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第二章 五十八




 セオリツヒメは加速する。風のように駆けながら、様子を伺う。


 冷静に、破壊的な光の雨を掻い潜って、再びルイン・ラルゴルス・リユニオンに迫った。


 脳天めがけて、刀を振り上げて高く跳躍する。


 弾丸の如く体ごと突進してきたセオリツヒメを、ルイン・ラルゴルス・リユニオンは、かわしきれない。自らが周囲に張った〈結界〉は固定型。解術しなければ逃げ場がない。


 解術して逃げる話しだが、上位神相手に丸腰で戦えるほど強くはない。威勢だけがいい破滅と再生の神だ。セオリツヒメはアマテラスの荒御霊である。ルイン・ラルゴルス・リユニオンよりも位が上なだけではなく、戦い慣れはしている神だ。


 だからといって、〈結界〉を解かなければ、〈結界〉を破壊されるだけだとルイン・ラルゴルス・リユニオンは、〈結界〉を取りやめ、セオリツヒメな斬撃を受け止めることを選んだ。しかしそれは無謀な試みだ。


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは刀を受け止めきれず、大きく叩き飛ばされた。


 ──こやつ……、いつもなら逃げるにも受け止めるとは……。


 吹っ飛んだルイン・ラルゴルス・リユニオンが、少しフラつきながら立ち上がった。


 セオリツヒメは畳み掛けるように、再び地を蹴る。


 さらに加速した。残像さえも残さない超加速をもって、セオリツヒメはルイン・ラルゴルス・リユニオンに肉薄した。


「──ッ!?」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは面食らった。目線を彼女に向けた時には、その彼女が既に眼前にいたのだから無理はない。


「はああああああああっ!!」


「何!?」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは柄にもない叫び声を上げて、防御として禍々しい刀剣を振るった。セオリツヒメが裂帛の気合いを込めて放つ一撃に弾き返すほどの力はない。


 しかし横薙ぎの軌道を、わずかに上方にズラせば、ルイン・ラルゴルス・リユニオンに向けられていた力の流れに逆らわずに回避することが出来る。ルイン・ラルゴルス・リユニオンは、わずかに体の重心がズレてふらつくが、何とか踏ん張り、続けざまに蹴りを放った。一直線に突進してきたセオリツヒメはそれを回避できず、真正面からもろに食らって遠くに後退する。


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは慌てて後へ跳躍し、遠距離へと間合いをとった。再び光の光線の雨を降らす。攻防は振り出しに戻った。


 セオリツヒメは日本の神だ。管轄は日本であり、信仰が最もある日本で発揮される。だとしても近年ではセオリツヒメという神は他の神と比較すれば低い。日本書紀や古事記では載っていない神で、神道の祭祀で唱えられる大祓詞に登場するだけでしか名を知ることはできない。それでもアマテラスの荒御霊とあって力はある。


 しかし、異世界という領域外の戦闘、しかも自分を知るものはおろか生物は植物だけの世界線だ。それだけで体力が削られていく。少しずつ、疲労は困憊しているはずだが、動きに衰えない。それどころか加速している。瞳も死んでおらず、爛々と輝きながらルイン・ラルゴルス・リユニオンを睨みつけている。その姿に、彼は戦慄した。


 まるで剥き身の刃そのものと対峙ししているような心地を感じている。


「ルイン・ラルゴルス・リユニオン──あなたの狙いはわかっています。誰も神を知らない異世界に招き入れて、まずは人間の信仰がないと生きていけない神を倒していく手筈なのでしょう。そうはいきません。私も殆ど忘れ去られたような神ですが、しっかりと消えずに残っています。残念でしたね」


「……ああ。その通りだ。なぜ、消えないんだ?」


「簡単なことです。私という神は複数に分けられているんですから。つまり私は日本では絶大な知名度を誇るアマテラスの荒御霊です。そして、セオリツヒメとしての私は、穢れを祓う巫女で、基が存在しているのですよ」


 セオリツヒメは刀剣を強く握り直して、再び地を蹴って走り出した。その瞬発力はさらに加速している。


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは、セオリツヒメを十分に引きつけてから、大太刀を振るった。


 セオリツヒメは居合の強さも、走る速さも、先ほどより増している。本気でやらなければやられると悟ったルイン・ラルゴルス・リユニオンは、渾身の一撃をのせる。


 しかしセオリツヒメはその一撃を刀身で受け止めた。


 刃と刃がぶつかり、鍔迫り合いになる。


「アマテラスの荒御霊? 穢れを祓う巫女? 基がいる? 答えになっていないと思いますけどに……」


「それ以上のことは他言致しません。ただ、私は異世界に消えても消えない神界の者であること、ただアマテラスから荒御霊として派生しただけではないことを知ってほしかったというだけですので。素直にお縄について下さい」


 セオリツヒメは、ルイン・ラルゴルス・リユニオンに同情めいた目を向けて優しく微笑んだ。刀剣が呼応するかのように鈍い輝きを放った。


 セオリツヒメだけではなく、所持している刀剣と共にルイン・ラルゴルス・リユニオンに投降を促している。彼女たちはアマテラスの命令により、清神翼の救出だけではなく、無駄に戦争を起こさないようにルイン・ラルゴルス・リユニオンへの救済を目的としているのだろう。


 ──今なら穏便で済ませてやるから投降しろということか……。


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは、彼女らの同情に歯噛みをしてから弾き飛ばした。


 セオリツヒメは地に片手で受け止めて、一回転をしてから無事に着地をする。


「それは同情だね。ぼくに対しての」


「同情ではありません。ただ──」


「偽善者がっ!」


 セオリツヒメの言葉をルイン・ラルゴルス・リユニオンの口から吐き出された怒号が遮った。


「対して人間を救っていない神がこんな時に神様面するな! どっちにしろ、人間たち全員を救うこと出来ない。人間たち自らで破滅を選び、殺しあっていくだけなんだよ! それを早めるだけだ! 何が悪いんだっ!」


「あなたは、セザノン・ジェホヴィ・リユニオンがああなってしまって病んでしまっているのですよ……。そんな自暴自棄になっていては行けません。私たちも今後のことを考えますから、一旦休みましょう」


「私たちで今後のことを考える? 今生きている者を見捨てて終末を起こしリセットするだけだろ」


「それは本当に救う手立てもなく、救いようがないと判断するしかない時です」


「それがその時だよ。もう人間界はおろか全世界線は救いようはない。自分勝手に動いて自滅していく。もう救いを差し出しても止まらない破壊の道さ」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンの狂気に満ちた鋭い視線にセオリツヒメは思わずビクッと躯が弾いた。


「だから引導を渡してやるだけだ。そして神であるぼくに逆らってまで生きる意志があるのか、確めるためにもね」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは手を横に翳した。そこに光り輝く紋様が浮かび上がる。魔方陣にも似たそれは横滑りして、彼を包み通り過ぎていく。通り過ぎていくと同時にルイン・ラルゴルス・リユニオンの躯が変貌する。


 それは人間態でありながらも爬虫類的な風貌──蜥蜴を二足歩行をしたらこんな感じだろうといった姿に変わっていた。


「何の真似ですか?」


「真似ではない。ぼくは龍神となったのだ。世界を破滅へと導く龍にね」


「シヴァ神にでもなったつもりですか?」


「いいや。ぼくはそれ以上を目指す。下位神であるぼくは此処から上位神として成り上がり、全ての世界線の運命を決める」


「世迷い言を……っ!」


 セオリツヒメは、自らの躯を龍神化へと組み換えていくルイン・ラルゴルス・リユニオンに戦慄した。下位神であった彼が躯を組み換えたことにより力を増していき、自分に差し迫る勢いで力を付けていく。このままの勢いだと、神界にいる上位神を凌駕してしまうのも時間の問題である。


 彼にこれまで恐怖を感じたことがなかったセオリツヒメだったが、龍神と変貌していくルイン・ラルゴルス・リユニオンに恐怖が沸き上がってくる。剣を握る手が震えた。


 このまま、龍神と変貌されては止める相手はいなくなってしまう。セオリツヒメは恐怖を何とか抑えて、剣を構える。


 遠慮はしない。慈悲も与えるわけにもいかなくなった。セオリツヒメは最初の斬撃で決める覚悟で刀身に神力を込めた。


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンが少し上方に顔を向けたその隙を狙って、セオリツヒメは地を蹴る。


 迫る水無月龍臣に、一拍ほどで気づいたルイン・ラルゴルス・リユニオンは手にしていた剣振るう。


 一閃。


 何とか防いだルイン・ラルゴルス・リユニオン。防がれたセオリツヒメだったが、攻撃は止めない。


 また一閃。


 セオリツヒメの動きがさらに加速する。連続攻撃が、電光石火の速さで飛んでくる。


 一閃に次ぐ、一閃。


 凄まじい風斬り音とともに飛んでくる神速剣。


 繰り返される斬撃。


 セオリツヒメは攻撃の軌道と防御の瞬間を先読みし、剣戟の音を鳴り響かせて弾き返す。


 神同士の戦いであったとしても鳴らない剣檄の音が、空間を、世界の中に木霊する。


 駿足の攻防戦に、両者ともに疲労の色はない。先に剣速が落ちたのは、ルイン・ラルゴルス・リユニオンの方だ。また変化したばかりの躯では戦い慣れはしていない。この好機を逃すまいと、セオリツヒメは一発逆転の斬撃へ向けて神力を溜め込む。


 息を静かに吐き、激しい剣檄の音や鼓動の音を置き去りにして、穢れを祓う全力の連撃。ルイン・ラルゴルス・リユニオンは、セオリツヒメの神速の太刀筋に刃を合わせる。そうはさせまいとして、鍔迫り合いに持ち込もうとするが、彼女はそれを軽やかに剣を弾いた。


 それにより、ルイン・ラルゴルス・リユニオンの剣は手から飛び、地面にザクっと突き刺さる。


「はあああああああああっ!!」


 セオリツヒメは裂帛の気合いと共に、ルイン・ラルゴルス・リユニオンの脳天をめがけて刀剣を振りかぶった。


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンの胸元を刀剣で刺し貫かれ、悲鳴も何も発することなく、崩れ落ちるかのように地に膝をつく。


「勝負ありました」


「それはどうかな……?」


 意味ありげに口端を上げるルイン・ラルゴルス・リユニオン。そんな彼に訝しげに見据えるセオリツヒメ。


「どういうことですか……」


「ふふふ……。龍神と化したぼくはこれまでとは違う。龍といった全世界線で大きな知名度を誇るぼくはどんな世界でも存在していくことができる。それはつまり、そこら辺の空想上の神仏とは違うということだ」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンの躯から邪悪な力が吹き上がる。その気配に気づいたセオリツヒメは後退しょうとするが、彼は胸元に刺し貫いたセオリツヒメの剣を抜かせまいと強く引き込んだ。


「何を考えているんですかあなたはっ!?」


「簡単なことだ。セオリツヒメよ。荒御霊として名を持つ貴様を穢れさせてやろう」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは、刺し貫いた剣ごとセオリツヒメを体内へと取り込んでいった。




「ぼくは不死身だ。倒すのは神ではない。英雄と認めた少年少女だけだ」




 セオリツヒメが呑み込まれて消えたことを遠目で確認したスサノオは、忌々しげに龍神と化したルイン・ラルゴルス・リユニオンを一瞥する。


「やはり、あそこで仕留めるべきだったな……」


 スサノオは、シルベットたちやヤマトタケルに報せるべく、飛翔した。




      ◇




 セオリツヒメが呑み込まれたことを感じたアマテラスは床に倒れ込んだ。


 熱い。苦しい。痛い。胸を中心に躯中に這い回る。


 胸元をはだけさせて見ると、心臓があるところからみみず腫のように黒い痕が拡がっていくのを確認した。これは穢れだ。アマテラスと繋がっているとされる従神から伝わる穢れだ。


「……あやつ、セオリツヒメに何をする気じゃ……」


 荒い息を吐き、フラフラとした歩みで廊下を進む。その先にある襖から勢いよく飛び出してきたのは、少女だ。


 月に照らされて美しい艶やかな黒髪は腰まで伸び、見た目が十六、七歳の少女は桜色の着物に身に包んでいる。


 将来を感じさせる端正な顔立ちときめ細かく滑らかな白い肌を持つ少女は、アマテラスへと駆けてきた。


「苦しそうですが、大丈夫ですか……?」


 心配げに見据える少女。


「大丈夫だと言いたいのも山々だが、そうもいかないようじゃ。これ以上は穢れば、皆にも伝染しかけねない。これより浄める。瑠璃も波璃も迎撃でおらぬ。すまないが、手伝ってくれぬか?」


「はい。わかりました」


「本当、すまぬな。応援を呼んでおいたから、少ししたら楽になるだろう」


 少女は、アマテラスを支えながら浄めるために滝があるところまで向かった。





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