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第一章 四十五




 ──ボクは、覚えている。




 流れる銀の髪は、夜空の天の川の如く美しい輝きを放っていた。銀河に揺蕩う一対の瞳は静かな華やかさと威厳を備え、宇宙に君臨する太陽と月の光に勝るとも劣らぬ荘厳さを醸し出している。


「美しい……」


 彼の魂を抜かれてしまったかのような呟きは、聞く者の耳に届く前に空気の中に霧散した。


 視線を別の場所に移せば、そこは一転、力に溢れた躍動する四肢が描く、生命力の活動が見て取れた。発展途上どころか、まさに発展の出発点である無垢なる姿は、無限の可能性を秘めているという点に於いて、この世のあらゆる芸術品をも凌駕する美しさの極みに達している。


 カモシカのようにしなやかで、それでいて百合の花のようにたおやかな足。


 天使の翼のように軽やかで美しいのに、豹のように蠱惑的で鋭く閃く腕。


 何よりも、めまぐるしい変化をこの世のどんな万華鏡よりも美しく、薔薇よりも華やかに、牡丹よりもたおやかに、桜のようにはかなげに映し出すその表情たるや、千の音楽と万の詩編を用いても、到底表すことなどできはしまい。


「ボクの大切な……」


 彼がそのすべてに心奪われ、周囲が見えなくなったとて誰が責めることができはしない。尚も劣れず、美しく成長する。 


「愛しき義妹────シルベット……」




 ──義妹が産まれて、この世で出逢ったことを。




      ◇




 耳鳴りがする。いくつものうごめくような鼓動に似た雑音と断末魔の叫びのような轟きが耳を蹂躙している。


「……ぅぁ」


 次第に意識が覚醒し、瞼をあげると、視界に広がるのは灼熱の色だった。


 ドロドロとした赤黒いものが混じったものが眼前を通りすぎていき、身体を起こそうとしたが粘りこいぬるりとした感触が全身にしたかと思うと、業火のような凄まじい熱と痛みが全身に走る。自分にのしかかっているものをおしのけようとしても、躯に張りついたままで離れてはくれない。


「……──っっ!?」


 耳鳴りが消えると、かつてないほどの苦痛がゴーシュを襲う。


 たまらず背中に双翼を生やし、はためかせて脱出をはかる。


 しかし四方八方をドロドロとした灼熱の液体ばかりで、上下左右の平行感覚がわからない、方向が全く掴めない。どちらに向かえば正しいのかさえわからず、ゴーシュは勘を頼りに双翼に力を込めて、羽ばたかせた。


 全身を穿つ激痛に耐えて、ドロドロとした液体が躯に貼りつき拒まれようとも、ゴーシュは突き進んでいくが、出口は一向に見えてこない。


 このままでは、いくら頑丈な皮膚を持つ龍人であるゴーシュでさえも出口にたどり着く前に、絶命しかねないだろう。ゴーシュは手に携えていた刀を力強く握る。


 天叢雲剣。


 ドクン、と脈打ち、白銀の魔力が剣に宿る。


 ──賭けるか……。


 ゴーシュは一か八かを賭けて、前方へと渾身の斬撃を放つ。


 斬撃は、ゴーシュの行く手を塞いでいた灼熱の液体を轟音と共に切り裂いていく。そして、その先に三日月の光りが見えた。


「あそこかァ!!」


 渾身の一撃で開いた帰路が閉じる前に、ゴーシュは力いっぱいに双翼を羽ばたかせて、一気に通り抜ける。


 ぬばたまの月が浮かぶ世界がゴーシュの視覚に広がった。


 ふらふらと宙を飛び、首を巡らせれば見渡すかぎり熔岩で出来た川。


 どうやらゴーシュは今まで岩漿の中に呑み込まれていたことを確認しながら、降りれそうな開けた場所へと降り立つ。


 降り立ったと同時に、全身の力が抜けたように地面に顔がついた。動きづらい熔岩の中で渾身の力を振り絞った一撃を放ったのだ。それも当然の結果だろう。


 土ぼこりが地面を這い、血の臭いが鼻をつく。


 口には泥の味がして、生きてる実感を得る。


「────…………せ、還できたとは…………、ボクの生命力は……案外、往生際が悪いね……」


 そんな言葉が口から出た。少し力が戻るのを待ってから、よろよろと立ち上がる。


 首を巡らせてもう一度、周囲を確認する。やはり熔岩から飛び出した時と同じように大地も空も紅蓮に染まっていた。


 街は跡形もなく殆どが消し去り、大地を蹂躙する熔岩は生き物のようにうごめき、鼓動のようにボコボコと沸騰している。地球誕生時の様子を思わせるその光景をゴーシュは茫然と眺めていると──


 空には数百、数千もの鳥が群がってきた。火を纏うそれは、火の鳥。ボルコナで見張りや追跡を目的とした軍用鳥であることに気づいた。


 ゴーシュが気づいた途端に、ゴーシュの姿を見つけるなり、一斉に耳を塞ぎたくなるような金切り声を上げて始める。


「──ッ!?」


 耳障りな火の鳥の金切り声に耳を塞ごうとして、背後から爆発的に膨らんだ殺気を感知したゴーシュは重い体を起こして、横に跳んだ。


 荒れ地を蹴りつけて、そのまま一回転して着地する。頭で考えての行動ではない。危険を察知した肉体が、無意識に動き、危険を回避したのだ。


 炎を伴った光線が大気を切り裂いて、直前までゴーシュが佇んでいた場所を駆け抜けた。あっという間に、表土は焦げ臭いを漂わせて、色が濁った焦げ目を残す。


 ゴーシュが一瞬でも逃げ遅れたのなら、しばらく死地を彷徨っていたことだろう。


 不意打ちでしかけた相手を鋭い眼光で睨みつける。


「──朱雀……」


 攻撃を受けて視界が炎に包まれる前に、天上から業火の炎を放った女性だった。


 ゴーシュは呼吸すら忘れるほど、彼女に警戒する。


 炎に包まれている髪は逆立たせて、鋭い灼眼は怒りに輝いていた。まさしく、敵も味方も関係なく無差別に焼いてしまう炎のような出で立ちで、ゴーシュを見据えている。彼女の背後から、摂氏一千度以上のマグマが波打ち、意志を持っているかのようにうごめく。それは圧倒的に強大な、意志を持ち、ゴーシュの前に立ちはだかった。


 荒れ狂う朱雀だけが持つとされる魔力の塊。炎の化身が生み出す破壊の権化。十メートルは優に超えるペガサスに似た炎の妖馬やワタリガラスに似た炎の妖鳥と様々な形をした、朱雀の眷属である。


 朱雀────煌焔が生み出した妖馬と妖鳥は召喚されただけで、周囲に凄まじい爆発を巻き起こす。暴風は衝撃波を生み、衝撃波は暴風となって吹き荒れる。荒野に摂氏一千度以上の灼熱が蹂躙し、ゴーシュは思わず〈結界〉を張り凌ぐ。


「どうだった、熔岩の中にいた気分は?」


 外見的には華奢さで、その手に握られた長鎗は不思議と似合っている煌焔は、まだ怒気を孕んだ声で問いかけた。


 ゴーシュはその問いかけに、常に浮かべていた爽やかな微笑みを張りつかせて答える。


「すこぶる気色が悪いね。熱かったとしか言えんないね……」


「ほう、か」


 そこであらためて、炎を纏う戦姫を見据えたゴーシュは突然、猛烈な寒気におそわれた。


 笑ったのだ。煌焔が。


 あきらかに自分を見て。楽しそうに。


 その微笑みにゴーシュは不快感をあらわにした。


「実に楽しそうじゃないか。久しぶりに外に出て、充分なストレス発散が出来たのかい?」


 ゴーシュは問う。


 その問いに、煌焔は首を横に振る。


「いいや。全くストレス発散になっていないと言えば嘘になるが、まだ足りない。人を年増扱いしたことに反省の色がない貴様をお仕置きすれば、少しは晴れるのだろうな」


「これでも反省はしているさ」


「そう見えないな。わかるように反省したらどうだ?」


「見えないように笑っているだけさ」


「別に強がらずに頭を垂れれば、すぐに終わるぞ。そうすれば無用な争いはなくなる」


 だから頭を下げて赦しを請え、と煌焔はゴーシュにと命令した。


 それをゴーシュは──


「ボクは頭を下げたくはない」


 拒否した。


「何故だ?」


 煌焔の問いに、彼らしい答えを返す。


「我が愛しいの義妹のためなら、いくらでも頭を下げよう。だが、アナタのために頭を下げるつもりはない」


 ゴーシュは魔方陣を展開し、天叢雲剣を召喚する。


 天叢雲剣を構えて、刀身を朱雀に向けると、


「ボクはたった一言で我を忘れる聖獸様など侮蔑の対称なのさ」


 ゴーシュは朱雀に宣誓布告すると、彼女は刃向かう若者に、突き刺さるような視線を向けた。


「……上等だ。この変態野郎……」


 煌焔はぞんざいに言ってから美しい所作で掌を向けると、そこからものすごい熱量の光線がほとばしる。


 ゴーシュは剣を振り、一閃させる。斬り裂かれた大気に白い軌跡が描かれ、銀の粒子がまき散らされた。


 刹那、空気が急激に膨れあがり、爆発でも起こしたかのように、白い軌跡を中心に暴風が吹き荒れる。


 長い白銀の髪は風に流されて踊り狂い、ゴーシュの目の前で、迫る炎を伴う強烈な風に絡めとられ、軌道から大きくはずれた。


 ゴーシュの真横を通り抜けて、後方へと逸れた。熔岩に墜落としたと同時に、ドロドロとしたマグマが噴き上がり、膨大な衝撃波が周囲を包み込んでいく。


 風がおさまるのを待ってから、ゴーシュは誰もが怒れる火の鳥の化身へと振り返ると──


 なんだその程度の光線も防げないのか、と言いたげな侮蔑めいた微笑みを向けてくる煌焔の姿があった。


「……っ」


 ゴーシュが奥歯を噛みしめると、双翼を大きく広げて、刀を構えた。


 一瞬たりとも視線を外さすことが出来ない。額から汗が垂れ、頬を伝ってあごから落ち、体中が意思と反して本能が恐怖を報せて、震えさせてくる。


 逃げろ、と。


 それくらいに。


 今、ゴーシュの目の前に現れた炎の化身は、圧倒的な力を有している。


 剣を交える必要もなく、ただ火炎放射や光線などの能力を最低限の動きで放ち、一掃するその戦い方は、刀と刀、刃と刃が交わって戦う侍のような勝負では近づくことさえできない。


 圧倒的な力の差を見せつけられ、自分が得意とする接近戦に持ち込めないことに焦り、今まで経験をしたこともない恐怖を、本能的に察知する。


 今まで培われた自分の戦い方では勝てないと悟ったゴーシュはなおも煌焔を鋭く見据える。


 彼には、まだ恐怖心は居ついたままだ。対峙する相手をゆっくりと見やりながら、小さく唇を開く。


 小声で言った言葉は、煌焔の耳に届かずに霧散する。


「何を言っている?」


 ゴーシュが呟いた言葉が気になった煌焔は問いかけると、彼は口の端を上げて、微笑みを作った。


「当ててみな」


 朱雀のように余裕ある強者の微笑みとは違う、どこか自暴自棄で猟奇的で、自分よりも強い者に出会ったことへの喜びがある、とても瞳に危なげな色を放っている。


「どうせ、わからないさ。本分さえも忘れて感情任せに、弱者を見下ろす権力者にはね」


 静かに、次第に熱く、ゴーシュは語りだし、天叢雲剣の先端を向ける。


「義理だが、ボクもやはり水無月龍臣の息子ということさ。今までとは比べものにならない強敵。出会い、死線を何とかくぐり抜けて、己の力を高める。ボクはシルベットと同様にそんな闘いに憧れている。そっちが有利な戦い方をするのは構わないさ。こちらもこっちで、自分の流派で戦って勝つのみ。軍人としては、甘いかもしれないが仕方ないと受け取ってくれ。ボクは何が何でもボクを貫く────そうだろ?」


 そう言うと、何かが飛び出してきて背後に控えていた朱雀の眷属であるワタリガラスに似た炎の妖鳥を一刀両断した。


 周囲に嵐が巻き上げられ、甲高い断末魔の叫び声を上げて、ワタリガラスに似た炎の妖鳥が霧散する。


 そして、炎の妖鳥が消え失せる代わりに表れたのは、銀翼銀髪の少女だった。


「そなた、いつの間に……?」


 彼女の登場に、煌焔は目を開いて驚く。


 煌焔の問いに、少女は答える。


「偶然、そこで戦闘していたら、なんか斬りたくなるような顔をした男が熔岩から出てくるのを見て来た。ただそれだけだ」


「……なるほど。ゴーシュの先程の、彼らしくない熱い語り口は妾をゴーシュに引きつかせるための誘導、囮りというわけか」


 煌焔は、シルベットの言葉を聞いて、勝手に納得して視線を鋭くさせて、水無月兄妹を交互に見る。


「小声で何かを言った辺りから様子がおかしいと思っていたんだが……。そなた方二人は、仲が悪いと聞いていたからな。まさか共闘するとはな」


「してないぞ。何を寝言を言っているのだ。寝言は帰ってからにしろババア」


「ハァア?」


 シルベットの何気ない一言に、煌焔は眷属を不意討ちされて消えかけていた怒りを再捻出しはじめた


「聞こえなかったのか? 耳が遠いのか? 大丈夫か? 補聴器を付けた方がよいのではないか?」


 シルベットは、煌焔をここぞとばかりに年寄り扱いをし、朱雀は一旦、沈みかけていた怒りを爆発させた。


「よくも兄妹揃って、礼儀知らずだな。流石は、シルウィーンの子だ。両親に代わって礼儀を教えてやる。殺さない程度に去勢してやるが、思わず殺してしまう恐れがあるかもしれないが、自業自得だと受け取れ!」


 悠然と右手を天に掲げた。そして透き通った声音で高らかに告げる。


「本気で行かせてもらおう。第二戦目の開戦だ!」


「そっちがその気なら断るつもりはない。こちらも、すぐキレる老人に遠慮する余力なんてないからね、本意気でやらせてもらう。何せ我が愛しいの義妹――シルベットの目の前だからね。カッコつけさせてもらうよ」


 ゴーシュはそういって、シルベットにウィンクを飛ばした。それを払いのけて、彼女は朱雀を片付けた後に、ゴーシュにお灸を据えることを心に誓い、天羽々斬を煌焔に向けた。


「さあ来い!」




       ◇




 シルベットがゴーシュと合流する数分前──




 シルベットは、油断なく身構える。そろそろ、エクレールが清神翼を〈錬成異空間〉から脱出したか、安全な場所に避難させた頃合いだろう。だとしたら、超短期決戦で退けねばならない。


 シルベットは右手に意識を集中させて魔力と司る力を込めて、それを刃に全力で注ぎ込み、一際強く輝かせた。これで、煉神鳳の斬撃を打ち払うこともできるだろう。


 煉神鳳は次の瞬間、薙刀を前で振り回し、そのまま勢いを付けながら、刀身に司る力を宿した。そうすると、刀身全体に火花のような閃光が閃いた。


 着火するかの如く刀身に火が纏い、迸る薙刀を振り回しながら、肉迫してくる。


 軌道を見切ってシルベットが躯を横に開く。紙一重でシルベットの胸の前を通過した煉神鳳は、勢いを殺さずに旋回し、シルベットに今一度、迫った。


「同じような業が私に何度も通用すると思うなよ!」


 シルベットは肉迫してきた煉神鳳に向かって振るい、回転するの薙刀を止めた。その瞬間に、纏わせていた炎が天羽々斬の刀身にぶつかったと同時にそのまま霧消する。


 煉神鳳も、煉太凰もそちらを一瞬見て驚く。


 まさか当たっただけで、霧消するとは思っても見なかったような顔である。


 鳳凰の二人は、天羽々斬の方を見て様子を伺い、煉神鳳が持つ薙刀に目を向ける。見たところ、薙刀も天羽々斬も損傷変形した様子は無いと確認し、先程、火が霧消したのは、やはりシルベットが持つ禁忌の力の可能性が高いと推測した。


 煉神鳳は、衣と足に集中させて、目にも留まらぬ速さで、シルベットに突きの連撃を放つ。 だが、煉神鳳の得物が天羽々斬よりもリーチの長い薙刀なので、接近戦での分がある。


 シルベットは、煉神鳳の突きの連撃を躱し、目と鼻の先まで接近し過ぎたことに気づき、焦りを浮かべた。後方へと退こうとしても、シルベットは好機を逃すまいと近接からの斬撃を放った。


 金属と金属が打ち合う甲高い音と火花が夜の交差点に花咲く。


「よく止めたな」


 シルベットの近接からの斬撃を煉神鳳が咄嗟に懐から取り出した短刀で防いだ。右手には薙刀、左手には短刀といった態勢になった煉神鳳にシルベットは微笑みを浮かべる。


「やるではないか」


「あなたこそ」


 シルベットと煉神鳳は鍔競り合いを繰り広げる。


 一方で、二人の戦いを眺めていた煉太凰とボルコナ兵は、突きの雨を潜り抜け、接敵に成功したシルベットに驚いた。


 【謀反者討伐隊トレトール・シャス】として、敵の意表をつく戦い方は賛辞したいのも山々だが、自分の命を大切に思えない特攻隊のような戦い方は、手放しで誉められたものではない。


 下手に接近すれば蜂の巣になりかねない中で、接敵した度胸は買うが、危ない戦い方に思わず息を飲んでしまった。


 【謀反者討伐隊トレトール・シャス】としても、特攻隊のような戦い方は推奨していない。暗黒時代の頃は、命懸けで特攻していた時期があったが、それで数々の命が散った。生命力があるからといっても、そんな戦い方をしてしまえば、身が持たないことを理解しているからだ。今後、彼女の教官となるドレイクの気苦労が絶えないだろうな、と考えながらも二人の戦いを見護る。


 煉神鳳は鍔競り合いに持ち込まれたという状況に驚いていた。


 最大値まで司る力を込めた刀身を振り回し、相手に肉迫する回転円舞も。突きの連撃も、シルベットは乗り越えてしまう。学び舎で正統な剣術も魔術も習ってはいない相手に苦戦を強いられていることに、理解ができない。


 ただ──


 そこら辺の軍人や、【創世敬団ジェネシス】を相手するよりも面白いと感じてしまった。


 危なげな戦い方ではあるが、やり方次第では立派な戦士になれるだろう。両親のように。


 シルウィーンも、水無月龍臣も、系統は違うが剣術を極めた者である。戦方も、二人の剣術の特徴を垣間見れ、それを自分のものにしょうとしている。


 なんと傲慢なのだろうか。両親から与えられた才能や業を自分のものにし、進化させようとしている。煉神鳳は彼女を羨ましく思う。


 煉神鳳は、最初は剣術を極めようとして挫折してしまった身である。自分は剣は向いていないと思い、諦めて薙刀に転向した。ボルコナで薙刀を振れば、右に出る者はいないところまで登りつめたが、やはり剣の憧れはある。その剣に、愛されている少女を煉神鳳は妬ましく思ってしまった。


 煉神鳳は薙刀を捨て、シルベットの天羽々斬と鍔迫り合いをする短刀に持ち代え、司る力を注ぎ込む。


 短刀の刀身に炎が吹き出し、短い刀身を飲み込んだ。熱波が辺りを広がり、天羽々斬の刀身と同じ長さの炎が立ち上った。


「これは、炎で出来た刃です。僕は、〈炎刃〉と名付けています」


「ほう。そのままだが、分かりやすくって実にいいな」


「それ、ほめてます?」


 煉神鳳の言葉に、ハハハ、とシルベットは声を上げて笑う。


「褒めているぞ。私としては、戦う相手の名前もそうだが、技名もわかりやすい方がいい。だとしても、カッコいい方がいい。私として、カッコいいと思うが厭か?」


「いえ。カッコいいと思っているんだったらいいです」


「ならよかった」


 シルベットと煉神鳳はそんな会話を鍔迫り合いしながら一通りに済ませて、二人同時に踏み込んだ。


 地面は砕け散り、クレーターを作る。白銀と灼熱とがぶつかり合い、二人は押し合う。


 二人の力は、拮抗する。


 どちらも刃を立てようが力をこめようが、傷一つつく気配が無い。


 二人は、脚力を上げて、押し合う。


 力を上げる度に大地に皹が入る。


 どちらも退く気配も、負けそうな雰囲気はない。正直、どちらもしばらくは膠着状態が続きそうだ。


 周囲が固唾を飲みながら見ている中、動いたのは──


 同時だった。


 正確には動かざるを得なくなったといった方が正しい。遥か向こうで急に爆風が起こり、緊張感高まる二人の鍔迫り合いを邪魔したのだ。急な横ななめからの爆風に、二人は驚き、吹き飛ばされてしまう。


 二人は空中で回転しながら態勢を立て直し、せっかく興が乗ってかたところで邪魔されたことに苛立ちながら、爆風が来た方角を睨み付ける。


「なんだあれは……」


 シルベットは驚きの声を出した。彼女が見たのは、空中に立ち上る熔岩だ。しかも天上を貫くように炎柱が吹き上がっている。


 どういうことだろうか、と炎柱が吹き上がった方角を眺めていると、炎柱の先端から人陰が飛び出してきた。


 シルベットは、それを凝視していると、見たこともある顔をした青年であることが見てとれた。実に、会いたくない見知った顔をしている。


「ゴーシュ……」


 シルベットはその男の名を呟き、天羽々斬を握りしめた。


 ──よくも、戦いを中断させたな。


 煉神鳳との戦いを邪魔されたことに怒りを覚えながら、シルベットは久しぶりに会う義兄の顔を殴りに向かっていく。


「煉神鳳、だったか……。少しあの邪魔してきたアイツを一発殴ってくる」


 煉神鳳の返答など聞かずに、シルベットはそれだけ言い残して、炎柱が立ち上るところまで白銀をはためかせて向かっていた。




 徐々に。


 徐々に近づいていく。


 その顔は懐かしさもあったが、遥かに苛立ちの方が増していた。


 できれば、会いたくはない。


 どうせなら無視したい。だが、一発────いや、十発以上は殴らないと気が済まない。


 家族だけではなく、ハトラレ・アローラ全土に迷惑かけた分だけ、殴りたい。もしくは斬りたい。


 よくと様子を窺っていると、義兄は炎を纏った女性に負けているようだ。火球を次々と躱していくが、決定打となる攻撃ができないようである。


 珍しいこともあるものだ、と少し不思議に思う。


 シルベットの知る義兄は、義妹に対して変態発言が多いながらも両親から鍛えられた剣術は確かである。幼い頃から相手は家族や従者しかいなかった。特に、よく手合わせしていたのは、ゴーシュだったこともあり、彼の剣術の腕は知っている。だからこそ、彼が苦戦を強いられている状況に首を傾げてしまう。


 ──何だアイツ、負けているぞ……。


 そんなことを心の中で考えていたら、ふと、その声は唐突に聞こえた。


『────』


 〈念話〉で伝えられた声に、シルベットは思わず目を見開く。聞き覚えがあるムカつく声である。


 間違いない。炎柱から出てきた煉神鳳の戦いを邪魔してきた義兄の声だ。


 シルベットは刀身を白く光らせる。


「何が時間稼ぎするから目の前にいる炎の化身を好きな方を斬っていいよ、だ」


 声の主の前に、一人の女性とその背後に巨大なペガサスに似た炎の妖馬とワタリガラスに似た炎の妖鳥がいた。


 ──あれを好きな方を斬れ、と?


 ──斬ってどうしょうと?


 ──貴様はいつ、私がいるということと近づいていることに気づいた?


 シルベットはいろいろと聞きたいことがありすぎて、返答に困っていると、ゴーシュは何だかわからないが叫びだした。


「どうせ、わからないさ。本分さえも忘れて感情任せに、弱者を見下ろす権力者にはね」


 静かに、次第に熱く、ゴーシュは語りだし、天叢雲剣の先端を向ける。


『本分さえも忘れて、義兄という権力を使いまくって、私を(いろいろな意味で)弄んでた奴がどの口を叩く』


 ゴーシュが叫ぶ言葉に〈念話〉で突っ込みを入れながら、炎の化身の背後から回り込む。


「義理だが、ボクもやはり水無月龍臣の息子ということさ」


『恥ずかしながらもな』


 狙いをワタリガラスに似た炎の妖鳥に狙いを定める。


「今までとは比べものにならない強敵。出会い、死線を何とかくぐり抜けて、己の力を高める。ボクはシルベットと同様にそんな闘いに憧れている」


『まあ、憧れてはいるが……貴様と同類とは思われたくない』


 シルベットは、背後から近づいていることを朱雀や炎の眷属に感づかれないように魔力を少しずつ天羽々斬に貯めていく。


「そっちが有利な戦い方をするのは構わないさ。こちらもこっちで、自分の流派で戦って勝つのみ」


『ほうか。じゃあ、こっちの方を終えたら、真っ先に貴様を叩き斬よう。文句はないな?』


 死角を利用して、シルベットは近づき。炎の妖鳥の頭上まで音もなく、上昇。


「軍人としては、甘いかもしれないが仕方ないと受け取ってくれ」


『拒否する。貴様の贈り物は受け取らない』


 天羽々斬を上段の構えたまま、頭上へと出て、


「ボクは何が何でもボクを貫く────そうだろ?」


『それが、貴様──ゴーシュ・リンドブリムという変態義兄だ』


 一気に下降と同時に、天羽々斬を一刀両断する。


 気持ちよく、一刀両断された炎の妖鳥は、斬られたと同時に霧散した。


 そして──


 シルベットは朱雀とゴーシュの前に降り立った。




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