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第二章 三十七




 応仁の乱(千四百六十七年)から始まり、大坂夏の陣(千六百十五年)で終わる戦乱の世。約百五十年の間で起こった出来事である。


 戦乱の世であった日本では、各地で戦が多発していた。歴史に載るような大規模なものから、歴史に埋もれるような小さな諍いまで、争い事が絶えない時代で水無月龍臣は生まれた。


 龍臣の家は、農家と猟師を営んでおり、春になったら穀類や野菜などの種を畑に蒔き栽培していた。実った作物は、主に自分たちの食料であったが、育ち盛りの子供たちを育てるために父親が山に入って鳥獣を網や罠などを使って捕らえていた。その頃の日本には、猟銃なんてものはなかった。使用し始めたとしても、もっぱら戦に投入するから、弓矢が主要といえる。天文十二年(千五百四十三年)くらいに一艘の外国船によって日本に伝来した。鉄砲伝来時、日本には絶えず戦いが行われており、大名同士が武力を競うために導入されていたが、龍臣の村は山岳地帯に囲まれた片田舎だったため鉄砲が猟に使われるのはまだ先である。


 当時の日本は、刀や槍の他に飛び道具として弓矢や石つぶてが主要な武器だった。猟師の持っている武器も、弓矢や猛獣に襲われた際のために懐中に入れて持ち歩いていた護身用の小刀くらい。今の時代から考えると、心許ないと思うが、この時代ではこれが当たり前だった。龍臣がいた村はずれにあった山には熊や狼といった猛獣はおらず、野うさぎといった小動物が主流だった。それでも父、母、龍臣、妹であるトキと四人で食べていくには充分で困らなかった。


 幼少の頃の龍臣は、トキと一緒に山から流れる清流から水桶なんかで水を汲んで運ぶのが仕事だった。龍臣たち家族が暮らすこの村にまだ開拓したばかりらしく、飲用水として使える用水路や井戸は村長といった一部の村人たちにしかなく、殆どは畑に水を回していた。村人たち全員がわざわざ川まで行かずに済むようになるまではかなりの時間がかかった。それまで、龍臣たち村人たちは、井戸や飲用としての用水路を作り終えるまでの間、山にある川まで水を汲んで運ばなければならなかった。そんな中で、水を汲んで運ぶのはもっぱら龍臣で、トキは道すがら落ちていた木の実や生えていた山菜などを見つけて採っていた。学校というものがなかった時代の子供たちは主に家の手伝いをすることのが日々の日課であった。それでも気晴らしに遊んだりもしたが、鬼ごっこやかくれんぼといったものが主である。


 龍臣がシルウィーンと出会ったのは、そんな時代のある夏であった。


 いつも通りにトキと水を汲みに川に向かっている途中で、近くに住んでいた龍臣たちが兄と慕うマサミネと会った。彼には、ウメというトキと同じ年に生まれた妹がいる。


 マサミネは、両端に水桶をぶら下げた天秤棒を肩で担ぎ上げて、同じ川原に向かっていたところで龍臣たちと会った。


「おう、タツオミにトキか。今から水汲みかい?」


「あ、マサにい。おはよーございます。はい、今からトキと川原に水を汲みに行ってきます」


「そうか。オイラもだ。一緒に行くか?」


「はい」


 こうして、タツオミとトキはマサミネと一緒に他愛もない話をしながらいつものように川原に向かった。川近くまでくると、どうやら先客がいるらしく、笑い声が聞こえてきた。見えるところまで来ると見知った顔である。


「あれは…………ウメにイチノスケ、トラキチにカメキチか」


 マサミネは目を凝らして言った。


 イチノスケは村はずれの山の奥地に住んでおり、トラキチとカメキチは兄弟で龍臣やトキ、マサミネとウメの住む家からは山の麓に住んでいる同じ村に住む子供たちだ。三人は川の近くとあってか龍臣たちよりも早く川原に訪れたのだろう。今日は朝からかなりの暑さだった(現代日本から比較したら猛暑とは言えない暑さだったが、扇風機やクーラーがない時代の人間にとっては、猛暑と言っても差し支えない温度である)から誰もいなかったこともあり、水浴びをしているのだろう。よく見ると、子供どころか数人の大人もチラチラと見受けられる。近辺に住んでいる村人だ。村一番の避暑地だから、少し涼しみに来たのだろう。


 三人は軽く挨拶をしながら、川に向かう。


「ウメ、朝から遊びに出かけたと聞いたが此処で涼しんでいたのか?」


「おにいちゃん、おはよう。だって、朝から暑いんだもん……」


「夏は暑いのは当たり前だ」


 マサミネはウメに先に水浴びをしていたことに不服だったのか、不機嫌そうな表情していたが、それ以上は何も言わなかった。何故なら、思わず川原にきて涼しみたいのは充分に理解している。


 いつもなら縁側に出れば自然の風が吹き抜けてきて、充分に暑さを和らげてくれるはずなのだが、今日に限って風は一切吹かない。それどころか、太陽もまだ出たばかりだというのに、太陽が天辺に来たような暑さだ。まだ温暖化にはなってはいない時代にしてはおかしい一日の幕開けであった。


 草履を岩場に置き、足をパシャパシャと水を蹴るウメ。トキも思わずウメの隣に行き、草履を脱ぎ、川に足を浸かう。


「つめたいっ!」


 トキは冷たいが気持ちがいい温度に歓喜の声を上げながらも、川をパシャパシャとし始めるする。


 龍臣は混ざりたい衝動にかられるが、まだ仕事が残っているため水を汲んで運び終わるまではお預けだ。


 川の上流まで行き、水桶に水を汲む。マサミネも同じく、水桶に水を汲みながら、龍臣に声をかける。


「オイラたちも混ぜりたいんだが……仕事があるからな。ちゃちゃと終わらせるぞ」


「そうだねマサ兄」


 龍臣とマサミネは妹たちを他の休憩していた大人に任せて、家の仕事を優先して働いた。龍臣たちが水を汲んで運んでこないと、家の仕事や畑仕事をしている両親の喉を潤すことは出来ない。今日はいつもと違って殺人的な暑さだ。きっと水を欲しがっている。


 龍臣とマサミネは、水桶に水を汲んで、川原からのトキとウメたちのはしゃぐ声を耳にしながら家に戻った。それを水瓶に汲み置いてからまだ上流に戻るを繰り返す。水瓶に今日一日分だけの水を汲み終わると、母親から遊んできていいという赦しを得た。


 龍臣は山にある川へ向かって颯爽と駆け出した。


 川が見渡すところまで来ると、マサミネは既に到着していた。彼等の下へと向かうと、小川で水遊びをしていた六人が駆けてくる龍臣に気づき、声をかける。


「おう、タツオミ。遅かったな」


「タツにい、おそい!」


「タツにい、おそいよ!」


 マサミネが先に声をかけたのを皮切りにトラキチとカメキチが手を上げて急かしてきた。その中で、イチノスケが少しだけ浮かない顔をしていた。


 龍臣は到着して早々に声をかける。


「イチノスケ、浮かない顔でどうした?」


「いや……ちょっと」


 イチノスケの声は濁っていた。彼の代わりに口を開いたのは、トラキチだ。


「ああ……イチノスケがな──」


 そう言って語りだしたの昨夜のことだった。


 昨夜、寝ていると突如として寝苦しくなり目が覚めた。昼間でもないのに、急に暑くなったという。外から風が入ってくるように入口と窓を獣が入って来れない程度に開けていたにも拘らず。


 それはイチノスケの両親も同じで、突然の暑さに一斉に目が覚めた。


 少しだけ開けていた入口と窓を真っ先に全開にして、家の中の暑さを何とか逃がそうとしたのだが、全く涼しくならない。全開にした入口と窓からは少しだけ風が吹いていたのだが、涼しいとは言い難い熱風で、家の中を更に暑くさせた。あまりの蒸し暑さにイチノスケたちは思わず家の中から出た。父親はどこかで山火事があって、その熱風が吹いているのかと考えて、周囲を見渡した。イチノスケの家は少しだけ高台にあるため、山間が一望できる。月が出ており、山間を見渡せるだけの明かりがあり、見える範囲には一切の火事の気配がないことが窺えた。焦げた臭いも一切しない。聞こえるのは虫の鳴き声だけの静かな夜である。


 何の異常もなかったが、家の中は依然と蒸し暑い。外よりも家の中に蚊がいて、眠れるような状況では無い。それよりもいつもと違う夜の得体の知れなさに山を降りて、村長に知らせようとイチノスケの父が考えていたそんな時だった。山間を縫うように何かおかしなものが近づいてくるのを見たのは。


 それは、銀の光りだった。イチノスケが説明を聞く限りでは、人に鳥のような羽根をつけ足したかのような形状をした銀に輝く物体であるという。にわかに信じがたい話だった。黙って聞いていた龍臣はおろか他の子達も首を傾げる


「それって、見間違いじゃないのか?」


「見間違いじゃない! 家族全員が見たんだあっ。その光りは、おらの暮らしている家の真上をフラフラと横切って、滝がある地点で降りたのを見たんだあ」


「滝って……あの小山の?」


「そうだあ。あの滝だあ」


 飲み水をいつも汲んでいる上流よりも上、山の奥地にかなり大きな滝があった。現在の単位で言うならば、落差二十メートルの滝だ。流れ落ちる水は、まるで白い糸のカーテンがかかったような滝である。川と同じく夏には、暑さをしのぐには絶好な避暑地だが、川の奥にあり、勾配が激しい山道を歩くため、滅多に行く人はいない滝である。


「あんな人気がない滝に銀の光りをした何かが降りたということか?」


「そうだあ」


 イチノスケは頷いた。


「タツオミが来るまでの間、そのことについて話をしてて、それが何なのか見に行くかどうかを話していたんだよ!」


 マサミネが言うと、イチノスケは止めた。


「やめるだぁ! オトンがあんなのこの村に住んでから見たこともねえ、妖かしか何かかもしれねえだと言っていたあ」


「妖かしならば、何の妖かしか確かめなければならないだろっ」


「ダメだぁ!」


 イチノスケは、確めに行こうと言うマサミネを必死に止めた。彼は、昨日の夜から続く猛暑と上空を彷徨いながら滝の方に降りた銀の光りに因果関係があるのではないかと考えていたようで、年上のマサミネは確めに行くことを止めようとしていた。


「昨日の夜から炎に炙られたかのような暑さが続いているんだあ。これはあの光りのせいに違いないだぁ。あれは、禍を起こす妖かしかそれ以上の存在に違いないんだあ。だから、無闇に近づいたらダメだあ!」


「確かに、昨日の夜から暑いけどさ……銀の光りが現れたのは、暑くなってからだから、暑くしたのは銀の光りじゃないんじゃないか?」


「……そ、それは……そうかもしれないが……もしものこともあるだあ!」


「違ったらどうすんだよ!」


 マサミネの確めに行くとイチノスケの確めに行くなという問答はかなりの時間まで続いた。年上であるマサミネとイチノスケの間に割って行けずに、龍臣とトラキチとカメキチは苦笑いを浮かべるしかなかった。結局、二人では決着が付かないとわかって、多数決した結果、確めに滝に行くことになったのだった。




 滝までは、かなりの急勾配の道を歩く。濃い緑色の下生えを踏み、覆い繁る草木などを掻き分ける。足場は大人がやっと通れるくらいの幅しかない獣道で、地面は泥濘んでおり、一度足を踏み外せば、ゴロゴロと転がり続けてしまい、最後には叩き落とされることは間違いはない。そうなれば、足を挫くだけでは済まない。骨折、打ち所を間違えれば即死もあり得る。


 龍臣とマサミネはまだ幼く小さな女の子であるウメとトキを連れてこなかったのは良い判断といえた。滝までの険しい道のりと滝までは近道や別の道はないことをイチノスケから聞いて、二人は妹を連れていくことを諦めた。此処は、幼い女の子が気軽に通れる道ではない。もしも嫁入り前の身体に傷を付けたり、転落して亡くなってしまったのならば、後悔で呼吸困難を起こしてしまったかもしれない。トキたちには先に家に帰っていることを伝えている。今頃は彼女たちは両親の下にいるはずだ。


 心残りなのは、トキたちよりは年上だが、それでも幼い男の子であることには変わりはないトラキチとカメキチも連れてきてしまったことだろう。連れて行きたくはなかったが、好奇心旺盛な二人を止めることは出来ず付いてきてしまった。仕方なく連れてきてしまったが、この選択は間違いだった痛感させられる。


 目的地である滝はそんな険しい道を道を知っているイチノスケを先頭に、マサミネ、トラキチ、カメキチ、そして龍臣と続く。イチノスケと龍臣は熊や猪といった獣がいないかを確認しながらも、滝まで近道や別な道はなく、一本だけの道を歩いていく。


 何度か雑木林をくぐり抜けると、山から下ってきた清らかな流れがあった。この小川は滝から流れてきており、微かに大量の水が流れ落ちる音が聞こえる。あと、僅かだ。そう感じたら、自然と龍臣たちの歩みは早くなる。それでも慌てず慎重に歩みを進めた。


 川岸や流れの中に突き出ていたごつごつした岩が見える。歩いて渡れる浅い川だ。丸石の敷かれた川底と、青々としした川魚が水流を溯るのが見えた。身が締まった美味しそうな魚と清流に龍臣たちは喉が渇いていることもあり、小川の水をひと掬いし、ゆっくりと飲み干す。


 その小川の水は、龍臣たちの渇いていた喉を一気に潤した。危険な獣道を歩き、疲れていた身体を内側から冷やし、癒されていく。


 それからトラキチが川に入り、水浴びをすると、カメキチがそれに続き、マサミネ、龍臣が加わる。少し浮かない顔をしていたイチノスケに水をかけて、彼も加わり、川の中で水をかけ合いが始まる。普段は誰も来ず静かな小川に子供たちの歓声が岩場に反響した。


 ひとしきり、キリがいいところで終えると滝に向けて歩き出す。此処まで来れば、目的地までは川を上がればすぐである。


 振りそそぐ夏の日射しは魚たちの影を川底にまで刻みつける。対岸は深い緑色の木々が鬱蒼と茂っていた。恐らく入ったら二度と戻っては来れないようなそんな深い森に覆われていた。


 しばらく川の流れに逆らいながら歩いていると、ドドドドという地響きにも似た大量の水が流れ落ちる音が大きくなっていくと共に、川の面積が開けていき、滝が姿を現す。


 落差二十メートルもある白い糸のような雄大な滝は、高い木々に囲まれた奥まったところにあった。


 緑葉が夏の青空の下、星屑みたいにきらきらと日射しを弾いている。それは木々の間から差し込まれた光の柱となって滝や水面に届き、揺らめく水面に照り返され、滝の水飛沫により金銀といった宝石が散りばめられたかのような煌めきと幾つもの虹を描かれている。


 そして、滝壺の前にあった大岩にいる何者かの影を鮮やかに映し出す。それは龍臣たちは否応無しにそれを捉え、歩みを止めた。


 影は少女だった。それは龍臣たちよりも遥かに年上であったが、明らかに人間とは異なっていた。それには、人にはない鳥の翼のようなものが背中から生えていたからだ。しかも白銀である。


 不思議と恐怖心はなかった。それよりも彼女の姿から目が離せない。魅いってしまうのも無理はなかった。落差二十メートルもある白い糸のような雄大な滝も、滝の周りの神秘的な光景もそれらは、少女の容姿を鮮やかにするための引き立て役に過ぎず、額縁と化していた。


 加えて、少女は服というものを一切纏ってはいなかった。絹のような光沢のある銀色の髪を結わえるために上げた腕からは水滴がすべり、露となった胸元へと流れ込んでいく。その立ち姿が艶めかしく、どこか悲しげである。息を吹きかけただけで粉微塵になって風景の中に消えてしまいそうな、少し力を込めただけでぽきりと折れてしまいそうな柔らかさとしなやかさがあるすらりとした肢体も相まって儚く脆そうにも感じてしまう。


 白く透明で刹那的な佇まいに水無月龍臣は、心の臓が鷲掴みにされた感覚に陥った。むき出しになった少女の姿態へ吸い寄せられる。その外貌にはある種特別な吸引力が備わっているのではないかと思うくらいに、龍臣はおろかマサミネたちも目が離せない。一度視界に入れてしまうと条件反射的に魂が抜き取られるが如く、その神々しさに骨抜きされてしまうんじゃないか。そんな衝撃が充分にあった。


「誰だ貴様ら、人間の子供か?」


 少女は生まれたままの姿で言った。滝の轟音の中でも透き通った美しい声は龍臣たちの下に届くのは充分の声量だったが、彼等はその問いに答えない。それは無理もなかった。何故なら、少女の声はおろか滝の轟音さえも聞こえない程に龍臣たちは、眼前にいる銀翼銀髪の彼女から目が離せないでいたからだ。




 自分の裸体を見て目が離せなくなっている龍臣たち。そんな人間の子供らの様子を見た少女は、人間界はかつては裸体が主流だった人間界は現在、服を着ることになっている国が多くなっており、無闇に裸身を見せないことになっていることを思い出し、慌てて服を着ることにした。


 少女は掌を横に向けると、自然数を縦と横に同数だけ並べ、その縦、横、斜めに並ぶ数の和がいずれも等しくなるようにしたもの方陣──魔方陣が展開させる。


 魔方陣の展開を目の当たりにして驚く少年たち。そんなことはお構いなしに魔方陣は、彼女の身体を包み込むように横に滑るように移動をする。すると、周囲から光の粒子のようなものが少女の身体に張りついていき、魔方陣が通り過ぎた頃には、煌びやかな上衣とスカートが一体化させた薄蒼のワンピースを身に纏っていた。


 あっという間に、服を着た少女は、取り直すように咳払いをしてから名乗り上げる。




「私の名は、シルウィーン・リンドブリムだ。此処より異なる世界──ハトラレ・アローラから来た」




「し……なんだ?」


 最初に我に返ったマサミネが言った。それに急いで着替え、シルウィーン・リンドブリム、と名乗った銀翼銀髪の少女は答える。


「シルウィーン・リンドブリムだ。わからないなら、この世界──いや、この国で耳馴染みがある銀でいい。お銀とか気軽に呼んでも構わない」


 何とか我に返った龍臣たちも恐る恐る、シルウィーンに声をかけて、彼女は探り探りといった具合に、何とか答えていった。


「お銀は、はとがあわてたというのはどこにある国だ?」


 トラキチが首を傾げていると、シルウィーンは首を横に振った。


「違う。最初の二文字しか合ってない……。ハトラレ・アローラだ。ハ、ト、ラ、レ、ア、ロ、ー、ラ。ハトラレ・アローラはこの国は勿論、この世界には存在はしない。何故なら世界名だからだ」


「世界名……?」


 聞き慣れない言葉にトラキチの隣にいたカメキチが首を傾げる。龍臣たちも聞き慣れていない言葉に同様の反応をしていると、見兼ねたシルウィーンは少しめんどくさそうに大きな息を吐いた。


「……私は説明は苦手だということを先に言っておく。私なりにわかりやすく答えているが……まずは、ハトラレ・アローラは世界名であって国名ではない。この世界にはまだ世界名というものがないらしいからな。わからないのは当たり前だ。この世界は、生物の中でもっとも多くいるのが貴様ら人間ということで私たちからは人間界と呼ばれている。貴様らは、人間界で、今の国名だと日ノ本ということになるな。そして、私はハトラレ・アローラという亜人界にある北方大陸タカマガから来たというのが正しいだろう。タカマガというのは大陸名だ。国名に近いとも言えるがな。私はタカマガにある主に銀龍族が治める土地から来たのだ。ちなみに、タカマガは高天原と間違えやすいが、あれは私たちからすれば神界、貴様ら人間界からしたら天界と呼ばれる世界にあるもので違うことを予め言っておくぞ」


 シルウィーンの説明に、龍臣たちはやはり理解が出来ないのか首を傾げた。


「つまり、どういうことだあ?」


 マサミネが聞くと、シルウィーンは意気揚々と答える。


「ハトラレ・アローラは人間界からすれば、亜人界だな。主に龍人の種族が多くを占めるが龍人界と呼ばれてはいない。理由としては、他にも朱雀や鳳凰、白虎と玄武など人間界でも少し知られて聖獣がいたりするからな。龍人種が全てを治めているわけではない。ひとまとめに、亜人界と呼んだ方が平等なんだと思う。まあ、私が言えるところはそのくらいだ」


 シルウィーンは、ふと龍臣たちに目をやり、彼等が理解が出来ていない様子に気づく。やっぱり人に説明するのは苦手だと彼女はため息を吐いた。彼女は手っ取り早く簡単に言うことにした。


「簡単に説明すると、この世界の他に黄泉の国や天界とは異なった世界があるということだ。私は人間ではなく亜人が仕切っているハトラレ・アローラから来たということだ。ハトラレ・アローラでは、五つの大陸があって、さらに大陸内には様々な国が沢山あるというわけだ。ハトラレ・アローラと言いにくい場合は、異世界で構わない」


「いいせかい……?」


「惜しいな……。“い”が多いな。まあ、いいだろう。異世界とは、異なる世界を短く言い直したものだと思えばいい」


 苦笑したり、困ったり、少し思案顔をしてみたりと表情をコロコロと変えながらトラキチ、カメキチに答えていった。それがイチノスケの問おたことにめんどくさそうに顔をしかめた。


「で、おめえは何者だぁ?」


「やはり、その質問が来たな……まあ、人とは少し姿形は違うからな。当然といえば当然だといえる。恐らく、何度か聞きたいことが出てくると思うが、遠慮せずに聞け。もう一回言うが、私は説明は苦手だが、なるべく、わかりやすく答えるように努力するからな。まずは、私は簡単に言えば、龍人だ」


「りゅうじん?」


「ああ。正確には、銀龍だな」


「ぎんりゅう……?」


「もっとわかりやすく言うなら、銀の龍だ。さっきも言ったが、私はハトラレ・アローラという亜人が暮らす世界から来た。そこから来たものが人間であるはずがない。今は人の形をしているが、私は龍だ。予めに言っとくが、人は食べないから構えたり逃げたりしなくともいい。大体は、人と同じようなものを食べて過ごしているからな」


 お銀はそう言って、地面に置かれていた何かを取り出した。それは、綺麗に身が取られた魚の骨を二匹。彼女の足下を見ると、焚き火の跡が見受けられる。その周辺には鍋のようなものが置かれ、今晩の食糧なのか、木の実と山菜などが入っているのが少し空いた蓋の間から見えた。


「さっき山菜や木の実と一緒に煮込んで食べた。実に旨かったが、全部食べると近くに住む貴様らの分まで無くなってしまうからな。二匹で留めた。もっと食べたかったけどな……」


 チラチラと、龍臣やマサミネの反応を窺うお銀ことシルウィーン。恐らくもっと食べたいから許可が欲しいのだろうことは何となくだが伝わった。


「わかった。もっと食べたいなら、オイラたちが聞きたいことに答え────」


「いいぞ」


「──ろ。じゃないと食わ──て、返事が早いっ!?」


「背に腹はかえられない。ついでに、次の行き先が決定するまでの宿泊先もな。それよりも何だ聞きたいこととは」


「わかった。村の分まで食べ尽かさないことを条件に赦そう。しばらく居るかどうかに関してはこの質問に答えろ」


「何だ?」


「この暑さは、おめぇの仕業か?」


「この暑さ……ああ、これはこの国特有じゃないのか。だとしたら、違う。私は、ただ単に通りかかっただけで、あまりにも暑かったから此処で涼しんでいただけだ」


 お銀ことシルウィーンは、村周辺に入った時から猛烈なまでの暑さがあったと語った。


「急な気温の上昇に、龍人である私でさえも、たまらなかった。半ばフラフラとしながら涼を求めていたら、手頃な滝を見つけたので、降り立ったまでよ。少し休むことにしたのだが、一体なんなんだ……。朝になってから、尚一層の暑さは!? どうなっているんだもう!」


 苛立たしげに龍臣たちに言った。勿論、シルウィーンの言葉に答えられることは出来ない。むしろ、それは龍臣たちも知りたい。彼女も、そんなことは重々承知した上での発言であるため、答えは求めてはいなかった。


「しばらくの間は骨休め、もとい羽根休みとして過ごすことに決めて水浴びをしていた矢先に貴様らが現れたというのがついさっきの出来事だ」


「ほんとか?」


 マサミネの問いに、シルウィーンは頬を膨らませて、私ではない、と不機嫌そうな顔を向ける。


「私ではない。私は此処より異なる世界の生まれで、この国と同じく四季がある国の生まれだが、冬生まれで暑いのは嫌いなんだ。ただでさえ暑い季節なのに……さらに暑くする理由がないだろ」


「ほんとか? だとしても、そう簡単には信用はできないぞ」


 マサミネたちは姿形は人に羽根を生やし、自らを銀の龍と明かした少女だ。明らかに人とは異になる存在である彼女に警戒を露にする。


「諄いな……。そして、警戒心が凝り固まったような奴だな。まあ、明らかに人ではない者にそう簡単に心を開けというのも無理な話だな…………うん、よし。私としては、せっかくの避暑できて食糧がある場所を見つけたんだ。そう簡単に去ることは出来ない。だからといって、争い事はしたくない。まずは互いのことを理解する上で貴様らの疑問に答えるだけではなく、私のことを全て打ち明けるとしょう。そして、私がこの猛暑について調べてやる。その際は初めて訪れた土地だからな。貴様らにも少し手伝ってもらうぞ」


 シルウィーンことお銀はそう言って、マサミネたちから信頼関係を得るために、彼女は自分のことやハトラレ・アローラについての話をしてくれた。彼女としては、せっかく見つけた涼しめて、食糧がある過ごしやすい場所を追い出されるわけにはいかない一心で話していたが次第に熱が入っていき、龍臣たちもシルウィーンの語る、遠い人間界とは異になる世界の話に興味も持ち、引き込まれていった。




 これが水無月龍臣とシルウィーンの最初の出逢いである。




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