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第一章 四十四




 如月朱嶺は、〈錬成異空間〉に創られた四聖市の外れにある廃ビルの中の一室に身を潜めていた。


 窓から様子を窺うと、天上から降り注いだマグマは依然と勢力を保持したまま、大地を支配している。炎の化身たる朱雀の放ったマグマは固まらない。通常では、マグマは急激に冷えされたことにより固まり、火成岩になるのだが、朱雀のマグマは常に魔力と司る力が構成されているため、熱さを保持させているため、地表に流れ出ても急激に冷えることがなく、彼女が行使をやめない限り持続しつづける。そのため、彼女の怒りはまだ鎮まっていないことが窺える。


 【謀反者討伐隊トレトール・シャス】人間世界方面日本支部派遣部隊第八百一部隊と一旦、合流した如月朱嶺は朱雀と密かに連絡を取っていた。


 蛟龍────伊呂波定恭を【謀反者討伐隊トレトール・シャス】人間世界方面日本支部派遣部隊第八百一部隊と瀕死の状態であったが何とか生け捕りに成功した如月朱嶺は、朱雀の指示の下でゴーシュ・リンドブリムの現れたとして、目に見えない範囲での包囲網を敷くように云われ、ボルコナ兵の包囲網の外側に札を張って準備していたのだが──


 魔力探査による術式を感知した。そのことを朱雀の従者である鳳凰に報告し、待機していると、突然の”今なんと、言ったと聞いているんだよ。この義妹大好き変態野郎ッ!!”という朱雀の怒号が轟き渡ったかと思えば、天上からマグマが降り注いだ。一瞬にして〈錬成異空間〉に創られた四聖市はドロドロとしたマグマが蹂躙し、席巻した。


 鳳凰から〈念話〉で”緊急事態が発生した作戦変更”という一言があって以降、〈念話〉を送っても応答はなく、不穏な空気が漂っている。


 大気が陽炎でゆらゆらと揺らぎ、焼かれた地面が焦げた臭いが立ち込める。摂氏一千度以上のマグマが波打ち、意志を持っているかのようにうごめく。それは圧倒的に強大な、意志を持ち荒れ狂う朱雀だけが持つとされる魔力の塊。炎の化身が生み出す破壊の権化。形状は、ペガサスに似た妖馬やワタリガラスに似た妖鳥と様々だが、どちらも余裕で十メートルを超えている。溶岩に似た琥珀色に輝く、炎の化身が生み出した妖馬と妖鳥は火球を吐き出し、周囲に凄まじい爆発を巻き起こす。その全身を包みこんでいるのは暴風だ。


 暴風は衝撃波を生み、衝撃波は暴風となって吹き荒れる。二十キロ先に残された建物を薙ぎ払い、荒野と化していき、摂氏一千度以上の灼熱が蹂躙する。


 少しずつ地獄絵図のような光景が領域を拡大させていく様子を見た如月朱嶺は、少なくとも十分程で待機している廃ビルも地獄となる可能性があることを導き出す。


 ──このままでは、此処も危ないですね。


 未だに暴風と衝撃波で荒れ狂っているため、不用意に外に出たら巻き込まれかねない。かといっても、このまま廃ビルにいてはマグマの餌食だ。


 屋外の様子を窺う限りでは、妖馬と妖鳥らは何かを捕らえようとしている。朱雀の怒りの原因である者が逃げ回っているのだろう。捕まられて朱雀の気が済めば、暴風と衝撃波は弱まると思うが相手も必死だ。それは無理もない。捕まれば躯を灼熱が襲い、跡形もなく消されてしまうからだ。そのため、まだ怒りを納めてくれそうもない。


 元老院の嫌がらせにより百年ほど南方大陸ボルコナで引きこもらされ、戦場から離れていた朱雀だが、人間界とハトラレ・アローラの両界で崇められ、名高い聖獣の力は伊達ではない。相手がいくら逃げ足に自信があったとしても、そうそうやすやすと逃がさないだろうし。相手も聖獣だからといって、やすやすと捕まるわけにはいかない。


 逃げれば逃げるほど長引き、如月朱嶺のいる廃ビルまでマグマが到達してしまう。早く手をうつ必要がある。


 思考を巡らせる彼女の視線の先に、二つの影が目に入った。


「あれは……?」




      ◇




 上空にいる灼熱の権化に怒気の籠もった目でシルベットは睨んだ。


 横で刀を杖にして、フラフラとしたシルベットが、「一体、いきなり、何なのだ……」、とシンとの戦いを邪魔した悔しそうに顔を歪めている。


 いつの間にか、周囲には朱色の軍勢がシルベットとシンを取り囲んでいた。


「戦いの最中、申し訳ございません」


 朱色の軍勢から二人が進み出たのは、緋色の和服を纏う少年少女だった。瓜二つの顔立ちをした、双子である。


「ぼくの名前は、煉神鳳です」


「あたしの名前は、煉太凰です。ともに、鳳凰です」


 髪を炎のように逆立てた薄水色の短髪の少年────煉神鳳と、ショートボブの桃色の少女────煉太凰はそう、名乗って礼儀正しく、ちょこんと頭を下げた。その仕草だけで愛らしい。


 頭を上げたお揃いの朱色を基調とした和服を着た双子は振り返り、灼熱の爆心地を指し示し、


「ただいま、朱雀さまがゴーシュ・リンドブリムの挑発により、怒っています」


「ご迷惑をかけて申し訳ございませんが、お逃げいただけませんか」


 右耳に水色の羽をした耳飾りを揺らして少女が、左耳には赤色をした羽の耳飾りを揺らして少年が言った。


 発言から、二人は朱雀の従者で、その主がどうやら爆風と衝撃波を起こしている張本人であることがわかったが、シルベットにとって驚愕したのは、そこではない。


「…………ゴーシュ・リンドブリム。あの失礼が服を着たようなアイツがいるのか?」


 シルベットは、苦虫を噛み潰したかのような顔を浮かべて言った。


「はい」


「失礼が服を着たかのような、というのはわかりませんが、確かに失礼でした」


 二人は頷き、


「義妹にたいして愛している、とかいったときは、キモチワルカッタ」


「年増のオバハン、と年齢を気にしている朱雀さまに言った」


 デリカシーない、と鳳凰は口々と互いに頷き、言った。


 幼い二人の呆れ顔で義兄の悪口を言う姿を見て、シルベットはまるで自分が言われたかのように恥ずかしさを覚える。


 ゴーシュに対して、憤りを抱えるシルベットの横でシンは言う。


「ゴーシュもいるのですか……」


「はい」


「いますよ。今、朱雀と戦ってます」


「…………そうですか」


 鳳凰の言葉を聞いたシンは何か思い当たったのか納得したかのように頷き、


「で、あなた方は大軍を引き連れて、この場にいる者を捕らえて何をするのでしょうか?」


 そう言うと、鳳凰は愛らしい顔を表情のない能面に変えた。シンの問いに答えず口を閉ざす。その様子に、シンは警戒心をあらわにする。


「答えていただけないのですか……。ならば仕方ありません。全力を挙げて抵抗をします」


「抵抗、反抗、拒否、逃亡、などしたら、遠慮なく焼き殺せと仰せです」


「だから抵抗をしちゃダメですよ」


 鳳凰は、抑揚のない声音で言うと灼熱の魔方陣を展開させ、そこから煉神鳳は薙刀、煉太凰は扇を召喚した。どちらも朱雀の炎が宿したもので、少しでも掠れば強靭な亜人の皮膚に火傷を追わせることができる。


「どうやら強制的に捕らえる気ですね」


 このまま捕らえれば、シンは万事休すである。【異種共存連合ヴィレー】と【謀反者討伐隊トレトール・シャス】、【創世敬団ジェネシス】で二重諜報した主の美神光葉にも迷惑をかけることになってしまう。彼女の執事としては、捕まるわけにはいかない。


 シンは身を硬くした。


 と、その瞬間。


「ん……?」


 シンは眉をひそめる。


 前に進み出たものがいた──


「な──」


 一瞬、白銀に発光した姿が天使と間違えて、すぐに気づいた。そう見えてしまうほど、彼女は光り輝いていたのだ。


「何だか知らんが、私としてこいつとの戦いを邪魔されたくはない」


 水無月シルベットが戦闘体勢へ移行して鳳凰らに言った。


 彼女としては、まだシンの決着がついていないために戦いがっているようだが、鳳凰は彼女の意図がわからないといった口ぶりで問いかける。


「ええと、ミナヅキ・シルベットさん。今は緊急事態ですよ」


「生死にかかわる緊急事態です。戦いはいったんは休戦しなければなりません」


 命は無駄するべきじゃありませんよ、と微笑んで鳳凰は注意すると、


「それに上官・上司の命令は絶対です」


「背ければ、厳罰の対象です。場合によっては【部隊チーム】全員が厳罰です。既にハトラレ・アローラの法では、そう定めています」


「なぜ定めてある?」


「上官・上司に背いて、勝手に動けば、作戦の遂行に支障が出ますから」


「それに如何なる世界にもそういった規則や法律なるものが存在します。世界の秩序を守るには仕方ないことなのです」


「現在の状況は、生命に関わる事態が発生したので、皆に避難を呼びかけているのですよ」


「ついでに、裏切り行為を起こした者も捕らえるのがあたし達の役目です」


「捕らえるのは私がやる。貴様は他をやれ」


「そうはいかないのですよ」


 シンと決着をつけて父親について問いただしたいシルベットの言葉に、燃えるような灼眼を細めながら鳳凰は静かながらも微かな怒気を孕んだ口調でそう言った。


 シンは息を呑んだ。愛らしい見た目から想像できない程の膨大な魔力を鳳凰は練りはじめる。二人は朱雀と同じくハトラレ・アローラや人間界でも数々な伝説や神話を残してきた獣とあって、その力は上位種である銀龍族であるシルベットを遥かに凌駕している。


「何だやるのかチビスケども」


 周囲が静まり返った。冷たく不穏な空気が流れる。


 鳳凰は、不死鳥である朱雀には劣るが長命だ。しかし、時が流れても見た目が幼いままであり、成長するにはかなり長くかかる生き物である。そのために、見た目の成長が遅い二人はそのことを気にしていた。


「──と、言いましたか」


「──と、言いやがった」


 鳳凰は静かに呟いた。


 その声は、シルベットには届いてはいなかった。


「なんだ聞こえないな。云いたいことがあるなら、もっとハキハキと相手に聞こえるように声を出せ」


 外見が幼いが遥かに年上である鳳凰に対して、シルベットは粗暴な声音で言った。


 礼儀知らずに程があるが、あともう少しでシンとの戦いに決着させて、晴れて父親である水無月龍臣のことを聞き出せる気でいたのだから、それも無理はない。


 シンとしては、このまま汚名を着せたままでやられるつもりはさらさらなかったが、天才肌のシルベットに舌を巻いていた彼として、一時的な休息を得たといっても過言ではない。これ以上、戦っていれば老体に響いていたことだろう。


 だからといって、危機を脱したわけではない。鳳凰やボルコナ兵に囲まれた状況は、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】と【創世敬団ジェネシス】の多重間諜を行ってきたシンにとって危機的状況といえた。


 シンがシルベット、鳳凰やボルコナ兵の目をかい潜って逃げる算段をたてようとした時に、邪魔されたことが気に喰わなかったシルベットは仕返しと言わんばかりに言葉を発した。


「小童どもが!」


「兄妹揃って、失礼な奴だなっ!」


 そのシルベットの一言がきっかけに、鳳凰は怒り狂った。周囲を烈火の如く炸裂火花とドロドロとしたマグマが噴き出し、シルベットに肉薄する。


 左右と肉薄してきた鳳凰をシルベットは天羽々斬で往なす。赤子のように簡単に往なされ、鳳凰の苛立ちは最高潮に達する。煉神鳳は薙刀に、煉太凰は扇に火焔を灯らせ、シルベットに向けて振るう。


 炎の一閃。


 煉神鳳の一閃は、煉太凰が起こした風に乗り、鋭さを増す。それをシルベットは、天羽々斬の柄を強く握り、魔力を注ぎ、刀身を白銀に輝かせた天羽々斬をシルベットは応戦する。


 白銀と炎の一閃がぶつかり合い、それだけで周囲に衝撃波が巻き起こった。


 やがて反発する二つの力は消失すると同時、両者は次なる一手を打つ。


 シルベットは天羽々斬の刀身に力を蓄積させ、剣先を鳳凰の二人に向ける。


 この〈錬成異空間〉には人間である翼がいるため、銀龍が司る力である核はこれ以上は使えない。無闇に力の解放し、使ってしまえば、人間を被曝させてしまう基準値を越えてしまうだろう。護らなければならない立場であるシルベットが翼を被曝させてはもともこうもない。

 だからこそ、此処は行使できるのは魔力だ。練り上げた魔力は天羽々斬の刀身に蓄積され、白銀に輝く。


 シルベットは白銀に輝く天羽々斬を振り上げると、


「そんな、ただ飛んでいるだけの火焔で私に勝てると思うなよ小童ども!」


 渾身の力を込めて振り下ろした。


 その瞬間、複数の白銀に輝く魔力の刃が天羽々斬の刀身からブーメランのように回転して飛び出す。


 ななめ横に振り下ろされた一斬は、天羽々斬の刀身に纏わせた魔力を剣圧を利用して振り飛ばす業だ。一斬から繰り出された魔力と剣圧の刃は、鳳凰だけではなくボルコナ兵に向かって縦横無尽に放たれた。


 天上で縦横無尽に飛び交う魔力と剣圧の刃から護るために〈結界〉を行使する。遅れてボルコナ兵も〈結界〉も次々と行使する。


 しかし、シルベットが放った魔力と剣圧の刃から凌ぐには、それだけでは足りないと瞬時と見抜き、煉太凰は扇に火焔の矢を展開させ、一斉に放射。相殺した。


 対して、煉神鳳は魔力と剣圧の刃と火焔の矢が飛び交う中を〈結界〉を行使させずに薙刀を振り回して、烈火の如く突撃する。


 天羽々斬を構えるシルベットが突撃してくる煉神鳳が到達する前に跳躍して迎え撃つ。


「小童扱いをするなっ!」


「小童を小童と言って何が悪い!」


 刀剣と薙刀の激しい迫り合いが始まった。


 煉神鳳は薙刀による突きを素晴らしい速度で繰り出す。斬撃に跳躍の速度を乗せ、重力を無視した機動で縦横無尽に飛び回る。亜人の動体視力をもってしても捉えられるには難しい。


 しかし、シルベットは巧みに躱していく。


 突きの大雨をシルベットは左右と横に振られながら、身をひねって躱す。そのまま横転して、右から背後に回り込み、即座に地面を蹴ると、そのまま電光石火の如く速さで煉神鳳に肉薄した。


 すかさず左からの架裟斬り。しなる刃と刃が交錯し、鋼同士の激突に火花が飛び散った。続けざまに右から横薙ぎの一発に繋ぐ。そこから仕返しとばかりの連撃に入る。左右上下から斬撃を繰り出しつつも、突きも混ぜ込み、相手を撹乱させようとするが、煉神鳳は小柄な体躯を生かして、巧みにシルベットの連撃を躱す。


 真向斬りしてくるシルベットの身のこなしと太刀筋動きを読み、後方へと跳躍して回避。火焔を灯らせ、シルベットに向けて撃ち込む。


 それを迎え撃つシルベットは撃ち込まれた火焔の弾丸をひと降りで相殺し、すぐさま上段の構えを取った。いつの間にやら彼女の手にした天羽々斬の先端に魔力が再び蓄積され、加えて刀身には魔力の渦が出現していることに煉神鳳は気づく。


「し、しまった……」


「遅いッ」


 シルベットは煉神鳳目がけて思い切り振り下ろした。


 その瞬間。


 膨大な量の魔力が放出され、白銀の極光が〈錬成異空間〉を引き裂き、空間ごと真っ二つに切り裂いた。


 世界がズレたとしか思えない光景。放たれた極光は一瞬の間に、〈錬成異空間〉を白銀に塗り潰す。


 突然の極光に、鳳凰の二人はもちろん、シンや周囲にいたボルコナ兵は思わず目を覆ってしまう。


 数秒後、光が収まりはじめ、恐る恐る目を数度、瞬かせてから辺りを見回すと、〈錬成異空間〉が激変する。


 ズレた空間が元に戻ろうと収束を始めようとして、大気が歪曲するほどの威力の余波が〈錬成異空間〉の中を暴風となって荒れ狂う。


 逆巻く風が暴れ回り、二次災害が起こりはじめたのだ。暴波の意味はわからないボルコナ兵はその異常事態に狼狽を露わにする。その中で、シンや鳳凰は、シルベットの魔力を込めたたったひと振り、全力で剣を振るった──それだけで天変地異と差し支えない現象が起こったことだけは理解していた。


 やがて暴風はおさまる。世界ごと切り裂くような斬撃の後には、本当の意味で何も残っていない。


 少女が天羽々斬を振るった延長線を中心とした範囲内は吹き荒れた暴風により地面ごと抉られており、何も残ってはいなかった。


 余波は一キロは優に越えており、周囲に包囲網を張っていたボルコナ兵たちは銀翼銀髪の少女を顔を戦慄に染め、注目している。


 と、ガラ、とどこかで瓦礫が崩れる音がしたが、彼女から目を離すことができない。


「たったひと降りで……」


「世界を湾曲させてしまうだなんて……」


「それが禁忌と呼ばれる少女の力ということですか……」


 鳳凰の二人は、ようやくと口を開き、天羽々斬を携えて佇む破壊の原因たる銀翼銀髪の少女────シルベットを見据えた。


 天羽々斬の剣先を地上に突き立てて、仁王像のようにどっしりと構えたシルベットは唇の端を上げる。て挑発するかのように嗤う。


「私に、“少しだけ”本気出させたことを後悔させてやる」


 これから本気を出す、といった含みを入れて、シルベットは挑発する。


 軍隊に配属されてまだ三ヶ月は経っていない新人にいいように言わせられただけではなく、やられては鳳凰やボルコナは怒りをあらわにしなかったが癪に障ったのは間違いない。


 不機嫌さを顔立ちに刻み込んだボルコナ兵の前に煉神鳳が進み出ると、薙刀を構えた。どうやら一斉に襲いかかることはしない。新人兵士相手に多勢無勢は卑怯と考えているようだ。もっともシルベット──銀龍族と同じく上級種族である鳳凰の煉神鳳が代表として挑む。


 一騎打ちに臨もうとする煉神鳳にシルベットは別段、不服ではないようで地上に突き刺した天羽々斬を抜き、受け入れるかのように構える。


 凄まじい剣気が周囲へと迸り、向かい合う二人の戦意が大気を震わせている光景に、煉太凰とボルコナ兵は固唾を飲み込みさえも忘れて、注視する。その場に居た誰もが目を奪われている中で、一つの影がゆっくりと、その場から立ち去っていったことに誰も何も言わなかった──




 眼下に広がる景色を一望する。目に映った景色は、二つの勢力により悲惨なものに変わっていた。


 ビルや家屋といったものごと地を削り、周囲を吹き飛ばした深々と刻まれた爪痕は、半径三百メートル以上にも及んでいた。少し離れた閑静な住宅街だった場所は、炎に包まれていた。いや、溶岩の波に飲み込まれていると言った方がいいだろう。それらは着々と領域を拡大つつある。


 シンは目に焼き付けるように世界を湾曲させてしまう斬撃を放ったシルベットと鳳凰の二人に注視する。荒野にシルベットは天羽々斬を、煉神鳳は薙刀を構えて睨み合っている。煉太凰とボルコナ兵は固唾を飲まずに見護っている。そちらに集中してしまい、抜け出したシンに気づいてはいない。


 シルベットの未だ未知数の力を考えれば、留まっていても戦いの被害に遭い、巻き込まれてしまう危険性があった。逃げてしまえば、主である美神光葉に嫌疑をかけてしまいかねないが致し方ない。鳳凰やボルコナ兵の注意がシンから逸れた好機を狙って、包囲網をかい潜ってきたが気づかれている様子はない。


 しかし。


 こうもやすやすと抜け出せたことに腑に落ちない。


 朱雀が絡んでいるのならなおさら感じてしまう違和感。先ほどシンが時間稼ぎと情報収集を兼ねてシルベットと一騎打ちした時と似過ぎている。


 鳳凰らは何らかの時間稼ぎでもしているのだろうか。未知数であるシルベットの力を探りに来たのだろうか。だとしても、何のために、という疑問が尽きない。


 嫌な予感がした。


 ものすごく嫌な予感ががしたのである。


 シンは追っ手をつけさせている可能性を考慮し、細心の注意を払いながら周囲を窺おうと首を振りかけた──


 その時だった。


「一緒に、銀龍族と人間のハーフについて調査しないのか」


 ふと、声がした。


 声と共に濃密な魔力の漂いはじめ、シンは寒さなどまったく感じてないはずなのに、全身が総毛立っていた。亜人の防衛本能が、ざくざく、と足音を立てて近づく気配に用心しろ、と警告を発している。


 シンは警戒心をあらわに気配がする方を見据えた瞬間、


「──ッ!?」


 脳裏を支配したのは完全な空白だ。灰色の髪を風に揺らしシンの前方に突如として顕れた者の顔を見て、言葉を失った。


 目の前の光景を否定したい、といった縋るような懇願すらも思い浮かばない。真っ白に思考は覆い尽くされそうになりながらも、無事に戻って来れたのは、幼い頃から間者としての試練を幾つも潜り抜けてきた賜物といえる。


 常人にはつかない精神力をもって戻ってきたシンだったが、出迎えたのは、現実を否定したくなる光景だった。それもそのはずだ。眼前に立っている屈強という言葉が似合う男性はシンが知っている者だったのだから。知っているといっても、シンと彼に面識はない。お互いに資料か何かで見た程度でしか知らない程度だろう。


 大柄で長身、躯を内側から押しあげるように発達した筋組織。灰白色の髪は短く逆立っていて、鋭利なサファイアのような美しい蒼眼がシンを貫くように真っ直ぐと向けられている。

 表情を凍らせてしまう存在感。揺らがない確立された絶対的な意志。ただひたすらに純粋で絶対的な力の差を感じてしまう。


「あなたは、白夜……ッ」


 ギリ、とシンの歯が鳴った。


 噛み合って擦れあう音に込められた屈辱は、そのまま眼前の聖士に対する冷たい視線となり突き刺す。


 白夜。


 両界で英雄にして神話を馳せた獣。東西南北の方位を象徴する四神獣の一つで、西方を守護する白虎。それが彼の正体である。


 五行説では西方の色とされる白を強調とした空手の道着と似た戦場に出向くにはあまりにも軽装すぎるが、神なる力を宿した獣である彼には攻撃を受け流す加護を得ている。そのため、白夜の周囲には流れ弾などに当たる心配はなく防御力を高める防具が必要がない。


 だとしても、必ず当たらないわけではない。白夜の間合いまで肉薄して近接攻撃ならば、加護は働きにくくなり、直撃する確率は上がる。


 加護はあくまでも白夜の周囲二メートル半以上でのみ有効だ。二メートル半以下は加護は無効となる。そのため白夜と戦うには近接戦闘がもっとも適しているが──


 白夜が大人しく喰らうか、という条件付きでのみ有効といえる。


 白夜の加護はあくまでも遠距離から風よけに過ぎない。彼の得意とされるのは近接戦闘――合気道、柔道、拳法、體術、テコンドー、空手道といった体術である。どの体術も熟練とした腕を持ち、肉薄してきた敵を捻り潰すほどの腕力をもっており、いかなる敵が顕れようとあらゆる体術をもって撃退するのが白夜の戦闘スタイルだ。


 鳳凰やボルコナ兵は、眼前にいる屈強たる白夜がいたからこそ、見逃したのだ。彼が相手では、生半可な体術では間合いに侵入した途端にやられてしまうだろう。


 移動能力も優れており、最高速度が二千三百二十一キロの超超超超高速移動能力を持つシンだが、白夜は遥かに上回る二千五百キロの超超超超超超高速を持っている。四聖獣の中で、白夜の移動能力は地上に置いて右に出るものがいない。そのため、容易に逃げることは難しい。


 一歩、シンに向かって前に出る。前に出つつ言う。


「ほう。さすがは美神家の間者だな。いや、美神家自体が間諜を生業としている一族だから当然といえるな」


 白夜は、獰猛な獣を思わせる鋭い牙を見せて微笑んだ。視線を一瞬だけ、どこかに向けたことをシンは見逃さなかった。


 誰かと示し合わせていたのだろうか。シンは白夜に悟られないように、周囲の魔力反応を探りながらも、白夜よりも前に出る。


「何のことでしょうか……? 私はただ援軍で呼ばれただけです。白夜様こそ、人間界に降りられてどうなさったのでしょうか」


 と、動揺していることを悟られないように平常心を装い、シンは取り繕う。戦うことも逃げることも難しい、防御も戦闘能力も桁違いの相手を眼前にして、美神家の執事として恥ずかしくならない姿でごまかすしかない。


「惚ける必要はないぞ。この〈錬成異空間〉で起こったことなら知っている。勿論、問題児である彼女らが上に信用されていないと見越して、自らが間者であることを話したこともな」


 そういって、右方の胸元から中指の第一関節くらいの人間界の記録媒体──〈メモリカード〉とキューブ型のハトラレ・アローラの記録媒体──〈メモリキューブ〉を取り出すと術式を展開した。〈メモリキューブ〉の表明に魔方陣が浮かび上がり光り輝いて起動すると、紅月と灼熱に染まる空をスクリーンに映し出される。


 そこには、シンがシルベットやエクレールに話していたこと時の映像が美神光葉が〈錬成異空間〉を構築した辺りから一例の出来事も含めて、克明に再生された。あらゆる角度で。


 プライバシー権の侵害と主張したいが無駄だといえる。人間界の日本において、無断録音と録画事態は違法ではない。盗聴器を仕掛ける前提で、土地や住居に相手に許可に侵入すると、住居侵入罪により罰せられるが、〈錬成異空間〉という魔術によって創られた空間が適用外といえる。


 人間界で普段暮らす上でなら適用されることがあるが、〈錬成異空間〉内は日本の領域ではなく、ハトラレ・アローラの領域である。〈錬成異空間〉で起こったことは特例以外は日本の法律は適用されない。それはハトラレ・アローラの亜人ならば周知の事実だ。


 〈メモリキューブ〉に収録された映像を違法であると主張し認めさせるには、美神光葉が〈錬成異空間〉が行使者として認めなければならない。


 だが。


 【創世敬団ジェネシス】が行使したと【謀反者討伐隊トレトール・シャス】が認識されている。


 大体、術式の行使に関して、魔力や種族の違いから差異がある。それによって、術式の起動した際の魔方陣の光は異なり、魔力や司る力によっては多種多様だ。術者の行使権を奪った際、すぐに変化が訪れるために後から行使権を奪ったと主張しても、いつ誰から奪ったのか、となってしまう。


 ある程度、予め偽証とならない程度の証拠を収集する必要性もあり、下手に主張しすれば、すぐに偽証となってしまいかねない。それをわかっていたからこそ、白夜は〈メモリキューブ〉と〈メモリーカード〉と記録媒体を見せたのだろう。


「随分と前から撮られているようですが…………いつから人間界にいたのでしょうか?」


「そうだな。単体で来日したのは、二十一日前からだ」


「そのような前から」


「最近、おかしな動きをしている輩が多くってな。どうやら清神翼を中心に企てているという情報を得て、直々に己らが出向き、ちょっと策を投じた」


 シンのすぐ前まで来た白夜はかすかに微笑んだ。


 辺りには、遠くから響いてくる爆発音以外には沈黙が訪れている。そして張り詰めた緊張感が満たされていた。


 その緊張感を肌で味わいながら、シンは渇いた唇を舌で湿らせる。


 つまり全てがわかった上で、白夜はシンに相対している。逃げたとしてもすぐに追いつく自信があるのだろうか。道はあえて塞いではいない。


 先に攻撃する気もない。構えてさえもいない。しなくとも、攻撃してきても躱せる自信があるからだろう。もしくは受けても大したダメージを負わないことを知っているからだろう。


 それらが無駄なことであることだとシンがわかった上での行動なのだと、白夜は理解しているのだろうか。だとしたら、彼が白夜がシンの前に顕れた意図を汲み取る。


「私としては、珍しく墓穴を掘ってしまったようですね……」


 シンは、肩をすくめて首を振る。


「これは一生の不覚といっても過言ではございません」


「誰にでも神でさえも失敗するのだから気にする必要はない。それよりも元老院議院や【創世敬団ジェネシス】について聞かせて頂きたい。あと一つ」


 白夜は声の音調を落とす、それだけで真剣味が帯びる。


「美神光葉とゴーシュを立会人にした、メア・リメンター・バジリスクと水無月龍臣との誓約について聞きたいことがある」


 白夜の言葉に、シンは納得する。彼が此処にいた意が腑に落ちた。




「なるほど。そういうことでございますか……」




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