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街道封鎖

ようやく2章に突入ですが、長い割にあまり話は進みません

「封鎖?」


 白金プラチナブロンドの髪をかき上げ、目を疑う。


『封鎖中』


 何度見てもやはり、同じ内容。


 自治区カイナドの西端の関所で、ジョナンはその真ん中に立てられた立て札を見て眉をひそめていた。


 あの町を出てから十日後の朝。


〈素〉を使い果たしていたため、ここまで足を引き摺るように進み、野宿を繰り返した。さらに何度も野盗から逃げ、見つけた村で数日休んだ。


 そして、予定より大幅に遅れて着いた関所で満員寸前の宿の一室を取ることができたまではよかったが、その翌日、予期せぬ事態が待ち受けていたのである。


 街道の封鎖。


 大陸の北西部内陸に位置する辺境地帯のカイナドは、自治区としてはまだ歴史が浅い。大陸に数十あるとも百あるとも言われる自治区域の中では大規模な部類に入るが、いかんせん痩せた土地と不安定な気候のため、慢性的な貧困に悩まされている。


 世の常として、ならず者やろくでなしは貧困を糧に生まれ出るわけで。


 治安は悪化の一路。食うに困った農民たちが野盗に成り下がる始末、それに区民が頭を痛めている事態は立ち寄った町での出来事で思い知った。


「ろくに仕事もせずに帰るはめになったのになぁ……」


 ジョナンがこの自治区に来たのは二週間も前ではない。


 それが、骨休めをした町での〝あの〟出来事により、ユーターン。急遽フォトケイ・ランセイを目指すことにしたのだ。


 失敗作だと思い込んでいたあの薬には、確かな効能があった。


 盲目となったイユエリの瞳は、あの薬で不可視〈素〉視の瞳に変わってしまった。これは、ジョナンがずっと探し求めていた存在が実在する可能性の証明であった。


 万能薬霊酒(シャルトリュージュ)

 文献ではその名もしくは万能薬(エリクサー)とも呼ばれている神秘の薬酒。王家に伝わる逸話との関連付けが、より信憑性を醸し出す万能の薬品。調合には数百種類の材料を必要とし、それの入手に伴う悲劇さえ、語り継ぐに値する説話となっている。


 それを見つけ出すか、または作り出して、愛する人を救う。それがジョナンの旅の目的だ。ディペンズでいることは資金稼ぎと材料集めの手段に過ぎない。


 今ジョナンは、資金と材料を提供しているフォトケイ・ランセイの学術機関へ再び赴いてみようとしていた。研究がうまくいっているかもしれない。また、イユエリの件を話すことで新たな進展が生まれるかもしれない。


 その薬でもって、不可視〈素〉視の瞳を手に入れた人物の記録はヘリネの手記にはっきりと記されているのだ。


 今にして思えば、イユエリに着いてきてもらっていれば、生きた証拠として研究に協力してもらえたのかもしれない。


 だが、そうしなくてよかったと思う。

 どんなに重要な目的のためでも、人を、それも無関係な、罪もない女性を実験動物のように扱うのは耐えられない。そんなことをして救われても、アイは喜ばない。


 ……それ以前に、人の心を読める女が近くにいると思うだけで背筋が凍る。


(それはまずいいとして)


 なにはともあれカイナドに長居は無用。


 見切りをつけてさっさと研究機関があるフォトケイ・ランセイへ発とうとした矢先、カイナド地区の窓というべき関所、及び他地域への街道が封鎖されたというではないか。


 カイナドとフォトケイ・ランセイはそれぞれの西と東で隣接してはいるのだが、境界が深い森にあるため、人工的に整えられた街道を通って移動するのが専らとなっていた。


 故に、その街道を通行するには、国か自治区の許可――要は関所での手続きと手数料が必要になる。


「それにしても、また野盗とはね」


 ジョナンはつまらなさそうに呟いた。


「そんな言い方はできればやめてくれたまえよ……。ディペンズ殿」


 額から後頭部まできれいに禿げあがった人の良さそうな男が心底憔悴したように返す。


 あまり外に声が漏れない、石造りの狭い部屋。


 街道封鎖を聞いたジョナンが真っ先に訪れた場所は、この男――カイナド西関所の所長室だ。名前は名乗っていたが茶を一口すすったら忘れた。


 言い訳と書類整理に忙しい中、このように中まで通されて、席と茶まで出されたのは相手からこちらになにか望むところがあったからだろう。


「どっちにしろ、連中のせいで街道を一時封鎖するって有様なんだろ。外見ろよ。商人やら旅人やらがわんさか暇潰してるぞ。店も宿もいっぱいで」


 ジョナンは思わせぶりに薄く煙った窓のほうに首を回した。


 この西関所は関所といっても、ひとつの町と呼んで差し支えないほどの規模の施設がそろっている。この地域では町と町、村と村の間も長い。街道の各地に置かれた関所が旅宿のような役割を持つようになったのも自然な流れといえるだろう。


 しかし肝心の街道を通れず、そこで足止めを食って嬉しい場所でもない。


「そうだが……、彼らとて犠牲者には変わりない……」


 ジョナンの言葉に、哀れなほど悲壮な声を禿頭は漏らす。


 体験を交えた推測によれば、ここ数日の街道封鎖を余儀なくした野盗たちは、もとはカイナドの都市部で仕事にあぶれた者や周辺村落の農夫である者たちが殆どらしい。それが、元からいたならず者たちと結びついていくつもの野盗団を結成する結果となったのだ。


 ならば都市部や村でやれと言われそうなものだが、彼らはある意味〝出稼ぎ〟のような感覚でここまで来て野盗をしているという。つまり、


「不景気で仕事がない→金がない→家族養えない→地元離れて強盗」


 という迷惑極まりない構図で今の状況があるわけである。



 さらに性質の悪いことに、その後に「→金持って家族の元へ帰る」と続く。


 中央区議会が区軍を動かしてくれない、と嘆いていたあの町長の顔が蘇ってきた。


「まあ、よくある話だわな。こんなご時世じゃ」


 ジョナンは聞き終わると、出された渋い茶をすすりながらさらりと告げた。所長はそれに返答する気力もない様で、話し続ける。


「それで、なんとか西関所の内輪で取り締まりたいと……ワシが思うのではなく上が言ってくるのだが」

「カイナドにも軍はあるだろ? 道塞がれても動かないんじゃなんのための武装だか」

「勿論、出動要請も出しておる。だが軍が動くにはそれなりの理由と民心の……」

「なるほど」


 話が長くなる前に遮るジョナン。聞かなくても理解できるからだ。


「自治区の選挙を控えた現在は、軍を動かす責任を誰が持つかすら決まっておらん。軍の今の状況はゴロツキと変わらんと聞くよ」


 所長はこちらが訊きもしないのに喋っている。


(ったく、行かなくて正解だったよ。そんなややこしいとこ)


 だが、この現状、関所にはたまったものではない。また、足止めをされている商人たちも、早くここから出て行きたいジョナンもまた、たまったものではない。


「そこで、だ」


 ほらきた。


「君はディペンズなのだろう? なのだろう?」


 気色悪い笑みを浮かべて、ねだるようにこちらの顔を覗きこんだ所長。


 これも、よく聞く話。

 旅の冒険者や傭兵だかが立ち寄った町や村は大抵事件が起こっている。そして、相談されるのだ。


 現実でも、物語の中でも、よくある話だ。


「連中、なんとか生け捕りに出来んかね? 関所の近くのアジトにいる分だけでもいいんだが」

「やっぱり、生け捕りか……」

「君は見たところ〈素〉を使えるようだし、戦いの経験もあるのだろう?」

「まあ……、戦闘経験はあるが、〈素〉の方は……」

「ははは。謙遜しなくてもいい。そもそも、こんな辺鄙なところをひとりで旅していること自体、腕が立つ証拠じゃないかね」


 そのことも踏まえての上か、期待を込めた眼差しとともに言う、所長。

「で、受けてくれるかね?」

条件次第(イト・ディペンズ)


 ジョナンはなるべく平静を装い、いつものセリフを口から吐いた。所長は、彼が発した言葉に微かに目を見開いた。


「おお……、やはりディペンズとの交渉はこうでなくては……」

「そ。条件が合えばなんでもやる。だから、ディペンズ」


 それがオレたちの合言葉だ、と付け加える。


「あの街道はオレも通りたいからな。けど、タダではやらない」

「うむ……、〈素〉使い殿にして、ディペンズ殿か……」


 所長が考え込んだ。恐らく仕事を依頼したこともないため、どのくらい報酬を用意すればいいのか分からないのだろう。


 実際のところ、ジョナンもこれくらいくれなどと要求する気はない。相手が言ってくる言い値を聞いて判断するだけだ。


 長い沈黙の後、


「そうだな。報酬は、カイナド自治区のフリーパス権と野盗から取り返した金品の半分。どうだ?」


 所長が一気に告げる。語尾の「どうだ?」にかなりの自信が籠もっていた。


 少し考える。


 この自治区のフリーパスが叶うという事は今後カイナドへ来るたびにかかるコストが大幅に削減されることになる。来なくなれば、権利を他のディペンズに売ってしまえばいい。このような売買もディペンズの特権だ。だが、後半は少しいただけない。


(野盗が盗んだものなんざ区が徴収するんだろう。つまり、報酬がその半分ってことは、区に引き渡す分が半分になるだけで……)


「ちょっとせこくないか? あんた」


 この言葉に所長は憮然となった。


「第一、それじゃあどれくらいの報酬なのか決まらないだろう。もっと確定した金額を提示してくれないと困る。それに、少人数で大人数を捕らえるって仕事は皆殺しにするよりリスクが大きい。ひとり、ふたりづつを相手にしていかないと無理だ。それには……」


 こちらもそれなりには人数が要る。


 実力差が要る。


 時間が要る。


 立て板に水で難しさを告げるジョナンに、所長が黙り込む。


 しばしの間、静寂が狭い部屋を支配した。


「なあ、実際のところオレは野盗に襲われてもいいからここを出たいんだが……」


 沈黙が面白くなくて、ぽつりとそんなことを言う。


「へ?」


 言われた方はジョナンの言葉に顔をあげて間抜け面を向けた。


「いや、あ、待て。待ってください」


 両手を目の前に振り回して制止する所長。


「待ってるのはオレの方だ。そんな面倒な解決の仕方せなならんのなら他を当たってくれ」

「そ、そんな。関所に腕が立ちそうな人が来るのをずっと待ってたのに」

「やかましい。オレは別に人助けのためにディペンズやってる訳じゃない」


 そう言ってジョナンは立ち上がった。おろおろする所長にもう一言なにか言ってやろうとしたそのとき、


「ん、待て」


 ふと見下ろした先、テーブルの上にはカイナド周辺の地図が広げられていた。それを指差し、彼は問うた。


「街道の脇はずっと森か?」

「そう、だが?」


 応えると同時に、所長は顔を曇らせる。


「この自治区の保護森林の中に潜伏しているのだよ。君の言う野盗が」


 ということは、森のどこかに野盗のアジトがあるということだ。


(これなら……)


 聞いてジョナンは突如ピーンと閃く。文明の都合上、頭上にはランプが灯った。


 この状況、前にあったそれによく似ている。


「いい作戦が浮かんだ」

「ほ?」

「うまくいけば、どっちも損をせずに済む」


 地図を見ながら、ジョナンはきょとんとしている所長に言った。


「ちょっと仕事を手伝ってくれ」


 言われて禿頭は「は?」と目を丸くして驚きを露にした。


「報酬はさっきのでいいから、関所の連中……ちょっとした警備兵くらいいるだろ。そいつらに手伝わせて欲しいんだ」

「まあ、とりあえずいるが……」


 早口で言うジョナンに所長は意味を理解できないでいたようだ。


「決行は明日。体力を万全にしてから」


 その間にも、ジョナンの頭の中ではシミュレーションが進む。


(よし、このやり方なら、……頼らなくてもできる。オレの〈素〉の力だけで……)

Q・この話って野盗ばかりでてくるけどいわゆるゴブリンとかドラゴンとかの怪物っていないの?

A・いないんです。

 人間の敵はいてもせいぜい獰猛な野生動物か、悪意を持った人間だけな世界なんです。

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