第二章 六十三
爆発的な奔流が膨れ上がり、広大な高天ヶ原の地を飲み込もうとしている。それは、高天ヶ原の神々や神官、巫女たちはおろか【創世敬団】アワーリティア陣営、それに加担する妖怪や怪物たちもそれに震撼させるには十分な巨大かつ強力な穢れだった。
【創世敬団】アワーリティア陣営が穢れ付きの武器を製造するための工場を建てた。それにより、アマテラスの土地である聖域を少しずつ穢れていた時に、ギルガメッシュが妖怪と怪物の大軍を葬ったことによって、より一層に穢れが進行してしまった。それにより、穢れが集めやすい環境となり、それを一塊に集めたことによって、高濃度の穢れの塊が生まれてしまった。しかも、しかも進行途上であることが、膨張し拡大していくのを見て明らかである。
それは既に、神々の力をもってしても祓うことは容易ではない代物となって、津波のように高天ヶ原に押し寄せてきていた。
「……お、おい……何だこれ何だこれ! こっち来るぞ……」
高天ヶ原の中心にあるアマテラスの社に到着していた白蓮が声を上げる。
「……う、嘘、だろ……っ」
同じように社に辿り着いた赤羽綺羅が危険を察知して後ずさる。左側にいたメア・リメンター・バジリスクが思わず、赤羽綺羅の左手を掴む。赤羽綺羅は掴んできた彼女に目を向けると、泣きそうな目を向けていた。左手を伝ってくる感覚で震えていることがわかる。
「メア……」
「綺羅……」
二人は見つめ合った。綺羅は、何とか彼女を安心してもらいたくって、かける言葉を探しながら、メアは少しでも彼のもとに居たくって、お互いに名前を呼び合う。
「大丈夫だ……。僕が何とかする」
そう言って、彼女をどこに逃がすかを見渡していると、視界にさっきまで【創世敬団】を迎撃していた神々や神官、巫女たちらも大急ぎでアマテラスの社の方へと押し寄せるかのように走ってくるのが見えた。
彼等の尋常ではない面持ちをしており、ただ事ではないことが起こっていることがヒシヒシと伝わってくる。それは間違いではなかった。走ってくる中にいた、腰まである長髪をした右を白のリボンで結んだ巫女服の女性の一人が走りながら、社の前にいた【第六三四部隊】に向かって叫ぶ。
「もっと奥に逃げてくださいっ」
【第六三四部隊】は言われるままに奥に逃げ込んだ。
自然豊かで広大なアマテラスの境内はあっという間にいっぱいになった。それでも全ての神々と神官、巫女たちは敷地内に入れない。
さっき叫んでいた腰まである長髪をした右を白のリボンで結んだ巫女服の女性が声を上げる。
「社の中に逃げてくださいっ!」
言われるままに、社の中に逃げ込んだ。靴を脱いでいる暇がなかったために土足で上がり込んでしまったが、敷地内には既に神々や神官、巫女たちでいっぱいになり、社内にも雪崩れ込んでくる。【第六三四部隊】たちは、社の奥に追いやられていく。
全ての神々や神官、巫女たちが逃げ込んだところで、穢れの波が押し寄せてきた。穢れの波は、アマテラスの敷地内に拒まれて、境内に侵入することは出来ない。それでもバチバチといった火花のような音が〈結界〉に鳴り響く。波音にも似た轟音と共に穢れはアマテラスの屋敷の敷地外を飲み込んでいった。
「お伊勢様の社には強力な〈結界〉が施されており、それは絶対領域となって、アマテラス本人に断りなく入ることは出来ません。穢れならばなおのことです」
先ほどの腰まである長髪をした右を白のリボンで結んだ巫女服の女性が歩み寄ってくる。
「瑠璃と申し上げます。お伊勢様の従者を勤めています。あなた方は、ハトラレ・アローラで凄腕の軍隊である【第六三四部隊】の方々ですね。噂はかねがねと」
腰まである長髪をした右を白のリボンで結んだ巫女服の女性──瑠璃は恭しく頭を下げると、早速と言わんばかりに白蓮が声をかけた。
「そう〜ですか。こちらこそ、助けていただきありがとうございまぁ〜す。オレの名前は白蓮ですぅ〜。ヨロシク瑠璃ちゃん☆」
瑠璃に向けて片目を瞑りウィンクした白蓮。ホストのようにチャラい名乗り方に、【第六三四部隊】たちは少しばかりかイラッと来た表情を浮かべる。鼻につくようなチャラい話し方をする白蓮に対して、瑠璃は厭な顔を一切しないどころか、微笑みすら浮かべていた。
「こちらこそ、神界のことは神界で解決しなければいけないのに助力をいただきありがとうございます」
「いえいえ☆」
「いや、助力したのはゴーシュと水波女蒼天だけだから。白蓮は何もしてない」
白蓮の苛立つを誘発するチャラい言葉遣いに我慢出来ずに声を出したのは赤羽綺羅だ。彼は不快な顔を張りつかせて、白蓮と瑠璃の間に割って入る。
邪魔された上に痛いところをつかれた白蓮は不機嫌さを露とさせた。
「うっさいな綺羅……お前はそこでイチャコラやってろよっ」
「何がイチャコラだ。こんな非常事態にそんなこと出来るとでも言うのかナンパ皇子」
「メアと手を繋いでいる状態でよく言えたなバカップル」
社の中に逃げ込んでも手を繋いでいる仲睦まじい赤羽綺羅とメア・リメンター・バジリスクに白蓮は苛立ちを浮かべる。
「バカップルというのは人目を省みずイチャイチャすることだろ……。僕らは公然の前でイチャイチャを目的で手を繋いでいるわけじゃない。怖がっているから少し落ち着かせようとしているだけだ。勘違いするなバカ」
「どの口が言ってやがる……。あと、オレをバカって言いやがったなクソッタレ。独身には、カップルで手を握り合う時点で目に毒なんだよ……」
「そうか。手を握っただけでダメージが生じるのか。だったら、遠慮せずに目の前で繋いで見せてやるよ嫉妬の塊」
赤羽綺羅は嫉妬心丸だしの白蓮に見せびらかすようにメア・リメンター・バジリスクを自分の方に寄せた。それに白蓮は更なる嫉妬心に燃やす。
「こんやろう……。わざわざ見せびらかしやがって……」
「どちらかと言うと、初対面の女性相手に遠慮なく近づいていくのが実害がある。いきなり手を握って言葉巧みに……いや、言葉は巧みではなかったな。ホストみたいな鼻につくような話し方しか出来ない淫乱皇子。オマエはいるだけで女性には実害があると思うけどな」
「そっちこそ、独身男性には精神的な実害があんだよ……」
睨み合う両者。そんな彼等の諍いに仲裁したのは美神光葉だった。
「醜い諍いは止めなさい。神々の御前ですよ。恥ずかしくないんですか……。この非常事態に……」
「言っとくけど、僕はこんな時にアマテラスの従者にナンパした白蓮に注意をしただけだ。突っかかってきたのは、白蓮だからな」
「あぁん〜? こっちこそ、それにオレはイチャコラしている赤羽綺羅たちを注意しただけだからな」
「見苦しいです……」
美神光葉はまるでゴミを見るかのような冷たい目で彼等(特に白蓮を)を一瞥した。彼等(特に白蓮)は不服と言わんばかりの濁った顔を彼女に向ける。
「何でオレだけなんだよ……?」
白蓮の言葉は無視される。美神光葉は二人(特に白蓮)のそんな目を向けられても気にする素振りは一切ない。それどころか彼等を無視して、周囲にいた神々や神官、巫女たちに頭を下げる。
「ご迷惑をかけてすみませんでした。本当にすみません。後でよう〜くと言って聞かせますので」
何度も謝る美神光葉の姿は、出来の悪い息子たちの喧嘩を止めて迷惑をかけてしまった周囲に謝るように母親のそれである。何となく恥ずかしくなった二人は、彼女を止める。
「お、おい止めろよ」
「僕達は君の子供でも何でもないんだぞ。恥ずかしい……」
「恥ずかしいという自覚があるのなら、あなた方の見苦しい諍いを恥じて頭を下げるべきだと思いますよ。特に白蓮は……」
「だから何でオレばっかに冷たいのっ?」
「……だ、大丈夫ですよ。そういうことには慣れてますから」
瑠璃は、険悪な雰囲気になりつつある白蓮と美神光葉の間に立って仲裁に入ったが、美神光葉はそんな彼女に淡々と言う。
「そうは行きません瑠璃さん。いくら戦場を離れていたからといって緊張感が皆無な白蓮をそのままにしておけば、頭に乗りますから」
「おいオレだけかっ! オレだけが悪者かぁ! ここは、両成敗とするべきだろうがっ」
「あなたは、こんな非常事態にアマテラスの従者である瑠璃さんをナンパしたのですよ……。綺羅やメアとは違います。実害は、白蓮の方が高いと判断したまでです」
「判断すんなよっ。なんでもかんでもオレばっかりのせいにすんなよっ。贔屓だ! 贔屓してやがるっ」
「……だ、大丈夫ですよ。気にしてませんから」
瑠璃は険悪な彼等を落ち着かせるように言った。気にしてない、という瑠璃の言葉に地味に傷つく白蓮はいたが、そんな彼のことを気づかずに彼女は続ける。
「白蓮さんはいきなり穢れの波が押し寄せてきたことで頭が混乱しているのでしょう。自分の命が危険に晒された場合に子孫を残そうとすることは仕方ありません。神々様方たちがいる目の前で強姦しなかっただけ、まともと言えます」
「いや、白蓮は常にコレですから」
「それじゃ、一年中発情している白蓮は年がら年中、命の危機を感じていることになります」
瑠璃の白蓮に対しての精一杯のフォローを赤羽綺羅と美神光葉はふいにさせる。それに瑠璃は庇う言葉が見つからない。苦笑いを浮かべる彼女に美神光葉は言った。
「ですから、瑠璃さん。白蓮については、フォローも何もしなくともいいですよ。後ほど、こちらでお仕置きをしますので」
「お仕置きって何だよ美神光葉っ!」
白蓮の言葉はまたもや無視される。
「そうですか……。申し訳ありません、白蓮さん。せっかく私を好いてくれていたのに庇いきれませんでした……」
「いやいや、諦めないでくださいよ瑠璃さん……」
「それよりも、あの大量の穢れが問題です」
「お、強制終了か? またオレをシカトして話を強制終了する気か?」
白蓮の問いに誰も答える者はおらず無視される。
「ええ。このまま、取り囲まれては身動きは取れません。それどころか、他の神々様方の敷地内まで被害が及ぶことになります。早く祓って浄化を行う必要があります」
「そうですね。ですが、あの大規模な穢れは神々でも祓うのは難しいと思いますが」
「容易ではないでしょうが、このままでは良くはありません。幸いなことは、殆どの日本の神々様方が此処──高天ヶ原にいることです。何とか全ての神々様方が力を合わせて浄化を行って弱まらせば、祓うことは可能と言えます」
「その通りだ」
白の和服に日本刀を携えていた男性が話しかけてきた。
髪を左右に分け,毛先をそれぞれ耳の辺で結び綰ねた。毛先を髻の中にまるめ込めており、人間界──日本の古墳時代の男性に見られる角髪といった髪型をした男性である。
「聞き耳をたてて申し訳ない。大きな声で聞こえてしまったからな」
ガハハと豪快に笑う男性。そんな男性に気づき、瑠璃は平伏する。
「フツヌシノミコト様っ!」
瑠璃は近づいてくる男性の名を呼んだ。
「え……フツヌシノミコトって、誰……?」
フツヌシノミコトという名前に聞き覚えがない白蓮は首を傾げる。そんな彼の問いに答えたのはフツヌシノミコトの後ろから現れた見に覚えがある男性二人だ。
「フツヌシノミコトというのは、タケミカヅチと共に、東方の征圧に尽力した武の神だよ」
「詳しく言うなら、フツヌシノミコトというのはな。古事記では、タケミカヅチと同一視されるため物語には登場しませんが、日本書紀には登場している日本の神さ」
「ゴーシュに蒼天! 生きていたのか?」
「勝手に殺すなよ白蓮……」
「ボクらは白蓮ほど弱くはないよ」
二人は、これといった怪我はなく歩いてくる。
「二人とも、いつ戻ったんですか?」
「穢れの波に呑み込まれそうになったけど、ギリギリで逃げ延びたんだよ」
「ああ。ホントにギリギリだったよ」
「そういえば、ギルガメッシュはどうなりましたか?」
「それがね……エンキドゥという彼の旧友が【創世敬団】側で現れてしまってね」
「エンキドゥって、あのエンキドゥですか?」
「メソポタミア神話でギルガメッシュと互角で渡り合ったエンキドゥ以外にエンキドゥをボクは知らないよ」
「友であるギルガメッシュの身代わりとなって死すなら本望だと、神々の所有物である〈天の牛〉を殺した罪を被って息を引き取った彼が何故?」
「わからない。エンキドゥは、一時は自分を人間にしてウルクに連れてきた遊女を呪ったが、彼女のおかげでギルガメッシュという良き友を得たことを太陽神シャマシュに諭されて、悔いていなかったはずだが、彼はギルガメッシュの敵として立っていた。ギルガメッシュを昔の戦神にさせるとか何とか言ってね」
「昔って……。ギルガメッシュがまだ暴君だった時にですか?」
「彼の話からそうなんだろうね。ルイン・ラルゴルス・リユニオンに何を含まれたかは知らないが、そんなことをしてもギルガメッシュが喜ばないことはわかっているだろうに。どっちみち、神ではないボクらがその闘いに立ち合うことは赦されなかったし、どうすることも出来ない。シルベットを救いに行く時に力を貸すと約束したが、果たされるかわからない。あのあと、ギルガメッシュとエンキドゥがいたところは穢れの波に呑み込まれてしまったからね。ボクには、大体の敵情を高天ヶ原陣営に伝えることが精一杯だったよ……」
ゴーシュは肩を落とした。無駄に爽やかな微笑みが暗い。彼には珍しく悔しさが滲んでいる。水波女蒼天を見れば、疲れきった顔を浮かべていた。
「それで、【創世敬団】の陣営にいる神の存在は、二柱だとわかった。エンキドゥとキリストだ」
「えっ、キリストって……? あのイエス・キリスト?」
キリストという名前を訊いて白蓮は驚く。それも無理はない。
イエス・キリストとは、人間界で最大の割合を占めるキリスト教の始祖であり、信仰の対象となる存在だ。彼の神界で役割は、イエスを救世主として信仰する宗教であるキリスト教の救済である。
多神教の日本神道に対して、世界最大となったキリスト教は神はキリストだけだ。常に、神の手は足りず、天使と呼ばれる従者を使いに出している。最近では、貿易が盛んとなり、国境を越えて信者が増えつつあるため、多忙を極める神の一柱だ。
そんな彼が信仰するキリスト教は、【異種共存連合】、【謀反者討伐隊】、【創世敬団】といった枠組み無しに龍族そのものを悪魔の使いと見なしている宗教でもある。
「イエス・キリスト以外にキリストという神はいないと思うけど……」
「そうですけど……でも、何でキリストが……?」
「エンキドゥとギルガメッシュの話を端から聞いてみてわかっていることは、キリストは自らが望んで【創世敬団】側についたわけではなさそうということだ。彼の生真面目で律儀な性格上、ルイン・ラルゴルス・リユニオンとは相容れない。周囲から救世主だと奉り上げられ、それによって争い事を生んだことに、私は救世主でなければ争い事は生まれなかったのでは、と本気で苦悩した挙げ句、裏切りにあった彼だから、堕ちてもおかしくはない境遇ではあるけどね。【創世敬団】の目的は、キリストの特殊な血液だ。それを使ってロンギヌスの槍を大量生産している」
「ロンギヌスの槍って、あのロンギヌスの槍ですか?」
「流石は、武器コレクター美神光葉だ。武器に関して、早い反応だ」
「なんかの変身ヒロイン風に言うのやめてもらいますかゴーシュ」
ジト目で見据えて抗議をする美神光葉。そんな彼女にゴーシュは謝罪をしてから脱線しかけた話を戻す。
「それはすまなかったね。穢れを含んだ武器は神が嫌うものであり、力を落とすことが出来るし、ロンギヌスの槍はどんな攻撃や防御も無効果することが出来る。それは神の力をもってしても防ぐことは出来ない。そのためにも、キリストを捕縛して大量の血液を抜き取っているらしいことがわかった。あくまでもエンキドゥの話と、その話を訊いたギルガメッシュの予想だけどね」
「もしもそれが本当なら、これは非神道なやり方だ。赦されてはならない。神にも神権はある。それが、神を捕まえて血を抜き取るなんて赦されるはずがない。異国の神だが、そんな非道なやり方を認めるわけにはいかない。瑠璃とやら」
フツヌシノミコトは平伏する瑠璃に目を向けて、優しく声をかける。彼女はそれに答えて返事をした。
「はい」
「緊急事態とあっても礼儀を忘れない。流石はアマテラスに仕える者だ。しかし、現在は緊急を要する。いちいち畏まっていては話が進まない。表を上げて、そちも話に参加しなさい」
「はい」
瑠璃は返事して下げていた腰を上げた。それを確認したフツヌシノミコトは話をする。
「キリストの救出には、まずはあの穢れを祓わなければならない。そして、ルイン・ラルゴルス・リユニオンら【創世敬団】全員を捕まえて、居所を訊きき出すしか方法がない。先ほど彼女が言っていたが、日本の神々の殆どが助力して浄化を行うことは可能だ。浄化といっても、完全消滅するには足りない。それでも弱めることが出来る。それによって、祓いやすくなるだろう。だが、問題はある」
「問題?」
「そう、問題だ。祓うには、祓戸大神の四柱が必要であることだ」
「祓戸大神って、何ですか?」
「祓戸大神とは、神道において祓を司どる神である。罪穢れを祓い清める、祓戸四柱の神の総称だ。主に、瀬織津姫、速開津姫、気吹戸主、速佐須良比で構成されている」
「じゃあ、その祓戸大神四柱を連れてくればいいんじゃないのか?」
「残念なことに、事態はそう簡単ではない」
「どういうことですか?」
「それは私が説明いたします」
瑠璃を右手を胸元くらいの高さまで上げて理由を話す。
「祓戸大神四柱のうち、三柱は此処にいますが、一柱はいないのです。お呼びしたくとも呼べない状態なのです。理由として、祓戸大神の一柱でもあるセオリツヒメ様はお伊勢様より清神翼を救出するようにと頼まれ、世界線へと出向いてしまっているのです」
「え……でも、清神翼は救出されて、此処にいると小耳に挟んだんだけど……」
「ええ。清神翼は無事にルイン・ラルゴルス・リユニオンから救出に成功しました。魔力や神力などにあてられて力酔いを起こしているため、大事をとって奥の部屋で休まれています。しかし、清神翼を救出しに行ったセオリツヒメは戻られていないのです。セオリツヒメ様はお伊勢様──つまりアマテラス様の荒御魂であり、一心同体の神です。そのため、どの世界線ににても意思での対話は可能で、呼び出すことは可能です。──が……」
瑠璃は少し言葉を濁す。
「セオリツヒメ様との連絡がつかない状態だそうです。それどころか、一心同体であるお伊勢様の体調が芳しくありません。それでもお伊勢様はセオリツヒメ様に連絡を取ろうとしますが……。その度に容態が悪化しており、恐らくセオリツヒメ様に何か良からぬことがあったとしか思えません」
「要約すると、清神翼を救出にするためにルイン・ラルゴルス・リユニオンがいる世界線に向かったが、清神翼は無事に救出されて此処にいるが、セオリツヒメが依然と帰ってこない。それどころか彼女と一心同体であるアマテラスの容態が悪くなっている状態ということだね」
「はい」
瑠璃は頷く。
「お伊勢様は奥の部屋で他国に救援を求めています。神が予見できないことで神と同等の存在が絡んでいることがわかったため、恐らく何か起こることを見越して救援を出しているのでしょう」
「今回の戦は予知も何もできない。これは明らかに神の介入を示唆するには十分といえる。さらに準備を整えている向こうが有利だ。こちらは敵に気づいてから戦の準備を整えるまでに少しばかり時間がかかってしまった。地理の利はこっちにあるが、それを無にするほどの根回しを敵は行っている。ギルガメッシュの友が立ち塞がったことも考慮して、皆の知り合いにルイン・ラルゴルス・リユニオン側についた者がいないかを確認する必要性があると見た」
フツヌシノミコトは、自分の従者の呼び、此処にいる神々や神官、巫女たちの知り合いに連絡が取れないものやルイン・ラルゴルス・リユニオン側についていないかを確認するようにと指示を飛ばした。それが終わるのを窺って切り出したのはゴーシュだ。
「さて、祓戸大神は三柱しかいない状態な上に、その祓戸大神の一柱であるセオリツヒメは行方知れず。セオリツヒメと唯一繋がっているアマテラスは体調不良だ。これは完全に神界側に詰みだと思うけど、ルイン・ラルゴルス・リユニオンの性格を考えると、どこか抜け道を用意しているはずだよ」
「抜け道……ですか?」
「ああ。だってアイツは、ただ単に自分を倒しにくるといった新しい英雄譚を作りたいという意志のもとで世界線戦を起こしているんだ。英雄が成長をして力をつけられないことや存在は赦さないだろう。現に、英雄よりも力があって成長の妨げとなる神を穢れの波で封じている。つまり、ルイン・ラルゴルス・リユニオンや【創世敬団】が仕掛けようとしている目的は……」
ゴーシュは少しばかり不機嫌さを露にしてから口にする。
「水無月シルベットと……清神翼だ」
渋面を顔に張りつかせて不快感を露にして、ゴーシュが清神翼を言った。
その瞬間。
ほぼ同時に、穢れの海によって黒々とした空から目映い光が照らされた。
そこにいた全ての者が空の光に目を向けると──
黒々とした悪雲に大きな穴が穿ち、星空が瞬く天空に三つの光が流星のように真っ直ぐと線を引き、穢れの波へと向かっていくのを確認する。
「あ、あれは……」
瑠璃は驚いたように目を見張った。




