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(8)

 フィシオの話と彼の従妹の言動がどうにも繋がらないルーディアは、フィシオに問いかける。

「ですが、わたくしのことをお嫌いでないのなら、お連れしてもよかったのでは? フィシオ様の従妹ですもの、ご紹介いただけましたら問題はなかったはずですわ。もしや、今年もわたくしの誕生日に合わせて、領地から王都にいらっしゃったのでしょうか?」

 ルーディアナに対し、フィシオは力なく頷き返す。

「ああ、そうなんだ。アイツが大人しく引き下がるはずがないと分かっていたから、優秀な見張り役を付けていたんだよ。それで、その見張り役から連絡があってさ。去年は俺に連絡を入れたことで追い返されたから、今年はなにも知らせずにやって来た。いったい、どうやって家族の目をかいくぐってきたんだ?」

 やれやれと言わんばかりにため息を吐く彼に、ルーディアナは申し出た。

「わざわざ来ていただいたのなら、やはりご招待いたしましょうか?」

 その提案に、フィシオはフルリと首を横に振る。

「ルーは、アイツの熱狂ぶりを知らないから、そんなことが言えるんだ。俺は騒がしいアイツのせいで、ルーが俺との結婚を嫌がるかもしれないと、ずっと、ずっと不安だったんだ」

 ここまで心配するとは、フィシオの従妹は、いったいどのような人物なのだろうか。

 とはいえ、自分に敵意を抱いているわけではないと聞かされたこともあり、まともに顔を会わせていない相手を勝手な判断で遠ざけてしまうのは違うのではないかと、ルーディアナは思った。 

 ルーディアナは落ち着いた声で話しかける。

「わたくしがフィシオ様と婚姻を結べば、その方とも親戚になりますわ。いずれお会いするのも、今日お会いするのも、大した違いはないはないかと」

「俺としては、婚姻の手続きを終え、正式にルーと夫婦になってから合わせるつもりだったんだ。許嫁と違って、夫婦は簡単に解消できないから。……だが、これ以上先延ばしにすると、確実にアイツは暴走する。下手したら、今日の祝いの席に乗り込んでくるかもしれない」

 沈んだ表情のフィシオに、ルーディアナは優しく声をかける。

「事前にお届けした招待状を持たない方は、門番が引き留めますわ。ですから、いきなり会場に乗り込まれるようなことはないかと」

 フィシオを励ますつもりの言葉だったが、彼の沈んだ表情は変わらない。

「それだから、アイツは正面から入るのではなく、屋敷の塀を乗り越えるに決まっている」

 舞踏会の時も、先ほど遠目で見た時も、そのようなことをする女性には見えなかった。

 しかし、フィシオが嘘をつかないことは、ルーディアナも十分に承知している。

「ま、まぁ、それは……、困りますわね……」

 ルーディアナは形のいい眉を僅かに下げた。 

 伯爵家の敷地内に、そのような手段で乗りこまれることがあっては、祝いの席を中断することになるかもしれない。

 ルーディアナ自身はそれほど気にはしないが、この日のためにあれこれと準備をしてくれた家族や屋敷の者たち、また、わざわざ足を運んでくれた客たちを考えると、ぜひとも中断は避けたかった。

 彼女の言葉に、フィシオがガクリと肩を落とす。

「少々どころじゃない。あんなじゃじゃ馬が俺の身内だと知られたら、ルーの家族に俺たちの仲を裂かれてしまうかもしれない。由緒正しき伯爵家の壁をよじ登って侵入したのが、俺の従妹だなんて……」

「でしたら、なおのこと、きちんとご招待いたしませんと。のちほど、馬車を手配いたしますわね」

 少し考えたのち、フィシオは頷く。

「ありがとう」

 彼は大きなため息を吐いた後、ふいに顔を上げる。

 そして、ルーディアナの肩をやんわりと掴んだ。

「ルー。これからアイツに会うわけだが、間違いなく驚かせることになる。覚悟をしておいてほしい」

 鬼気迫るといった表情に、彼女は小さく息を呑む。


――わたくしに敵意を抱いていないのなら、きっと仲よくなれるはずだわ。


 そう自分に言い聞かせるものの、フィシオがこれほど必死になって面会を避けていた相手だと考えると、のん気に構えてもいられないかもしれない。


――とても快活な女性のようだけど、野生の獣のように暴れることはないでしょうし。お話も、通じるでしょうし。


 戸惑うあまり、ルーディアナはやや失礼なことを考えてしまう。

「わ、分かりましたわ」

 ルーディアナは、緊張気味に頷き返した。




 馬車を降りたフィシオとルーディアナは、連れ立ってふたたび宿屋へと入っていく。

 先ほどと少し様子が違うのは、ルーディアナの右手がフィシオの左手に繋がれていることだ。

 久しぶりに感じるぬくもりに、ルーディアナの心臓がドキドキと忙しない音を立てている。


――ただ手を繋いでいるだけなのに、胸が苦しいわ。


 それだけ彼のことが好きなのだと、ルーディアナは改めて実感した。

 その想いを噛み締めつつ受付の脇までやってくると、クルリと向きを変えたフィシオが彼女に話しかける。

「今から、アイツを呼んでくる」

 ルーディアナは言葉もなく頷いた。

 そんな彼女に微笑みかけてから、フィシオはすぐ近くに控えている護衛に真剣な表情で声を掛ける。

「ルーの身の安全が第一です。なにがあっても、ルーを守り通してください。俺の従妹は山猿並みにすばしっこいので、どうか油断されませんように」

 とんでもないことを言い残し、フィシオは階段を昇っていった。


 ルーディアナも護衛も緊張気味な表情を浮かべ、静かに待っている。

 やがて、二人の耳に若い女性の高い声が飛び込んできた。

「ええっ、本当!? ルーディアナ様が、私に会ってくれるの!?」

 続いて、フィシオの怒鳴り声も飛び込んでくる。

「いいか! 絶対に、大人しくしているんだぞ! 先走った言動をしようものなら、領地に叩き帰すからな! って、こら! 待て!」

 彼の声の後、すぐさまダダダダッと階段を駆け下りる足音が辺りに響いた。

 次に、先ほど目にした小柄で可愛らしい女性が、興奮に顔を赤らめ、息を切らして現れた。

「ルーディアナ様!」

 その女性はルーディアナの姿を目にして、全身を感動で震わせている。


――とても、快活な方なのね。


 呼びかけられた声の大きさに驚いたものの、この程度ならたいしたことはない。

 ところが、ルーディアナの予想は甘かった。

 目を潤ませた彼女は、こちらに突進してきたのだ。

 話に聞いたことのある野生のイノシシのようだと、ルーディアナは失礼にも思ってしまった。


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