】の奇襲により、一人を残して壊滅状態であるが第八百一部隊は現在、〈錬成異空間〉の前にて待機をしている筈である。
如月朱嶺が外界から切り離された〈錬成異空間〉に侵入できたのは、一部だけ術式が編み込まれていない部分を見つけたからである。罠ではないことを確認した後に、スティーツ・トレスにそのことを〈念話〉で報告を行った。それにより、外界から切り離された〈錬成異空間〉を今一度繋がらせて、空間内の状況がわかり次第、突入する手筈となっている。
しかし。
スティーツ・トレスに報告して間もなく、そこも外界から切り離され、連絡が一切出来なくなってしまった。
如月朱嶺は一瞬、第八百一部隊が外界から切り離された〈錬成異空間〉を繋がらせることに成功して、状況を見るために二人を偵察に送り込んだのではないか、と“彼”がいる理由を考えたのだが。
ドレイクが事前に援軍の中に“黒幕”もしくは“謀反を起こしそうな者”が存在している可能性を示唆していた。それを考慮すれば、そう判断するのは早いと、如月朱嶺の勘が警鐘を鳴らしている。
何故なら、前にいる男性らは“黒幕”である可能性は高いのだから。
如月朱嶺は油断なく身構えると、二人は、ふと、如月朱嶺の方向を振り向いた。
「ほう。妙な気配があるな、と思いましたが、人間の少女ですか……」
第六百四十三部隊の所属を意味するバッジを身につけている生真面目そうな男性が言うと、
「ただの人間が誘われてもいないのにも関わらず、この〈錬成異空間〉に入ってくるというのは、只者ではない確立が高い」
と、如月朱嶺に、魔力砲を放った。
「〈結〉ッ!」
如月朱嶺は瞬時に、〈結界〉を張ると、魔力砲は〈結界〉をびりびりと衝撃が走り抜けた。
直接、受けていない躯にも衝撃が走り抜けて、如月朱嶺は二つの影を警戒して、二メートル近くにも伸びた戦闘機の可変翼を思わせる洗練された外観の美しい槍を構える。
魔力砲に耐えられたことに驚き、新たな存在である人間の出現に警戒心を抱いた男性たちは如月朱嶺を凝視すると、
「ほう。やるね────って、これはこれは伊呂波定恭の首を討ち取った人間の如月朱嶺ちゃんじゃないか」
第八百一部隊の所属を意味するバッジを身につけていたへらへらした男性が目を開き、驚いた。
へらへらした軽薄そうな微笑みを浮かべて、気安く“ちゃん”付けで呼んでウィンクした。何故だかわからないがフルネームで呼ばれた如月朱嶺はその男性を睨む。
「シー・アーク……」
「ついさっきぶりかな、如月朱嶺ちゃん」
浮ついた感じが紛れ込ませている影は、【謀反者討伐隊】人間世界方面日本支部派遣部隊第八百一部隊配属のシー・アークだった。
シー・アークと伊呂波定恭戦にて共闘して、先程まで合流していた。エクレールとの〈念話〉が終えた第八百一部隊隊長のスティーツ・トレスは緊急事態だと受け取り、さらなる援軍を呼び〈錬成異空間〉に突入する準備しているはずだが。
「あなたは何故、ここにいるんですか?」
「仕事だよ」
「仕事?」
如月朱嶺は、シー・アークの発した”仕事“という言葉に怪訝な表情を浮かべた。
【謀反者討伐隊】人間世界方面日本支部派遣部隊第八百一部隊の仕事は、さらなる援軍が合流次第、〈錬成異空間〉に突入することだ。それまでに外界と切り離された〈錬成異空間〉を再び繋げ直して、内部に突入できる経路を作らなければならない。
その仕事がスティーツ・トレスに命じられたものであればの話だが。
「偵察か何かですか?」
「そうかもしれないねー」
シー・アークは如月朱嶺の問いに適当に答えた。
どんな偵察なのか、詳細な内容を口にしていない上に、どちらとも取れる曖昧な言葉に、如月朱嶺は疑いと警戒を織り交ぜた表情を浮かべる。
「曖昧な言い方ですね。もっと明確に答えられないんですか?」
「そーだね。いくら軽いと前評判が高いオレだけど、まださ、明確に敵か味方かわからないニンゲンに素直に話すほど、甘かないよ」
「……」
ドレイクより先に報告されていた“黒幕”の存在を思い出し、シー・アークの軽い言い回しはともかく、言っていることは筋が通っていると言えた。
“黒幕”を示唆されている中で、別行動で〈錬成異空間〉の中に入れば、警戒心を一気に強めてしまうのは仕方のないことといえる。
が、しかし。
それはドレイクより“黒幕”の存在を事前に聞かされており、知っている人物は一部の者の関係者だけで成り立つ会話だ。
“黒幕”が援軍にいる可能性が高い以上、援軍に不特定多数に情報を渡すわけがない。少なくとも援軍の中にいる可能性がある以上、その情報を信頼あるごく一部の部隊長のみにしか、情報を渡ってはいないはずである。
それにより、如月朱嶺は警戒心を一気に強めた。
警戒を強めた如月朱嶺をシー・アークの傍らにいた男性は気づき、首を横に振る。
「どうやら気付かれたらしい。墓穴を掘ったようだねシー・アーク」
「あらまぁ……」
シー・アークは軽い調子で肩を落とした。その傍らに真面目な印象がある男性は肩を竦めてから、如月朱嶺ををじろじろ眺め回す。
「へえ。これがさっき噂していた要注意人物の如月朱嶺かいシー・アーク?」
「そうだよ」
へらへらとしながらシー・アークが答えると、男は、へぇ、と感心したように如月朱嶺を見る。
「人間にしてはやるな、と思ったけど……この娘、人間界にあるとボルコナの下部組織の学校の生徒じゃないかな」
「なるほどね。だとしたら、亜人に対して、あの立派な立ち回りは頷けるよ」
視線だけを警戒の色を強めて二人は如月朱嶺を下から上までなめ回すように観察する。実験か何かされそうな、とても居心地が悪い視線に寒気がした如月朱嶺は、二メートル近くにも伸びた戦闘機の可変翼を思わせる洗練された外観の美しい朱色の槍を強く握った。
「あなたがドレイク様が示唆していた黒幕ですか?」
「黒幕。どういった判断で黒幕としたかは、甚だ疑問ですがね……」
「そうだね。こちらとしては、その気はさらさらないよ朱嶺ちゃん」
二人は如月朱嶺の問いをはぐらかした。
はぐらかされた如月朱嶺は質問を変えることにした。少しはぐらかされたことに不愉快に感じながらも彼女は口を開く。
「では、話を変えます。あなた方はここで何をやっているのですか?」
如月朱嶺の問いに、二人は微笑んだ。
「そうだね。“人間界に混沌をもたらしかねない禁忌の少女とゼノンを持っていると思われる少年の抹殺”だよ」
「なんですって!」
如月朱嶺は、驚愕を隠すことはできなかった。
“人間界に混沌をもたらしかねない禁忌の少女”。それは恐らく水無月シルベットだろう。“ゼノンを持っていると思われる少年”に関してはまだ解らない。ゼノン。それはハトラレ・アローラの宝剣だ。それは確か、シルベットの義兄が強奪したとされている。もし彼なら、シー・アークたちは銀龍族の王子と姫を抹殺しょうとしていることになる。
「彼らがいる限り、ハトラレ・アローラはおろか人間界は幸せにはなれない。そして、両界に混沌をもたらしてしまうだろう。オレたちは、それを止める」
これは大義なんだ、と言うシー・アークは軽い調子なのは確かだが、少しばかり暗く、闇の底から轟くような卑しい響きが増した。如月朱嶺は悟った。彼は、何者かに操られている可能性、もしくは思い込みをさせられているのではないか。急に頭が冷却され、如月朱嶺は槍の刀身を彼らに向けて、毅然として答えた。
「そんな誰かの命を犠牲にして得た平穏など虚しいだけです。そんな大義名分を掲げさせたのは一体、誰ですか?」
最後は二人に向けて問いかけたが、二人は答えない。その代わり、二人は武器を構えた。シー・アークは拳銃の銃口を、礼儀正しさの雰囲気だけ持つ男性は日本刀の刀身を、如月朱嶺に向ける。聞きたくば自分たちに勝ってみろ、と言わんばかりの態度に如月朱嶺は答える。
「わかりました。では、お相手を致しましょう。勝ったなら、あなた方にその大義を抱えさせた者の名前を教えて頂きますよ」
シー・アークは傍らの礼儀正しさの雰囲気だけ持つ男性に乗るかどうか確認した後、頷く。
「いいよ。朱嶺ちゃんが勝てば、いくらでも教えてあげるよ」
こうして、一対二、人間対亜人、女対男の戦いが幕を開けた。
最初に仕掛けたのは、如月朱嶺だった。
朱色の槍を構えた剣巫が、閃光のような速度で二人へと向かった。亜人である二人が、それぞれの武器を操って迎撃する。
シー・アークは弾丸を放ち、礼儀正しさの雰囲気だけ持つ男性は日本刀を振るう。
如月朱嶺はシー・アークの発射した弾丸を銀の槍で薙ぎ払い、礼儀正しさの雰囲気だけ持つ男性が振るった斬撃を躱す。
人間にしては素早い動きにシー・アークは口笛を吹いた。
「やるね〜」
未だに余裕である二人に、如月朱嶺は朱色の槍に霊力を込める。
如月朱嶺は人間ではあるが、亜人でも対等に渡り合えるように幼い頃からボルコナの下部組織の学校で修行してきた。呪術全般とし、巫術、幻術、禍祓いを主な得意分野としており、魔術にも精通している。
亜人との戦闘経験は、伊呂波定恭戦や模擬戦闘を含めると、連勝しており、戦闘能力だけなら一般の亜人と引けを取らない。
魔力に対抗できる霊力を極限までに高め、銀の槍に呪術を施す。伊呂波定恭戦で使った、亜人の皮膚に一度、刀身に触れれば呪いがかかり、治癒力を一時的に効かない躯となってしまう呪いだ。
それを、間近で見ていたシー・アークは傍らの礼儀正しさの雰囲気だけ持つ男性に目線を送る。
礼儀正しさの雰囲気だけ持つ男性は頷くと、日本刀を構えて、少し距離を取る。
如月朱嶺は、後退する二人は、呪術を怖れて近づけないと考えた。その直後な二人のやり取りは、槍に込められた呪術を知っているシー・アークが予めに礼儀正しさの雰囲気だけ持つ男性に情報を与えて、警戒を呼びかけているのだと、判断した。
朱色の槍────〈朱煌華〉に込められた呪いは、そう簡単に回避できるほど柔なものではない。
濃密な霊力と呪いが込められた〈朱煌華〉の刀身から最大半径一メートルに入れば、呪術は発動する。相手は霞まないようになるべく遠距離攻撃をしてくるだろう。
それを狙って、如月朱嶺は再び閃光の速さで肉迫して呪いを発動させて、一気に超短期決戦で、相手を撹乱した後に捕らえた後に、ドレイクに報せようと策を講じた。
シー・アークは拳銃で連射し、如月朱嶺を撹乱しょうとする。
一般の人間ならば、撹乱どころか命中していたことだろうが、如月朱嶺は鍛え上げられた動体視力で弾道を捉え、刃のようにしなやかな強靭な躯を生かして、弾丸を避けていく。
まずは、シー・アークに狙いを定めて、肉薄する。
シー・アークに僅か二メートルに迫った瞬間──
如月朱嶺の躯が動かなくなった。
「な…………っ!?」
最大級の威力を持つ呪術の一撃を放とうした〈朱煌華〉を振りかぶった矢先に、如月朱嶺の真下に魔方陣が転回され、魔方陣から幾つもの縄が召喚された。
「これは、まさか……!? 〈呪縛〉……」
呪術に精通していた如月朱嶺が呪縛によって、捕縛されたと理解した時には遅かった。気づいた時には、彼女の躯に術式を編み込んだ縄がぐるぐる巻きにされ、身動きな状態にされてしまっていた。
◇
如月朱嶺は、真面目な印象を受ける男性が密かに構築させた罠に引っかかってしまった。そのまま、躯中に呪縛を巻かれてしまい、身動きが取れない状態となってしまったのは、真面目な印象を受ける男性の術式の発動を見抜けなかったことにある。
戦闘体勢をとりつつも、ドレイクにシー・アークらが“黒幕”であったことを伝えるために隙を見て逃げるといった行動を取れば、回避できたかもしれないが、呪術が得意ということを過信していた自分の失策といえた。
どうにか挽回のチャンスがないかと生真面目そうな引き結んだ唇を屈辱で歪ませて、二人の男性の出方を如月朱嶺は窺う。
へらへらした男性はこめかみに指先を当てて挨拶する。人間界の軍人がよくする形式通りの敬礼ではあるが、浮ついた感じが纏わせてる。
「朱雀様。久し振りに降りてきたにもかかわらず、申し訳ありませんが」
「こちらも時間がないので、急がせて頂きます」
傍らで、捕縛した少女を人質に取る礼儀正しさの雰囲気だけ持つ男性は、へらへらとした男性が言おうとしたことを引き継ぐかのように言った。
彼は、ナイフを少女の喉元に向けたまま、朱雀、シルベット、ゴーシュの動向を窺っている。少しでも妙な動きをすれば、少女を殺す気だろう。そうなれば、朱雀たちは下手に動くことは出来ない。
自分を傷つけ、可愛い部下を捕らえた不届き者に朱雀は怒りを隠しながらも、二人に向かって口を開く。
「随分な登場の仕方だな。名を名乗らずに、攻撃してくるとはね、シー・アークに────東雲謙」
「ほう」
朱雀に東雲謙と呼ばれた生真面目そうな男性は唇を鳴らした。
「自己紹介をせずともわかっているようですが」
「妾はな。────しかし、こちらの血の気が多い兄妹が誰とも解らないのに攻撃されたことに納得すると思えないがな……」
朱雀は傍らにいるシルベットとゴーシュに目を向けると、シー・アークは口笛を吹く。
「たーしかにね。末端のオレらなんか知らないだろうし、そんな奴にやられるなんて、厭だろうね」
「不意討ちで攻撃を当てたからって調子に乗るな……」
シルベットは天羽々斬を構え直し、怒りを露にした。さっきから朱雀との戦いに水をさされ、不機嫌を隠そうとしていない。
「末端なら末端で大人しくしていればよいではないか。末端が厭なら這い上がればいいことだろう」
シルベットは見当違いの怒りをぶつける。恐らく、末端だから名をあげたくって、朱雀に攻撃したと思ったようだ。シルベットはそれに巻き込まれただけと考えたようだが。
「厭、それは違うぞシルベット」
朱雀はシルベットの勘違いを正す。
「こやつらは、貴様を狙っている。妾の方は次いでだ」
「む? それは一体、どういうことだ……」
傍らの朱雀の言葉にシルベットは傾げる。朱雀は、厳しい表情のまましかし諭すように言葉を紡ぐ。
「彼らは、おぬし────シルベットを狙っている」
「何故、私が狙われなければならぬ。何も悪いことをしていないのに」
「……とことん自覚がないんだな」
聖獣である朱雀に楯突いてどの口が言っているんだ、と朱雀は思ったが口に出さないでおいた。
それよりも二人の表情がシルベットの言葉によって、一瞬にして力を帯びる。
「悪いことをしていないですか……。これは参った、ははは……これは笑えない」
その口調は、伊呂波定恭戦の時にも崩さなかった軽々さはなく、驚くほどにシルベットへの敵意に満ちていた。
その敵意を理解しているのか、していないのか、シルベットは平然と言い切る。
「私は、最近まで屋敷から出たことはない。巣立ちしてから貴様らに会った覚えは一切ない。悪いことをしていたら、貴様のことを覚えているはずだが。それとも、会ったことがあって、悪いことをしたのなら、その場で言わずにこんなところで仕返しというのなら、見下げた根性をしているとしかいいようがない」
シルベットは、腰に手を当てて豊かな胸を張る。どうだ、と言わんばかりのどや顔だが、彼女の言いたいことはわかるのはわかるが、それではない。
「フュー。言ってくれるね」
「流石は、“人間界に混沌をもたらしかねない禁忌の少女”だね」
「何が“人間界に混沌をもたらしかねない禁忌の少女”だ。貴様らこそ、【創世敬団】が仕掛けている時に仲間割れを起こそうとしていることの方が混沌をもたらそうとしていることがわからぬか」
「亜人にとって、人間にとって、必要なことだ」
そう言って、二人は武器を構えた。
シー・アークは拳銃の銃口をシルベットに向ける。東雲謙は如月朱嶺の頭上に手を翳すと、如月朱嶺の体は一瞬で輝く水色の透明な球体にすっぽりと包まれた。
〈結界〉を応用とした牢獄である。如月朱嶺を逃げられないように閉じ込めた後、東雲謙はナイフをしまい、腰に携えていた日本刀を抜き、剣先をゴーシュに向ける。
「どうやら向こうは火が点いたようだね」
ゴーシュは、愛しい義妹の躯に魔力弾を撃ったことに対して、沸々と沸き上がる怒りを闘志に変えて、天叢雲剣を東雲謙に向けて笑う。淀んだ黒い微笑みを讃えて、天叢雲剣を構える姿は悪鬼そのものだ。もう誰も彼を止められはしないだろう。
「そのようだな」
朱雀はそれだけ返答すると、悪鬼と化した義兄の愛しき義妹に目を向ける。シルベットは、天羽々斬を構えて臨戦態勢と移行していた。
ゴーシュほど怒り狂ってはいないが、不機嫌を露にしている。
「【謀反者討伐隊】人間世界方面日本支部派遣部隊第八百一部隊配属、シー・アーク」
「現在は壊滅状態だけど、【謀反者討伐隊】人間世界方面日本支部派遣部隊第六百四十三部隊配属、東雲謙」
「ハトラレ・アローラではお尋ね者、【世界維新】所属、ゴーシュ・リンドブリム」
三人は名前を告げていく。そんな中、シルベットはキョロキョロと辺りを見回してから、朱雀に向かって言った。
「ん? なんかみんな名前を言っているようだが、名乗らないとダメか?」
「正式に決闘する際のしきたりのようなものだが、好きにすればいいんじゃないか」
朱雀はそう答えた。
シルベットは朱雀の返答を訊くと頷き、
「わかった」
と、言った後、振り向き直すと、改めて天羽々斬の切っ先を真っ直ぐと、“敵”であるシー・アークへと向ける。
「私の名前は、水無月シルベットだ。私はかなり印象に残らんと名前は覚えない質だ。だから────」
シルベットは、そこに地があるかのように空を蹴り、白銀の双翼をはためかせて、飛翔すると、一気に距離を詰める。
「やるからには、勝つなり敗けるなり、正々堂々と印象深い闘い方をしろ!」
肉迫してきたシルベットをシー・アークは手加減なしの魔力弾を銃口に装填し、撃ち出した。シルベットは殺到する魔力弾を天羽々斬の一振りで薙ぎ払う。
薙ぎ払われたそれは軌道を変えて、再びシルベットに迫った。
全力で空を蹴り、回避するが意思があるかのように縦横無尽に飛び回って、シルベットを追いかける。
シルベットは叩き落とし、消滅させなければ、一生付き纏われると考えて、天羽々斬に力を込めて振るう。
その時。
天羽々斬の刀身に白銀の光が帯びていくのを朱雀は目撃した。
白銀の光りを帯びた天羽々斬は、魔力弾を斬った。それにはシー・アークが驚きの表情を浮かべる。それは無理はない。魔力ごと斬ったのだから。
「はあああああっ!」
続けざまに、神速の横一文字をシー・アークは間一髪で回避する。
シー・アークはシルベットの横薙ぎを凌駕する速度で宙を舞いはじめた。
「ついてこられるかなっ!」
シー・アークの手刀が淡い緑色に光り、そこから飛ばされるエメラルド色をした刃と、シー・アーク自身の高速接近による攻撃がまったく同時の波状攻撃となってシルベットに襲いかかる。
シルベットは避けるそぶりを見せない。天羽々斬の柄を握る手に力を込めると、刀身がまた白銀に輝き出した。今度は一際大きい。
エメラルド色をした刃を天羽々斬を振って叩き斬り、シー・アークの拳を片手で受け流す。
「……私が剣術だけだと、甘く見るな!」
白銀の光が明滅して、何事なく消えた。
何度か天羽々斬を柄を握るシルベットの掌から白銀の光が帯びて、力が増していくことに朱雀は気づいた。
光源の正体がわからないが、シルベットは敵と立ち向かうことにより、無意識のうちに戦闘力が上がるタイプであることは何となくだがわかっていた。何故なら、両親がそのタイプだったからだ。つまり、戦えば戦うだけ急成長する天性の戦乙女である。
両親譲りの戦乙女の進撃を阻むべく、シー・アークはシルベットに向けて更に激しい攻撃を加えてくるが、そんなものは通用はしない。
一度、苦戦したとしても、すぐに攻撃の穴を見つけてしまう。そして、天性の勘により、自らの剣檄を無意識のうちに成長させてしまう。それが白銀の戦乙女である母親と、日本の侍である父親との間に生まれた血筋である。
シー・アークは銃口を向け、魔力弾を連射する。シルベットは魔力弾を最小限の動きで避けると、そのまま突進してきた。
腹を擦もうが、足を擦もうが、一切無視してシルベットは決して目を逸らすことなく、猛進する。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおッ!」
叫び、天羽々斬を振るってシー・アークを斬り上げる。
シー・アークは斬られる寸前で〈転移〉の術式を構築させて躱す。
一瞬あとに、少し離れた場所にシー・アークが現れる。
シルベットの背後を取ったシー・アークは構わずに、魔力弾を発射したが──
それはシルベットに読まれていた。
シルベットは、その勢いのまま空中で身体をひねって、
「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
渾身の力を込めて、虚空に再出現したシー・アークに向かって肉薄して天羽々斬を振るった。
またしても、天羽々斬は煌々と白銀の光を放ち、それはシルベットの身体全体を包み込んだ。先程までの光よりも、もっとも強い光である。
シー・アークは左手を広げて、前方に〈結界〉を構築する。だが、シルベットは構わず突っ込んだ。
ギシッ!
シー・アークが構築した〈結界〉にヒビが入った。
「なっ……!」
「てりゃぁぁぁぁああああ!!」
剣先五センチが〈結界〉の中に突き刺さったと同時に、シルベットは思いっ切り横殴りに天羽々斬を斬り裂いた。
〈結界〉が淡い緑色を明滅させて消えると、シルベットは片手を上げて、魔方陣を展開させる。
「自らの攻撃を受けてみろベーだ!」
シルベットが魔方陣の中に飛び込み、姿を消した。いなくなった彼女の背後から先程、シー・アークが連射した無数の魔力弾がターゲットを失い、主に向かって突っ込んできた。
「な……っ!?」
驚き声を漏らしたところで、シー・アークは自らが連射した魔力弾の餌食となった。
先程、シー・アークの〈転移〉で回避されたことをやり返したシルベットはご満悦な顔して、少し離れたところから魔方陣から出てくると、天羽々斬を高々と上げる。
「まずは、一勝だ!」




