第二章 七十二
【冒涜】と何とか対話を試みようと接近していく彼女たちの背中にドロドロとした感情の炎を燃やした瞳で見据えるのは、ヤハウェである。彼は、彼女たち──特にエクレールに言われたことに対して、腸が煮えくり回っていた。
──生意気な仔龍がっ、神である私に舐めた口を叩いたことを後悔させてやる……。
呪詛のような恨み言を心中で繰り返す。怨念と共に込み上げてくるのは、憤怒。そして、嫉妬心が彼を支配する。
龍人にも拘わらず強大な神力を宿しているシルベットとエクレール。ヤハウェにとって彼女たちは異質な存在である。彼女たちが自分に対する反応から神界の者ではない。神界の者であれば、大概が顔見知りであり、新参者でいえど、名が知れ渡ることは早く。神界全域に伝え聞こえるのに、数分もかからないほどだ。
新参者とは神候補である。何者かであった時に多数の者に崇められ、神たる資格を得た者たち、もしくは【現人神】といった何者かの姿で異世界に降臨した神が新たなる神の資格を得た者たちの総称である。
新参者は、まだ神ではない。これから神として相応しいかどうかの試練を経て、神格と神としての役目を得ることになる。加えて、ヤハウェは新参者の噂に事欠かない。理由としては、【冒涜】のように自分を脅かす危険性がある神が現れる可能性が高いために、前もって忠告するために、教え諭さなければならないからだ。
つまり資格を得ただけで神格を得ていない、まだ神による制御下にある新参者をヤハウェは干渉できるうちに逆らわないように躾けるためであり、躾ても逆らう恐れがある場合は、【冒涜】のように落とすためである。
だから新参者の情報には事を欠かない。現れば、すぐに彼の耳に入るようにしている。にも拘わらず、神力を得たシルベットとエクレールが現れたのだ。しかも、自分よりも神格を持っている。彼女たちの存在を誰かが秘匿していることは充分にあり得るが、彼は“目無くして見、耳無くして聞き、口無くして語る”とされるほどに意思だけの存在である。偶像として形を信徒に厳しく作らせていないことによりヤハウェに固定する姿形はない。故に、あらゆる時に、あらゆる場に置いて彼は存在できるために秘匿することは難しい。神格を得る前に見つかるはずだ。
神界に新参者が現れたという噂はなかった。昨今では、神の資格を持つ者は現れてはいない。ヤハウェは突如として、神に相等する力を有している彼女たちが神界に現れたことが不思議で仕方ない。どうやって、神界の者ではない龍人が神に相等する力を得たのか。彼はは何度も素性を調べようと視ようとしたが、何故か視ることは叶わず、わからずじまい。
ヤハウェが彼女たちを知ることが出来ない理由には二つある。まずは、シルベットとエクレールは少しばかり神域で留まっていたことにより、躯が神力を吸収し蓄積されやすくなっていることだろう。それによって、一時的ながらも神力を使えるようになった。もう一つは、神域で戦っていたのが三貴神と呼ばれる日本の最高神クラスのスサノオノミコト、新米であるものの世界を創造し破滅する神であるルイン・ラルゴルス・リユニオンだったことだろう。それにより、日本の最高位クラスとプラスアルファとして世界創造と破滅クラスの神力を一時的ながらも得た状態となり、自動的に神相等の神格を得ることなったのが主な原因である。
シルベットとエクレールが得た神格は、ヤハウェをもってしても容易に関与できることが出来ないほどに、神界に置いて高くなってしまい、“神が神の未来を視ることは出来ない”、“神が自分よりも神格が高い神の過去を無断で知ることは出来ない”といった現象が起こしていた。
神格が自分よりも高く、言うことはおろか信仰心の欠片もない、得体の知れない龍人──彼女たちをヤハウェが【冒涜】と同様に自分を脅かす存在だと認識してもおかしくはない。
ヤハウェは如何にして、強大な神力を持つ彼女たちを従わせるか、従わせることが出来なければ、神格を脅かせないためにどうやって落とすかを黙策する。
──生意気な口を叩いた分だけ後悔させてやる……っ!
血走った目で睨むヤハウェ。そんな彼から不穏な空気を感じ取ったヤマトタケルはまたしても頭を抱えた。せっかく【冒涜】やルイン・ラルゴルス・リユニオンと戦うには重要な戦力であったヤハウェを怒らせては、苦戦どころではない。ヤハウェら信徒たちを敵に回したことになる。
そうなると、ルイン・ラルゴルス・リユニオン──【創世敬団】だけではなく、ヤハウェらその信徒たちと戦うことになるだろう。
──いろいろと余計なことをするよ全く……。
前もって注意したにも拘わらず、見事までもヤハウェを怒らせた彼女たちにヤマトタケルはため息を吐く。
ヤハウェを敵に回した彼女たちは今後ともに困難が待ち受けることになる。彼が神罰を起こす際、周囲を巻き込んだ大掛かりなものが多い。だからこそ、彼女たちに神罰を与えようとする場合は、何者かも巻き込んだ徹底的な災厄を降らすことになる。そう考えると、ヤマトタケルは軽い頭痛を覚えて、額に手を置いた。
──ホントに先が思いやられる英雄たちだ。
──でも……。
ヤマトタケルは額に置いていた手を口元に移動して、ヤハウェから隠すように微笑んだ。
──これまで癇癪を起こされると面倒だからと皆が口にしなかったことをよくぞ言ったと褒めておこう。
少女たちに称賛をし、ヤハウェが自棄を起こし、少女たちに危害を与えた場合には出来るだけ庇うことをヤマトタケルは決意した。
◇
【冒涜】は咆哮を上げる。それはまるで誰かに助けを求めるかのような悲痛な泣き声だ。
甲高く声を荒ばせて、【冒涜】は穢れだけではなく神界に漂う神力さえも自らに吸収していく。
全身を光が明滅し、全長五十メートルもあった巨体がみるみる内に小さくなっていき、およそ半分の二十五メートルで止まった。光沢のあった漆黒の巨体に幾つもの細長い何かが生えてきた。短かった手足がすらりと伸びていき、筋骨隆々とした筋肉繊維が躯の到るところについていき、四足歩行だったのが二足歩行へと生まれ変わる。斬り落とされた首はそのまま復元せずに、残された一つの首だけを残して短くなっていった。多頭種から蜥蜴型に近い龍種と変態した【冒涜】は、目の前にいたスサノオに視線を向ける。
「教えてもらえないのなら、もういいよ。いなくなれ」
頭に響いた男性と女性の中間のような声とは違う舌足らずな子供のような声音で【冒涜】は言った。
「いなくなれ、とはなんと物騒だな。躯を小さく変えて、子供になったのか」
スサノオは苦い微笑みを浮かべる。【冒涜】の中に流れる気が明らかに変わったことを彼は感じ取っていた。
「やかましい」
そう一言を発して、【冒涜】は口の中であらゆる力を蓄積させて、一気に吐き出す。
瞬時に受け止めてはならないとスサノオは飛んで躱す。
スサノオがいたところが一瞬に消し去り、濃密までの穢れに侵食されていた。もし迎えうてば、神であるスサノオでさえもあっという間に穢れていたことだろう。
「子供に退化したのではなく、成長させたということか……」
スサノオは【冒涜】を見据える。
【冒涜】の体内には神力、魔力、霊力、聖力などといった普通ならば相容れない力が流れている。それも膨大な量だ。それらを円滑に流すには、先ほどは無駄が多く、体内の到るところで反発し暴れていた状態であったが、それが全くない。これらは、躯を小型化し形状を変えたことにより、必然的に無駄がなくなり、相容れない複数の膨大な量の力が円滑に流れるようになったからだろう。
彼には、敵に対して如何に効果的に痛手を負わせられるかを見抜く目と知能がある。それに応じて躯を自由に作り変えることができると自由変異型というあらゆる世界線に置いて珍しい類型の生物といえた。そして、スサノオに向けての攻撃に関しても何気なく相手に適していたからといった理由で無意識領域で吐き出したものであることが理解できる。
スサノオは剣を構えた。【冒涜】の体内ではまだ動きが悪いところが目立つ。早々に決着をつけなければ、少しずつ修正してしまうだろう。そして、恐らくは……。
「神の大半が脅威に感じることは頷けるというものだな……」
「たおれろ」
【冒涜】は、濃密までの穢れを吐き出す。
スサノオは、それを軽やかな足取りで躱していき、一気に【冒涜】へと肉迫して、首を目掛けて剣を振るう。
ガキンッ!
鋭い金属音が響き渡り、剣と鱗が激しく火花を散らし弾かれた。
さっきほどとは違い、【冒涜】の鱗は硬質化されており、刃を通さない。
「くっ……!」
「まだ首をねらってきたな。しかえしに首をねらってやる」
【冒涜】は口を大きく開く。口内では濃密までの穢れが一気に溜め込まれていき、宣言通りにスサノオの首に狙いを定める。
近距離でまともに喰らえば、暴風の神として、厄払いの神様としても信仰されている武神であるスサノオでいえ、ひとたまりもないことは一目見てわかるような致死量だ。
スサノオは瞬時に、脚力に神力を溜め込み、【冒涜】の首の根元から肩にかけての間を蹴り飛ばす。
神力を得たスサノオの蹴りによって、【冒涜】は大きくバランスを崩し、自らは勢いのままにそれぞれ後方へと飛んだ。
スサノオは受け身を取り、地上を転がりながらも無事に着地する。【冒涜】はまともに背中から地面に叩きつけられ、口内で蓄積していた穢れが天上へと向かって放出。空に虚しくも禍々しい放物線を描く。
「危ないところだったな……」
スサノオはすぐさまと起き上がり、【冒涜】を見据える。
「くっそーぉ!」
【冒涜】は悔しげに声を上げながら、ゆっくりと起き上がる。剣を構えるスサノオに敵意を剥き出しにして、再び口内に穢れを溜め込む。
その時──
「ワンパターンですわね」
「そう易々と、同じような攻撃でやられるわけなかろうが」
頭上から二つの声がした。
【冒涜】とスサノオは声がした方へと顔を向けると──
金髪碧眼の少女──エクレール・ブリアン・ルドオルと銀翼銀髪の少女──水無月シルベットがいた。
「だれだ?」
【冒涜】は口内で蓄積していた穢れを少し弱め、〈念話〉ではなく、自分の口で訪ねてきた。彼女たちに興味深げではあるものの、スサノオとの戦いに割って入ってきた彼女らに向けるその視線には猜疑と警戒が満ちている。
「エクレール・ブリアン・ルドオルですわ」
「水無月シルベットだ」
少女たちは敵意がないことを示すために両手を上げながら、【冒涜】の前まで降下していく。
「敵意はない。貴様とは出来れば戦いたくはない」
「今すぐ攻撃を止めて話を訊いてくださいまし」
「一旦、矛を納めて話をしょうではないか」
「話し?」
「そう、話しだ」
「何の話しだ?」
「何の話しか……まずは、お互いに解らないところが多いから知っていこうという話し合いをしょうではないか」
「話し合いをして、何かいいことがあるのか?」
「あなたが知りたがっていたこと──落とされたことの理由を知りたいんでしたっけ? それに関して、こちらが知り得ていることを話してもいいんですのよ」
「え……?」
【冒涜】は目を丸くした。
「知っているのか……」
「全てではありませんが、あなたがその答えに近づける手助けにはなると思われる話しですわ」
「それを話す前に、私たちと話しをするといった簡単なことだが、私たちと話し合いをしたいか?」
【冒涜】はヤハウェに落とされて穢れてしまった。彼にとって、その理由を知りたいだけで、神界で暴れているのもその一端の可能性は遥かに高い。ただ、理由が理由だけに誰も教えられない。安易に教えてしまえば、【冒涜】は完全に堕ちてしまうだろう。落とさなくとも次世代の神になり得る存在であり、ヤハウェに脅威になるから落とされたといった理由に彼はどう感じるか。容易に想像がついてしまう。
神界や他の世界線で暴れまわれてはヤハウェやルイン・ラルゴルス・リユニオンの思う壺であって、見過ごすわけにはいかない。何とかするためにも【冒涜】の情報が必要である。シルベットとエクレールが彼に話し合いの条件に落とされた理由について教えると言ったことについては、話し合いに応じやすくするためだ。そうやって、【冒涜】の情報を得ることによって味方として引き入れた方が戦力にもなる上に、無益な殺生は減らせる。
落とされた理由に関しても全てを教える気はない。今の状態のままで教えてしまえば、状況をますます悪化させてしまいかねないことは彼女たちでも理解している。勿論、教えないわけではないから嘘ではない。教えるといっても断片ずつである。浄化して、十分に受け止められるような精神状態になるまでに少しずつ伝えるつもりだ。教えて救えないところまで堕ちてしまえば本末転倒であり、それらを暈かして伝えるしかないだろう。
【冒涜】が洗脳系の術式を行使させて、手っ取り早く訊きにかかるといった危険性もあるが、戦いではなく話し合いをして何とか彼からの信用を得る方法を選択したのは、ルイン・ラルゴルス・リユニオンとヤハウェの掌で踊らされないためだ。
それに【冒涜】の返答は──
「話しあいをすれば、教えてくれるのか……」
「ええ。わかる範囲ですけれど……その前にわたくしたちがあなたに訊きたいことにお答え頂けます?」
「わかった」
【冒涜】の答えにシルベットとエクレールはふうと息を吐いた。
敵対勢力との話し合いに条件をつけるといったやり方は公明正大ではない。話し合いを少しでも有利に進めたいといった欲求が垣間見れてしまう恐れを孕んでいる上に、話し合いというよりも何らかの交渉と敵側が受け止められても仕方ない。彼女たちからして見れば、あくまでも【冒涜】とは交渉ではなく話し合いであり、それに応じやすくするたもの口実を作るためだとしても。だが、その心配は杞憂だったようである。どうやら彼には、話し合いと交渉の区別がわからないようで、話しに応じることに成功した。それでも、まだ安心はしていられない。
敵側からの介入もあり得る。【冒涜】を自分の神格を上げるために利用しょうとするヤハウェが何か仕掛けてくる可能性もあり得る。
エクレールは邪魔が入らないように、自分たちと【冒涜】の周りに〈結界〉を張る。
「とりあえず回りに〈結界〉を張らせて頂きましたわ。せっかくの話し合いに水を差すには行きませんから」
「たまには、いいことをするな金ピカ」
「たまには余計ですし、たまにはではありませんわ常にです銀ピカ」
「貴様はよく余計なことを常にしているように感じるが」
「それはあなたですわよ」
彼女たちのいつものやり取りに【冒涜】は興味深げに見据える。
ゆっくりとした足取りで彼女たちの方に寄っていき、首を曲げて、しばしの間顔を凝視してきてから。
「何で両手を上げている?」
「ああ。これは敵意がないことを表すものだ」
「なるほど」
「もう敵意がないことをわかってくれたか?」
「わかった」
シルベットの言葉に【冒涜】は頷くと、ふうとため息を吐いてから両手を下げた。
「では、話をしょうではないか。貴様を何て呼べばいい? 神界では【冒涜】と呼ばれていたが、それが本当の名前のわけではないだろ」
「うん。レヴァレンスと父からはよばれていた」
「そうか」
「レヴァレンス……つまり、冒涜とは真逆の尊崇という意味ですわね」
「さて、【尊崇】とやら、他にも貴様のことを知りたい。こちらも何か質問あれば言ってきても構わない。お互いに知らないことを知って交流を深めようではないか」
「わかった」
「では話を始めるぞ」
シルベットの言葉に、【冒涜】改め【尊崇】は興味深げな目を向けて話を聞いている。疑っている素振りはあまり見当たらない。上手く言ったのだろうか。上手く言ったのならば、一先ずファーストコンタクトに成功したとなるのだが。
エクレールの心中は安堵よりも不安が掻き乱されていった。それは言葉を交わす度に大きく渦を巻いていく。シルベットたちは【尊崇】からして見れば敵側であることには間違いはない。敵側からの話し合いの申し出に疑ってかかるのが基本だ。これまで【創世敬団】がそうであったように。だからエクレールは【尊崇】が話し合いに応じるにはかなりの時間はかかるだろうと想定していた。だからこそ、最初に少しだけ疑っているのを見せただけで、あとはこちらの話に応じている【尊崇】に不審感を持ちつつある。
「【尊崇】は落ちた時の記憶はあるか?」
「ない」
「落ちる前は?」
「ない」
「落ちた後は?」
「少しある。お父さんと一緒に暮らしていた」
「お父さんとは?」
「ルシフェル」
「ルシフェルか……。お父さんはどんな感じだった?」
「優しかった」
「どんな風に優しかった?」
「朝はいつも目が覚めるとご飯を作ってくれた。昼は、狩りや食べられない木の実や食べられる木の実を教えてくれたり、夜は一緒に横になって寝てくれていた」
「そうか……」
「でも……いつの間にかいなくなった」
「何でだ?」
「知らない。いつの間にかいなくなった」
シルベットの問いに気持ち悪いくらいに答えていく【冒涜】改め【尊崇】。敵とは思われていないのだろうか。だとしてもおかしい。【尊崇】はヤハウェによって落とされて穢れている。穢れているからこそ精神状態は非常に悪いはずだ。にも拘わらず、精神を病んでいる様子も疑心暗鬼状態になってる兆候は見られない。
一体どういうことなのか。嘘を吐いている可能性を考えて、エクレールは確認と称して話を掘り下げることにした。
「理由がわからないということですのね」
「うん……」
「確認のためで申し訳ありませんが、落ちる前の記憶はありませんのね?」
「うん……」
「落ちた後の記憶はありますのね」
「うん……」
「じゃあ、落ちた直前はありますの?」
「……わからない。いつの間にかお父さんと一緒にいて暮らしていた」
「わかりましたわ。お父さんとは、狩りをしたり木の実などの穀物をとって食べて暮らしていたと思ってよろしいですわね?」
「うん……」
「一緒に落とされたルシフェルとは、ある日を境にいなくなったということですが、そこから誰かと暮らしまして?」
「ううん……」
首を横に降る【冒涜】──【尊崇】。
「そうですか。そこからルイン・ラルゴルス・リユニオンとはどこで出会いましたの?」
「……お父さんが居なくなった後に、さびしくって辛かった時に現れて、一緒に行かないかと言ってくれた」
「そうですの……」
エクレールはじとーっとした目を向けた。
【尊崇】は、シルベットの質問には快活と答えていたが、エクレールの確認には一気に歯切れが悪くなる。それは、詳しく訊こうとする度にその勢いが落ちていく。視線を彷徨わせてみたり、あからさまに怪しい態度をこちらに見せてくる。
【尊崇】との話し合いは、不気味なほどシルベットたちに優位に進んでいるにも拘わらず、どうも腑に落ちない。エクレールはどうしても【尊崇】が本心で答えていないように感じてしまう。
──もしかしますと、試されていますのわたくしたち……。
【尊崇】にもしも推し量るためにあえて付き合っているだとしたら、安心してはならないだろう。
疑ってかかることにこしたことはないが、疑うだけでは相手から信用は得られない。だからこそ、エクレールは役割を果たすために思考を巡らす。
──わたくしたちは【部隊】である。【尊崇】との話し合いをして信用する役割は銀ピカに任せるとして、わたくしは彼の言葉に嘘があるかどうかの疑ってかかればよろしいですわ。
エクレールは自らを疑うことを買って出ることにして、シルベットの問いによる【尊崇】の答えを今一度考える。
落とされた前の記憶はなく、もっぱら落とされた以降の記憶しかないと【尊崇】は口にした。幼子の時に落とされたので記憶が曖昧なものであることは頷ける。しかし、それを早々と信用は出来ない。記憶が曖昧でも何かと覚えていることが多いからだ。だからこそまだ信用することは出来ない。
そんな彼女にシルベットが声をかける。
「【尊崇】がなんか戸惑っているぞ金ピカ」
注意を促してくるシルベット。端から見れば問い詰めているようにしか見えなかったのだから仕方ないが腹立たしい。いつもは注意を促される立場なのに。
何とか苛立つ自分を抑えて頭を下げるエクレール。
「そうですわね……。辛いことを訊きすぎてしまいましたわ。ごめんなさい【尊崇】──」
素直に謝ってから頭を上げて視線を戻したエクレールは言葉を止めた。突然、言葉を止めたエクレールに素直に謝ったことに目を大きく開けて驚いたシルベットが心配げに顔を向ける。
「どした?」
「……いえ、何でもありませんわ」
「そうか。ならば話を始めよう【尊崇】」
「うん」
【尊崇】が頷きながら応じる。そんな彼にエクレールは猜疑心全開の顔で見据えた。
エクレールが頭を上げて視線を戻して見たもの。それは、【尊崇】の顔である。表情が乏しい爬虫類顔でもわかるくらいに、つまらなそうで冷たく歪められた顔だ。シルベットが謝るエクレールに注視している隙を狙って【尊崇】はふと見せたその冷たい表情は、明らかにこちらの役割をわかったのだろう。
ならば──
「──銀ピカ、こちらからばかり質問して申し訳ありませんから、【尊崇】さんにも質問を訊いてあげないと不公平ですわよ」
エクレールはシルベットに【尊崇】を訊くように提案した。
「いいの?」
「構いませんわ」
猜疑と警戒が満ちている視線を向けてエクレールは【尊崇】に言った。
【尊崇】には何らかの思惑がある。恐らくエクレールが【尊崇】と話し合いをしてからずっと感じていることに間違いはない。知り合いでも何でもない相手と話し合いに疑いもなく応じること時点でおかしかった。確たる証拠はないが、自分の勘が伝えている。【尊崇】は油断をしてはならない相手だと。
だからこそ、今度はこちらも【尊崇】からの質問を受けて立つべきだろう。
「そうだな。じゃあ、【尊崇】。なんか質問はあるか?」
シルベットはエクレールの提案を受け入れて、【尊崇】に質問はあるかと訊いた。
彼は目を閉じて少し考える素振りを見せてから、ゆっくりと目を開く。
「じゃあ──二人は仲良いの?」
「えっ」
「へっ」
【尊崇】の思いがけない質問に、二人の驚きの声が重なった。




