お父さんの馴れ初め
娘が二十歳になり、家族皆で近所の居酒屋へ行くこととなった。
「私ビール!!」
飲んだことの無い魅惑の酒臭に踊らされ、一口飲んだが最後。娘は眉を潜め無言で私のカシスオレンジと交換した。
「はは、まだまだ舌はお子様だな」
ビールを煽り、枝豆とたこわさを口に放り込む。ワサビがツンと鼻に通り喉と胃袋に幸せが訪れた。
「あなた、程々にね?」
「はいよ♪」
健康診断で色々と引っ掛かって以来、妻からは酒を度々窘められる。だが、今日は飲みたい気分なのだ―――
「あなた……程々に……むにゃむにゃ」
それから妻はビール一杯で寝てしまった。酒に弱いのは昔からだ。
「ねぇ……?」
娘は4杯目のカシスオレンジを手にポテトフライを食べている。カシスオレンジばかりで飽きないのだろうか?
何にせよ酒に弱い妻の遺伝が移らなくて良かったと今は感謝している。
「お父さんとお母さんの……馴れ初め、聞いても良い?」
「ど、どうした急に……!?」
ま、まさか娘にそんな事を聞かれるとはつゆ知らず、少々取り乱したが、まあ聞かれて困る話ではあるまい……。
「何か気になって……さ。私もきっとその内結婚とかするだろうから、何かの参考になるかなぁ……って」
「そうだなぁ…………」
私は腕を組み、少し上を向いて昔を思い出した―――
―――21年前
私は友達と海へナンパをしに来ていた。中古で買った軽自動車に山ほど荷物を載せ、まだ見ぬ浜辺のマーメイドに会いに車で二時間……正直腰が痛い。
「おおっ! 水着のお姉さんが……沢山!!」
友達は大はしゃぎで荷物を降ろし、ビーチへと駆けていった。早朝にも拘わらず駐車場は地元遠征様々なナンバーに溢れ、俺達は期待に胸を高鳴らせる。
今まで数多のナンパスポットへと足を運んだが、戦果は無し。しかし今回はかなり準備をしたから……多分大丈夫!
俺は荷物を降ろし愛車に鍵を掛け、ビーチサンダルを鳴らし、友達の背中を追い掛けた。
(今日こそは……!!)
振り向きざま愛車に誓いを込めて、俺はビーチパラソルを開いた!
「おいおい、早く行こうぜ!?」
「お前もちっとは手伝えよ!」
パチャパチャと波打ち際で燥ぐ友達。こいつは出発から到着まで隣で爆睡していた大罪人だ。後で海に沈めてやろう……。
「お兄さんひとりぃ~?」
上がるような下がるような不思議な語尾の掛け声。パラソルの設置が終わった俺が目にしたのは、何と水着ギャルに逆ナンされている友達だった……!!
「……なっ!?」
友達はデレデレした顔で、俺の方をチラリと見ると「いや! 一人ッス♪」と俺を居ない者扱いしやがった。アイツは何があっても置いて帰ろう……俺はそう心に誓った。
「マジ!? ヤベくね!? ウチと一緒じゃん! ウケる!!」
と、二人は波打ち際を歩き始め去っていった。
―――バッ! バッ バッ!
こっそり友達が振り向き時計を指差した後、人差し指を立て、飲み物を飲む素振りをし、こちらを指差した。
(一時間後に飲み物を差し出せ……って事か)
持ってきたクーラーボックスには、酒やらジュースやらがしこたま入っている。コイツのせいでどれだけ重かった事やら……!!
海の家や出店の飲み物が割高なので、コレを餌に女の子をナンパしようと言う作戦であったが、最早奴のためにしかならない気がする。
俺は消えた友達のせいで荷物の近くでしか遊べず、仕方なく砂の城を作っていた。スコップと割り箸で細かいディテールまで拘り、松江城を完成させた俺。所要時間45分ってところだ。
「凄ーい!」
俺がパラソルの下で友達のコーラを懸命に振っていると、見知らぬ女の子が砂の松江城を見てしゃがみ込んでいた。
「ねえねえ♪ これお兄さんが作ったの?」
「え……あ、はい……そです」
俺は立ち上がり女の子の隣へ行くと、我が二眼に飛び込んできたのはしゃがみ込んだ女の子の胸だ! 膝で押し潰され、それはそれはとてもとてもかなりかなり大変に素晴らしい事になっている!!
「大きい胸だ!!」
俺はすぐにハッとした。初対面の女性に心の声がダダ漏れしてしまったのだ! しかも俺の海パンからはヘラクレスオオカブトがひょっこりと顔を出そうとしている。俺はあれよあれよと頭の中が瞬く間に真っ白になる…………終わった、確実に警察沙汰だ…………
(今回もダメだったよ……)
俺は心の青春に別れを告げた。
「ふふ、大きいカブト虫ですね……♡」
―――!?
キターーーーッ!!
見たことのないオッサン女神が、飛び切りのスマイルを俺に投げかける。ありがとう!
それからは無茶苦茶的外れな会話にも拘わらず、二人の話は大きく弾んだ。クーラーボックスから冷えたジュースを取り出し、シートに座って話をした。兎に角笑う度に小刻みに揺れる胸に、俺は尋常じゃ無い程に興奮を覚えた。
夕方になり、俺は彼女とドライブへ出掛けた。多少身軽になった手荷物をトランクへ詰め込み、夜の街を走り抜けた―――
「で、そのままお母さんと青春の国境を越えた訳だ♪ どうだ、参考になったか!?」
「いやいやいやいや……何それ?」
ブーブー文句を垂れる娘を宥めながら、その日はお開きとなった。
――翌日――
「おはよう」
「……おはようお父さん」
夕べ飲み過ぎたのか顔の具合が良くない。お父さんは涼しい顔をしているが、私は頭の中がグワングワンしている……。
「昨日飲み過ぎた……ウップ!」
「お前はカシスオレンジ三杯位が丁度良い。覚えておきなさい」
「はいはい……行ってきます」
トーストを何とか口に入れ、私は会社へ向かうため電車へと乗った。
―――ガタンゴトン
電車の揺れが私の脳を容赦無く揺さぶる。今にも吐きそうだ…………
―――キキーッ!
電車のブレーキに私の胃の中がシェイクされ、トーストが逆流してきた!
「オェェェ……!!」
……やってしまった。電車の中で吐いてしまい、それも目の前のサラリーマンのスーツにモロに吐きかけてしまった。サラリーマンは驚いた顔をしており、私に「大丈夫ですか?」と優しく声を掛けてくれたが、私の頭の中は失態で真っ白になってしまった…………
「す、すみません! すみません!!」
ハンカチを取り出しサラリーマンのスーツの裾を拭いた。そしてズボンの謎の膨らみに目が行った……。
(……え?)
チャックは開いており、中から布越しに大きな大蛇が存在感を醸し出していた。サラリーマンの顔を見ると、恥ずかしそうに照れている。
「素敵なゲロでした……♡」
「そちらこそ素敵なアミメニシキヘビで…………」
何か知らんが私達は意気投合し、あれよあれよと言う間に結婚した。
結婚式で二人の馴れ初めを紹介したら、皆ドン引きしていたが、両親だけは泣いて頷いてくれていた。ありがとうお母さん、ありがとうお父さん―――!!
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