第二章 三十四
およそ一時間前のハトラレ・アローラ、南方大陸ボルコナ、首都カグツチにて。
バララ・ルルラルに再び〈念話〉で伝えられたのは、人間界に降臨したルイン・ラルゴルス・リユニオンが世界線戦というものを開戦宣言したという報せだった。
『世界線戦? なんだそれは……』
『並行宇宙にある世界線を相手取った戦争のようです。現在、【創世敬団】のグラ陣営が総力を上げて全ての世界線にその報せを触れ回っているようですが……まだ、そちらに来ていませんか?』
『まだ、こちらには届いてはいな────ん?』
ふと、バララ・ルルラルの視線に一枚の純白が降り注ぐ。周囲を見渡すと、同じように純白の紙が街中に降り注いでいる。視線を空に向けると、五条の光りが行き過ぎていき、投げ出された大量の純白が気流の最中を遊泳して、青空をたゆたい、首都ガクツチにゆったりと舞い降りて来ている。
万は優に越えている大量の純白にガクツチの住民や憲兵たちは何だと掴み取り、または拾い上げて、紙に目を通すと、愕然とした面持ちになっていく。
バララ・ルルラルは風に乗って、目の前にヒラヒラと降りてくる紙を一枚、手に取ると目を通す。そこには先ほど部下からの〈念話〉で伝えられた世界線戦の開戦を報せる旨が書かれていた。
『今来たようだ。なんとも難儀なことを仕掛けて来たな……しかも、ご丁寧にもゼノンの後継者は水無月シルベットと清神翼であることも明記されている』
『はい。不味くないですか……?』
『ああ。不味いな……今、ファーブニルのオルム・ドレキがそのビラを手にとって読んでしまっているところだ』
バララ・ルルラルは視線を向けると、ファーブニルのオルム・ドレキが降り注いできた一枚を手に取り、目を通していた。
彼は愕然とした顔で何回も紙に書かれた内容を食い入るように読み込んでから、血相を変えて手をブルブルと震えている様子が窺えた。それから怒りと悔しさ、そして嫉妬が渦巻く顔で紙をグチャグチヤに握りつぶしているところを見る限り、最悪な事態は避けられない。彼の周囲にはお付きの士官と元ガゼル派と呼ばれる元老院議員と【謀反者討伐隊】を運営していく貴族高官たちがいた。彼等は、どうしてもゴーシュ・リンドブリムを〈ゼノン〉の強奪した罪を着せたかった連中である。彼等からしてみれば、寝耳に水といえるだろうし、もし紙に書かれていることが事実ならば、ゴーシュにかけようとした罪が濡れ衣ということになる。
強奪されたとする〈ゼノン〉が水無月シルベットか清神翼の手元にあったのなら、彼は単なる受け渡しをしただけだ。無断で持ち出したことについて問われるが、強奪の罪は〈ゼノン〉の証言次第では減罪はあり得るのだから。
それに、〈ゼノン〉は後継者に渡ったのだから、ファーブニルのオルム・ドレキには帰ってこないことを意味する。元ガゼル派と呼ばれる元老院議員らには、正式な後継者に渡した使者であるゴーシュに冤罪をかけようとした罪に問われる確率が高くなる。
否応にも最悪な事態は避けたいと考えるだろう。だとすると、考えうることは一つ。〈ゼノン〉を持つとする清神翼か水無月シルベットを抹殺して、彼に証言させないように、どこかに監禁することだろう。
『では、止めなければ……』
『ここでは不可能だ。彼が事態を飲み込んでしまったようで、今血相を変えてブルブルと震えている様子が確認したところだ。記憶の操作をして忘れてもらいたいが、大々的にびらを撒かれては完全に忘れさられることは不可能だ』
『では、そうなりますと……』
『ああ。君は清神翼を護るために憲兵を向かわせたまえ。ファーブニルのオルム・ドレキに暗殺されないように細心の注意を』
『わかりました。ただちに、憲兵を総動員して向かわせます』
『くれぐれも人間界に迷惑をかけない程度にな。こちらも水無月シルベットと清神翼には、適任の部隊を用意する』
バララ・ルルラルは〈念話〉を終えると、視線を設営されていた災害用炊き出しテントの中から、清潔な割烹着と手袋が着用して出てきた二人の姿があった。ゴーシュと白蓮である。彼等は少し迷惑そうな目を空に向けながら、大量に降り注ぐ紙が鍋に入ったり、コンロに燃え移らないように回収しょうと手に取っていた。
ふと、びらの内容を確認して、とても厭そうに端正な眉間に皺を寄せたのは白蓮だ。そんな彼に続いてゴーシュもびらを手に取り内容を確認すると、ふうむに頷く。
納得したように頷く辺り、彼はなにがしらの情報をメティスか誰からかに聞いていたのだろう。ならば、こうなることはあらかじめわかっていたと考えられる。だからこそ、あの余裕の態度を崩さないことの理由がつくというものである。
──どこまで聞かされて知っているのかは知らないが……。
バララ・ルルラルは、歩き出す。ゴーシュと白蓮のいる方へと向けて。
自分の方角に歩いてくるバララ・ルルラルに気づいたのは、ゴーシュだ。彼は近づくバララ・ルルラルを見て、微笑んだ。それを見て、バララ・ルルラルは、確信した。
──そうか……。
──これから貴様らに与える任務も、あらかじめ知らされていたということだな……。
バララ・ルルラルは、ゴーシュと白蓮の前に立つと、何かを予見したのか、厭そうな顔を浮かべる白蓮。すぐに取り繕ったように微笑みを浮かべようとするが、引き攣っている。
「え〜と、何か御用でも……?」
「ああ」
バララ・ルルラルは頷く。それだけで白蓮は、顔を真っ青に染めて、面倒な任務だけはやめてくださいと表情だけでも訴えてくる。それに構わずにバララ・ルルラルは二人の名を呼び、続ける。
「ゴーシュ・リンドブリム、白蓮。貴様らに重要な任務を与える」
「うわぁ……マジかよ。今度はどんな雑用をやらされるんだよパンプキン野郎……────あ、つい本音が」
「そうか、わかった。パンプキン野郎、という言葉については追々と凝らしめるとして」
「凝らしめる? 凝らしめるって何? ねぇ、どう凝らしめるかだけは先に聞かせてもらいたいんだけどさ」
白蓮の言葉は無視される。
「二人には大至急、【第六三四部隊】のメンバーを集めてくれ!」
「えっ」
白蓮は驚き、ゴーシュは、へぇーと微笑んだ。
「おいおい、【第六三四部隊】って、バララ・ルルにゃ──ッて、舌噛んだじゃねぇか……。言いにくい名だな、もうバララでいいや。バララは、知らねぇのか? 【第六三四部隊】は解散したんだよ」
「一人で何だか忙しい白蓮の言うとおり、【第六三四部隊】は解散しているよ。いろいろとあってね。全員の連絡先なんて殆ど知らないんだ」
ゴーシュと白蓮が言った通り【第六三四部隊】は解散していた。
【第六三四部隊】とは、ゴーシュ・リンドブリムと白蓮が前に所属していた【部隊】の呼称である。六三四の語呂や武蔵と呼ばれるハトラレ・アローラに実際にいた有名な剣豪のように任務を遂行していく姿から付けられた【部隊】全体のコードネームだ。彼等二人の他にメンバーは、水波女蒼天、赤羽綺羅、メア・リメンター・バジリスク、美神光葉といった学舎での同期生で構成された【第六三四部隊】は現在は解体されている。
理由は簡単である。赤羽綺羅が謀反を起こして【創世敬団】に寝返り、メア・リメンター・バジリスクが彼に付いていったことにより、上層部は【第六三四部隊】のメンバーを危険視し、一つにまとめないように、転属していき、【第六三四部隊】は消滅した。
「前の連絡先なら知っているんだけれどね。それで連絡が出来たとしても、問題はあるだろ? 何故なら、ボクらは大罪人だ。現在、絶賛取り調べ中なわけだから、この拘置場の敷地からは出ることは赦されないんじゃないかな。さっきだって、それで揉めたじゃないか」
「ああ。そうだな。だが、びらに気がいっている今なら脱獄は可能だ。オイラの予想では、恐らくそのことで揉めた相手の半数は此処から離れていくだろうからな」
「そいつは、どういうことだ……」
憲兵の上官に位置する──警察の階級的には警視にあたる彼が脱獄という不穏な言葉を口にすることに白蓮が訝しむと、バララ・ルルラルはさっき降り注いだびらを見せる。
「貴様らも読んだと思うが、このびらにはルインが世界線戦のついて触れた部分に署名されている」
「それはもう確認したよ……。めんどいこと考えついたもんだよ……。神って、暇人なの?」
「それは一部の神だけだ。ルインがああだからといって、全ての神があんなめんどくさい奴だと思わないことだ」
「そーだろうけど……。まあ、神云々については後ほど聞くとして。それで?」
「その下に、ゼノンの後継者が二人いると書かれている。それは別な神の署名付きだ」
白蓮は持っていたびらをよくと見て頷く。
「ああ、なるほどね」
びらには、バララ・ルルラルが言った通り、前半は世界線戦のついて書かれており、ルイン・ラルゴルス・リユニオンの署名があった。後半は女性と思わしき美しくも柔らかい筆使いで、ゼノンの後継者が二人いるという旨が書かれており、執筆者の名があった。その名は──
「メティス様か……」
「ああ、メティス様だ」
メティスは、ゼノンの後継者を選ぶ女神としている。そんな彼女が自らの筆跡で、ゼノンの後継者は二人いると書かれている以上、信頼はある書物といえる。
「ルインについては、神としての信頼度は地に近いほど低いが、メティス様の信頼は別格といえる」
「まあね、いろいろな世界線で結果と呼べる神話を残している女神だし。【世界破壊者】の異名を持つルインと比較するだけ烏滸がましい」
「そういうことだ。ルイン・ラルゴルス・リユニオンだけではなく、メティス様との連名により信頼度は確実に上がる。それにより、ゼノンの後継者が二人いるということが現実を帯びるということだ」
「二人いるうちの一人には、何回も身体検査しても出てこなかったんだっけ? 当時は、俺もいろいろとあって、大体のことしかわからないけど……」
白蓮が苦笑いを浮かべて、肩を竦めた。
「ああ。躯の隅々までな……って、おい! 調べたのは女憲兵だ。オイラじゃない。目が笑っていない微笑みを浮かべてお玉を振るなゴーシュ・リンドブリム」
躯の隅々まで……、という言葉にゴーシュの瞳に危なげな光が宿り、持っていたお玉を素振りもするかのように振っていたのに気づき、バララ・ルルラルは言葉を付け足した。
「身体検査は、主に憲兵の仕事だが、オイラはシルベットの身体検査はしていない。身体検査は主に同性が行い、異性が行えない規則なのだからな」
「女でも我が愛しいの義妹に触れたことは、あんまり安心できないな……」
「ゴーシュ──お前……病気だな。ここから出たら、一旦病院で精密検査を受けろ。絶対に精神が病んでっから」
義妹の身体検査は同性が行ったと聞いても一切安心しないゴーシュに白蓮は苦笑いを浮かべて呆れ果てる。
「時間がないから手短に行くぞ」
少し逸れてしまった話をバララ・ルルラルは戻した。
「水無月シルベットの方は、ゼノン自らが口にしていたから知られていたが、もう一人の方は不明のままだった。それがこのびらにより、知られたというわけだ。そこで問題だ。ゴーシュに全責任を擦り付けたい者やゼノンが是が非でも欲しい者が取ることは何だろうか?」
「まあ……察しがつくよ。要は、ゴーシュの罪が確定するまでの間にゼノンを発見されては困るわけだな……」
「そういうことだな。これまでハトラレ・アローラの全土を探しても見つからなかった。だとすると、ハトラレ・アローラではない異世界に持ち出されたと考えてみてもいいだろう。にも拘わらず、捜索を他の世界線まで拡げなかった──いや、拡げることに積極的ではなかった」
「それについてはわかっているさ。〈アガレス〉がガゼルに成り代わっていたからさ。ガゼル派と呼ばれる元老院議員らは彼の指示の下で、ボクを犯人だと決めつけていた、もしくは犯人に仕立て上げたかったんだろうね。〈アガレス〉からしてみれば、ボクがゼノンを盗ませたところを捕らえたかったんだからね」
「〈アガレス〉がガゼルに成り代わったり俺がいない間に、いろいろありすぎだな……」
「いろいろあったとも。それをいちから話していくと、キリがないからね。大切なところだけ話すよ。
“ガゼルに成り代わっていた〈アガレス〉はボクにゼノンの罪を着せたかった”
“ゼノンに頼まれたというのに加えて、〈アガレス〉の策略に嵌まるまいとボクは嫌がらせとしてゼノンをシルベットの体内にこっそりと入れた”
“入れたところでシルベットが起きて怒られたけど可愛かった”
“ボクが指名手配されて、混乱したシルベットが何かをきっかけにゼノンを呼び出すのに成功した”
“うちにあった小型の〈ゲート〉を見つけ、人間界──日本に行き、翼と出会った”
“そこで、ゼノンはシルベットから翼へと継承されたらしい”
──と、ボクがわかるのはそれくらいかな」
「絶対に余計なもん混じっているし、突っ込みたいところがいろいろあるわ!」
「全て重要さ」
「“ゼノンが入れたところで義妹が起きて怒られたけど可愛かった”の降りはいらねぇよ!」
「ボクにとって、重要さ」
「あと、お前ん家に小型の〈ゲート〉があるんかい!」
「あるよ。人間界──日本にある水無月山だけにしか繋がっていないけど」
「じゃあ、それで人間界に逃亡したのか?」
「いいや」
ゴーシュは首を横に振る。
「あるとはわかっているんだが、屋敷の何処にあるのかわからないんだ」
「自分の屋敷なのにわからねぇのかよ……」
白蓮は半目で見据える。それに申し訳なさそうにゴーシュは答えた。
「そうなんだ。見つかれば、世界線外逃亡なんてあっという間なんだろうけどね。あの〈ゲート〉はあくまでも龍臣が水無月山の屋敷の管理するために作られたものらしく、ボクは一度も通ったどころか見たこともないんだ。母は一応、知っているみたいだけどね。頑として教えてくれないんだよ。シルベットは、敷地内から出られないから探検しているうちに発見したみたいだけどね……」
「なんというか、こんなことを仕出かすから信用出来なかったんじゃないかと俺は思うぞ」
「失敬な、そんなしょっちゅう仕出かさないさ」
「今思い出す範囲で既に二十回は仕出かしているよ……」
「それについては、また追々と訊ねるとして話を戻すぞ」
また続けそうだったのを制止して、バララ・ルルラルは脱線しかけた話を戻した。
「ゼノンが身を隠せる場所といえば、後継者の体内だ。下にあると考えてみてもいい。例外はあるようだが、生剣というのは、いざという時に後継者の体内に保管できる特質を持っている。シルベットだけでなく、清神翼の体内も調べる必要性が出た以上は、調査隊は出るだろう。これを好機だと、ファーブニルのオルム・ドレキは人間界に向かい、自分のものに仕出かさないという保障はない」
「つまり、嫉妬深いファーブニルのオルム・ドレキは、清神翼と水無月シルベットを暗殺する可能性があるということを訴えたいんだね」
「そういうことだな」
バララ・ルルラルは頷く。
「ゼノンが見つかり証言してもらえば、ゴーシュの罪はかなり軽くなる可能性は高い。彼から後継者に引き渡した使者ですと証言を得られれば、罪はかなり軽減されるのだからな」
「確かに。物的の証拠であるゼノンは、次の後継者である清神翼の中であることは間違いはないね」
「逆に、それで損するのは、ゴーシュに冤罪をかけようとした連中とゼノンを手に入れようとするファーブニルのオルム・ドレキだ。ゼノンを法廷に証言させないようにするために、清神翼から彼を奪おうとするだろう。下手をすれば、抹殺されてしまうだろう。勿論、ゴーシュ──貴様の義妹である水無月シルベットも無事では済まない」
「それで【第六三四部隊】かい……?」
「ああ。彼等が自分の保身と欲望のために、人間界に迷惑をかけるには良くない。ゴーシュは、罪を左右する証拠そのものだからな。それに大好きな義妹が絡んでいる。行かざるを得ないのではないか」
「へぇー上手く言うじゃないか。ただ間違っているよ」
「何がだ?」
「ボクはシルベットを大好きなんじゃない、愛しているのさ」
「そ、そうか……。次から気を付けておくとしょう」
ドヤ顔で義妹愛を語るゴーシュにバララ・ルルラルは引きながらもそう答えた。
「んじゃ、ゴーシュの義妹が絡んでいるのなら、俺は関係ないねぇ」
話が少し落ち着いたところを見計らって他人事だと立ち去ろうとした白蓮。そんな彼をバララ・ルルラルは腕を掴み、引き戻す。
「そういうわけには行かない。白蓮は【第六三四部隊】のメンバーなんだからな」
「厭だよ……。俺はどちらかといえば、【部隊】の中じゃ落ちこぼれなんだからさ。戦力にはならないと思うぜ……」
掴んだ腕を振りほどこうとする白蓮。だが、バララ・ルルラルはしっかりと強く掴んでおり、振りほどくことができない。一切離そうとはしないバララ・ルルラルは、白蓮に圧がある微笑みを向ける。
「そんなことは関係ないさ。白蓮は逃げ足が早いからな。それを生かせば、十分に活躍できる」
「えぇ……厭だよ。俺パスしたい……。めんどいの嫌いだから……。戦場ほど……めんどいもんはないからね」
「そういうことを口にするものではないぞ白蓮」
バララ・ルルラルは抗おうとする白蓮を肩を掴み、逃がさないようにホールドする。
「ひっ!!」
同性に抱きつけられて甲高い声を上げる白蓮。これまで異性には抱きしめられたことは星の数よりも多い白蓮だったが、同性に抱きしめ慣れていない白蓮は必死に抵抗をするが、バララ・ルルラルは逃げられないようにしっかりと躯を固めているために容易に抜け出すことはおろか動けない。
「……はな、離せよっ! むさ苦しい……、汗臭い……、その妙に弾力があるアフロが俺の顔に当たっているんだよっ! んだから、離れろよパンプキン野郎!」
騒ぎ立てる白蓮を無視して、バララ・ルルラルは勝手に話を進める。
「白蓮も先ほど炊き出しの様子を見る限りでは、問題はないと確信している」
「……ああ、そうかい……。そいつはアリガトウサン。だから……離れろっ」
「少しは減罪になるように、この任務の活躍次第では、オイラからも早く出れるように話をつけても構わないぞ」
「そいつは結構だ。痛いのは……嫌いだね」
「遠慮するな白蓮」
「遠慮するさパンプキン野郎……」
一進一退の攻防戦を繰り広げるバララ・ルルラルと白蓮。それを眺めながら、ゴーシュは口を開く。
「大盤振る舞いだね。後ほど、責任とか取らされちゃんじゃないかい?」
「斯くなる上だ。憲兵として働く身として、危うくなるのは確かだろうがな」
ゴーシュの言葉に、バララ・ルルラルは白蓮を抱きしめたまま答える。
「そんな無理せずに……いんじゃないか……俺は、大人しく牢獄に入るよ……」
「オイラはな、冤罪が嫌いなだけさ。かけるのもかけられるのもな。白蓮──お前、嵌められただけだろ」
「な……何いってんだよっ」
「オイラの仕事は、事件・事故のありとあらゆる角度から分析して調査をすることだ」
「お前の仕事くらい学舎で学んでいるから知っているよっ。だからなんなんだよ……」
「なら、わかるだろ。オイラはお前の事件についても調査していたんだからな。白蓮は災害時に南島でバカンスをしていたのは事実だが、そこで金を使った形跡はない。同行者である女性からの証言により、バカンスを楽しむ暇はなかったと聞いている。創成期時代以来の大災害と呼ばれる台風に、白蓮は遠方から堤防の決壊の様子を聞き、修復に全力を注ぎ、街の皆の避難誘導を指示していたというじゃないか。苛立ちを募らせて電話口にキレていたのを彼女たちは印象に残っているそうじゃないか」
「だから何だよ……」
白蓮は、煩わしそうに顔を背ける。余計なことを持ち出してきたな……、という苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めている。
「他にも怪しいところは存在している。留守を預かっていた皇宮高官や元老院議員らが役に立たないから早々と切り上げて帰ろうとしていたようだが、その年はいくつもの台風が起こっていたこともあり、帰りたくとも帰れなかったと話している」
「ああ、あの当時は台風が凄くってね。この俺をもってしても帰れそうもなかったんだよ。だから留守を預かっていた皇宮高官や元老院議員らに決壊した堤防をこれまでの想定を見直し、嵩上げして修復するように指示していたにも拘わらず、金がねえ人が足りねえだなんて、駄々を捏ねたもんだから、“そんなことを言っている場合じゃねぇよ堤防が決壊したんだから、街の皆を高台に避難させろ! 人手が足りなかったら憲兵や【謀反者討伐隊】といった軍にでも支援してもらえ! やり方なら白夜にでも教えてもらえ!”なんて言ったら、皇宮高官の機嫌を損ねたらしく、俺の嘘のニュースが飛び交ったんだよ。それからはお察しの通り、自らの女癖の悪さに首を絞められた。それで何? 偽証の有無も調べて彼女たちが嘘を吐いている様子はなかった上でどうしろと? 言っとくけど、相手はうちの皇宮高官と元老院議員らだよ。かなり前の話で取り合ってもらえないのがオチだよ。あいつら、皇族の俺でさえも陥れた奴等だからな」
開き直ったかのように一気に捲し立てる白蓮。そんな彼にバララ・ルルラルは言った。
「ああ。そいつらが今度はゴーシュを陥れ入れよとしていることもな」
「何だって……?」
白蓮が左方の眉を吊り上げる。
「ゴーシュを陥れようとしているのは、白蓮を陥れようとした各大陸の一部の皇宮高官と元ガゼル派と呼ばれる元老院議員、ファーブニルのオルム・ドレキだ」
「ファーブニルのオルム・ドレキもかよ……。それは初めて知ったよ」
「ああ。オイラもゴーシュの事件について、あらゆる観点から調査していた過程で、つい最近知ったばかりだ。どうやら、こいつらは他の事柄にも関与している」
「他の事柄……?」
「ああ。ゴーシュにしろ白蓮にしろ。メア・リメンター・バジリスクや赤羽綺羅の謀反の証言にも、似たような名がこれコピペかというくらい並んでいる」
「コピペって……うちの世界線にインターネットなんて皆無に近いのに良く知っているね」
「莫迦にするなよ! インターネットが盛んな人間界やらにも顔を出しているんだからな。それに必要な用語は心得ているんだからな」
「人間界とか行き来していたのなら、インターネットを扱ったりするから何となく覚えるのはわかるよ」
こう見えて人間界には慣れているからね俺も、と自虐的に笑う白蓮。
「まあ。そういうことだ。模写して張りつけたのかというくらいに顔触れは変わらない。他にもガゼルを筆頭に、メンバーが同じなのもあることから多く汚職に関わっているのだろう」
「だから【第六三四部隊】のメンバーを集めろってか。めんどいな……。凄く面倒なことを俺に持ち出してきたなおい」
白蓮はいつしか逃げるのを止めていた。恐らく嵌められていることを告げられた辺りから、彼はバララ・ルルラルから逃れようとしなくなっていった。バララ・ルルラルも逃れようとすることを止めた白蓮から引き止めるのを止めていた。
「ああ。そいつに関しては済まないな。オイラだけでは限界があるからな。なーに、全責任はオイラが取る。何故なら、オイラはこれから貴様ら二人見逃すのだからな」
バララ・ルルラルは二人に紙を渡した。メモ帳の用紙を切り取り、二つに折った紙である。開くと、殴り書きで元【第六三四部隊】メンバーの現在の所属先が書かれていた。
「六名のうち三名は居所がわかる。水波女蒼天は人間界の所属だ。メア・リメンター・バジリスクの身柄は、煌焔様が預かっている。美神光葉も同様だ。残念ながら赤羽綺羅は既に【創世敬団】側で居所は掴めない。あと、オイラからの彼等に特別任務の届け出を渡せば、彼等も無下には出来ないはずだ」
「なるほど。【第六三四部隊】を再結成したい気持ちはわかったよ。それで、バララ・ルルラルはボクらに何をさせたいんだい?」
ゴーシュが問うと、バララ・ルルラルは答える。
「なーに、簡単なことさ。仲間の無実の証拠を揉み消せないように、昔の盟友が集合して、ついでに並行宇宙を救うみたいなものを少し見たくなっただけさ」




