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第二章 三十一




 群れ為し夜を覆い尽くす蝙蝠のように、遥かな旅をする渡り鳥のように、〈錬成異空間〉の上空を埋めつくす亜人の大群が編隊を組むように大きくうねり出す。


 シルベットたちが構築した〈錬成異空間〉は、四聖市の住宅地区の半分以下ほどの広さだ。三千どころか、千もの大軍が大立ち回りを繰り広げられるほどの広さではない。ルイン・ラルゴルス・リユニオンが一部の空域を神域としているため、ただでさえ手狭な空間内部が窮屈さを増している。巨大な亜人が三千も押し寄せてくれば、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。とても三千もの大軍が一気には戦えず、少数の編隊を組んで少しずつ下に降りて戦うしかない。


 三千の【創世敬団ジェネシス】グラ陣営に対して【謀反者討伐隊トレトール・シャス】は、二十一名だ。その内に、シルベットとエクレールは神域内にいるため、神域外の大軍を相手には出来ない。必然的に大軍を相手にするのは聖獣たちを含めて十九名となる。


 神に等しき力を保有している聖獣がいるが、力を顕現させるには狭い空間内部では思うように立ち回れない。少数だった編隊をさらに少なくして、上空から襲いかかる【創世敬団ジェネシス】を撃破するしかない。


 【創世敬団ジェネシス】がまず様子見といった具合で、百もの編隊を組んで襲いかかる。それを迎え撃つのは、青龍──水波女蒼蓮だ。


 自分と同じ種族の名を持つ偃月刀──青龍偃月刀を舞いを踊るかのように振り回しながら、襲いかかる百もの大軍を薙ぎ払う。


 川のうねりのような空線軌道を描き、敵の攻撃を回避して、すれ違いざまに連撃を浴びせる。やや横一文字に近い袈裟斬りから左袈裟へ、あるいは逆袈裟から逆左袈裟へと、最大で四連撃を一息で繋げて、続けざまに、渦のごとく回転しながら次の横一文字斬りに一気に繋げていく。


 上空で、至るところに〈結界〉を作り、足場や踏み場にして小刻みに跳ねながら敵を攪乱させながら、間合いを詰めていくと、一気に敵の中心部に立つと近距離からの一閃を放つ。


 空中で、軸足を中心にして身体を回転させながら刀を振り、切先の慣性を加速させて、一網打尽にする。


 さらに上昇して、突進。敵に向かって左右に大きく蛇行しながら、すれ違いざまに一閃してから大きく回って戻り、先ほど一撃を食らった敵にもう一閃をすれ違いざまに与えていく。


 そのままの勢いをもって、上昇して、敵の中心部に入り込むと、間合いに入った敵を躯をひねりながら、撃破。そのまま、上下左右と回転して、あらゆるところから斬撃を放つ。


 人間界に住んで慣れ親しんでいるスティーツ・トレス、厳島葵といった第八百一部隊の面々と如月朱嶺からは、舞いというかダンス──ブレイキングダンスの動きに似ていると感じた。


 ブレイキングダンスを踊るように、【創世敬団ジェネシス】の第一陣を全て撃破した水波女蒼蓮は、疲れなど微塵も感じさせない爽やかな微笑みを浮かべて口にする。


「一人で踊っていたはつまらんぞ。投降するのなら武器を捨て手を上げろ。かかってくるのなら、俺が引き受けるから遠慮せずに来い。お望み通りに戦士として葬ってやる」




 水波女蒼蓮のブレイキングダンスのような戦い方を一瞥して、降臨した神──スサノオは感嘆の息を吐く。


「ほう。蒼蓮は素晴らしい舞いを踊るな。荒ぶる神としては、もう少し荒々しくとも良いと感じるが……まあ、良い。これでこちらに集中できるというものだ」


「こちらとしては、貴方みたいなイレギュラーな神が顕れたのか疑問なんだがな……」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは少し不愉快そう表情を歪めて言うと、スサノオはガハハと豪快に笑った。


「神界から使者が来ることは想定できたが、吾がわざわざ降りてくることは予想してなかったようだな。それは当たり前だ。本当ならば、使者が来る予定であったが、それを吾が立候補して変えたのだ。神ならば、吾が来る確率を見抜けルイン・ラルゴルス・リユニオン」


「ああ。そうだね。荒々しい神である貴方が降りてくる可能性を少しでも想定するべきだったよ……」


「反省ならば、帰った後に聞いてやる。抵抗せずに投降をするのをお薦めしょう」


「それは厭だね。進めた針は戻せない。もう始まっているんだ。もう止まらないよ。だいいちに、貴方はそうなることを望んではいないはずだ」


「ほう……」


 スサノオの目が刃のように細くなる。


「よくわかったな。仮にも神だからな。当たり前だと言える。そうだ、吾は貴様と一戦交えたいと思っている。久しぶりに人間界に降りてきたから、少しは観て回りたいというのもある。加えて、しばらく長居して、母のところにも顔を出したい。母は寂しがり屋だからな。人間界に来たら、一度顔を出さないと悲しむからな。だからといって、貴様を逃がして神として使命を疎かには出来ない。──ということだ」


「相変わらず、母が好きな神様だ」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンが皮肉を口にした。


 スサノオとルイン・ラルゴルス・リユニオンのやり取りを後ろで見ていたエクレールが首を傾げる。


「スサノオ、という神様はマザコンですの……」


 スサノオ本人がいる中で、マザコンと失礼極まり発言をしたエクレール。そんな彼女には一切の悪気はない。そして、別段はっきりした考えも深い意図もない、ただ単に知らないから聞いたという声音である。


 エクレールが発した声はそこまで大きい声ではなかったが、ふと口にした声はスサノオとルイン・ラルゴルス・リユニオンの耳に届き、意識を傾けるには充分だった。


「知らんのか?」


「知りませんわ」


「日本神話の神だぞ」


「解りませんわ」


 エクレールは答える。声音には、一切の深い意図もない。本当に知らないといった感じで紡がれている。


「わたくし、神話に興味はありませんのよ ハトラレ・アローラでの神話でも絵本で読んだくらいしか知りませんですし、大体のあらすじしか解りませんわ。にも拘わらず、日本神話が解ると思いまして」


 エクレールの言葉を聞いて、スサノオとルイン・ラルゴルス・リユニオンは納得した。エクレールは神に対して信仰心はない。自分の世界線──ハトラレ・アローラの神話も絵本に載っているような有名どころしか知らない彼女が他の世界線──人間界の日本に伝わる神話に詳しいとは思えない。


 スサノオのことを知らないことを含めた上で、彼とルイン・ラルゴルス・リユニオンの会話を聞いて見れば、そう感じてしまうのも仕方ないのかもしれない。納得した上で、スサノオは戦いに集中しょうとしたところで、再び声が耳に届く。


「私は知っているぞ」


 意気揚々と自信ありげなシルベットの声。再びスサノオは意識を少しだけ後ろに向けた。いろいろと問題があるシルベットのことである。エクレールに誤解を与えないためにも、ちゃんと自分の神話を語ってくれるのか。


「スサノオというのは、須佐之男尊という日本の神だ。神々の中では最も人間味にあふれ、駄々っ子のような言動でかえって人気を集めている神の一つだ。日本書記では、イザナギとイザナミの子として、古事記ではイザナギが禊を行った際に生まれた神なのだ。日本書記では海原を治めるように命じられたにも拘わらず、亡き母を慕って根の堅洲国に行きたいと泣き、暴れてしまう。イザナギはそんなスサノオを勘当して国を追い出すのだ。古事記では海原を治めるように命じられるところはほぼ同じだが、亡き母を一目会いたいと黄泉の国に行きたいと泣き、国を壊滅する寸前まで荒ぶってしまう。イザナギはそんなスサノオを勘当するという話だな。ちなみに、高天原で乱暴を働いて、とうとう姉のアマテラスによって追放されたり、様々な神話を残しているのだ」


 どうだ、と言わんばかりに豊かな胸を反らすシルベット。


「なんで、そんなことを知ってますのよ」


「父が日本から帰ってくる際に、お土産として買ってきた中に、日本書記と古事記、あと古代史があったのだ。それを擦りきれるまで読んでいたら覚えた」


「スラスラと出てくるのに、名前を覚えないんですのね……」


 エクレールは、深いため息を吐いた。


「知らん。私はよく興味があるものには熱中すると言われていたからな。ただ単に興味がなかったからではないか」


「もう少し他のことも興味を持ってくださいまし」


「シルベットよ」


 ひと通り話が落ち着いたところで、シルベットはスサノオは少しだけ振り返ると言った。


「吾の説明を代わりにしてくれて感謝する。大体のところは合っているぞ」


「うむ。何度も読み返したからな、自信はあったぞ」


「強いて言うなれば、高天原では乱暴を働いて、姉上によって追放されたり辺りで終わられては、吾がまるで暴れ者で、母上に思慕し過ぎるので終わってしまうではないか。せめて、八岐大蛇に苦しめられていた人々を見過ごしてはおけず、知恵を絞って戦いを挑み、見事に退治するところまで話してもらいたかった」


「おおっ! 八岐大蛇伝説か、一番有名で熱い展開の話しだな」


 八岐大蛇と聞いて思い出し、興奮したようで話し出すシルベット。


「八岐大蛇を退治して以降は英雄となり、根の堅洲国の支配者に相応しい存在に成長したり、八岐大蛇の生け贄であったクシナダヒメと結ばれたりときっかけとなる話だな」


「そうだそうだ。わかっていたのなら良い。次からはそこまで話すのだ」


「わかった」


 スサノオはその言葉を聞いたら、ルイン・ラルゴルス・リユニオンに向き直る。


「では、後ろの者がひと通りの吾がわかったところで、吾の強さを直に見せなければなくなった。手加減は無しで始めるとしょうか」


「女性の前でやる気が溢れているなスサノオ様」


「吾を知らない者に、情けない姿は見せられない。時がいくら経とうと、英雄は英雄であることを見せつけよう」


 スサノオの躯全身に濃厚な剣気と神力が溢れ、神域内部どころか外部まで席巻し、シルベットとエクレールたちは思わず息を呑む。


 心臓の音が、いやに大きく感じる緊張感が漂い、戦場は短い間ながらも長く感じる静寂に包まれる。


 刀剣を顔の前方で構えると、荒ぶる海原のようなマナが刀身に宿り、日本古代の神は消えた。いや、消えたのではない。亜人の動体視力でも捉えない速度をもって、ルイン・ラルゴルス・リユニオンに肉薄したのだ。シルベットとエクレールが気付いた頃には、スサノオはルイン・ラルゴルス・リユニオンと斬り結んでいた。


「流石は英雄に名高いスサノオだ。攻撃力がずば抜けている……」


「褒められても手加減はせぬぞ」


 荒々しいが清かな光を放つスサノオに防具といったものは存在しない。弥生時代で人間たちが着用していた貫頭衣と袈裟衣を重ね着ているだけでの軽装だ。


「そんな裸当然の姿で私に勝てるとでも?」


「裸ではない。それに、これは妻が拵えてくれた吾のお気に入りだが、何か文句でも?」


「愛妻家面しているね」


「面ではない」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンとスサノオは、斬り結ぶ速度を落とさずに会話をする。


 目にも止まらない神速で行われる戦いに、割って入ろうとする愚か者は──


「何か知らんが応援に行っていいか?」


 いた。


 シルベットが折れた天羽々斬を持って、そうエクレールに問いかけた。


「銀ピカ──あなたは、本当にお莫迦なんですのね……」


「莫迦とは何だ……?」


「莫迦ですから莫迦と言っただけですわよ……。あなたは、男同士の戦い──神の一騎討ちに女は首を突っ込む気ですの?」


「うぬぬ……」


 シルベットはエクレールに言われて気づき、低く唸った。


「あと、あの日本の神と神モドキの戦いを見てください」


「もう充分に見たぞ」


「でしたら、それを目で追ってくださいまし」


「さっきから追っているぞ」


「それは追いついてまして?」


「ああ。追いついているぞ」


「……」


 シルベットの言葉にエクレールは絶句した。あの神速同士の戦いに追いついている。そんなわけはないと、言葉を振り絞る。


「……あなた、あれに追いついてますの?」


「追いついているが……」


「ホントですの?」


「本当だ」


「ホント?」


「本当だ……。今日の金ピカは、しつこくって疑い深いな……。スサノオと神モドキの戦いなら目で追えているぞ。それがどうかしたか?」


 さっきと同じく、エクレールに疑われて、うんざりした顔で言ったシルベット。彼女の様子を疑い深く見据えたエクレールは密かに魔術を行使して、虚偽ではないかを再び調べて、それが本当であるとわかった。


「わかりましたわ……。ホントに追いついていますのね」


「そうだ。最初こそを捉えられなかったが、目が慣れてきてな。今は追える」


「そうですか……。だからといって、あなたを行かないでくださいまし」


「だとすると、私は何をすればいいんだ?」


「応援でもしてくださいまし。わたくしは、上にいる【創世敬団ジェネシス】の大軍に向かいますわ」


 エクレールは大軍に向けて、上昇すると、シルベットが何かに気付く。


「金ピカ、ちょっと待たぁ!」


「今度は何です──ひゃあッ!?」


 シルベットの言葉に振りざまに答えようとすると、エクレールは何か壁にでも当たるように空中で弾かれた。


「……な、なん……、何ですの!?」


 左側の頭部と肩を強打し、顔を顰めるエクレールは、今し方何かにぶつかった方を見る。そこには、何もない。虚空だけが広がっていた。


 では自分は何にぶつかったのか。恐る恐ると、自分が何かぶつかった方に手を伸ばすと、そこには、確かにそこには見えない壁みたいなものが存在していた。壁というよりは、ちょっと柔らかいようで堅い。弾力があって、それなりの速度が出ていたら、痛さを感じるには充分な何かが。


「〈結界〉……? にしては、少し違いますわね。魔力や霊力を要した〈結界〉ならば、見えないはずはないですから。それならば────」


 エクレールは魔力や霊力ではない可能性がある力を知っている。この〈錬成異空間〉内に置いて、それを行使できるものは限られていた。


「神力の〈結界〉ですわね……。だとすれば、行使した者は限られますわ」


「神力とは何だ?」


「神力は、主に神と聖獣たちにしか扱えない力ですわ。上級種族であるわたくしたちにも、扱える可能性がありますが、一定数のレベルでなければ、上手く扱えない難易度が高い力といえますわ」


「そうなのか」


「こんなの学舎で習いますわよ──って、あなたは通っていませんでしたから知りませんわね……」


「ああ。知らん。屋敷では魔術よりは武術を主にやっていたからな」


「そんなんでよく巣立ちしましたわね……この場合は、巣立ちを赦した方が悪いんでしょうけど……」


 エクレールは一段落したら、ドレイクや【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の本部にでもシルベットに魔術の分野について学ばせる、と手配でもするかと決めて話を戻す。


「大体、この空間内部に神力を扱える者は限られていますわ。わたくしたちを此処に閉じ込めて得する人物を考えたら、かなり絞られます」


「ほう。だとしたら、アレか?」


 シルベットは少し下の空域で、神戦を繰り広げている二人を見る。


「そうですわ。アレですわ」


 エクレールは、シルベットの見た方を一瞥して頷く。


「神モドキか……」


「神モドキですわ……」


「思い返せば、少しだけ何となく此処で行使したのではないか、という仕草は一ヶ所だけあったな」


「ありましたわね。それを不自然だと、感じなかったのは、剣を同時に召喚していたため、そっちだと思い込んでしまいましたから」


「そうだな。神モドキは、私らに一瞬でも追い詰められ、思わずといった体で剣を召喚していた。その召喚していた際に、少しばかり術式を行使する仕草があったのだが、その時は何も起こらなかったために気にも止めなかった」


「神力で行使された〈結界〉は、亜人でさえも見えませんし、よく目を凝らせたり、先のように物理的な接触があれば、気づけたかもしれません」


「スサノオは日本神話では、アマテラス、ツクヨミと並ぶ三貴子で最上級の神だ。神モドキの態度から察するにスサノウよりも下に神と考えれば、ルイン・ラルゴルス・リユニオンといった神モドキの〈結界〉に拒まれることはない」


「そうやって、気づかない内に、神域に閉じ込められてしまったのですわね……」


「そうだな……」


 シルベットとエクレールは大きなため息を吐いた。


 スサノオとルイン・ラルゴルス・リユニオンの神同士の戦いには、下手に手を出せば、スサノオの足を引っ張ってしまうだろう。〈結界〉から通り抜けなければ、【創世敬団ジェネシス】の三千という大軍を相手にするドレイク、蓮歌、如月朱嶺たち【謀反者討伐隊トレトール・シャス】と聖獣たちの応援にも行けない。


 だからといって、黙って傍観するほど、大人しくは出来ない二人は、神域の内部と外部を様子を窺いながら、何か思いついた。


「銀ピカ……」


「何だ金ピカ……」


「少し手伝ってくださりますか?」


 そう言って、エクレールは悪戯を思いついた子供のような微笑みを浮かべた。彼女の問いに、シルベットは答える。


「面白いことがあれば、聞いてやってもいいぞ」





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