第二章 五十七
ハドウルフとの戦いを終え、簡単な治療を施し、異空間に転送した銀の少女──おシル子(仮称)こと水無月シルベットに金の少女──エクレア(仮称)ことエクレール・ブリアン・ルドオルは呆れ顔を向けて近づく。
「銀ピカ、あなたはつくづく人のことは言えませんわよ……」
「何がだ?」
「彼が言われた通り、多少なりとも魔術は使えますが、殆どは剣で斬るくらいですわよねあなたは」
「そうだがなんだ。コイツの全く魔術が使えないような言い方が少し癪に障っただけだが何か文句でもあるか?」
「別にありませんわ。剣術ばかりされても【部隊】としても困りますわね。敵が剣術や近接戦闘に強かった場合のことを考えれば、遠距離攻撃や呪術、魔術は使えるのは戦い方にバリエーションがあっていいとわたくしは思いますわよ」
「ほう。何だかんだ文句をたれる貴様には珍しいな。何か企んでいるのか?」
シルベットは訝しげにエクレールを見据える。そんな彼女を鬱陶しげに手で払う。
「別に、あなたのような半端者が剣術だけで戦えるほどに戦争は簡単じゃありませんわ。人間の混血種でありながら、魔術・呪術を駆使して戦えたことは大きな進歩といえますわね」
「とことん上から目線だな。さっきの奴と、種族差別が甚だしい……」
「あんな奴と一緒にしないでくださいまし……。混血が純血の下であることは間違いはありませんのよ。特に人間という種族やその混血種は護らなければ呆気なく死んでしまう弱き生き物ですわ。それをただ単に殺して楽しむ輩と一緒にしないでくださいまし。わたくしはそんな弱き生き物を護りたいだけですわよ」
「ほう」
「あら。何ですかそのあからさまに疑った目は……」
「種族差別や偏見の仕方が違うということはわかったが……貴様のその上から目線な態度と言葉遣いでそう思えないんだが」
「あなたに、どう捉えようと別に構いません。信じてくれる方がそう信じてくれるだけで宜しいですから」
「ほう。それはあの蒼いのか?」
「蒼いの? ああ、蓮歌ですか。それなら違いますわ」
「違うのか」
「ええ、違います。それよりもこんなところで話している場合ではありませんわ」
エクレールはそれ以上の追及を避けるかのように話を変えた。シルベットはエクレールを信じてくれる者とは一体誰なのか、少し気になっていたが、それを訊き出すほどの信頼はないことを自負している。それに彼女の言う通り、こんなところでおちおちと話している時間はないのは確かだ。
「……ああ、全くその通りだ。さっさとツバサを見つけ出して連れ返って、皆で夕食だ」
「ええ」
「まずは、この建物の中を虱潰しに探すとしょう」
「そうですわね」
エクレールは、魔術を行使する。魔術的視覚を発動させ、〈見敵〉と〈空間把握〉を行使する。捜索する相手は人間であるため、魔力だけではなく生命エネルギーにも反応するように術式を編み込んでおく。これにより、周囲五百キロの探知を地図を俯瞰するように状況を把握することができる。
建物の中には、シルベットとエクレールやハドウルフたち【創世敬団】の他にも僅かながらも生命エネルギーが確認出来た。少しばかり弱々しいこの生命エネルギーは二つである。ハドウルフが盾にしょうとした女子供だろうか。そっちの方には、かなり高い生命エネルギーが向かっていた。恐らくそっちは神であるオウス(仮称)──ヤマトタケルだろう。
「彼等が言っていた人質は、あのオウス(仮称)が助けに行きましたわ」
「そうか。なら、安心だな」
「そうですか……わたくしは、あんまり安心出来ませんが……」
「貴様はとことん疑り深いな……。特に神にはな。何が合ったか知らんが……どうして、神を疑うのだ?」
「……そうですわね。この世には、神と崇拝される者は決して良い者とは限りませんからですわ」
「ああ。祟り神や邪神というものだろう。ルイン・ラルゴルス・リユニオンのような」
「それもそうですが、他にもありますわよ。さっきもオウス(仮称)が言ってましたが、想像力の神を創り崇めることはどの世界線でもあります。それを良いことに使われるのは別にいいですわ。ですが、この世の中には神というものを崇拝させて自分で決められないように骨抜きにしてしまおうとする輩がいますのよ。何かに依存や固執することにより操り人形にしてしまうことはよくある話ですわ。それが神という対象でなくともです。例えば娯楽、薬物、性行為といったものは人を知らず知らずに駄目にします。社会はそれを危険だとすることは当然ですが、裏を返せばそれも策の一つですわ」
「ん? どういうことだ……」
「社会に反感している輩は、そんな社会のルールを護るわけありません。むしろルールを無視してやりたがるのが普通といえますわ。やっちゃいけないのをやりたくなる心理ですわ。神にさえすがらないひねくれ者は、娯楽、薬物、性行為を決してやってはいけないと教えれば、やってしまうでしょう。そうやって依存させていき、操り人形にしてしまうそんなのがいますのよ。話を剃れてしまいましたが、神を崇拝してしまうのは何かを依存してしまうのと紙一重ということですわ。何者かの操り人形になりたくなかったら、ほどほどにしといた方が宜しいですわよ。自分の判断も出来なくなったら、盲目になったらおしまいですから」
「つまり、誰かの操り人形になりたくなくって、神を信用できないのか貴様は?」
「そうですわね。娯楽はほどほどに楽しみますが、薬はしたくありませんし、性行為は好意あるものとしたいのが普通ですわ。わたくしはその価値観を歪まされるのが厭なだけですわ」
「そうか。それは私も何となくわかるが、貴様の言葉の節々にはなんかそれを見たことがあるような言い方だな……」
「そうですわね……──」
エクレールは少し考えるように黙ってから口を開く。
「──友人の一人に、そのような方がいましたから」
エクレールがそう言った直後だった。
宵闇の霧が、建物の周囲を襲った。自分たちは武器を構えて警戒する。
シルベットとエクレールはそれぞれ魔術を行使する。魔術的視覚を発動させ、〈索敵〉を行使し、周囲五百キロに敵がいないかどうかを確認する。宵闇のの霧を発生させたと思わしき影はすぐに見つかった。
「丘の上に二つだな……」
「ええ。ですが……」
「ああ」
建物の裏手にある丘の上に二つの魔力反応があった。それらは弱々しく、魔力が行使できるギリギリの魔力量だ。恐らく、人間といった魔力量が少ない種族か下位種族同士の混血に違いない。
「あのままだと……」
「危険ですわね……」
二つの魔力反応を見る限り、明らかに扱える術式ではない。このままでは、魔力容量はオーバーして、魔力酔いを起こしてしまう。
「ホントに【創世敬団】って、莫迦の集まりですの……。魔力酔いを起こすような強力な魔術を下位種族に教えるだなんて……」
「命知らずもいいところだ。早く止めて、取っ捕まえて教えてやる!」
シルベットとエクレールは頷き合ってから全力で走り出した。二つの魔力反応がある丘の上へと。
◇
──どういうつもりだ……?
イブキとキフーは、神やあと加わったとされる少女たち二人の動向にささいな変化も見逃さないように見据えながら、目眩ましとして魔術で霧を発生させた。その霧を斬りさいて向かってくるのは、少女たち二人である。彼女らの意図を探ろうとする。
──目眩ましとして霧を発生させて姿を見えないことにしてから、奇襲をかけるつもりだったが……。
居場所を知られてしまったことに気づき、今から離れようと試みるが既に遅く。少女たち二人は刀では斬れない霧を風で吹き飛ばして回避しながら、彼等の前に降り立つ。
キフーを術式をしているために身動きが取れない代わりに、イブキが刀剣を構えて警戒を露にする。
少女たちは、納刀状態のまま警戒の目を向ける。勿論、下位種族の混血だからといって侮っているわけではない。霧の中を素早く駆けて接近されることは充分にあり得る。まず、相手の出方を窺うためにも少女たちは霧にも慣れ、相手がわかるまではすぐに速度に反応できるように速さ重視の構えをとったというだけに過ぎない。
──あの二人の頭上には、あの霧はないな。
──跳躍して、上からの攻撃なら行けますわね。ですが……。
──果たして、頭上だけ霧をあけているのは行為かそうでないかが問題だ。
──罠の可能性もありますし、ただ単に魔力が足りなくって頭上の霧が出せなかったというのもありますわね。
──相手は恐らく下位種族の混血だ。まとも戦ったとしても勝てることは見込みは充分にはあるが、相手を舐めてかけることは痛い目に合うだけだし相手に失礼だろうな。
──魔力容量も少ないようですし、あちらは魔力酔いで倒れてしまったところを捕らえば簡単ですわね。
──片方が魔術で霧を発生させて、それにより魔力酔いで倒れても、片方は仲間を護るために戦うだけだな。そうなれば、無傷では済まんわけか。
少女たちは彼等を見える範囲で分析しながらも大体の戦い方を目算していく。そんな彼女たちと時を同じく、彼等も見える範囲で彼女たちを分析する。
──見たところ龍人だ。派手な金の少女は純血種だが、片方の銀の少女は混血みたいだ。
──それでも龍人であることは代わりない。上位種族だから魔力容量はこちらよりも上だ。下手に魔術で戦っても魔力切れで負ける。だとすると、肉弾戦か……。
──少女を二人相手にすることは構わないが、相手は上位種族の龍人。しかも、金龍と銀龍だ。一対一でも相手にするのも難しいのに、一対二は分が悪い。
──キフーが霧を発生している間は自分がやるしかないが、流石に負け戦になってしまうのも確かだ。
──士官であるハドウルフは捕らえられ、人質は神であるヤマトタケルに救出された以上は、此処にいても逆転はない。
イブキが撤退することを視野に入れて、何とか彼女たちから逃げるための策を練る。
そんな時。
先に話しかけたのは銀の少女──シルベットだ。
「な? 何だか知らんが、色々と詰みではないのか」
「詰み……? ああ、そうだね。士官は捕らえられ、人質はヤマトタケルに救出されて、ぼくらは此処で追い詰められている。確かに詰みだね」
「それもあるが、貴様の相方である彼の顔が青白いぞ」
「え?」
銀の少女に言われて、イブキは気づいた。キフーの顔が青白く、悪い。明らかに魔力酔いを起こす寸前である。
「いいから術式を止めたらどうだ? もう見つかってしまった状態では霧なんてもう必要ないだろう」
逃亡の際に目眩ましに使うとしても、ずっと行使する必要はない。彼らの魔力容量を見る限りでは霧を発生するだけでかなりの消費だ。逃亡をするしないにせよ、途中で魔力酔いで倒れてしまう恐れを考えて、一回解術するのがいいだろう。にも拘わらず、魔術は解くことをしない。このまま、一人だけ逃げるといった捨て身ならば納得いくが、仲間にはそんな気はない。それどころか混乱した顔を浮かべてシルベットたちに訊いてきた。
「え……止める? どうやって?」
「え……」
イブキの問いに一瞬何を言っているのかわからなかったシルベットはそう口を漏らした。それほどまでに、思いがけない問いだった。
魔術というものを習う場合に必ず解く方法を教えなければならない決まりがハトラレ・アローラにあったからだ。魔術に失敗した際に対処として解術が手っ取り早いことが挙げられる。魔力を編んで術式に注ぐことで行使されている。だから術式に注がれている魔力の奔流を切るかまたは止めれば自動的に解かれるのが殆どだ。術式によっては魔力を切るまたは止めることで術式に貯蓄された力が暴走するものもあるが、彼等の魔術はその類いのものではない。霧は、ただ単に発生させているだけで何の小細工もされていない上に、魔力さえ注がなければ自然と解術されるはずなのだが。
「何をいってますのよ……魔術の止め方くらい習いますでしょう?」
「そんなの知らないし習ってないよ!」
「……ば、莫迦ですの? 貴方がたに魔術を教えた方は解術を教えない駄目教師ですの……」
「レオン先生のことを悪く言うな!」
「レオン先生……? それが貴方がたに魔術を教えたヘボ教師ですのね……」
「ああ、レオン先生──レオン・ブリアン・ルドオル先生だ」
「レオン・ブリアン・ルドオルですって……」
レオン・ブリアン・ルドオルという名を訊いてエクレールは目をひんむくが如く驚き、そして忌々しげに表情を曇らせた。何か知っている様子のエクレールをシルベットは見据えながら、レオン・ブリアン・ルドオルという名に何故か聞き覚えを感じていた。はて、と首を傾げているとイブキは口を開く。
「決してヘボでも駄目でもない教師だ!」
「いいえ。そのお方は最低窮まりない魔術師です。すぐにその術式を解除しなければ貴方がたは死にます。何故なら、その魔術師は──」
誇らしげに言った彼──イブキに淡々と冷ややかな声音で注意を促すエクレール。冷たい声音の中には静かな怒りを讃えて。
「──わたくしの、邪神教に洗脳された面汚しの親族ですから」
「え……」
「ほう。どうりで後半部分に聞き覚えがあるなと思ったら貴様の身内か」
イブキは呆然とし、シルベットは合点がいったように頷いた。
「ええ。ですから、その方が何を考えて教えたのかはわかりますわ。だから早く解術してください。出来ないのなら、こちらで勝手に解けるように魔力の奔流を切るだけです」
有無を言わさず勢いでエクレールは術式を行使した。彼女の躯から複数の黄金の魔力が術式を介して顕れ、キフーから術式へ供給される魔力の流れへと向かう。
細長い小さな腕のような形状をしたものが複数あり、一つだけハサミのような形状をしていそれらは、キフーの魔力へと伸びていく。細長い小さな腕のような形状をしたものは左右と絡めとっていき、ハサミのような形状をしたものはその中心点を切った。
それにより術式を供給されていたキフーの魔力はなくなり、術式は弱まっていき、霧は晴れていった。キフーは解放されて地にへたへたと崩れ落ちる。
「キフーっ!」
イブキは名を呼んで駆け寄った。
「キフー! キフー! 大丈夫かぁ!」
イブキの呼びかけにキフーは応答しない。魔力消費がなくなったが軽い魔力酔いを起こし、意識が飛んでしまっているのだろう。エクレールは念のためにとキフーの側まで行き、状態を診る。
「見たところ軽い魔力酔いで間違いはありません。快復にはしばらくはかかると思います」
「助かるのか……?」
イブキはすがるような目をエクレールに向けて問うた。それにエクレールはひとしきり息を吐き答える。
「ええ。しばらく安静していればですが……、念のために病院に行くことをお奨めしますわよ。【創世敬団】が運営するところじゃなく、まともなところで治療した方が快復は早いと思います」
エクレールはそう言うとキフーから離れる。
「手負いの敵を痛めつけるような趣味はありませんわ」
エクレールは魔方陣を呼び出し、何やら召喚してイブキは投げてよこした。
「こ、これは……?」
「一応、魔力を回復させる薬ですわ。わたくしは龍人ですので、自然と魔力は回復するので薬は殆ど使いませんのよ。在庫の邪魔ですので、もらって頂けると助かりますわ」
「……いいのか? 敵に、こんなもの渡して」
エクレールに怪訝な顔を向けるイブキ。そんな彼にエクレールは髪を払って言う。
「構いませんわよ。【創世敬団】はどうかは知りませんが、【謀反者討伐隊】は話し合えるのならば、対話は赦されていますわ。勿論、密偵行為は駄目ですけれど……薬を渡すくらいは大丈夫ですわよ。それに怪我した相手を治療してはいけないという決まりは組織同士で交わされていませんわ」
「いや……そういうわけじゃなくって、ぼくたちを助けていいのか? 次、会った時は敵なんだぞ」
「構いません。敵だろうが何だろうが、わたくしは話せる相手ならとことん話し合いをして説得はします。話し合いが不可能ならば戦うだけですわ。何故、わたくしたちが命までとらない理由はそこにありますのよ。問答無用に殺害する【創世敬団】と一緒にしないでくださいまし!」
エクレールはそう言って歩き出す。少し歩いてから立ち止まり、イブキに振り返る。
「そういえば、伝言をお願いします」
「……で、伝言?」
「ええ。貴方がたの魔術教師──レオン・ブリアン・ルドオルにですわ」
エクレールはニッコリと微笑んでから、顔を凶悪なまでに歪ませて口を開いた。
「邪神教を崇拝した金龍族の面汚しであるあなたが、【創世敬団】で魔術師として魔術を教えていましたことには驚きでしたが、まさか解術を教えなかったとはハトラレ・アローラの魔術師で最高位までいった方とは思えませんわ。ヤキが回りましたの? そんなわけではありませんわね。だって、あなたは邪神教に惑わされて禁忌魔術に手を出したマッドサイエンストですものね。その可愛らしい混血を使って何の実験してますの。教えてくださるとありがたいですわ。勿論、全力で金龍族の名にかけて止めますので」
丁寧な言葉遣いと反して怒濤のように捲し立てられたエクレールの声は世界に響き渡った。




