解決編
「だから刑事さん、僕は騙されたんですよ!」
取調室の中で、ビルは喚き散らした。
「僕が計画したんじゃないんです、ヘンリーって奴が……アイツに誘われて……」
暗い部屋の中で、ビルは苛立っていた。騙されたのだ。一杯食わされた。そう思っていた。真の計画は、こうだったのだ。まずヘンリーが先に郵便局に入り、カメラを回収、それから老婆を射殺する。その後、何食わぬ顔でビルの元に戻り、車を使って金とともに逃走。事前に警察を呼んで起き、のこのこと郵便局にやって来たビルだけに罪を着せる。彼はスケープ・ゴートに使われたのだった。これは明らかに冤罪だ。
「アイツを逮捕してください! 僕はやってない、硝煙反応とかあるでしょう? 調べれば分かるはずだ」
ドラマや小説で聞きかじった言葉で、ビルは目の前のベテラン刑事に食ってかかった。だが硝煙反応は日常生活品、マッチなどでも”陽性反応”が出るので、中々判定が難しい。ましてや彼はリボルバーを手に、現行犯逮捕されたのだ。状況は非常に悪かった。
「僕は撃ってない、アイツだ、ヘンリーが真犯人なんだ。刑事さん、信じてください」
「往生際の悪い奴だな」
「本当なんです、ウェブの通話記録とか……」
「調べたよ」
「え?」
「お前の言う、そのご友人のヘンリーなんだがな……」
ブラウンのスーツに身を包んだベテラン刑事が、顔に刻まれたシワを嬉しそうに歪ませた。
「そいつはもう死んでる」
「は……?」
ヘンリーは目を見開いた。死んでる……? ヘンリーが?
「そんな奴はとっくの昔に死んでるんだ。3年前、刑務所でな。記録も残ってる」
「そんな……そんなバカな」
有り得ない。
「じゃあ僕が計画を持ちかけられたのは、誰だったんです?」
「お前のでまかせ、罪を逃れたいがためのでっち上げじゃないのか」
「違います! ちゃんと調べてくれ、ネットカフェの場所も覚えてる、時間だって……」
「いい加減にしろ。潔く認めた方が、こっちの印象も良くなるってもんだぞ」
「僕は彼と喋った! あのリボルバーだって、彼が用意したものなんです」
ドン、と机を拳で叩く音がした。ベテラン刑事が、ビルをひと睨みした。
「あのリボルバーは、数日前、この警察署から盗まれたものだ。数年前死んだヘンリーが、どうやって拳銃を盗み出す? お前しかおらんだろうが!」
「僕は……」
「まぁ……しかしだ。見方を変えると……」
老刑事が、顎を撫でた。
「こうは考えられんかね? お前が計画を持ちかけられたと言うその男は、そもそもヘンリーなんかじゃなかった」
「え?」
ビルは戸惑った。
「何らかの理由で、その男……犯人は君とヘンリーの関係を知っていた。それで整形などでヘンリーに化け、君に近づいた」
「ヘンリーじゃなかった……?」
「だってお前、彼と会うのは5年ぶりだったんだろう? 顔の形を多少似せて、声を変え、本物のヘンリーから聞き出した思い出話なんかを聞かせりゃ、騙されたっておかしくない」
ビルは絶句した。
「一体何のために?」
「目的は金じゃなく、老婆を殺すことだったんだろう。大体あそこの郵便局は、すでに3年前に閉鎖してるんだよ」
「何だって……!?」
ビルは驚いた。てっきり昔のまま、郵便局をやっているものだと思っていた。
「郵便局は駅前に移転になってな。跡地には元局長の妻の老婆が、ひとりで住んでいた。知らなかったか?」
知らなかった。今思い返すと、確かに内装の作りは郵便局そのままだったが、ポスターが剥がされていたり、所々妙な違和感があった。郵便局ですらなかった……?
「騙されたな、ビル」
ブラウンスーツが唸った。
「おそらく真犯人は、その老婆と何らかのトラブルを起こし、殺す計画を立てていた。そこでお前が目をつけられたんだ。犯人は死んだヘンリーから、お前のことを聞かされていた。警察からリボルバーを盗み、偽の強盗計画を立て、お前を踊らせて罪を被せた……」
「そんな……」
ビルは天を仰いだ。
「捕まりますか? その真犯人は?」
彼は泣き出しそうになりながら尋ねた。
「難しいかも知らんな。もうきっと整形も済ませた後だろう。真犯人の声や顔を見れば、アンタは分かるか?」
「分かる……分かると思います」
ビルは不安げに頷いた。
「そうか。じゃあ良かった」
老刑事は黄色い歯を見せ、ニヤリと嗤った。
「一応そのセンで調べて見よう。だが、あまり期待はするな。美味い話なんて、ほぼほぼ無いんだからな……」
「あぁ……ありがとうございます。ありがとうございます」
ビルは目の前の刑事に感謝した。ヨボヨボの、歳も近い老人だったが、ビルには彼が急に救いの神に思えてきた。
「だが今の話、決して他の刑事には言いふらすなよ?」
「え? どうしてですか?」
「よく考えろ。警察署からリボルバーが盗まれているんだ。そんな芸当、誰にだってできるもんじゃない。真犯人は警察関係者かも知れん」
「あっ……そうか」
「この話がサツの間で広まってみろ。証拠隠滅されないとも限らんぞ」
「そうですね。確かにその通りだ」
ビルは真剣な表情で頷いた。
「第一、これ以上死んだはずのヘンリーがどうのこうのなんて喚いてちゃ、心神喪失の精神鑑定を狙ってると思われて、逆に立場が悪くなるぞ」
「はい……そうですね」
「いいか、黙ってろよ。また事件に何か動きがあれば、こちらから指示を出す」
「ありがとうございます、本当に何もかも……」
ビルは目に涙を浮かべた。感謝してもしきれない。一時はどうなることかと思ったが、この優しい刑事のおかげで、どうやら首の皮一枚繋がったようだ。
「全部、貴方のおかげです」
「心配すんな。大船に乗った気でいろ。じゃあ、それまでは……」
刑事は立ち上がり、右手を差し出した。ビルはその救いの手を、しっかりと握り締めた。
「刑務所でごゆっくり」