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第二章 五十四




 オオウスは、白銀の少女に真っ二つにされ、六本の腕をだらんとしている。その手には依然と刀を持ち、構えをとっているわけではないが毒霧の中心で消滅せずに佇んでいた。躰を斬り裂かれても、異様なその佇まいからは覇気が感じられる。一にして全という気配があった。


 彼は今なおも死滅せずに生きているが、間違いなく少しずつだが冷静さを失ってきている。


 オオウスは焦っていた。黄泉がえりし、神を喰らう力をルイン・ラルゴルス・リユニオンに与えられたというのに弟に復讐することが出来ず、戦闘不能に陥っていた。


 オオウスは死人であるために、治癒力は皆無だ。生命を補食し、その治癒力をもってして躯を再生することは可能だが、少しでも動かせば、崩れてしまう恐れがあるために動くことができないでいた。このままでは、三日経たずに躯を腐らせてしまい、黄泉の国へ戻らないといけなくなるだろう。


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンに与えられた命は、弟の復讐を遂げることなく無駄に終わってしまう。黄泉の国に戻れば、黄泉の女神は黄泉がえりさせぬようにしてくるに違いない。現世に戻ることなく、弟に復讐出来ぬままで苦しむことだろう。


 それは厭だ。どうにかしてして、生命を喰らい、命を得て、復讐を遂げるのだとオオウスは口を大きく開く。更なる毒霧を辺りに撒き散らす。


「こいつまた生きているのか……」


 白銀の少女が端整な眉間に皺を刻みながら厭そうな顔をしている。


「死人だからな。見たところ、治癒力はないようだ」


「どういうことだ?」


「オオウスは恐らくルイン・ラルゴルス・リユニオンに無理矢理に黄泉がえらせたのだろう。。それにより、生き物の命を喰われなければ、傷ついた躯を治すことはおろか生きていけない躯となってしまったのだろうな」


 ヤマトタケルはオオウスの状態を見る。白銀の少女に斬られた傷から少しずつであるが霧散し始めていた。その速さから彼が現世で存在できる時間はあと僅かだということがわかった。


「このまま放っていてもいずれ命は果てる。黄泉の国に戻るだけだ」


 ヤマトタケルはオオウスに歩み寄る。そんな彼を憎悪の目で見据えた。


「赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬ赦さぬぞ……ッ」


 壊れた時計のように同じことを繰り返して言うオオウス。そんな彼にヤマトタケルは静かに口を開く。


「赦さなくとも結構だ。俺は兄を葬ったことに後悔はない」


「何だと……っ!?」


「父君の婚約者を略奪した罪を償わなかっただけか、俺にそれを隠そうとせずに、略奪した婚約者と寝かせるから黙ってくれと誘いをかけた兄をこの国を任せるわけにはいけないと考えた俺の行動は間違いはない。よって、俺は負けを認めることは死滅してもないということだ」


「オウス──貴様ッ!!」


「兄よ。残念ながら、俺はもう兄が知っているオウスではない。ヤマトタケルだ。日本──倭という名をもらい受けた男神。そんな神である俺が頭を垂れるわけはないだろ」


「貴様貴様キサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマ殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺スッ!!」


 動かしたらずれてしまう躯をわなわなとさせるオオウス。そんな彼にヤマトタケルは憐れみを帯びた目を向ける。


「これまでしてきた自分の罪を棚に上げて、自分を殺した俺を断罪しょうとしても無駄だ。そんなことで黄泉がえりしても、後が怖いだけだぞ」


「怖いだと……ッ」


「ああ」


 ヤマトタケルは微笑んだ、その瞬間。


「ぬ……?」


「え……?」


 オオウスの前にいた少女たちは、その目を驚愕に見開かれた。


 オオウスの背後が歪んだのだ。歪んだ空間に、まるで亀裂が走ったかのように割れて、扉が出現する。


 鬼や亡者が画かれた絵の装飾を施された両開き扉だ。


 それが一体何なのか。何を意味するのか。少女たちはわからなかったがヤマトタケルだけは何の事象なのか知っているのか、平然と微笑みを浮かべて視線はオオウスを見ていた。


「これから死せば、お前は黄泉の国の牢獄から出られない。そうじゃなくとも」


「どういう意味だ……?」


「今に厭でもわかるさ」


 ヤマトタケルが言うと、扉は重々しい音を響かせながら開かれていった。


 扉の向こうは、闇だった。光もない深い闇が広がっており、その先に何があるのか見通すことが出来ない。文字通り、一寸先は闇である。


 深い闇が蠢動し、無数の青白い手が出てきた。少女たちは出現した無数の手に最大限の警戒を向ける。振り返れば躯が崩れてしまうオオウスは、背後からの得体の知れない気配に何かを感じ取る。それは悪寒が走る強烈なまでの恐怖だ。彼は酷く脅え、目だけを動かして背後に現れたそれを確認しょうとしているが、完全に死角となっているために見ることは出来ない。


 扉から無数に伸びた手は、オオウスの躯を捉え、掴み取っていく。それに気づいた彼はビクッとしながらも、掴まれた無数の手を振り払おうとする。


「……なっ、何だこれはっ!?」


 大きく動かすことと真っ二つされた躯が崩れてしまうために振り払うことは困難であり、更に無数の手は決して逃がさないようにオオウスを力強く絡め取っていった。


 チリン。


 オオウスが身動きが取れなくなったところで、鈴の音が鳴った。


 チリン。


 また鳴った。


 鈴の音が鳴ったのは背後に出現した闇の中からである。


 オオウスはその鈴の音に何か思い当たったのか、顔は瞬く間に青ざめていった。


 鈴の音に思い当たりなどない少女たちは扉の向こう──闇に注視すると、闇の中から艶やかな長い髪が現れ、美しく整った顔が露になる。


 闇を具現化したかのような和服を纏った女性が一人、現れた。闇から出て、一歩踏み出す度にチリン、と音が鳴る。それは女性の耳に付けている銀の鈴の耳飾りのものだろうことがわかった。


 チリン。


 鈴音を鳴らして、一歩ずつ。ゆっくりと、確実にオオウスに近づいていく。


 女性は、やっと見つけたと安堵したかのように表情を浮かべると、ゆっくりと口を開いた。


「今度は逃がしませんよ」


「ひっ!」


 女性の声を耳にしてオオウスは情けない悲鳴を上げた。


「……ま、まさかッ!?」


「ああ。想像している御方であることは間違いないよ。そして、何故その御方が直々に現れたのかはわかる通りに、黄泉の国から不本意ながらも帰らせてしまったあなたを連れ戻しに来たのさ」


「そうです」


 ヤマトタケルの言葉に女性は頷き、耳飾りの銀鈴のような涼やかな綺麗な声を出した。


 女性が声を出す度に、オオウスが恐怖に彩られた脅えた表情を浮かべている。登場の仕方はさておき、別に怖がることはない必要のない女性の綺麗な容姿と声なのだが、と少女たちは首を傾げていたが。


 その理由は、ヤマトタケルの言葉によって明らかにされた。


「オオウス、これから黄泉津大神自らによって黄泉の国に連行されるといいさ」


 黄泉津大神。それは伊邪那美神イザナミノミコトのことだ。イザナギの妻で、多くの神々を生み落とした日本の最初の神である。生の神でありながら、黄泉国、すなわち冥界の女王という側面も持ち合わせている。とどのつまり、ルイン・ラルゴルス・リユニオンによって黄泉がえりを果たした死人であるオオウスにとって、彼女は決して見つかってはいけない神ということになる。


「登場の仕方は悪趣味ですが、別段あの美しい女性にあんなに脅える必要はなくって?」


 日本の神(彼女の場合、神全般)の知識が疎い金髪碧眼の少女は言った。無知な彼女に、横にいた銀翼銀髪の少女は、ふうと息を吐く。


「イザナミを知らないのか……」


「知りませんわ。誰ですのそれ」


「はあ……」


 白銀の少女に半目でひとしきり見据えると大きなため息を吐いた。そんな彼女の態度に黄金の少女は気分を害したように表情を歪ませる。


「何ですのその顔は……気に食いませんわ」


「簡潔的に説明してやりたいが、長くなるしめんどくさいからやめた……」


「そうですか……。あなたが知っているということは、日本の神関連ということだけはわかりましたわ」


 金の少女が大体の見当がついたところで、イザナミノミコトはオオウスを背後まで急接近し、背中から生えた四本の腕を邪魔そうに見据える。


 人差し指を艶やかな唇に置き、どうするか考えてから、何か思い付いたように、ポンと手を叩いた。


 それから、にこやかな微笑みで背中に生えた一本の腕を手にして、思い切ってもぎ取った。


「うぎぁああああああああッ!!」


 断末魔の叫びのような情けない声を上げるオオウス。そんな彼にイザナミノミコトは、子供を窘めるように叱りつける。


「神を喰らっておきながら情けない声を出さないの……」


 優しげな声と相反して、イザナミノミコトは他の腕ももぎ取っていった。その度に悲鳴を上げるオオウス。イザナミの行動に若干引いたヤマトタケル。かなり引いている黄金の少女。そして興味津々に見つめている白銀の少女。命からがら生き残っていたものの、躯が動かないでいた【創世敬団ジェネシス】はイザナミノミコトに恐怖した。その状況は、僅か十分間続いた。


 背中から生えた腕を全て除去したイザナミノミコト。背中の腕を失ったオオウスは、恐怖に歪んだ顔でイザナミノミコトを見据えている。


「腕は六本もいらないのよ。邪魔なだけで、元人間であるあなたでは動きを鈍くさせるだけの枷に過ぎない。阿修羅のように複数の腕を持つ者もいますが、そこまで境地に達することはかなりの労力と時間を要します。人間の脳は本来であれば、八本まで腕を使えるように出来ていますが、脳がそれに対応するまでの発達を遂げるにはかなりの時間はかかってしまいます。脳が発達する前に腕一本辺りの能力が下がり、二本の腕よりも精密で器用な動きは出来なくなってしまいますから、六本の腕に慣れるまでに様々な問題が起こり得るのです。それにあなたは死人です。時間は永久に止まり、成長は出来ません。つまり脳が六本腕を扱えるように発達を遂げることはないのですよ。いくら六本の腕を慣れようと労力と時間を使っても、です。これまで神を喰らって得たであろう六本の腕は宝の持ち腐れでしたねオオウス」


「く……」


 悔しげに表情を歪めるオオウスにイザナミノミコトはたおやかに微笑みながら容赦なく言葉を続ける。


「死人であるあなたには、六本の腕は阿修羅に使いこなせる日は永遠に来ない。前方の攻撃は何とかなりましょう。風の刃も間合いに近づけさせないためには有効ですが、それまでです。風の刃を突破されて、高速で横や上からの攻撃を加えればやられてしまうのですから」


「ワレの弱点をよくと知っているな……」


「私は黄泉津大神なのですから、あなたの喰われた神の霊に訊けばいいのです。それをお伝えしたかったのですが……、彼女たちに見抜かれて仕留めて頂いたようで」


 イザナミノミコトは、オオウスを仕留めた白銀の少女に視線を向けて御礼を言う。


「長年、ルイン・ラルゴルス・リユニオンに連れ去られて行方不明でしたオオウスを捕まえられました。誠に感謝いたします。今後は、警備を厳重にして、このような事態にならないように気をつけたいと思います」


「うむ、わかった。生と死の神の役に立ててよかった」


「是非とも黄泉の国に来て御礼をさせてください」


「今は行っている場合ではないし、御礼をされるほどのことはしてない。それに黄泉の国は死者しか行かれないと聞いている。まだ死にたくはないので遠慮しておこう」


 イザナミノミコトの申し出を白銀の少女は断った。その断り方にイザナミノミコトは微笑む。


「ふふふ、わかりました。もし亡くなって黄泉の国に訪れた際には、御礼をさせて頂きたいので私を頼ってくださいませ。では、私は帰らせて頂きます。あなたに良い、一生を」


「うむ」


 イザナミノミコトは会釈をして、白銀の少女は頷く。


 会話を終えたイザナミノミコトはオオウスを崩れないように掴み上げて、闇の方へと連れていく


「厭だ厭だ戻りたくない……」


 泣き喚きながらオオウスはもがいて抵抗するが、イザナミと闇から伸びた無数の手によって、少しずつ後ろへと進んでいき、ついには闇に吸い込まれるようにして、消えた。


「このくらいのことで音を上げないくださいね。黄泉の国であなたが受けなければならない罰は山ほどあるんですから」


 イザナミの声と、オオウスの悲鳴を最期に残して。




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