プロローグ
西方大陸の中央に位置するアルンファルド王国。
国境付近では他国との小競り合いが時折起こるものの、国内は至って平和だ。
賢く、愛情深い王によって、治世は長く保たれている。
その王都にある伯爵家の屋敷で、十歳の少年と七歳の少女が初めて顔を合わせていた。
「さぁ、挨拶を」
「これからは仲よくするんだぞ」
少年の祖父は手広い事業によって、巨財を成した大商人だ。
爵位こそないものの、その財力と影響力は並みの貴族以上である。
一方、少女の祖父は伯爵であり、冷静さと聡明さを併せ持つことで、宰相の任を長く務めていた。彼を知らない者は、この王国にいないだろう。
そんな二人は家格も職業もまったく違うものの、偶然の出会いで意気投合してから、もう四十年の付き合いがある。
身分に捕らわれず親交を深める二人は、いつしか『お互いの子供を結婚させよう』という話をしていた。
しかしながら、彼らの子供は皆、男の子で、その夢は叶わなかったのだ。
そして、時がさらに流れ、商人の息子夫婦には男の子が、伯爵の息子夫婦には女の子が生まれたのである。
二人はかつて交わした約束を思い出し、いずれは孫たちを結婚させようということで、本日、顔合わせの運びとなった。
とはいえ、結婚は二人の意思も大事であり、無理を強いるつもりはない。
できることなら結婚を。
それが難しいのであるなら、自分達のように、生涯にわたる友人関係を築いてほしかったのである。
この国では、男女ともに十六歳になると、仮の成人として認められる。
飲酒、喫煙、そして結婚が許されるのである。
とはいえ、十八歳未満の結婚においては、親族の許可が必要となっている。
そんな中、年齢制限を特に設けていないのは、許婚制度だった。
互いの家が了承するのなら、『許婚』として将来の婚姻関係が一応は約束される。
その関係は一見曖昧ではあるが、互いの家、互いの子供を結びつけるにはそれなりの効力があった。
宰相である祖父によく似た賢そうな目をした少女、イーファーソン伯爵家のルーディアナは、少年を前にして緊張を隠せずにいた。
普段は四つ年上の兄に物怖じすることなく言い返している彼女だが、今日は借りてきた猫のように大人しくしている。
それというのも、目の前の少年が非常に好ましい容姿と穏やかな雰囲気を持っていたからだ。
晴れた空のように鮮やかな青い瞳はとても綺麗で、思わず釘付けになってしまうほど。
やや垂れた目尻は優しげな印象を与え、安心感を覚える。
髪と同色の眉は、十歳の子供にして既に十分な凛々しさを持っていた。
ルーディアナの周りには「好きな女の子をいじめたい男の子」が多かったため、すでに大人びた雰囲気を持つ少年を前にして、早くも胸をときめかせていたのである。
また、大商人ジャブルの孫、フィシオも、普段の快活さはどこへやら、ルーディアナ同様に緊張していた。
満月の光を思わせる淡い色の金髪を持ち、大樹が茂る森のように深い緑の瞳を持つ少女は、自分より三歳下とは思えないほど顔立ちが大人びていて、なおかつ整っている。
愛らしい鼻は絶妙な位置に収まっていて、その下にある唇はみずみずしい桜桃のような愛らしさがあった。
将来、どれほどの美女になるのか、想像に難くない。
見つめ合ったままモジモジと恥ずかしそうにしている二人の様子に、祖父たちはホッと安堵の息を零す。
「まずまずじゃないか」
「たしかに、悪くない」
促された通り挨拶を交わした孫たちを眺め、伯爵と大商人は満足そうに笑ったのだった。