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第二章 四十五




「返せっ、返せっ、返せっ、返セッ……薄汚れた人間の血が流れる半龍が!」


 嗄れた声を上げて、シルベットを口汚く罵りながら、ファーブニルのオルム・ドレキは空中を疾走する。


 剣や銃、槍や薙刀と様々な武器に杖を変えながら、肉薄するがまだ傷一つも少女に付けられていない。


 リズミカルにバックしながらも、ファーブニルのオルム・ドレキを躱すシルベット。折れた天羽々斬を構えながらも相手の出方を窺っている。


 ファーブニルのオルム・ドレキの攻撃は、我を忘れているのか、動きが単調で読みやすい。躱すには造作もない。攻撃すれば、恐らく避け切れず当たるだろう。【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の大隊長とも呼べるほどまでの地位まで上り詰めたファーブニルのオルム・ドレキが呆気なく勝敗がつくような戦い方をするだろうか。


 と、少しだけ様子を窺ってきたが、全くといって意表をつくような攻撃はしてこない。ただ単に我を忘れて、シルベットに牙を剥くだけの猛獣である。


 弱い。つまらない。意地汚い。攻撃を仕掛けるファーブニルのオルム・ドレキに対してシルベットが抱いた感想である。こんなのが【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の幹部にいるのか、と今後の組織が心配にもなるシルベットは、大きな溜め息を吐いた。


「……何だか知らんが、よくそんな腕で隊長になれたな」


「仔龍ごときが……生意気な口を……」


「息が上がっているぞ。大丈夫か? どういう仕掛けで上り詰めたかはわからんが、もう若く強い者にでも引き継いでもらって引導を渡したらどうだ……」


「……貴様に、……心配される、……年ではないっ」


 息も切れ切れに武器を構えるファーブニルのオルム・ドレキ。


「私は……【謀反者討伐隊トレトール・シャス】を取り仕切る隊長だ……これ以上は命令違反だ。【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の隊員は……、職務の遂行により上官の職務上の命令に忠実に従わなければならない、と定められている……。上官の命令に服従することは隊員の義務だ……。……上官がゼノンを渡せといったら……渡すのだ水無月シルベット」


 上官の命令に服従しない者に対しては、罰則が定められていることも忘れるな……とファーブニルのオルム・ドレキは息を整えながら苛立たしげに言うと、シルベットは反発する。


「何だ貴様がその地位にしがみつくのは、そのためか。【謀反者討伐隊トレトール・シャス】とは自分の私事で動かしていいものではない。組織の存在意義を知らないわけではないだろ。それに、命令に明白かつ重大な違法があると認められる場合には当該命令は無効であり、それに服従する義務はないとあるから、生きたハトラレ・アローラの宝剣を所有物扱いしたことは明らかに明白かつ重大な違法ではないのか。そうじゃなくとも、私事でゼノンを取り戻そうという行為は完全なる組織の私物化だ。私は、そんな貴様の命令に従わん」


「ハトラレ・アローラの宝剣だからこそ、私は大切に保管を……。だから私事ではない」


「保管……か。貴様のしていたことは保管ではない監禁だ。ゼノンは躯は剣だが、意思があり言葉も交わせられ生きている。元は龍人なのだから当然だ。だが、貴様はゼノンに対して、龍人と慕うような接し方をしてきた様子がなさそうだな」


「決して動かさなかったわけではない。ちゃんと手入れするために清浄場に連れて行っている」


「清浄場は神殿の中にあると聞いている。清浄場以外は殆どは祭壇に飾られていて、動かさなかったと聞いているがどうなんだ?」


「そうだ。宝剣を神殿の外に出すわけないだろ」


「その扱いがゼノンをずっと所有物当然のように扱かったといっている。神殿の外から出さなかったことは保管ではなく監禁だ。もし自分が動かせない躯だった場合のことを想像してみろ。不自由ではないか」


「私は、責任もって躯を動かせないゼノンの世話をしている。宝剣だからこそ、大切に扱わなければならない。不容易に持ち出して落としたり、誰かに盗まれる危険性を考えば、当然だ」


「世話は守護龍や巫女たちだろ。貴様は単にゼノンを愛でただけだ。それが厭で、彼は息抜きついでに外出を要求したがさせてもらえなかったと……ゼノンが言っていたぞ」


「彼は自分がいかに重要で、高貴な存在であるかわかっていないだけだ」


「そうか。そんなやんごとな存在であるゼノンの継承者が決まったのだから、もう手離してもよいのではないのか」


「貴様らを継承者とは認めん! ゼノンのは私のモノだっ、貴様らには渡さぬ!」


「貴様のではない。ゼノンはモノではない。どちらを選ぶのかは彼が決めるべきだ。そんな彼は貴様を選ばなかった。それだけの話だ。それをどうのこうの言うには筋違いだ。継承者を選んだのは、神界の連中だ。それに従って決めたのは、ゼノンだ。私らはそれに従うのが道理ではないのか?」


 シルベットが質問すると、ファーブニルのオルム・ドレキは舌打ちをして返す。


「黙レ、黙レ、黙レッ! 返セッ……私は認めんッ人間の少年と薄汚れた人間の血が流れる半龍の少女がゼノンの継承者だなんてッ」


「ゼノンが言っていた通りだな。どんなことを言っても聞き入れてくれないな……」


『まあ、そういうことだな』


 すー、とゼノンはシルベットの横に並ぶと、ぞんざいな口調で言った。


「何だ貴様、飛べるのか?」


『まあな。一応、元龍人だからな。といっても、継承者無しじゃ自由に動かせない躯であることは確かだ。オレは、継承者の魔力によって顕現することができる』


「ほう。貴様は今さら顕現出来たことについて聞きたいがいいか?」


『ああ。別に聞かれてもいいさ。むしろ、何で今さらオレが顕現出来たか彼奴も知れていいだろうからな。教えてやるよ』


 ゼノンは口端を上げて、意地の悪い微笑みを浮かべてファーブニルのオルム・ドレキを見てから言った。


『ゴーシュ・リンドブリムが清神翼に魔力を注ぎ入れたからだよ』


「──ッ!?」


 ファーブニルのオルム・ドレキ目をひんむくくらい驚愕した。ゴーシュがボルコナの収監施設はおろかナベルにある税関を掻い潜って人間界に来ていることに対して、ゼノンを取り戻すことが無我夢中で眼中になかったようだ。


「ゴーシュがっ!? あのクソ兄貴が此処に来ているのかっ」


 ゴーシュが人間界にいることにシルベットは、とてつもなく厭そうな顔を浮かべていた。


『来ているぞ。あそこにいるだろ。気づかなかったのか?』


 シルベットはゼノンが首で示した方向を見ると、ゴーシュの姿を確認した。ゴーシュは横に赤髪の青年と並走している。


 同じくゴーシュの姿を確認したファーブニルのオルム・ドレキが歯噛みして、憎悪を宿した眼を彼に向けた。


「余計なことをしおって……ゴーシュ・リンドブリムっ」


 憎らしげに吐き捨てるファーブニルのオルム・ドレキ。


『ま、ゴーシュのお陰でシルベットの下まで来れたわけだ。ツバサには、危険な目を合わせることになったのは不甲斐無いな……』


「まったくだな」


『オレとしては、戦場に出るつもりはさらさらなかったんだがな……ツバサたち人間界を護るためにも、此処に来るしかなかった』


「それで、私にあの呼称が長い奴と戦えと。ツバサは人間だ。しかも、反戦国家である日本生まれの人間であり少年だ。戦い慣れしていないツバサでは、いくら私よりも劣るあやつには勝てない。ゴーシュの魔力を注ぎ込まれてゼノンを使えても扱えるかは別問題だからな」


『その通りだが……何気なく上官に対してディスるとは、軍人の風上にも置けないなシルベット……』


「ディスるって、どういう意味だ?」


『一段落できたら教えてやるよ』


 やれやれ、とシルベットの無知さに呆れながら約束した。彼女は人指し指を向けて念を押すように言う。


「約束だからな」


『わかったよ、銀のお嬢ちゃん』


「その呼び名はやめろ。私はシルベットだ」


 そこを今さら気にするのかよ……と思いながらも口に出さず、ゼノンはガチャガチャと金属音を立てながら頷いた。


『ああ、わかった。次から気をつけるから、ファーブニルのオルム・ドレキのことをよろしくな。手助けして欲しかったら遠慮なんてせずにオレを呼べよ』


「うむ」


 ゼノンの言葉を聞いたシルベットは頷き、顔をファーブニルのオルム・ドレキに向ける。彼はシルベットたちを交互に睨み付けていた。まるで流行りの玩具を欲しがる子供のように、「己れ己れ……」と爪を噛んでいた。


「私を除け者にし、見せつけおって……ゼノンよ、どういうつもりだ?」


『何をどうしたら、除け者にして見せつけているように見えるんだよ……。オレは最初からオマエのものじゃないだから、オレの継承者であるシルベットと話をしてもいいだろ。それに見せつけているわけじゃないし、ちゃんとオマエも入れて会話していたつもりだ。ただ単に会話に入って来なかっただけで除け者や見せつけとか言われたくないぜ……』


 ゼノンは深いため息を吐く。


『まあ、そんなオマエでも最後だけ御礼を言っといてやるよ。世話してくれた恩義はあるからな。身の回りは巫女と守護龍だけどな。オマエは愛でいるだけでうざかったが、大切にしょうとしたことだけは感謝している。その独占欲と自分のモノ扱いがなければ良かったんだがな。お陰で引きこもりのニート生活が板についちまったよ。まあ、なんだ……達者でな』


「ゼノン……っ! なんだその今生の別れのような……」


『別れだよ。オマエがオレを護る任務は果たされた。これからは、継承者二人と一緒に仲よく暮らすのさ。ツバサがなるべく平和的に暮らすために神様と交渉するんだからな』


「おい」


 ゼノンの言葉を聞いてシルベットは表情を驚きに染めて、彼に聞いた。


「ツバサが神様と交渉とはどういうことだ?」


『ルイン・ラルゴルス・リユニオンという話だが、聞いてなかったのか』


「聞いてないぞ。初耳だ」


『あのルイン・ラルゴルス・リユニオンが開戦しやがった世界線戦とやらに多くの命が巻き込まれないように交渉するって、ツバサが────あ、アイツ……まさか!?』


 ゼノンはシルベットの教えている途中で気づき、声を上げた。


『自分だけ犠牲にでもなるつもりか……?』


 ゼノンは視線を下に向けて歯噛みをした。


『そりゃねぇぜ相棒……』


「……それはどういう意味だ?」


 継承者であるシルベットはゼノンに問うた。話を訊いていた前所持者のファーブニルのオルム・ドレキはゼノンに気安く話しかけるシルベットを見て、爪を噛み砕き、人指し指から血が滴っていた。


 嫉妬心剥き出しのファーブニルのオルム・ドレキがいつ肉薄してくるかわからない。ゆっくりと話している時間はないが、伝えなければならないは確かだ。ゼノンはシルベットはファーブニルのオルム・ドレキに警戒するように注意させて話すことにする。


『……ファーブニルのオルム・ドレキに警戒しながら聞いてくれ。場合によっては、〈念話〉で伝える』


「わかった……ん?」


 ファーブニルのオルム・ドレキに向き直ると、ゼノンではない何者かの〈念話〉がシルベットに入った。手で制して、そちらに耳を傾けると彼女の表情が途端にとてつもなく不機嫌に歪むのを見て、ゼノンは〈念話〉の相手が誰なのかをおよその見当がついた。


 〈念話〉を終えたらしいシルベットは、大きな溜め息を吐く。


「ゼノン……」


『……お、おう、なんだ……?』


 シルベットからは引き続き不機嫌なオーラが漂っている。ゼノンは何も悪いことをしてはいないにも拘わらず吃ってしまう。そんな彼のことを別段気にしていない様子でシルベットは続ける。


「金ピカが貴様を使えと言ってきた」


『そ、そうか……折れた天羽々斬では、ファーブニルのオルム・ドレキとまともにやりあえないからな』


「いや、別にまともにやりあえるぞ。あんな奴、折れた天羽々斬で十分だ」


「なんだとっ!?」


 折れた天羽々斬をホームラン予告する打者のようにファーブニルのオルム・ドレキに向けると、彼は怒りを露にした。


「貴様は私に勝てるでも言うのかっ……」


「勝てるな。今のところ、見た限りの実力ではな」


「きっ、貴様ッ!?」


 ファーブニルのオルム・ドレキは、シルベットの挑発に杖を刀剣に変えて肉薄し、一閃する。


 シルベットは折れた天羽々斬で受け止めると、そのまま鍔迫り合いが始まった。


「キサマ、許セン許セン許セン許セン許セン許セン許セン許セン許セン許セン許セン許セン…………!」


「やかましいな……。壊れたロボットか」


「貴様は軍として失格だ。問題行動も然り、上官に対しての礼儀がなっていない」


「私は、端から軍としてやっていこうとは思ってはいない。人間界に来る時に、【異種共存連合ヴィレー】と【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に入らなければ来れなかったから入っただけだ。軍で出世しょうとは思っていないからな。生活援助がある【異種共存連合ヴィレー】だけで十分だから大助かりだ」


「そんな生半可で軍に入ったのか貴様は……許セン許セン許セン許センぞッ」


 そんな貴様が宝剣など宝の持ち腐れだ、と血走った目をシルベットに向けて、刀剣を振るう。


 上下左右とあらゆるところからの斬撃をシルベットは折れた天羽々斬で受け止めては流し、または躱す。彼女が自信満々に勝てるといった言葉通りに、ファーブニルのオルム・ドレキの太刀筋は見切っていた。


 なかなか攻撃が当たらないことに腹を立てたファーブニルのオルム・ドレキは牙を剥き出す。人間態であった彼は、躯をグニャリと大きさと共に形を変えていく。


 ファーブニルのオルム・ドレキは、その名の通りのドラゴンへと変えた。


「人間態でかなわぬからドラゴンへと変えたのか。そんなことをせずとも、貴様には勝てないぞ」


「上流種族龍が舐めた口を叩くなっ!!」


 ファーブニルのオルム・ドレキは、大気が轟く咆哮を上げた。


「貴様のような者は、ゼノンを取り返す次いでに一から叩き直してやる!」


「やってみたければやればいい。私用で軍を動かす腐った上官には負けぬ!」


『シルベット! 無駄に挑発するな!』


 ゼノンは、戦いが長引く予感がしてルベットにファーブニルのオルム・ドレキを挑発することを止めるように声をかけたが、時は遅く。ヒートアップしていく彼らは、攻撃態勢へと移行する。


 ファーブニルのオルム・ドレキは口を開き、口内に炎を溜め込み、迎え撃つようにシルベットは折れた天羽々斬に力を注ぎ込む。


 天羽々斬の刀身に白銀の光が宿ると、それは折れて失った刀身を形作る。それだけではない。刀身が大きくなっていき、少女が持つには巨大になっていく。


 ドラゴンが一頭ほどなら一刀両断しそうな大きさになった天羽々斬を構えて、シルベットはファーブニルのオルム・ドレキに向けて口を開く。


「来い!」


 応答は火炎と共に返った。


 ファーブニルのオルム・ドレキは火炎を放射させる。シルベットは躱さずに、天羽々斬を上段の構え、火炎が間合いまで迫る瞬間を待つ。


 それはすぐに訪れた。シルベットが火炎が間合いに入った瞬間、白銀に輝く刀身が降り下ろされ、目映い白銀の光が明滅し、紅蓮の炎を切り裂き、飲み込んだ。


 炎を飲み込んだ白銀の光は収束していくと同時に、シルベットは天羽々斬に盛大に力を注ぎ込みながら、突撃。


 収束していく白銀の光の中を突っ切って、ファーブニルのオルム・ドレキに横殴りに斬りつける。


 光の完全なる収束を待たずに肉薄してきたシルベットの斬撃をファーブニルのオルム・ドレキを〈結界〉で防ごうとした。


 だが、〈結界〉は斬り裂かれ、天羽々斬の刃はファーブニルのオルム・ドレキに接近する。


 生命の危機を感じ取ったファーブニルのオルム・ドレキは後退して回避行動を取るが、それにより間合いに入っていた羽根を斬り裂いた。


「チッ!」


 ファーブニルのオルム・ドレキは舌打ちして、斬り裂かれていた羽根を修復する。


「治せるんだな」


「こんなものかすり傷にも入らんが、上官に向かって刃を向ける吹き届き者を裁く口実が出来たよ」


 ニヤリと不敵な微笑みを向けるファーブニルのオルム・ドレキ。シルベットはそんな彼に対して、ふ〜んと動揺した様子はなく、軽蔑な目を向けた。


「口実が欲しかったのか。自分がゼノンを取り戻すといった正当性が失われてきたのだから、ゼノンを取り戻すために私を討つことに正当性が欲しかったというわけだろ。しかし、それでいいのか貴様は?」


「それは、どういう意味だ……」


「正当性の有無は、第三者の証言が必要だぞ。この〈錬成異空間〉内には現在、神や聖獣たちがいて、一部始終見ているわけだが」


「一部始終を見て聴いているわけではない。戦いの後処理で見て聴いている暇人などそんなにいないだろう」


「──いますわよ」


 キンキラとした声が二人の会話に割って入った。


 二人は声がした方を見ると、そこには金髪碧眼の少女──エクレールがハトラレ・アローラの記録媒体である〈メモリーキューブ〉を手にして。


「あなた方のやり取りを観察し、念のために録音していたわたくしがいますわよ」


「エクレール・ブリアン・ルドオル……」


「金ピカ……」


 それぞれ別な理由でエクレールを忌々しそうに見据える二人。そんなこと構わずに、彼女は〈メモリーキューブ〉は誇らしげに見せつける。


「上官による悪行はちゃんと、証拠映像として収めましてよ。ちなみに、これの他にも〈迷彩〉による術式により隠し撮りした記録媒体はありますので、わたくしの手に持っているものだけではないことを最初に言っときますわ」


 ほーほほほほ、と絵に描いたかのような高笑いをするエクレール。そんな彼女の内心では気が気ではない。理由としては、〈迷彩〉によって隠し撮りしている記録媒体などなく、エクレールが手にしているだけだ。その記録媒体でさえも途中で回したもので一部始終ではない。一部始終ではなく、途中からの一部だけである。


 そのことをファーブニルのオルム・ドレキに悟らせないようにエクレールは余裕を演じる。学舎では、学園祭などで行った演劇で何回か主役を勝ち取り見事演じ切った経験を持つエクレール。演技には多少の自身はあった。


「どうしますかファーブニルのオルム・ドレキ?」


「……どうもしない。私は私の正当性を主張するまでよ」


「そんなの、証言となる映像があれば意味がありませんわ。それに此処には幾つかの視線がありますのよ。一部始終を見ているのは確かに少ないと思いますが、こんな沢山の視線があってなにがしら見ている方はいますわ。継ぎ接ぎの証言でもあなたの不当性を訴えるのなら十分だと思いますが」


「だとしても、私は私の正当性を変えない。私は私のものを取り返す。ゼノンは私の宝なのだから、当然の主張だ」


「ゼノンは元からあなたのものにはなっていませんわ。あなたは、宝剣の継承者が現れるまでに護るために一時的に所持していただけですのよ。継承者が現れたのなら、素直に引き渡すのが当然ですわ」


「厭だ! イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダッ! ゼノンは私のモノだぁ」


「何ですのこの方は……」


 子供が駄々っ子をするかのようなファーブニルのオルム・ドレキにエクレールは引いた。呆れ果て、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の今後について不安になった。そんな彼女を見ていたシルベットが〈念話〉で伝えてきた。


『金ピカが言いたいことはわかるぞ……』


『何ですの?』


『こんな子供のようなワガママな奴が上官とは、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】も先が思いやられるだな』


『当たってますわ……。あなたと同じことを思っているだなんて考えたくはありませんが』


『私も同じことを思っていたからな』


『それは仕方ありませんわ。それよりもさっさと片付けませんと、ツバサさんがアレに連れて行かれましたわよ』


『ツバサがアレに連れて行かれた? どういう意味だ……』


『知りませんわ。ツバサさんは最初からアレと交渉する気だったようですけど……』


『交渉?』


『その調子だと、ゼノンから聞いてませんのね……?』


『聞きそびえた』


『そうですか……。警戒はファーブニルのオルム・ドレキのままに聞いてくださいまし』


 エクレールは知っていることを全て話した。




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