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されど彼はゆく  作者: こうみ
第二章
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第一話

 真夏の暑い日に、遊んでいた。汗をかいたから公園にあった大きな木の下に座る。風が吹くととても涼しい。だれもいないから日陰を独り占めできた。大きな木に守られている気分になったことを憶えている。

 蝉の声がミーンミーンと鳴いている。大きな木から聞こえた。上を向くと、とうてい届きそうにない場所にそいつが居た。なんだかムカついたから網を持って、ジャンプして、捕まえようとがんばる。

 蝉はどこかに行ってしまう。もう鳴き声が聞こえない。諦めた。汗を拭って、木漏れ日に座った。すると、ふたりの知らないお兄さんがいつの間にか立っていた。

 だれもいなかった公園に、自分と知らないお兄さんふたり。そういえば大人たちが話していた。ここ最近、誘拐が続いているらしい。

 このとき、恐れていればよかった。

 走って逃げたり、助けを呼んだりしていればきっと……否、恐れなかったから今が在る。

 あの人は優しかった。だから手を握った。

 殺してほしかったとは知らずに、ついていった。


 ――夢は主の目覚めによって霧散する。


 ピポピポ、ピポピポ、ピポポポ。目覚まし時計が電子音を響かせる。がちゃんとやや乱暴にスイッチを切る。針の位置を確かめ、もそもそとベッドから這い出る。

 あくびをしながら階下へ移る。一階には亜条がいた。珈琲を飲みながら外国の新聞を読んでいる。青月が見当たらない。

「青月さん、どこに行ったんすか」

「買い出し」

「ふうん」

 テーブルに並ぶ朝食を頬張る。味はよし。

 ふと、昨日片づけた仕事について回想する。いつもと同じことをしたのに、あたまにこびりつく。少女の顔と最後に交わした会話が離れない。鮮明に再生できてしまう。こんなことは一度もなかったが、どうしてか記憶に残った。目を瞑り、それらを振り払う。

 瞼をあげた。手に血が付着している。まだ濃い。昨日今日とでは薄まらないが、ここまではっきりされると本物か幻か区別しかねる。

 幻をほうっておいてオレンジジュースを飲む。青い空とのんびり流れる白い雲がグラスに映る。

 新聞をめくる音がした。首を後ろへかくんと曲げて、亜条に話しかける。

「親父」

「なんだ」

「あんたが撃たれるときって、どんな顔するんだよ」

「さあな。惨めに泣いてやってもいいぜ」

「かっこわる」

「ふん」

 泣く。あの少女もそうだった。いまわの際に涙を零していた、笑みを浮かべて。あんな顔ははじめてだ。どう言葉で表現すべきか悩む。絵にすれば美しいはずだ。まだ憶えているから描くことにしよう。

 スケッチブックを用意し、白紙の上に鉛筆を走らせる。

 我を忘れて没頭する。住み家に青月が帰還したことさえ知らないまま。

「ただいま。ねえ、あれどうしたの」

「描く絵を思いついたんだろ」

「珍しい。しかも女の子」

 筆が興奮するように滑る。形ができてくると、そこに幻が浮かぶ。銃弾で貫いた瞬間の血だ。鉛筆でていねいになぞる。

 二時間とちょっとで完成した。色を塗るため、絵の具を探す。


 さて、この少女の話をしよう。

 すべては二日前、彼らが仕事を頼まれた時間まで、遡る。


     ×


『ほら、組織が大きくなると末端のところまで目がいかなくなるでしょ。だから動ける連中に調べてもらったら案の定だったわけ。この大道寺の下でとち狂った解体屋がいたのはゆゆしきことだよ』

「身寄りのない幼子や少年少女が売られて、解体屋に預けられると。解体してどうするんだい? まさか自分の性癖のためにやっているわけじゃないだろ」

「臓器の売買か」

『うん、それそれ。皮膚だけでも儲かるからね。解体屋は臓器を売って稼いでいたんだ』

「俺たちになにをしろと? 解体屋を始末すればいいのか」

『解体屋のほうじゃなくて、臓器を買ったほうを消して。だめでしょ、癒着』

 劉鬼はソファから起き上がり、標的についての話に耳を傾けた。雑誌の記事に載るような有名人らしい。病院の院長を勤めているとか。なるほど、病院であれば臓器を正しく使える。ドナーを待つ患者がいるから臓器提供はありがたいだろう。しかし、その出所が悪い。明るみになるのは時間の問題だ。ほうっておけばいいのに――劉鬼は心中でぼやく。

 ちなみに解体屋は組で拘束しているという。

「まだ生きているなら自白剤を試させてよ」

『だーめ。会いにくるならうちが管理している倉庫においで。それじゃあね』

 通話はそこで切れた。

 どう動くか、亜条に視線を送る。彼は黙考したあと、決断を口にする。

「院長とやらを、俺たちが直に接触しない方法で処分する。殺し屋が表の人間と会えばサツに目をつけられるからな」

 肯く。

「青月は解体屋から取引内容を聞き出せ。俺と我が息子は、標的の血縁者を探る」

 それぞれ行動に移った。

 亜条と劉鬼はまず、解体屋の拠点へ向かう。とある人物と会うためだった。

 廃墟と化したスナック店は細い路地裏の突き当りにある。看板はなく、中は暗闇だ。ぼろぼろの扉をそっと開けて入店する。鉄臭いにおいに劉鬼は顔をしかめた。

 カウンターの端にシーツを被ったものが三つあった。シーツをめくると、ホルマリン漬けの臓器が並んでいた。新しくはないが古いわけでもない。まだ取り出されて半年ぐらいしか経っていない、そう判断した。

「きれいだ。特にこの腸が。どうやって抜き取ったんだ?」

「お前の場合はそういうことより、絵で映えるかどうかだろ」

「どうやって抜き取ったかも知りたいんすよ。それで絵も変わるから」

「女がいいのか」

「いや、男だ。男の表情を絶望と勝ち誇った感じにすればおもしれえかも」

 彼が腸に見入っていると、キッチンのほうから怯えた声が発せられた。すぐさま亜条が物陰から引きずり出す。小柄で猫背の青年だ。生まれたての小鹿の如く震えている。

 会うべき青年が登場しても、劉鬼の集中は切れなかった。やれやれと亜条は呆れる。

「あ、亜条さん……噂はほんとだった。出てきたんですね。いやあまた会えるなんて嬉しいなあ。ところで今日は、どんなご用件ですか。解体屋なら大道寺さんにつれていかれましたよ。俺はずっと地下に隠れていて」

「無駄話はいらん。情報がほしい。解体屋が臓器の取引をした色島行永と、そいつの血縁者のネタをくれ」

 青年は首をおおげさに上下させて頷いたあと、淡々と話す。

「色島行永ね。病院の評判はいいですが人物としての評判は下の上ぐらいです。病院の評判がいいのはドナーがすぐ見つかるから。人物が悪いのは、ドナーの出所が怪しいとドクターや看護師たちに噂されているからです。ご存知の通り臓器提供はここ、解体屋のアジト」

「取引は頻繁だったのか」

「いえいえ。そう何度もドナーが見つかっては怪しまれます。それに臓器の合う合わないもあります。回数は一回や二回で留めていました。その分お金はたんまり」

「色島本人がここへ出向いていたわけじゃないだろ」

「もちろん。代わりに女を使っていました。血縁者ではなく、どうやら色島に弱みを握られた人でした。松の上、ひらがなでけい、子供の子。松上けい子って名前ですよ」

「色島の血縁者は?」

「女ひとり、子供ひとり。ただ子供がワケありですね」

「詳しく聞かせてもらおうか」

「それが面白いんですよ、――」

 名も無き青年こと情報屋が報酬を受け取り、つぶれたスナック店を去った。

 それに伴って、劉鬼の視線が臓器から外れる。

「あれ、話は終わったんすか」

「ああ。今回は長丁場になるかもしれん」

「俺はなにをすればいいんですか」

 亜条は情報屋からもらった一枚の写真を劉鬼に渡す。

「色島千だ。そいつを見張っていろ」

 隠し撮りされた少女は学生服を着ている。おおらかな印象を受けた。

 ふと、熱心に観察していた臓器と比べる。

「やっぱ男がいいな、これは」


    ×


 某所、組が管理する倉庫内に悲鳴があがる。ひとり青月を除いた組員たちが耳を塞ぐ。

 尋問か、はたまた拷問か。傍から見れば拷問だろうが、青月にとってはおしゃべりにすぎない。午後の紅茶を楽しむように、片手に自白剤が入った注射を持って、優しい声音で会話を紡ぐ。

「取引内容を教えてほしいんだ。話せるところだけでいいよ。あとはこれが喋らせるから」

 ドラム缶に縛られた解体屋は必死に抵抗する。だが、あっけなく腕を掴まれた。

 鋭利な尖端がわずかに食い込む。

「やめでえええ……それだけは、それだけは」

「やめてほしいよね。これってさ、全部吐かせるから危ないよね。きみが今までしてきた取引が暴露されてしまう。そうしたら組が黙っていない」

「し、色島の野郎がよこせって言ったんだ、ガキの臓物を! ドナーがいなくてやばいとかなんとか――とにかくめちゃくちゃ欲しがっていた。だけど俺は断った。あんなえらいさんと繋がったら商売上がったりだぜ」

「でも取引していたんだろ」

 解体屋が青月の背後にいる組員をちらりと見て、言った。

「大道寺さんの名前を出されたんだよ……」

 青月は口笛を吹いた。

「ビッグネームじゃないか」

「カタギがなんで街の長を知っているか聞いたら、繋がりがあるっていうし」

「……」

「嘘だって気付いたときには、遅かった。取引を中断すれば、告げ口するぞって脅してきやがった。あいつなんかの話に長が聞く耳持つわけねえが、俺が商売しているってばれるからよぉ……言い値で買わせた」

 注射器が腕から離れていく。

「つまりきみは、半ば脅されて臓器の売買を行っていた。色島行永は大道寺の名前を使ってそれを続けさせたわけか」

 再び針が解体屋の腕の皮膚へ。

「きみはただ臓器を売っていただけなのかい?」

「そ、そうさ。俺のルールだ、深いところまで首をつっこまねえ。危なっかしいことをやる連中は一目でわかる。そんなことに巻き込まれるのはごめんだからな。色島の野郎もおんなじだった。どこで俺のことを知ったか知らねえが、こっち側にまで来るカタギなんざ、ただ者じゃないぜ」

 解体屋の告白はやや早口になる。

 青月は色ひとつ変えることなく情報をあたまに記録する。

「医者だから臓器選びは悪くなかった。だが、買ったあとのことはわからねえよ。途中からあいつじゃなくて代理の女をよこすようになったからよ、あいつと直接取引したのははじめのうちだけだ」

「代理の女? そいつは臓器の知識があったのか」

「そこまでは知らねえよ。ただ、メモ書きしたもんを俺に渡していた。たぶん、色島の野郎が書いたやつだ」

「ふうん。ありがとう、もう話さなくていいよ。解放してあげる」

 ぷすり。自白剤が解体屋の首筋からゆっくり投与される。

 悶える声を背に、青月はあとのことを組員たちに引き継いだ。倉庫を出て車に乗る。亜条へ電話をかけた。ツーコール目で繋がる。

『収穫はどうだ』

 吐き出させた一連の情報をすべて伝えた。

『なるほど。代理の女は松上けい子、色島行永に弱みを握られたやつだ』

「そいつも消す?」

『消しはしないが、消える結果にはなるだろうな』

 スマートフォン越しに、ふたりは笑った。

「じゃあ俺は色島を脅せばいいんだね」

『そうだ。俺は松上けい子と話をする』

「嫉妬してもいい? その女に」

『お前が妬むようなやつじゃねえよ』

「そうかなあ」

『そうだとも』

 倉庫からまたしても悲鳴がする。

 青月は通話を切った。

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