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第二章 五十二




 異常を感じて、廃屋から外を眺めると、草原に一つの影が近づいていた。


 空を黒々とした暗雲が幾重にも連なっていたが、近づく影の正体は躯から発する気により目で見るよりも、なおはっきりと判別できた。


 雲が風に流れ、雲間が裂けて、ふっと月が現れた。


 満月だ。


 この世界線には青い月が夜を照らす。今宵は満月のようで、青い月光りに照らされ、周囲が明るくなる。


 この世界線の月は、どの世界線よりも煌々とし、来客者を照らし出す。


 女性と見紛う中性的な顔立ちに中肉中背の男性である。人型であるが躯から溢れる気は人間ではないことがわかっていた。彼は口端を上げて微笑みを湛えながら住む生き物を失い、遺跡と化している建物群に歩みを進めている。


 十棟もある遺跡と化している建物の中に設えていた部屋は、【創世敬団ジェネシス】がそれぞれ配置につき、後方の建物にいる人質を取られまいと身構えていた。


 ある者が近づく相手の正体に気づく。


『あれは……ヤマトタケルだ』


『ヤマトタケルだと……!?』


 【創世敬団ジェネシス】たちが大いに狼狽えた。


 ヤマトタケルは、記紀などに伝わる古代日本の皇族である。『日本書紀』では主に「日本武尊」、『古事記』では主に「倭建命」と表記される。現在では、漢字表記の場合に一般には「日本武尊」の用字が通用される。第12代景行天皇の皇子で、第14代仲哀天皇の父にあたる。熊襲征討・東国征討を行ったとされる日本古代史上の伝説的英雄である。


 日本担当の神の一柱が突然降臨に狼狽えるのは無理もない。


 十棟もある建物に配備された数は九十三だ。ヤマトタケル神一柱だと数は圧倒的にこちらが上だが、力ではヤマトタケルの方が遥かに上回っている。


 此処で人質を見張っている九十三は、手練れではあるものの下位種族で構成されている。だから神に抗えるほどの力は持ってはいない。


 全知全能である神は先を読む〈預言〉と、対象者が神じゃなければという条件付きだが、世界をどこでも見渡す〈神眼〉という能力により、どこに誰が何をしていることを見えてしまう。つまり、ヤマトタケルからはこちらにはどこに誰がいて、何人いることが筒抜けということになるわけだ。


 遺跡近くまで来れば攻撃を加えられることが出来るが、相手にもわかっている状態で、攻撃したところで躱されるだけだ。それは、いかに手練れ揃いの陣営であったとしても任務を果たしきるのは難しい。


 【創世敬団ジェネシス】に入って間もない新米である男性──イブキは腰に携えている一振りの刀剣へ、いつでも迎撃が出来るように手を翳す。


 イブキという男性は、少し粗い縞線が入った茶褐色の皮マントを躯全体に被った亜人である。正確には、人間や猪人族といった様々な種族の血を持つ混血種だ。人間と似た顔立ちは灰褐色になっており、目や口端から見える牙は獣のそれである。


 彼の生まれは人間界でもハトラレ・アローラでもない。数多く存在する世界線の一つである。その世界線では混血種というだけで排斥として嫌われている。世界各国で異種間でいざこざがあり争い事が絶えなかったからだろう。社会情勢次第では、どちらの国にも属することが出来る混血は“信用出来ない輩”の代名詞。だが本当のところ、混血はどちらの側からも石や腐った野菜や卵、家屋のゴミ、糞尿を投げつけられてしまい、爪を弾かれるのが日常茶飯事だ。


 混血ゆえにどちら側にも入ることもできず、迫害を受け続けてきた半人前たちは、生まれ育った故郷から逃げ出し、迫害などない新天地を目指すキャラバンを結成した。イブキの両親はその旅先で出会い、恋に落ちた。奴隷であった母を連れ出してキャラバンに匿ってもらい、駆け落ちしたのが馴れ初めである。


 両親は姉とイブキを身籠もり無事に出産した。幼い頃から混血種だけで作られたキャラバンに入っていたイブキたちには、各国を転々する毎日が日常であった。イブキにとって、キャラバンは故郷であり、大切な仲間で家族だった。キャラバンにいたから迫害がなかったわけではない。移転した、その行き先々で迫害に合い、それをキャラバンの仲間たちが護ってくれた。同じ境遇を持つキャラバンの皆は、互いを助け合って生きていた。それが混血迫害社会でも生きられた心の支えであったことは間違いない。


 そのキャラバンは、最初は商人をしていたが、国によって物価が違うことや混血種が売買する物を好んで買うものはおらず、すぐに廃業していき、やがて、金融が世の中で果たす役割がどんどん大きくなるにつれて、金貸しや両替商が主な主流となっていった。


 そんな時だった。金融業で儲かりはじめていたキャラバンに目をつけた夜盗たちが、キャラバンを襲撃、仲間を惨殺され、自分と姉はそれぞれ奴隷に売り飛ばされた。


 あっという間に家族と仲間を一度に失ってしまったイブキの喪失感はとても堪えがたいものだったが、奴隷として買われた身である彼には休む間など与えられず、朝早くから夜遅くまで休憩もなく働かされた。雇い主ら家族に虐待体罰拷問を受けながら。


 全ての仕事を終えて、へとへとになりながら寝床として与えられた馬小屋に着いても不思議と目が冴えて、家族と仲間のことを思って泣き、世界の不条理を何度も恨み、神に何度も何でこんな運命を与えたのか問いかけていると、いつの間にか朝が訪れていた。そんな生活を十年ほど続けていると──


 イブキの目の前に、ルイン・ラルゴルス・リユニオンに現れた。


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンはイブキにとって救世主だ。奴隷として働かせる毎日から抜け出せてくれただけではなく、不条理な世界を創造した神に復讐をさせてくれる機会を与えてくれたのだから。


 ヤマトタケルの一点に視線を向ける。視線の先には、草原をすたすたと向かってくる神がいた。神は日本刀を携えているだけで盾も持たない。隙はなく、まっすぐとこちらに向かってくる。


 現在、遺跡に配備されている【創世敬団ジェネシス】の役割はルイン・ラルゴルス・リユニオンの命令により、ハトラレ・アローラから誘拐したモーリーの妻と娘を奪われないようにするためだ。


 しかしハトラレ・アローラの誰かが来ると予想されていたがまさか神──ヤマトタケルが訪れるだなんて思いもしなかった。恐らくルイン・ラルゴルス・リユニオンでもだろう。神同士であれば、〈預言〉も〈神眼〉も意味をなさない。神であるヤマトタケルを前にすれば、防衛網はあっという間に破られる。能であることは知れる。


 ならば、恥を棄てて籠城を諦め、人質を連れて他の世界線に逃げた方がいい。前衛にその時間稼ぎとして攻撃をかけるべきだ。


 苦しい戦いになることは同じだが、これなら人質を護ることが出来て、神に〈預言〉と〈神眼〉を使わせない時間を与えられるかもしれない。このまま籠城して、馬鹿正直に神に突っ込んでいけば全滅の恐れがある。前衛が全滅したなら、防衛は成り立たず、この部隊の運命も自ずと知れよう。


 だが──


「攻撃だ! 攻撃するんだぁ!」


 士官から攻撃命令が下った。士官は籠城する道に決めたようでイブキは奥歯を噛みしめた。


 士官の命令により、誰かが建物から銃を連射し始めた。ヤマトタケルはそれを蝶が舞うかのように躱す。当たり前だ。相手は神だ。〈預言〉と〈神眼〉という能力の他に神が神たる力を持つ者だ。銃弾ごときで倒せるわけがない。


 ヤマトタケルは曲芸のように空中を飛翔しながら、腰に携えていた刀剣を抜き、振るう。


 その瞬間、建物が破壊した。太刀筋の延長線上にあった後ろに並んでいた七棟もの建物も破壊され、そこで控えていた仲間が生き埋めとなった。


 ヤマトタケルの暴力的な力に生き残った仲間は騒然となる。


『怯むなっ! ルイン・ラルゴルス・リユニオン様から、大切な人質を死守しろと命されているのだ。ここで神の一柱も倒さなければ、世界線戦には勝てぬぞ。持ち場を離れるな。突入しろ!』


 〈念話〉を介して士官の野次が飛ぶ。


「そんなこと言われても……」


 隣にいた男性が自信なさげに言葉を吐いた。彼は、イブキと同じ混血である。ゴブリン、オークといった種族の混血だ。肌色は緑をした彼は、同じ世界線の出身ではないが、境遇が似ているために仲良くなれた友人である。


「キフー、弱気になるな」


「イブキ、人間界の日本担当の神いえど、やはり神だ。怯むなというには無理があるよ……」


 キフーと呼ばれた少年は、目に涙を浮かべて情けない声でイブキに言った。


「確かにそうだ。馬鹿な士官の采配に、おれたちの命をくれてやってたまるか」


「え……」


 キフーが、不安そうな表情をこちらへ投げている。


「ここで戦わないと生き残れないのも確かだが、真っ正直に戦って勝てる相手じゃないんだ。人質を何処かに逃がすための時間稼ぎとしての突入ならばわかる。だが、士官がしょうとしているのは籠城だ。そんな無駄死をさせようとする策に乗るつもりはない」


「でも……敵前逃亡や命令違反は……」


「おれは、ただ差別のない平等な世界にしたいだけだ。キフーもそうだろ? 確かに差別をさせようと生き物を創造しているのは神だ。信者に甘い言葉を囁いて、不信者にはいつも苦水ばかり飲ませる。その一番の犠牲者はどこにも属することが出来ない混血だ。それに、神は面白半分で運命を動かそうとする。そんな神は混血の敵なんだ!」


「だったら……戦わないと」


「戦わないといけないのはわかっているが、無駄死になるような戦い方はしたくないんだよ!」


「じゃあ、どうす────ッ!?」


 キフーの言葉を遮るかのように窓外から音もなく光が弾けた。それに遅れてつんざく轟音が鳴り響く。


 イブキとキフーは思わず耳を塞ぎ、目をつぶる。


 周囲からメキメキと音がし、床が震動する。恐らく体感的に震度五はある。長く揺れが続けば、この遺跡は崩れてしまうだろう。


 イブキはキフーに〈念話〉を送る。


『このままじゃ、この遺跡は持たない。〈転移〉して脱出するぞキフー』


『わかった。どこに〈転移〉する?』


『なるべくヤマトタケルから離れた方がいい。一旦、様子を窺えるところまで離れて策を建てるんだ』


『でも……』


『無策で突入して勝てる相手じゃないのをわかっているのに、仲間を犠牲にする無能は士官じゃないよ』


 イブキは自分の実力を過信している士官に見切りを付けた。キフーと共にヤマトタケルや士官に気づかれないように様子を窺いながら策をたてられる場所へ──十棟の奥にある山の中腹へと〈転移〉した。




 ヤマトタケルは近場の建物から二つの命が〈転移〉したのを感じた。逃げ出したのか。無能な士官の命令を聞き入れて無謀にも神と張り合うという愚か者ではなかったのだろう。それも仕方ない。一振りで半数を生き埋めにし、二つ、三つと向かってくる敵勢を薙ぎ払い、さらに半数が散った。戦力はかなり削られてしまった状況で戦意を失わないのはおかしい。だとしてもヤマトタケルには物足りなさを感じる。あまりにも呆気ないほどに片がつきそうで少し拍子抜けしそうだ。


「まあ。ヤマトタケルに敵う奴なんて相当の強者しかいないから仕方ないね。こちらが油断しなければいい話だ」


 ヤマトタケルは呟き、肩を竦める。


 建物群からいくつかの影が押し出されるように現れ出てくる。策なんてない。つまらない反撃だ。ここで指示をしている奴はどうやら神を相手に無作為に攻撃を仕掛ける無能者らしい。


 ヤマトタケルはため息を吐いた。なめられたものだと嘆く。


「せっかくの俺との勝負を棄てたということか……まったく──」


 ヤマトタケルは刀剣を振り上げる。


「──まったく命を粗末にしょってからに!」


 振り下ろして、一閃を放つ。それだけで突風が巻き起こり、向かってくる敵勢は薙ぎ払う。


 敵は次々と躯を切り裂かれ、血飛沫を上げながら、森の中に吹き飛んでいく。


「俺はヤマトタケルだ。神であることは聞いているだろうから、一つ助言だ。何か文句があるのなら受けてたつが、ちゃんとして力を付けて戦え。あと、戦うのならば、それなりに神罰がおちることを予めに言っておくぞ」


 そう吹き飛んだ亜人たちに言ってから歩みを進めようとして止めた。


 道の先、何者かが進んでくる。


 ヤマトタケルは目を細めた。


 それは、暗闇よりも深い宵闇色をした線が細い男が青い月明かりに照らされて道を進んでくる。


 中肉中背で、刀を思わせる鋭い眼をした男はゆったりとした黒いローブに身を包み、同じ色のフードを目深に被っている。携えているのは、一降りの剣だ。


 それは、鍔が龍の頭を象った一際異彩を放つ剣だ。ハトラレ・アローラの宝剣〈ゼノン〉と同型の生剣であることはヤマトタケルは一目で見抜く。


 黒い男性は目深に被ったフードの奥からヤマトタケルに鋭い視線を向けた。


 今までと違い、得体の知れない雰囲気に、剣を握る手を強めると男はくぐもった笑い声を漏らす。


「ソナタが、ヤマトタケルか?」


 男性は、片言の日本語で言った。それにヤマトタケルは違和感を感じる。わざと片言の日本語を使っているかのような違和感である。


 ヤマトタケルは返事する前に問いかける。


「……ヤマトタケルに何か用があるのか?」


「シツモンをシツモンで返すな。マズ、こちらのシツモンに答えよ。ソナタがヤマトタケルか?」


 男性はロープから覗く目から殺意を放ちながら、ヤマトタケルの問いかけるのを無視して訊いた。


「オレの問いかけを無視をするとはいい度胸だな。褒めてやる。オレはヤマトタケルだ。だからなんだ。オレに何か用か?」


「そうかオマエか……。オマエがヤマトタケルか……やっと、見つけたよ……」


 男性はくっくっと不気味に笑いながら、フードに手をかける。その時に見た男性の手は赤黒かったのをヤマトタケルは見逃さなかった。


 赤黒い手でゆっくりフードを拭い去ると、醜く腫れ上がった顔が露になった。それは、少し変形はしていたが、見に覚えがある顔。見間違えるはずもない。


「オオウス……? いや──そんなわけが……オレは朝夕の大御食に出てこないだけではなく、父君の求婚相手を横取りした罪によりオレ自身の手で降したはず? 生きているどころか神にさえなれなかったはずだ……」


 ヤマトタケルの前に現れたのは、遠い昔、人間であったヤマトタケルがオウスの名だった頃に、自らで殺した兄オオウスであった。


「ヤマトタケル──いや、ここは懐かしくオウスと呼ぼう。オウス、ワレをよくも殺してくれたな……。復讐しに参った」


「ふ、復讐だと……!?」


 激しく動揺するヤマトタケルに、オオウスは微笑を浮かべる。


「ワレが黄泉の国で鬱々としていると、ルイン・ラルゴルス・リユニオンが現れ、黄泉の国から連れ帰ってもらったのだ。少し黄泉がえりするのが遅かったために醜くなってしまったが、貴様に復讐した後に、神位を奪うには充分だろ」


「神位を奪うだと……」


「ああ。貴様から神位、神格を奪い取り、ワレがヤマトタケルに成り代わってやる。そのために神を数柱喰らったのだ。貴様に見抜かれないようにな」


 憎悪が溢れた目で、ヤマトタケルを見据えて、腰に携えていた刀剣を抜く。


「神を喰らっただと……?」


「ああ。実に美味であった。お陰で精が出たよフフフ」


「なんと罰当たりな……」


 死地から黄泉がえった兄は、神を喰らった化け物となっていたことに、勇ましいが服を着ているようなヤマトタケルでさえも恐れを感じはじめていた。


 オオウスは心が逸るのをどうにか抑え込みながら、恐れと動揺の色が濃くなってくる弟に向けて口を開く。


「その御霊がもう一度、人となって生まれ変わるならば、兄がしたことを大目に見るような心が広い男になるんだな」


 オオウスは剣を振りかぶりながらヤマトタケルに迫る。間合いに入ってから、ヤマトタケルは慌てて刀剣で防ごうと振るうが遅い。ニヤリとオオウスは笑い、弟に向けて構わずに振り下ろす。


 オオウスの持つ刀剣の刃はヤマトタケルを真っ二つに斬り──さかれなかった……。


 何故ならヤマトタケルとオオウスの間に二つの影が入り込み防いだからだ。


「──なっ?」


「──えっ?」


 兄弟の顔が驚きで染まる。


「何だか知らんが、ヤマトタケルがいるな」


「ヤマトタケルって誰ですのよ……」


 白銀の少女と黄金の少女がヤマトタケルとオオウスの間で屹立し、剣と槍を持ってオオウスの剣を押さえ込んで、世間話をするかのように言葉を交わす。


「ヤマトタケルは日本神話に置いて、ヒーローなのだ。武力に優れ、偉大な戦士として生き、時に人間的な愛と苦悩に彩られてきたその悲劇的な生涯の物語は昔から日本人に愛されてきたのだ。出生は第十二代の景行天皇の皇子という高貴な身分で────」


「もういいですわ。長くなりそうですし、帰って暇があれば聞きますわよ……」


 黄金の少女は白銀の少女の言葉を遮る。得意げに話そうとしていたところを遮られた彼女に不満げにしながらも、語る暇ではないことを理解したのか、「あとでタップリとしてやる……」と言ってからオオウスに言葉を向ける。


「で、貴様は誰だ?」


「それはこっちの台詞だっ! せっかく復讐する好機を邪魔しおってっ……」


「それは悪かったですわね。でも相手が動揺している内での不意討ちは汚くありませんの? 男としてそれでいいですのかしら? まあ正々堂々と復讐をする輩は大抵汚いですけど……」


「貴様らっ!?」


 黄金の少女に挑発されて、オオウスは濃密なまでの力を溢れさせて怒り出した。それに彼女は一切の動揺は見せない。隣にいる白銀の少女も同様である。


「何ですの……堪え性がありませんわね。わたくしの挑発に一発でキレるだなんて……銀ピカよりも心が狭いのではなくて」


「そうだな。金ピカの挑発に一発でキレるとはな……。だから姑息な手を使うのだな卑怯者が。これなら金ピカの方がまだマシだな」


 二人の言葉にオオウスの腰からカチャリと鞘鳴りの音が響き、彼の背中がムクリと膨らみ、黒いロープを破って、二本の腕が現れた。


「小娘どもがッ!!」


 オオウスの怒気を強めた声音で放い、左右の腕は少女たち目掛けて振り下ろす。


 少女たちは、オオウスを吹き飛ばしてから後ろにいたヤマトタケルの首根っこを掴んで、一緒にさらに後退。ギリギリで回避し、彼女たちが先ほどいた場所には×印の形で地面が抉り取られていた。


「なんと背中から異形の腕が出たな……」


「ええ……とんだ化け物ですわね」


「形はゴキブリのそれだが、それとは比べ物にならない力を感じるな……」


「ゴキブリだと……っ!」


 白銀の少女のゴキブリという言葉にオオウスは刃のような眼に憤怒の色を宿して、鋭い風が伴う覇気を向けた。吹き荒れて目には見えない風の刃が、辺りへ乱舞する。地を穿ち、近辺にあった崩壊した遺跡をさらにハサミで紙を切り刻むように破壊していく。


 黄金の少女はこれを〈結界〉を貼って回避する。


 が、すべては躱しきれるわけではなく、三つほどの風の刃が〈結界〉内に入り込み、彼女たちの頬を掠めて、じわっと血を流れ出た。


「金ピカ、どうやら〈結界〉では塞ぎきれないようだ……」


「それは厄介ですわね……」


「オオウスは、どうやら神を何柱か喰らったようだよ。そのために、中途半端に神の力を仕えるみたいだ」


「……か、神を……、喰らいまして……? あんなの喰らって、お腹を壊しませんの……」


 黄金の髪を二つに結わいた少女が神を喰らうところを想像をして寒気でも感じたのか、ぶるんとした。横にいた白銀の長髪の少女は「旨いのか」と首を傾げている。


「旨いのか旨くないのかはわからないけど、神力による副作用があるから、下手したら死滅するからお薦めはしないよ。恐らくオオウスは一回死んで、黄泉に行っていたからね。ルイン・ラルゴルス・リユニオンによって黄泉がえりを果たして、神力にいくらかの態勢でもつけて躯は破壊されずに済んだのだろうね」


「またアレですの……」


「アレは余計なことをするな……」


「ああ。恐らくこうなる展開もルイン・ラルゴルス・リユニオンが考える余興の一つといえる」


「余計なことを……。私は戦を終わりにして、ツバサを早く連れ戻して、皆と一緒にカレーを食べたい!」


「わたくしたちがせっかく作りましたのよ……。このまま食べられずに時が過ぎてしまうのは、わたくしとして赦しておけませんわ」


 二人は〈結界〉から飛び出して、風の刃の隙間を掻い潜り、接近を試みる。


 相手が神力をもっており、〈結界〉といった魔術を効かない。魔術がダメならば、接近して物理的な攻撃で叩くしかなくなるが、それが効果的なのは、同じく神力をもっている神だけだろう。亜人である彼女たちではいくら神力持ちの死人であっても勝てることはできない──はずだったが……。


 白銀の少女が中距離まで接近したところで、腰を低くし、剣を腰に近くまで下げる。走りながら抜刀の構えを取りながら、風の刃を躱す。


 回り込みながら、オオウスの背後を取って刀を抜き放つ。


 オオウスは素早く黒衣で隠していた太刀を右腕に持たせた。これで六本の腕全てに刀剣を握ったことになる。


「──【宵闇の毒霧】」


 一気呵成に叫びながら、オオウスは六本の剣に禍々しい神力を注ぎ込むと、宵闇の霧が刀身を纏う。



「なっ!?」


 水無月龍臣が驚愕に息を飲んだ。


 草木が宵闇の霧に落ちた刹那、跡形もなく霧散したのだ。土も草も一気に死に絶えていく。まるで生けとし生けるすべての者を死へ誘うように、地上を蹂躙する。


 白銀の少女は、毒の霧に飲み込まれそうになりながらも破壊をされていく地上から跳躍。持っていた刀剣に力を注ぎ、オオウス目掛けて直角に落下──いや、落下したわけではない。自らに、刀剣に、わざと重力を与えたことにより、それを利用して振り下ろしたのだ。


「はああああ────ッ!!」


 少女の裂帛の叫びともに毒の霧を吹き飛ばされ、オオウスの胴体は真っ二つに切り裂かれた。




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