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第一章 十五




 少しでも掠りでもすれば、肉体はあっけなく崩壊されてしまう強毒を持ち上に、全長六百七十八メートルという東京スカイツリーをも越える巨躯のラスマノスに対してドレイクは猛火を体現させたかのような紅玉造りの甲冑と不死鳥である不朽の加護で防御をした。


 鼻息を荒くして強毒と瘴気を撒き散らした巨龍────ラスマノスに対抗すれべく、火炎を全身に滾らせる炎龍────ドレイクは火炎放射で迎え撃つ。


 ぶつかり合う大炎と強毒、瘴気に辺り一帯が衝撃波と共に破壊されていく。幾何学模様の地上は大炎と強毒、衝撃で焼け溶かされ、衝撃波によりバナナの皮のように剥がされた。


 露わになったのは岩石の細かい粒。砂である。それは地球────人間世界の大地の一部。


 ──くっ、〈錬成異空間〉が吾輩たちの力によって大地の部分が破壊されてしまったようだ……。


 これ以上は、この異空間だけではなく、人間が住む現実世界までにも影響を及ぼす可能性があった。


 このままドレイクの大火とラスマノスの強毒、瘴気が漏出すれば人間世界に甚大な被害が及ぼしてしまう。


 通常の〈錬成異空間〉は世界の流れから切り離している。


 が、この空間は細かい魔術の操作が苦手とするドレイクが人間世界に被害が及ばないように、空間の隔離を第一の目的として、人間世界と隣接する次元に簡易的に構成されただけに過ぎない。


 隣接するため異空間が破壊された場合、人間世界に直接的に影響してしまう。全ては魔術により構築されているため修復は可能だが、魔力の大半を異空間が消滅しないようにするための維持と攻撃に回している中では困難だ。


 拮抗する戦局は、どちらにも傾く気配はない。しかし油断すれば戦局が大きくラスマノスに傾いてしまうだろう。


 ラスマノスの巨体故の、小回りが利かない弱点を有効活用して俊敏に動き、強毒と瘴気が届かない天上へと逃げ切り、朱雀から託された不朽の加護をもって防御に徹して、異空間を修復することも考えたが──


 ──その隙をラスマノスが与えるとは思えんな……。


 ドレイクは、今日付けで教え子となった少女たちのことが脳裏を掠めた。


 少女三人は巣立ちしたばかりであるが、学び舎に通っており、上位種族であるエクレールと蓮歌が早々に苦境に陥ることはないはずと見ている。


 しかし問題は、学び舎に通えなかったシルベットだろう。銀龍と人間の混血ゆえに通えず、剣術と魔術は殆どが両親などに教えられている。本職の教官ではない者の教えでは、不安がないわけではない。それでも、仮にも上位種族である銀龍族で一番の力の顕現を持つシルウィーンの一人娘だ。不安は未だに拭えることは出来ないが、早々にやられないことを祈るしかない。


 不安要素を抱えながらも、ドレイクは息を殺し、心を落ち着けさせ、ラスマノスとの闘いに集中する。


 ラスマノスは現在は無階級だが、かつての戦闘狂の纏う静かな殺気は衰えてはいない。研ぎ澄まされた領域にあり、階級の昇進という悲願の一歩を迎えようとしているこの瞬間でさえ洗練されたものだ。一時の油断を赦せば生命を失いかねない。


 神経を研ぎ澄ませながら、まみえるその時を待ち構える。


 そして──


「──ッ!」


 唐突に、背後から訪れた衝撃によって終わりを迎えた。背後の一瞬の気配と共に右肩甲骨を中心とした背骨から右羽にかけて衝撃によって。


 その衝撃は、ドレイクが纏っていた猛火で構成された甲冑や不死鳥である朱雀の不朽の加護さえも貫き、右翼の付け根を抉る。


 それは研ぎ澄まされた刃であることに遅れて気付かされる。


 刃を持つ人影の方に目を向ければ、それは黒一色の執事服を身にまとった男であった。


 外見を裏切らない、聞く者に歳月の安心をもたらす、渋く枯れた声色。老紳士と呼ぶのにふさわしい所作の老人が一礼する。


 背は高い、年齢を感じさせない鍛えられた体と、ピンと伸びた背筋。棒のような痩身に硬く尖った容貌。伸びた背筋と合わせて、その全体には気品が感じられる出で立ち。思わず背筋を正される気配を放つ御仁だ。


 だが、その姿とは裏腹に、老紳士から沸々と漂いはじめた魔力は禍々しい。


 ドレイクは、自らの猛火で構成・生成させた燃えたぎる紅玉造りの甲冑と不朽の加護に護られているからといって、警戒を怠らなかった。


 どんな相手であっても油断をしたつもりはない。


 意識を集中させても、奇襲には細心の注意を払っていた。


 にもかかわらず、自らの猛火で構成された甲冑や不死鳥である朱雀の不朽の加護さえも貫いたことはおろか背後からの接近を許してしまったことにドレイクは動揺を禁じ得ない。


 情報の不備、分析の誤り、状況の見落とし、何かしらのアクシデント。考えられる原因を探ろうとするが──


「なっ、ど、どういう────くっ!?」


 ドレイクの背を、軽やかな足音を立てて影が踏んだ老紳士は禍々しい笑みを浮かべ、青い瞳に殺意に輝かせ刃を引き抜いた。


 その瞬間、裂傷から大量の血液が噴水のように噴き出す。


「此処で屍となれ。────【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の犬よ」 


 飛翔するに大事な右羽の付け根を貫かれたことにより、バランスを崩したドレイクに言い捨てた老紳士は、剣を両手に構えた。


 そして、もう片翼の付け根を両手の刃で突き立てる。


 固く、強靭なはずの龍の外皮を難なく斬りかれ、どす黒い血が空を撒き散らす。


 老紳士が笑う。狂い笑い、老躯が双剣を振りかぶりながら両翼の浮力を失い、墜落する炎龍────ドレイクの巨体の側面へと剣を背に突き刺しながら滑空。


 ドレイクの胴体を横に切り裂き、肉を剥ぎながら左肩から脇腹にかけて剣先だけで滑り降りてくろ老紳士を、遅れて噴き出す鮮血が噴水のように噴き出す。


 苦痛に耐えかね、中空で身をよじる。飛翔するに大事な右羽の付け根を貫かれたドレイクは浮力を失い、少しずつ降下していく。


 左肩から脇腹の肉を削ぎ、赤黒い傷の断面が顕わにした老紳士は着地し、体が風と化す。ラスマノスの強毒と瘴気を吹き飛ばしながら疾走。ドレイクの外皮を砕き、肉を抉る機会を伺う。


 ラスマノスの攻撃に全く対応できず、拮抗していた力が崩れたはじめた。


 一気にドレイクの大火が押され込まれていく。


 此処で果ててしまえば、南方大陸ボルコナの戦士としての誇りに傷を付けてしまいかねない上に、巣立ちしたばかりの少女には重すぎる相手を戦わせなければならなくなる。


 そうなれば、軍人として、種族として負けることだけではなく、主人である朱雀の顔に泥を塗りかねない不祥事だ。


「させてたまるかぁあああああああああッ!!」


 ドレイクは雄々しく、高々と咆哮した。


 びりびりと大気が震え、ドレイクは放射する火炎は熱量を上げ、砂塵を巻き上げて吹き飛んでいく。


 その衝撃に大地すら揺れて、鳴動した。巧みに脚を動かしてバランスを取る。地上に降りては老紳士に狙える恐れがあり不利だ。


 だが、高度を上げるに必要な翼は付け根が負傷して、重量があるドレイクで浮遊することも難しい。


 〈無重力〉の術式をドレイクの足元に展開し、すかさず〈浮遊〉の術式を自分にかける。これにより、蛇型、鯉型、融合型と呼ばれる龍種のように翼がなくとも体を浮かすことが短時間なら可能である。


 両翼での飛行から魔術での浮遊に切り替えたことにより、地上に降りることを防げた。


 ──本来は、一対の翼を持つ炎龍にとっては、”魔力を消費して魔術で浮遊する”といった魔術の要して自らを中空に浮かすことには慣れてはいないが、十分な足場は確保は出来たな。


 炎龍────ドレイクの背に生えた炎をかたどったかのような不揃いな背鰭が鮮烈な紅蓮色に明滅する。


 これはその第一段階に過ぎない。炎龍の力の顕現は、背鰭で蓄積し、胴と首に形成・経由・具現化する。それは、咆哮と共に焔の奔流となって口から放出された。


 灼熱を纏って生まれたそれは、直径十メートル以上に及ぶ大火球の熱波。世界を奪い尽くそうと火球は劫火を伴って、初速を得る。


「【炎の大喰者ファイヤー・イーター】!」


 それは初速が加速し、加速が高速に変わる。


 火球はラスマノスの強毒と瘴気を喰らいながら突き進む。そして、喰らった分だけ五メートルほど大きくなっていく。


 それはもはや、【炎の大喰者ファイヤー・イーター】の名前通りに相手の力の顕現や魔力を餌にして成長していく生き物のようだ。


 魔力を飲み込み、【炎の大喰者ファイヤー・イーター】はラスマノスに肉薄する。


「──────ッ!!」


 貪り喰らい荒れ狂う【炎の大喰者ファイヤー・イーター】にラスマノスに着弾、爆ぜた。


 熱波と閃光と爆音と黒煙が吹き荒れ、ラスマノスの姿形は、【炎の大喰者ファイヤー・イーター】の大炎の奔流により視認が不可能な状態になった。辺りは黒煙と火炎のスクリーンに覆われている。


 【炎の大喰者ファイヤー・イーター】は、朱雀の業火ほどではないが、摂氏二千度以上の高熱を誇っている。例外もあるが、それは亜人の中でも一、二を争うほど頑丈な龍人の外皮をも溶かすほどだ。


 飴細工のようにひしゃげて戦闘不能くらいにはなっているだろう。


 少し後方の様子を見れば、一度は距離を開けたはずの老紳士が、尾の方からドレイクの上を目指していた。戦士的思考なら好機と踏んで速やかに次の行動に移っている。老紳士もそれに倣って奇襲の準備をしていたのだろう。


 即ち、総攻撃の第二陣だ。


「また後方から襲うつもりか……。そうはいかんぞ名もなき老紳士よ」


 最前線へ参戦し、少しでも命を削り弱まらせるために攻撃を加えるのが正しい選択だろう。


 老紳士の魔力の気配は極弱だ。力の顕現も魔力も行使していない。そのため人間と変わらない上に、常に魔力が降り注ぐ〈錬成異空間〉の中で紛れてしまって、気づくことは難しい。


 これなら近づくことは容易いだろう。


 ──では、不朽の加護が撃ち破れたのは何だろうか?


 大半を〈錬成異空間〉の維持やラスマノスの攻撃に回してしまい、魔力が不足してしまったことは考えられない。いくら繊細さに欠けているドレイクであっても、防御を疎かにするほど落ちぶれてはいない。


 ──だとしたら、魔力を差ほど使用しない”護符”か……


 先ほど、ドレイクたちが偵察に使用した〈無音〉、〈景色同化〉、〈高温感知〉を護符か何かを身につけ、魔力を少量の消費で使用している可能性は十分に有り得る。


 どちらにしろ、老紳士が黒煙が晴れてラスマノスの生死の確認するまで動かないでじっとしていてくれることなど有り得ない。両翼も魔力も治癒し、攻撃準備が整うまでなんて待ってなどいられない。何とかして、戦闘不能状態まで追い込み、命を取りにくるだろう。


 それまでに何とかしなければならないのだ。


 もちろん、現段階のラスマノスと老紳士の同時に相手にする魔力を消費しずきて、不可能である。これ以上は、〈錬成異空間〉が維持が出来なくなる。


 だとしたら、老紳士とは魔力ではなく剣撃、つまり人型に戻って戦うしかない方法はないだろう。


 両翼はまだ治癒されてはいない。空中戦ではなく、地上戦で老紳士と闘わなくてはならない


「まだ終わっておらんぞ」


「なっ……!?」


 不意に声がした方に顔を向けたドレイクは驚愕する。


 そこには、ラスマノスが口の端を持ち上げて凄惨な笑みで勝ち誇っていた。


 ラスマノスの肉体には浅い傷が多数あるが、戦力の低下に繋がる深手はいないようだ。だが少なくとも、ドレイクは自分の最大火力である【炎の大喰者ファイヤー・イーター】が通じていないことに気づく。


 ラスマノスという障害を排除、もしくは可能な限りの無害化させてから、教え子たちの元へ戻らなければならないのだが……。


 ──どうやら手こずりそうだ。


「────ッ!!」


 金切り声のような咆哮を上げた。


 この世のものとは思えぬ不協和音は、聞いた者の精神を直接爪で掻き毟りかねない嬌声を上げる口から、夥しい量の強毒と瘴気と共に闇が放出された。


 凄まじい爆轟波の奔流がドレイクに叩きつける。


 それは炎のように揺らぎ、瞬く間に地上に降り注ぎ、〈錬成異空間〉の効果で幾何学模様の世界を闇色に塗り潰す。


 それは直径十メートル以上に及ぶ闇火となって、初速が加速し、加速が高速に変わる。


 ドレイクは理解した。




 それは、闇色の【炎の大喰者ファイヤー・イーター】であることに。




      ◇




 ドラゴンの大軍対銀龍の戦いからおよそ五百メートル離れた場所まで吹き飛ばされ、何とか無事に着地した翼とエクレールは、眺めているしか出来ない。


 怪獣映画に入り込んでしまったかのような錯覚をしてしまうくらいの激戦に次ぐ激戦。巻き込まれないように逃げることさえも忘れてしまうくらいに、魅入ってしまうくらいの大迫力に翼はいた。


 しかし、これは現実なんだと気づかずに伸ばしてくれたエクレールの腕を掴まなかったら、今はシルベットとドラゴンとの激戦に巻き込まれ、塵となっていたことだろう。


 翼は動けなかった。いや、今も動けない。ドラゴンから滲み出る魔力が翼の全身に絡み付き、硬直させているせいもある。


 最初にドラゴンに文字通り命懸けの追いかけっこをしたせいで、ドラゴンを異様なほど恐ろしく感じてしまっていることに翼は気付いた。ドラゴンを見る度に全身が萎縮し、強張り、金縛りに遭ったかのように身が竦んでしまっていた。


 恐怖とプレッシャーの中、翼の喉がからからになりながらも、白銀の龍────シルベットとドラゴンの大群との戦いを傍観しているしか出来ない。


 身体を動かせたとしても、今はシルベットの血液により半龍半人となっているが、人間の少年である翼では足手まといだろう。逃げるだけでも命懸けという現状で、あの戦場に飛び込んだら、いくら半龍半人したとしても死は免れないことは翼でもわかる。


 しかし、それに逃げるにも、どこに逃げたらいいのかわからない。果てしなく幾何学的模様の世界が続くこの空間では、何の遮蔽物もなく隠れる場所などない。


「……これから、どうしろ、というんだよ」


 フッと漏らした言葉にエクレールは答えた。


「それは、あの銀ピカがドレイクに指示されたことを思い出し、ここから脱出するしか方法はありませんわ。それか、誰かが【創世敬団ジェネシス】であるドラゴンの大軍を殲滅、もしくは捕獲するしか終わりはありません」


「誰かって、誰だよ? それよりも、どれいく、って誰?」


「そんなこと知りませんし、ドレイクについては詳しいことはわかりませんわ。ただ、ツバサさんを護衛するのがわたくし達の任務です。あなた方の世界でのSP(日本の警視庁警備部警護課)とは違い、ただ躯を張って護衛するだけがわたくし達の仕事ではありません。可能な限りの反撃・戦闘は許可されていますのよ。よって────」


 エクレールは言葉を一旦切り、翼に確信があるような微笑みを浮かべる。


「まず、大軍は銀ピカに任せて、あなたは此処から離れるために空間の脱出を考えてください────そこに隠れているんでしょう。水波女蓮歌」


「はーい♪ バレちゃいましたぁ」


 幾何学的模様だけがある空間────何の遮蔽物もないところから女の子の声がした。先ほどの蒼龍と同じ声だ。


 翼が声がした場所を見据えて驚く。


「……なっ」


「エクちゃん、やっと蓮歌を仲間に認めてくれたのねぇ♪」


 そこには。蒼髪の少女がいた。


 チャイナドレスと和服の中間のような衣服を身を包んだ、淑やかそうな少女である。シュシュで一つに纏められた長い髪に、朗らかな表情に飾られた美しい貌。抜群のプロポーションを持った少女が水面にゆっくりと浮かぶように現れた少女は、エクレールに抱きつく。


「なっ、何を抱きついてきてますの! 今は【創世敬団ジェネシス】との交戦中ですのよ……ば、場を弁えなさい! あと、ちゃん付けするなと何度も言わせないで頂戴っ」


「人間の男の子の前で、恥ずかしがらなくてもいいのよエクちゃん♪ 昔のように仲良くしましょうっ」


「ええい! 子供じゃないんですのよ。くっ、くっついて来ないで下さいまし……」


 無邪気な笑みを浮かべながら、ぐいぐいと身体を押しつけてくる水波女蓮歌と呼ばれていた蒼い髪の少女を忌ま忌ましげに目をやりながら、エクレールは困り顔を浮かべる。


 人間だと言っても、男である翼の目の前で。しかも、シルベットとドラゴンの大軍が戦いの真っ最中だというのに、蓮歌はスキンシップをしている。そして、エクレールには蓮歌を嫌がることに理由があった。


 動くたびにそのエクレールにない豊満なバストが揺れることだ。蓮歌の強調し過ぎる胸を見る度に、自分の未熟な部分が恥ずかしくってたまらなくなる。


 幼い頃から付き合いがあり、年々と育っていく蓮歌に成長が遅い自分が惨めな気分になってしまうのだ。


 しかも過度なスキンシップを平気でしてくる無知な蓮歌を腹が立ってきてしまう。


 そして、翼は過度なスキンシップをしている蓮歌とされているエクレールをどうしたらいいのかわからずに、顔中に脂汗を浮かべながら、あちこちに目を泳がせる他なかった。


「やめてください、と何度言えばわかるんですかぁっ!!」


 我慢の限界を越えたエクレールは雷撃を発しながらキレた。


「や、やめ、やめ、やめてええぇぇぇぇ…………」


「やめません。今後とも、わたくしに抱きついてこられないように調教してあげます」


「いやああああぁぁぁぁああああっっ……!」


 ある部分を底冷えがするような冷たい目つきで睨み、容赦なく電撃を蓮歌に浴びせるエクレールを翼はあんまり怒らせないようにしなきゃと決意した。


 女王様たっぷりのエクレールを敵に回してしまったら、敵は多分今まで通りの生活には戻れないと翼は感じてやまない。


 そして、どうやってこの激しくじゃれ合う少女の中に入って止めようと模索するが、まったくもって浮かんでこない。


 このまま待つという選択もあったが、その頃にもシルベットとドラゴン達との戦いは白熱をしていた。


 シルベットは、軽やかな飛行でドラゴンの真正面につく、およそ七千メートルのところで浮きながら、一対の銀翼との間に、頭と身体の上に、磁気とプラズマの塊のようなものを溜めはじめる。球型で大きく膨らむそれはやはり銀色。


「これでも喰らうがいい!」


 攻撃体勢に入った銀龍と化したシルベットは、更なるエネルギーを二枚の翼の間、身体の上の、球型へと集め放射。


 銀龍のレーザーのように放ったエネルギーは、三百匹ほどのドラゴンをまとめて殲滅した後、遥か後方へと飛んでいった。


 遠方へ飛んでいったエネルギーの塊は爆発音と衝撃波を起こして、地面を細かく砕きまきあげる。その威力は人類に脅かす兵器だと思わずにいられないくらい凄まじいものだった。翼が銀龍とドラゴン達が暴れている場所が、かなり離れた場所であったことに胸を撫で下ろす。


 もしもこの龍とドラゴン達の戦場が人間の現実世界だったら、と想像すると、なんとも悍ましい未来予想しか浮かばなかった。


「次は特大のをくれてやろう!」


「あれが限界じゃなかったのかよ……」


 なら本意気はどのくらいなんだと、思ったが想像するも翼は何とも地球が破壊されるぐらいの極端な想像力しか出来なかった。ただ、地球上の生物が一掃されてしまうくらいの威力はあるくらいは大体のことはわかる。


「……地球の生物に優しくない銀龍なんだよ」


 翼の気持ちも何も考えていない人騒がせな銀龍は、再びさっきと同じ体勢でエネルギーを溜め込む。そのエネルギーは、核物質に相当する。ひとたび浴びれば被曝は免れない。


「少し離れますわよ!」


「あ、ああ……」


「ま、待ってよエクちゃん!」


 エクレールは翼を安全圏まで避難させるべく、シルベットと似た一対の羽根を持つが、飛び方がわからない翼の腕を掴み、飛翔する。蓮歌も、飛び慣れていない翼の配慮した優しい飛行ながらもそれなりの速さを維持して飛行する後をついて、避難を試みる。


 翼たちはおよそ五百メートルは離れているが、シルベットが放射する方向から右にかなり離れている。直撃はしないだろうが、念のため距離を離れた。




 エクレールたちが翼を戦場からおよそ五百メートル離れた辺りで、白銀の龍となったシルベットの巨躯よりも数倍以上のエネルギー体を、一気に溜め込みはじめていた。


 地上に落下すれば巨大な隕石が衝突したかのようなクレーターを出来るぐらいのエネルギー出力量。直撃すれば被曝どころか即死は間違いない白銀に輝く放射物質は、更に膨張をはじめていく。


 幾何学的模様だけの空間を歪んでしまうくらいエネルギー体を目にしてもなお、司令塔であるドラゴンの貌には微笑みは失ってはいない。


「貴様、何を笑っている……」


 数を減らされ、不利な状態にもかかわらず、勝利を確信したかのように不敵な微笑むドラゴンたちに訝しげに言った


 シルベットら銀龍が司る強大な核をエネルギーを目にしても、ドラゴン達の態度は依然と変わらず。変えないどころか、余裕さえも伺われる。


「ふふふ、そのような仔龍の力技の攻撃ほど、避けることはあらず」


 銀龍はドラゴンを怪訝な表情で伺うと、彼等はせせら笑う。


「言っとくが、私は五百匹ほど殲滅している。にもかかわらず、その余裕は何だ?」


 シルベットは大軍の中で最初に話し掛けたドラゴンに疑問をぶつける。


 【創世敬団ジェネシス】にはまだ奥の手があるのだろうか。それとも、ただの負け惜しみか何かなのだろうか。だとしたら、半分以上の兵員を減らされても嗤っていられる理由がわからない。


「今の貴様が単純だと言っている。我々の後ろにはラスマノスがいる。我々がいくら殲滅されようとも、ラスマノスの強毒に敵うものはいない」


「そういえば、あのドレイクとかいう奴はどうした? 貴様らをこちらに来させた以上は、やられたのか」


「ふふふ。そのようなことを教える義理はない。どうせ、貴様も人間もろとも死ぬ運命なのだからな」


「ちっ!」


 シルベットは舌打ちした。


 ドレイクはやられたのか。ラスマノスという強毒を放つ異形の龍が顕れていない限り、やられてはいない可能性は十分にあった。


 だとしても、攻撃をやめようとは微塵も思っていない。


「ドレイクとやらがやられ、ラスマノスとやら来ようとも、貴様らが死ぬのは見えている。むしろ、貴様らの数を一気に減らせる好機だ。私は屈することはない」


「ふん。やはり仔龍だな……」


「? どういう意味だ……」


「少しは考えることを覚えるといいな。だが、時は遅いがな」


 依然として余裕があり、何かを聡そうとするドラゴンの態度にカンに障った、シルベットは更なる怒りを沸騰させる。


 溜め込んでいたものを吐き出す覚悟で、やったらやり返す性格のシルベットは攻撃の手をやめるつもりはなかった──


 が、


 危険が間近に迫っているときの悪寒──うなじの毛が逆立つような恐怖に襲われた。


 シルベットは恐怖を感じる方を見据えた。そして、気付く。


 そちらの方角には、『絶滅まで追い詰めた人間の復讐を誓う復讐者にして、元の地位まで返り咲くために野望を抱く、強毒使いの戦闘狂』──ラスマノスが出現している。


 シルベットの頭に昇っていた血がさっと引く。


 炎龍帝────ファイヤー・ドレイクがシルベットたちを清神翼の元へと行かせるために、ラスマノスを引き付けるためにしんがりを努めていたはず。しかし、そのラスマノスは東京スカイツリーより巨躯なためか歩みは鈍重だが、少しずつ近づいてきている。だとすれば、考えられることは一つ。


「敗れたということか……だがしかし、ドレイクが張ったこの未完成な空間は消滅していない」


 空間を維持するための魔力の供給源たるドレイクが失えば、幾何学的模様の〈錬成異空間〉は朽ちていき、消滅していなければならない。


 しかし、依然と未熟ながらも構築された〈錬成異空間〉は天空から撒き散らされる〈オーブ〉は勢いは失いつつあるものの、行使者からの過度な魔力は維持されたままだ。


 だとすれば、ドレイクはまだ死んではいない。


「捕らえられたか。はたまた、死にかけているのか。どちらにせよ、私たちが不利になったのは変わらないということか……」 


 戦局は、【創世敬団ジェネシス】側に偏りはじめたことにシルベットは悟り、悔しげに歯噛みをした。




 大軍を相手に戦っていた銀龍────シルベットが、ふと、攻撃の手を緩めて違う方角へと注視するのを見て、翼たちは異変を感じてシルベットが見る方角へと視線を向けて、遠方より顕れた巨躯の異形の龍の姿を肉眼で捕らえた。


「あれは……」


「ラスマノスですわ」


 翼の呟きに、エクレールが答えた。


 彼女の顔には、驚きの色が強い。一筋の汗が滴り、切迫した雰囲気が漂っている。


「何故、ラスマノスが此処に? ドレイクが食い止めていたはずでは……」


「ラスマノスってぇ、人間に全滅させられそうになって、復讐心で【創世敬団ジェネシス】に寝返って、自らか階級を落とした愚か者ですよねぇ」


 エクレールの電撃により少々黒ずんだ蓮歌が言うと、エクレールは頷く。


「ええ」


「らすまのす、って、何? あれは龍なのか? 頭部とかはそうだけど、胴体は芋虫っぽいし、結構デカイ気がするんだけど……」


 らすまのす、という初めて聞く歪な形状をした龍らしい名前を聞いて翼はエクレールに聞いた。


「ええ。あれは、毒龍というハトラレ・アローラでも珍しいタイプの龍人種で、ラスマノスというのは彼の名前ですわよ」


「毒龍? だとすると、あのラスマノスというのは、毒かなんか操れるのか」


「何を言ってますの……。鱗から常時、強毒と瘴気が噴き出していて、近づくで死に到る強敵ですわよ」


「……ラスボスということか」


「そうですわ。この戦場ではラスボスで正しいですわね。用意周到に迅速かつ任務を遂行し、人間や人間に荷担した亜人を嬲り殺すという趣味がある彼はラスボスにして、絶対に相対してはいけない敵です」


「……」


 絶対に相対してはいけない敵、というエクレールの言葉を聞いて、言葉を失う。


 相対してはいけない。つまり、まともに戦いをしかけてはいけない強敵。そんな敵が今まさに、遥か遠くから向かってきている。延長線上には銀龍となっているシルベットがドラゴンの大軍と交戦中。このままでは、いずれ対峙することになる。


「ど、どうするんだよ……?」


「どうにもなりませんわ。先月、巣立ちしたばかりのわたくしたちでは、経験不足。純血種で学び舎を首席で卒業したエクレールでさえ勝てるかわかりません。人間の混血であり、学び舎を通えなかった銀ピカでは、勝てる見込みもありませんわ。人間界でも知られる聖獣────青龍である蓮歌でさえ、無理に長時間の呪法を使用したことで、魔力が消耗し尽くしていますし。魔術を行使できるだけの魔力が戻るにはまだ時間が足りない状態でありますが、魔力が戻ったとしても、持久力がない蓮歌では強毒を持つラスマノスには勝てるとは思えません」


「そうですねえ。蓮歌は青龍族の舞姫ですけれどぉ、まだまだラスマノスと対等に渡り合える程の力はありません。三人がかりでラスマノスに戦闘を挑んでも勝てるかどうかわかりませですし、確率的には低いと考えた方がいいと思いますねぇ」


「蓮歌。三人がかりというのは、無理だとわたくしは思いますわよ。生きて還れるかわかりません戦場になるのは、わかりきっています。もしも全滅になれば、ツバサさんを護衛するものがいなくなりますわ。だから、誰か一人はツバサさんのところにいなければなりません。ツバサさんを【創世敬団ジェネシス】から護ることがわたくし達の任務なのですから」


 蓮歌の三人がかりという言葉を聞き、意図を酌んで、エクレールはそう意見する。それを受け、蓮歌はしばらく考え込んでから、仕方ないと首を振った。


「エクちゃん。つまり、それは…………」


「ええ。わたくしたちよりも経験豊富な援軍を要請して駆け付けるまで、わたくしたちは、ツバサさんを連れて逃げ回るしかありませんのよ……」


 エクレールは、悔しげに歯噛みした。


 蓮歌に、ちゃん付けされたにもかかわらず、先ほどのように窘めることをしない。思考の全て、ラスマノスから翼を護るための策を練るために向けられている。


 ちゃん付けを嗜めることを後回しにされた蓮歌は、全神経を策を練ることに向けた金髪碧眼の幼なじみの思慮しながら、なかなか納得がいかなく切歯扼腕する姿に、言葉を発することが出来なかった。


 未だに、結界や呪法を構築する程の魔力を取り戻してはいない蓮歌は、翼は護るどころか自分の身を護ることも危うい。魔術を稼働・維持するのに必要なだけの魔力を取り戻すにはまだ時間はかかる。


 魔力は、人間が休憩をすれば体力を戻すように簡単に生成されていく。


 しかし、ラスマノスが顕れ、緊迫した状況下に置かれた現状では、緊張により心身ともに落ち着いて休憩してはいられない。


 休憩しなくとも魔力────龍人の種族ごとに司る能力は、胎内で生成される。しかし、圧倒的に蓄積量は少ない。魔術を行使するほどまでに溜まるまで、時間がかかってしまう。


 人間の姿と遜色ないほどに擬態しているものの、龍人種特有の頑丈な鱗と高い治癒能力は頼りだが、それでもラスマノスの強毒に太刀打ちが出来る程ではない。


 そのため、実質的に戦力と使えるのは、シルベットとエクレールだけといえる。同時にシルベットが大軍やラスマノスを相手にしている間はエクレールが一人で、翼だけではなく、蓮歌を護らなければなくなる。そのことに、蓮歌は魔力を取り戻すまでは何も出来ない屈辱を味わうことになる。そのことに、蓮歌にも焦燥感に苛まれはじめていた。


 そんな二人の彼女たちの切迫した声色での会話と態度から翼は、緊急事態であることを察する。


 ラスマノスの出現が彼女たちや自分にとって最悪な展開であることを会話を聞いて理解した上で心配と不安、命の危険性を感じた翼はうろたえはじめた。


「じゃ、どうやって逃げるのさ。こんな隠れる場所がないところにいちゃ、見つかるんじゃ……」


 遮蔽物がなく、果てに地平線があるだけの幾何学的模様の空間の中では、身を隠す場所などない。これ以上、距離を離れても、あの東京スカイツリー程もある巨躯を持つラスマノスに発見されてしまう可能性はある。


 翼が危惧することを酌んだエクレールは頷いた上で答える。


「ええ。だからこそ、わたくしたちが安全圏まで逃げるまでを炎龍帝のドレイクにしんがりを任せたのですが……」


「えんりゅうてい? どれいく?」


 初めて聞く名前に、翼は首を傾げて問う。


「ドレイクは、ファイヤー・ドレイクといいまして。南方大陸ボルコナの守護者にして支配者である朱雀────煌焔より、炎龍帝の称号を与えられた者で、この度、わたくしたちの【部隊チーム】の教官ですわ」


「教官って……」


 教官、という聞き慣れた言葉に首を傾げた。


 教官。人間界・日本では、学校や研究所などで教育や研究に従事する公務員のことを指す言葉だが、それと似たものだろうか、と考えていた翼の横で蓮歌が問う。


「そんなのいつから居たんですかぁ?」


 翼と同じく蓮歌も教官が居たということが初耳だったらしく驚いている。


 二人の疑問へ、エクレールははため息と共に答える。


「居ましたわよ。今日到着したので、今日からですわよ」


「今日からって、シルベットから教官について聞いてないし、会ってもいないんだけど……」


「ええ。それは当たり前ですわ。銀ピカもわたくしも教官がいるなんて知りませんでしたから。ドレイクと会ったのも今から数時間前ですし、知らされたのは…………その時、ですから。ツバサさんも蓮歌も知らなくって当然ですわよ」


 三拍するほどの間を“知らされたのは”と“その時”の間に置き、エクレールは肩を竦める。その表情には、嫌な記憶でも蘇ったかのような、苦虫を噛み潰したかのような顔を浮かばせていた。


「まあ。そのわたくしたちの教官であり炎龍帝がラスマノスを引き付けるためにしんがりを買って出て、わたくしたちは任せて来たのですが……もしや、やられてしまったのですか────いえ、このセンスを疑いたくなる未完成な〈錬成異空間〉が消滅していないのだから、死んだわけではありませんわ。だとすれば、捕らえられているか、死にかけていると見た方が確率的は高いですわね」





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