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第二章 五十六




「クソがッ!!」


 ドンと強く床を蹴って吐き捨てる。


 亜人──特に半魔と呼ばれる混血種で構成された【創世敬団ジェネシス】新兵軍をまとめる隊長であるヴィルヘルム・ハドウルフは、殆どの兵を失い、苛立たしげに爪を噛んだ。


 猛将ハドウルフという異名を持つ彼は狼人族だ。混血種だけで構成された新兵軍の中で唯一どの種族も混じり合ってない純血種である。この将軍は、【創世敬団ジェネシス】で大の人間嫌いとして名を馳せる。


 その嫌い方は生理的嫌悪の域にまで達しており、人間を猿と公言して憚らず、ルイン・ラルゴルス・リユニオンやルシアスの前で、“これ世界線戦という戦争ではない、単なる猿狩りだ。目に映る猿を殺すだけのな。だから我々は一匹残らず皆殺して、遺体を串刺しにして全世界線をパレードする。それだけで人間たちは身を竦むだろう。そんなことで恐怖する人間たちをなぶり殺す。それこそ我の喜びよ。それを邪魔する者は例え亜人であろうと容赦はしない。そんな戦いを我は喜んで引き受けよう”と訓示したということは有名である。そのあまりに粗暴な態度と品のない言葉遣いを七人の大元帥は嫌い、どこの陣営からも指命は入らなかった。今回、ルイン・ラルゴルス・リユニオンより誘拐したモーリーの母娘を死守するといった命令に降されたわけだが、それにハドウルフはただ敵──特に人間を殺したかったが、我らが神の申し使ったとあって、全力を尽くし、多くの敵を殺そうとしたのだが。


「まさか、神が──ヤマトタケルが来るとは……ッ!」


 神──ヤマトタケルに捨て身の特効を命じて、その全てが戦闘不能にさせられた。既に前衛・中衛は殺されなかったものの、しばらくは身動きは取れない。最後の後衛も今特効を命じて、同じように戦闘不能となった報告を受け、ハドウルフは悔しげに歯噛みをした。現在の戦力はモーリーの母娘を見張っている二人とハドウルフがいる部屋で待機している二人しかいない。


 このままではまずい。生物を殺すことを自らの喜びとするハドウルフだが流石に負け戦はしたくはない。だからといって背を見せて逃げ出すことは狼人族としてのプライドが許さない。これから大量の命を殺し喰らうことができるなら多少の味方の損害は屁とも思わない。生き物としては間違っているが軍人としては至極正しい。が、神にどう立ち向かうのか。やはり、半魔など中途半端な生き物なんぞ何の役にも立たないんだ。苛烈なまでの異民族異種族への軽蔑、熱狂的な愛族心、旺盛な戦闘意欲に溢れさせてハドウルフは神が来るであろう前方を注視しながら、後ろに控えている部下に命令を降す。


「人質を連れてこい。彼女らを盾にして、奴等の動きを止める。神であろうと無駄な殺生はしないはずだ。ん?」


 ハドウルフはある違和感に気づいた。後ろに控えているはずである部下の返事がない。常に、応答には一秒以内にしろと叩き込んでいる。そのために、返答がないことに彼は振り返る。


 振り返ったと同時に、部下の返答がなかった理由を知った。


 部下二人は地に伏していた。魔力で出来た縄によりミノムシのようにぐるぐる巻きにされ、声を出さないように猿ぐつわを付けられて。


 誰が一体? 犯人は聞かずとも一目瞭然だ。何故なら、部下らの上に二人の少女が乗っていたからだ。戦場には不釣り合いなほどに派手な黄金色でコーディネートされた服を着たツインテールの少女に、銀翼銀髪の戦乙女然とした少女。それらは、先ほど報告に上がっていた少女二人である。


「女子供を盾にするとは、下衆な輩だな貴様は」


「ホントそうですわ」


 少女たちに軽蔑した色を濃くしてハドウルフを見据えた。


「だからなんだ。この戦を勝ち抜くためだ。貴様らも音をたてずに、背後から忍び込んで汚いと思わんのか」


「人質を盾にするのと背後から襲うのを同列にするな……」


「そうですわ。こっちは、後ろから回り込み、敵が神に注視した隙を狙って確保しただけですわよ。女子供を人質に取り、あまつさえ盾にするといった愚策。そんなことをしてまで勝とうとするあなたなんて穢らわしい以外ありませんわよ」


「口だとどうとも言えることだな。まあいい。貴様らは神の味方か?」


「何故そんなことを訊くんだ……。そうであってもなくとも私は貴様らの敵だ」


「そうか。それでいい……」


 ハドウルフは口端を上げて微笑む。


「神では貴様らなら、これまでやられた分、倍にして仕返しができるからな……」


 ハドウルフは少女たちに突入する。


「ナメられたものだな……」


「ナメられたものですわね……」


 少女たちは向かってくるハドウルフに肩を竦める。そんな彼女たちに莫迦にされ、怒りを露にする。


「小娘がッ!!」


 速度を上げて突進したハドウルフは鉤爪を彼女に向けて振り下ろす。


 それを彼女たちは軽やかなステップで回避する。


 回避しながら銀の少女は金の少女に目配せをする。“私が先でいいか”と。金の少女は僅かな考えてから、ジト目を銀の少女に向ける。“お好きにどうぞ”。


 おやつを食べる順番を決めるような余裕で決められたことに不快感をさらに露にするハドウルフ。そんな彼などお構い無しに、銀の少女を繰り出される鉤爪を避けながら刀剣を召喚させた。


「先に私が相手してやる。お前みたいなクズは私だけで充分だ!」


「半龍のくせに、純血の狼人族であるオレと張り合おうだなんて一万以上も早いッ!」


「そんなことを言っている貴様は時代遅れのクソったれだ!」


「何だとッ!」


 銀の少女は鉤爪を避けながら後退、ハドウルフから距離を取る。


 少し離れたところで、とん、と軽く地面を蹴った。しかしその軽さと裏腹の加速で、少女は間合いをつめてくる。剣が重い風斬り音が唸りながら、巨大な弧を描き横殴りの斬撃をハドウルフへ向ける。彼は後ろへ跳躍しながら回避したが剣圧により糸くずのように吹っ飛ばされた。


 ハドウルフはすぐさま受身をとって立ち上がるが、すぐに銀の少女は距離を詰める。仕返しとばかりに連撃を喰らわせる。


 ハドウルフは鉤爪でその連撃を防ぐが、少しずつ爪や肉を削り取られていく。彼は思わず、銀の少女を足で蹴り飛ばした。


「ぐっ!?」


「クソがっ!」


 蹴りがお腹に叩き込まれたことにより連撃が速度を落とした隙に、ハドウルフは距離を取った。


 ──あの半龍、異常的に剣術が強い……。


 ハドウルフは〈結界〉を周囲に張り、一切の近接攻撃を許さないという戦術を取った。


 ──これで、間合いには近づけないだろう。


 剣術の極意は間合いだ。近づけられなければ、剣術は役には立たない。


「半龍ゆえに剣術を磨いたらしいが、周囲を近づけないようにすれば、貴様の剣術は役には立てない。オレは貴様のような半端者と違って、魔力があって知能があるからな」


「だからなんだ」


 受身を取った際に砂埃が口に入ったのか、ぺっと唾を吐きながら少女が言った。


「貴様はそもそも混血種族を舐めているようだが、私がいつ剣術しか出来ないと言ったんだ? 魔力が使えないだなんて何で思ったんだ? 貴様のような、取り柄が純血でしかない大莫迦野郎に負ける要素などありはしない」


「何だとッ──…………」


 ハドウルフの声が終わる前に銀の少女は肉薄し、〈結界〉を斬り刻んだ。


 ハドウルフを間合いに入ったところで、銀の少女は魔術を行使する。それにより、ハドウルフを中心にしたエリアに魔方陣が展開され、複数の鎖が飛び出し、ハドウルフの躯に絡み付く。


 それに注視している内に、少女は剣を大きく振りかぶっていた。


「少しは往生しろよ」


 少女の言葉が耳に入った時に、ハドウルフの視界が真っ二つにされていた。


「な……」


 何事が起こったのか理解出来ないハドウルフ。ようやく自分は斬り裂かれたとわかった時には、自分の中から噴き出した血潮により出来ていた血の海にダイブする直前であった。


 ドスン、という重い音とぐちゃという液体を踏んづけたかのような音がし、ハドウルフは血の海に倒れた。負けたのだ。それを自覚して、自分を見下ろす少女を見た。彼の瞳には舐めていた後悔と混血に敗北してしまった屈辱を宿している。


「……よくも、よくも……、よくもよくも……」


「ほう。また生きているか。安心するがいい。命は取らない。その代わりに、貴様がこれまで殺したであろう混血種が行った黄泉の国への日帰りツアーだ。戻ってきた時には牢獄の中でしばらく反省するというのが待っている」


「ならばオレは死を選ぶ……。敵の捕虜などにはオレはならない」


「そうか。でも、さっき鎖出す時に自決なんて出来ないように魔術を施しておいたから無駄だ」


 銀の少女は意地の悪そうな微笑みを向ける。


「さっき剣しか出来ない莫迦扱いした仕返しだ。黄泉国から戻ってきたら、反省してもう少し言葉に気をつけることだなオオカミ」


「く……そ」


 ハドウルフは悔しげに言ったのを最後に意識は途絶えた。




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