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第一章 九 




「待ってくださいエクちゃ────いえ、エクレール」


「待ちませんわ蒼ビッチ!」


 “金龍族の女王”ことエクレール・ブリアン・ルドオルは、“銀龍族の姫”こと水無月シルベットと人間で保護対象である水月翼を密かに尾行していたら、目の前に飛来した蒼髪の少女を睨みつけていた。


「エクちゃ────いえ、エクレール。蓮歌はビッチじゃないですよお! むしろユリユリですう。これには深い理由というか、通達が遅れが招いた悲劇というか、何ていうか……」


「また何気に“ちゃん”付けしょうとした挙げ句、名前を略そうとしましたね」


「言い直したのだから、無しですよお!」


 蒼髪の少女────“青龍族の舞姫”こと、水波女蓮歌との今日二度目で、一時間も経ってはいない再会に、エクレールは頭を掻きむしり苛立つ。


「わたくしは、無しにはしません。それにあなたは先程、わたくしが要らない、邪魔だと追っ払ったはずですわ。何を十分も経たずに、戻って来ているんですか? そんなに電撃の刑がしたいのですか? マゾですか? 変態なのですね。なら、もう二度とわたくしに話しかけないで下さいね」


 エクレールはまくし立てるように、拒絶する。


「酷いですよお。それに私はホントにエクちゃ────いえ、エクレールと同じ【部隊チーム】に今日入ることになったんですよぉ。急な決定で事前連絡が遅れているみたいですけど、正式な隊員として異動通知もありますよお、ほら」


 蓮歌もエクレールに負けずとまくし立ててから、【部隊チーム】への異動通知を広げて見せて許可を求める。


 エクレールは蓮歌が手にする異動通知を目を細め、疑いの眼差しで一瞥。


「ふ〜ん、偽物ですか?」


「本物ですう」


「本物らしい偽物ですか?」


「違いますっ!」


「今しがた出来た割には、精巧に出来た偽物ですね」


「違いますよお! ちゃんとした【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の人事部からの正式な異動通知ですよお」


 疑ってかかるエクレールに、蓮歌は必死に食い下がる。蓮歌はエクレールのすぐそばまで歩み、もう一度、今度は目と鼻の先に異動通知を突き付けた。


 蓮歌に眼前までに突き付けられた異動通知の紙質はハトラレ・アローラでのみ生産されている【異種共存連合ヴィレー】と【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の巣立ちの式典の招待状などにも仕様される上質な紙。そして、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の人事部長だけが許される特殊な印判は、この異動通知は本物だと表していた。


 しかし、それでもエクレールは、本物だと認めてしまうわけにもいかない。認めてしまうと面倒な相手が一人増えてしまうからだ。シルベットで手を余しているのに、世間知らずが一人増えるだなんて、そのことを考えるだけで頭が痛くなる。


「こ、これを本物と認めたくありません!」


 ちょっと動揺してしまったエクレールは上擦った声を出してしまった。


 蓮歌は動揺の色を見せたエクレールに力強く反論する。


「認めてくださいっ」


「これが本物とは認めません。いえ、認めたくありません。これは偽物です!」


「エクちゃん、認めて下さい。これは本物ですっ」


「また“ちゃん”付けしないで下さい! これは違います。これは偽物です!」


「厭です! それは間違いなく、本物ですっ」


「訊き分けもない蒼ビッチですわね。これは、偽物です!」


「ビッチじゃないです! 訊き分けのないのはエクちゃんの方ですよお。何度ご覧になっても、これは本物ですっ」


「気安く“ちゃん”付けしないでくださいっ! これは偽物ですわ!」


「いえ。訊き分けのない方には、堂々と気安く“ちゃん”付けさせていただきますよお。これは本物ですっ」


「うるさい、これは偽物ですわ! わたくしが偽物といったら、偽物なんですわ!」


「エクちゃんがいくら偽物といっても、これは本物なんですよっ」


 エクレールと蓮歌は偽物本物論争を展開し、次第に他愛もない悪口と変え、口論と発展させていく。


「“ちゃん”付けするなと何度も言わせるの? あなたの脳は言葉を理解出来ないの?」


「エクちゃんこそ、一度病院で、目と脳の検査でもしたらいいですわよぉ。どう見ても本物にしか見えない異動通知を偽物だなんていっているエクちゃんの方こそ、おバカちゃんなんですから」


「その言葉をそっくりそのまま返させていただ────ッ!?」


 諍いを起こしている最中、エクレールは何かの気配を感じ取った────その刹那。




 ────ピシリッ




 崩壊の音。


 ガラスがひび割れる瞬間を想わせる、硬質で無機質な音がこだました。


 〈錬成異空間〉特有のぬばたまの月が浮かぶ空に、突如として硝子を割れたような波紋を描き、放射状に入った蜘蛛の巣状の亀裂が生じて、天上が拉げる。そして、亀裂の隙間から幾何学的模様の光りが溢れ出して、小さな破片をまき散らしながら砕けちり、つんざくような衝撃波が襲う。


 轟音と共に襲った衝撃波は、校舎の窓ガラスは建物自体を発泡スチロールのように粉々に半壊させて、二人を軽々しく吹き飛ばす。


「な……!」


「……っ!」


 叫び声を殆ど上げられずに、二人は雪崩れ込むように教室の戸を打ち破り、六メートルほど吹き飛ばされたところで、建物から投げ出される寸前で止まった。


「……なっ、何ですのッ!?」


「エクちゃん、あれですよぉ!」


「だから、“ちゃん”付けは…………」


 打ち付けた頭を抑えるエクレールに蓮歌が衝撃波の原因を見つけて、人差し指で示した知らせる。思わず“ちゃん”付けをしたことを注意をしょうとした言葉をエクレールは飲み込んだ。


 天上に生じた亀裂から降り注ぐ、まばゆい幾何学的模様の光りがの中に、一点の陰影。


 四肢があった。しかし人型ではない。近づいてくる陰影には、鱗に覆われた外皮。頭には鋭く歪んだ角。蛇のように裂けた顎の隙間から、赤く燃える炎の息が漏れている。口から覗かせる剃刀のように鋭く光っている牙にエクレールと蓮歌を嘲笑うように映し出されている。逆三角の鋭い紅いの眼光が、見える。


 背には、羽根があった。大きな一対の醜く血管の浮いた蝙蝠のそれと似たような、筋張った鋭角的なフォルムだ。自らを浮かす力を持つエクレールと蓮歌にはないものだ。


 全身を暗黒に染めた全長五十メートル級の巨躯で、数時間ほど前に戦った黒いドラゴンとは違う威圧感を放っている。そして、口からは鼻につーんと来るなんとも言えない異臭を漂わせている液体を滴り落としている。


 全身は蛇のような鱗のような、表面が濡れている感じで月光を受けてつやつやとしている。まるでゴムか何かのような光沢だ。


「あれは、黒龍族ですね」


 全体的に見て、シルベットの出身大陸である北方大陸タカマガで玄武、銀龍族と共に名を連ねる黒龍族と同じ形状をしているということにエクレールは気付く。


 黒龍族とは、黒龍族は、炎と土系の魔術も操られ、毒や熱に強い鱗を持つ。防御や攻撃、どちらにも対応が出き、あらゆる戦術に長けている。戦争のプロフェッショナルとも呼ばれる黒龍族と対峙し、エクレールは掌に魔法陳を展開させる。黄金に輝く魔法陳がゆっくりと時計回り回転し、上昇すると先端が『山』という字のように分かれた、幅広の刀身は七十センチ、柄を含めた全長二メートルの長柄武器が顕現された。『西遊記』や『封神演義』で活躍する英雄・二郎真君が要いていた『二郎刀』と似た形した三尖両刃刀は黄金が輝き、エクレールは颯爽と掴み取り構えた。


「【創世敬団ジェネシス】の寝返った黒龍族など、金龍族の第一皇女であるわたくしの相手ではありませんわっ!」


 意気揚々と、エクレールは鎗を構えた。躯中に黄金の稲光を走らせ、臨戦体勢を整える。しかし、そんなエクレールを嘲笑うようにドラゴンは開口する。


 口内には、炎が混じった竜巻が吹き荒れている。


 間髪入れずに、エクレールたちを吹き飛ばすつもりだ。


「二度も同じ手は喰いませんわっ!」


 エクレールは掌を天上に掲げる。


 稲光が伴う、黒く厚い雲が沸き上がった。


 強い稲妻が鳴った瞬間に、エクレールは力強く言い放つ。


「喰らいなさい、【聖なる雷光】っ!」


 言葉に応ずるように、まばゆい黄金の稲光が学校周辺約百キロ圏内ほどに豪雨のように降り注いだ。


 【聖なる雷光】。


 命中率が悪い技である。しかし、それは一撃を放った場合での確率。目標の半径五十キロ圏内に雨のように一斉に降らせば、相手が瞬間転移を得意としなければ、格段に命中率は上がり、相手の躯に高圧電流の雨がいくつも降り注ぎ、終わった頃には炭と変えている。


「あなたを死滅させてあげますわ!」


「エクちゃん! ダメですよぉ!」


 突然、蓮歌がエクレールに制止の声を上げる。

「その攻撃では、護衛対象者までも射程距離範囲内に含まちゃう恐れが……!」


「あ、しまっ……」


 エクレールが蓮歌の意図に気付くが、放たれた雷光は止めることは出来ず、雷光は地表に降り注いだ。


 しかも、地表に落ちる直前で無理に止めようとしたために、ただでさえ制御に難しい雷撃が地表を蹂躙するように轟音と共に暴れ狂う。


「──ゃッ!」


「──ッ!」


 障壁を構築する間などないエクレールと蓮歌は、襲来した黒龍を巻き添えにしただけではなく、〈錬成異空間〉をも破壊した。




      ◇




 予想外の状況に、「え?」と驚きがもれる。


「何だこれは……」


 目の前に、黒い靄が忽然と出現した。


 黄泉への入口のような、生きている者が足を踏み入れてはいけない危険な雰囲気が醸し出している。


「シルベットさん。こ、これはいっ────」


「来るぞ」


「へ?」


 手首を掴まれて、暗闇の中に飛び込んだ。


「ちょっ、シルベットさん!?」


 少しの猶予もできないままに飲み込まれ、辺りを暗幕のカーテンがかかっているように暗い世界へと瞬く間に変わった。


 シルベットに流し込んだ龍の血により、視覚が通常の人間よりは夜目がきいているのにもかかわらず、一寸先は殆どが闇に囲まれていた。点々と、赤い光りが照らしているところもあるが、それでも置いていかれないように、ついて行かないとはぐれてしまいそうに暗い。


 視界が及ぶ範囲は、空間が歪んでいて、明らかに普段の学校ではないのことは窺えた。


「これは、何が起こったんだ……?」


「これは多分、【創世敬団ジェネシス】が張った〈錬成異空間〉だな」


「〈錬成異空間〉って……」


 〈錬成異空間〉、聞いたこともない単語だ。先ほどから、口にしていたから、何らかの異空間の類いだろうか。


「うむ。この〈錬成異空間〉とは、人間界の生物に被害を広がらないために、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】や【異種共存連合ヴィレー】が速やかに任務を行う何者からも干渉されない、【創世敬団ジェネシス】らを殲滅する際に張る予防線だ。だが、しかしこれは【創世敬団ジェネシス】のものだ」


「〈錬成異空間〉って、【創世敬団ジェネシス】も張れるのか?」


「ああ。元々はハトラレ・アローラの魔術だ。【創世敬団ジェネシス】は、【異種共存連合ヴィレー】と【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に反旗を翻した者たちの集まり故に、〈錬成異空間〉も当然扱える。しかし、用途は違う。【創世敬団ジェネシス】は、獲物────もしくは、ターゲットとされる人間を遠くに逃げられないようにする為に施す、言わばねずみ捕りようなものだ。先ほど、ツバサを奴らに追いかけ回された時も使われていた」


「じゃ、もしかして……」


 嫌な予感が過ぎる。シルベットの言うことが正しいならば、自分たちは自ら【創世敬団ジェネシス】が張った罠に嵌まったということになる。


 翼の予感を察知して、シルベットは頷く。


「うむ。つまり私たちは今、奴らの罠の中だ」


「えっ! じゃあ、近くに【創世敬団ジェネシス】が?」


「ああ。奴らの術中の中だ」


「罠だとわかっていなら、飲み込まれる前に避ける手はなかったのか? 例えば、遠回して避けるとか」


「それは無理だ。遠回しても目的地がこの先にあるのなら、〈錬成異空間〉に避けることは出来ない」


「どういうこと?」


「〈錬成異空間〉はドーム状にこの辺一帯に張られている。それは少しずつ拡大を続け、この校舎だけではなく、先ほどのようにこの街一帯へと拡がり、回避して、この先を進むことは不可能だ。だとしたら、奴らを指揮する親玉を討ち取るしかない」


「親玉……?」


「ああ。親玉がいなくなれば、隊列が乱れ、〈錬成異空間〉は維持できなくなるだろう。その混乱の隙を狙って、ツバサは忘れ物を回収して離れるんだ。私は混乱に巻き込まれないように護衛にあたる。どちらにしろ、親玉を討ち取らなければ、何度でもツバサを狙うだろうからな、一石二鳥だ。よって────私から離れるな!」


「……え?」


 シルベットがいきなり声を荒げた。


 翼をシルベットの赤眼、その瞳孔が、きゅ、と収縮する。


 そこから先は、妙にスローモーションに感じられた。シルベットが、後生大事に携えていた剣を抜く。ガチャ、と床に鞘が落ちる音がしたかと思った瞬間、シルベットは構えていた。なぜか歯を剥き出して、楽しそうに笑っている。その小さく綺麗な左手に握られた十字架の剣──【十字棍クルワ】の刃を翼の横ギリギリを掠めて、後方へと、刺すように放たれた。


「……」


 翼は一切の発言を許されぬまま、思わず目を閉じてしまう。


 肉を切り裂く音がした。


 痛みはなかった。横スレスレに掠ったのだから、当たり前だ。しかし、あの黒い巨体の龍を一瞬で殲滅するような、【十字棍クルワ】の刃を横をスレスレに掠ったことによる不安はそれだけでは解消されない。元は普通の人間で、今はシルベットの血液で一時的に半龍半人になっているが、巨体のドラゴンを一瞬にして消し飛ばさす威力を持つ【十字棍クルワ】の刃だ。とりあえず手で触って、無事を目で確認しないと、たまらないくらい恐怖が沸いてくる。


 それに、さっきの肉を切り裂いた音の原因を知りたい。


 翼はゆっくりと、まぶたを開いた。


 最初に飛び込んできたのは、視界いっぱいのシルベットの顔だった。その赤眼はこちらではなく、正確にはこちらの後方を見ているらしかった。そしてシルベットが握りしめた【十字棍クルワ】の刀身は翼の顔の真横を素通りして、これまた後方へと流れている。翼に当たっている部分は何一つなかった。では、この刃は誰に、あるいは何に対して放たれたのか。


「ギャアアアアアアアア……」


 言葉を表記すれば、そんな音。奇妙で、不快な響きが、断末魔の叫びのように翼は背後から響いた。真後ろというよりも、やや上の方からだ。今まで聞いたどんな動物の鳴き声とも違う、理由もなく心を不安にさせるような音の塊は、追いかけ回され追い詰められた時、先ほど校舎に入る時に遭遇したドラゴンと似ている。


 もしや、と思って背後へと伸びる【十字棍クルワ】の刃を辿って、首を後ろに回してみると────


 一面の黒があった。


 シルベットが放った【十字棍クルワ】の刃が、その黒のど真ん中を射抜いている。よく見ると、それは、ただ野放図な黒さではない。所々に光沢があり、黒の中でもさらに陰影ががあり、鱗があった。


 翼がゆっくりと顔を上げる。


 見覚えのある、捻れた二本の角。


 今日一日で、何度も対面した漆黒のドラゴンだった。


 ドラゴンは長大な翼を広げて霧散していく。


「うわっわわわ!」


 翼は飛び跳ねるようにして、シルベットの背中に隠れた。この至近距離まで近付かれたのに、寸前までまったく気配を感じなかった。シルベットの放った一撃がなけければ、今頃は確実にドラゴンに捕らえられていたことだろう。


 十字架の剣──【十字棍クルワ】に切り裂かれたドラゴンは、既に跡形もなく、刀身へと吸収された。刀身は血と同じ深紅に染まる。


「危なかったな」


「あ、ああ……」


 突然の事に、まだ頭の整理がついていない。心臓の動悸も早まっている。


「では、始めようとしょう」


「何をするつもりだ……」


 シルベットは口の端を上げる。


「片っ端から殲滅する」


 シルベットは猛る感情を抑えきれない表情で嗤い、


「まどろっこしい奴らを倒して、忘れ物を取りに行くぞ」


 闇色の霧が立ち込めるの廊下を、シルベットと翼は恐る恐ると様子を伺いながら、前へと進む。


 清神翼の所属しているクラスは、教室棟二階の一番奥にある二年一組。席は窓から二番の一番後ろにあたる。【創世敬団ジェネシス】のドラゴンに驚き、席の辺りに取りこぼしてしまった忘れ物を目指していた。


 いつもなら五分ともかかからない教室の道程が【創世敬団ジェネシス】のドラゴンの襲撃及び妨害により、倍近い道程と時間をかける羽目になったのは確実的だ。


 かれこれ十体以上のドラゴンが翼に襲いかかり、シルベットが殲滅していくといったことを十回は繰り返している。


 翼の教室──二年一組へと続く通路の横幅が三メートルと少しほどしかなく、刃渡り一メートル半ほどもある剣で豪快な動きをするシルベットが全長二、三メートルの巨漢のドラゴンと大立ち回りを繰り広げるには、かなり戦いづらい廊下だ。


「これって、全長二、三メートルのドラゴンだったら戦いづらいけど……シルベットと同じ人型になれば、少し変わるのかな?」


「【創世敬団ジェネシス】のドラゴンも私と同じく人型になれる者は当然いるだろう。人型部隊が襲ってくれば、状況は変わるかもしれんな」


「だとしたら、なんか作戦を練ったりしないのか?」


「何故だ」


「何故って、それは今まで襲ってきては倒すといった受け身状態だから、その状況を脱却するために相手の先手を打つような作戦を練ったりしないのかな、なんて……」


 シルベットは、作戦を練るようなことはせず、ただ真っ向からぶつかっていく、といった戦い方をしている。


 しかし、その戦い方では相手の後手に回るしかない。いつまで経っても先手に回ることなどない。


「うむ。それはいい作戦だが、今は時が来るまでは、後手のままにした方がよいだろう」


「何か作戦があるのか?」


「いろいろな。だが、今は実行に移す時ではないな。それに罠に嵌まってしまった以上に、しばらくは後手に回るしかない。好機が来た場合、実行する。今はこの狭い廊下での戦いに集中しょう。【創世敬団ジェネシス】のドラゴンらは主に前方からの方が多い。後方からはまだ一回しか訪れていない。だとしたら、やはり前方に【創世敬団ジェネシス】が包囲網を作っているに違いないだろうな」


 シルベットは自信ありげに豊かな胸を反らす。


「時が訪れるまで、警戒を怠らず、不意打ちさえ喰らわなければ、必ずや勝機はある。まだ校舎を破壊して襲う可能性は十分に有り得るからな。万が一に備えて、屋外での戦闘時の作戦も考えているから安心しろ」


 そう言って、シルベットは翼を励ますように微笑む。しかし、翼に心情に張り付いた不安は、全て拭い去れない。それどころか、時間が絶つほどに面積を拡げていく。


 このまま何の作戦も練らず、【創世敬団ジェネシス】の張った包囲網の中を進めてもいいのだろうか。やはり、ただ相手を迎え撃つだけでは、この状況は変わらない。相手の思う坪である。


 しかし、網の中で焦ってもがいても、締め上げられ、脱出が困難。そのまま、陸に揚げられた魚のように打ち上げられて、反撃を許されずに、【創世敬団ジェネシス】に喰い殺されてしまうのが落ちだろう。だとしたら、シルベットの言う形勢逆転の好機は、相手がもっとも油断するのは網を引き揚げる時だろうか。大物の獲物がかかった時ほど、隙ができる。その好機を狙って反撃すれば、少なくとも形勢逆転の布石にはなる。


 シルベットもツバサと同じ考だ。


「【創世敬団ジェネシス】は、ツバサの教室で更なる包囲網を敷き、最後の仕上げをしている頃合いだろう。今まで泳がせておいて、警戒や緊張で疲弊した隙を狙って、襲撃してくるはずだ。私がこのまま網の中を無作為に目的地まで向かっていると思うか」


 そう言って、教室ある校舎へと続く渡り廊下へと出る。


 ここはどこの教室から見渡せて、腰を低くしても三階から上半身が少し見えてしまい、身を完全には隠せきれない。避難経路として使用することを前提で備えつけたために、横幅が廊下より少しほど広く、襲撃しやすい。もっとも慎重に、警戒しなければならないだろう。


 翼は声を潜ませて、シルベットに問いかける。


「シルベットさん、どうします? ここは、三階からは見渡せて、腰を低くくしても上半身が少し見えちゃうから、三階に見張りのドラゴンがいたら発見されて襲撃しやすいぞ」


「うむ。廊下も少し広いようだ。戦いやすいが、向こうも同じ。ならば、ここから【創世敬団ジェネシス】の奴らどもをおびき寄せるとしょう」


「何か作戦でもあるのか?」


「ああ」


 翼の問いにシルベットは頷き、答える。


「発破をかける──」


「……」


 あまりにも雑で、簡潔的で容易な作戦に翼は言葉を失った。


 罠を張って待ち構えているドラゴンに、わざわざ発破をかけてどうしろというんだろうか。翼は幾度目かの嫌な予感がした。


 シルベットは人差し指を立てて、説明する。


「ここは奴らが〈錬成異空間〉に創りあげた仮想世界のようなもの。創りものだが、それなりに実体しており、本物と差ほど変わらない。だが、現実空間とは別次元だ。いくら暴れようとも、建物を破壊しょうとも、現実空間への影響は殆どなく、人間たちが受ける損害はない」


 教師が生徒に諭させるように丁寧に説明をしたシルベットはそれと対照的に、ニィ、と何やら悪巧みをする子供のような微笑みを見せる。


「なので、ここは室内から訪れようと思っている【創世敬団ジェネシス】の裏をかき、包囲網を校舎ごと破壊する」


「……」


 やはり雑で、簡潔的で容易な作戦に翼は何も言えない。


「さあ、始めようではないか。此処からは私らの反撃だ」


 やっと、戦える嬉しさを抑えきれないといった嬉々とした表情で、シルベットは手にしていた剣を校舎に狙いを定める。




 ────ピシリッ




 崩壊の音。


 ガラスがひび割れる瞬間を想わせる、硬質で無機質な音がこだました。


「なっ、何事だッ!?」


 遥か頭上──シルベットが校舎に向かって、剣を振りかぶろうとした刹那、〈錬成異空間〉特有のぬばたまの月が浮かぶ空に、突如として亀裂が生じた。


 硝子を割れたような波紋を描き、放射状に入った蜘蛛の巣状の亀裂が生じる天上が拉げる。そして、亀裂から幾何学的模様の光りが溢れ出して、小さな破片をまき散らしながら砕けちった。


 そして、天上からの亀裂から幾何学的模様をしたまばゆい光りが辺りに降り注ぐ。


「な……っ!」


「え……っ」


 まばゆい光りは天上を押し出されるように破壊し、シルベットと翼を飲み込んでいく──


 その瞬間。


 翼は三つの影を光りの中で見た。




       ◇




 すでに日は西の彼方へ埋没し、世界にはゆっくりと夜の気配が迫ってきている。街路灯の明かりが道々を照らし出し、夜の帳が落ちはじめたいた四聖市の街に、つんざくような衝撃波が襲う。


 轟音と共に襲った衝撃波は、建物の窓ガラスは粉々に半壊させて、帰宅途中であったサラリーマンやOLを軽々しく吹き飛ばす。ジェット機がマッハを飛び去ったような惨状が街中に広がり、黄金の光りが学校側から稲妻のように明滅し、雷鳴が轟く。


 炎のような髪を夜風に靡かせた偉丈夫は我が目を疑った。


「あの仔龍どもは何をしているんだッ!」


 偉丈夫の名は、ファイヤー・ドレイク。


 炎龍。


 「炎の龍」を意味する名前の通り、炎をまとい、口からも炎を吐くという人間界でも一般的に認知される龍であり、ハトラレ・アローラでは、炎龍帝という二つの名を持つ戦士である。


 溶岩やマグマの中を水中のように泳ぎ、どんな打撃や斬撃、光線による攻撃でさえも容易に裂傷を負わせることが困難な鱗を持ち、あらゆる戦力を脳内で構築、それを戦闘最中でさえも実行に移すことが出来るドレイクは、戦場において無双を誇る。


 ハトラレ・アローラ。


 南方大陸ボルコナの最果ての島にて、荒らし回る無法者たちを本島に近づけないために国境の警護についていたドレイクが異世界である地球の日本にいる理由は、彼の故郷であるボルコナの守護者であり、支配者である朱雀──煌焔から問題児であるシルベットたちの監視・研修・教育の任務を託されたからである。


 しかし、合流するよりも前に、シルベットたちが護衛対象者である清神翼と【創世敬団ジェネシス】の接触に気づき、ドレイクを待たずに交戦してしまったことにより、まだ顔見せも行ってはいない。


 急いで合流するよりも、彼女たちの力量をはかるために遠くで観察していたが、彼女らの手によって、〈錬成異空間〉が破壊された事態に驚きを隠しきれなかった。


 〈錬成異空間〉とは、ハトラレ・アローラでの戦いを、地球の生物を巻き込まない為に、【異種共存連合ヴィレー】及び【謀反者討伐隊トレトール・シャス】が、この世界の秩序を乱さない為の処置として、【創世敬団ジェネシス】は獲物を捕らえるための罠として、使用してきた仮想ながらも実体がある空間である。


 それが秩序を守護する側である彼女らの手によって、今破られてしまった事態に掟や習慣を重んじるドレイクは激昂する。


「戦いの最中に、〈錬成異空間〉を自らの手によって、破壊するとは、なんと世間知らずなっ!」


 このままでは、人間界に多大な被害が及ぶ恐れがある。


 シルベット、エクレール、蓮歌が【創世敬団ジェネシス】の戦いに終わるまでは、難としても〈錬成異空間〉を展開しなければならない。


 しかしドレイクは、そういった術式はめっぽう弱い。戦闘には長けてはいるものの繊細さを要する魔術関連には苦手である。


 決して展開できないわけではないが、ただ【創世敬団ジェネシス】との戦場としての遮蔽物などない簡素的過ぎる空間になってしまう。


 魔術関連に得意な亜人ならば、短時間で周辺の地理を複写し、空間へと構築・反映するといった基本的なこと以外にも、天候や季節、地脈・霊脈をも錬成でき、魔力や霊力が高い人間が侵入してもごまかせるがドレイクの〈錬成異空間〉は、それが出来ない。


 それどころか、力の制御が一定ではないため長時間での使用は出来ない。よって、短期決戦となる。このまま放置していては、いずれ人間たちに目撃され、隠蔽することは困難になるどころではなく、被害の拡大は免れないだろう。


 そうなれば、軍法会議にかけられ、監督不行き届けとして罰則は降るは確実。自分を指名した煌焔の顔を汚名と連帯責任を負わさてしまいかねない。


 人間界に到着して、早々の事態に蟀谷に痛みが走るが、『まだ仔龍どもの指導も何もしていないところか、顔見せてもいないにもかかわらず、不甲斐ない結果に終わることは避けなければ……』と、ドレイクは不得意な〈錬成異空間〉を展開する決意する。


 ――南方大陸ボルコナの守護者にして、支配者である朱雀──焔の領主のためにも、初っ端から躓くわけにはいかない。


 ドレイクは掌を天上に掲げ、紅蓮の陽炎を町内──学校周辺に立ち込ませて、力強く言い放つ。


「〈錬成異空間〉!」


 言葉に応ずるように、地表に火線が走り、紋章らしき奇怪な文字列を描いた。


 既に日など沈んだあとの空から、学校周辺を囲うように幾条もの紅蓮の陽炎が出現し、目を焼くような火柱が立ち上り、それぞれが無機的な細長い線のような形作ってく。


 そして天に掲げた手を握ると同時、それらの線が円状に連なった。


 空間を維持するための魔力を流し込み、周辺を張っていた【創世敬団ジェネシス】をおびき出す手間を省くために、半径八十メートルほどのドーム状の空間を構築するのに成功する。


 シルベットが人避けをしたために、空間周辺に生物の気配は建物にいる気配のみしかない。常人には、視認は不可能の空間だ。気づかれる心配はない。もしも視認できる人がいたとしても、夏の蜃気楼として間違えるように細工するようにカモフラージュしてある。だが、念のために人間や生物が立ち入れないように入ってこれないように、空間には【創世敬団ジェネシス】や【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の亜人以外は立ち入らせないように障壁に術式をかける。


 周辺の地理を空間へと複写し、構築・反映することは出来ていないため、人の目をごまかせることはできない。故に、人間が迷い込んでしまうことを防ぐために掌に握りしめ、外部から隔離・隠蔽する。


 そして自らが急場しのぎに構築した空間内にある【創世敬団ジェネシス】の気配を〈空間把握〉と〈位置情報〉の魔術で探ると、


 ──こんなにも居たのか……。


 気配の多さに驚愕する。およそ幾千万以上。人間の少年を捕らえるには余りにも多過ぎだ。


 ――人間の少年を一人捕らえるためには投入する数ではない。


 少年を一人を捕らえるために幾千万の大軍を投入した【創世敬団ジェネシス】に不審に感じたドレイクは、問題児であり新米な上に少数しかいないシルベットたちにとって、激しい戦いになることも考え、近辺に配属している【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に連絡を取り、応援を要請する。


 ──【創世敬団ジェネシス】が何やら策略を企んでいるに違いない。


 警戒を怠らないように周辺に気を向けながら、自らが急拵えで創り上げた〈錬成異空間〉へと進入すると、


「──ぬッ!?」


 流れ込む強烈な悪臭に、ドレイクは顔をしかめた。


 高濃度の鉄製に近い臭い。血液に似た鼻孔を強く刺激する臭いを嗅ぐのは始めてではない。幾千の戦場をくぐり抜けたドレイクは、数え切れず経験して来た。気配を消しても漂う独特な臭いに慣れているつもりだったが、幾人もの大量殺戮を繰り返した【創世敬団ジェネシス】のドラゴンにこびりついた饐えた独特の臭いが空間内に充満している状態は別だ。


 地球上の生物が入り込まないように外部から隔離・隠蔽し、周囲の【創世敬団ジェネシス】のドラゴンの大軍を一網打尽に空間に閉じ込めた結果、ドラゴンに浄化しても流しきれない死者特有の悪臭が逃げ場を失い、世界よりも狭い〈錬成異空間〉に高濃度で留まってしまったことにより、空間には地球上の生物よりも嗅覚が優れた亜人が足を踏み入れるのを躊躇うような空気が漂っていた。


 充満する悪臭を障壁に穴を開けて新鮮な空気を入れ換え、換気を良くすることは出来ない。応援が駆け付けるまでは、悪臭の元であるドラゴンの大軍を一頭も逃すことは出来ないため、障壁に穴を開けるわけにはいかない。


 それに、魔術を不得意とするドレイクが構築した〈錬成異空間〉は何かの拍子で崩れてしまいかねない不安定な維持をしている。換気を良くするためだけに穴を開ける余裕は全くない。その証拠に、空間を維持するための魔力の配給が上手く出来ておらず、溢れ出している。そのため、空間内部には配給にあぶれてしまった魔力が雪のように降り注ぎ、蛍火のように漂ってしまっている。


 原因は、短期間で空間を構築するために、慎重さと繊細さを要する術式を練り上げるのを短縮し過ぎたために配給部分に異常が発生してしまったためだろう。


 〈錬成異空間〉を再び構築できる【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の応援が駆け付けるまで維持、もしくは目標である【創世敬団ジェネシス】のドラゴンの大軍を全て殲滅するまでは、堪えなければならない。


 出迎えの悪臭にやる気を削がれ、モチベーションは下降気味だ。これで空間内に保護対象である人間の少年と指導役を任された少女らがいなければ、とっくに引き返して応援を待っていたことだろう。


 監視に徹するほどに彼女たちに大軍に迎え撃てるほどの実力があるのなら、安心も出来たがそうはいかない。少女たちは、巣立ちを終えたばかりの初心者だ。加えて、一人に関してはあらゆる事情のために学び舎にも通っていない未熟者である。大軍を投入した【創世敬団ジェネシス】が、そんな彼女たちに手を抜くほど寛大ではないのは明白。


「龍族の少女が二人、半龍半人の少女が一人、人間の少年が一人を相手に幾千万という大軍をよこした大人気ない策に打って出た輩だが、やすやすと勝たせるほどに相手は優しくないだろう」


 【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の応援が駆け付けるまでに早くとも三十分はかかる。


 それまでに、気配を最小限に留めて、シルベットたちの合流を果たして、【創世敬団ジェネシス】の動向を探りながら、応援を駆け付けるまで何とかしなければならない。幸いなことに雪のように降り、蛍火のように漂う魔力の塊である〈オーブ〉に紛れて接近することが可能だ。


 しかし、接近出来たからといってドラゴンの大軍にドレイクといえど、龍族の少女が二人、半龍半人の少女が一人、人間の少年が一人を救い、勝てる見込みはない。


 ──問題は、応援が駆け付けるまで持ちこたえられるか……。


 ドレイクは、それまでの生き残るための策を練るために、まずは彼女らとの合流を果たすために周囲を見渡した――その瞬間。


「てりゃああああああああッ!」


「──ッ!」


 ドレイクを襲ったのは真横から飛んできた斬撃だった。


 ドレイクは、瞬時に愛用の武器である二メートルもある戦斧を顕現させると、七十センチもある片刃が斬撃を弾き返し、相手の顔を確認し、驚愕した。


 なぜなら、ドレイクに刃を振り下ろしたのは──


「仔龍、何をしているんだ……」


「口の利き方に気をつけなさい。わたくしは、エクレール。金龍族の第一女王候補のエクレール・ブリアン・ルドオルですわ」


 金髪碧眼の少女────エクレールだった。


「【創世敬団ジェネシス】の分際で、わたくしを仔龍呼ばわりしないでくださる。あなたの分を弁えない言動、見逃してやれるほど、今のわたくしは機嫌も体調もよろしくなくってよ」





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