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第二章 六十




 高天ヶ原に光の矢が降り注いだ。文字通りの光の矢である。それがただの光の矢ならば振り払うだけで終わるのだが、そういかなかった。光の矢には神々しい見た目に反して破壊的な威力を持ち、高濃度の穢れを含んでいる。それが空を覆うほど無数に打ち上がり、陣地目掛けて一気に堕ちてくるから堪ったものではない。土砂降りのように大地に降り注がれる。神とあっても少しでも触れれば穢れてしまう光の矢だ。大地に堕ちれば、高天ヶ原の地はあっという間に穢れてしまう。


 高天ヶ原を護る任を預かった剣神、武神、軍神といった神格を持つ香取さまこと経津主命フツヌシノミコトは、そうならないように幾数人もの結界師に高天ヶ原を囲む〈絶対領域結界〉を強固となるように指示をした。これによって大地に直接的に降り注ぐことを防がれることはない。それだけで済んだのならば楽な戦場だったが、敵は〈絶対領域結界〉を術者ごと穢れさせる置き土産を残して消えるように光の矢に編み込んでいた。


 フツヌシは舌打ちをした。これでは、術者を浄化するまではしばらくは動けない。前衛を後退させて、中衛にいた術者を前に出して交代して〈絶対領域結界〉を維持させたとしても、また新たな光の矢が降り注ぐ。それを受けた者がまた穢れて、また交代、またまた光の矢が降り注ぐといったことを何度も繰り返している。次第にその間隔は狭まっていっていることから、少しずつこちらの防壁を削ぐ気であることは間違いない。〈絶対領域結界〉が乱れるのは時間の問題だろう。


 ──このままでは、防戦一方だ。穢れるのを覚悟で攻めなければキリがない。


 攻め入る策を練ようとしているフツヌシの横で話しかけたのは、堀の深い顔をした異国の武神である。


「フツヌシノミコト。このままじゃ障壁とやらは破られるぞ」


「ああ。そうだな。吾もそう想定しているぞ」


「ならば、攻め入るのが鉄則だな」


「ああ。今その策を練っている最中だ」


「策などいらぬ」


「無闇に突撃しても、光の矢を受けて穢れてしまうぞ。それに敵勢力までの道筋の殆どが光の矢によって穢れている」


「ならば空から攻めればいい。それで万事オーケーだ」


「それで済むなら話が早いがな。敵を甘く考えてはならぬ。唯一、接近できるのが空というのが気になる。空に恐らく罠を仕掛けられている可能性は高い。どうやら敵組織には頭がきれるものがいる」


「メフィストであろう。確かにあれは頭がきれるが、だからといって神に匹敵するわけではない。──が、フツヌシの考えに思うところがある。神であれば使える予知が不透明だ。こんなことはあり得ない」


 それは、この戦に自分たち以外の神が関わっていることを表す。メフィスト率いるアワーリティア陣営の後ろ楯に神に匹敵する何か、もしくは神そのものがいることは明白だ。だとすると、攻めることはできない。


「防戦一方では、いずれこの〈結界〉は持たない。攻め入るにも神の介入の可能性がある以上は不容易に攻めることはできない。わざとらしく、空域は殆どが手薄だ。光の矢を飛ばしているから空を攻めてこないと考えているのか、もしくは罠の可能性は捨てきれない」


「ならば、尻尾をまいて逃げるか?」


「神としては逃げるわけにはいかない。しかし、このままでは従者が穢れるだけだ。現在、祓戸の大神は三人しかいない。セオリツヒメはルイン・ラルゴルス・リユニオンと戦っている。負けるとは考えられないが、消耗して帰ってくるはずだ」


「つまり祓戸の大神さまたちは全員揃っても回復するまで戦えないということか?」


「そういうことだな……。だとすれば、吾らが神は苦戦を強いられるだろう」


「神が苦戦するのはいつぶりだろうな。だからといって、俺は引き下がらんぞ」


「また飛び込む考えはなくしておらんのか……」


 フツヌシは横にいる異国の神にジト目で見据える。それに彼は苦笑してから。


「なくしておらん。俺を信じよ。俺はギルガメッシュだ。あんな俗物を振り祓って、道を作って見せるぞ」


 高らかにギルガメッシュは言って、地を蹴って飛び立った。




 ギルガメッシュが飛び出したのを長身の男性が視認した。宙に足場でもあるかのように空中を蹴って空を昇っていく。予想通り空から攻めてくる彼を見て、ヒヒヒ……と薄気味悪い嗤い声を出して見ている。


 濡れているのかもしくはワックスでも塗っているのか光沢のある黒髪。その髪は長く、結んでいても腰まで伸ばされている。それでいて、躯つきは針金を思わせるくらいの細身である。背骨は猫背のように低く、長い手足はだらんとしており、一歩踏み出す度にフラフラと揺れている。だからといっても倒れるほど覚束ないわけではない。肌の色は病的に青白く、ニタニタとした顔と相まって、不気味という言葉が似合う男性であることは間違いないはないが。


 赤い異形の瞳は鋭く、向かってくるギルガメッシュに注がれている。その瞳には殺意と狂喜に満ちていた。神という存在が向かってくることに嘲笑し、何かを企んでいる瞳である。


 彼の名前はメフィスト。冷淡な皮肉屋で、辛辣な道化師じみた悪魔であるメフィストフェレスと同じ名を持つ【創世敬団ジェネシス】の元帥にして、アワーリティア陣営を纏める長だ。


 神という存在に一泡吹かせる好機を楽しそうに眺めている彼は高らかに声を上げる。


「さァー始めよーじゃないーか! 私を愛さない光の存在タチに少しは懲らしめてあげるチャンスを頂けたのだから!」


 その瞬間。一斉に飛び出したのは【創世敬団ジェネシス】アワーリティア陣営が千だ。


 彼が持つ武器は全て神でも穢れさせるほどの瘴気を孕んでいる。それが弾丸のようにギルガメッシュに向かっていく。


 ギルガメッシュは神力を行使する。空中を駆けながら、幾つもの紋様から刃を召喚させて、向かってくる千の軍勢に目掛けて発射させ、刃の雨を降らせる。


 千の軍勢は避ける間も与えられないままに粉砕、あっという間に塵と化した。


 粉々になった屍を吹き飛ばしてギルガメッシュは疾駆する。


「次だァ!」


 メフィストはすかさず千の軍勢を向かわせた。


「やかましいっ!」


 ギルガメッシュは剣を刺突の構えを取った。神力を刀身に注ぎ、そこを中心として躯へと纏わせる。自らを刃として、千の敵勢に突撃をはかる。


 ギルガメッシュの破壊的なエネルギーに前衛は吹き飛ばされ、塵と化す。


 中衛はギルガメッシュの攻撃に真っ向から体当たりすることは足留めにならないと気づき、恐怖を感じたが時は遅く、吹き飛ばされた。


 後衛は寸前で回避行動を取り、神力が薄い後方に魔力弾といった遠距離攻撃を仕掛ける。


 一、二発と背中を少し擦った。僅か七センチにも満たない傷口には赤い血液ではなく、どす黒い穢れが広がる。ギルガメッシュは構わずに進む。


 速度を緩めず、【創世敬団ジェネシス】アワーリティア陣営を見据える。


 彼等は、扇状に広がっており、山を三、四ほどを占拠し、およそ六万六千六百六もいた。それらはハトラレ・アローラだけではない違う世界線からの多種多様の種族が各々と戦の準備をしていることを確認する。上空にいるギルガメッシュに敵意がある目で睨み、隊形を乱さずに武器を構えているのを見てげんなりした顔を見せる。そうしてから敵陣の後方に視線を向けると、何かあることに気づく。


「あれは……?」


 ギルガメッシュは後方に見えるそれを観察する。それは簡単な造りの平屋建てだ。そこからは複数の者たちが出入りをしており、皆が武器を持って出てきている。


「……なるほど、あらゆる世界線から神に恨みを持つ者を集めて引き入れただけでは飽きたらず、武器を製造するための即席の工場をアマテラスの聖域に建築するとは、罰当たりにも程がある……」


 ギルガメッシュは、メフィストの目論見の一端に気づき、呆れ果てる。


 神界は、基本的に神に許可なく、建築することは赦されてはいない。加えて、戦争嫌いで土地が穢れるような建物を建築させたくはないアマテラスの所有地である。こんなことを彼女に知られれば、ただの神罰では済まないだろう。それでもメフィストは構わずに、即席ながらも武器工場を建築させた。そこで穢れた武器を製造して、神者が穢れた躯を浄化する間を与えないようにするためがもっともな理由だ。


 すぐに建てられるように構造は複雑ではなく、鉄製のテントといった方がいいだろう。壊れにくい素材を使っているが、戦場である以上は被弾する可能性は高い。素材そのものに〈結界〉の術式を編み込み、建てることにより強固なものになるように建築している。加えて、この工場の特製はすぐに使い捨てる点といえる。敵勢に置いていってもいい武器をただ製造であって残したとしても秘匿神が嫌う純度が高い穢れで構成されており、そこにあるだけで土地は少しずつ蝕んでいく。神は容易に撤去することも出来ずに、聖域が穢れていくのを指をくわえて待つしかない絶望感を味わうことになる。


 そんなことを想像するだけでメフィストは躯を大きく震わせた後に、長い腕を広げて口を開く。


「さあ、神よ。私にひれ伏しなさいッ! そして、あの時に私にしたことを詫びるのデス!」


 ギルガメッシュを禍々しい武器を持った【創世敬団ジェネシス】の軍勢が取り囲んでいた。


「愚か者ばかりだな……つくづく。ただ、そうなった一端には様々なことがあるようだが、偽り神が原因にあることだけはわかっている。だとしても、それを伝えたとしても受け入れてもらえないこともわかるから厄介だ……」


 ギルガメッシュは肩を竦めてから、取り囲む敵勢に剣を構える。神力をありったけと注ぎ込み、彼等が間合いに入るのを待つ。敵も不容易に突っ込むことはしない。お互いに出方を待ち、好機が来るのを待っている。


 それは五分が一日が経ってしまったじゃないのかと感じてしまうくらいに互いに警戒し、動かなかった。そんな緊迫とした状況を壊したのは──


 光線だった。


 ギルガメッシュの周囲を大量の光線が滝のように降り注いだ。それに大きく動揺したのは、ギルガメッシュだけではない。メフィストも顔を困惑の色に染めている。


 一体何が起こっているか? ギルガメッシュとメフィストは光線が飛んでできた上空を見上げた。


 そこには、影が六つあった。銀・青・赤(鮮やかな赤と黒に近い赤銅色の二つ)・白・黒といった五色のオーラを後ろに纏った異形の影である。それが空中を佇んでいる。【創世敬団ジェネシス】の元帥であるメフィストはその影の正体に忌ま忌ましそうに見据え、神であるギルガメッシュも同じく正体に気づき、少し息を吐く。


「援軍にしては、遅いんじゃないなのかゴーシュ」


「いろいろと立て込んでいたからね」


 神であるギルガメッシュに対してタメ口で話しながら降下するゴーシュに苦笑した。【第六三四部隊ムサシ】のメンバーもそれに続く。予想だにしてない彼等の登場にメフィストは憎らしげに唇を噛み、鮮血が噴き出した。


「何であいつらが何故……グラ陣営はどうしたというのだ? それにアイツ……赤羽綺羅──いや、サタンネス。裏切り者が……っ!」




 ギルガメッシュは【第六三四部隊ムサシ】等の表情と〈神眼〉を通して過去を断片ながらも視て、わかったように頷いた。


「……大変だったようだな」


「ああ。ルイン・ラルゴルス・リユニオンが余計なことをしたせいでね」


 ゴーシュは何かを探すかのように辺りをキョロキョロと見渡してから。


「それより我が愛しいの義妹シルベットはどこだい?」


 そう訪ねられられて、ギルガメッシュは首を傾げる。


「貴様の義妹など知らぬ。神界(此処)ではまだ見かけてはいないが何かあったのか?」


「スサノオに付いて〈ゲート〉を潜って行ったのを見たからね。てっきり神界に来ているのかと思ったけど、外れだったようだ……」


 ゴーシュは心底がっかりしたかのように大きく肩を落とした。


「相変わらず、わかりやすいなゴーシュは。態度からして神界を助けるためではなく、義妹目的であることは丸わかりだな」


 ギルガメッシュは苦笑する。


「力を追えなかったのか?」


 ギルガメッシュの問いに答えたのは美神光葉だ。


「それが全く辿れなかったのです。神力が複数も混線していて、その中からスサノオの神力を捉えることが出来なかったので」


「神力が複数も混線? それは妙だな。神力が複数も混線するとは……。彼女が付いて行ったのはスサノオだけか?」


「もう一人は、金龍族のエクレール・ブリアン・ルドオルだけです」


「つまりスサノオ以外に神は居なかったということか。それで、神に等しき存在が複数いる世界線に狙いをつけて神界に訪れたわけだな」


「勘が良くて助かるよ。つまりそういうことさ」


「しかし、神界(此処)にスサノオも彼女たちもまだ来た様子はない。いるのは、人間である清神翼だけだ」


「へぇ〜アイツがいるんだ……」


 ゴーシュの声が明らかにトーンダウンする。表情は微笑んでいるのに、瞳は笑っておらず嫉妬の色がただ漏れとなっている。あからさまな彼の態度にガハハとギルガメッシュが豪快に笑う。


「……貴様ほどわかりやすい奴はいないな。アマテラスが直々にセオリツヒメに清神翼をルイン・ラルゴルス・リユニオンの下から離すようにと命を降したと聞いている。現在は、力によって酔ってしまい、今はアマテラスの社で治療を受けている最中だ。恐らく魔力や神力といった人間にはない力に長時間を触れてしまったためだろう。現在は、容態は回復してきている。恐らくだが、スサノオたちは清神翼が高天ヶ原に訪れたと同時に擦れ違いでルイン・ラルゴルス・リユニオンがいる世界線に行ってしまったのはだろうな」


「だとすると、ルイン・ラルゴルス・リユニオンがいる世界線にスサノオたちが向かったということですか?」


 水波女蒼天の質問にギルガメッシュが答える。


「そういうことだ。同時にその世界線には神に等しき存在が複数いる可能性は高いということなる」


「そうしますと、厳しい戦いになりますね……」


 水波女蒼天は、表情が曇った。


 【第六三四部隊ムサシ】は先ほどまでグラ陣営と戦い捕縛してきたばかりだ。聖獣たちの力があったといえ、かなりの力を消耗している。このまま、ルイン・ラルゴルス・リユニオンがいる世界線に向かったとしても、かなりの苦戦が考えられる。本意気で戦うまでの間、少しばかりの休息は必要だ。加えて、スサノオたちが入れ違いで神界に来る可能性はゼロではない。


「こっちとしては、神界で休息してもらっても構わない。【創世敬団ジェネシス】と戦っているが、まだ苦戦というほどの苦戦はしていないからね。が、芳しくないのは確かだ」


「どういう意味だい?」


「フツヌシノミコトもそうだが、彼等の動きは視ることは出来ない。即ち、神に相等する輩が敵側でこの戦場に関わっていることが明白だ。それに先ほど、あんなものを見つけたばかりだからな」


 ギルガメッシュが駆けつけたゴーシュたちにこれまでの状況を話しながら軍勢の後ろにある簡易的な建物を人差し指で示す。おどろおどろしい穢れが建物から聖域に広がっているのをゴーシュは視認した。


「なんじゃあれは……?」


 気味悪げに白蓮がギルガメッシュに問うた。


「あれは、神の〈結界〉に少しずつ穢れを与えるために、純度の高い穢れを武器に含ませるための工場だろう。あんなもん聖域で勝手に造りおって、あれでは戦いが終わっても撤去に浄化しなければならんし、浄化だけでもかなりの時間が浪費してしまう……」


「相変わらず【創世敬団ジェネシス】は余計なことをするな……」


「全くその通りだ。俺は奴等を穢れが広範囲に拡がらないように早めに一網打尽にしなければならん。休息するのなら、アマテラスの社の近くまで行くことをオススメしょう」


「一網打尽にするといっても囲まれていた気もするけど……」


 赤羽綺羅が鋭い視線をギルガメッシュに向けて、意地の悪いことを口にする。それにギルガメッシュは苦笑いをした。


「このような大きな戦は久しぶりでな。勘が戻るまでに少し時間がかかるようだ。だが、心配はいらない。俺だけで十分だ」


 ギルガメッシュは剣を握る力を強める。刀身にありったけの神力を溜め込み、構えるとゴーシュたちに微笑んだ。


「安心して休息でも、ルイン・ラルゴルス・リユニオンがいる世界線に行くといい。フツヌシノミコトの話だと、ヤマトタケルも向かったらしいからな。神が三柱もいるのだから、これほど心強いはないと思うぞ」


 そう言ってからギルガメッシュは空を切って、敵陣に突入した。





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