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第二章 七十三




 赤い空が霞んだ。黒い靄が辺りを包み込む。早く帰らなければ、暗闇に包まれてしまい動けなくなる。彼は早く父が待つ家屋に向かう。


 家屋といっても洞穴に岩と木を組んだ粗末なものであるが、この辺に建っている家と比べれば豪華といえた。他は草木で乱雑に建っているために暴風が来たらあっという間に壊れてしまうだろう。父が作り方を教えようとしたが、言葉や身振り手降りでは意志疎通がはかれないほどに知能が悪い。


 周辺に漂う穢れは体内に吸い込む度に体を蝕んでいき、正常な判断が出来なくなっていくと父から彼は訊いた。だから、自分たちよりも長く住んでいる彼らは穢れてしまい、欲望を貪る獣となってしまったことに自分たちと交じり合うことは出来ないのだと、幼い思考で、彼は理解して諦めた。


 霞んでいく視界を駆け抜けていき、ようやく光が見えた。我が家である。そろそろ家に到着する。彼は安堵の息を吐きながらも、父が待つ家と向かう。


 周辺にある木の実などは穢れていて食べられそうもなく、遠くまで探し歩いたら黒い靄が出る時間帯になってしまった。


 此処では、夜が近づくと黒い靄が出る。この世界線では昼間でも厚い雲に覆われており、太陽がはっきりと姿を現したことはなく、いつも厚い雲に隠されており全体的に薄暗い。夜になれば、黒い靄が出て更に視界が狭くなってしまうのだから、早く明かりがある家で落ち着きたいと思うのは当然といえる。


 ようやく家の前まで辿り着いて異変に気づく。


 明かりは点いているが、何かいる。


 彼は恐る恐ると覗き込むと、一人の男性が父の前に座っていた。誰だろうか。自分たちの他に“人”がいるなんて珍しい。


 父が最初に彼の存在に気づき声をかけた。


「帰ってたか」


「うん。食べ物を探していたら、遠くまで行っちゃってて遅くなりました。ごめんなさい」


「無事で何よりだ」


 父は無事に帰ってきた彼を見て大いに喜んだ。


「穢れが充満している世界だからね。何が起こるかはわからない」


 父の前に座っていた男性が彼の方へ振り返り微笑んだ。


 一体誰なのか。初めて自分たち以外にも意志疎通が出来る生物に興味はあるが、恐れと猜疑と警戒が満ちた視線を男性に向ける。視線を離さずに彼は男性から出来るだけ距離を取り、恐る恐ると男性の横を通り抜ける。


 父のところに飛び込んだ彼を見て、男性は苦笑した。


「どうやら警戒されてしまったようだ」


「そのようですね。この辺で言語を使えても意志疎通をする生き物はいませんから、警戒しているのでしょう」


「それは仕方ない。初めて見るものに興味を抱くのも、恐れや警戒を抱いてしまうのも無理はない。ここは一つ、お互いに自己紹介をしょうではないか」


 男性は穏やかな微笑みを浮かべて、脅えた顔をした彼に向き直る。


「拙者の名は、水無月龍臣だ」


「……みなづきたつおみ?」


「ああ。君の名はなんだい?」


「………レヴァレンス」


 【尊崇レヴァレンス】は父に促されながら、恐る恐ると答えた。


「レヴァレンス……。良い名だな」


 水無月龍臣は、彼の名を反芻して覚えてから、朗らかな微笑みを浮かべた。


 彼にとって父以外で見る男性の微笑みは、彼に安らぎを与え、心の中で作っていた壁を壊していく。


「レヴァレンスくん、拙者が此処に来た理由を教えよう」


「うん」


「拙者は、この穢れだらけの世界線から救い出したくって来たのだ」


「え……」


 レヴァレンスは何を言っているのか理解できなかった。そんな彼のために父が優しい口調で説明をした。


「簡単にいえば、レヴァレンスをこの穢れだらけの世界線から別な世界へと移り住む手助けをしてくれると水無月龍臣は言っている」


「別な世界……?」


「ああ」


 水無月龍臣は別な世界について教えてくれた。


 並行宇宙にはあらゆる世界線が存在し、それが神界を中心に拡がっている。それらは似たような環境であっても少しずつ異なっており、全く別な世界へと進化を遂げているのだと、水無月龍臣はレヴァレンスにわかるように優しく教えた。その話を聞いてレヴァレンスは胸が躍った。並行宇宙や世界線というこれまで聞いたこともない言葉に興味を抱き、水無月龍臣の言葉を食い入るように聞いた。


「穢れとかないの?」


「全くないわけではない。でも、此処より穢れが薄く、湧き水や食べ物は安全であり、先住民は優しいものばかりで受け入れてくれるだろう。そこでなら、友できるだろう」


「友……?」


 レヴァレンスは友という意味を知らなかった。言語を話せても意志疎通をはかれる生物がいないため、友を作れるどころか、その意味さえわからない。


「レヴァレンスは、友を知らぬのか……」


「知らない……」


 レヴァレンスは首を横に振る。


「そうか。“友”とは一言ではとても言い表せないが、本音を言い合える関係であり、一緒にいて落ち着ける者のことだろう。自分と似ている部分があったり、似てない部分があったとしても、それを尊敬し、何時でも自分の味方でいてくれる。間違いがあれば教えて、正しい道へと導こうとしてくれる者だ。ずっと側にいてもいなくとも支えようとし、互いに幸せを心から喜んでくれる。生涯一生付き合っていたいと感じる親とは違う親しい者だと拙者は思っている」


「僕に友だちは出来ますか?」


「あらゆる世界線には様々な種族がいる。その中に、自分と友だちになってくれる、またなれそうな相手がいるはずだ。どんなに自分と違っていたとしても嫌いにならず、まずは勇気を出して相手の話を聞き知っていくことから始めよう。そして、他人には優しくし接して大切にする心掛けが友だちを作る一歩だ」


 レヴァレンスの問いに水無月龍臣は、そう答えた。


 友だち。果たして自分に出来るだろうか。穢れに犯されていて凶暴な生物しかないこの世界にいては、まともな友人関係を築けることは難しい。現に父が何度も歩み寄ったが、まともな話し合いにはならなかったのをレヴァレンスは見ている。


 この世界では、友だちを作ることは出来ない。それは神の失敗作であるこの世界線に落とされた者の運命である。別な世界線に移住でもしない限り、友だちという存在は手には入らない。父はレヴァレンスに友人を与えたかったからこそ、子だけは別な世界線へと移住させてまで友だちを作らせたかったのだろう。父の考えに思い当たったレヴァレンスは父へと目を向ける。


「父上……」


「この世界線にいては、友は作れない。何度も交流を試みたが駄目だった。それでもレヴァレンスには友を与えたい。なぜならば、生物とは交流して相手を重んじるように成長するように作られている。重んじる心を持たなければ、あらゆる生物の命を軽視するようになる。それではいけない。それでは神の狙ったような運命を辿ることになる。レヴァレンスには相手を重んじる存在となってほしいのだ。残念ながら、私には子を作れる生殖機能が神に奪われてしまった。だから、友となれるような生物は作り出すことは出来ない。このままでは、交流がないまま大人になってしまう。だからこそ、水無月龍臣を呼んだ。──水無月龍臣よ、頼んだ」


「うむ」


 父が頭を下げて懇願する。それに頷き、胸を力強く叩いた。


「ルシフェルの願いを叶えよう。レヴァレンスが友だちが作れるように安全な地へと移住させよう」


「神にばれないようにお願いする」


「任されよう」


「え……」


 レヴァレンスは二人の会話をそこまで訊いて、何か違和感を感じた。ただ、その違和感の正体を確かめることが畏れる。そうだとしたら、自分は父の気持ちを裏切ることになってしまう。


 そんなレヴァレンスの気持ちを知らずに、深く頭を下げて父に水無月龍臣は確認する。


「拙者たち──【世界維新】としても、神に理不尽に落とされたあなた方を救いたい。そのために意志の確認をしたい。よろしいか?」


「ああ」


 父が頷く。


「やはりルシフェルは、此処に残るのか?」


「ああ」


 父──ルシフェルはそう答え、レヴァレンスの畏れが現実的になった。


「……父上は一緒に行かないの?」


「私は行けないのだ……」


「何で……」


 潤んだ瞳でレヴァレンスは父に問おた。言葉に詰まりながらも父──ルシフェルは子に答える。


「……私は神の監視下に置かれている。時が来たら利用するために、私のような反逆分子は勝手な行動をしないように見張られているのだ。一緒に行けば、連れ戻されるだけだ……」


「父上と一緒に行きたい……。父上と一緒じゃなきゃ……」


「仕事にかまけていて、なかなか家に帰れない拙者が言うべきではないが、子は親と一緒にいるべきだと思う。ルシフェルが望むのならば、拙者たち──【世界維新】は全力でサポートしょう」


 今にも泣き出しそうなレヴァレンスを見て、水無月龍臣は提案するがルシフェルは首を横に振る。


「駄目だ。それでは、【世界維新】までも目を付けられてしまう。これ以上は迷惑をかけられまい。レヴァレンスだけでも頼む。レヴァレンスよ、ワガママを言わないでおくれ」


 父──ルシフェルはレヴァレンスへと歩み寄っていき、目線に合わせるかのように腰を下ろして肩を優しく掴んだ。


「父とて一緒にいたい。一緒に此処ではない世界線で暮らしたい。大事な子供を──レヴァレンスをこのまま、この世界で暮らして穢れていくのを見るのは苦しい。その逆もしかり。私が穢れていく姿をレヴァレンスに見せるわけにはいかない。子供にはもっと広い世界を見てもらいたい。そして、色んな生物と触れ合っていってもらいたい。そして、レヴァレンスは決して神を冒涜するために生まれてきたわけではないと証明してもらいたいのだ──」


「厭だっ!」


「駄々をこないでおくれっ」


 父は声を上げた。その声音は怒りとは違う。少しばかり涙が滲んでいることにレヴァレンスは気付いた。


 レヴァレンスは父の顔を見ようとしたが、父は顔を隠すようにレヴァレンスの小さな背中を優しく抱きしめる。


「父はレヴァレンスを愛している」


「父上……」


「父はいつも思っている」


「父上……?」


「離れようとも、いつもレヴァレンスを思っている」


「父上、僕も思っています。だから──」


「──だから、約束だ」


 父──ルシフェルはレヴァレンスの声を遮った。


「生きる全ての者を傷つけてはならぬ」


「はい」


「周りの者と仲良く、喧嘩しないように、相手の気持ちを思いやるのだ」


「思いやる……?」


「相手の気持ちを考え、自分がされて厭なことはするな。常に、相手の立場になって物事を考えるんだ。この世界線とは違い、話しを聞かずに殺そうとする者は少ない。だから注意事項を護りながら遠慮せずに話しても構わないんだ」


「どうやって話せばわからない……」


「そうだな。相手が喜ぶことをしてあげるのはどうだろう。そうすると、相手もレヴァレンスが喜ぶことをしているかもしれないし、親切にしてくれるはずだ」


「……うーん……」


「出来そうか?」


「わかりません。だから一緒に」


「父は行けないのだ。レヴァレンスはいつも父を大事にしてくれるように相手にも優しくすればいい」


「はい」


「これから出会う者皆に、父んと同じくらい大事にすればいい。あと、時には相手が自分がされて厭なことをされるかもしれないが、レヴァレンスは同じことをして返すな」


「何故ですか?」


「相手には親しい友だけが入れる心の距離がある。赦されないままに入ってしまうと拒絶するだろう。相手のことを考えて、少しずつ心の距離を縮めていくのだ」


「やはり難しいです……」


「これからは独りではない。私はいつでもレヴァレンスを応援している。だから──」


 父は詰まったかのように言葉を一旦止めてから言う。


「……難しいかもしれないが、信頼できる大切な者をより多く作りなさい。私はこの世界線から応援しているよ。レヴァレンスには出来る。何かあれば水無月龍臣に聞けばいい。彼には実娘と義理の息子がいるという、友になれるかもしれない」


「…………」


「泣かないでおくれ。近くにはいないがこの世界線でレヴァレンスを思っているのだから……」


 父は言葉を詰まらせた。レヴァレンスと共に涙がダムが決壊したかのように溢れ出している。父子の心中に渦巻いているのは何なのか。恐怖か、淋しさか、辛さなのか。恐らくその全てだろう。躰を掴み合う彼等は耐え難い淋しさを父に伝えている。二人だけの暮らしが終わるのだと。


「水無月龍臣」


「……お、おう……」


 父子を見ていたたまれない気持ちになっていた水無月龍臣に父──ルシフェルは名を呼ばれて、少しばかり戸惑いながら返事する。


「大事な息子を頼む」


「うむ。わかった。しかし、いいのか? 神──ヤハウェに知られる恐れを危惧しているのならば、二人いっぺんに一度に連れていくのではなく、目立たないように一人ずつ二度に分けて同じ世界線に送り届けることも出来るが……」


「いや……。駄目だ。私には聖痕が刻まれている。これは、神が従者を監視し行動を知るために付けられるものであって、落とされた今でも機能している。居場所を随一更新されている私を連れて行けば、確実に見つかってしまうだろう。幸いなことに、レヴァレンスには生まれたてだったこともあって、聖痕は付けられていない。神に聖痕を刻まれる前に他の世界線に連れ出してもらいたい」


「せいこん……? とやらは消すことは出来ないのか……」


「神にしか消せない。私たちには不可能だ。だからレヴァレンスを頼む」


「わかった。父子を引き離すことを躊躇われるが、神──ヤハウェに見つからないように他の世界線に連れていって見せよう。だが、拙者はルシフェルを見捨てては置けぬ。何らかの手を考えて、助け出す手段を見つけると約束しょう。拙者には、日本の神の知り合いがいる。彼女ならば、何か良い方法を知っているかもしれんからな」


「もし可能だとして、水無月龍臣だけではなく、その神や関わった者たちに神罰が降ることになってもか」


「理不尽に落とされた者を助けることに、どういった神罰が降るというのだ。それでは神──ヤハウェに都合が良すぎるのではないのか。だったら、こちらも神を立てて迎えるまでよ」


「無茶はするな。神と神を戦わせて良いことは起こらない。だが、水無月龍臣の気持ちは嬉しい。ありがとう。期待せずに待っておく」


「何とか策を練よう。絶対に見つかるという保証はないが、待っていてくれ」


「ああ」


 水無月龍臣とルシフェルは約束を交わした。


 その約束を耳にして、レヴァレンスは水無月龍臣に頼もしさを感じた。父が畏れている神に神罰を与えることを省みない。何とか父子を会わせようとする意志を。


 神──ヤハウェとは何なのか。神という存在がどのようなものなのか。レヴァレンスは知らない。しかし、父たちの会話を訊いている限りではろくでもないことがわかる。自分たちを落とされたその理由も。


 だから、知りたいとは思わない。


 ただ──


 わかってほしい。


 自分たちは決して仇なすことを考えていないことを。


 しかし、その気持ちさえも台無しにするのが、神──ヤハウェということをレヴァレンスは知ることになる。何故ならルシフェルと水無月龍臣を交わした。


 次の瞬間。


「こ、この神力はっ!」


 ルシフェルが何かを感じ取った。


「力が上から──ッ! 伏せろッ」


 水無月龍臣が上から近づくそれに気づき、ルシフェルとレヴァレンスに叫ぶと、幾条もの光の矢が住み家に降り注ぎ込んできた。


「く、崩れ……」


 家の中にあった父と作った食器や調度品が見るも無惨に壊されていき、灯りが消えて暗闇が覆い隠す。それだけで光の雨は収まらず、父子が試行錯誤しながら何度も建てた家が粉砕するかのように壊されていく。


「レヴァレンスっ!」


「父上っ!」


 父子は叫ぶが、その声は轟音にかき消される。そこからは最早言葉を発せることはままならほどの揺れが襲う。


 光の雨に続いて、地震までも父子と水無月龍臣に襲いかかる。これでは逃げようにも逃げられない。ましてや、あまりの出来事にレヴァレンスの足が恐怖で硬直している。


 大地の本格的な崩落が始まった。雨あられと降り注ぐ光の矢の中を何の防御もなく、行くのは自殺行為だろう。水無月龍臣は父子を光の雨から護るために側に置かれていた鞘を取り刀を抜く。


「約束したのだ護るとッ!」


 水無月龍臣は刀を振るう。父子に降り注ぐ光の矢は振り払うが、自分の体に降り注ぐ光の矢は防ぎ切れてはいない。体を幾つも貫かれる。それでも刀を振るうことをやめない。


 ルシフェルは護るためにレヴァレンスを抱きしめる。自らを盾にして護るつもりだ。ルシフェルには否応にも光の雨は降り注ぎ、傷つける。


「ぐぁッ!」


「父上ッ!」


 父の苦しげな声に、子は声を上げた。


「〈結界〉、〈硬貨〉」


 ルシフェルは術式を行使する。周囲に〈結界〉を張り、あらゆるもの硬質化できる〈硬貨〉を水無月龍臣と携える刀に、そして自らとレヴァレンスにかけた。これにより、ルシフェルの力が尽かない限りは少しは安全だろう。


「レヴァレンス」


 ルシフェルはレヴァレンスの耳元で呼んだ。その声は、不思議と轟音の中でも届いた。


「……ち、父上、大丈夫ですか……?」


「大丈夫だ。それよりももう一つ、約束だ」


「約束……? それよりも怪我の治療を……」


「大丈夫だ。レヴァレンス、約束をしょう。いいかい、レヴァレンス? これから何があっても、誰も憎んではいけない」


「憎む……」


「そう。憎しみは自分を滅ぼすだけだ。レヴァレンスはどんなことでも許さなくてはならないのだ。どんなに酷いことをされても、レヴァレンスはそれをした者たちを許さなけなければならない。それが私が子に与える、レヴァレンスの役割であり、使命だ」


「許す……」


「そう、許す。あとは、ずっと、レヴァレンスの心の中にいる」


「……心の中?」


「触れることも、見えることも出来ないが、ずっと心の中にいる」


「触ることも見えることも出来ないんですか……?」


「ああ。でも、ずっと一緒だ。レヴァレンスが私を思い出せる限り、心の中にいることが出来る。だから、どんなことがあっても憎まないでほしい。わかったね」


「わかりました。だから……」


「もう一つ、最後の約束だ。もし、私が現れても、それは私ではない。決して心を許さないでほしい」


「どういう意味ですか……?」


言葉を遮って言った父の言葉に困惑するレヴァレンス。そんな彼に顔を見せる。父は微笑んでいた。息子の涙を拭い、かけがえのない誰よりも愛おしい息子をぎゅっと抱き寄せた。


「心の中にいる」


 ルシフェルは術式を行使する。


「ずっと一緒だ」


 水無月龍臣の周りに〈結界〉を張り、そこにレヴァレンスを転移させた。


「ルシフェルッ!」


 レヴァレンスを託された水無月龍臣は声を上げた。


「父上ッ!」


「永遠に」


 ルシフェルは再び術式を行使する。


「ルシフェル、穢れた世界で複数の術式を行使することは自殺とりだ」


 水無月龍臣を声を上げて止めようとするが、ルシフェルは行使することをやめない。自分の中に残された力を全てを使い、水無月龍臣とレヴァレンスを安全圏まで逃がす〈転移〉を。


 そして──


 傷口から穢れていく自分を見られまいと、レヴァレンスに術式を行使する。


「永遠に思っている」


 急激な眠気がレヴァレンスを襲う。瞼が重たくなって急激に下がるのをレヴァレンスは耐える。


「ち、父上……」


 少しずつ閉じていく視界から見た父上は、傷口から躯が真っ黒に変色していき、醜くく拡がっていきながらも、レヴァレンスに微笑みを浮かべる父──ルシフェルだった。


「レヴァレンス」


 レヴァレンスの意識が闇に溶けていく。


「愛している」


 最後に聞いた父の声は涙が出るほど優しかった。





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