第一章 十四
【謀反者討伐隊】に宣誓布告し、ラスマノスは先導する姿を魔術的視覚ではなく、裸眼と耳で三人は確認した。
「皆殺しだと……、誰がさせるものか」
「ええ。こればかりは銀ピカに同意しますわ。【謀反者討伐隊】の名を置いて、皆殺しなんてさせません」
大軍を先導するラスマノスの皆殺しという発言を聞き、シルベットとエクレールは滾らせた。
今にも飛びかかりそうに刀剣と鎗を構え逸る少女たちを偉丈夫────ドレイクは冷静になれと諭す。
「今は、真っ向から攻めても負けてしまうだけだ。此処は、隙を窺うしかあるまい」
異形の龍がまとう魔力の強大さ、全身から滲み出る凄みと威厳。それは、ハトラレ・アローラでもっとも強大な霊気・魔力の顕現と権力を持つ亜人種の上位種にも勝るとも劣らない。
上位種とはいえ、あくまで実戦経験がないに等しい彼女たちがラスマノスらと真っ向から対峙しても、三分持つことも出来ないだろう。むしろ三分間持つかどうか怪しい。そんな彼女たちを最前線に立たせるわけにはいかないと、ドレイクはもしもの事態に備えてしんがりを努める覚悟をする。
「貴殿らに告ぐ。清神翼を救出する組とラスマノスらを食い止める組に分ける。貴殿ら二人は
、清神翼を救出する組だ」
「私らがツバサを救出に向かわせた後、貴様はどうするつもりだ」
「まさか、ですが……、炎龍の分際でしんがりを努めるわけではありませんですわね?」
「炎龍の分際で、という言葉に甚だ疑問だが…………無論、その通りだ。なぁに、心配をすることはない! 貴殿らと比較すれば下位種族であるが、【謀反者討伐隊】での戦を幾多にも潜り抜けてきた吾輩だ。まだ、しんがりを努めるだけの余力はある」
彼女たちの心配にドレイクは、ドンと厚い胸板を叩き、答えた。
それは、明らかに平気だと装っていることは彼女たちにはわかった。ラスマノスと幾千の大軍を相手に、不慣れな〈錬成異空間〉を行使しながらでは明らかに不利だ。そのことを戦術をまだ習っていない幼龍でさえも理解できる。
にもかかわらず、彼女たちが安心して救出に迎えるように、しんがりを努めると、厚い胸板を張る偉丈夫にエクレールは言う。
「別に心配などしていませんわ。────ですが、あなたのような下位では不慣れな〈錬成異空間〉を行使してでは重みですわよ。ならば、わたくしに〈錬成異空間〉の権限を渡してくださいまし。その方が安心して任務遂行が出来ます」
「それでは、〈無音〉、〈景色同化〉、〈高温感知〉、〈見敵〉、〈空間把握〉といった複数の術式を行使してしまった魔力を減らしてしまいかねない。貴殿の負担が増えてしまうぞ」
「安心してくださいまし。いまさら、一つ二つ増えようとも対して変わりませんわ。それよりも不慣れな〈錬成異空間〉を維持して、ラスマノスらを相手にし、もしものことがあった場合が大変ですわよ。そうなれば、人間界に多大な迷惑がかかりますわ。迷惑を被るのは、わたくし嫌ですわ……。散々、この銀ピカの身勝手さには苦しめられたのですから」
「イタイ子の金ピカに言われとうない。もしも金ピカに譲渡するのが厭ならば、私が受け持つぞ」
「実に、ありがたい。教え子に助けられるとは……────」
ドレイクが二人の心遣いに感謝していると、毒龍に化身したラスマノスの傍らに小さな人影が近づく。
ラスマノスは小さな人影に何やら頷きかけ、嗤った。
「目標である人間の餓鬼が見つかった。まずは、この者を生け捕りするぞッ!」
高らかに言い放つとラスマノスは、幾何学的模様の果てをめざすように、とドラゴンの大軍に顎で指し示した。
「何ですって……」
「つ、ツバサが見つかっただと……」
ラスマノスが高らかに発言した言葉に、三人は驚愕する。
「あ奴ら、いつの間に……。それとも、近辺に吾輩たちがいることに気づき、おびき出すために────」
「鎌を掛けた、ということですか」
ドレイクの言葉を継ぐ形でエクレールが言葉を発する。
「その可能性は否定できない」
幾千の大軍を引き連れて、進軍を開始したラスマノス。
いくら捜索に適した魔術を行使しても消息が掴めていなかった清神翼を見つけたと告げ、生け捕りと銘打って進軍を開始したラスマノスら【創世敬団】を見て、ドレイクは策を考える。
鎌を掛けただけならば、進軍はおとりとなるだろう。大軍に注視するドレイクたちの背後や死角から襲撃してくるはずだ、とドレイクは気配を探った。エクレールも〈見敵〉と〈空間把握〉で魔力的視覚をもって、敵の接近はあるかどうかを探ったが、おとりらしき影は見当たらない。
「敵の接近はおろか、何の変調もありませんわね」
「ああ。だとすれば、あ奴らが清神翼を見つけたという発言に事実味が帯びたということだな」
「しかし、何故だ。探索系魔術をいくつか使い、それでも何の成果も得られなかったというのに、何故ツバサを見つけられたのだ?」
「うむ。吾輩たちは〈見敵〉、〈空間把握〉の照準を清神翼という人間に合わせて、捜索してきた。もしも、あ奴らが清神翼を発見したことに成功したのなら、吾輩たちとは、全く違う方法で探索して、発見したに違いない」
シルベットの疑問にドレイクは答える。
「吾輩たちは、〈見敵〉、〈空間把握〉の照準は清神翼という人間に合わせて、捜索してきた。シルベットの血液により、半龍半人となっているが、基礎は人間そのもの。ただ異常的に治癒力が高く、魔力があるシルベットの血液により、少し外見が変わってしまっただけで、探索には支障はない。ゲレイザーの娘には、少しの魔力にも反応するように、照準を少しずつ調整しながら捜索してもらっていた」
「だが、何の成果を上げられなかった。私らと【創世敬団】の探索の差は何だろうか」
「もしかすると、ツバサさんは呪法的手段により何らかの捜査・検知を妨害する魔術をかけられているのではないのでしょうか。それならば、ツバサさんに照準を合わせた〈見敵〉、〈空間把握〉では見つけられなかったのも頷けますわ」
「うむ。それならば、成果を上げられなかったのは考えられる。だが、誰が清神翼に呪法をかけたというのか」
ドレイクたちは考えた。すぐに清神翼を呪法をかけ、居場所を隠蔽することができる可能性を持つ人物を思いつく。
「蓮歌ですわね。あの娘、ツバサさんと行方不明ですし」
「その可能性は十分に有り得る」
「れんか、とは……あの巣立ちの式典で長ったらしい挨拶に文句を言っていた蒼いのだったな。あれには、私もスッキリした記憶がある」
エクレールとドレイクが蓮歌が翼に呪法をかけた可能性を思慮している横で、シルベットは巣立ちの式典での蓮歌の印象を語った。
一人でウンウンと頷き、式典での一幕を思い浮かべているシルベットをエクレールとドレイクは無視する。
「水波女の舞姫ならば、呪法の一つや二つかけても不思議ではない。確か、防御の面では高いと聞いている。しかし、既にラスマノスの口ぶりを見る限りでは居場所は知られてしまっていることを考えると、長くは持たないだろう」
「そうですわね。蓮歌は防御系の魔術は得意ですが、持久力は全くありません。体力も集中力も並以下です。少しだけ〈見敵〉、〈空間把握〉の照準を遠く離れた蓮歌に合わせましたが、ぐらついてきていて、薄れてきていました。もしも蓮歌ならば、恐らく限界は近いかと」
蓮歌の幼なじみであり、学び舎でのクラスメイトだったエクレールは言った。
水波女蓮歌は、防御系魔術の強度は〈学び舎〉で一、二を争うほど高く。高等な術式のものでさえも一瞬で構築してしまうほど得意だが、それを維持するための持久力が全くない。蓮歌が術式の持続時間は最中記録で五十分ほどが限界である。そのうち、残り十分ほどのあたりでぐらつきはじめ、乱れが生じてしまう。どうしても魔術の行使が長く続かない蓮歌を見兼ねた教師に、エクレールが幼なじみだからと指導・助言するようにと頼まれ、嫌々ながら蓮歌を鍛えたが、一度たりとも六十分を越えたことはなかった。限界値が近づけば乱れが生じてしまうことも治らかったことも、エクレールは思い出す。それらを考慮に入れ、呪式を清神翼に施したのが蓮歌だった場合の算出する。
「蓮歌ならば、もって残り五分持つか持たないかと思いますわ。蓮歌の場合、一旦限界値を越えてしまえば、消耗が激しく術式を建て直すまでに時間がかかるという弱点を抱えています。疲労した躯では、同等の強度の障壁や呪法を構築するには、しばらく休息が必要。呪法と障壁の違う術式を休息なしで連発で構築することにも適していないため、限界を迎えた後に【創世敬団】に襲来されれば、ひとたまりもありませんわよ!」
もしも蓮歌だった場合のリスクを視野に入れ、ドレイクに報告した。
エクレールの考察にドレイクは頷き、教え子たちに命じる。
「ならば、予定通りに吾輩があ奴らを食い止めている間に、呪法の反応がある地点へ迎え! 呪法を張った者が水波女の舞姫と判明した後、清神翼と共に救出し、空間から脱出するのだ!」
ドレイクは〈筋力強化〉の魔術で全身のパワーを高めて、飛翔した。その余波を受けて、念入りにかけた隠密系魔術が吹き飛んでいく。
◇
進撃を開始した大軍の前に立ち塞がる人影の到来に、ラスマノスはふっと嘲笑する。
「ほう。貴様が、ワシの行く道を塞ぐか。いいだろう。【謀反者討伐隊】の雌どもや人間の餓鬼を狩るよりも先に、貴様で愉しませてもらおう」
「狩られるのは、貴殿らの方だ。此度、人間界において犯した過ち──人間の少年少女を拉致し、惨殺した非道たる行いをしたのは貴殿ら【創世敬団】を吾輩ら【謀反者討伐隊】は見逃すことは出来ない」
威勢よく戦斧を構えるドレイクにラスマノスは愉快そうに笑う。
「ははは、今日はよく吠える犬どもと出会うな。そして、御主にはこの先に、何か見つかってはいけないものを隠す仔龍のように感じるぞ」
図星とはいえなくもない。この先に、教え子や護衛をしなければならない人間の少年がいる可能性がある以上は、容易に引くことなど赦されない。
教官として、【謀反者討伐隊】として、ドレイクがするべきことは、ただ一つだけ。
「この先に何があろうとなかろうと、吾輩らの使命は変わらぬ。【謀反者討伐隊】は、全力をもって、敵である【創世敬団】に迎え撃つのみ。それ以下でも以上でもない。この先に何があろうとなかろうと同じ。貴殿ら【創世敬団】が人間を狩る限り対立は続くのだ」
「ほう。この大軍を目の前にして、臆することなく、潔い。実に、炎龍帝の名に相応しいな」
「貴殿らこそ、人間の少年と巣立ちしたばかりの新兵を相手に大軍で攻めるとは、大人気ない。潔いところを見せたらどうだ? 絶滅まで追い詰めた人間の復讐を誓い、元の地位まで返り咲くために野望を抱く、〈強毒使いの戦闘狂〉──ラスマノスが聞いて呆れるぞ。雄ならば、一対一で勝負したらどうなんだ」〉
ドレイクは、少しでも気がこちらに逸れるように、ラスマノスを挑発する。
ラスマノスの強毒に掠りでもすれば肉体はあっけなく崩壊してしまう。細心の注意はするが、東京スカイツリーをも越える巨躯を持つラスマノスに不利を自覚したが、それでもドレイクは〈錬成異空間〉が崩壊しないように、ギリギリのところで力の配分を行いながら、清廉なマナを体内に溜め込む。
溜め込んだマナは炎となり、自分の躯を覆い尽くす。
それは、ドレイクが本来の姿へと戻るための炎。
紅蓮の炎に包まれたドレイクの肢体はみるみると大きくなり、龍の形へと化身する。
龍というよりは、竜────ドラゴンに近似しているドレイクの紅蓮な鱗で覆われた外皮からは轟炎が噴き出され、首から下の胴体部分に纏わりつく。前肢、後ろ肢、頸部、尾といった部分にも同様の炎が包まれていき、それら炎は硬化して躯と融合し、紅玉造りの甲冑を形作る。鋭く歪んだ角と醜く血管の浮いた、蝙蝠のそれに似た羽根にも紅蓮の炎が燃え盛り、羽ばたく度に火の粉が飛び散る。太く長い尾の先端に『刀』が装着された。それは、ゆるく湾曲した刃の凜然たる美しさをした日本刀に酷似した刃だった。蛇のように裂けた顎の隙間から、息をする度に炎が吐き出され、山二つ分はあるであろう巨躯の、紅玉造りの甲冑が纏った燃えたぎる炎龍が咆哮を上げた。
新幹線の汽笛に似た声を上げ、蜥蜴に似た爬虫類型の強面を自分よりも遥かに巨躯であるラスマノスへと威嚇する。
「吾輩は、ファイヤー・ドレイク。朱雀より炎龍帝の二つの名を与えられた戦士。これより、貴殿らを討伐する。投降したければ、今のうちだ」
戦が本格化する前に、志しと組織は違えど、同じ生けとし生きる者に対しての、最後の情けをかける。ドラゴンの大軍の中には、見覚えがある者が何人もいた。ドレイクと共に、【創世敬団】を討伐するために衣食住を共にしてきた元同志達である。
彼らが謀反を起こし、敵である【創世敬団】に寝返った理由は、未だに不透明であり、ドレイク自身も彼らが謀反を起こした理由がわからなかった。それらを知るためには、彼らを生きて捕らえるしかない。
そのための情けをかけたのだが、
「ハハハ。敵に情けをかける、とはなんと慈悲深き憐れな雄よ」
巨体を揺らし、ラスマノスはドレイクの情けに嘲笑った。
「残念ながら、こ奴らはワシら【創世敬団】の軍勢よ。【異種共存連合】及び貴様ら【謀反者討伐隊】に見切りをつけた者たちの集まりだ。いまさら、そちらに戻るような者などいない。投降の呼びかけしても無駄だ。ワシの精鋭部隊にはには、目の前に獲物がいるのにかかわらず、見逃す莫迦はおらぬ。ここは、軍勢同士が殺し合う戦場であって、闘士が一対一で凌ぎを削って死闘する闘技場などではない。たった一匹で攻め込んだ貴様が悪いというもの。悪く思うなよ」
ラスマノスの言葉に応えるように、元同志だったドラゴンたちは撤退や投降する意志がないことを吠えて伝える。
彼等の鋭い眼には、助けを求めているような色は見られず、操られている気配もない。元同志が牙を剥き出しにして向けてくるのは、敵愾心だ。
元同志であったドラゴンたちにあからさまな敵意を向けられたことにドレイクは、彼等を【謀反者討伐隊】として討つ使命を果たす決意をする。
「元同志を直接この手で殺めなければならないように、せめてもの情けだったが、仕方あるまい。貴殿らの敵意には、吾輩は【謀反者討伐隊】としての決意を持って返そう」
ドレイクは、新幹線の汽笛に似た咆哮を上げると、肢体に纏っていた紅玉造りの甲冑の猛火を体現させたかのような装飾から轟炎が噴き出す。それは、ドレイクを包み込み、不朽の加護を誇示する障壁となった。
「さあ。いつでも攻撃を開始するがいい! そちらが数で落とす気ならば、吾輩はこの朱雀より与えられし、不朽の加護をもって身を護り、突撃をはかろう」
「朱雀の、不朽の加護だと……っ!」
ドレイクの“朱雀の不朽の加護”という言葉を聞き、ラスマノスは背筋に冷たいものが走った。
それは眼前に佇む敵から逃亡しろ、と訴えかけてくる獣の本能からの警告からなる悪寒。南方大陸ボルコナの支配者にして、守護者。炎属性の亜人が多いボルコナの中でも随一を誇り、神聖たる朱雀────煌焔からの不朽たる加護。それは、ただ身を護るための加護ではない。近づく者を骨の髄までを焼き、炭化させるまで消えることのない業火。近づく者を侵す強毒の持ち主であるラスマノスでさえも恐れを抱く不死鳥である朱雀の不朽の加護を受けた炎龍────ファイヤー・ドレイクは、聖獣たる朱雀に勝るとも劣らない。
だが、
「ほう。実に生きがいいと思おとったら、朱雀の不朽たる加護をもらい受けていたのか。なるほど。それならば、ワシの強毒にも匹敵するかもしれな。だがしかし、いつまで持つやらといったところだな」
ラスマノスは冷笑を浮かべる。
それは痩せ我慢などではない。炎龍帝という二つ名を与えられ、朱雀の眷属になったドレイクだが、本来は黄龍、金龍、銀龍、青龍、麒麟、朱雀、赤龍、白虎、獅子、白龍、玄武、黒龍の聖獣級の僅かな者以外は授かれない不朽たる加護を顕現・使用すれば、強力な力の誇示により躯に甚大な損傷を与えかねないことを、ラスマノスは熟知していた。
「なんと、哀れな炎龍だ。ワシは下位である身分でありながら、巣立ちしたばかりの身分ながらも人間に加担する【異種共存連合】及び【謀反者討伐隊】に入隊した未熟で憐れな仔龍を護るために、自らの躯を破壊しかねない聖獣級にしか与えられない不朽たる加護を顕現・使用したことを嘆かわしく思うぞ」
「御託はよい。戦がやりたければ、吾輩としょうではないか」
嘲笑うラスマノスに、凶猛に燃える瞳を向ける赤き炎龍────ドレイクは、大きく口を開いた。
喉の奥に灼熱の炎が見える。空中のドラゴンの大軍に、ドレイクは牽制代わりに大炎を吐き散らす。
朱雀の不朽なる加護を受け、眷属となった炎龍帝が放つ炎は大きく空中に広がり、灼熱が空を真っ赤に染め、前線にいた百匹程のドラゴンの大軍の呑み込む。そして、その百匹ものドラゴンが全てが燃え尽きていった。
一瞬にして、灼熱の炎の中で、もがき苦しむことなく、じゅっ! という音を立てて、蒸発してしまったことにラスマノスは目を瞠る。
「ほう。やるではないか。朱雀の業火にも劣るが、ドラゴンの頑強なる鱗を一瞬にして燃やし、蒸発させることができるということか。炎龍にしてはやるな。やはり、朱雀の眷属だな。未熟者の仔龍どもよりは愉しめそうだ」
戦闘衝動剥き出しの猟奇的な微笑み、ドレイクを称賛した。
ラスマノスの興味がシルベット達から自分に移ったことを確信し、ドレイクはラスマノスの挑戦を受ける。
「では、始めよう」
「ああ。少しでもワシを愉しめるように、本気でかかって来い!」
「言われなくとも」
赤。紅。朱。炎。焔。紅蓮。
先ほどまでは〈オーブ〉が降り注ぐだけの幾何学的模様の空間を、めらめらと燃焼する炎をよって、悍ましいほど紅く染まれた。それを背景に、ドレイクとラスマノスの戦の火蓋を切られた。
激突する炎と毒、瘴気。
辺り一帯に大炎と強毒、瘴気が衝撃波と共に襲いかかる。ラスマノスが率いる千匹のドラゴン達は、〈転送〉の術式を構築し、巻き添えを喰らうまいと逃げるようにシルベットとエクレールの先回りしていった。
◇
「貴様の相手は、銀龍族の姫である水無月・シルベットが致す。尋常に参る」
そこに浮いている人物を見て、今度こそ翼は言葉を失った。
水無月・シルベットが、離れ離れになる前に所持していた【十字棍】とは違う一振りの日本刀──とても不向きで、小回りが利かない神剣を軽々と構えて、ドラゴンの大群を前に狙いを定める。
「こ奴らの相手は全て私が相手してやる」
「何を言っていますの?」
日本刀を片手に携えて柔和な微笑みをたたえる、その少女の横には金髪ツインテール碧眼の少女がいた。
「今回は、ドレイクがラスマノスを引きつけている間に、ツバサさんと蓮歌を連れて逃げるのですわ」
シルベットに悪態をついたのは、淡い金色の髪を二つに結わいだ勝ち気そうな少女だ。
自信に溢れたエメラルドと同じ緑に輝く双眸。髪と同じ黄金色で彩った中世の典礼衣装のような形のドレスに、ミルクを溶かしたかのような美しく柔らかな肌は映えている。
掌には、刀身までも黄金に輝かせた派手な装飾をした三尖両刃刀だ。
「だが、ラスマノスを引き付けていくには成功したが雑魚が先回りされては誰かが戦うしかない」
「それはそうです。なので、大軍を先に見つけましたわたくしに任せてくださいまし。混血に任せられる仕事ではありませんわ、銀ピカ」
「貴様のような幼児体型に任せていられるか」
「ま、まぁ……まあ、まあ! 気にしていることをズケズケと……あなたにはデリカシーというものはないのかしら!」
金ピカとシルベットに呼ばれた少女は、顔をトマトのように真っ赤に染めた。
肢体的コンプレックスを他人に晒され、金髪碧眼の少女だが羞恥と憤怒をあらわにし、シルベットに抗議をするが、当の本人は平然としている。
それどころか悪気は一切ないという顔で、「事実だろ」と言ってのけた。
デリカシーに関して、シルベットは一切ない。
そして、シルベットは少し小首を傾げて言う。
「でりかし、とは何だ?」
「……」
エクレールは言葉を失った。
デリカシー。感受性の細やかさ。繊細さ。微妙さを意味する言葉だが、その意味は知っていても、行動や言葉で表現するには困難だろう。デリカシーのない人は大抵は他人のことを配慮せずに口にしてしまう人を指すことが多い。それに関して、翼もシルベットにはデリカシーがなかったと同感する。
「この戦が一段落した時にでもあとで辞書とやらをひけばいいですわ……」
金ピカと呼ばれた金髪碧眼の少女は、説明やらを辞書に任せて、首だけを翼に振り向く。
「先刻の戦いでは、龍の姿で大変失礼致した上に醜態を晒してしまい申し訳ないですわ。さっきほどのことは忘れてくださいませ。今は少々、立て込んでおりますの。だから簡易的な自己紹介だけをします。わたくしの名前は────エクレール。エクレール・ブリアン・ルドオルですわ。決して銀ピカが言った金ピカという名前ではありませんわ。あれが勝手に呼んでいるだけですから」
「……」
呆気にとられた翼をよそ目に、黄金の龍と同姓同名を名乗った少女は電光石火の如く速さで、迫りくるドラゴンの大群へと弾丸のように立ち向かっていた。横にいたシルベットも遅れずに続く。
「てゃあああああああッ!!」
「はぁあああああああッ!!」
二人の少女は、同時に肉薄する──前に。
耳を思わず塞ぎたくなるくらいのゴジラの雄叫びのような咆哮を上げて、ドラゴンの大群は一斉に口を開き、火炎を吐き出し、周りにドーム型の壁を出現させて、接近を阻止する。
いきなり展開された障壁に、シルベットとエクレールはまともに正面から衝突。頭をさすりながらエクレールは表情を苦悶に歪め、シルベットは少しだけ苦痛に歪めた。
「いったぁ……い、ですわ」
「……っ。これが貴様らの得意な防御か。正々堂々と正面で戦わないとは、気高い龍族の風上にも置けない奴だ」
シルベットは、すぐに荒々しくも雄々しい、勇猛果敢な戦姫の顔を見せて日本刀を構える。彼女のそんな姿を見て、一匹のドラゴンが目を細めて一瞥する。
「──どうして人間など下等生物を護ろうとするのか。人間たちを護っていても、亜人は感謝されない。それどころか、人間同士でさえも感謝しない。差別、偏見は日常茶飯事だ。それによりに、虐めや争い事が絶えぬ。そのような人間など家畜同然の生物だ。その方が人間の利用価値は上がるというにもかかわらず、共存を望む貴様ら【異種共存連合】及び【謀反者討伐隊】がわからない……」
理解不能だ、というドラゴンは呟くようにシルベットに訝しげに視線を向けて問う。
「そんなの護りたいからに決まっている」
「……な」
短く答えて、シルベットは話しを続ける。
「確かに、貴様が言うように人間どもの争い事は絶えない。偏見、差別、宗教などによるものが殆どだな。それは認めよう。だが、それが何だというのだ。ハトラレ・アローラでも人間界という同様に偏見と差別はあるだろう。それにより、争い事は絶えない。このような戦をしている時点で人間を侮辱する権利はない」
「我等と人間を一緒にするな────」
「同じだろう」
ドラゴンの言葉をシルベットが遮った。
「同じことをしている自覚がないほど、哀れなものはない。貴様らに足りないのは、戦闘以外で自分らの主張が出来ないことだ。それを自覚した方がいいぞ」
「我々を愚弄するのか!」
「愚弄? そのような受け取り方をしたのか。まあいい。私は【謀反者討伐隊】だが、【異種共存連合】でもある。人間たちの他にも、亜人たちが戦争を起こさないように、平和的和解と共存をするように交渉を受け持っている。だから、これは戦闘以外で自分らの主張が出来ない貴様ら【創世敬団】に対しての交渉に過ぎないだけだ。わからなかったのか私よりも長く生きながらえているくせに」
平和的和解と共存を訴え、ドラゴンたちに何気なく毒を吐き、交渉するシルベットに、交渉相手であるドラゴンはおろか他のドラゴンたちも目を鋭くさせる。
それのどこが交渉ですの、とシルベットの二つ後ろに控えていたエクレールは頭を抱えた。
エクレールに口にした通り、これは交渉にはなっていない。ただ相手が気に障ることを口にしては、機嫌を損ねただけに過ぎない。和平交渉というより侮辱に近いだろう。これでは、平和的和解と共存には至らないどころか、交渉決裂は確実だろうとまだ人生の半分も生きていない人間の少年である翼にもわかる。
「交渉? 笑わせるな! 貴様ら────巣立ちして間もない仔龍が我等【創世敬団】が誇る精鋭にして精鋭。ラスマノスの千の軍勢に勝てる見込みなどない。そんな貴様らを哀れに思った我等がそこの人間一匹を受け渡せば見逃してやろうと思ったがやめよう」
それは交渉決裂を意味していた。
つんざくような咆哮が辺りに響いた。ドラゴンの大群が翼たちを周囲三百六十五度を四方八方から取り囲み、眼下に見下ろしている。
「いつの間に囲まれていたんだ……」
「迅速に包囲網を張ったな」
「何を感心していますの! あなたが悠長に敵とおしゃべりなんてしているから囲まれてしまいましたわよ」
ドラゴンの大軍に囲まれていたことに、シルベットは動じず感心する。そんなシルベットを嗜め、エクレールはうろたえた。どうやら囲まれていたことに気づかなかったのは、翼だけではなかったようだ。
「エクちゃん、蓮歌は疲労困憊で結界等の障壁を構築するに必要な魔力を貯めるまでに、時間がかなりかかりますから、何とか時間を稼いでくださいっ!」
そんな中、ぐったりとした顔をした蒼龍────蓮歌がエクレールに言った。
「簡単に言わないでくださいまし!」
ドラゴンの大群を一瞥し、エクレールは蒼龍────蓮歌に吐き捨てる。
「いくら学び舎で優秀なわたくしでさえも持ちこたえて、およそ三十分ももたないですわよ!」
「三十分なら、何とか術式が使える魔力は少しは回復できると思いますが……」
「ならば、それでツバサさんを連れて逃げなさい!」
「で、でも……エクちゃん達は?」
「大丈夫ですわよ。何とかして逃げますから」
エクレールはそう言って笑いかけた。
「即効で決着を付けてやる!」
シルベットは、全身をまばゆい白銀の光り輝かせて、身体を巨大化させ、変化させていく。
僅か三つ数えるよりも早く、シルベットは白銀の龍となった。
全身を鋼のように堅そうな銀の鱗を纏い、広げると身体よりも二回りも大きい美しい白鳥のそれに似た形状の銀の翼を広げる。鹿のような枝分かれした角は先端は鋭く、その角もまたは銀に輝く。蛇のように裂けた顎の隙間から、炎に似たエネルギーのようなものを吐き出しながら咆哮を上げる。
ゴジラよりもやや高音の咆哮を上げた白銀の龍は蛇のように細長い胴をどくろを巻く。体長は、ドラゴンよりも二回りほど巨躯。シルベットが家に説明した通りに蛇のような形状した東洋の龍に、西洋のドラゴンが持つ翼を持つ融合タイプだった。
空間につんざく咆哮が響かせると、それだけで衝撃は竜巻を生み出し、別々の方向へと爆風が吹き抜けた。
シルベットは別に攻撃したわけではない。ただ、叫んだだけだ。
幾何学的模様の世界で空気を震わせ、シルベットの咆哮が共鳴し、キラキラと鉄琴のような音を響かせる。美しい音色だが、聞く者を無条件に怯ませる凄みが与える。
まばゆい銀に輝く龍となったシルベットにドラゴンの大軍は動じることはなく、むしろ軽蔑の目を向けた。
「ふん。半龍半人風情が龍化とは生意気な。仔龍は仔龍らしく、故郷に帰って大人しくしておれ、禁忌持ちの銀──────」
ドラゴンが言い終えるよりも早くシルベットは口から光線を吐き出した。
「ツバサさんっ! 蓮歌!」
エクレールが鋭く叫ぶ。わずかに遅れて、翼も脅威の到来を察知した。
濁流のような光の帯がドラゴンの大軍めがけて走った。ドラゴンたちはかわそうともせず、分厚い魔力の壁で受け流す。
地面を突き刺さるように堕ちた巨大な力の奔流は、幾何学的模様の地面をテーブルクロスを引きはがしたようにめくれ上がらせる。
「ツバサさんッ!」
エクレールは翼の元に駆け付け、手を伸ばす。翼は咄嗟の判断で伸ばされたエクレールの手を飛びついた。
破壊現象は左右に広がり、一帯を壊滅させた。はがされた幾何学的模様の地面は吹き上がり、更に細かくされ、散り散りとなった破片が吹雪のように辺り一面に舞った。
翼はエクレールの手にしがみついたまま、激流にのまれた木の葉のように、くるくる翻弄される。
その中で白銀の龍になったシルベットは華麗に飛び上がり、ドラゴンの大軍を鋭く睨みつける。
「ほう、やるな。次は当てる」
「やれるものやってみよ、混血の仔龍が…………ッ」
ドラゴンは全包囲から口から火炎放射を吐き出した。
シルベットはそれを半月型の障壁で防ぎ、幾何学的模様の空間の空へと飛び立つ。
空を飛び立った銀龍────シルベットを目掛けてドラゴンの大軍はは次々と、火の玉を吐き、総攻撃を行う。
銀龍は山以上の巨体とは思えないくらいの速さで旋回して、攻撃をかわしながら進むと同時に、空間を吹雪に飛び交う光の粒子もろとも、回避した火の玉を銀翼を一払いで吹き飛ばす。そして、跳ね返し二百匹ほどを返り討ちにすることに成功する。
「どうした、当たらんぞっ!」
「生意気な忌ま忌ましい人間との混血の仔龍だ!」
シルベットはたきつけるように言うと、ドラゴンの大軍は打ち出す火炎の火力を上げ、火の玉を乱れながらも放射する。次第に激しさを増す攻撃をシルベットはもろともせず、次々と華麗な飛行でかわしていく。




