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第二章 四十四




 神域は、翼の一閃により皹が入り、そこに間髪入れずにシルベットが斬撃を与えて破壊された。


 二人の間に隔たっていた障壁はなくなり、シルベットは落ちてきた者が改めて清神翼であることを確認する。


 彼女は、翼本人だと気づいてから、持っていた剣をひとまずは鞘に納めたが、顔からはまだ状況を理解できていないような様子だ。


 対して、翼はゼノンのサポートにより、だんだんと落下速度が緩やかになっていき、そんなシルベットの両肩に手をかけた。空に立つシルベットの助力を得るよるような格好で、その場に留まると。


「ツバサか?」


「……お、おう……、シルベット。突然のことで申し訳ないだけど……」


「なんだ?」


「いろいろとあって、何から話せばいいかわからないけど、まずこの剣を預かってくれないか? 要件はその剣が教えてくれると思う」


「う、うむ……」


 シルベットは頷き、戸惑いながらも翼から剣を預かった。


「あと、シルベットにお願いがあるんだけども……」


「ん? なんだ……」


「これから────」


 と、言いかけたところで、翼とシルベットの周囲に凄まじい魔力弾の光が指し貫いた。


 シルベットは咄嗟に〈結界〉を張り、警戒心を露に魔力弾が来た方向を見やる。翼とゼノンもそれに続く。遙か上方からファーブニルのオルム・ドレキ率いる憲兵隊が急降下しながら魔力弾を放っている。


「アイツは、式典の時に蒼っぽいのにいろいろと言われていた……」


「久しぶりだな。不遇な義兄を持つ半龍半人の仔龍」


 ファーブニルのオルム・ドレキは、四人の憲兵隊を後ろに従らせて、傲然と二人と生剣を見下ろしていた。


 そんな彼等にシルベットは油断なく睨む。


「久しぶりというほど、時間は経っていないだろ。同じ【謀反者討伐隊トレトール・シャス】である私どころか、保護しょうとしている人間まで巻き添えで魔力弾を放ってボケたのか?」


「ボケたわけではない。その人間の少年が私の大切な宝剣を持っているのだ。貴様の義兄が持ち出したゼノンをな」


「どういうことだツバサ?」


「ゼノンを手に持って、事の顛末を彼から直接聞いてくれたらわかる」


「うむ」


 シルベットは翼からゼノンを受け取ると、頭に直接響く彼の声でも聞いているのか、難しい顔をしてしばらく黙った。


 三分程してから、彼女は頷き、大きく息を吐く。


「何というか難儀だな」


『まあ、難儀だったぜ』


「貴様の話が誠なら、あのゴーシュについた罪はかなり剥がれて軽くなるわけだな……」


『まあそういうことだ。そして、継承者でも何でもないタダの所持者であったファーブニルのオルム・ドレキにオレを渡す必要性もないわけだ』


「ゼノンっ! お前は“私”のモノだ! “私”の宝なのだよっ」


『もうオレはオマエのじゃない。いや、鼻からオマエは次の継承者が現れるまでの世話役を任されただけで正式にオマエのものになったわけじゃないんだ……』


「ゼノン……その二人が本当にオマエの継承者ということなのか?」


『ああ。神の御告げでな。水無月シルベットと清神翼が次の継承者として告げられたんだ』


「認めん……。認めんぞっ。継承者二人が貴様らだなんて認めんぞ!」


『オマエが認めなくとも、神が認めたんだから従れ。所持者は継承者が決まったら、素直に渡すのが決まりだからな』


「嫌だ! 断るぞっ。ゼノンは“私”のものだッ!」


 ファーブニルのオルム・ドレキは、必死の形相で携えていた杖を翳すと、杖がグニャリと形を変える。それは薙刀であった。


 シルベットは視線を鋭くし、刀に手をかける。


「なるほどな。ゼノンが帰りたくない理由がわかったぞ」


『わかってくれて何よりだ』


「何を聞かされているから知らないが、ゼノンは洗脳されているのだ貴様の義兄にな……」


「今さっき調べて結果が出た。ゼノンとやらに、洗脳の形跡も言いくるめられている様子も皆無だったぞ。長年、彼を所持者している貴様がわからないわけではないだろ。彼の言葉はぞんざいだが限りなく真面といえるぞ」


『残念だが、ファーブニルのオルム・ドレキはオレを愛でるのが夢中で対話をしたことはない。真っ当に会話をしたのも手で数えるくらいでな。オレはコイツにとってコレクションの一つでしかないんだ』


「私のモノだっ。私が長年、大事に保管してきたのだからな。私のモノのだ!」


 ファーブニルのオルム・ドレキはノーモーションでシルベットに肉薄した。瞬時にシルベットが反応し、手前にいた翼を巻き込まれないように突き飛ばした。


「う、うわぁっ!」


「ツバサさんっ!」


 突き飛ばされた翼は、数メートル落下したところで、エクレールが抱きかかえられると、上空を見上げた。


 折れた天羽々斬を抜き、ファーブニルのオルム・ドレキの斬撃を防いだシルベット。


 が、その防がれることは予測していたファーブニルのオルム・ドレキは、防いだ薙刀をまたグニャリを変化させる。


 ライフル銃だ。砲門をシルベットの顔面に向けるように変えて、夥しい数の魔力弾を射出。通常であれば考えられない超々至近距離からの連射である。それでも瞬時に左に体を流すシルベット。凄まじい爆風が撒き散らされ、視界に煙りが溢れた。


 翼とエクレールの視界の中を、白銀のシルエットが煙りを吹き飛ばして出てくる。シルベットだ。彼女を追って、ファーブニルのオルム・ドレキがライフル銃を構えて、魔力弾を放つ。


 翼とエクレールの上空を通り抜ける。砲を、弾薬を撒き、或いは剣を交えて、数瞬ごとに空に星のごとき光を輝かせる。


「ぐ……」


 目的通りにシルベットにファーブニルのオルム・ドレキを任せることが出来たが、翼の心中に悔しさが滲む。ただの人間である翼はファーブニルのオルム・ドレキには勝てない。戦いに加わったとしても、シルベットの足枷になってしまうだけである。


 そう理解した上で、翼は今できることを考えた。


「エクレール。お願いがあるんだけど……いいかな?」


「何ですの……」


「折れた天羽々斬では、いくらシルベットでも不利だから、ゼノンを使うように指示を出せないかな?」


「え……ゼノン? ゼノンって、あのハトラレ・アローラの宝剣であるゼノンですの?」


 ゼノンと訊いて、エクレールは翼の問いに返さず、怪訝な表情で理由を訊いてきた。


「そうだけど……」


 翼はハトラレ・アローラの宝剣であるゼノンであることを認めると、ますますわからないといった具合に口を開く。


「え……どうして、ツバサさんか持っていますのよ?」


「いろいろとあって、どれから話せばわからない。ゼノン本人から話を聞いた方が一番いいんだけど……」


「出来るだけ要点だけまとめて短くまとめてくださいまし」


 清神翼は、ゴーシュはゼノンを継承者であるシルベットと清神翼に渡す使者としての役目を果たしただけで強奪したわけではないことやら、ファーブニルのオルム・ドレキに行方を明かさなかった理由は、ゼノンが彼を嫌っていることも去ることながら、独占欲が強い彼がせっかく何百年ぶりの継承者を殺される可能性があったために内密であったこと、危害を及ばないためについさっきまで翼はそのことを忘れるように術式をかけられていたことを告げた。


 それを訊いて、エクレールは合点がいったように頷く。


「わかりましたわ。殆どハトラレ・アローラの無関係だったツバサさんを護衛しなければならなかったのか、不思議でしたのよ。最初は、不本意ですが銀ピカのせいで問題児扱いされて、問題を起こさないためにあてがわれた任務かと思いましたが、ラスノマスやレヴァイアサン、リリスやルシアスと、たかが人間の少年一人を捕らえるには、【創世敬団ジェネシス】の幹部が揃いすぎましたから」


「……エクレールの発言から察するに異常だったんだね」


「ええ」


「俺もたかが人間の一人に組織の幹部まで出てくるなんて、大袈裟すぎるなとは感じたけど……まだ何も知らなかったから、最初は異世界では当たり前なのかなと思ってたよ」


「それは仕方ありませんわね。まずハトラレ・アローラとは全く関係がない人間の、しかも少年を護衛につかせるのが異例中の異例ですわ。もうゼノンの継承者ということで無関係ではありませんが」


「完全に関係しちゃっているからね……」


「ゼノンの継承者の護衛ならば、やる気が出ますわね」


「今までやる気がなかったように聞こえるんだけど……」


「そう聞こえまして?」


「うん……」


「それは、言葉の綾ですわ。やる気はあったかと問わればありましたわよ。何せ初任務ですから。もし問題児と認定されて左遷されたとしても、すぐにでも結果を出して返り咲く自信はありますのよ。ですから、どんな些細な任務でもやる気はありますわ。ですが、自分が好かない相手と四六時中一緒で萎えてきていたのもまた事実ですわ。厭ですのよ……【部隊チーム】は連帯責任があるのにも拘わらず、自分勝手な行動をする輩は……」


 エクレールは上空で戦っているシルベットを見上げて大きな溜め息を吐いた。


「銀ピカにも認めるところがありますわよ。カレーを作る際に思ったよりも手際が良かったり、名前は覚えないですが相手と何気なく会話が出来たりとですが。それでも、ゼノンの継承者に選ばれるほどではないと考えます。あのルインという神が開戦した世界線戦とやらに名指しで強制的に参戦させられて、とても生き残れるとは思えません。わたくしは神とやらが決めたことに不満に思っているのですから──は! 決して学舎も通えていない銀ピカを心配して、助けてあげたいわけではありませんわよ! 彼女を助けることで結果を得られるのなら、わたくしは保身のために銀ピカを助けますと言いたいのですわ…………か、勘違いしないでくださいまし!」


 途中で何か気づき、頬を染めて様子を窺うように翼の方へキョロキョロと動かしながら捲し立てるエクレール。彼女は自身で思っているほど、シルベットのことが心配しているようだ。


 喧嘩するほど仲がいい、という言葉が彼女たちの関係に当てはまるのかはわからないが、それに近いものを感じて、少しだけ翼は安堵する。


「何を笑ってますの……?」


「別に……。ただ、保身のためだったら聞こえが悪いかなと思っただけ」


「銀ピカを気遣っていると思われるよりはマシですわ」


 ふん、と首を横に向けるエクレール。素直のなさは筋金入りらしい。


「──で、ツバサさん」


 エクレールは話を変えるように声をかける。


「〈念話〉で銀ピカにゼノンを使えと指示した後は、ツバサさんはどうしますの?」


「エクレールはシルベットの援護をしてもらいたい」


「ツバサさんを抱えて、どう援護しろと? わたくしの力は電磁ですのよ。ツバサさんを抱えてでは、巻き込まれてしまいますわよ……」


「だから、降ろしてもらいたい。出来れば、ルイン・ラルゴルス・リユニオンのところに」


「え……」


 エクレールは翼が言っていることが理解できずに、声を漏らす。


「何を言ってますの……?」


「行かなきゃならないんだ……ルイン・ラルゴルス・リユニオンと交渉するために」


「ルイン・ラルゴルス・リユニオンと交渉……? それはどういう意味ですのツバサさん」


「どういう意味って、それ以外の意味はないんだけどな……」


「質問を間違えましたわ。交渉することに何の意図が?」


「それは──」


 翼は少しだけ考えながらエクレールに言った。


「ルイン・ラルゴルス・リユニオンに、世界線戦になるべく多くの命を巻き込まれないように何とか彼に交渉を持ちかける」





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