第二章 四十二
一騎討ちと称して挑んできたガイアに水波女蒼蓮が気が向いている隙を狙って、戦域から逃げたロタンとアガレスらを待ち構えていたのは、煌焔と白夜だった。二人は水波女蒼蓮が三千もの軍勢を捕らえたように魔力を網状に編んで取り囲み、檻を形成。逃がさないように、そのまま異空間の監獄へと移送した。
残ったガイアやグラ陣営の残党も同じように異空間へと強制移送された。これにより、全てのグラ陣営を囚わえたことになる。
これで安心してはいけない。残る問題が残されている。ルイン・ラルゴルス・リユニオンだ。彼は現在、日本の神として名高いスサノオノミコトが交戦中だ。
〈錬成異空間〉の天上の半分以上は占める聖域を縦横無尽に聖獣でも追いつくのがやっとの神速をもって飛び回り、剣を混じりあっている。
ぱっと見て、僅かながらスサノオの方に勝機を傾きつつあるが、無名だが仮にも神であるルイン・ラルゴルス・リユニオンも粘り強く、隙を窺っている。スサノオが少しでも油断すれば、あっという間に形勢は逆転し、ルイン・ラルゴルス・リユニオンが少しでも手を緩めれば、あっという間にスサノオが勝利してしまう。
緊迫した戦いを眺め見ていると、神域内に銀の一線が引かれた。
神域内の上空から急降下をかけていくそれは、スサノオとルイン・ラルゴルス・リユニオンらが神速で縦横無尽に移動しながら激闘を繰り広げている下域へと向かっていく。しかも、神速と同等の速度で。
神速で移動する銀の流れ星を煌焔は目を凝らして見ると、正体はシルベットだった。遙か上空ではエクレールが下域を見据えている。
「何をするつもりだあの仔龍らは……
上空から急降下をかけて獲物を捕らえようとする猛禽類のように急降下するシルベット。下域では相変わらず二人の神らが神速で移動しながら切り結んでいる。あまりにも俊敏すぎて狙いは定まらない。目は彼等を追えるが躯がその反応についていくのにやっとだ。急降下している内に、どんぴしゃ、に天羽々斬を二人の神の間に振るい、ひとまずの終わりを告げなければならない。
さっきまで、シルベットとエクレールは神域外に行われていた聖獣とグラ陣営の戦いを通常では巻き込まれてしまいかねない距離で見物していた。
聖獣たちの戦いを見て、戦いに参考になるところは大いにあった。水波女蒼蓮の一見は派手で力の容量が多いと思われている大立ち回りも、天上を支配した三千もののグラ陣営の軍勢を魔力の網で捕らえた時も、〈転移〉よりも少ない力の容量で行使していた。それほどまでに無駄のない術式の行使であったことが頷ける。それは素直に、スゴいと認めざるを得ない。
上級種族である彼女たちにも、恐らく彼等のような戦いが出来る可能性は充分にある。勿論、見よう見まねで同じことを行えるかは別である。
聖獣たちとグラ陣営の戦いを見届けたシルベットとエクレールは下域の見下ろす。さっきエクレールがたてた策を実行に移す。策といっても、下域で依然として続けられているスサノオとルイン・ラルゴルス・リユニオンの戦いをひとまず止めるためのものだ。
一体、いつ決着が付くのか。少しでも油断したら、あっという間に決着が付いてしまう戦いだが、依然として決定打となる隙はなく、まだ続いている。このまま決着が終わらないんじゃないかと思ってしまう神同士の戦いに、二人はやきもきしてしまう。舞台であるこの〈錬成異空間〉はシルベットたちが構築したもので、永遠に神が戦える場所として行使していない。
ただ──
シルベットが神たちの一騎討ちに水を差すことになってしまう。あらかじめ、エクレールがスサノオだけには〈念話〉で伝えるといっていたが……。
──本当に大丈夫なんだろうな……。
◇
作戦を実行に移す、ほんの数分前──
スサノオが降臨したことにより、すぐに決着をつけてくれると思われた神戦だったが、無名の神にしてはルイン・ラルゴルス・リユニオンが思ったよりも奮闘し、なかなか決着が付けずにいた。
そんな状況を見て、少しばかりやきもきしていたシルベットが口を開く。
「いつになったら終わるのだ……」
「知りませんわ……あの方々にでも聞いてください」
「それが出来んから困っているのだろ……。向こうがそろそろ決着を付けようとしている中で、私らもコイツらを何とかしなければならん」
「ですわね……。それよりも銀ピカ、仮にも神をコイツら呼ばわりしてますが、いいんですの?」
「お! これは罰当たりだな。スサノオとアイツだったな」
「ルイン・ラルゴルス・リユニオンはアイツ呼ばわりになってますが、まあいいでしょう。わたくしとしても、厄介事しか招かない神界の者は神でも何でもありませんし、その前に神という存在は信用してません。それよりも、このまま戦いが長引けば、せっかく作ったカレーが冷めますわ……」
「そうだな。冷めてもカレーは美味しいが、やはり温かいのが食べたいな」
「ええ。なかなか決着が付かないようですので、強制的に乱入させて頂きますわ。勿論、断りを入れて、ですが……」
エクレールは、頬の表皮の一枚下に底意地の悪いものを忍ばせて微笑んだ。明らかに何かを企んでいる様子の【部隊員】をシルベットは、卑怯者だと口にする。
「貴様が良からぬことを考えて、それを私にさせようとしていることが透けて見えるぞ。一体何を考えている? 貧乳金ピカ」
「一言が多いですわ。特に最後の、ひ、貧乳、は関係ありませんし、いりません」
エクレールは、最後の不敬極まりない言動にむっつりとした顔で抗議すると、シルベットは反省の色を一つも見せない。それどころか、本当のことを言って何が悪いといった態度を崩さず、ふてぶてしくも首を横に振って先を促した。
シルベットが策に適任であるから、彼女の機嫌を損ねることは出来ない。何か一つや二つ言い返したかったが、そうはいかない。こういった状況じゃなければ、五つや六つと倍に言い返していたところだったが、拳をぐっと握りしめて我慢をする。
それを重々承知しているのだろう。シルベットはそれ以上を返さなかった。
「……銀ピカ、先ほどの作戦は覚えてますわね」
「ああ。あのずる賢い策だろう」
「……ずる賢いかどうかはさておき、銀ピカには盛大にぶちかまして頂きたいですわ」
「ほう。それで? 金ピカは、私がかましている間はどうするのだ?」
「それとなく、スサノオに〈念話〉で伝えます。あの無名の神に聞かれる可能性は少なくありませんが、恐らく短時間であれば大丈夫ですわ。そのあとは、銀ピカにお任せしますわ。よろしいですわね?」
「自分だけ楽な仕事ばかりだな……」
「仕方ありませんわ。わたくしよりもあなたの方があの神速に追いついていますもの。わたくしよりもあなたが適任ですわ」
「いつもは、銀ピカに任してはおけませんわ、と譲らない奴が簡単に譲ってきて、私は貴様に怪しいと感じているのだが……」
「そんな疑っている時間はありませんわ。ちゃちゃと終わらせますわよ」
「ごまかしおったな……。まあいい。私もこのまま傍観するのも飽きた」
「ええ。でも銀ピカ、あわよくば、神と手合わせしょうだなんて思わないでくださいまし」
「何故だ?」
「やる気でしたの……」
「神との間に立つのだから、そういう意味だろ?」
「違いますわ。あなたは半分は人間でも神に等しき力を持つ銀龍であるのは確かですが、神と渡り合えるほど強くはありませんのよ」
「やってみなければわからんだろう」
「わかりますわよ。半分は人間ですから半減しているといっていいでしょう。大体、一発かますというのはそういう意味ではありませんわ。スサノオとルイン・ラルゴルス・リユニオンに休戦させるために中に入って止めるために一発かましてこいという策ですのよ」
「一騎討ちをしている横から手を出すことに些か罪悪感があるのだが……」
「こんなときに罪悪感なんて出す以前に、あなたに罪悪感という感情があったことに驚きです。これを便乗して神とやり合おうとした輩の発言とは到底思えませんわ……」
「貴様は私を何だと思っているんだ……?」
シルベットの問いは完全に無視される。
「いくら無名の神でも神は神ですのよ。いくら神に等しき力を得ていても、わたくしたちでは経験不足ですわ。まともにやりあってもやられるだけ。一騎討ちの横からちょっかい出すことは悪いと思いますが、時間切れということでスサノオに話をつけます」
「つけられなかったらどうするんだ金ピカ」
「大丈夫ですわ。敵味方から一人ずつ名乗りをあげて一騎討ちで勝敗を決する時代は過ぎ去ったということをお伝えするだけなので、あなたは気にせずに一発かましてください」
「空気の読めない上に神知らずだな金ピカは……」
エクレールの神を怖れない策に半ば呆れながらも、そういった思い切った策を躊躇なく、行おうとする彼女に少しばかり心配になった。
「……あなたに言われたくありませんわね。あなたも充分に空気が読めない神知らずになるんですから」
「貴様のせいだがな……」
「早く終わらせますわよ。先日の戦いのように無駄に力と時間を浪費してはいけませんからね」
「精神汚染に陥って疑心暗鬼にかかり、いろいろと浪費したのは貴様ではないのか……」
「あなたは、ひとことが多いですのよ……」
先日の戦場での出来事を思い出したエクレールは、苦虫を五百万匹は口に突っ込まれ、噛み潰した顔を浮かべる。
シンという美神家の執事が放った殺意によって、金龍族として恥ずかしい醜態を晒してしまった。現在は安定しているが、あれからどうも自分の動態視力で追いつかない者を見ると、全身に怖じ気が走り、心の底から嫌悪感が湧き上がって来てしまう。よっぽど、精神が不安定に陥り自分でもコントロールがきかなかったことがトラウマとして残っているのだろうか。だから神速で戦う神たちを黒い油虫を見るような目で見てしまう。
「今回はわたくしたち【部隊】にとって第四戦目ですわ。これまでラスノマスやルシアスやリリスとの強敵を相手に戦いを潜って来ましたのよ。聖獣たちがいるのですから速やかに解決しなければなりませんわ」
「確かにそうだな。それはわかる。初戦は仕方ないとして、数度戦場を経験しても同じように決着を長引かせるわけにはいかない。あと、戦国時代のように食事休憩は挟むべきなのだ」
シルベットは頷き、天羽々斬を握る手に力を込める。
「ええ。決着を致しましょう。長引かせる戦いほど、つまらないとあの神にわからせて頂きます」
エクレールは、〈念話〉で策についての概要をスサノオに伝える。応じるかどうかに関しては応じないの方が濃厚だ。シルベットが言うように一騎討ちに水を差す策だ。スサノオが武士道や騎士道を重んじる性格の神ならば拒否する方が断然高い。
それでもエクレールは、スサノオが応じても応じなくともシルベットには間に入ってもらう。それで一時休戦してもらい、スサノオには日と舞台を改めて、再試合を行い決着を付ければいい、とエクレールは考えていたのだが──
◇
ルイン・ラルゴルス・リユニオンと切り結ぶスサノオの頭の中をきんきらとした声がした。ハトラレ・アローラの亜人が遠距離の者や敵に悟られないように伝えるために多様する〈念話〉という術式であることがすぐに理解し、応答する。
『スサノオノミコトさん、エクレール・ブリアン・ルドオルですわ』
『エクレールよ。吾は現在ルイン・ラルゴルス・リユニオンと一騎討ちの最中だぞ』
『ええ、承知していますわ。せっかくの一騎討ちのところを邪魔して申し訳ありませんが、そろそろ時間切れですのよ。ひとまず終わりにして、日と場所を改めて、続きをして頂きませんか?』
『何故だ』
『現実世界で眠らせている人間がいまして、このまま長く続けば誤魔化しのきかない時間の空白が空いてしまいます。今回で二度も記憶操作をした人間もいますので、何とか術式を無しにして誤魔化さないといけませんのよ。あと、単純に〈錬成異空間〉の維持ですわ。三人で行使していますが、持久力に欠ける【部隊員】がいまして、このまま長時間維持するのが難しいですのよ。こちらの事情で申し訳ありませんが、ひとまずの休戦をお願いしますわ』
『それはならぬ。今後のことを考えれば、ここで決着を付けた方が貴様らや他の世界線のためになる。“あと少し”で決着が付けられるのだ。“あと少し”〈錬成異空間〉を維持し続けないだろうか。そうすれば、吾はルイン・ラルゴルス・リユニオンを葬りさせられる』
『“あと少し”とは、どれくらいかかりますか?』
『五百年程だ』
『……は?』
エクレールの建前として出していた美声が凍りつき、余所行きとして取り繕った声音が厳しいものに変化した。彼女は、スサノオとの時間の感覚に大きなズレがあることに愕然としているのだが、スサノオはエクレールと時間の感覚に大きなズレがあることなど、神速で戦っているために気遣うことが出来ず、あまつさえ〈念話〉が届かなかったのかと勘違いをしてしまう。
『聞こえなかったのか五百年だ。五百年程、この〈錬成異空間〉を維持し続けろ。そうすれば、吾はルイン・ラルゴルス・リユニオンを葬りさせられる』
『むちゃくちゃ言わないでくださいまし。力は無尽蔵ではありませんのよ。そんな長時間、〈錬成異空間〉を行使できませんし、眠らさせている人間たちを誤魔化し切れませんわよ!』
『やってのけろ。そうすれば、終わるのだ』
『むちゃくちゃ言わないでくださいまし! わたくしたちは、神と比べたら短命でそんな長く待つことは出来ませんわ』
『だが、やってのけろ。あと少しなのだ。あと少し、待て。それしかない。今後のことを考えれば、このまま決着を付けた方が貴様らや他の世界線のためになる』
『残念ですが、神の言うあと少しは待てませんわ……。決着ならまだ今度にしてくださいまし。既にひとまず終わりを告げるために銀ピ──水無月シルベットが行きましたから』
『ん……どういう意味だエクレールとやら────?』
スサノオが訊き返した瞬間、上空から覇気を感じて、思わず後方へと飛んだ。ルイン・ラルゴルス・リユニオンも上空からなにがしらの異変を感じ取って後退したその刹那──
「一騎討ちの邪魔立て、御免っ!」
声がしたと同時に、斬、と白銀の剣が神二人の眼前に閃き、空間を切り裂いていった。
白銀の刃は、神二人を通り過ぎると、勢いをそのままに頭を上げて躯を体を引き起こす。力強く踏み切り、地面に巨大なクレーターを作って戻ってくるそれを水無月シルベットだった。折れた天羽々斬を手にして戻ってくるシルベットに、スサノオは一騎討ちを中断させられ、少し不機嫌な顔を向ける。
「さっき〈念話〉でエクレールとやらに伝えたはずだ。少し待てと」
「残念だが、時間切れだ。金ピカとスサノオの〈念話〉の内容なんぞ知らん。金ピカが神二人の間に入って止めろと言われただけだ。金ピカから〈念話〉でスサノオにその事を報せると言われているのだ」
「断った時の対処は聞いているか?」
「いいや」
シルベットは首を横に振る。
「“敵味方から一人ずつ名乗りをあげて一騎討ちで勝敗を決する時代は過ぎ去ったということをお伝えするだけなので、あなたは気にせずに一発かましてください”と言っていたぞ」
「エクレールには、武士道や騎士道の精神はないのか……」
「ないのではないか。ついでに神への信仰心もないから、“吾は神だ”と言った具合では従わないぞ金ピカは」
「先日の戦では、玉藻前とやり合ったようだしね。エクレールの神に対する信仰心が全くないことは情報を得ているよ」
そう言って、シルベットとスサノオとの会話に入ったルイン・ラルゴルス・リユニオンが肩を竦める。
「その情報元はどこからだ。私は、金ピカと合流する前に玉藻前と諍いになっていたと、一緒にいたツバサたちから聞いただけで詳しい状況は知らんぞ」
疑わしくジト目で睨むシルベットにせせら笑うルイン・ラルゴルス・リユニオン。
「神というのは、なんでもお見通しさ。同じ神が行い起こす事象以外は知ることは容易い。君たちの誰かが洩らさなくとも、状況を知ることは出来るのさ」
「ほう。なるほど。だったらわかるだろ? 私たちの現状を」
「ああ」
「容易いな」
「だったら一旦、休戦しょうではないか。こんな狭苦しい場所でやって決着を付けるよりは、皆が見ている場で戦えばよいではないか」
「それもそうだが、ルインが再戦を提案して受け入れたとしても、再戦しに一人で来るとは考えられない。神界に置いて、これほど信用できない神はいないからな。保障しょう。ルインはとんずらする」
スサノオは刃のような鋭い眼をルインに向けると、彼は嗤う。
「そうだね。再戦するとしても、ノコノコとアウェイの場所に出てくるお調子者じゃないさ。どちらにしろ、神界では指名手配されているんだろうし。行けば捕縛されてしまうからな」
「──だ、そうだ。シルベットよ、此処で決着をつけさせろ。エクレールにそう断ってくれ」
「私としても残念だが、五百年も待てない。神と違って老い先短い者にとっては長い年月だ。コイツのことは信用は出来ないことは私にもわかる。だからといって、此処で長期戦に入られても困るのだ」
シルベットにコイツ呼ばわりされたルイン・ラルゴルス・リユニオンは一瞬だけ顔を顰めて、スサノオに向き直り、ルイン・ラルゴルス・リユニオンへと刀剣を構える。もう聞くことはないと言わんばかりに。
それにシルベットは不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、神々の間に入る。
「最後まで聞け!」
「聞くに値しない」
「これ以上は無駄な時間はかけられないのだシルベットよ」
スサノオとルイン・ラルゴルス・リユニオンはシルベットの言葉に耳を傾けることなく、再び剣を交えようとしていた。
その時だった。
「──ぎゃああああああああああああああああああ──ッ!?」
その場いた皆の耳に、絶叫が響き渡った。
「な……!」
「……っ!」
「ん……?」
「え……?」
〈錬成異空間〉にいた全員がハッと肩を揺らすと、声のした方向──上空に顔を向ける。
それは人の形をしていて、飛行するために必要な羽根を持たない。それどこらか浮遊力を持っていないだろう。上空七千メートルという〈錬成異空間〉外から、こちらに落下してくるそれはシルベットやエクレールが見知った顔をしていた。
「ツ──バサ……?」
シルベットは目を見開くと、まだ状況を理解できないものの、落下してくる者が清神翼であることだけわかった。
手足を突っ張って姿勢を安定させる翼とシルベットと目が合うと、彼は空中で出来るだけ届くように大声を張り上げる。
「シぃぃぃルぅぅぅベぇぇえットぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ────ッ!!」
先ほどまで、一緒の食卓についていた人間の少年が一体どうして? そういった疑問を浮かべながらもシルベットは落下してくる清神翼に向かって双翼を翻す。
名を呼ばれたからといった理由ではない。
あっという間に、水波女蒼蓮や煌焔、白夜のいる空域を通り過ぎ、シルベットがいる空域に差し迫ろうとしていた。シルベットのいる空域はルイン・ラルゴルス・リユニオンが張った聖域となっている。彼が許可しなければ、翼は聖域に衝突してしまう。
聖域が柔らかく包み込めば、クッションとなるが、硬く受け止めれば衝突した衝撃をもろに喰らうだろう。そうなれば人間である翼は木っ端微塵だ。その事態は避けたい。
エクレールが通り過ぎるシルベットに声を上げる。
「どうしますのよッ!?」
「ツバサを助けるッ!」
「どうやってッ!?」
清神翼は、聖域の外側だ。シルベットとエクレールは聖域の内側にいて、外側には行けない。それはシルベットも承知している。彼女が聖域の壁にぶつかる前に清神翼を助けるには、聖域を出なければならないから到底不可能だ。にも拘わらず、シルベットはエクレールとすれ違い様に言った。
「何とかするッ!」
「何とか、ってどうしますのよッ!」




