ep.12 紫玉
山梨を訪ねてから一週間あまりが経過し、暦は八月を迎えた。
俺は大学の前期試験に追われ、数少ない学部の友人に試験範囲を確認したり、授業ノートをまとめたり、カフェにこもってテキストを暗記したりしていた。
敦や兼保も試験対策で忙しいようで、あまり連絡をとることもなかった。
特に兼保は卒業要件以上の講義数を受講しているので、試験が多く大変なようだ。学びたいことが多いから、後先考えずに授業を選択したらこうなったと言っていた。
敦は敦で、普段サボっているツケがまわり、学部の友人から試験範囲や過去問を収集するのに東奔西走しているらしい。普段から真面目に授業に出ていればいいのに、なんとも敦らしいなと思った。
試験に対する追われ方は三人三様だが、俺たちは一時的に絵梨花のことから離れて忙しくしていた。
そんな折——
深夜、試験対策で疲れ果てていた俺は息抜きに少しだけノートパソコンをひらいた。そして何も考えずに、「紫玉絵画展」と検索し公式ホームページを覗いてみた。
トップページに「受賞作品発表」と格式高い明朝体でお知らせが出ていた。
審査結果はウェブサイトにも出るって絵梨花が言っていたっけ。そういえば、絵画展の開催も八月の中旬に迫っている。欠伸をしながらクリックすると、表示された名前を見て眠気が吹き飛んだ。
ぶどうの丘特別賞
「今のわたしをつくるもの」
川原絵梨花 (二十一歳)
「本当に入選したんだ……」
特別賞と書かれた項目に、大きなフォントサイズで絵梨花の名前が掲出されていた。これだけ大々的に扱われているなんて、名誉ある賞を受賞したことは間違いない。
……見に行ってみるか。
先週敦と兼保の三人で山梨に行ったが、結局は絵梨花のために何もできることはなかった。
それならばせめて、絵梨花が最期に描いた絵をこの目で見て、いつまでも覚えておこうと思った。
絵梨花の願いを叶えられなくても、敦や兼保、保坂さんの言っていたように——
忘れさえしなければいい。絵梨花という子がいたこと、残したもの、俺が忘れずにいればいい。それに絵梨花だって、俺に見に来て欲しいと言っていた……
絵画展の開催日程を改めて確認してみた。
八月九日〜八月十六日の一週間。思いきりお盆と重なっていた。そのためか、敦にも兼保にも絵画展を見に行くのは難しいといわれていた。
敦は運転免許更新の関係でどうしても帰省する必要があり、兼保は卒論に関わる所属ゼミの合宿があるということだった。この時季はみんな予定があるだろう。
俺もそのはずだった。
名古屋の実家にいる母親から、お盆くらいは帰って来いと強くせがまれていたのだ。どうせ帰省したところで、就職活動のことで小言を言われるだけなのは目に見えている。なので帰省をするという気持ちはまったく起きなかった。
……初日の九日に行こう。
九日は木曜日の平日だし、まだお盆休みの人も少ないはずだ。きっと美術館の来場者もまばらでゆっくりと作品が見られるだろう。
絵梨花のために、もう一度だけ山梨へ行こう。そしてちゃんと言ってやるんだ、今度こそ。絵梨花の描いた絵の前で。
「絵梨花、入選おめでとう」と。