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大量虐殺

 そして、契約通り、次の日の白昼。ジョナンは薄暗い森の中を走っていた。


「待ちやがれえええええ!」


 背後からは捻りのない怒号が、一体何度目なのか数えてもいないが、とにかく聞こえてくる。追われているのだ。


(ったく、もうちょっと面白味のあることを言ってくれ)


 野盗を相手にするのはここ最近で二回目。


 ある程度人種としての特徴は覚えてきたものの、こんな無個性で知性に欠ける者たちばかりを相手にしていると、自分までもがそのような〝型〟の中に埋没してしまう気がする。


(所詮、三流悪役か)


 ジョナンはその三流悪役に追われながら、余裕の足取りで再度独白した。


 あのように大声を出しながら追いかけていては被追撃者に自分たちの位置を知らせているようなものだ。さらに、あの足音。犯行を終えた直後の油断をつかれ、ろくな装備も考えもなく怒りに任せて駆け出したのだろう。


(けど……、だからといってまともに()るわけにもいかないんだよなぁ)


 心中でジョナンは己の脆弱さを嘆いた。


 食料を積んだ馬車を引きながら街道を歩き、わざと盗まれた上で後をつけ、アジトに戻った野盗たちを挑発して森を逃げてくる。それがジョナンの立てた作戦の第一段階だった。


 ジョナンが熟練の<素>使いならそのアジトで戦い、お縄にしてしまえばいいのだろう。しかし、今のジョナンは熟練ではない上、逃げられるリスク、さらに殺してしまうリスクを考えると得策とはいえなかった。


 現に、先の仕事では危機に陥り、不可抗力とはいえひとり殺してしまったのである。


「止まれっつってるだろうがあああああ!」


 あいかわらず、馬鹿の一つ覚えのように「待て」という意味のセリフを吐きながら後ろに付いてくる野盗たち。


 ざっ、ざっ、ざっ、ざっ…………。

 草を踏み鳴らし、軽いフットワークで逃げ続けるジョナン。こちらも多少足音を立てているが、わざとついてこられるようにと考えてのことだ。


〈素〉を使えるとはいえ、ジョナンの一番の持ち味は〝足〟なのである。


 だから、『白い狼』などという小洒落た二つ名がついたのかというと、そうでもない。『白』は見た目からだが、『狼』の部分には違う意味がある。


 そもそも、本物の狼であれば持ち味の頭に〝逃げ〟などとは付かない。


 それなのに、『白い狼』という二つ名は最強の〈素〉使いの代名詞になっているのだから、真実を知った者はさぞかし複雑な気持ちになるだろう。


「っと、そろそろか」


 ジョナンはつぶやき、少し速度をおとした。前方が明るくなってきた。


 計算通り。


「観念しやがれっ、この野郎」

「もう逃げられねえぞぉっ」


 向こうがこちらの姿を捉えたらしい。ちょっと違う罵声が混じりだした。


「八つ裂きにしてやる!」


 自分がこの物語の作者なら、絶対にこんな脇役は出さない……。


(セリフがお約束過ぎるぞ……、野盗には本気で個性ってものがないのか?)


 場違いなことを考えながら、ジョナンは右手に力を込め始める。勿論、脚は止めていない。目指す場所まではまだもう少し距離があるのだ。


(ま、そのお約束な脇役に、ワンパターンな手段で応じるオレもオレだけど)


 呑気に客観視点から自己指摘をしている間に、右手が〈素〉の燐光に包まれ始めた。


 ざっ、ざっ、っざ、ざっ、ざざっ……。


 後ろの足音が次第に大きくなってきた。もう真後ろまで迫っているだろう。さすがに今追いつかれては、拙い。


(もう少し、時間が……)


 走りながらなので、なかなか集中しない右手。今度は白き<素>の欠片たる太陽の力を直接借りられる時間帯にも関わらず……。


(ちくしょう、またか。オレはどうしていつもこう……)


 自己嫌悪に悪態をつく――と、同時に背後から殺気。

「くッ!」


 体をひねって、かわす。それは服の袖をかすめて前方へ飛んでいった。投げナイフか吹き矢だろう。おそらく毒塗りの。


「ちっ」


 その攻撃のせいで少しよろける。が、すぐに体勢を立て直し、また走る。


「くそがあああ、止まれええええ!」


 手に宿った〈素〉が頃合になり、準備が整ったとき、


「出た!」


『目指す場所』が見えた。人一人の背丈よりやや高いくらいの石造りの壁。この広い森と、街道との境界線だ。


「よっしゃあ!」


 壁を背にするようにして、その場で振り返る。


「ぬっ?」


 ほんのあと十数歩という距離まで詰めてきていた野盗たちの顔色が変わる。驚いたのだ。まさかここまで来ていきなり立ち止まるとは思わなかったのだろう。


「観念したか!」


 なにも応えず、握ったままの拳を突き出し、ジョナンは〈素〉を向けようと握りこぶしを構える。


 目標は眼前の野盗全て。


 はじめからの狙い。ジョナンがこの『仕事』を引き受けたときからの――。


 この壁の向こう側、つまり関所には臨戦態勢の警備兵たちが控えているはずだ。数はたったの六人。それでも、奇襲を仕掛けるには十分な人数だろう。


 こないだのあの町で依頼されたやり方の改良版。ジョナンが〈素〉の光で野盗たちの目を眩ませたのを合図に彼らが雪崩れ込んできて一網打尽。もちろん、それまでの間に倒せるだけの数の野盗をジョナンが倒しておく。


 今度は町の素人の義勇軍などではなく、それなりに訓練を受けたであろう警備兵が援軍だ。きっとうまくいく。


「死ねやあああああ!」


 構えた右手に力を込める。白き光を放つためのエッセンス配合を調節する。


 突進してくる野盗の頭らしき男。元は農夫だったと言われればそう見えなくもない。


 ただし、今振りかざしているのはクワではなく段平である。


 彼は一体いつ、田畑を耕す手を止めて他人を切り刻むようになったのか。


 しかし、そんなことはディペンズである彼には関係ない。条件が合えば、仕事をする。


「悪く思うなよ」


 オレも野盗退治ばかりしてる暇はないんだ、早くフォトケイ・乱世の研究機関に戻らないと、と心中付け加え、ゆっくりと手を開く。そこには総ての存在の〈素〉とされる光が今こそ溢れんと凝縮され――


(あんときゃ、〈素〉が足りなくてピンチになったからな。今日は全力!)


「ひえええええっ?」


 ドスン!


「あ?」


 腰に、軽い衝撃。


 掌から真夏の太陽が迫ってくるような破壊的な熱量とともに、荒れ狂う洪水の如く光がほとばしり、森と野盗たちを飲み込んでいく。


「……あん?」


 なんだ今の文章は。


 ド、ド、ドオオオオオオオオオオオオオ!


 なんだこの効果音は。『カッ』とか『ビカカッ』とかだろう。


「あー……、え?」


 ジョナンは二つの違和感を感じた。


 ひとつは、腰になにかが当たっている。というよりは、なにかがいきなり横からぶつかってきた。彼が光――そう、ただ野盗たちの目を眩ませる為と、関所の警備兵に合図する為だけの――を右手から放ったのとまったく同時だった。


 もうひとつは、自分が放った光の威力だ。多少攻撃的にイメージしたとはいえ、今のジョナンには自分が発する白き光にここまで熱量を与えることは不可能なはずだ。せいぜい、標的たちの行動を止められる程度の……。


「……なんで?」


 森を焦土に変え、木々たちを墨に変え、野盗たちを黒く焦げた肉片に変えた光。これではまるで、今の自分は〝アノ〟状態みたいではないか。


「う……」


 うめくような声が耳に届く。


 ジョナンが発したものではない。ましてや、目の前に広がる地獄絵図の中、哀れに焼かれた野盗たちのものでも、ない。

 自分の胸の辺りからだ。


「え?」


 ようやく、へばりついていたモノがはがれる。それで、ジョナンは元に戻った。


 たいした威力の光も炎も放てない、取り得は逃げ足の、ただの未熟な〈素〉使いに。


 時間にしてほんの瞬き数回だったかもしれない。光を放ってから今――ようやく、いきなり腰にぶつかってきたものを理解した瞬間まで。


「また……かよ」


 自分と染色体を異にする同種族の生き物。自分たちと対になっている、人類の片割れ。


「また……かよ?」


 やや語尾を変えて、同じ言葉を漏らす。口元が皮肉気に歪んでいたかもしれない。


 首を動かし、それの姿を確認した彼は、魘されてでもいるかのように呟いた。


「また……こんなタイミングで……女、かよ?」


 少女が、虚ろな瞳でこちらを見つめている。なにも理解していない瞳だ。いや、理解して欲しくない……。


「おおおおおおおおおお」


 虚空を見上げて(目の前の焼け野原や死体を見たくなかったのだ)、慟哭した。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお」


 ジョナンは、自分が〈素〉たる白き光で消滅させてしまった森の前で、ひたすらに自分の体を呪いながら吠えた――。

やっとヒロイン?めいた子が出てきました。

あえてインパクトのある登場のさせ方をしたらこんなに遅くなっちゃったんですよねー。

……ごめんなさい。

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