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不穏

今回は黒幕登場だけの幕間回なので短いです。

 名もなき寂れた町のはずれでひとりの女性が手を合わせていた。


 あの野盗退治から、数日後の夕刻。


「…………」


 彼女の足元には墓石がひとつ。特別な石ではない。そこらに転がっているような石に名を掘り込んだだけのもの。


 この、童顔で小柄な女性――宿の女将はこうしてここで亡き夫を弔うことが日課となっていた。裕福ではなくても、小さな宿と温かな家庭を守っていくと約束してくれた人。



 その夫は、買い出しのため遠出した際野盗に襲われて、あまりにあっけなく、帰らぬ人となった――きれいな表現を使えば、白き光に還った。


 その仇は、つい先日お縄についた。町にたまたまやってきた白髪のディペンズのおかげだ。宴の夜に賞金稼ぎに襲われたらしく、宿の損傷を置き土産にして出て行ってしまったが……。


 だが、彼女はあのディペンズに感謝こそすれ、野盗が捕まって嬉しい気持ちはなかった。


 これで、自分の人生が変わるわけでもない。あの人が――


 そこまで考えて、女性は「ふ」と漏らすと、今の考えを打ち消した。野盗が捕まって安全が確保され、皆が喜んでいるときに、わざわざいつもの堂々巡りにはまることもないだろう。あの人には、きっと、自分も光に還ったときにまた会える。そう信じて、


「ミユ姐危ないっ!」


 しゅ。


 鋭く発せられた声。そして、ほんのまたたきのように、輝いた光。


 刹那とも思えるほどの短い間の出来事。彼女の耳は自分に対する警告を聞き、たしかに振り返ろうとしたはずだった。


 しかし、できなかった。


 なぜなら、彼女の首から下、頭の部分以外はさきの輝きで消えてしまっていたからだ。口がわずかに動く。瞳も微かに揺らめいた。


「ミユ……ねえ?」


 声を出した人物は、少し離れた位置で立ち尽くしていた。ぼとり、という鈍い音ともに女性の首が地に落下する。

 性質の悪い悪戯のように、生首が叢を転がる。


 そのときには彼女の命は、あまりにもあっけなく夫が待つ白き光の中へ還っていた。


 ざく、と足音が響く。


 警告を発した娘にはたった今起こった事が信じられなかった。


 撫子のような色をした優しく暖かい心の光が、一瞬にして死に喰らい尽くされた。


 親しい女性が首だけを残して死に逝く様を見ずに済んだのは、決して、<素>たる白き光の慈悲などではあるまい。


 娘はその姿を視覚できないが、手を下したのは背中に何かを背負い、背負ったものをマントで覆い隠した青年だった。右手を前に突き出したままのポーズでゆっくりと近づいてくる。


 そして、たった今殺した女性の首を何の衒いもなく拾い上げると、目を覗き込んだ。


「…………」


 見ていたのは、わずかな時間。


 男は無感動に、首を捨てる。そのまま、何事もなかったかの様に、娘の脇を通り過ぎ、町の方へ歩いていく。


「もしかしてうっかり殺してしまったかと思ったわ」


 マントの青年が発したのは女の声だった。


「待ちなさいよ!」


 その、マントの男の背に、声が刺さった。


 今は彼女の目に、瞳に景色もなにも写っていない。

 それでも、彼女にははっきりと見えていた。


 町で唯一の宿の女将がこの青年“たち”に殺されたこと。そして、その虐殺に〈素〉たる白き光を用いたこと。


 そして……、その殺人者が、たった今の行為に対して一切の感情を持っていないこと。


 2日前、光を失ったその娘、イユエリ・フォークトは、それをまざまざと感じ取っていた。


 そしてイユエリには間違いなく、目の前に二人の人間、二人分の生の<素>が存在していることが分かった。


「あんたたちはぁっ! いったい誰ぇっ?」


 マントの青年は、イユエリの怒号にゆっくりと振り返ると、マントの陰に隠れた瞳を微かに覗かせる。正確には、青年が背負っている人間の方の瞳がイユエリの瞳を捉えると、ほんのわずかだが、口の端が上がった。


 この青年、芸人が見世物で行う二人羽織のように背中に誰かを背負って歩いているのである。まばたきひとつしない青年の首の横でマントに覆われた女の表情だけが動いているのである。


「あなたね。万能薬(エリクサー)の失敗作を飲んだのは」


 そのまま、無造作に右の手を向ける女の方。

 まっすぐ、イユエリに。


「いい被検体になりそうよ」


 マントに顔を隠された女性はそう漏らすと、右掌に〈素〉を集めていく。その収束の早さはたとえ〈素〉の知識に疎い者にでも理解できただろう。


「あんたはっ、いったい何!」


 女性が凝縮させていく〈素〉の光はイユエリには見えない。しかし、そこに集まっていく密度が見える。


 そして、殺意なき、眠りへの誘いが暗い瞳にじっとりと染み込んでくる。


 それでも、この二人の心の奥が見えない。明るくも暗くもない。色がない。


 その底知れぬ恐怖から脱するかのように、殴りかかっていくイユエリ。


「うああああああ……、あんたはぁっ!」

「ようやく監視の結果が出たわね」


 光を放つ一瞬前、そう口を動かした。


 そして、限りなく白い光が、女将のときと同じようにイユエリを照らした。しかし、彼女の動きは、一瞬早く光が届く瞬間をずらす。


「あっ?」


 短い悲鳴を上げ、それでも今のイユエリの目には自分の意識が溶け消えたのが映らなかった。


 青年におんぶされたままの女性は、今度は両手を前に出し、〈素〉の収集を始める。


 まばゆく天で輝く太陽が、無慈悲にも白い〈素〉を掌の前に注ぎ与える。


「あ、あ……」


 ようやく違和感に気づき、地に膝をつき頭を押さえるイユエリ。


「ジョ、ナ……」


 そのまま、昏倒してゆくイユエリが見たのは、形を成した絶望。自分がどことも知れな場所に連れていかれるという暗い未来だけだった。

 思わず名を呼んだ者は、この場にはいない。


 その頃、名前を呼ばれた青年の姿はカイナドの東関所へと向かう街道にあった。

長かった一章がついに終わりです。

二章は新キャラ、新ヒロインも出てきて新たな展開を迎えます。

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