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(4)

 やがて、馬車が止まった。

 先に降りた護衛の手を借りて、ルーディアナは馬車から降りる。


――いよいよだわ。


 ゴクリと息を呑み、ルーディアナは宿屋に足を踏み入れた。

 ところが、そこで彼女は困り果てる。

 どのようにフィシオに話を切り出したらいいのだろうか。

 それよりも、どのように彼を呼び出したらいいのだろうか。

 勢いでここまで来てしまったけれど、深く考えていなかったのだ。

 自分の愚かさに恥ずかしくなっていると、階段を降りてくる騒がしい足音が聞こえてきた。

 同時に、なにやら話し声も。

 視線を向けた先に現れたのは、別れを告げるために会いに来たフィシオと、ルーディアナと同じくらいの歳と思われる女性だった。


 二人は呆然と立ち尽くすルーディアナに気付くことなく、大きな声で話を続ける。

「私、もう、苦しくて仕方がないの。この気持ちは抑えられないわ」

 胸に手を当てて切ない表情を浮かべる女性はとても可愛らしく、守ってあげたいと思える儚さがあった。


――わたくしとは違うわ。


 伯爵家の者として恥ずかしい生き方をするなと、幼い頃から事あるごとに祖父や父から言われてきた。

 だから彼女は女性らしさを忘れずにいながらも、周囲に甘えて依存することはあってはならないと思っていた。

 そのようなルーディアナを『可愛げがない』と、同じ年頃の男子たちによく言われていたものだ。

 

――あの方は、私にはない魅力があるわ。だから、フィシオ様が心を移されたのね。


 女性の姿を眺めながら、ルーディアナは声を出さずに呟く。

 そんな彼女の視線の先では、フィシオが苦しそうに眉根を寄せていた。

「そんなことを言われても困ると、何度も説明しただろう」

 いつになく低い声で告げた彼に、愛らしい女性がグッと詰め寄った。

「そう言われても、湧き上がる気持ちは自分でもどうしようもないもの。私、もう待てないわ。お願い、我慢の限界なの」

 今にも泣きそうな潤んだ瞳で、その女性がフィシオを見上げる。

 すると、彼はさらに苦し気な表情を浮かべた。

「だが、今は時期ではないんだ。大人しく、待っていてくれ」

 それを聞いて、女性はキッとまなじりをつり上げる。

「そんなことを言って、また先延ばしにするつもりね。……だったら、いいわ。私がルーディアナ様のところに乗り込むから」

 その言葉を聞いたフィシオが、慌てて彼女の肩を掴む。

「いや、それは駄目だ!」

「だって、もう待てないもの! 大丈夫よ、きちんとお話すれば、ルーディアナ様は分かってくださるわ! 聡明なあの方は、私のことを認めてくださるはずよ!」

 強い口調で、彼女はフィシオに言い放つ。

 これまでの話を聞いて、ルーディアナはなんとなく状況が理解できた。

 去年、ルーディアナの誕生日の祝いの席に遅刻してまでも会いに行ったのは、この女性なのだろう。

 そして、彼女も本気でフィシオが好きなのだ。

 だから、自分たちの仲を、許嫁であるルーディアナに認めさせたいのだろう。

 とはいえ、伯爵家に恩があるフィシオは自分から切り出すことができず、一年近く悩み続けてきたのかもしれない。


――想いが通じ合っている二人を邪魔するなんて、伯爵令嬢として狭量すぎるわ。


 あの女性には、ルーディアナよりも自分のほうがフィシオを幸せにできるという自信があるのだ。

 見事なまでに堂々と胸を張って意思を主張する彼女に、ルーディアナは敵わないと悟った。


――やはり、ここにきてよかったわ。


 ルーディアナは静かに息を吐き、ひっそりと笑みを浮かべる。

 このように二人の姿を目にしたのは、天の思し召しかもしれない。

 身勝手な片想いで、彼を縛り付けるな、と。

 祖父同士が決めた許婚を解消し、彼を自由にしてやるべきだ、と。


――ええ、そうよね。そういうこと、なのよね。


 ルーディアナは目の奥が熱くなるのを感じたが、深呼吸を繰り返すことでどうにか涙を収めた。




 やがて、フィシオはその女性を二階へと強引に連れて行った。

 少しして階段を降りてきた彼に、ルーディアナが静かに歩み寄る。

「フィシオ様」

 呼びかけると、彼は大きく目を見開いて固まった。

「……ルー?」

 驚きに満ちた彼に、ルーディアナがソッと微笑みかける。

「お話がございます」

 思っていたよりも普通に声が出たことに、彼女は内心安堵した。

 もっと取り乱すかもしれないと考えていたのだが、意外と冷静でいられる。

 あのように想い合う二人の姿を目にしてしまっては、自分の出る幕はないのだと、早々に悟ったのだ。

「え、ええと、話とは……」

 動揺を隠せないでいるフィシオに、「表に馬車を停めてありますの。そちらで、お話いたしますわ」と、ルーディアナが声を掛ける。

 彼女は護衛を連れて、宿の入口へと向かう。

 その後ろを、フィシオは恐る恐るといった様子でついていった。





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