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第二章 四十七




 誰の心にも射貫くであろう静かで凛とした面差し。艶やかな黒髪は長く地面に届きそうである。肌は透き通るようで、柔らかそうな唇。どれを取っても美しい少女だった。十二単に鱗のような鎧を合わせてた出で立ちで隠されているが、ほっそりとした体つきであることが窺える。


 腰に日本刀を携えた美しい戦乙女は、翼とルイン・ラルゴルス・リユニオンが座るテーブルの前までゆっくりと歩み寄る。


 二人の席の前で立ち止まった女性は、端正な顔を翼に向ける。様子を窺うように眺めると、少し安堵したように顔を少しだけ緩ませた後、不満げに歪ませてルイン・ラルゴルス・リユニオンを睨み付けた。


「大切な逸材に何かしませんでしたか破壊神……」


「まだ何もしてないよ。そっちこそ、いきなり私たちの交渉の場に現れて何か用かい?」


「大アリですっ」


 女性は、怒りを露と言わんばかりに腰に携えていた日本刀に手をかける。


「我が和御魂であるアマテラスの命によって、あなたを神界まで連行します」


「荒事はいつも君を寄越すんだねセオリツヒメ」


「私は、穢れを洗い流す神です。勿論、穢れの種である戦い事を起こす貴様を止めるべくきました」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンにセオリツヒメと呼ばれた女性は、翼を護るように立つと腰に携えていた日本刀に手をかける。そんな彼女に臆することなかったが、ただ不愉快げに見据えた。


「そうかい。だけど、私を連行したところで世界線戦は止まらないよ」


「どういう意味ですか?」


「ふふふ、そのままの意味さ。だからこそ、英雄になるであろう翼との話を邪魔しないでもらいたいな……」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは、ゆっくりと立ち上がる。


 セオリツヒメは最大限の警戒心を向けて日本刀を抜き、構えた。そんな彼女が手にしている日本刀には刀身がなかった。いや、なかったのではない。見えなかったのだ。日照りを浴びて光る刀身にようやく気づくほどに、紙のように線が細く身幅が狭い。


「無駄な抵抗をするな。残念だが、世界線を破壊する危険分子をこのまま放置しておくわけにはいかない」


「そうはいかない。私はいまだかつてない英雄譚を目にすることが出来るのだからね。そう易々と応じるわけにはいかない」


「それならば、実力行使で止めるまで」


「女性に手荒な真似はしたくないのだが……偉大なるアマテラスの荒御魂である貴方には御退場してもらおう」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは左手を翳すと、神々しい光と共に一振りの剣が召喚された。


 それは、神々しい光とは対称的な禍々しさを放つ骸骨や骨の装飾を施した剣である。


 如何にも趣味の悪い剣にセオリツヒメは顔を顰めるのを、持ち主は嗤う。


「いくら荒御魂でも、穢れに対して酷く嫌悪感を抱くようだね。流石は、戦いが嫌いなアマテラスの荒御魂といったところか」


「悪趣味な……」


 セオリツヒメは袖で鼻と口を隠し、蔑むような目をルイン・ラルゴルス・リユニオンに向ける。


「ふふふ。大抵の神は美しいものを好むからね。世界が穢れば、問答無用にそこら辺にいた生き物を巻き添えにして洗い流す。または見なかったことにして蓋をするのさ。それほど神にとって、穢れは忌み嫌うものだからね。セオリツヒメもそれは変わらないというだけさ」


「それほど禍々しいものを浄化もせずに手にしているルインがおかしいのです……」


「ふふふ。では、始めよう。穢れが体内に入らないように鼻と口を塞いで、どうやって戦うかが見物かな?」


「ルイン・ラルゴルス・リユニオン…………」


 憎らしげにルイン・ラルゴルス・リユニオンの名前を口にしたセオリツヒメ。彼に対しての警戒はそのままに、片方の目で後方にいた翼を一瞥して、彼女は訊いた。


「走れますか?」


「ええ……はい」


「では、泳げますか?」


「人並み程度なら」


「それで充分です。丘を降りた先に湖があります。そこに飛び込んで潜ってください」


「潜水は得意じゃないんですけど…………」


「安心してください。この世界線には水中に空気が存在しています。泳げれば大丈夫です」


「水中に空気……?」


 人間界ではあり得ない事象を訊いて翼は驚く。


「ええ。此処は、人間界よりも神界とかなり近い世界線なのです。しかも境界は脆く、ゲートは開きやすい。先ほど私が来る時に開いたゲートがあります。人間であるあなたでも通れやすいようにゲートを維持しておきました。湖の中にあるゲートを潜り、近くにいる神に救援を呼んでください。事情は、知っていますから、助けを求めれば……」


「させると思うかい?」


「危なっ──うわぁ!」


 翼が気づき、声を上げた時には、ルイン・ラルゴルス・リユニオンはセオリツヒメの首下を目掛けて剣を振り下ろされていた。セオリツヒメはぎりぎりのところで身幅が狭い日本刀で受け止める。


 ギンッと刀身がぶつかり合ったと同時に、辺りに衝撃波が起こり、カップはおろかテーブルも吹き飛ばされる。翼も例外ではない。紙くずのように吹き飛ばされ、コロコロと丘を転がっていった。


「不意打ちとは、神としては下衆なやり方ですねルイン」


「大切な英雄との交渉時間を邪魔した挙げ句、神界に逃がそうとするからだよ」


 鼻を付きそうなくらい近距離で睨み合う神二人。そんな二人がいる丘から約五十メートル程まで転がっていた翼は、草木と岩や石などで次第に速度が落ちていき、ようやく止まったのは少し開けた場所であった。


 かなりの速度で転がったために脳が激しくシェイクされてしまい、目が回ってしまった。加えて、体を激しく打ち付けてしまったのか、思うように立てない。


 目眩と痛みが収まるまで待っている内に、何とか見渡せる範囲で周囲を確認しょうとして、


「──ッ!?」


 翼は最初に目に入ったものに驚いた。


 ──人影?


 ──女性の?


 ──にしては、微動だにしない……。


 ──これはもしや……。


 翼はようやく気づいた。彼の前にあるのは、生きたものではない。像である。それも美しく儚げな女性の白像だ。観音菩薩のような出で立ちに顔は日本人にはない堀が深い顔立ちをした女性は翼を見下ろすように立っている。


「何で……こんなところに女性の白像が……」


 翼は疑問に感じながらも眼前にあった女性の白像を見ながら立ち上がろうとする。しかし、まだ未だに体は起こすので精一杯といった状況だ。


 それでもゴーシュの魔力によって、回復率が向上していることもあり、目眩と痛みは次第に治まっていく。別に先日のようにシルベットに血を分けて半亜人になったわけではないのだが……。


 実は、ゴーシュが魔力と共に加護を与えていた。加えて、アリエルとゼノンからも離れる際に、何気なく加護を与えていたこと翼自身は知らない。


 目眩と痛みが治まった翼は周囲を見渡す。


 辺りには草木はなく石畳がある。少し開かれた窪んだ広場に翼がいることがすぐにわかった。


「此処はどこだろ……」


 見たところ、神社仏閣の類いか慰霊碑か何かだろうか。翼は何気なく白像の下に彫られている文字を見つけた。


 それは日本語や英語ではない。恐らく人間界にある現存する言語ではない文字だ。特徴的には、○や△といった記号の中に絵か何かが書かれているような言語である。遺跡の中に画かれた壁画で見るような楔形文字、シュメール語や日本で言うならホツマツタヱ、カタカムナにも似ている。そんな言語で白像の下に彫られている。


 そんな神代・古代文字は、考古学者でもなく文献学にも携わったこともない中学生の翼には解読は難しい。


 のだが──。


「これは、“わ”で“が”か……──って、何で読めるんだろう」


 読めるはずがない文字を読んで翼は困惑しながらも、何故か読まなければいけない気がして、彼は読んだ。


 【我が子供たちへ】


 【私という一個の生命体を含めて、生きとし生けるものすべてが、宇宙のひと滴です。この果てしなく続く空間には、数多の世界が存在していますがそれは変わりません。私は、未熟だったこの世界線にある生命体を産み落としました。それはアスといいます。しかし、アスは不完全でした。彼等を見護るために、私と同じように力を使える神の化身を残していきました。それはエルです。エルには一つだけ約束しました。決して、産み落とした生命体と混じってはいけないと──】


【しかし、エルはアスと混じってしまいました。それにイヒンといいます。イヒンは優秀でした。争い事を好まず、アスとエルとも仲良くしていました。彼等にも一つだけ約束しました。アスとは混じってはいけないと──】


【しばらくすると、イヒンの中でエルの教えを破る者が現れ、アスと混じってしまう者が出ました。それにより、ドルークが生まれてしまいました。ドルークは凶暴な性格で、殺し合いを始めてしまいました。しかも、ドルークはアスと混じり合い、ヤクという生物を勝手に生んでしまいました。苦渋の決断としてドルークを追い出すことにしました】


【ヤクは、これまで生まれた生命体と違い、あらゆる面で劣っていましたが、せっかく生まれた生命として処分せずに見護ることにしました。その間に最初の生命体であったアスが絶滅してしまいました。そして、エルに依存すぎたイヒンを独り立ちさせるために試練を与えましたが失敗してしまい、イヒンとドルークが戦争を起こしました。何とか私が介入して止めました。その後、仲良く暮らすようになりましたが、イヒンとドルークが混じってしまい新たな生命体が生まれました】


【それはイフアンといいます。イフアンは差別と偏見を持つ種族でした。醜いドルークに排除しょうとしてしまいました。私とイヒンで止めようとしましたが、ドルークとイフアンは虐殺を繰り返し、殆どの大陸で多くの命が亡くなりました。僅かなイヒンとドルークが生き残りました。しかし、問題が起こりました。イヒンは次第に性欲がなくなり、繁殖が出来なくなっていきました。このままでは、絶滅してしまうと私は苦肉の策としてイヒンとドルークの混じり合いを許可しました。イフアンが再び生まれましたが、争い事が再び起こりました。争い事を好まないイヒンとイフアンを安全な大陸に避難させると、イヒンとドルークが混じり合い、オルガウィーガンが生まれました】


【この世界では、七つの生命体を生まれました。争い事が絶えませんが、私はこの世界線で生まれた生命を愛しています】


 台座には、この世界線の成り立ちを書かれていた。その内容よりも先に、台座に文字を彫ったであろう神の名前に翼は驚く。


【セザノン・ジェホヴィ・リユニオン】


「リユニオン……?」


 翼は首を傾げた。それはルイン・ラルゴルス・リユニオンと同じ、リユニオンという名だてったからだ。


「もしかして、ルイン・ラルゴルス・リユニオンと同じリユニオンということは彼の親族か祖先かな……」


 彫られた文字から察するにルイン・ラルゴルス・リユニオンとは違い、世界を破滅しないように、次々と生まれてくる生命体をどうにかして平穏に過ごせるように試行錯誤していた様子が窺えた。


 それでも──


「──最後の“私はこの世界線で生まれた生命を愛しています”は、なんか自分に言い聞かせようとしている感じがする」


 翼は周囲を見渡す。


 何もない草原が続くだけで何もない。文字にあるアス、エル、イヒン、ドルーク、ヤク、イフアン、オルガウィーガンは見当たらない。アスは絶滅したと記されているから他に六種類の生命体がいるはずだけど……。


「此処で生まれた生命体はどこに?」


 翼がふと口にした。


 その時──


「──いますよ」


 声がした。


 それは、そよ風のように優しく、神楽鈴の音色のように厳かで清らかな声である。


 翼は辺りを見渡し、声の主を探したがその姿は見当たらない。


「誰か居ますか?」


「ええ。此処に」


 気のせいではなく頭上から聴こえた声に翼は見上げる。


 そこにいたのは、白像の女神──セザノン・ジェホヴィ・リユニオンと瓜二つの女性がふわりと風に乗るかのように漂っていた。


「あなたは?」


「セザノン・ジェホヴィ・リユニオンです。あなたが思っていた通り、私はルインの先祖にあたります」


 翼の前に緩やかに降りた女神──セザノン・ジェホヴィ・リユニオンは言った。


「ここまで読んで頂きありがとうございます。今では、この世界線に彫られた文字を読んでくれる者はいませんでしたから」


「でも、あなたが産んだ生命体はいるんでしょう?」


「“私”が産んだ生命体であるアスとエルはもういませんよ。そして、この世界線に置いて生命体は草木だけです」


 セザノン・ジェホヴィ・リユニオンは翼の疑問に答える。


「全ての生命体は、力を合わせるといった名目をもって共存を選びましたが、偏見と差別は酷くなりました。異種族間だけでなく、同種族での争い事が絶えず、ついには自滅の道を辿りました。それにより、この世界線に置いての生命体は死滅。残された草木で汚れた空気を浄化しているのです」


 ですが、と彼女は話を続ける。


「アスとエルの血統を継ぐ生命体たちは未だに生きています。それは──翼さんたち人間界の生命体です」


「えっ」


「翼さんたち人間は、私が産んだ生命体であるアスとエルに近い遺伝子を持ち、差違はありますが殆ど同じ道を歩んで今に至ります。人間界だけではありません。幾つもの世界線には進化は違えど、アスとエルの血統を持っているのです」


「それはつまり……人間は、アスとエルと同じ遺伝子を持っているということ?」


「はい。我々、神は人間を造る時に同じ霊体を持ち寄って誕生させていますから。力や姿形は違えど、生き物としては同じなのです」


 セザノン・ジェホヴィ・リユニオンが言ったことに翼は驚きを隠しきれないでいる。急に、人間界や他の世界線にいる生命体は、今いる世界線で滅んだアスとエルと同じ遺伝子で出来ているなんて言われて、すんなりと受け入れることは出来ないだろう。


「世界線間で交流が深まれば、また混じり合い、世界のバランスを崩れるかもしれません。昔は神の教えとして何とか諭すことは出来ました。しかし、ある一部の行いにより次第に神への信仰心は薄れ、政治の圧力により無理矢理に道徳と秩序を正そうとしてきましたが、それも限界でしょう。私たち神がお告げとして口を割っても信仰心を失った世界線では、回避はできません。一部の者により言葉も歴史さえも変えてしまったら、何を信じていいかわからなくなることは目に見えているのですから」


「では、どうするんですか?」


「世界線間での交流をしなければいい、という意見もありますがもう幾つかの世界線では行われています。現在では、差別や偏見が少ない世界線ではこれといって問題は起きていないのです。混じり合っても争い事がないのですから」


「それは何でですか?」


「安易な遺伝子で争い事の火種ではないとうことです。偏見と差別といったものを無くせば、世界線交流はしても問題はないということなのです。翼さんたち人間界では偏見と差別は未だに残っています。それを何とか減らせばいいでしょうが、世界線内でも争い事が絶えない中では難しいでしょう。あなた方が世界線交流をしたいと望むのなら、差別と偏見がない自由な社会を作ってください」


「交流を望む……」


「ええ。少なからず世界線の存在を知らなくとも、差別と偏見がある今を変えたいと願っている者たちがいます。その意思を絶やさずに続ければ、世界線戦で無理矢理に一つにせずともいいのですからね」


 セザノン・ジェホヴィ・リユニオンは微笑んだ。少女のように純粋に未来の可能性を夢見るように。その夢を託すように翼に言葉をかける。


「──あなた方には、まだ望みは残されています。僅かな光ですが、それを未来まで絶やさないように続けてください──私は、未熟ながらも精一杯と生きている皆を愛しています」


 そこで、ぷっつりとテレビの画面が消えるように翼は意識を失った。




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