第二章 四十六
「え……何を言ってますのツバサさん?」
エクレールが翼が言ったことに険しげに眉を潜ませる。
「ルイン・ラルゴルス・リユニオンは俺とシルベットの英雄譚を見たいらしい。そのために世界線戦というもの開戦すると言っていた」
「聞きたくはありませんでしたが知っていますわ……実に傍迷惑な話しですわね。私事で全世界線を巻き込むなんて、こんな迷惑な神はいませんわ。そんな他の生物のことを考えない自分勝手な神が人間一人の交渉に応じるとは思えません」
「ルイン・ラルゴルス・リユニオンにとって、俺とシルベットは彼が創る英雄譚には必要不可欠な存在らしい。そんな俺が参加する代わりに頼みを聞いてほしいと言ったら、交渉に乗るざるをえないと思うだけど……」
「ツバサさん、神との交渉に自分を使うのはやめてくださいまし」
エクレールは険しい表情を浮かべて翼に言った。
「神とは、言葉だけの誓約でもしてはいけません。例え言葉の誓約でも、決して護らなければなりませんから。誓約を護らなければ神罰を与え、護り通すまで続きますわ。死滅しても」
「死滅しても……それも神側も有効だったりする?」
「ええ。誓約に有効期限を付けない限りは。──ですが、神には寿命はありません。例外はありますが、不老不死ですから。何らかの影響で隠れたとしても誓約に生きている限りは消えません。相手の神も永久に護らざるを得ないことには変わりはないですわ。だとしても、神と交渉したことにより永久的に護らなければならなくなる可能性はないですわ」
「そうか……」
翼はエクレールの言葉を聞いて、ルイン・ラルゴルス・リユニオンの交渉内容を今一度考える。
人も神も有効期限付きの誓約をさせない限りは相手も護らざるを得ないことは変わらない。
有効期限を永久にすれば、清神翼が死滅してもルイン・ラルゴルス・リユニオンは例え口約束でも護り続けなければならないことを意味をしている。
つまり、それほどまでに神との誓約の効力は強いということだ。
交渉のリスクはお互いにある。相手も慎重に翼との交渉をしてくるだろう。その危険性もあって交渉してこないこともあり得る。
だとすると、翼が参加する代わりに頼みを聞いてほしいと言っただけでは、交渉材料として弱い。やはり、もう一声がほしいところか。
──出来れば、シルベットを巻き込ませたくない。
翼はそれを軸に考えをまとめていく。
「わかった。ルイン・ラルゴルス・リユニオンには世界線戦を穏便に済ませるために何とか話をつけるよ」
「穏便って言いますと、どのような?」
「他にも考えがあるんだ。ルイン・ラルゴルス・リユニオンの近くに降ろしてくれないかな……」
「……どういう考えなのかはわかりませんが、決して自己犠牲な話の付け方くらいはやめてくださいまし……」
「わかっているよ」
翼は盛大に嘘を付いた。他に考えなんてない。家族や天宮空や鷹羽亮太郎ら友人たち──この人間界と呼ばれた世界線やシルベットたち──ハトラレ・アローラと呼ばれる異世界や他の世界線が世界線戦という戦争に巻き込まれないようにルイン・ラルゴルス・リユニオンと交渉するには、自分というカードはどうしても必要だ。それしかないと考えている。
それで、ルイン・ラルゴルス・リユニオンに他の世界線に手出しをさせないように無期限の誓約させれば、大規模な戦争は起こせなくなるだろう。
引き換えに自分の命が果てようとも大切な人たちが受け継いでくれる。自分の命を天秤にかけても護りたいものを今一度と考えて、翼は思い出す。
何で水無月龍臣たちが清神翼の記憶や正義感を封印したのか気づく。
「そっか……」
「何ですの?」
「何でもない。こっちのことだよ」
ふと口に出して呟いてしまった言葉を聞き逃さなかったエクレールをごまかす翼。幸いにも彼女はそれ以上の追求はしなかった。何故なら、交渉相手が目の前に現れたからだ。
「久しぶりだね翼」
「久しぶりと言われても、まだ会った時まで思い出せてないんだけど……」
「そうかい。じゃあ、私との誓約はまだ思い出せないんだね。残念だ……」
ルイン・ラルゴルス・リユニオンはガクリと肩を落とす。
「せっかく、誓約をした記念として壁画まで描かせたのに……」
「壁画……?」
「壁画って、何ですの?」
ルイン・ラルゴルス・リユニオンの口にした“壁画”という言葉を聞いて、翼とエクレールは首を傾げる。
二人の反応──特に清神翼の反応を見て、深い溜め息を吐いたルイン・ラルゴルス・リユニオン。
「思い出せないか……。仕方ないか。“あの時代のキミとは魂は同じでも入れ物は別人”だからな」
「どういう意味だ……?」
「それは──」
「ルイン・ラルゴルス・リユニオン」
ルイン・ラルゴルス・リユニオンが翼の質問に答えようとした時、彼を呼んだのは追いかけてきたスサノオだった。
「まだ決着はついていないぞ」
「そうだったね。でも、彼の登場で興が冷めてしまったようでね。今はこの世界線に住まう人間代表で清神翼と話し合わなければならなくなったんだ。貴方を差し置いてすまない」
「流石は異端者だな。吾を差し置いて話を進めるとは神界にはなかなかおらんぞ」
「貴方に誉めて頂き、痛み入るね」
「別に誉めてはいないがな……」
「そうかい。では、これからの世界線について彼と交渉するとしょう」
ルイン・ラルゴルス・リユニオンはにこやかな微笑みを浮かべて翼の方を振り向く。そんな彼に翼は疑問を口にした。
「……何故、俺が交渉しょうとしていたことがわかった」
翼はルイン・ラルゴルス・リユニオンにまだ交渉という言葉を口にしていない。エクレールとの会話を聞かれたのか、と考えていると彼は肩をすくめる。
「残念ながら盗み聞きはしていないよ」
「じゃあ、何故だ。心でも読んだのか」
「心を読むか。出来ないことはないが違うな。私は先を読むことが出来る。神が絡めば読むことは難しいがな。人間である君のすることくらいは読めるぞ」
「それは、これからすることが読めるということか……」
「そういうことだ。君が何を交渉を材料とすることくらいも」
「く……」
翼は悔しげに歯噛みをする。
ルイン・ラルゴルス・リユニオンの言葉に偽りがなければ、翼がしょうとしていることは筒抜けということになる。自分という切り札も。
「そんな切り札を出さなくとも交渉くらい付き合うよ。私も私なりの譲歩をするつもりだ。だとしても、清神翼と水無月シルベットの英雄譚が見たいのだから、二人は降りることは出来ない。勿論、その回りにいる連中もね」
「つまり交渉はしてもいいけど、捲き込まれることは前提ということか……」
「そういうことだな。だからそれ以外で交渉し給え」
「わたくしも捲き込まれる前提でということが気に喰わないですわ……」
エクレールが端正な顔を歪ませて不満を訴える。そんな彼女に一瞥し、肩をすくめるルイン・ラルゴルス・リユニオン。
「仕方ないさ。それよりも交渉するには、此処は神や亜人がいて集中できないだろう。私と翼だけで話し合う場を設けよう」
ルイン・ラルゴルス・リユニオンはそう言って、軽く右手を己の顔の前へ上げる。その動きに何か仕掛けるのかと息を呑んだ直後、彼はマジシャンのように上げた手の先で指を弾く。
パチンと軽い音が鳴り、その直後──翼の視界の中で世界が一変する。
先ほどまで、〈錬成異空間〉にある空をエクレールの肩に乗っていたのだが、彼女はいつの間にかいなくなり、風景が空から緑が風に揺れる草原──その、小高い丘の上に翼は立っていた。
風のそよぐ草原はどこまでも続き、四方のどこに目を凝らしても地平線の彼方まで建物が一切見つからない。空は虹色に輝き、太陽と月が同時に空に昇っており、明らかに人間界ではない幻想的な広大な自然が広がっている。
「君との交渉だ。他人に邪魔をされては困るからね。私たちだけで話せる場を設けたのだよ。そんな不安がらなくともいい。取って喰おうとは考えていないのだから安心し給え。それにまだ無知で無力な人間である君と戦っても意味はない。あくまでも此処はあくまでも言葉だけだ」
「……そうですか」
異世界に一人だけ来させられたことに翼は唾を呑んだ。ルイン・ラルゴルス・リユニオンは創造と破滅の神だ。しかも、翼の命を狙う【創世敬団】──ルシアスの父でもある。エクレールやシルベットたちといった護衛がいない中で、彼と一人で対峙することに、不安を感じざるを得ない。
翼はルイン・ラルゴルス・リユニオンに最大の警戒心を持って接する。
そんな彼は、警戒する翼の様子を面白がるように一瞥して、肩をすくめて笑みを浮かべた。それは神という立場であり、力の差がある余裕なのか、超然とした態度。
本を読んで、描かれるキャラクターを俯瞰しているような別次元からの眼差しだ。彼にとっては翼は、同じステージにすら立っていない。
神という圧倒的な立場と権利を彼は持っている。神と人では安易に太刀打ちは出来ないだろう。
それでも大切な人たちを世界線戦に巻き込まれないように交渉しなければならない。唯一のカードを見透かされ、権利も能力もない翼では圧倒的に不利だ。出直そうにも異世界に連れて来られちゃ、逃げ道は塞がれたも当然といえる。何とかして、今よりも被害を少なくさせるために乗り切るしかない。例え自分自身を犠牲になろうとも。
ルイン・ラルゴルス・リユニオンはそうして額に冷や汗を浮かべる翼に流し目を送ると、
「ふふふ。そんな目で見られても君に出来ることは限られているよ。無駄な抵抗せずに、お茶でも飲みながら、お互いに有意義な話し合いをしょうではないか」
ルイン・ラルゴルス・リユニオンは丘の上にいつの間にか置かれていた白いテーブルへ案内し、翼を椅子に腰掛けさせ、正面の席に座った。
いつ注いだのかわからないが、翼の前には湯気の立つティーカップが並んでいる。色合いからはすれば、紅茶に似ているが口に運べない。
世界線戦を開戦したルイン・ラルゴルス・リユニオンは翼──いや、人間界や他の世界線からすれば敵のような存在だ。そんな彼が招いた席にいつの間にか誰が注いだのかわからない紅茶のようなものを口の中に流し込むことに出来ない。飲み物が何なのか以前に何が混入しているかわからないため、翼はせっかく出された飲み物だが、口にしないことに決めた。
そんな彼を観察し、ほうと頷くルイン・ラルゴルス・リユニオン。
「油断するべき相手の前で気軽に食べ物を口に運んではならないのは仕方ない。何が混入しているのかわからないからね。そう事を構えてないで、喉が渇いた飲むといい。人間の躯に影響があるものは入っていないよ」
紅茶らしきものを勧めてきたルイン・ラルゴルス・リユニオンを翼は余計に怪しんだ。
「……そうですか。あとで有り難く頂きます。それよりもルイン・ラルゴルス・リユニオンは、世界線戦をしたいのは俺とシルベットの英雄譚を見たいからと言ってましたけど……ホントにそれだけですか?」
翼は飲み物をこれ以上薦められないように話を切り出した。それにルイン・ラルゴルス・リユニオンは何とはなしに気にした様子もなく答える。
「ああ。ホントにそれだけだ」
「それで多くの命を失っても、ですか?」
「私を楽しませるには多くの犠牲が付き物だ。それはどの世界線も同じ。例外はなく、平等といえる。仕方ないと割り切ってもらいたい」
「平等? 神と人では理不尽なほどに差があると思いますが」
「そうだね。その通りだ。能力や権限は他の世界線を見ても人間は弱い。巻き込まれることについてはどちらも特別扱いはせず、平等に行かせてもらうよ。それでも主役である君たちには特別サービスをさせてもらおう」
「特別サービス?」
「ああ。脆弱な人間である君では私に太刀打ちは出来ない。君も感じているはずさ、力の差を。それを埋めるには、ゼノンを得て修行してもたかが知れている。英雄である君には、特別に力を一つ授けてあげよう。成長次第では私と渡り合えることが出来るだろう」
「それは、神としての余裕ですか? その力を授けたとしても、あなたに勝てないという」
「悲観的にならないでもらいたい。君には期待しているんだ」
「期待? 世界線戦で多くの命を失っても仕方ないと割り切って、あなたを楽しませるという期待ですか……」
「言い方が悪いけど、的を得ているから否定はしないよ。私は私を倒そうとする英雄を待ち望んでいる。そのための課程も用意しているし、君たちにはその素質はあると見ている。現に、私に交渉を持ちかける度胸もあるようだしね。昔と変わらない正義感があってよかったよ」
「もし俺の記憶が戻らず正義感がなければ、どうするつもりだったんだ……」
「そうなるように、物語を進ませるまでだよ。神には権利があるんだ。事を進ませるための権利がね。この権利を行使して、キミたちを思い通りに動かせることなんて簡単だ。物語に面白くさせるために途中で手を加えることを君たちの世界にある言葉でいうなら、テコ入れだね。ゼノンが意見を曲げるように追いつめたんだからね。彼は頭が悪いからね。だけど君のことを思っていることだけは確かだ。最終的な判断は君に任せることはわかっていたよ。そのおかげでキミは私に会いに来ようと思ったんだから、テコ入れは成功して良かったよ」
ルイン・ラルゴルス・リユニオンは自慢話を訊かせるように微笑んだ。その微笑みには、悪意はない。代わりに神という権限を行使し、人間の意思や行動さえも自分の思い通りに進ませるために捩じ曲げることを何とも厭わないといった感情が読み取れた。そんな彼に対して、翼は嫌悪感を抱く。
「そんな無理矢理に話を進ませようと動かしちゃ、辻褄が合わなくなって面白くなくなりますよ……」
「何も起こらない退屈な展開が長く続くよりもマシさ。人間も何も起こらない退屈よりも刺激がある毎日を望んでいる。だから人間界では戦争がなくならない。戦争によって発展させてきた技術力に慣れてしまっては退屈で生温い平和には戻れない。私と一緒だ」
「一緒にしないでください……」
「そうだね。神と人では考え方は違うからね。それでも人が刺激がある戦争を望んでいるのも確かだ」
「万人がそう言った人間じゃない……」
「そうかもしれない。そんな人間がその凄惨な時代を生き抜き、平和の世を築いていくために切磋琢磨していく。そんな先駆者が亡くなり、新しい世代はそんな築き上げていた土台を平気で壊す。壊した挙げ句、造り上げても張りぼてばかり。腑抜けた時代で生きてきた人間が苦労して築き上げたものに勝てるわけがないのだから当然さ。だから、刺激を求めてまた戦い事を始める。その繰り返しを生きているんだよキミたちは」
ルイン・ラルゴルス・リユニオンはひと息を吐くようにカップに口を付けた。静かに啜り、カップを置くと話を続けた。
「世界線戦を起こさなくとも、いずれその循環に逆らうことは出来ずに事を起こす。最近の人間界に起こっていることを思い返してみたまえ。その兆候は見えているはずだ」
ルイン・ラルゴルス・リユニオンに言われて、最近の人間界で起こった情勢を思い出せるだけ思い出す。確かに、彼が言ったように事件と事故は絶えず、差別と偏見はまだ根強く残っている。さらには、平和を求めているにも拘わらず、戦争を始めようとしているおかしな世の中だ。
「ちなみに、世界線には他にも人間界がある。そちらも似たような兆候があることだけ伝えておこう」
「えっ……他にも人間界があるんですか」
「あるよ。多少の違いがあるがね。それでも同じように戦争、平和、戦争と繰り返しているよ。どのみち、どの世界線でも戦争は起こる。私が世界線戦を本格的に進めなくともね。私という共通の敵を目の前にして力を一つに出来るのだ。どの世界線にとって悪い話ではないだろう」
「その世界で起こる戦争と世界線全体で起こる戦争では被害は大きさが違う。それで多くの生物が亡くなることになるのは、俺としては見過ごせない。それに──あなたには、ただ単に世界線を思ってではない。明らかに戦争を起こすことを楽しんでいる」
「ああ、そうだ。楽しんでいるよ。これほど大規模で余興はない」
「……あっさりと認めるんですね」
「私は嘘が嫌いなんだ。神として手本になるように正直でいるのさ」
「じゃあ、神として世界線戦を止めてください」
「それは断る。それでは私がつまらない」
「つまらなくてもいいんですよ……平和なら」
「それは違うな。平和だからこそだよ。人間と限られたわけではないが、生物というのは刺激がなければ成長しない。退屈な日常を刺激的に変えるには戦争が一番なのだよ」
「戦争じゃなくとも刺激になることは沢山ある」
「音楽や小説といったエンタメのことか。あれでは、長続きはしないだろう。それにそれも刺激があってこそより良いものは作れないのだから悪循環に陥るのは目に見えている」
「それでも俺は戦争に反対だ。大切な人の命を失う可能性が高い戦争を断固として反対だ。勿論、見知らない人の命でも」
「そうかい。だったら私を止めるといい。私は君たちが私を狙ってくるのを願っているのだから」
「あなたは何故、世界線の全ての生き物の敵になろうとしているんだ?」
これまでルイン・ラルゴルス・リユニオンの発言で疑問に思っていたことを問うた。それに彼はこれまで面白がるような微笑みから一変して、少しばかり哀しげな顔する。
「そうだね……。君たち人間や寿命が短い生物にとってはわからないかもしれない。神の殆どは永遠に近い命を持っている。兆や億単位で世界線と携わるのだから当然だ。しかも、複数の世界線を常に世界を観察し、完璧な世界を造り出そうとしているのだから、寿命が短くては意味がないからね」
「完璧な世界?」
「完璧な世界とは、科学ではなく精神を発展させた世界だ。戦争というのは、差別や偏見によって引き起こされる。それは人間たちは充分に理解している。にも拘わらず、何故、そうなるのか、翼はわかるか?」
問われて翼は少し考える。
戦争の原因である差別と偏見を人間たちはしてしまうのか。
「それは……相手のことを知らないことによって来る恐れかな。イジメとか差別は、大半が相手を知らない、知ろうとはしないことによって起こっているから」
「半分、当たりだ。人間は、少し考えれば相手を知れば争い事が生まないことを理解できる生物だ。にも拘らず、自らが無知から来る恐れを生むのか。それは至極、簡単だ。人間というものは一人ひとりが生い立ちによって価値観が違う。それによって形勢されていった個性は、唯一無二の自分という存在として、積み重なっていくものだ。それが真実であり、当たり前となる。そこに、少しでも価値観に異物が混入してしまえば、これまで信じ積み重なってきたものが壊れてしまいそうになるんだ。下手をすれば、自分という人間が否定されているようにも感じ、恐怖を感じてしまう者もいるだろう。相手を理解する前にそういった防衛本能が邪魔しているのさ」
「じゃあ、戦争をなくすには……」
「異物さえも吸収し、相手を受け入れる器量を持つことだ。そういった精神面や、何事にも濁らない意思を強く持つことにより、人間たちの世界は今よりも戦争を少なくすることができるかもしれない。神界が求める完璧な世界は、そういった世界だ。近年の人間界の状況を見る限りでは、人間たちの精神は弱いのが殆どだろう。このままだと、貧困の差も酷くなっていき、いずれ争い事が生まれるのは、明らかだ」
「じゃあ酷くなる前に、そういった精神面を強くできれば……」
「無理だ。いや、すぐに変えられば可能性があるだろうがすぐに人間たち全てが意識を一つに出来ることはない。全世界が一斉に同じ価値観を持つことは不可能に近い。例え急場しのぎで同じ価値観を得ても、瓦解してしまうだろう。産まれてから染み付いた教育や価値観、習慣は変えることは出来ない。何故、そう簡単に瓦解するかわかるかな? 恐らく答えられないだろう。何故なら、その答えを思いつかないからだ。そう教え込まれているといってもいい」
「教え込まれている?」
「ああ。気づかれていないだけでね。現在の人間は、残念なことにある人間たちによって純粋な教育というのを受けてはいない。誰もが同じであり、それにそぐわないものは徹底的に淘汰される。それが偏見と差別を生んでいることを知らずに」
「それって、知らずに偏見と差別をさせるように教育されていること?」
「無意識といっていい程に人間たちは差別をし、息を吸うように偏見をする。そう教育を組ませているのもいるが、彼等なりに秩序を乱したくないといった思いがあるからね。十人十色、千差万別という日本の四字熟語があるが、果たしてその多様な人間個人を愛せるのかは君たちにかかっているといってもいい。意識開拓をしたところで、そう簡単ではないだろう。時間はかかる。その前に世界は滅亡する可能性は残念ながらゼロではない。君たちの人間界は自分と他人を認めるといった簡単なことが出来ないほどに荒れている。少しでも自分と違っていたら、いちいち攻撃してちゃ、無能な自分が惨めになるだけし、疲れることだ。私としては、少しでも思い知らせるのさ。そして、手っ取り早く意識開拓をする。そっちの方が早い」
「それで多くの命を失っても……?」
「またそれかい……」
ルイン・ラルゴルス・リユニオンは少しうんざりしたように微笑み、肩をすくめる。
「言ったはずだ。完璧な世界への発展へのためにも、これは必要だ。それを英雄譚として、私は楽しんで見物させてもらうよ」
「──残念なことに、それで完璧な世界はいまだかつて創造したケースはないのですが」
二人しかいなかった世界に、新たに別な声が響いた。
その瞬間、ルイン・ラルゴルス・リユニオンの顔が不愉快そうに歪んだのを翼は見た。これまで彼の超然とした態度に大きな異変を与えた声の主とは──
「よく此処がわかったね」
「ルインは玩具を見つけるとよく此処に連れて来ています。ワンパターン過ぎるんだよあなたは」
ザッザッと草むらを踏みしめる音を響かせて丘に現れたのは、見目麗しい女性だった。




