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第二章 六十四




 言葉を通じる相手には、なるべく自分の言葉で対話をする。互いに尊重しあうことが大切だ。知能があり言葉を操る種族にはこれまで生きてきた中で培ってきた価値観があり、それに優劣はない。諍いが起こりそうならば、自分の考え方を相手に押しつけるだけではなく、相手がそのような考え方に至ったのかの経緯を聞くことで、ある一定の理解はできる。それによって、互いにもっともな最適な問題解決が導くことはするしないとは大違いだ、なによりも血を流すような争い事に発展しないこの平和的な解決方法は有効といえる。


 それでも少し対話しただけでは互いをわかりあえることは不可能であり、長い時間をかけての歩み寄りも無駄に終わることが多い。だからといって長時間かけても理解できない部分は仕方ない。その場合は、相手のその考えを無理矢理と自分の考えを押しつけようとしないことが大切だ。理解し難いものであっても、その者の個性として受け入れることは始めることだ。千差万別、十人十色という言葉がある通りに同じ種族とあっても全てが同じ性格をしているわけではないのだから。むしろ、広い視野と心を持って、互いに良いと感じるところを取り入れていき、地道に相手を知ることが平和を維持できる交流となる。だから、全てが共存することは不可能ではない。それは、平和を維持するためにもっとも必要なことだ。


 しかし、それでも意見の相違によって共存できない場合がある。もしくはその大切な交流を利用して、争い事を起こす輩もいる。故に、時代は少しずつ平和的な対話から相手側の陥しどころを探る交渉が盛んに行われることになっていき、一部の悪意がある者によって世界は戦争が絶えなくなる。


 お互いに手を取り合うのではなく、そう見せかけて利用価値があるか見定める。自分に脅威をもたらす存在であれば、徹底的に潰し、歯向かわないように外側を埋めていく。それは、本来であれば平和的な解決を目的とした対話ではなく、相手を支配するための恐喝といえるだろう。


 そして、次第に言葉は話せても心は通じない存在だけが生き残り、至る所で内戦が起こる。交流はもう武力行使の布石でしかなく、世界は終焉に向かうことになる。気づいた時には、世界は引き返せないところまで来ている時だ。


 だからこそ、時間をかけてお互いを知ることをやめてはいけない。話せる場を支配するために利用してはならない。もし、互いにギクシャクしているのならば、中立的な立場である者が入ることが仲裁の役割だ。相手が戦争をちらつかせて脅しをかけてくる相手だった場合も仲裁役を用意することだが、現状ではそれは機能していない。何故なら複数の世界線では、仲裁役がいても、それは飾りだけで殆ど機能してないように思えるからだ。いや、そうである。仲裁役は結局はどちらの立場ではないが、どちらの立場でもいける立ち位置にいる。そのために両極端とはいえない。それは仲裁という役割が機能していないだろう。互いの話を理解して、互いに最適な平和的解決を見出さなければならないのだから。どちらかを持つわけにはいけない。それは公平ではない。そして、それによって、あらゆる種族が共存が生き残る手を失うことになる。


 ひとたび戦争が起これば、個々での対話を行うことさえ困難だ。まず、戦場では対話することさえ皆無であり、敵に気軽に話しかけることさえ禁止されている。それは、不必要に敵に情報を与えないためであるが、そういった交流を絶ってしまえば、必然的に敵に感情移入をしなくなるため、徹底的に攻撃を仕掛けることができるためだろう。


 問題解決には容易なことではないが、争い事を行うもの同士が共通の敵を作れば、少しばかりおさまることは確認されている。が、それは問題の先送りである。共通の敵がいなくなれば、再び元に戻ってしまうだけだ。


 大量の命を失うこと結果がわかっていたとしても戦争はなくならない。人間界だけではなく、全ての世界線においても同じ繰り返しをしてきた。神による実験では必ず同じ結果となっている。


 ただ、どの世界において高確率で一切の対立行動を起こさない種族が生まれる。それらをDと呼ぶ。理由として、その種族のハプログループにはDの染色体を持っているためである。Dは他の種族と比較しても小柄だ。しかし身体能力が強く、手先が器用で、もの覚えも他の種族と比較しても早く知能も高い分類に入る。性格は、好奇心旺盛であり、なにものでも取り入れてしまうほどの柔軟性にも優れていた。それで温厚で対立を好まないために争い事を起こさない年月は最高で一千万年は続いた。


 それが途切れたのは、相反する種族がDの暮らす地まで居住してきたことだろう。Dは最初は、居住した種族を受け入れようとしたが自分と違う見た目、価値観を受け入れられない彼等はDを批難し、敵と判断した。そして駆逐して、土地を支配しょうとした。それにDは住み慣れた地を護るために話し合いをしょうとするが、対話の場さえも設けてもらえずに戦となった。Dは彼等を持ち前の身体能力で圧倒したが、人の形をしている彼等を止めをさすことに抵抗を覚えて躊躇してしまう。それによって、隙を見た彼等に殺害され、その地を離れてしまう。国を追われて、ついには彼等の言いなりとして吸収されてしまう道を辿る。


 それでも、あらゆる種族は世界線にいなくてはならない。Dはその中で一番に入る。しかし、それを赦さないのが他の種族だ。


 あの時の私は特に世界を救いたかったわけではなく、ただ優しい故に精神に異常を来した肉親の仇を討ちたかった。


 世界を維持できなかった肉親を周囲の者たちが責め立てた。世界線の責任は、全て管轄する神にある。そうやって、平和維持のために命を摘まむことができなかった彼女を精神的に傷つけていき、止めは今まで見護っていた世界線の者たちの罵詈雑言だ。あんたらがちゃんと対話して平和的な解決をして来なかったせいだろうがっ、交流を深めずに争い事ばかり行おうとした者たちが悪いんだろっ、といった言葉が喉まで出かかったのは言うまでもない。事実、最初は対話して平和的な解決をしていたが、ある人種によってバランスが崩れてしまった。それにより世界は破滅へと傾いてしまったのだから。


 責任に押し潰され、見護ってきた者たちの罵詈雑言により精神が崩壊した彼女は、とても遠いところへ行ってしまった。あらかじめ言うなら死滅したわけではない。ご存命だが、もう二度と世界線を管轄できるような精神と身体ではなくなっていた。一つの世界線を維持し、研究成果が出なければ、こうやって責め立てられていき、重圧によって心身的に崩壊する。神とはそういう環境で世界線を見護っている。


 だから、いま全世界線で伝えられている、神のイメージは間違いだ。性格上、人間とは大した変わりはない者が多く、悟りを開いている聖人君子のような神は以外と少ない。実際の私も能力があるが、自分の目的を優先して、一千百数億万の生物を殺害した大罪人だ。


 結果として、少しの平和を維持したとしても生物は増えていく。増えすぎれば争い事を起こす輩も出てきてしまう。当然ながら世界を維持させるためには、命を摘まむ必要性が出てくる。それが精神的な負担となる場合が多い。判断を誤れば、多くの命を失うことになる。そうなったら、あらゆる神から責められる。彼等は一つの命を不必要に奪う行為を赦さない。それは同じ神であっても。


 命を仕方なく摘まむ行為と失敗による命を奪う行為は、彼等からすれば、後者が罪深いことなのだ。命を失うことには変わりはないが、経緯が違うのだから。自分の失敗で多くの命が失えば、今後のことにも関わっていくから気が抜けない。そういった重圧と、そもそも命を摘まむことも出来ない神の精神的な負担はかなりのものといえるだろう。とんでもない労力で育てた生き物に愛着が沸いてしまうことは必然的だ、それによって、自分の手で摘まむことを躊躇う場合やその行為そのものを嫌がったりする神もいる。それによって、命を摘まむことが専門である神──死神という役職を用意することは必然的といえた。だから、命を重んじる神とあっても命を摘まむことはあるということは、神のイメージとはかけ離れているものだが、事実だ。


 もう心が通った言葉を交わすことはできない彼女のために、ルイン・ラルゴルス・リユニオンは、うんざりとした神界や恩義知らずの世界線に杭を撃つ。だけど、何としても護ると最後の約束を破ってしまえば彼女が悲しむことはわかっていたから、同時にあらゆる世界線を救う手立てを残している。それを使うかどうかは彼等次第だが、どうやら彼等を使わずに自分たちで乗り越えようとする者がいた。


 それは【世界維新】である。


 異世界からといった条件付きだが、彼等は世界の秩序を乱す者を赦さない。それは良い傾向だ。救おうとした者がいるほどに世界線戦は盛り上がる。解せないのは、せっかくの救済である英雄たちを英雄として活躍させないようにする動きだろうか。


 彼等にも理解してもらわないとなるまい。英雄とは、世界を救うために用意した救済だと。


『つまりDを嫌う他の種族を滅ぼすのは簡単だけど、その種族にも役割があって生まれてきたんだから、争い事が起こることを込みで維持させなきゃいけないんのか……』


 ふと、ルイン・ラルゴルス・リユニオンの脳裏に級友の言葉が過る。顔は覚えている。浅黒い肌をした白髪赤目の少年だ。続けざまに、白い肌に黒い長髪碧眼の新米神だった少年が過った。


『そういうこったな。そういう輩に限って、頭がキレる奴が多いんだよ。それが世界が成長させるためには必要だったりするから気軽に滅ぼせない』


『ああ。困ったよ。持ち前の頭のキレで、世界を牛耳っていたり勝手なことをするからな……。お前らは一番優れてねぇから、もう少し自重しろよと云いたい』


 まあ言ったところで無駄だけどな、と黄土色の肌に赤髪の腕白な級友が続く。


『自分たち種族の方が一番優れているという自惚れているから、神であるオレらの声なんて聞き耳持たねえもんな……。むしろ異教徒とか悪魔とか言って、都合の悪いことは悪と決めつけるもんばかりだから手がつけられない。他の種族もリスペクト出来れば、対立なんて生まなかっただろうに……プライドが高いから自分より格下と判断した種族には頭を下げない』


『そして、能力が一番優れているDは優しすぎる。温厚なのはいいけどさ。彼等に合わせなくともいいのに、すぐに顔色を見てて笑えるよ。もう少し自己主張すればいいけど、彼等に目をつけらればおしまいだしね。仕方ないちゃ仕方ないか……。だけど、言いなりになってDの高い知能と身体能力が制限されていくのは、看過できない。これじゃ、世界は衰退していく一方だよ。何のために、僕らがDに力を与えたのかわからないよ。他の種族と交配させて、ますますDの染色体が失っていくし』


『ああ……オレんところの世界線もDは不遇な目にあってて、争い事ばかり起こっているよ。このままじゃ、世界の終焉はもうすぐだな。ルインはどうなん?』


 浅黒い肌をした白髪赤目の少年がルイン・ラルゴルス・リユニオンに話しかけてきた。そこで、これは遥か昔に研究発表会の帰り道での会話と気づく。


 ──確か、私はこう返したのだ。


『どんなことをしても、Dは生き残れない。他の種族が征服、洗脳、支配されるだけだ。だからといって、競争心や対抗心を増えつけてしまえば、Dの特異性は失われてしまい、世界は破滅してしまう』


『お互いに、力を合わせればいいのにね』


 ルインの隣にいた幼馴染みの少女が苦笑いを浮かべる。そんな彼女にルイン・ラルゴルス・リユニオンは言った。


『それは無理だ。殆どがDを駆逐もしくは支配するだけで、仲良く力を合わせることは出来ない。お互いの個性を認めたとしても、あちらがそれを封じて自分色に染めるだけだ。そして、DはDではなくなる。それによって、滅びの道を行くだけで止まらない。彼等を止めるには、争い事や差別、偏見は不必要なものだとわからせるしかない』


『でも、どうやってさ。こちらは何度試しても無駄に終わっている。Dの特異性を知ったところで、奴等は本格的にDを畏れて封じるだけだ』


『そんなの決まっているさ──』


 新米神だったルイン・ラルゴルス・リユニオンは空を見上げる。青々とした空には、鳥が群れをなして飛んでいた。彼は届きもしないのに手を伸ばす。


 自分がこのあと何を言ったのかは今でも思い出せる。


『──神界の誰かが反面教師となって世界を滅ぼしていき、人間たちに戦いは無価値であること、Dに近い遺伝子をもった人間がいなければ世界は循環しないことを思い知らせる。そしてDを英雄として奉り上げれば、未来永劫に語り継がれることになるだろう。これで暫くは、無益な戦は起きない。誰が一番優れていて、尊敬に値する種族なのかを骨の髄までわからせることができる。それが叶わなかったら、もうその世界線は手遅れとして滅ぼすしかない』


 ──そうだ。


 ──この時から私は世界線戦を起こすために準備を始めたのだ。


 誰かを“悪役”とすることで、それを対となる者が必然的に“英雄”となる。勧善懲悪の構図を仕立て上げることによって、より対立関係を生み出す。物事を“善”か“悪”かだけで割り切ることしか出来ない種族にとって、わかりやすい構図だ。善悪二元論という思考しかできない者にとって、善の中に悪、悪の中に善があることを理解している者などいない。


 自分の都合や思考でしか物事の善悪を判断できないからこそ、世界は衰退していくしかない。そんな輩には言葉での説得は聞かないことはわかっている。失敗して痛い目にあってもらい、心身に刻みつけて大人しくなったとしても、遺伝子というのは恐ろしいことに再び過ちを繰り返す。変わりはじめていた社会を再び元に戻そうという働きは止められないものだ。


 徹底的に止めることが出来ないのならば、長いスパンをかけた対策が必要だ。より確実なことは信じてきたものに裏切られることだろうか。善悪二元論といった縛られた考えを打ち砕くなら、そういった思考を壊すことに限る。しかし、長年の間を善悪二元論に支配された者にとって生き甲斐を失ったかのようなショックを受けることになり、思考をすることさえも出来なくなってしまう。代わりとして、選択肢を広める自由な視野と判断を養うことが大切だろうが、その時間は残されていない。


 申しわけないが、ルイン・ラルゴルス・リユニオン、ルシアス、【創世敬団ジェネシス】といった世界線戦の共通の敵を用意した。英雄は、二つの世界から清神翼とシルベット。彼等はDの染色体を有している。神であるルイン・ラルゴルス・リユニオンを最終的に打ち砕くには彼等でなくてはならない。その光景を最初に観るのは、神界である。


 二人がどんな者を仲間にするかは自由だ。なるべく、あらゆる世界線の者を仲間すればいい。様々な境遇の者たちがいいだろう。種族も越えて、これまでの思考を拡げる者たちとの交流を深めて、挑むことがルイン・ラルゴルス・リユニオンが世界線戦での希望だ。


 そして、ルイン・ラルゴルス・リユニオンは、このあと幼馴染みの少女に言われたことを思い出す。


『ねえ。それで世界が変わったとしても私は嬉しくない……。多くの命が犠牲になることによって得られる平和は私は認めない。神の手でせっかく育てた生き物の摘まむことって、とても悲しいことなんだよ……』


 幼馴染みの少女は悲しげな顔を向けてきた。それがルイン・ラルゴルス・リユニオンの心を引き剥がそうとも離れてくれない彼女の最後の顔だ。


 振り払うようにルイン・ラルゴルス・リユニオンは頭を振って、目前に見える高天ヶ原を見据える。


 穢れに取り囲まれた高天ヶ原では神が逃げ込み、閉じ込められている。他の地方にいる神に救援を頼んでいる最中だろう。穢れを祓うには容易ではない。祓戸大神の四柱のうち、一柱を欠けてしまっては浄化したとしても祓いきることは不可能だ。


 暫くは、日本の神は身動きは取れない。だからといって、安心は出来ないだろう。祓戸大神の三柱で何とか祓えるように策を練るに違いないからだ。こちらとしては、大人しくして頂きたいものだが、そうもいかないだろう。


 世界の悪循環から絶ち切る救世主は現れない以上は、救世主を作り上げなければならない。ハプログループDを持つ種族は年々と数を減らされていき、どの世界線も同じ繰り返しを経ている。彼等を残していくには、今までのやり方ではいけない。


 もう限界だ。Dを生き残らすためには、Dは減らしてはいけない存在であること、戦争は無益であることを知らしめる必要がある。それは同じ言語を使って伝えても、すぐに変えられることではない。既に神という存在は彼等にとって、ただの道具でしかなくなっている。伝えたことを改悪して触れ回るだけで何の効果もない。全ての者に自分で諭す必要がある。


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは空を見上げると、黒々とした雲が晴れていき、流れ星のように光が向かってくる。


「ようやく来たか……。ここは、私が反面教師となって全ての者たちにわからせる必要がある聖戦の第一戦だ。だからこそ、私は圧倒的な力を見せなければならない」


 流れ星のように向かってくる光を見た後に、ルイン・ラルゴルス・リユニオンは視線を高天ヶ原に向ける。


「まずは、此処──高天ヶ原で行う。何とか聖戦で私の首を討ち取るために力をつける布石となれ、Dの染色体を持つ清神翼と水無月シルベット」


 流星の如く飛来するのは、四つ。白、紫、金、そして銀。白はヤマトタケル、紫はスサノオ、金はエクレール、銀はシルベットだ。なかなかの初陣である。顔ぶれに文句はない。


 残るは──


「彼女は来た。次は、君だ──清神翼。君が目覚めて、合戦すれば第一戦に必要な要素が揃う。人間界の代表として、神の末裔であるDの遺伝子を持つ者として戦うんだ。さあ、皆を気づき、目覚めさせるべく、戦え!争い事を起こした末路というのを見せるためにも、戦争という莫迦なことを起こした私を討つんだ」




      ◇




 アマテラスの社。


 その奥にある客間で寝ていた清神翼は目を覚ました。誰かに呼ばれているような気がして、ゆっくりと身体を起こす。


 力酔いを起こしていた身体は先程よりも重くはない。だからといって、軽くなったかといえば違う。怠さは一切ないが、ほんの少しだけ重さは感じる。程度までは快復したと言うべきだろう。それでも身体を起こすことには問題はない。


 身体を起こした翼を周囲を見渡す前に異変に気づく。何だか部屋がさっきよりも暗く感じる。豪奢な飾りつけを施した部屋はくすんだように感じるほどに暗い。それに部屋の外がなんか慌ただしい。何かあったのだろうか。それにさっきから誰かが呼んでいるような気がする。


 声がしたわけではない。遠くから自分を呼んでいるように感じる。明らかに、人間では絶対に有り得ない芸当だ。かなりの確率で人間ではないことだけは理解できた。


 そのことを誰かに知らせようと翼は起き上がる。瑠璃が出入りしていた方へと足を運び、障子を開けると長い廊下があった。向かい側には、白く美しい壁。少し先から引き戸が並んでいる。


 相変わらず部屋側には幾つもの障子が並んでおり、結構な数の部屋が並んでいることがわかった。


 ──こりゃ迷いそうだな……。


 部屋を出て誰かを探すか、このまま部屋を出ずに誰かが来るのを待つか、翼はどうするかを考えた。


 ──部屋を出て誰かを探すとしても、見た範囲だけでざっと二十も部屋がある。


 ──また身体は重いから体調は万全じゃないだろうし、何より迷子になる可能性もある。非必要に動かない方がいいだろう。


 翼はこのまま部屋を出ずに誰かが来るのを待つことに決めようとした──


 その刹那。


『それでいいのか?』


 翼の思考を呼んだかのような地の底から響くような低い男の声がした。


「えっ?』


 清神翼は思わず声を上げて振り替える。


 後ろには誰もいない。長い廊下が広がっており、幾つもの部屋が並んでいるだけだ。


 一体誰が? 不思議に思いながらも前を向くと、そこには人影があった。性格には、人の形をした闇である。


 人を黒く塗りつぶしたかのような闇に清神翼の心臓が跳ね上がった。恐怖にバクバクと脈を打ちながらも、闇を見据えるだけしか出来ないでいると、闇は口らしきもの開けて言葉を話してきた。


『それでいいのか? ツバサは呼ばれている。呼ばれているのだから行かなければならないんじゃないのか?』


 闇の言葉に、翼は何も答えない。


 答えない翼に闇は近づいてくる。


『何故、答えない? まさか、怖いのか? 彼に選ばれたのに怖いわけないよな? でも、顔が強張っているな……。やはり怖いのか? それは仕方ない。見慣れない人間では怖く感じてしまうのも無理はない。だから、伝えよう。私はただ単に問いかけているだけで危害を加えようとしているわけではない。ただ──』


 闇は自問自答を繰り返しながらも、翼に語りかける。


『ルイン・ラルゴルス・リユニオンは、君を英雄に選んだ。Dの遺伝子を持つ君とシルベットを英雄にすることによって、世界のバランスを元に戻そうとしている』


「……でぃ、D……?」


 Dの遺伝子という聞き慣れない言葉に翼は声を出した。それに闇は答える。


『Dは、神の染色体を持つ。それは世界に一番最初に生まれた種族の遺伝子だ。君の血液には、その遺伝子がある。君の世界線では純血のDは恐らくいない。だから、選ばれた』


「選ばれたって何に……?」


『英雄に』


「英雄……」


『そう、英雄だ。Dの染色体にはその素質がある。それに、あらゆる世界線に存在しており、一緒に選ばれたシルベットも持っている』


「シルベットにも……?」


『ああ。シルベットの血液は、亜人界でのDと人間界のDのハイブリットだ。純血でありながら混血でもある。異世界Dの染色体の混じり合いだ』


 淡々と告げる闇。その言葉に謎が解けるどころか深みを増していって気がしてならない清神翼。ただ言えることが──


 ──亜人界でのDと人間界のDのハイブリット……。


 闇が口にしたその言葉の意味を考えるのならば、少なくとも彼女の父親である水無月龍臣はDの染色体を持っていることになる。彼女の母親もまたDの染色体を持っていることにもなるだろう。


 しかし、清神翼はシルベットに血液を入れられたこともあるが、それは最近のことであって、ルイン・ラルゴルス・リユニオンが前から英雄にすることに決めていた原因にはならない。では、Dの染色体とはどうやって自分の中に存在することになったのか。その答えは簡単だった。


『ツバサは、両親の先祖がDだった。さらにシルベットの血液により二種類のDの染色体を所有することになった。純血にして混血。それが英雄たる資格だ』




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