第一章 十九
──五年前。
ハトラレ・アローラ。
北方大陸タカマガ。水無月家。
ゴーシュは、溺愛するシルベットに旨をある程度を隠し、ある程度のニュアンスを込めて、伝えるためにシルベットの部屋に侵入した。
ベッドで安らかに眠る義妹に、ゴーシュは悪戯そうな色を湛えた視線を向けると、突如として彼女に迫るように身を寄せ、抱きつき、しなだれかかり、呼吸を荒くしなながらベッドへの登攀を始めた。
我が愛しいのシルベット、と甘い声で、熱い吐息を義妹の耳に吹きかける。
「うぅ……」
身を震わせて覚醒したシルベットは、自分がどのような体勢にあるかに気づく。
義兄は彼女に跨って、身体を起こして首に腕を回しているという対面座位の体勢なのだ。掛け布団一枚を挟んでいるからさほど大事に至らないが、心理的にはこれ以上はないというぐらいに密着状態である。
うろたえて顔を真っ赤になるシルベットにゴーシュは不可解なことを言う。
「これから、“不自然に記憶が飛ぶことがあっても、それは単なる記憶の扉に鍵をかけた状態”で、何の問題はない。いずれ思い出す」
「……夜中に私の部屋に勝手に侵入して、たたき起こして、何を寝惚けたことを……」
銀翼銀髪の義妹は、跨がる義兄を思いっきり突き飛ばす。シルベットはすぐに起き上がり、まくれ上がったスカートをパンパンと軽く整え、衣服の乱れや髪を瞬く間に直して。ベッド脇に落ちて転がるゴーシュに向ける視線を、銀翼銀髪の義妹は、犯罪者を見るようなものへと変えた。そりゃそうだ、実年齢は百を超えているとは言え、彼女は見た目だけなら十四、五歳。しかも強き大和撫子を目指す少女にとって、淫らな振る舞いは、たとえ本人の同意があったとしても、赦すわけにはいけない事柄である。そして不法侵入、夜這い、親近相姦といった犯罪行為が、今まさに現行犯で進行しているのだから、余計に顔色を変えないはずがない。
しかし、義兄はまるで何事もなかったかのような態度となっていた。軽く肩を竦めただけ。
「もっとも、だ。しかし夜這いではない。これだけは信じてほしい」
「信じられないな」
「お兄ちゃんを信じられないのかい?」
「義妹の部屋に不法侵入してきた貴様の言葉など、信じられるわけがない。さっさと、豚小屋にでも入れ!」
と、シルベットはそばにあった竹刀を手にする。
ベッドから飛び降りて、竹刀を構えた。意気揚々と竹刀を構える義妹は、独学で学び、最近では自己流の必殺技を編み出そうとしている剣術を披露したがっているようなワクワク顔になっている。
必殺技をゴーシュで試すために助けをあえて呼ばないことに、既に気付いている義兄はなるべく落ち着いてもらうことにした。いつもなら受け入れて実験台になっているが、残念ながら今は構っている時間はない。
「豚小屋にはまだ入りたくないな」
「貴様の意志など知らぬ。私は眠りたいのだ。寝かせないと、憲兵隊を呼ぶぞ」
「それは勘弁だ。今からすぐに発たなくてはならないから」
「ほう。仕事か?」
「ああ。少し長引く。しばらくは会えないだろう。お母さんとお義父さんには、会わないで行くよ。よろしく伝えておくれよ」
「自分の口から告げればよかろう。早く立ち去れ。こんなところで私を襲おうとせずに、遠慮せずに行け」
「ああ、言われなくとも早く立ち去るさ。大変なんだよ。大切な者を護るために、自分の手をも汚さないといけないからね。シルベットはこういう命令を受けても断れるだろうけどね」
ゴーシュとしては嫌味を口にしたつもりである。だがシルベットは、それを真正直に答える。
「そうだな。私ならそんな汚れた仕事は断る」
「よろしいが、それではこの世の中は上手く渡れないよ」
そう言って、ゴーシュは去った。
憲兵が現れ、ゴーシュが北方大陸タカマガの最北端にあるノース・プル。エタグラの最奥の守護龍を千匹を惨殺し、ハトラレ・アローラの秘宝である〈ゼノン〉を強奪した疑いがあることをシルベットが知ったのは、一夜開けての四時間後のことだった。
◇
七月十五日。
午前十時頃。
まぶたを開くと、狭いが気持ちを開放的にさせてくれるだけの部屋が広がっていた。
「夢か……」
ゴシゴシと目を擦り、目を細めて眩しい窓の外を見る。
外出を赦されず、生まれてから水無月家の敷地内という狭い範囲でのみ自由はなかったシルベットにとって、世界は光りに溢れていた。
シルベットは、水無月家では劣悪な環境で育て上げられたわけではない。
両親には剣術などを、使用人には生活に必要な最低限のことを教わりながら、これといった不便もなく過ごすことが出来ていた。
だが、シルベットが外の世界────特に父親である水無月龍臣の故郷である人間界にある日本への憧れは尽きることはなく、一日を過ごす度に強くなっていった。敷地内を囲む全長百メートルの壁の向こうにある世界に想いを馳せ、シルベットは巣立ちの式典では、エクレールからちょっかいをかけられ気分を害したものの憧れの地────日本にいることを噛み締める。
しかし、胸をときめかせる陽光に照らされ、晴れやかな気持ちを邪魔をするものがあった。
シルベットの心の奥底にある一カ所に、気分を害するものが存在する。一点の曇りとしてあるそれは、さっき見た夢のせいだろう。
──あの忌ま忌ましいゴーシュの夢を見るとは、なんと目覚めが悪い……。
五年前の冬──ゴーシュが消息を絶つ前日の夢を見てしまい、せっかくの晴れやかな気持ちを不快感という暗雲で曇らせてしまっていた。
ゴーシュは、すぐにシルベットを抱き着きはほお擦りをする癖がある。昔は心地好かったが、年頃になると鬱陶しく感じてしまう。嫌がると絶望の淵に堕ちたような顔をして困らせた。今としては、長年屋敷の外から出ずに一人で遊んでいた義妹の為に、義兄による他愛がないスキンシップだったのかもしれない。
だとしても、シルベットはどうしても許せなかった。
それは五年前に消息を絶った日、ゴーシュがシルベットにはっきりとした理由を告げずにいなくなった。そして、目覚めたばかりで頭が覚醒しきっていないシルベットに言葉は思い出せない。
しかし、その光景は夢となって現れる。当初は鮮明だったが、日に日に薄い膜に覆われているかのようにボンヤリとなっていく夢はその度にシルベットの心中に不快として残り、今なお苛立たせている。
いっそのこと、忘却への彼方へとやってしまいたいが、なかなか見えなくはならない。まさか人間界に来てまで思い出すなんて想像もつかなかった。完全にやられてしまった。
「さてと──」
シルベットは気分を変えるために、グーンと両腕を上げて背伸びをする。
「嫌な夢も見てしまい、寝汗をかいてしまった。嫌なことは、湯に浸かり洗い流すに限るな」
入浴がする為に一歩踏み出した時、ある問題に生じた。
「……困った。湯の沸かし方がわからない」
昨日は燕と一緒に入浴場まで行ったのはいいが、お湯の沸かし方はまだ教わってはいなかった。
「これでは、汗を流すことが出来ない。私とした事がツバサやツバメに聞けばよかった…………これもゴーシュのせいに違いない。ゴーシュが私の夢に出てきたせいで、私の大事なリフレッシュタイムが危ぶまれているに違いないのだ」
誰に聞かせるわけもなく、問うこともなく、今はそばにいないゴーシュに八つ当たりをするが、誰も聞いていないことに虚しさが残るだけだった。
シルベットは嘆息した。
頭を抱えて必死に対策を練ようとするが、寝起きの頭では考えがまとまらない。
「……いい案が浮かばぬ」
頭をシルベットは、う〜んう〜んと働かせる。
しかし、寝起きな上にゴーシュの不快な夢により寝汗をかいてしまい、気分は最悪で頭の回転は鈍っている。余計に苛立ちは募っていく。
「きっとゴーシュのせいだ。ゴーシュが私の夢にたまに出てきて、わけのわからないことを言うからだ」
シルベットの相手なき理不尽な怒りは虚空を通り抜ける。
誰も聞いちゃいない。気が晴れないどころか虚しさだけが増しただけ。
再び嘆息する。
迷っていても始まらない。少しでもリフレッシュをする為に寝汗をかいた服を取りかえよう。シルベットが座っていたソファの前には洗濯を終えた自分の服がご丁寧に畳んであった。心地好いぐらい太陽の匂いがする。広げると、シミ一つもない。まるで新品のような真新しさを感じる清潔さ。
誰が洗ったのだろうか。辺りをキョロキョロと見渡してみると――目の前に翼がいた。今まで目の前にいた翼に気づかなかったからシルベットは一瞬、身体をびくつかせた。
「────ツバサ……」
独り言を連発していたシルベットはその独り言を翼に聞かれたのではないかと身構えたが、すぐさまに寝ていることに気づいた。
「なんだ……寝ていたのか」
シルベットはホッと胸を撫で下ろす。
寝ていた翼を見た。ぐっすりとかわいい寝顔を浮かべている。黙っていれば可愛らしい顔立ちだ。思わず見惚れてしまう。
「いやいや……いかんいかん。さっさと着替えを済まさなければな」
シルベットは早速、着替えに取り掛かる。
◇
暖かい陽光が燦々と降り注ぐ穏やかな夏の昼下がり。
気を抜けばうとうととまた夢の世界に入ってしまいそうな温もりに目を細めながら、清神翼は目を覚めた。
「────」
目の前に広がる信じられない光景に、清神翼は言葉を失った。そこには、窓から射す陽光の中に浮かび上がるように少女の生まれたままの姿、つまり裸体という無防備な姿で銀翼銀髪の少女────水無月・シルベットがいた。
一族を絶滅に追い込んだ人間を怨み憎しみを持つラスマノスが、いつ何時襲撃されるかは解らないためシルベットたちは翼を警護するために清神家にしばらく滞在することになったはずだ。そんな状況で無防備にも裸体を晒しては警戒心のかけらもない。
ハトラレ・アローラにある南方大陸ボルコナから教官として現れた炎龍帝ファイヤー・ドレイクが燕や電話で両親に事情(ある程度のことは、話しても信じられないだろうから省きながら、用途だけを)を話し、何とか(条件付きで)同居する同意を得るための話し合いが行われた。
普段の両親なら、出張中に見知らぬ人達が同居したいという申し出は断るはずだが、どんな交渉術を使ったのか計り知れないが、居候として滞在することが決定されたはすだが、シルベットは白銀に輝く翼をリズムよく揺らし、真っ裸で鼻唄を口ずさんでいる。
口ずさむ鼻唄は、叔父がよく口ずさんでいた歌謡曲だ。運命な出会いを果たした女と男が手と手を取り合って、といった内容の歌詞だったことを翼は記憶している。懐かしい日本昭和歌謡曲で流れるようなメジャーなものではないが、それなりの知名度がある歌謡曲だ。
よく知っているな、と翼は感じせざるをえないが、思春期の真っ只中にいる翼の目の前に対して、恥じらいもなく大胆にも扇情的な裸体を露出しながら男と女の出会いを唄った日本歌謡曲を鼻唄で口ずさむシルベットの姿に、気が抜け過ぎじゃないか、と翼は不安を抱いてしまう。
周囲を確認すると、妹の燕はおろかシルベットと【部隊員】である金髪碧眼の少女──エクレール・ブリアン・ルドオル、シルベット、蒼髪の少女──水波女蓮歌や【部隊】の教官と名乗るファイヤー・ドレイクが見当たらない。
外で見張りでもしているのだろうか。それとも、交代制にして一人ずつ翼の警護をあたっているのだろうか。どちらにしろ、早く交代した方がいいんじゃないだろうか、と翼は思ってしまう。
シルベットは周囲を巻き込むことを考慮せず、ラスマノスに一人で闘いを挑んだ経緯がある。どうやら強敵と見ると挑まなければ気が済まない性分のようだ。状況にもよるが、我慢をするといったことが出来ない。特に食欲に対してかなり貪欲であり、御飯を七、八杯も食べる。朝食もいつも半分は残る炊飯器を空にした。
思ったことを口にする、または言葉をオブラートに包むようなことを一切しない。そのために【部隊員】(特にエクレール)との諍いはたえない。昨日【、創世敬団】の戦闘を終え、無事に忘れ物を取りにいった帰り道やドレイクの説得により、正式な清神家の居候となった夜。泊まる部屋をめぐり、エクレールと二時間ほど口論が続いた。無謀な闘いを挑み、また命の危険に晒されるかわかったものではない。
シルベットの司る力である核エネルギーは強力だが、人間界で乱発できない。力を行使して放出すれば、〈錬成異空間〉での地獄絵図が再現されてしまう。それに、ラスマノスの強毒と瘴気はシルベットの核エネルギーよりも脅威的だ。何とかラスマノスを撤退まで追い込んだが、あれはドレイクの援護攻撃があったからによるだろう。
ラスマノスが再戦の宣言したために、いつ襲ってくるかわからない状況化で、ゆっくりとしている暇はないはずだが──
シルベットは真っ裸で鼻唄を口ずさみ、白銀に輝く翼を揺らして、ソファーに翼が畳んだ服に着替えようとしている。
──なんでこんなところで着替えをしているんだよ。
しかもカーテンは開き放しで、戸も全開に開いている。これでは外からまる見えだ。それなのに堂々と着替えている。慌てるそぶりはない。思春期真っ只中にいる翼だけではなく、近所にそのあわれもない姿をさらされてしまう危険性があるにもかかわらず、のんびりと服に袖を通している。
外から見えている状態であることに気づいていないのか。それとも知って着替えをしているのか。前者なら教えてあげるべきだろう。後者ならどんだけ自分の体に自信があるのだろうか。どちらにしろ、翼の目の前に対して、恥じらいもなく着替えをするシルベットの肝は据わっているに違いない。
亜人のため人間に全裸を見せても抵抗がないというのもある。人間も動物に全裸を見られてどうもしないと同じように、亜人は人間に裸を見られてもどうもしないのか。
翼としては、どちらにしてもドキッとせざるを得ない。シルベットは背中に生やした銀翼を抜いては姿形は人間と同じといっていいだろう。肌質も亜人としてばれないように鱗ではなく、人間に近いものになっている分、翼としては意識してしまうのは無理はない。
戸惑って混乱しているうちにルベットは、太陽の恵みに心地よさげに開放的な姿でさっきまで着ていた白のワンピースを畳んで、初めて会った時に着ていた洋風のドレスに着替えを終えていた。
翼は着替えが終わったシルベットにやっとのことで口を開く。
「何をやっているんだ……」
ピクリと跳ねたシルベットはゆっくり振り返る。
「着替えをしていた」
「それは見ればわかる。何でこんなところで着替えをしていたんだ?」
「どこで着替えをするかは私の勝手だ」
シルベットは恥じらいもなく、堂々とした態度でそう言い切った。
「だったら、燕のところでやればいいじゃないか……」
「燕はまだ友人の家から帰宅していない。勝手に入ることは失礼だ」
燕は今日は友達と一緒に遊ぶ予定というのは、本人からそれとなく聞いていたことを思い出した。
改めて聞き返す。
「じゃ、自分の泊まっている客間で着替えればいいんじゃないのか」
「いちいち戻るのが面倒臭い……」
「いやいや……。だからって、ここで着替えることも失礼だと思うんだけど? カーテンや戸が開いていて、とか外に見える可能性もあるし、その……ほら、俺が寝ていて、いつ目が覚めて起き出すかわからないんだから」
「すぐに着替えたかったんだ」
「……目の前に寝ていたのわかってても?」
普通の女子なら、戸惑った表情や仕種を見せるのが一般的だがシルベットは違った。最初に声をかけられて、ピクリとしたが、その後は戸惑いも恥じらう仕種も表情も見せない。それどころか、開き直りとも取れる発言が連発する。
「ツバサは寝ていたから大丈夫だ」
「起きたらどうするとか考えないのか!」
「起きたらどうしょうとは少し考えた。だが、早く着替えてしまえば大丈夫だと思ったから着替えたのだ。それに起きて困ることはない。見られて減るものではないだろう」
シルベットには後悔の色も全くない。むしろ裸体を晒したことを誇らしげに語っているようにも見えた。口ぶりから翼を男として認識されていないこと、誰に見られていようとシルベットにとって動じるほどではないことが伺い知れた。全くの脈なし。それはそれで残念な気は少しはあったが、翼もシルベットのことを女として見るつもりはない。あくまでも『つもり』である。
混乱した頭がスーッとなくなるようと欲情も引き、冷静になれた翼は小さな子供に諭すようになるべく優しくゆっくりと言う。
「そういうことじゃないんだよ。こっちの世界では、家の中でもカーテンや戸で隠さずに裸体を晒すことについて公然わいせつ罪になる可能性が高いから気をつけた方がいいよ……」
「どういうことだ?」
「日本の刑法百七十四条に、公然わいせつ罪というのがあって、無闇矢鱈に公然の面々で裸体を晒すことがダメなんだよ。詳しいことはわからないけど……六ヶ月以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処するらしいよ」
翼だけなら注意するだけで済む話しだろう。しかし公然、とは不特定または多数人が認識しうる状態を指すことから、この場合はもしも開けっ放しになっているカーテンや戸の向こう――つまりに庭側から人が見てしまった場合、確実にアウトといえる。御用だ。
何とか(居候だが)清神家から逮捕者を出さないためにも、翼に優しく注意したのだが、シルベットは怪訝な表情を浮かべる。
「それでは、街で肌を極限まで露出させ、裸当然のような格好をする女性について、何故警察は捕まえんのだ?」
「……まあ、肌は極限まで露出させているけど、服は着ているからセーフなんじゃないか。過激だけど、隠さなきゃならないところは隠しているし。あれはあれでファッションだったりするし」
翼は一瞬口ごもってしまった。シルベットが言うような過激な格好をした女性を翼は目撃したことがあったからだ。
気候が暑くなる夏に見受けられる現象である。特に三、四十度越えの炎天下という条件でのみ成立する現象といってもいい。海沿いではなく街を跋扈とする女性は無駄に肌を焼かないように念入りに日焼け止めのクリームを塗り、肌を過度に露出して出歩く光景は今や珍しくもない。女性だけではない。男性も開放的になり、上半身を露出させて外出したりする。翼は上半身を露出して街を歩いたことはないが、薄手の半袖半ズボンは着ている。
しかし、過激に肌を極限まで露出した人間とシルベットが違う点は、真っ裸であるかないかという点だろう。もっとも重要なのは、性的箇所を隠しているかどうかだ。性的箇所を多数の人間の前で晒し、それらが性的欲求を抱き乱したら、公然わいせつとして成立する。
だけど、それでも極限まで露出した服装で外出する行為について、過度な肌の露出も性的欲求を駆り立てないわけではない。そういった服装をした女性をいれば、ついつい見てしまう対象となってしまうことは例外もいるが男性の大半はそうだ。
「それでよいのか人間は……」
「温暖化だし、仕方ないと思うよ。何とか適温を保たないと、日射病とかで死んじゃうからね」
「だからといって、身嗜みを疎かにしていい理由にはならないだろう。そういったところの規律とか厳しくしないと、風紀の乱れが生まれるんじゃないのか」
「俺はとりあえずは身嗜みには気を使っている方だからいいけど、自分以外の人については何も言えないな」
「なんでだ?」
「服装は、自由だよ。時代に合って、自分が恥ずかしくない服装なら何でもいいじゃないのかな。それに地球が温暖化しているから、そういった格好になっちゃうのも無理はないよ。でも、肌を露出すると皮膚の表面に過剰な紫外線や化学物質などの刺激により皮膚組織が癌化しやすくなるからお勧めはしない。日焼け止めしてても完全には抑えられないし。まあ、フロンガスにゆるオゾン層の破壊が進んだことにより、太陽からの紫外線の量が増加したのが原因だよ」
「何故、破壊が進んだのだ」
「人間による環境汚染だよ。まあ、自業自得だね。仕方ないことだけど、人間は人間なりに食い止める術を探しているけど、まだ見つかっていない。なるべく環境汚染を進ませないために世界中で何とかしている感じだよ。規律とかの話しについては、緩くしても厳しくしても難しいと思うよ。だって、それが正しいだなんて一つもないんだから。今言えることは、今度から着替える時は周囲に気をつけてくださいだけ」
翼なりになるべくわかりやすく説明したが、シルベットは依然として納得がいっていない表情を浮かべている。テーマがテーマだったためもあるだろう。翼にも簡単に説明するのも難しく、異世界から来たシルベットにわかりやすく説明しきれてなかったと感じていた。
しかし、これ以上はわかりやすくしても子供扱いされたと思われてしまい、気分を害してしまうだろう。
どう説明するべきだったか。子供扱いと思われない程度に、もっとわかりやすく説明するにはどうすればいいかを考えるが何も浮かばなかった。
難しい顔で考える翼を見て、幼い頃に何でもかんでも聞き過ぎてしまい、両親や使用人などを困らせてしまったことを思い出した。
あの時は、父親であるの水無月龍臣に、『人に訪ね教えを請うることを悪いことではない。しかし、時には自分で調べる術を身につけた方がいいだろう。それが出来てこそ道を開けることがあるものだ』と教えられた。それから、なるべくはわからないことがあったら書物などで調べ、わからなかったことがあった場合や正しい答えなのかという確認をするために両親や使用人に聞くだけにして最小限に留めていたが、人間界に来て少しばかり浮かれたことにより忘れてしまっていたことを恥じる。
また質問をし過ぎてしまったか。シルベットは反省をした。これ以上は困らせまいと質問を控えるべきだろうが、彼女には未だにわからないことがあった。
しかし、これ以上は、翼に聞くことはいくら鈍いシルベットでも憚れる。燕に聞けばいいだろうが、遊びに出かけているために不在。いつ帰るかはわからない。それまで大人しく待っていられる保証はない。自信がない。
自分で調べるにも異国の地である。シルベットが暮らしていた屋敷とは似て非なる。少なくとも同じ日本風の建築には違いないが、和室が多めの水無月と違って、清神家は和室と洋室の半々である。部屋数もかなり違う。どれがどういった部屋なのかは燕が案内していた。
シルベットの記憶力はいい方だ。大体、百年くらいまでの記憶を思い出せる。
しかし昨晩、燕が部屋を案内する度に、エクレールが『わたくしのところでは〜』と自慢たらしく言い、シルベットを貶すといったことを繰り返したため気が散って、燕の案内に集中できなかった。その度に、諍い事を起こしてはドレイクに注意されたことは言うまでもない。
そのため、案内や話しが中断され、聞いていなかった箇所が存在する。そのため確認をとるためにも翼に聞きたいことがあった。
これ以上、滞在先で迷惑をかけるわけにはいかない。
だが、調べようにもどうするべきかわからない。後から聞いてくれればよかったのに〜とは言われたくはない。シルベットは、これは仕方がなかったことなのだ、と割り切ることにした。比較的に、翼に負担をかけないように確認を最小限に抑えることにして、これまで質問に付き合ってくれた翼に恩と労いを忘れないように口を開く。
「わかるところはわかった。御礼を云おう。”無知での罪”と”知での罪”とでは、罪の重さはまるで違う。私としては、犯した罪に関して決して消えるものではない。だからといって、軽くなるものではない。知らずに犯した罪の方が重いのだから償っていくしかあるまい。同じ過ちを犯さないためにも、次着替えるのならば、どこで着替えばよいのか教えてくれぬか?」
屈託のない微笑みを浮かべてシルベットは翼に聞いた。
自分の家のことに関する質問であるため答えることが出来る。先ほどの質問と比較したら答えやすい。
翼は言葉を吟味するかのように少し考えてから口を開く。
翼は次こそは解りやすさを重視するために、言葉を選びながら答える。
「主に、自分が泊まっている客間で着替えてください。カーテンと戸を閉めるのを忘れずに」
「わかった。客間以外にも着替える場所は他にもあるのか?」
「客間の他には、脱衣所という浴室前にあった部屋わかります?」
「浴室前にあった部屋とは確か……広さは四畳ほどで、左手前に洗面所やタオルなどが収納された収納棚が完備され、右側浴室繋がる扉から洗濯籠と洗濯機が並んでいた部屋のことか」
シルベットは翼に言われて、昨日燕が浴室に案内する前に、案内された四畳ほどの小部屋を思い出した。
「あ〜それ! それです。その部屋で着替えてください。着替えたものを洗濯籠の中に入れてくれると、かなり助かります」
「おお、あれか。ツバメにもツバサと同じことを言っていたようなんだが、横から金ピカがギャーギャーピーピーと喚くから話しに集中できなかったのだ。まあ、聞いてなかった私が悪いのだ。これでやっとわかった。お手数をかけた。すまない」
シルベットは大きく頷き、了承した。
「ははは……」
翼は昨夜のことを思い出したのか、空笑いを浮かべていた。呆れているのだろう、と表情から察することが出来たシルベットだったが、呆れた内容については間違っていた。
翼が最初に出会ってから幾度も諍いを起こすシルベットとエクレールに呆れていたのだが、シルベットはエクレールに呆れていると思い違いをしていた。だが、お互いに知らない。
「なるべく喧嘩しないでくれ……(二人に)」
「わかった。金ピカにはそう言っとこう」
「わかってくれて、何よりだよ」
「私もだ」
本当の意味で理解はさておき、シルベットと翼は先ほどの質問よりは事が進んだことに安堵した。
ぐーきゅるるる。
翼に気を使い、気が緩んだという絶妙なタイミングで、シルベットのお腹が鳴った。どうやら腹は空いたらしい。
時計を見ると、十二時を回っていた。翼も遅れて確認する。
シルベットは、頬をほんのり桜色に染めながら、うずうずと指先を動かしながら、口をへの字に曲げた。
「お昼、食べますか?」
「食べるぞ」
シルベットはやたら元気よくそう言った。




