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――そう言えば、とても可愛らしい方に声を掛けたような……。


 実際には声を掛けたのではなく、小柄な女性に数人の令嬢が棘のある言葉を投げかけていたところを目にして、思わず割って入ってしまったというものだ。

 その女性のドレスは淡い桃色で、全体的にフワフワとした仕上がりになっていて、とても可愛らしいものだった。

 ところが、彼女の首元を飾るのは、少々古めかしいネックレス。ドレスとちぐはぐで、悪目立ちしていた。

 そのことで、意地の悪い令嬢たちが、「みすぼらしい」、「目障り」、「ここにいるのは場違いだ」などという言葉を、次々にその女性へと向けていたのだ。

 王族主催の舞踏会に参加する資格は、貴族位を持ち、十三歳以上であることだけ。

 衣装やアクセサリーの豪華さは、資格に含まれない。

 だが、一部の貴族は無駄に気位が高く、選民意識を抱きがちである。

 庶民に対してはもちろん、貴族であっても、最下家格の男爵を見下すというのは、よくあることだった。

 ルーディアナは選民意識を持つことがいかに愚かなのかと、幼いころから祖父に教え込まれていたこともあり、また、正義感の強い彼女は、思わず彼女をかばう行動に出たのだ。

 王族が招待するほどの美貌を持ち、『アルンファルド王国の正義』とまで言われている祖父を持つルーディアナに口答えする者はおらず、令嬢たちは青ざめた顔ですごすごと引き下がっていったのだった。

 その場に残った彼女に話を聞くと、そのネックレスは亡くなった母親の形見で、舞踏会に初めて参加する自分を勇気付けるためのお守りとして、身に着けてきたとのことだった。

 彼女はルーディアナにとても感謝し、何度も何度も礼を述べていた。

 いくつか言葉を交わした後、その彼女は去っていき、入れ替わるようにして、場を離れていたフィシオが戻ってきたのである。 


 舞踏会の時とは髪型も服装も違うので雰囲気がまるで変っていたが、たしかに自分が助けたのはあの女性だったと、ようやくルーディアナは思い至った。

「あの可愛らしい方が、フィシオ様の従妹でしたのね」

 彼女の言葉に、フィシオは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「俺からしたら、アイツは可愛いどころか、じゃじゃ馬にしか思えないな。見た目は悪くないかもしれないが、あの無鉄砲な性格に振り回されている俺としてはねぇ」

 貴族令嬢たちに囲まれて泣きそうになっていた女性からは想像つかないフィシオの言葉だ。

 いや、今はあの晩のことを振り返っている場合ではない。

 ルーディアナは小さく頭を下げる。

「わたくし、顔をよく覚えていなくて……。大変失礼いたしました」

 すると、フィシオが少し目を大きくした。

「記憶力のいいルーにしては珍しいね」

 その指摘に、ルーディアナの頬にはサッと赤みが走る。

「そ、それは……、エスコートしてくださったフィシオ様のお姿があまりにも素敵で、わたくし、舞踏会の間はずっと、心ここにあらずといったものでしたから……」

 彼は貴族ではないけれど、背が高い上に手足が長く、また適度に体の厚みがあることで、正装がよく似合っていた。

 しかも、普段以上に自分を紳士的な態度で扱ってくれる彼に、ルーディアナは終始、視線も心も奪われていたのだ。

 ちなみに、貴族位を持たないフィシオが王城主催の舞踏会に参加できたのは、ルーディアナの許嫁という立場があったからである。

 思いがけない告白に、フィシオの頬にもうっすらと赤みが差す。

「ずいぶんと嬉しいことを言ってくれるね」

「本当のことですもの……」

「ルーは可愛すぎるよ」

 彼女の髪を優しく撫でたフィシオは、その手を柔らかな丸みを描く頬に添えた。

 次いで、穏やかでありながら真剣な目でルーディアナを見つめる。

「誤解は解けた? 婚約解消だなんて、もう言わない?」

 深緑色の瞳が、鮮やかな青を持つ瞳を見つめ返す。

「はい、二度と申しません。わたくしの好きな方は、これまでも、これからもフィシオ様ですもの」

 品のある凛とした声がフィシオの鼓膜を震わせると、彼の心臓も熱く震わせた。

「俺も、ルーだけが好きだよ。ルー以上に好きになれる人なんて、絶対にいない」

 こじれ続けた二人の関係がようやく元に戻り、しばらくの間、お互い見つめ合っていた。


 フィシオとしては、すれ違っていた時間を埋めるために二人きりで過ごしたいものだが、ルーディアナの誕生会開催の時間が迫っている。

 それに、従妹の件もルーディアナに詳しく説明する必要があった。

「ルーにお願いがあるんだけど……」

「はい、なんなりとおっしゃってくださいませ」

 改めて想いを確認できたことで、ルーディアナの表情にはすっかり落ち着きが戻っていた。

 そんな彼女に、フィシオは「従妹に会ってほしい」と告げる。

 ルーディアナはすぐさま表情を明るくした。

「ええ、ええ、もちろんですわ。わたくしのほうこそ、お会いしたいですもの」

 かつて兄妹のように育ったという彼の従妹からは、きっと自分の知らない話を聞き出せるだろう。

 ルーディアナの前では常に穏やかで優しいフィシオの意外な一面を聞くことができるかもしれないと、彼女は期待に胸を弾ませる。

 しかし、そんな彼女とは反対に、フィシオの顔は曇っていた。

「……たぶん、いや、絶対に驚くと思う。アイツがなにをしでかすのか、考えるだけで胃が痛いよ」

 彼の言葉に、ルーディアナの瞳が僅かに揺れる。


 あの晩、仲裁に入った時には感謝されたものの、それは表面上のことで、実は余計なことをしてしまったのではないだろうか。

 男爵家だからと見下された彼女を伯爵家の自分が助けたことに、かえって矜持を傷付けられたと、心の底では恨んでいるということだろうか。

 よかれと思って取った行動が、彼女にとっては余計なお世話だったということだろうか。


「それは……、わたくしのことが嫌いということでしょうか?」

 オズオズと問いかけるルーディアナに、フィシオが首を横に振って見せた。

「その反対。むしろ、ルーのことが好きすぎて、俺は大変な目に遭っているんだよ。せめて一目会わせろって、大騒ぎで……」

 フィシオは魂が抜けてしまうのではないかと思えるくらい、深く長いため息を吐いた。

 ルーディアナには、いまいち彼の言葉が理解できない。


――私とフィシオ様のことを反対されているのではないのよね? それなら、なにを悩んでいらっしゃるのかしら。


 考えても答えに辿り着けそうにないと踏んだルーディアナは、素直に問いかけることにした。

「と、おっしゃいますと?」

「舞踏会で助けてもらって以来、ルーの熱狂的な信者なんだよ。俺がルーの許嫁だと知ってから、会わせろってうるさくてな。俺とアイツの家族総出でなんとか言いくるめて大人しくさせていたんだけど、去年のルーの誕生日、王都に乗り込んできたんだ。ぜひ、お祝いの言葉を伝えたいから、と。前日の朝にアイツから連絡をもらって、それで、丸一日かけて説得して、なんとか追い返した」

「では、遅刻の理由は……」

 呟くルーディアナに、フィシオは苦笑を向ける。

「そうだよ」

 その返事に、ルーディアナはソッと首を傾げた。 







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