第一章 十二
ドレイクとエクレールの戦いに割って入ったシルベットは、仔龍呼ばわりされたことがよっぽど癇に障ったのか、唇を尖んがらせて、不機嫌さを露わにする。
「口の利き方に気をつけろ。【創世敬団】の分際で、私を仔龍呼ばわりしたことを後悔させてやる。素直に無礼を詫びて、大人しく真っ二つに斬られろッ!」
エクレールとは違い、荒々しい言動を口にしたシルベットは敵意を剥き出しにして、ドレイクへ襲いかかる。
シルベットがドレイクとの間合いを一気に詰め、【十字棍】を横殴りに振った。
細身の躯から出たとは思えないほど、凄まじい威力で振られたシルベットの一閃は、二メートルの巨躯であるドレイクのバランスを失わせ、叩き込む隙を作らせてしまう。
空中でバランスを崩したドレイクは必死に立て直そうとするが、シルベットの次なる一撃がすかさず放たれようとしていた。横になる体勢のドレイクでは受け止めきれない。
「くっ!」
「喰らえっ!」
「させませんわッ!」
シルベットが渾身の一閃をドレイクに届くよりも前に、エクレールの三尖両刃刀が阻んだ。
「何をする金ピカ!」
「これは、わたくしの獲物ですわ!」
「知るかっ!」
せっかくの渾身の一閃を阻止されたシルベットは、目標をドレイクからエクレールに変え、日本刀を右肩の前に立てるように構えると告げた。
「私の邪魔をするな!」
「不逞な混血のあなたこそ、純血なわたくしの邪魔をしないでくださいませ!」
三尖両刃刀をまっすぐ構えてシルベットに向かって突き進んだ。前進する勢いそのものを武器とした突撃である。
シルベットが構えた【十字棍】はエクレールの一撃を食らって一瞬にして粉砕された。
エクレールはシルベットとすれ違うようにして駆け抜けていく。
「ふふふふ、はははははは」
何が面白いのか振り返ったエクレールは笑った。
「武器はなくなりましたわ。これであなたは丸腰。わたくしに刃に刃向かことなどできませんわね」
「それはどうだろうな……」
にい、とシルベットは口端を上げる。
粉砕された【十字棍】を投げ捨て、右掌を横にして〈召喚〉の術式を展開させる。象形文字のような文字列が並ぶ、魔方陣だ。シルベットはそこから一振りの刀剣を取り出す。
それは、全長三、四メートル程ある美しい長剣だった。
切れ味も装飾性も特化された華美なる神剣。ずしりととした重量感はある輝きを放つ幅広の長く分厚い刀身を持ち、両刃。柄も長く一メートル半もあり、全長三、四メートル程ある長剣の三分の一を占めているからシルベットが両手で握っても有り余る。
少女が扱うには、とても不向きで、小回りが利かない刀剣をシルベットは軽々と扱い、エクレールの攻撃を捌き、受け止め、躱した。
「うふふ、銀ピカのくせにやりますわね!」
エクレールは、シルベットとの戦いが実に楽しげであった。
「貴様もな、等という社交辞令な台詞は言わん。これから先、私の邪魔出来ぬように徹底的にやっつけてやる!」
「それはこちらの台詞ですわ。いつまでも憎たらしいあなたの顔を見ていてはられませんから、ここでケリをつけてあげますわ」
エクレールは刺突の構えを取った。
「いいだろう。私も醜い貴様の腹立たしい顔など見たくはない」
決着をつけようという挑戦に同意したシルベットは、刀剣をエクレールに向けて構えた。
「どっちが醜いのかも決着を付けますわ!」
「無論。受け入れよう」
「行きますわ……はあああああああああああああああああああああああ!!」
喊声を上げながら天空を駆けるエクレール。三尖両刃刀を片手に突進し、たちまちシルベットとの距離を詰めた。
その一方で、シルベットは静かに立ってエクレールが近づくのをじっと待つ。ぎりぎりまで引き寄せて左右どちらかに躱しして、隙を狙ってエクレールを斬り裂こうというのだろう。
「勝ちましたわね」
エクレールは案山子のように立ち尽くすシルベットを見て、勝利を確信した。実はエクレールは飛行速度にまだ余裕を残している。
金龍族は電磁・電気系の種族である。自ら司る電流を運動能力に応用すれば、さらなる加速が得ることが出来る。ただし使用すると、しばらくは倦怠感で動けなくなってしまう。そのために、ここぞという時でしか使えない。
今までの疾走をエクレールの全速だと思い込んだシルベットは、さらなる加速に対応しきれずに動作が遅れる。度重なる接戦により疲労が見えるシルベットに渾身の一突で仕留めれば、エクレールの勝機はあると確信した。
「【超速】!」
これまで以上に加速するエクレール。彼女の構える三尖両刃刀の穂先がまっすぐシルベットの心臓に向かって伸びていく。
だが、シルベットに三尖両刃刀が突き刺さらなかった。
シルベットは三尖両刃刀を五センチまでに迫った瞬間に、躯を右方に滑るように避け、空を斬る。
エクレールの超速を上回る速度で、シルベットは後方へとついた。
「うおおおっ!」
シルベットがエクレールの頭部に向かって放たれたのは、足蹴りだった。
武器──刀剣を所持しておきながら、繰り出された肉迫技にエクレールはおろかドレイクも意表を突かれた。風を切って向かってくる足蹴は、人間ならば頭蓋を踏みつぶさればかりの威力が誇る。だが、いかに強靭な皮膚とカモフラージュしている鱗を持つ龍人であれ、無傷とはいかないが死滅することはない。
しかし、意表をつかれたことにより回避する時間はなかったエクレールは、これを三尖両刃刀を振り上げて払いのけた。
三尖両刃刀から振動が伝わり、手にしていた左腕が痺れたエクレールだったが、足蹴りの体勢から立ち直っていないシルベットの隙を突こうと懐へと飛び込む。
そのまま滑るようにしてシルベットの間合いに肉薄してきたエクレールは、三尖両刃刀を持っていない、痺れていない右腕を腹部めがけて振り上げる。
「そうはさせぬ!」
エクレールの拳をシルベットの右腕が捉える。
腕を掴み取られたエクレールは、【超速】を使用したために起こる倦怠感が襲う。体内に自らを司る電流を流し込んだ【超速】を使用した影響による急激なる体力の消費と負荷に、彼女の躯はシルベットの右腕を振りほどくことも抵抗は出来ない。シルベットを睨む目つきの鋭さが最初よりも鈍ってきていた。
軽々しく持っていた三尖両刃刀に急速に重さを感じ、振り回すことはおろか持ち上げることも出来ない。身を回るために構えることも、反撃することもままならない。このまま戦っても勝つことは難しい。
「どうした? これで終わりか? 貴様と私の決闘で、この諍いは終わりにしようとしていたのではないか? それとも勝つ自信がないか? なんなら、今なら武器無しの条件を付けてやってもいいぞ」
シルベットは挑発するように、先ほど〈召喚〉した全長三、四メートル程ある美しい長剣を見せた。エクレールはそれを見て、顔を顰める。
急激なる体力の減少により、闘争の欲求も失ったのか正気に戻ったエクレールは、自分がどういった状態なのか理解出来ない。
「わたくしは、一体……どういう状態ですの?」
状況を理解しょうと周囲を見渡すと、ふと自分の腕を気安く掴むシルベットに目を止めた。
「穢らわしい銀龍の混血がわたくしの腕に触れないでください」
「うむ。いつもの金ピカに戻ったようだな。まあ戻っても大して変わらないようだがな」
シルベットはそんな台詞をなんとも良い笑顔で言った。
「金ピカ。先に言っとくが、私が手を離せば真っ逆さまに墜ちることになるがいいのか?」
「銀ピカ。一体何を言っているのかしら? 説明してくださらない」
「いいだろう。心して聞くがよい」
豊かな胸を無駄に強調して、ここまでの経緯を話した。
◇
ラスマノスは舌打ちした。
シルベットが別行動をしていた【謀反者討伐隊】の二人に合流した。わざわざ戦いを仕掛けておきながら、ラスノマスとの戦いを放り出して行ってしまったことに不快感を露にする。
「こうも莫迦されたものよ。戦いを仕掛けておきながら、決着を付けずに放り出すとは、戦士の風上も置けない。それに加えて、人間の餓鬼一匹さえも捕らえられないどころか見つけられないまま、【謀反者討伐隊】の犬共が合流してしまったことは遺憾だ」
「はい。まったくそうです」
「人事か。貸した軍隊まで全滅させ、忌ま忌ましい【謀反者討伐隊】の仔龍なんぞを仕留め損なったのはどこのどいつだ。一足先に目標の餓鬼の内部調査といって、人間の学校なんぞに潜入したにもかかわらず、この体たらく! あの美神の娘とは思えない失態だな!」
未だに、目標とする人間の少年を捕らえていない。ましては、無駄に広大な幾学的模様の空間から見つけることが出来ていないというのに、ラスマノスは背後で控えていた少女に苛立ちをぶつける。
十五、六歳ほどの少女で、影のような、なんて形容がよく似合う、腰まで届く漆黒の髪。新雪のように透き通る白い肌に艶やかな朱唇。端正な面貌と合わせて、どこか陰のある。巫女装束に似た漆黒の衣にいびつな鎧を身に纏い、漆黒の袴の上からでもわかる魅惑的な脚線美の足下には、下駄とハイヒールの中間のような作りをした靴を履いている。少女には、どこか蠱惑的な魅力を漂わせている。
美神光葉。
黒龍族の若き当主であり、【創世敬団】と【異種共存連合】及び【謀反者討伐隊】の二重間諜である彼女は、激昂するラスマノスに内心で舌を出しながら社交辞令的に謝罪を繰り返す。
「申し訳ございませんでした。予想よりも早く護衛が駆け付けてしまったことにより、失策してしまいました。しかしこれは自分の力を過信し、身の程を知らず出過ぎた真似をしたことに他なりません」
「そのように頭を下げ、反省しても、わざわざワシが出張たりするような非常事態には変わりはしない。この場合、どう行動するかわかるだろう」
しわがれた声には蔑みと侮辱が込めらた叱責。
標的を見失うという非常事態に、それなりの応対を求めている。
咎めるだけに飽き足らず、心を屈服させなくては気が済まない。器が小さいのだ。
散々と罵った挙げ句、不機嫌丸出しの舌打ちをしたラスマノスは、全長六百七十八メートルほどの齢三十五万歳を迎えた毒龍から、魔術で体のサイズを百八十センチほどに縮小させ、アールグレイの短髪をした七十目前の人間の老人と変化している。
東京スカイツリーよりも巨躯である本来の姿のままでは、この幾何学的模様の地平線だけが広がる見通しが良すぎる空間の中では、目立ってしまう。
それでは、すぐに発見されて奇襲される恐れがある。そのために、自らの躯を一時的に人型へと変化させた。 純血の龍族である人間に恨みを抱くラスマノスにとって、人型への変身はかつてない恥辱であったが、戦に勝利するためだと考えて、率いた千ほどの大軍を一個師団ごとにおよそ五百キロという一定間隔を開けて配置。少しでも陣地に【謀反者討伐隊】が近づいてきても、応戦できるように周囲に就かせた。
「はい。わかっています」
「今は貴様を咎めている時間も惜しい。よって、挽回のチャンスを与えよう。人間の餓鬼を〈巣立ち〉した仔龍共をいち早く見つけ出し捕らえた後、巣立ちしたばかりの仔龍共を始末なければならないのが先決だからな」
ラスマノスは、覇気に満ちた瞳と顔つきで、眼前の少女を見据えた。
現在は、【創世敬団】に所属し、人間との共存に反対する多民族で構成された紫龍族を統括するシオンの元で甘んじる形で存在している龍族である毒龍だが、人間に絶滅の危機に追いやられる前には、他の種族と同じように位があった。他種族の混血ばかりで純血の後継者がおらず、正統なる毒龍はラスマノスだけになってしまったが、精力的な肉体には、三十五万年も生きているとは到底考えられない若さが宿っている。とても毒龍の最後の生き残りであり、寿命が近い老体とは思えない。毒龍の平均寿命は、三十万歳だ。いつ精魂が尽き、屍と化してもおかしくないが、曲がっていない背筋と鍛えられた体格もあって、まだまだ死に絶えそうにない。
毒龍は、全身は硬質な鋼を思わせる灰色と紫が混じり合った鱗を持つ歪な形態をしたドラゴンだ。頭部は西洋のドラゴンを思わせる形をしているが、胴体は戦車のような装甲に覆われており、百足のような百本もある足がある。尻尾には、毒々しい色をした棘が無数にあり、神経毒と出血毒という強毒を持っている。
毒龍族が体内に所有する毒は高い即効性を持ち、少しでも体内に入れば激痛と腫れが起こり、痛みが徐々に全身に広がると同時に皮下や内臓、古傷や裂傷からの出血、腎機能障害、出血因子、毛細血管に作用し、体内出血・血便・血尿を誘発させる。相手の神経の放電を塞ぎ、麻痺やしびれを起こさせた後に、眼瞼下垂、外斜視、四肢の筋力低下、換気障害などの筋無力症状が襲う。皮膚と骨格筋が溶解し、血液・臓器・筋肉全ての組織が壊死させていき、呼吸や心臓の停止をもたらし、ひいては死に至らしめてしまう。
二つの尻尾の先端にある大きな骨塊は、毒素や瘴気の塊であり、こちらも触れただけで戦闘不能に陥ってしまうほどの威力を誇る。そして、鉄をも砕くほどの硬度があるため、当たれば骨を粉々にしてしまう。まるで蛇のような爬虫類と百足のような節足動物を合わせ、アンキロサウルスのような剣竜類のような尻尾の先端と鱗に、ステゴサウルスのような剣竜類のような棘を加えたかのような、ハトラレ・アローラでも少数であり珍しい形態をしている毒龍には自らを浮遊力を持ち、羽根を持たない。
そんな毒龍の生き残りであるラスマノスは、人間界で七年前からアメリカ、イギリス、フランスやヨーロッパ大陸を経て、モンゴル、中国、韓国、そして日本と各地で起こした十四、五歳の少年少女が突如として姿を消す現代の神隠しとされはじめている未成年連続神隠し事件を引き起こした張本人にして、清神翼を執拗に狙い、今回の幾千万の【創世敬団】の大軍を投入した作戦実行部隊隊長である。
美神光葉からすれば、形式上は命を捧げた主人ということになるため、敬うべき相手といえるだろう。
だからといって、年齢序列的に敬意に値する相手の一人であるラスマノスだが、美神光葉には彼を敬おうという気はさらさらない。
「あの仔龍どもに、我々【創世敬団】がこれ以上の失態を赦すわけにはいかない。特にあの半龍半人には、ワシら毒龍族を全滅に追いやろうとした忌ま忌ましい人間どもの血液が流れているというではないか。このままでは、【異種共存連合】、【謀反者討伐隊】だけではなく、今まで家畜当然としてきた人間にも負けしまうことになる。だからこそ、次の戦場は完全なる勝利を収めなければならない。────さて、間諜を生業としてきた黒龍族の家系である美神家の一人娘として、どう動く?」
「はい」
改めて書斎の主をじっくり見やる。
ラスマノスは、美神光葉の真剣な眼差しから覚悟を受け止め、冷厳な眼で返す。
「彼女たちを相手にするには分が悪いです。なので、清神翼とシルベットの二人を、純血種であるエクレールから離れさせる必要があるのです。しかし、彼女たちは合流してしまった以上は清神翼を先に見つけ出す方が急務と思われます」
「ふん。たかが、巣立ちを終えたばかりの仔龍であり、戦い慣れしていない者を精鋭である我々【創世敬団】が戦を避け、人間の餓鬼を先に捕らえなければならんとは、な。これ以上のない愚の骨頂よ。なんと馬鹿馬鹿しいことか」
「勿論、承知の上です」
「ならば、どうしてあの仔龍共との戦を避けなければならん? ここは、ルシアスの命令を背くことだが、人間の少年ごと叩き潰した方がワシはもっとも得策だと思うがな」
「はい。彼女たちは巣立ちしたばかりの仔龍ですが、それぞれの両親が上位の龍族。その内の一人は禁忌を持って生まれた銀龍族の半龍半人ということは、ラスマノス様がご存知の通りです。しかし、それだけなら警戒をする必要はありません。ですが、銀龍族の半龍半人の彼女が部隊を全滅させた張本人なのですから警戒するのは当然か、と」
ラスマノスは美神光葉の口にしたことに、不快さを刻ませた顔を浮かべる。
「先ほど対面したアレに、貴様が率いたワシの精鋭部隊が全滅させられたとは信じられん」
「信じられませんが、現に部隊を全滅させたのは、銀龍族の半龍半人なのです」
美神光葉は、敏感にラスマノスの内心を先読みして、機嫌を損ねない程度に答える。
「水無月・シルベットは、百人のラスマノスの精鋭部隊に対して、亜人の鱗や皮膚を破壊し、死に至らしめる禁忌を発動し、全滅してしまいました。逃げようとしても、【創世敬団】の〈錬成異空間〉をエクレールに奪われてしまい、清神翼と脱出。シルベットは禁忌を放ってから〈錬成異空間〉から脱出してしまい、外部から隔離し、巨大な獲物を生け捕りにする仕掛け、檻となった〈錬成異空間〉に閉じ込められた百いる部隊を一人残らず殲滅に成功させてしまいました。結果的にエクレールの助力があったとしても、直接手を降したのはシルベットです。従って、シルベットとエクレールは分かれさせ、双方を別々に討つ必要があると思われます」
ラスマノスは、悪臭が漂う口で呼吸しながら、信じられないとばかりに首を横に振る。
「信じ難い話しだな。あの仔龍二人が百もいる軍隊を一網打尽にしょうとは……。巣立ちしたばかりとはいえ、上位種である金龍族と銀龍族の仔龍だけのことはあるということか。しかし、我々【創世敬団】もおめおめと人間の餓鬼一人も捕らえられずに逃げ帰るわけにはいかん。美神の娘よ、あやつらを一掃し、人間を捕らえただけでは済ますわけにはいかんのだ」
「わかっています。【異種共存連合】は、只今人間との講和に遅れています。一部の人間との交流しかない上に、知名度も架空の生物としては高いですが、実在するものとし認知してはいません。国によっては、ドラゴンは悪者として扱われ、毛嫌いしているところもあるのも影響しているのかもしれませんね。人間には、【謀反者討伐隊】や【創世敬団】と見分けなどつきませんから。人間の街を蹂躙すれば、人間との友好関係などすぐに瓦解しましょう」
美神光葉は、ラスマノスの悪臭に顰めながらも、失礼がない程度に手で鼻を覆う。十メートル程も離れているにも関わらず、鼻孔を刺激する悪臭に堪えながら、口を開く。
「〈錬成異空間〉を解き、一斉に人間を襲いかかれば、一部の人間以外からは内密に、我々を討伐している身である【謀反者討伐隊】は手を出せません。────しかし、どうやら事態は深刻そうです」
「どういうことだ?」
「シルベットとエクレールに接触したもう一つ強力な魔力を有する者の正体が判明致しました。その者は、南方大陸ボルコナ、その最果ての島にて、暗黒大陸からの侵略者を討伐していた炎龍帝────ファイヤー・ドレイクです」
ラスマノスは、美神光葉の口にしたことに動きを止めた。
「──な?」
意味が呑み込めず、ラスマノスが掠れた声を漏らす。
数分の間を置いて、不快さを刻ませた顔で美神光葉に話しを促す。
「それで、その最果ての地で侵略者とやらを討伐していた炎龍帝が何故人間界にいる。巣立ちしたばかりの仔龍らと接触してきた理由は何だ?」
「それは朱雀の命により、炎龍帝ファイヤー・ドレイクが彼女らの戦闘面での教官として任務に就いたというのです」
「な、何だと……。あのファイヤー・ドレイクが仔龍どもの教官に就くだと……ありえない話しだ」
「信じられませんが、どうやら事実のようです。今し方、【謀反者討伐隊】に送り込んだ密偵により届けられた報告により判明致しました。〈ゲート〉を潜り抜ける時に手間を取ってしまったようで、ご報告が遅れてしまったようで申し訳ございません」
「ボルコナの朱雀といえば、忌を生まれながらにして宿した人間と銀龍族の混血種を監禁し、義務教育を受けられなくするのは種族差別にあたるのではないか、と元老院議員達に異を唱え、己の意見だけを通そうとする元老院達は、元老院から国際的制裁という名の嫌がらせを与えられ、朱雀もまた己の意見ばかりを尊重して、他者の意見など耳を傾けないベチャベチャと意味のない世間話をするだけの会議に意味がない、と欠席し、外務を秘書である鳳凰の二人に任せ、自国の維持を優先してきた。それにより、朱雀と元老院の間には、深海よりも深い溝が出来たはずだ。貿易をも、遮断させられた朱雀が、巣立ちの式典に出席し、仔龍どもに教官を派遣するような性格ではないはずだが?」
「はい。朱雀────煌焔は、炎のような荒々しく仲違いする相手に媚びを売るような性格ではありません。元老院から疎まれ、自らも軽蔑する元老院に力を貸すとは思えません。しかし、今まで出席してこなかった巣立ちの式典に朱雀が出席したことにより、何らかの進展があったと考えるべきですが、これといった情報はありませんでした。どうやら朱雀の独断専行と思われます」
「朱雀の独断で、あの仔龍らに教官を派遣したというのか……ありえん。実に、信じ難い仮説だな。あの炎のように扱いにくい雌が不仲な元老院どもの手助けするようなことをするわけがないッ! 美神の一人娘よ、その報告書に嘘偽りはあるまいな?」
淡々と報告する美神光葉に、ラスマノスは不愉快そうな顔を向ける。瞳が残酷な色を宿し始めるのは、人事のように告げる美神光葉に癇に障ったのだろう。
不機嫌な眼差し向けられた美神光葉は内心で舌打ちした。
美神光葉は密偵が上げてきた報告書を基に推測された可能性をまとめたものを言っただけに過ぎない。上げた情報を選別して可能性が高いものだけを報せよ、と言ったのはラスマノスだ。
にもかかわらず、八つ当たりのように上げた部下が命懸けで収集した情報を基に集約した報告書を疑われ、少女は余りにも自分勝手な物言いにラスマノスの顔面に拳を叩き込みたい衝動にかられたが、反発や弁明は現状を悪化するだけだと悟り、自制する。
「……い、いえ、それはありません。可能性が高いものだけを選別し、報告した次第です。急遽届いたものであり、不審点があれば申し付けください。以後から気をつけます」
美神光葉の内心を知らないラスマノスは、彼女の謝罪を聞き、怒りの矛先を再び戻す。
「今さら、朱雀が元老院に媚びを売ろうとは思えん。その行いは朱雀の信条に反するものだからだな。愚かなこと進んで実行するほど落ちぶれてはいないだろう」
そこで一度、ラスマノスは言葉を切った。
「まあ、無能共の巣窟である元老院の言いなりなどワシでも無理だ。あの元老院が贔屓した聖獣や家の位と年齢だけで集められた耄碌共の溜まり場に必要も見いだせはしない。収穫といえば、無能な貴族と脳髄まで愚かな元老院議長達の醜態だ。【異種共存連合】や【謀反者討伐隊】共々、地獄に堕ちてしまえばいい。そして、悪魔に根こそぎまとめて腸を食わせて、二度と転生出来ないようにしてやりたいほどだ」
話している間にボルテージが上がってきたのか、ラスマノスの額に血管が浮かび上がる。血の管を今にも千切りそうなほど憤慨するラスマノスは、毒素を吐き散らす。
美神光葉は被害に遭わないように十メートル後ろに下がる。ラスマノスの強毒は、人型でも健在だ。微量でも体内に取り込めば無事では済まない。
元老院に対してよっぽどの怨みを持っているのか、怒りを露わに歯軋りしている。
「銀龍族の混血は、一旦は身内以外の接触しないように屋敷内に監禁しておく掟にしたのを覆し、監禁を解き、巣立ちさせてまで【異種共存連合】及び【謀反者討伐隊】に入隊させた老いぼれ共だから仕方あるまい」
実感の篭った怒りに、美神光葉も心の中で苦笑しながら、同意見だと頷く。
「そうですね。恐らくですが、元老院は【創世敬団】を一掃し、人間との講和をより良いものにしょうという考えなのかもしれません。【異種共存連合】は、人間との講和に遅れていますから、ハトラレ・アローラと人間界との梯にでもしょうとしているのでしょう。もしくは、何らかの意図があるかですね。まあ、人間との混血を監禁している状況は人種差別にあたり、【異種共存連合】とって分が悪いから巣立ちさせたのが大きいでしょう。宗教や人種差別に関して争い事が絶えない人間界ですが、そういった差別には反対派が多く、気難しい部分もありますからね。その反対派を取り繕うためだけに、シルベットを【異種共存連合】及び【謀反者討伐隊】へ入隊させ、人間界へと送り込んだのでしょう」
「何を今さら、混血を人間との講和の道具の一部として使おうとしている。その行いこそが愚かなことだと思わないか。人間との交流が不可能という問題から目を背けてまで、あの半龍半人を【異種共存連合】及び【謀反者討伐隊】に入隊させてまで、我ら【創世敬団】を一掃する企てなど……なんと、愚かしい奴らだ」
吐き捨てるラスマノスの偏見に、美神光葉は珍しく同意した。
そもそも、この世の全ては自分のものと豪語してはばからないラスマノスだ。合法的に国が手に入るなら、当たり前のようにそれをするだろう。
テンクレプとルシアスにも忠誠心はなく、野心だけは高い。同時に、利用価値と自分を不快にさせる者には、理不尽であれど糾弾する。
他者から恨みを買ってでも、今は廃れてしまった毒龍族を復興させ、その玉座までの道の妨げであるテンクレプ、元老院、【異種共存連合】、【謀反者討伐隊】、そして────毒龍族を衰退させた人間をラスマノスは滅亡へと導き、自分が世界の頂へと驀進する為にことだけを思い浮かべては笑う。
「巣立ちしたばかりの仔龍共を討たずに、人間の餓鬼を捕らることだけではワシのこの怒りは収まらんぞ。人間に荷担する者は全てが敵。我が向かう道を邪魔する者も全て敵。敵は、骨一つ残さず殲滅するのみ」
ラスマノスは抑え切れない長年蓄積された鬱憤を晴らすように闘争本能を剥き出し、老いた躯から魔力を引き出した。ずきずきと胸の奥が痛む。どうやら太古に人間に付けられた傷口に響いたらしい。
しかし、ラスマノスは構わず魔力を練る。
──憎き敵である人間共に加担する【謀反者討伐隊】に同じ痛みを味わえるかもしれない好機を逃すわけにはいかん。
「【謀反者討伐隊】よ、ワシの前に現れた不幸を呪うがいい!」
叫んだ瞬間、ラスマノスの躯は巨大化し、強毒と瘴気を纏った異形の龍へと戻った。
「【創世敬団】の大軍よ、進撃の時だ。〈巣立ち〉したばかりの雌といえど、遠慮はするな! 皆殺しにしろッ」
ラスマノスの声に、ドラゴンの大軍は咆哮で応える。
闘争本能を燃やすラスマノスとドラゴンの大軍を冷静に見据えていた美神光葉の元に、清神翼を発見したと報告が届いたのはその時だった。
美神光葉はその情報を受け取るとすぐにラスマノスに報告する。
ラスマノスは美神光葉からの情報を耳に入れると、欲望が剥き出しにして嗤う。
毒龍族を全滅に追いやった憎むべき人間。同じ人間である少年の発見に人間を狩ることを愉しむ嗜虐趣味を持つラスマノスは、ルシアスに受け渡す前に、清神翼に危害を加える気を隠そうとしない。殺戮衝動を抑え切れないといった嗤いを浮かべる。
「目標である人間の餓鬼が見つかった。まずは、この者を生け捕りするぞッ!」
高らかに言い放つとラスマノスは、幾何学的模様の果てをめざすように、と顎で指し示す。ラスマノスの指示を受けたドラゴンの大軍は内に秘めた魔力を燃焼させて、一直線に飛び去っていく────前に。
延長線上に人影が立ちはだかった。
前方を立ち塞がった人影の到来に、ラスマノスはふっと嘲笑する。
「ほう。貴様がワシの行く道を塞ぐか。いいだろう。【謀反者討伐隊】の雌どもや人間の餓鬼を狩るよりも先に、貴様で愉しませてもらおう」
◇
「────ということだ。わかったな、悪いのは貴様らだ」
これまでの経緯や襲撃を仕掛けた個人的な事情を包み隠さず明かしたシルベットは、得意げに豊かな胸を張った。
ふふうん♪ と仕返したことに上機嫌を隠す気もなく、喜んでいる彼女に、エクレールたちは批難する。
「何が悪いのですのよ! なぜ、敵の軍勢を追わなかったですのよあなたは莫迦ですの!? わたくしたちに仕返しをする前にまず【創世敬団】を追いなさい銀ピカ」
「そうだ。今すべきことは、人間の少年を護衛にあたること。仲間内での諍いに無用な首を出しをしている暇はない。【謀反者討伐隊】として行動を誤るな!」
「私だけに責任を押し付けるのは間違っている。その緊急事態で、無用な諍いをしていたのは、貴様らではないか……」
二人の批難を受けて、シルベットは「むーっ」と不服そうに唸る。
「近辺で【創世敬団】の大軍が潜伏しているという状況で、貴殿らが開けっ広く戦闘しているから、逃げられたのだから責任は少なからず貴殿らにもあるはずだ」
「わ、わたくしは何も悪くないですわよ。全てこの【創世敬団】とも思われるむさ苦しいデカブツが悪いのですわ!」
エクレールは少し慌てた様子で弁明し、デカブツ扱いしたドレイクに責任転嫁をした。
血の臭いにより断続的に残忍と非情な動物的な本能に支配され、意識と記憶が所々と切れていたとはいえ、ドレイクを【創世敬団】か【謀反者討伐隊】及び【異種共存連合】かの判別するための推し量りを誤謬してしまったことは、エクレールは未だに受け止めてはいない。
巣立ちの式典から全く好きになれないシルベットの前で、誤謬したことを打ち明けることも出来ず、自尊心が高いエクレールは、ドレイクが自分の所属する【部隊】の戦闘面での監視・研修・教育の任務を託された者と知らずに、責任をなすりつけた。
責任をなすりつけられたドレイクは慌てた様子もなく、はち切れんばかりの筋肉繊維を露わにした腕を組み、窮めて冷静に自分が置かれている状況を理解した上で、シルベットに真実を打ち明ける。
「吾輩は、金龍族の仔龍に【創世敬団】と言いがかりを付けられ、何度も弁明しても、一切信用してもらえず、無用な争いに発展してしまっただけだ」
シルベットは訝しむように目を細めた。
両者の反応や言葉、声音と態度などから心情を汲み取り、どちらが信用たるものかを採算する。
その結果、シルベットはドレイクが正しいと判断した。
「なるほど。金ピカがやりそうな勘違いだな」
「ちょっと待てくださいまし! わたくしがいつそんな勘違いしましたかっ!? 言いがかりはよしてくださ────」
「ところで、貴様は何者だ?」
シルベットはエクレールの言葉を無視して、ドレイクに訪ねた。すると、ドレイクはやっと名を明かすことができると胸を撫で下ろす。
「吾輩は、【謀反者討伐隊】だ。南方大陸ボルコナ、その最果ての島にて、暗黒大陸からの侵略者を討伐の任についていたが、急遽我が主君である朱雀────煌焔様な命により、問題児である貴様ら仔龍共らの戦闘面での監視・研修・教育の任務を託されたか炎龍帝ファイヤー・ドレイクだ。決して、【創世敬団】などではない」
シルベットとエクレールは、やっと眼前の大男が自分たちの所属する【部隊】の隊長であることを知ったのだった。




