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第二章 六十九




 黄金に光る人の形をしたものは、歩くような速度で山間から近づいてくる。その人の形をした光りにエクレールは訝しげに顔を歪めて、最大限の警戒を向けながら、横後にいたヤマトタケルに声だけを向ける。


「なんですのよあの光りは……? 新手なのでしょうか……」


 ヤマトタケルもその光に気づいたようで、顔を引き攣らせていた。険しく顔を歪めながら口を開く。


「ああ。あれは……真名──つまり神名を呼ばれることを酷く嫌う神だ」


「名を呼ばれるのを嫌う神……?」


「ああ。彼は一神教の唯一絶対の神だ。真名を口にすることを酷く嫌っているために、人間界では様々な呼称が付けられている。神界でも彼を神名で呼ぶとよく癇癪に起こすから、様々な仮名で呼んでいるんだ。癇癪を起こされると面倒だからな」


「それは面倒だな……」


「ああ。だから、此処からは彼に対しての軽口は厳禁だ。オレと違って厳格な神だからな。少しでも彼の癇に触れれば災いを起こす。現在、ルイン・ラルゴルス・リユニオンと戦っている最中に彼を敵に回すことは得策じゃない。災厄を起こす彼を説得して味方にしておく方がいいと考えるべきだろう。だからといって、彼は他の神を信仰することを嫌うほどに嫉妬深い神だ。目無くして見て、耳無くして聞き、口無くして語る、とされるほどに実体を持たない意思だけの存在だ。姿を見せる時はああやって光り輝いた形で現れる。だから、此処からは隠し立ては出来ない」


「じゃあ、このやり取りも訊いていることになりません?」


「訊いている可能性は充分に高いだろうな。それを招致でお前たちに注意をしているんだよ。シルベット。エクレール。此処から先は、軽口と諍いはするなよ。“彼の機嫌を損ねるようなことをするな、または口にするな”、“彼から嫉妬されることをするな”、“何を言われても反抗をするな”、それが彼に対しての上手な接し方だ」


「ヤマトタケルよ、私の悪い噂でも広げているのか?」


 ヤマトタケルが彼女たちに注意をしていると声がした。声がした方に視線を向けると、そこには光り輝く存在がすぐそばにいた。声は男性のものであることは確かだが、姿形は黄金に輝いているが細部までは朧気でわからない。


「悪い噂じゃないよ。少しばかり彼女たちの素行が悪くって注意していただけだ」


「そうだな。“注意”しといた方がいい。現世の有象無象たちは礼儀を知らないからな。徹底的に躾を行い、去勢しなければならない」


 神名を呼ばれることを酷く嫌う神の発言にヤマトタケルは苦笑いを浮かべた。反抗したいのも山々だが、言い返せば彼の機嫌は滝のように急降下してしまい、敵に回すことになりかねない。ヤマトタケルが必死に言い返したい気持ちを抑えていると──


「何様だ貴様。何の権限で躾するとか言っているんだ」


「神という権限だけで去勢とか言っていらしたら、随分と自分勝手でなくて?」


 シルベットとエクレールはさっき注意されたにも拘らず、礼儀とは程遠い言葉を吐いた。


「お、おい……ちょ、オマエら」


 ヤマトタケルが彼女たちの口を慌てて塞いだが既に遅かった。


 名を呼ばれることを酷く嫌う神の耳にしっかりと届いてしまっていた。その証拠に、頭部──目にあたる部分から、ボコッと眼球が現れる。現れた眼球は細められ、視線を彼女たちに向けられる。その瞳には軽蔑と怒りと落胆の色を宿していた。はあ……というため息と共に、名を呼ばれることを酷く嫌う神は彼女たちの方へと進み出る。


「ほう、躾がいがある龍人だな。幼く私に対しての敬意が一切感じられない」


「敬意というものは、相手の資質や特徴をよく見極めて感謝や尊敬の念を持って相手に接する行動のことだろ。まだ誰ともわからない貴様に出会い頭に躾や去勢など言われたら敬意なんぞ持つわけがない」


 口を塞いでいたヤマトタケルの手を振り払い、シルベットは言葉を返した。続けざまにエクレールもヤマトタケルの手を振り払い口を開く。


「そうですわ。少しでも尊敬する部分が見えたのなら、そう致しますが、わたくしはあなたのことなんて知りませんし、尊敬する理由もありませんわよ。しろと言われましても、第一印象は随分と態度が大きい方ということで、それで尊敬は出来ませんわ。あなたには相手を敬うといった気が一切感じられませんわ……」


「私は神だ。貴様らよりも遥かに優れている。劣っている貴様らに敬意を持ち合わせているわけなかろう」


「残念ですが……わたくしは無神論者ですわ。無神論者といっても神の存在はしないの方ではなく、“神はこの世に必要が無い”の無神論者ですのよ。あらゆる世界線の歴史を読めば、殆どの争い事は宗教関連ですわ。そんな争い事しか生まない宗教や神なんて必要はありません」


「ほう。神を信じないではなく必要無いと言うか、実に生意気な口を訊く」


「私は金ピカと違って、神は信じている。だからといって、貴様ではない。神は尊敬に値するからといって神だからといって信じているわけではない。子供の頃から馴染み深い日本の神だけだ。だから、アレ──ルイン・ラルゴルス・リユニオンといった神とかは信用はしていない。貴様も敬意を受けるに値いする神だと言うのなら、あの多頭龍を含めた世界線戦を起こす輩たちをどうにかして見せたらどうなんだ。見せてくれるのなら敬意を少しでも見せてやる」


「どちらも生意気な小娘だな……。言葉を交わしているだけで気分を害する。ヤマトタケルよ」


 名を呼ばれることを酷く嫌う神は不機嫌そうな声音を彼女たちからヤマトタケルに向ける。


「貴様の躾とやらが全く出来ていない。ちゃんと私がどれほど素晴らしいのかを教え、態度を改めさせろ……。それまでその姿で私の前に現れるな」


 名を呼ばれることを酷く嫌う神は、振り返って立ち去ろうとする。そんな彼にシルベットは臆することなく言った。


「逃げるのか?」


「──何だと……っ」


 一瞬にして、暗く濃厚な憤怒と殺意が空間を席巻して、重苦しい空気が辺りを包み込んだ。


 ヤマトタケルは思わず息を呑む。神でさえもヤバイと思ってしまうほどの強烈までの憤怒を感じる。内蔵を掻き回し出されてしまうほどの嗚咽が襲うが、それをどうにか抑えて、殺意の発生源である名は呼ばれることを酷く嫌う神に目を向けると、彼はゆっくりと黄金の顔を向ける。


 さっきまで眼球しかなかった顔には、目以外にも口と鼻と髪があり頭頂部には牛の角のような円錐形の角が二本生えていた。表情は、鬼のような形相そのものといった憤怒に変貌を遂げていた。


「私が逃げる? 何故逃げなければならない」


「さっき敬意を受けるに値いする神と言う証拠に、あの多頭龍を含めた世界線戦を起こす輩たちをどうにかして見せるんじゃないのか」


 強烈なまでの威圧と殺意を受けても臆するところか普段と変わらない口調で答えるシルベット。そんな彼女に彼は少しばかりか感心しながらも苛立たしげに言った。


「そんな約束はしていない」


「神のくせに救わないのか? それとも自分を信じるもの以外は救わない不公平極まり無い神という奴か。じゃあ、しょうがないな。皆平等だと口先だけで平等ではないという神ということだな仕方ない。どっかの金ピカが言っていたぞ。そんな不平等な神は神じゃない。信仰という見返りを求める紛い物だとな」


「……貴様っ」


 名を呼ばれることを酷く嫌う神は怒りを露にして、シルベットの眼前に神速をもって接近。一気に近づくと首を目掛けて掴みかかるように手を伸ばした。


 しかし、彼の手は彼女の首を捉えることが出来ずに宙を掴む。


「っ……!?」


 一体何があったのか、状況を飲み込めない彼は憤怒の顔を驚愕に染める。


 客観的に見ていたヤマトタケルとシルベットは何が起こったのか見えていた。シルベットが彼の手が首を掴みあげるよりも速くに二、三歩下がっただけである。亜人──龍人の動体視力をもってさえも捉えることは不可能である神速で接近し、首を掴み上げようとした彼であったが、少しの間を神力がある結界内に閉じ込められたことにより神力を吸収し、神速で移動するスサノオとルイン・ラルゴルス・リユニオンの戦いを見物できるようになった彼女にとって、神速で移動する彼を捉えられることは容易い。加えて、神界という神力が溢れた世界線にいる状況下では、神を捉えられることは亀を捕まえるよりも簡単だ。


「何をするつもりだったかは知らんが、神と自称するのであれば、今こそ平等に世界を救ってみたらどうなんだ?」


「何で貴様は、神である私の手をすり抜けた……。貴様が何者なのか、龍と人の混血種というだけしか私の神眼をもってしても視えなかった……。神である私にも視えないということは……、“神”と同じになる」


 神力を少しばかり得たシルベットの行動は、神同士では行動を見透すことが出来ないという効果を発揮したのか、彼にはシルベットの行動が見透すことが不可能らしい。それに酷く動揺する彼にそんなことは無自覚なシルベットは呆れた顔を浮かべて言う。


「何をブツブツと唱えているんだ……。私が神なんかであるはずなかろう。それよりも、神なんだから少しのことで戸惑うな。何が戸惑わせたかは知らんが、さっさとアレを倒して、あらゆる世界線を救って早く食事がしたいのだ」


「食事をしたいと言うか、実に意地汚い神だ」


「神ではないし、何が意地汚いんだ? 生物は皆、生きるために命を頂いているんだ。米一粒残さず食べるのが“食べ物として頂いた生物たちへの礼儀”だ。それに意地汚いという言葉を使うのは間違っているぞ。意地汚いという言葉は、飲食や物、金が欲し、得ても飽き足らず、独り占めすることを言うのだろう。私の場合、夕餉がまだなのだ。夕餉を皆と食べる前にルシアスたち【創世敬団ジェネシス】が襲来したからな」


 意地汚い呼ばわりをされて納得がいかないといった顔でシルベットが言った。それに気分を害した彼は不快そうに顔を歪める。


「貴様……私に歯向かうのか」


「歯向かう……? どう言葉を受け取れば、歯向かったように聞こえるんだ……?」


「神である私に生意気な口を訊いた時点で歯向かったも同じだ」


「……ほう。随分と自尊心が高いようだな。間違いを正しただけで歯向かったと勘違いするあたりは特に重症だ。こちらは貴様に歯向かうつもりは一切ないぞ。勿論、間違いを肯定するつもりはない。そんな濡れ衣を神のくせに着せるとは、神の風上も置けな────ッ!?」


 シルベットは言い終える前に何かに気づき、天羽々斬を構えた。


 急な彼女の行動にヤマトタケルが肝を冷やす。自分の意見を押し付けたがいいが、それ以上に返す言葉が見つからないために暴力に走って有耶無耶にしょうとしているものだろうか。ヤマトタケルも名を呼ばれることを酷く嫌う神もそう考えていた。しかし、シルベットを見ると、彼女が彼の方を見ていないことに気付く。彼女の視線を追って理由を知る。


 シルベットの視線の先──名を呼ばれることを酷く嫌う神の左後方から【冒涜ブラスフェミー】の放った破壊光線がスサノオから外れてこちらに流れてきていた。




 【冒涜ブラスフェミー】の放った破壊光線がスサノオから外れてこちらに流れてきたことに、シルベットは名を呼ばれることを酷く嫌う神が話している最中の時に視界に入った。そして、彼女は考えるよりも早くに躯が動いた。そこにいた誰よりも早くに、折れた天羽々斬を構えながら渾身の力を注ぎ込む。


 シルベットは半端な力だけでは防ぎ切れないことをスサノオと【冒涜ブラスフェミー】の戦いを観察していたからこそ、咄嗟に魔力と神力の両方の力を練り上げる。


 魔力と神力といった普段は相容れない力が注ぎ込まれた刀身は、様々な色が混じりあった不思議で神秘的な光を纏い始める。破壊光線を蹴散らすにはどちらか片方の力だけでは、充分に蓄積させるには時間が足らない。


 名を呼ばれることを酷く嫌う神もヤマトタケルも戦闘能力だけでいえば、シルベットよりも遥かに優れているだろう。だが、あの破壊光線を消し去るには充分な力を蓄積させるには時間が足りないのではないか。だからこそ、相容れない力を合わせて、お互いに足りない部分を補えるんじゃないかと考えて、斬撃を放つ。


 斬撃は、強大な力の剣圧──空気の刃となって、【冒涜ブラスフェミー】の破壊光線を一気に両断した。


 それでも【冒涜ブラスフェミー】が放った破壊光線は勢いは止まるには足らない。それはスサノオと【冒涜ブラスフェミー】の戦いを見ていて、予測していた通りだ。だから、続けざまに神秘的な光を纏った天羽々斬を何度も振るう。それによって、複数もの空気の刃を作り出す。


 相容れない魔力と神力が宿った空気の刃群に、破壊光線を瞬く間に細かく斬り裂かれていき、次第に力を失い、霧散。


 名を呼ばれることを酷く嫌う神の前まで迫る頃には弱った蝶のようにフラフラで神力を蓄積せずとも指一本で弾くだけで消えるほどに弱まっていた。


 そして、破壊光線は瞬く間に斬り裂いた空気の刃は、目標が消滅しても止まらず、延長線上にいた破壊光線を放った【冒涜ブラスフェミー】に向かって、顔面を容赦なく斬りつけていく。


 三つもの首、二十ほどの死神を犠牲にして、ようやく空気の刃は役目以上のことをして消失する。


「────ッ!!」


 咆哮を上げ、スサノオとの戦いに水をさされただけではなく、三つもの首、二十ほどの死神らを斬り裂かれて失った怒りに【冒涜ブラスフェミー】の隻眼が真っ赤に染まった。


 血色に染まる眼光が、空気の刃を放ったシルベットに突き刺さる。直後、【冒涜ブラスフェミー】が憎悪と憤怒に身震いし、生き残った二つの首たちが一斉に口が開く。


「────ッ!!」


 金切り声のような響きを上げて口内に力を蓄積されていく。この世のものとは思えぬ不協和音は、聞いた者の精神を直接爪で掻き毟り、聴覚から脳神経を犯して凌辱していくほどに耐え難い。微弱な精神の持ち主ならば、恐怖に足が竦んでしまいかねないだろう。


 【冒涜ブラスフェミー】はシルベットの空気の刃を脅威と判断し、スサノオに向かわせた戦力の半分をシルベットたちに向けた。


「こちらに来ますわ」


「わかっている」


 シルベットは天羽々斬を【冒涜ブラスフェミー】に向かって構える。そんな彼女の横にいた名を呼ばれることを酷く嫌う神は口を開く。


「私を助けたつもりか……」


「話している最中に、邪魔されるのは好かない。それだけのことだが……」


 なんか文句はあるのかと言わんばかりの顔をシルベットは名を呼ばれることを酷く嫌う神に向ける。それに彼は面白いと言わんばかりの表情をした。


「それには私も同意しょう。私も話している最中に邪魔されることは好かないからな」


「そうか。ならば、このままアレがいてはまだ邪魔されるかもしれない。先にアレから大人しくさせるなり、動かなくさせるなり、倒すなりをした方がこれ以上、邪魔されずに済むと思うのだが」


「それも同意しょう。終わったら、とことん話し合うとしょうじゃないか」


 折れた天羽々斬に神力と魔力を注ぎ込み、多頭龍へと進み出るシルベットを先頭に、彼女たちは矛先を向けてきた【冒涜ブラスフェミー】に突撃をする。




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