第二章 三十五
〈錬成異空間〉に六名の英雄たちが降臨した。聖獣たち古の英雄ではなく、少し前まで活動していた英雄である。
【第六三四部隊】と呼ばれる【謀反者討伐隊】の【部隊】だった。何故、過去形なのかは、あまりにも屈辱的な敗北を期したことを根に持ち、アガレスがガゼルの側近として就いたと同時に、問題行動等の理由を付けて【部隊】を解体させたからだ。よって、【謀反者討伐隊】に以前あった【部隊】である。
「彼等を一ヵ所に固まらないように散々に解散させてまで解体したというのに、何故、あの時の隊員全てが集まって此処にいるんだ……」
アガレスの顔がなお一層に忌々しげに歪められた。
「難癖あるが使えるかもしれないと、ゴーシュと美神光葉の弱みにつけこもうとしていたのも、彼等は扱うことも操ることも出来んかったということだな。生かしておいたのが間違いだった……。役立たずだと判断した白蓮が国を追われた時点で暗殺するべきだったかと悔やまれる……」
アガレスは大きなため息を吐き、肩を落とした。すぐに気合いを入れるように頬を叩くと、眼前の戦況を見る。
現在は解体され、なくなった伝説の【部隊】が一人も欠けることなく、ルイン・ラルゴルス・リユニオンと【創世敬団】のグラ陣営の前に現れていることに戸惑いを抱いている暇はない。
彼等の登場により、〈結界〉を破壊され、この空間内に閉じ込めておけなくなった。それどころではない。千六百もの生け贄たちは空間外へと出ていき、入れ替わるように、千ほどの敵の援軍が転移してきた。これで、策は瓦解したも当然である。全ての世界線に血の花火を打ち上げることは出来なくなってしまった。
これでは敗ける。また敗ける。アガレスの心中に不安が混じる。
【第六三四部隊】は、水波女蒼天をリーダーとして、前衛と後衛の間で指揮を取り、難癖ある【部隊】を統率しているのが大きな特徴だ。前衛はもっぱらゴーシュと美神光葉。攻撃力が高い二人が前線で戦い、遠距離攻撃や防御に適した赤羽綺羅とメア・リメンター・バジリスクが援護しながら後衛を務めるのがお決まりの戦略といえるが、赤羽綺羅と水波女蒼天が前衛になったりと、美神光葉とゴーシュが後援に回ったり戦略に変えてくるのもこの【部隊】の戦い方だ。あらゆる戦法を試したのかは窺い知れないが、どんな陣形でも遜色ない連携攻撃を見せる。それが不規則で読みづらく、アガレスは翻弄されてしまった。それが敗北の原因といえるだろう。
一度も前衛にも後衛にも上がって来なかった白蓮は、白龍族特有の飛行速度をもって、援軍を連れてきて、逃亡経路を塞がれそうになった時は、アガレスは胆が冷えたのを忘れはしない。
アガレスは厭なことでも思い出したのか顔を顰めた。彼は今一度、憎悪に満ちた顔で彼等を一瞥する。特に、ある者に向けては。
ゴーシュ・リンドブリム。
白蓮。
美神光葉。
メア・リメンター・バジリスク。
水波女蒼天。
そして──
赤羽綺羅。
──何故、サタンネスである貴様がいるんだ……?
アガレスは、【創世敬団】ソベルビア陣営を率いるサタンネスである赤羽綺羅に鋭い眼光で問おた。
その問いが届き、答えが返ってくるわけではないが、サタンネス──赤羽綺羅はふとアガレスと目が合い、不敵な微笑みを浮かべている。
◇
「どうにか間に合ったというべきだろうね」
ゴーシュは、ほっとしたように安堵の息を吐いた。彼と白蓮はつい一時間前にバララ・ルルラルからバラバラとなった元【第六三四部隊】のメンバーが配属している部署について書かれたメモを渡された。それを手がかりに彼等は、バララ・ルルラルやその部下も助けもあり、拘置所を抜け出すことに成功し、かつての仲間の下へと向かった。
まず向かった先は、メア・リメンター・バジリスクである。彼女は煌焔に身柄を預かられ、カグツチの都市から少し離れた山間の高台にある煌焔の屋敷でメイドとして雇われていた。彼女を先に見つけようとしたのは、彼等がいた拘置場から近かったからである。
南方大陸ボルコナの首都であるカグツチ近郊の市街地を一望できる小高い山にある首都庁、その少し離れた場所に建てられているのは煌焔が自宅としている使用している屋敷があった。広大な敷地内に建てられた煌焔の屋敷は、中国と日本に名が知られた朱雀とあって和風と中国の建築を併せ持った神社仏閣に近い宮造りであった。ゴーシュと白蓮は、神聖なる朱雀の屋敷に見張りの目を掻い潜って、侵入。メア・リメンター・バジリスクを探した。巫女風のメイド服に身繕いをした彼女が広大な庭を掃除したところを発見。接触をして、事情を話したのだが…。
「メアが駄々を捏ねた時は、胆が冷えたけどね……」
白蓮がジト目でメア・リメンター・バジリスクを見据えると、彼女は呆れ果てたような冷たい視線を向ける。
「誰かさんみたいに、駄々をこねてませんよ……ただ、あなたの誘いが乗るのが厭なだけです」
「何だろ……。同性にいわれたら普通に傷つくのに、異性だと、すげぇグサッと心を抉るように傷つくのは……」
白蓮は自分の胸元を掴み、わざとらしく傷ついたポーズを作る。
「勝手に傷ついてください。それで自分の性格に問題があるということに気づいてください。無理でしょうけど……」
「異性が関わると、余計な文言が多いのが白蓮が悪いんですよ。それを治してくださいね。手遅れでしょうけど……」
「白蓮はもう少し考えて行動しないとダメだよ」
「白蓮自身の行動が、間接的でないにしろ、元【部隊員】に迷惑をかけていることを自覚した方がいい……」
「うぅ……」
白蓮は【第六三四部隊】の全員から総攻撃と言わんばかりに痛いところをつかれて顔を顰めた。
「まぁ……まぁ、いいさ。百歩譲って俺が悪いさ。でもな……俺よりも頭を下げなければならない奴がそこにいんだろうが……」
白蓮は、視線を向ける。そこにいたのは、深紅の法衣姿の美少年──赤羽綺羅がいた。
バララ・ルルラルから渡されたメモには居所がわからない者がいた。それが美神光葉と赤羽綺羅だ。美神光葉は身柄は煌焔が預かっているが、彼女から隠密行動を主にしている。加えて、ゴーシュの私的な頼み事を引き受けている。それもあって、彼女の大体の居場所は人間界の日本、四聖市に絞られる。それにより、簡単に合流することは簡単だったのだが、赤羽綺羅は違った。彼は、【創世敬団】に寝返っており、しかもソベルビア陣営のサタンネスの称号を得ており、七人いる大元帥の一人として知られている。赤羽綺羅を見つけ出したとしても、敵である彼に【第六三四部隊】の再結成について持ち出すことは躊躇するのは当然といえた。だからこそ、赤羽綺羅は保留として、後回しにしていたのだが──
【創世敬団】でサタンネスの称号を得た彼と合流できたのは、〈錬成異空間〉に突入する直前だった。
まさか彼の方から現れるとは思いもよらず、敵側である赤羽綺羅が気軽に近づいたことに怪訝な表情で見据えるのは、白蓮、水波女蒼天、美神光葉だ。すぐ横にいたメア・リメンター・バジリスクは思い人である彼を不安げに見つめている。
ゴーシュは成り行きを見護ろうと赤羽綺羅と白蓮に視線を向けると、先に口を開いたのは白蓮だ。
「なんで、【創世敬団】なんかに寝返った? それについての云々を話した後に謝るのが筋じゃないのか綺羅?」
「ああ。それか……」
赤羽綺羅は周囲を見渡して確認する。白蓮以外も聞きたそうに顔を向けているのを確認すると、彼は肩を竦める。
「それなら、長居が出来る時にでも話すよ」
「それは一体、いつなんだよ……」
「さあ、わからない。ただね──」
赤羽綺羅は前方に目を向ける。グラ陣営の大軍が動き始めていた。まっすぐと、此方──【第六三四部隊】がいる方向に向けて、進軍を開始していた。
「──この話しは長くなる。それにグラ陣営が動き始めたようだ。奴等を倒してから、皆が時間があれば場所を変えて障りぐらいは話せると思うけど、それでいいかな?」
赤羽綺羅は、視線を白蓮たちに向けて提案する。その提案に、白蓮はジト目でにらみ返す。
「逃げないという保障があるんだったら喜んで乗るさ。でもな綺羅は提案できる立場か……」
「それ。そっくりそのまま返すよ。僕もそうだけど、ゴーシュと白蓮は今【謀反者討伐隊】に見つかっちゃ不味い立場じゃないか。その配慮だと思ってくれ」
「まあ、そうだけどさ……」
白蓮は苦虫でも噛み潰したかのような顔して言葉尻を濁した。
「僕は僕のやるべきことをやっているだけさ。これだけは今言えることだ。それで迷惑をかけてしまっていることは知っているし、それは皆もお互い様じゃないか。だって全員があの神に翻弄された身なんだからさ」
赤羽綺羅は視線を上方に向ける。そこには、神速でスサノウと戦うルイン・ラルゴルス・リユニオンがいた。
「無名の神が悪魔や堕天使の名をもじった輩と手を組んで、何かやろうとしている。そんなのどの“世界線にある壁画”に記されていたことだ。今さら、世界線戦を起こそうとしていることに驚きはしないが、あんなの独りよがりな夢想を語る神には負けたくはないのは、僕の気持ちさ」
赤羽綺羅は紅剣を召喚させる。それは、柄から刀身まで剣全体が深い紅に染まっている両刃の大剣だ。幼い頃から大きさを変えて愛用している武器である。
愛刀を大軍に向けて武器を構えると、その左横に水波女蒼天が並んだ。
「そうだな。こちら側に謀反を起こしたことについては、いろいろと言いたいことはあるが、“あの日に壁画の意味を知った時と変わらない”綺羅がいて、少しは安心したさ」
水波女蒼天は、幅広く湾曲した片刃刀を二つ召喚する。左右の掌で握られたそれは刀鍛冶である貞村正峰が蒼天に合わせて丹精込めて打った一品であり、双剣・破魔蒼双だ。
武器コレクターである美神光葉からして見れば、喉から手が出したいくらい欲しいところだが、破魔蒼双は青龍族である蒼天用に作られている。青龍族のあらゆる力を刀身に注ぐことによって、一閃を放つことが出来る代物である。加えて、名を呼べば、持ち主の前に転送されるといった機能もついている双剣だ。貞村正峰の作品だからといって、黒龍族で彼とは血筋も繋がっていない美神光葉が持っていい剣ではない。
「壁画については、ボクの方が詳しいさ。こう見えて【世界維新】に入って、いろいろと知れたからね。納得の得る答えは出せるヒントになるんじゃないかな」
右横にゴーシュが進み出ると、天叢雲剣を召喚して構えると皆に問いかける。
「ところで、久しぶりの【部隊】での戦いだけど、腕とか鈍ってないよね?」
ゴーシュの言葉に皆は笑った。
「誰に言っているんですかゴーシュ。こう見えて、逃亡していたあなたと違っていろいろと活動しているのですよ」
美神光葉が掌から長大な麓々壹間刀を取り出した。いつもなら腰に携えているのだが、銃刀法という法律がある日本では、刀を腰に携えていると、すぐに職務質問されてしまうため、生剣である麓々壹間刀を躯の中に隠しておいたのだろう。
「そうだ。ゴーシュこそ大丈夫なんだろうね」
美神光葉、水波女蒼天に言われて、ゴーシュは片方の瞼を閉じてウィンクして口端を上げる。
「蒼天。ボクを甘く見ちゃダメだよ。こう見えても、密かに鍛えてきた口さ」
「そうか。それなら良かったよ」
水波女蒼天は横目でゴーシュを一瞥し、微笑みながら頷いた。
麓々壹間刀を構えながら、ゴーシュと水波女蒼天の間につく美神光葉。メア・リメンター・バジリスクも二丁の拳銃を召喚して構えていると、一人だけ納得が言っていない表情を浮かべて戦闘準備をしていない者がいた。
それは白蓮である。久しぶりに全員が揃った【部隊】は、眼前にいる大軍と無名の神を相手に戦う準備を整えた。彼とゴーシュがそう話をして集めたのだから当然だ。【第六三四部隊】が解散する前から白蓮は戦闘はしてこなかった。まさか皆集めといて戦わないとかないよな、といった目を向けられ、しばらく悩んだ顔をして考えてから、白蓮は苛立たしげにぞんざいに頭を掻いてから、
「あぁ、わかりましたよ。やりゃいいんでしょう。やりゃ!」
と、白蓮は武器を召喚した。
それは──白亜色をした笛剣である。
柄頭から三十センチは横笛となっているおり、見た目は握り手が異常に長い剣だ。
白蓮が召喚がした笛剣を見て、あからさまに厭そうな顔をしたのが美神光葉だ。彼女は、あり得ない、といった様子で頭を抱える。
「あなた……笛剣なんですか? 笛剣って、強度が低くって脆いんですよ。旅路に音楽が聴きたくなった時やちょっとした気晴らしなんかに吹く以外に、何の需要もないんですが……本当にそれで戦います?」
「ああ。そうだけど……そいつは、俺とコイツに対してケチを付ける気か」
白蓮が相棒である笛剣に難癖を付けてきた美神光葉に眉間に皺を寄せると、彼女はめんどくさそうに息を一つ吐いた。
「いいえ。中が空洞だから強度がなく、激しい鍔迫り合いになったら、あっという間に折れるということを知っているのかどうか聞いただけですよ」
「戦闘始まる前に縁起でもねぇことを言うなよな。一応、そうならないように設計しているから大丈夫だよ。空洞なのは、柄頭から三十センチくらいで、刀として持つ方は、中身が詰まっているからさ」
「それ、吹くときに持ちにくくありません?」
「大丈夫。許容範囲だからさ」
「持ち主がいいのなら、別にいいんですけど……足だけは引っ張らないでくださいよ」
「五月蝿いな。せっかく出したやる気を失うことを言うなよ武器ヲタク」
「やる気を出したことを褒めてあげますし、失わせることは謝りますよ。でも、足手まといを起こさせることだけはやめてくださいね」
上から目線と念を押すように、足手まといを強調して言う美神光葉。それに、白蓮は悔しげに拳を握りしめた。
──あの上から目線の武器ヲタクを見返してやる……。
白蓮が心の中でそう誓っている横で、美神光葉がゴーシュに〈念話〉で伝えてきた。
『ゴーシュ。あの無名の神と清神翼は、既に接触をしています』
『ああ、そのようだね』
ゴーシュは短く〈念話〉で返した。彼は、つい先ほど前のことを少しだけ思い返す。美神光葉を探しに清神家に訪れた時に見た彼を。
──恐らくだが、少しは思い出したのだろう。
──まあ、それならそれで構わない。
──これからは、あの無名の神が作り上げていく神話の中で、シルベットを含めて、彼は巻き込まれていくのだろう。
──ボクたちは、最悪な結末を迎えないためにも抗うだけだ。
ゴーシュは天叢雲剣にありったけの力を注ぎと、横目で水波女蒼天を一瞥した。それに彼は気づき、頷く。
「では、行くぞ。これは、生きとし生きる者が無名の神に抗うための戦いだ!」




