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第二章 四十九




「──なるほど」


 エクレールから〈念話〉で翼がルインに交渉を持ちかける策であることを聞いたシルベットは頷くと、天羽々斬を上官──ファーブニルのオルム・ドレキに向けて言い放つ。


「人間の少年が世界線のために奮闘しているにも拘わらず、貴様はゼノンを欲しさに私事で軍を動かしてどうも思わないのか?」


「どうも思わないな。世界線のために何を奮闘するのかは知らないがな。我が宝剣を奪った略奪者である人間の少年と貴様は生かしておけない」


「つくづく自分のことしか考えないんだな……」


 あとゼノンは貴様のものではない、とシルベットは付け加えて続ける。


「【謀反者討伐隊トレトール・シャス】とは、人間界の生態系を乱す者──謀反者を討伐するために創られた組織だ。私情で人間の少年を殺そうしている貴様は、上官はおろか組織には相応しくない」


「だからどうする? 仔龍である貴様が私を止めるとでもいうのか」


「ああ」


 シルベットは天羽々斬を構えて、ありったけの力を折れた刀身に注ぎ込む。


「貴様など、天誅だ」


 宙を踏み込み、烈火の如く、勢いをもって肉薄する。


 ファーブニルのオルム・ドレキはすかさず持っていた杖の形状を盾に変えて防御。シルベットは構わずに天羽々斬を横殴りに振るう。


 ゴキンッ!


 重々しい金属音が辺りに響く。


 シルベットの横殴り振られた斬撃をファーブニルのオルム・ドレキを受け止める。


「邪魔だァッ!!」


 シルベットは盾ごと押し返した。呼応して魔力で補っていた天羽々斬の刀身が大きくなっていく。


「こいつ……剣に司る力を大量に注ぎ込みおってっ……」


 ファーブニルのオルム・ドレキは盾を押し返してくるシルベットに食らいつく。


 シルベットの司る力は、ウランなどの核エネルギーである。それが高密度で凝縮され、天羽々斬の刀身を形作っており、亜人といえど、触れれば確実に被曝は避けれない。


 刀身が巨大化している上に洩れているために下手に回避すれば、核エネルギーが触れてしまいかねないだろう。だからといって、鍔迫り合いになれば、もともに核エネルギーを喰らってしまう。


「この……呪われた力の持ち主が……ッ!」


「やかましいボケナス貴様が本気でかかってこいと言ったんだ。忘れたか? 認知症というものか? まあいい。そんな輩に軍の上は務まらないだろ。さっさと降参しろ!」


 捲し立てるようにシルベットは返して、足下に〈結界〉張って、それを足場に踏み切った。


 殆ど力業での押し返しである。ファーブニルのオルム・ドレキはシルベットの力業に叶わず、後退。


 溢れる核エネルギーに触れないように注意をしながら、一気に距離を取る。


「忌々しい力だ……近づけんではないか……」


「息も絶え絶えだな。言っとくが、こんな力がなくとも、貴様に勝てるんだぞ」


「挑発か……。ならば、それを解いて正々堂々と戦え略奪者」


「誰が略奪者だ。私も解きたいが刀身が折れているため、それを補うだけの力を行使してもいいというなら、それなりに抑えてやる」


「それは、力を使うということになるがな」


「しょーがないだろ。武器がこれしかないのだから」


「支給された【十字棍クルワ】はどうした?」


「使いづらいから返品してやったぞ」


「軍の支給品を返品するな……税金がかかっているんだぞ。税金は、五大陸の国民たちが血と汗の結晶をどうにかして分けてもらっているのだから大事に使え! そもそも貴様ら上位種の貴族らは国民たちの税金をなんだと思っている。給料が少ないやら支給品が貧乏くさいやら、文句ばかり…………」


 ファーブニルのオルム・ドレキが何かのスイッチでも入れてしまったのか、シルベットに向かって恨み辛みを捲し立てる。


「そもそも道具ばかりのせいにしてないで腕を磨けばいい話なんだ。使いにくくとも新兵は貯金をして新しいのを買うまで我慢して使っていれば慣れてくるのを、色や重さや形などタラタラと文句ばかり……」


「わかったぞ。もういい。返品したのを戻すから、もうその辺にしろ」


「う……うぬ、取り乱してしまったようだ。つい、三ヶ月ほど前にも、支給された鞄を金色にしろ、持ちやすく軽くしろ等、注文してきたからな。それでひと悶着あってな。まあ気にするな」


「わかった。そいつには、私が代表して伝えてやる。──と言うわけで、勝負だが……どうするんだ?」


「貴様が武器があってもなくとも構わない。我が宝剣を奪った敵に情けはなく、戦うまでよ」


 だから私は奪ってない、とファーブニルのオルム・ドレキに反論してからシルベットは言った。


「それは、天羽々斬を使わずに素手で戦えというのか。それは、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に所属しておきながら、武器を持たない女を討とうというわけだな。貴様は兵士でも戦士ではない。ただの下衆だ」


「何だと……っ!」


「もう一度、言おう。貴様は心が狭い、嫉妬に絡まれた下衆だ。私もそんな相手に情けを持ち合わせてはいない。遠慮せずに天羽々斬…………」


 シルベットが話している最中に、〈念話〉が届く。ゼノンからだ。


『武器が使えないのなら、オレを使えよ。オレもソイツに言いたいことがあるからな』


『いや、貴様を持って戦えば火に油、そしてガスだ。嫉妬心で我を失うだけではないだろうか』


『まあそうだが……アイツの様子を窺う限り、何を言っても一時休戦するつもりはない。言葉通りに遠慮せずにお嬢ちゃんの首を討ち取ろうとするだろうよ。此処でアイツに何を言っても通じないだろうし、近くに言って解らせる方がいい』


『では、どうするのだ?』


『考えがある』


 ゼノンはシルベットに作戦内容を伝えた。


『それでいいのか?』


『ああ。“もうオマエのモノじゃないことわからせる”には直に味わってもらうしかない』


『それで解決できるなら安いな』


 シルベットはゼノンの策に乗ることにした。


「──ではなく、ゼノンを使うぞ」


「何だとッ!?」


「ということだゼノン」


「ああ」


 シルベットは天羽々斬を鞘に納めると、右掌を天に翳して、ゼノンを呼び寄せた。


 ゼノンは、エクレールの下から離れてシルベットの右掌へと納まる。


 シルベットはゼノンを掴み、腰に差すと鞘から抜き、刀身をゼノンに向けて構えた。


「貴様が私を敵として判断して遠慮しないというのなら、こちらも貴様を敵として遠慮せずにゼノンを使わせてもらう」


「……お、のれ……オノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレ………己レッ!


 ファーブニルのオルム・ドレキは悔しげに歯を噛み潰して、血を噴き出さん勢いを持ってシルベットを睨み付け、呪詛のように言葉を吐いた。


「取り返して見たら奪い返せばいいだろう。貴様が本来の持ち主ならば、拒絶などされないはずだ」


「…………ミナヅキシルベットトトトォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!」


 咆哮のように声を上げて、ファーブニルのオルム・ドレキは向かってくる。


 シルベットは、肉迫してくるファーブニルのオルム・ドレキに静かに待つ。ゼノンを構えてただその時が来るのを見極めるだけ。


『いいな』


『いいゼ』


 シルベットはゼノンに確認した。彼の了承を得てから、ゼノンを左袈裟斬りの構えを取る。


 そして、肉薄してくるファーブニルのオルム・ドレキに向けて思いっきり──


「欲しがるならくれてやるが、拒絶したら男らしく潔く諦めろ」


 ──と、放り投げた。



「え……」


「え……」


 投げられたファーブニルのオルム・ドレキや遠くで様子を窺っていたエクレールの声が重なった。


 ブーメランのように回りながらファーブニルのオルム・ドレキに飛んでいき、彼の肩にゼノンが突き刺さる。


 その瞬間に、強烈な電撃が走る。


「のぁああああああああああああッ!!」


 ファーブニルのオルム・ドレキは苦痛の叫びを上げる。


 これは一体どういうことなのか? とゼノンとシルベットに目を向ける。それに答えたのはシルベットだ。


「どうやら魔力がある者がゼノンを本格的に継承した後に、継承者以外の者が触れたりすると拒絶されるみたいだぞ」


「……な、な、なな何だと……ッ!?」


「特例はあるらしいがな……敵である貴様に教えてやる義理はない」


「……く、くくくく、クソ生意気な仔龍が、がががががががが……ッ!!」


『まあ、そういうこった。継承者が決まった以上は、継承者以外はオレに触れない。それは継承者を殺しても行使される。これまで、貴様がオレに触れられていたのは、継承者不在のために世話しやすいように特例としていただけなんだ。残念ながら諦めてくれ』


「……い、いいいい、厭だぁあああああ……ッ! ゼノンは私のものなんだぁあああああ! 手離してなるものかぁああああああああああッ!!」


 ファーブニルのオルム・ドレキは肩に刺さったゼノンを引き抜こうと触れた。これまで強い拒絶反応が彼を襲う。


「ががががががががガガガガガガガガッッッッッッッッ!」


『無理すんな。オレは貴様のモノじゃない。貴様はハトラレ・アローラの宝剣であるオレを独占して、人権と自由を与えなかったことは、厭だったが世話してくれたことは御礼を言っとくよ。ありがとうな』


「……ぜぜぜぜ、ゼノン…………」


『もうオレの世話はしなくともいいんだ。だから、オマエは自分のやるべきことをしろ。オマエは、元宝剣の守護者として誇りを持っていけよ。それで、これからはオレなんかに固執せずに生きていけよ』


 ゼノンはそう言葉を向けると、鍔に装飾された龍の口端が上がった。それは微笑んでいることがファーブニルのオルム・ドレキにはわかった。


『達者でな。独占欲が強かった元オレの守護者──ファーブニルのオルム・ドレキ』


 そう言葉をかけて、ゼノンはファーブニルのオルム・ドレキの手をするりと離れて、シルベットの手元に戻った。


「本当に大丈夫なのか? なんか宙で項垂れているが……」


「ゼノン……私の宝剣……」


 ゼノンに別れ言葉を言われたファーブニルのオルム・ドレキは茫然自失といった感じでブツブツと呟いている。そんな彼を一瞥してからゼノンは言った。


『大丈夫だ。此処で何か優しい言葉をかければつけ上げるだけだからな。それよりも翼だ』


「そうだ。ツバサのもとに行かなければならん。アレは一体、どこに連れていったのだ?」


 シルベットの言葉に答えたのは──


「心当たりがある」


 ──スサノオである。


「本当か?」


「ああ。恐らくあそこに違いない」


「では、連れていけ」


「日本の神に対して礼儀がなっていないな」


「礼儀がどうのこの言っている場合ではない。人間の少年一人の命がかかっているのだ」


「そうか。だがな、既にそこには救援が向かっていることだろう」


「どういう意味だ?」


「吾は、神だ。神は神の介入がなければ遥か未来のことまで見通すことが出来る。そして、ルインの性格やこれまでの行動を考えれば十中八九、彼はあそこにいる」


「それはどこだ?」


「ああ」


 スサノオは答える。


「ルインは、ハトラレ・アローラとは別の人間界と並行する世界線にいる」


「わかった。では、行くぞ」


 シルベットは、手を天に掲げてゲートを開く。


「行くのか?」


「そのつもりだが」


「ルインは神だ。いくら吾ほどの知名度と神格は持ってはいないが、亜人である貴殿が敵う相手ではないぞ」


「では、どうしろと? このまま、時が過ぎるのを待てというのか? その間にもツバサはアレと交渉しているのだぞ」


「だから何だ。口車に乗ってしまったのなら、それまでの人物だったというわけだ。だが、英雄が持つとされる特有の運が働けば、それも回避される」


「運だと……」


「ああ。運だ。清神翼は運がいい。ルインに選ばれるだけのことがあって、不運でもあるが幸運とも言える」


「不運か幸運か、どっちなんだ?」


「非力な人間の少年である清神翼は、【創世敬団ジェネシス】に命を狙われても死なずにこれまで生きてきた。これは、ハトラレ・アローラに護られてきたからに他ならない。何故、護られるようになったのかはもう気付いているだろうが、ゼノンの正式な継承者の一人の可能性があったからだが、それも神によって選ばれている。何故、神が彼を選んだのか、わかるか?」


「まさか、運が良かったからとは言うまいな……」


 シルベットはジト目でスサノオを見据える。それに大して気にせずにスサノオは続けた。


「それもあるが、清神翼の運命は並行世界であるハトラレ・アローラ──そこで人間と銀龍の間の子として生まれた水無月・シルベット──貴殿と繋がっていたからだ」


「それはどういうことだ?」


「わかぬか……。それについては時期にわかる。つまり、清神翼の運命は、ハトラレ・アローラと深く関わってくることは目に見えていたのだ。吾ら神はそこまで見通すことが出来たのだがな。ルインの介入があって、見通すことが難しくなった。──だがな、ここからは違う」


 スサノオは、手を天に掲げてシルベットが開いたゲートに神力を与える。その瞬間、シルベットは指定していた世界線が換わったことが力の働きによる感触でわかった。


「おい、どこの世界線にゲートを繋いだ?」


「ここからは、全ての神が貴殿らを導く。ついてこいっ」


 スサノオは勇ましく天羽々斬を両刃の剣を肩に載せて言った。




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