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されど彼はゆく  作者: こうみ
第三章
16/24

第九話

 飛鳥邸に到着した亜条摩鬼人と劉鬼。バイクから降りて拳銃を構えた。

 見張り番であろうチンピラふたりを静かに、そして確実に息の根を止めて、邸内に進行した。異変に気づいた元飛鳥会の構成員たちが現れる。

「さあて、どうやって行きますか、親父」

「我が息子よ、蹴散らす以外になにがある」

「そうっすね。んじゃ、やりますか!」

 先手は劉鬼だ。愛用の拳銃を操り、襲ってくる構成員を撃つ。さらに、敵から得物を奪って自らの物にする。その得物を振るい、ときに引き金を引いて、次々と敵を倒していく。

 しかし、構成員のほうも負けていない。数では圧倒的に有利。ありとあらゆる方法で摩鬼人と劉鬼を始末せんとする。

 劉鬼はまるで劣勢の状況を楽しむかの如く、にやりと笑う。

「久しぶりの鉄火場、たまんねえな」

 興奮に身を委ね、暴れる青年。そのなかで、幻視を通して構成員たちを見る。

「なんだ、おめえら、そんなに血が付いていないな。人殺し、あんまりしたことない連中ばっかりかよ」

 彼の特徴は、目にある。見えないものが見えてしまう幻視を持つ。これは一種のトラウマからそうなってしまったのだ。劉鬼の幻視は血。濃淡もはっきりわかる。濃ければ濃いほどその人物は、人殺しに慣れた人間である。逆に、血が見えないものは人を一度も殺していない。そう劉鬼は判断している。

 元飛鳥会の構成員たちは、血がうっすら付着していたり、一滴も付いていなかったりする者ばかりだった。

 形勢はどんどん傾く。摩鬼人、劉鬼は先へ進んだ。

 軋む廊下を行くと、突如襖が開いた。隠れていた敵が行く手を阻む。

「めんどくさ」

「そう言うな。次は俺がやる」

 摩鬼人は拳銃を持つ相手に対し、素手で挑んだ。

 それを挑発だと思い込んだ敵が舌打ちをする。苛立ちをぶつけるように、引き金を引く。だが、銃弾は空を切った。

「なに。どこへ行きやがった!?」

 眼前にいるのは欠伸をする劉鬼だけだ。摩鬼人のすがたがない。

 と、相手が驚いている隙に鳩尾へ膝を叩き込む。

「親父のそれ、ニンジャっぽい」

「昔、だれかにも同じようなことを言われたような気がするぞ」

「だれがどう見たってそうだって」

 廊下の突き当りまで来た。先がふたつに別れている。右か、左か。

「どっち行きますか? 二手になってもいいですけど」

「……左。扉があるほうだ。扉の奥は書斎になっていた部屋だ」

「書斎? なんでまた、そんなところに」

「仕掛けがあるんだよ」

 背後から来た構成員ひとりを撃つ。

「どうしてそんな場所があるってわかるんだ? 親父」

 右から来る敵を撃つ。

「さてな。なぜかあたまが憶えているだけだ」

「ふうん」

 ふたりは左に曲がる。そして、書斎であった一室の前にて息を潜めた。

 予備の弾数を確かめて、アイコンタクトで頷き合ったのち、扉を開放する。

 部屋には、だれもいなかった。しんとしている。

「どこに居やがる」

「おそらくは、あそこだな」

 摩鬼人が本の並ばない本棚を指さした。

 劉鬼は首を傾げる。棚に触れてみるが、埃しかない。かび臭く、鼻をつまんだ。

「うえ……カビ生えてねえか、これ」

 一方、摩鬼人はぽつんとある机を調べていた。椅子も書くものも置いていない。引き出しのなかもからっぽである。机には、灯らないスタンドライトがあるのみ。

 スタンドライトも埃を被っている。けれど、引き紐の部分だけ人が触れた跡がある。その紐を下に引っ張る。そして、今度は力を込めて手前に引く。かちん、と小さな音がした。

「それが仕掛け扉の鍵か」

「そうだ。我が息子よ、銃を構えろ、なかに入るぞ」

 棚が動く。現れたのは灰色の壁。真ん中あたりにふたつの凹みを発見する。

 凹みに手をかけ、ふたりがかりで開ける。

 そして現れたのは、階下へ続く階段であった。


    ×


 あのふたりを殺す。青月にその気はない。そも、なぜ御堂は、亜条摩鬼人殺しにこだわるのか。大道寺左門のシマを荒らして、自分たちが出向くよう仕組んだ。わざわざ裏世界のビッグネームたる鬼を呼んだわけとは、一体?

 青月はじっと御堂をねめつける。

「なんだよ、なにか言いたそうな顔だな」

「俺って、マインドコントロールでもされちゃうわけ?」

「……」

 御堂は険しい色をする。かまわず、さらに続けた。

「違うよね、きみはそんなことをするつもりで俺を監禁したんじゃない。もっとほかにわけがあるんだろう? 元飛鳥会の再興も大道寺左門への復讐も、本当の目的を達成するための布石だったりしない? ねえ、どうなのかな、御堂ハルキ」

「……そうだ。よくわかったな。でも、遅い。遅すぎる」

 頬を拳銃のグリップで殴られる。口から血が垂れた。

「俺はな、レイ。あの日々を、ここでの地獄を忘れたいんだよ。だはそれは、『ミハル』という俺を捨てなくちゃできない。そのために、そのためにお前を監禁してやった。すべて忘れちまったお前はまだ思い出していないようだが、少しあたまを捻ればわかるだろ? どういう状況なのか、なぜこんなことになったのかを」

 青月は口角をあげた。考えなくてもわかる。こびりついた記憶とは、そう簡単に剥がれる代物ではない。

「ここは貴賓室。居るのは俺ときみ。外には飛鳥会の構成員だった連中、それと亜条摩鬼人……あのときと違うのは、大道寺左門がいない点だけかな」

 鈍痛があたまを襲う。またしても殴られた。

「正解だ。そう、俺はあの日を再現したんだよ。しなくちゃいけなかったからな」

「舞台でもはじめる気? シェイクスピアが驚くような脚本で頼むよ」

「黙れ、この売春婦が! まだ無駄口を叩く余裕があるようだな、お前。……まあいい。お前とおしゃべりできるのもこれが最後になる。まあいいさ」

 御堂の最後のほう、やや語気が弱まったように感じた青月。

「……まさかだとは思うけれど、きみはあの日を再現して、今度は自分が檻の外へ出る、っていうシナリオにしようとしていないかい」

 ぱち、ぱち、ぱち。短い拍手。

「お前がどうやって『レイカ』を捨てたのかは知らない。それと同じように、お前も、俺がここからどうやって出たのか、知らないだろう。なあ、錠前ってよ、案外手でも壊せるものだったぜ。爪が剥がれるまでがんばれば、皮膚が破けるぐらい叩けば、楽に壊せるよ」

 御堂はけたけた、けらけらと笑い声をあげる。そして、拳を青月の顔の横に叩きつけた。

「俺はそうしてここを出た。だあれもいないここを抜け出して、お前を探した。探し回ったんだ。約束だったお前を迎えに行くことを、果たすために。だが、……ああ、話すだけでイライラしてくるぜ。とにかく、俺は『ミハル』を捨てる。過去との因縁を断ち切る。そのために、この一件を起こしたんだよ」

 青月は、同じだ、と心中で呟く。同じだ、彼もまた――過去との因縁を、『レイカ』を殺して、断ち切ろうとしている。そうすることで、商品だと知る同志はいなくなる。ここでの毎日を思い起こすきっかけがなくなる。

 そう、あの日のすべてが消えるのだ。そうして晴れて、人間として生きられる。

 『ミハル』は今から、人間になろうとしている。

「そうなんだ。知らなかったよ。もしも摩鬼人殺しを成功させたら、お祝いさせてよ。『ミハル』を捨てられた祝杯でもあげようか」

「はっはっはっは。いいな、それ。でもな、もう遅すぎる。もう、俺たちは友達なんかじゃないんだ。敵になっちまった」

「……御堂、その様子だと、きみは」

「みなまで言うなよ。それぐらいわかっている。――なあ、レイ」

「なんだい」

「お前ってよ、あの亜条摩鬼人が好きなのか?」

「好きじゃないよ。愛している。俺が人間になってはじめて、好きなったものだよ」

「へえ。とんでもねえな」

「そのとんでもないやつに、きみは銃口を突きつけた」

「あいつを殺さねえと、俺は自由にはなれない。恨むか? 俺を」

「恨まないよ、むしろ好きだ」

 御堂は驚愕した。

 青月はずいっと彼に顔を近づける。

「俺はね、亜条摩鬼人が好きなんだ。彼の声、身体、存在、皮膚、肉、骨、四肢、みんな大好きなんだよ。だから、彼を殺した得物も人も、嫌いにはならない。憎悪なんて向けない。きみのことも、恨んだりしないから安心して。ああ、でも、嫉妬はするかもね、俺はけっこう嫉妬深くてしつこい性格だから」

「……あいつは死にたがりだと聞いた。いずれだれかに殺させる。死ぬんだぞ」

「そう、亜条摩鬼人はいずれいなくなる。でも、それでも愛している。骨になろうが肉が腐ろうが愛している。あいつを殺した得物も人さえも、愛してやるとも。どうやって摩鬼人を殺したのか語ってほしいねえ、くくく」

「狂っていやがるな、お前」

「人間、狂ってなんぼだよ。狂おしいほど熱中できるものがあってこそ、生きていると実感できる。そう彼から教えてもらった」

「お前は今、亜条摩鬼人を愛することで、人間のお前が生きていると実感しているわけか。嫉妬しちまいそうだ」

「俺は、俺が死なないかぎり亜条摩鬼人という存在は生き続けられるから、あいつをずっと愛すると決めた。あいつをとりまくなにもかもを愛して、亜条摩鬼人という男を追いかけていくよ。亜条摩鬼人こそが、俺の生きている証なんだから」

 靴音が耳に入った。どんどん近づいてくる。

 ひとり? いや、ふたり。摩鬼人と劉鬼が来たようだ。

「おやおや、長話はもう終わりにしなきゃいけないようだ」

「そのようだねえ。来るとは思わなかったけど」

「お前とはやく会って、ダチになりたかったぜ、レイ」

「残念だけど、もうそれは叶わない。言っただろう、きみの探す『レイカ』はもういないんだ」

「……ほんと、遅すぎたな」


     ×


 貴賓室とは名ばかり。豪華絢爛な飾りや家具はいっさいない。壁と床は灰色。広い一室を照らすには足りない明かりが寂しく角に置かれていた。窓はなく、室内は薄暗い。出入り口は今立っている後ろの一か所だけだろう。

 非常にやりにくい。標的を見失えば不利になる。角の明かりを奪われてはいけない。

 劉鬼は心中にてため息をつく。武器になりそうなものは見当たらない。愛用の拳銃だけで標的を始末しなくては。

 否、そんなことより、亜条摩鬼人がどう動くのかが、気になって仕方なかった。この人の行動は読みにくい。だが、みすみす青月を見殺しにはしないはずである。

 対峙する標的は、両手の自由を奪われた青月を盾にこちらと向き合っている。

「はじめまして、亜条摩鬼人さん」

「……」

 ニセモノの親父は無表情。無言で拳銃を構えた。

 青月はこちらと標的を交互に見る。ふたりとも、どうする気なのか。

「我が息子よ、お前はそこに立っていろ。標的が逃げないよう道を塞げ」

「了解。親父はどうすんの。このまま、青月さんを殺すのかよ」

「さてな」

 劉鬼はやれやれ、と肩を竦めた。指示通り、一か所だけの出入り口を封じた。

 摩鬼人は二歩、前に進み出る。

「待て。それ以上近づくな。銃をこっちに投げろ」

 御堂は青月の肩越しに銃口を向けながら言った。

「……」

 御堂と摩鬼人の間を、一丁の拳銃が滑っていった。かつん、と青月のつま先に当たった。

「レイ、その銃で摩鬼人を撃て。後ろのガキはあとだ」

 青月の片手が解放された。彼が銃を拾うことにためらっていると、御堂が強引に掴ませた。

 御堂と青月、摩鬼人の間は、互いの銃弾を当てるには充分の射程距離である。

 みなが、銃を構えている。息を吐くことさえ許されないほどの緊迫感が場を支配した。

「……」

 御堂は青月に、青月は摩鬼人に、劉鬼は御堂に、銃口を向けている。丸腰である摩鬼人は依然、無表情だった。

 だれがはじめに引き金を引くのか。

 だれがはじめに撃たれるのか。

 銃弾が放たれたその後はどういった状況になるのか。

 それらを知るためには、彼らのうちのひとりがひとりを殺めなければわからない。

 その一瞬の時は、唐突に訪れた――。

「なにっ!?」

 御堂、青月、劉鬼の三人は驚く。

 銃声。銃声がした。どこで? だれが撃った?

「なっ……まさか」

 血の飛沫をあげたのは、御堂だ。

 では、劉鬼の銃弾がそうしたのか? 否。

 では、御堂自らが? 否。では、青月が? それもまた否。

 引き金を引いたのは、丸腰である摩鬼人だ。

「お、親父……」

 丸腰の彼に拳銃はない。ゆえに、引き金を引くことすらできないはずだ。けれど、彼は間違いなく撃った。青月の持つ拳銃にて、御堂の肩を。

「い、いつの間に……ぐっ」

 劉鬼はようやく状況が呑みこめた。

 摩鬼人は気配を消した。静寂と一体化した。そして青月へ迫り、彼の銃を持つほうの手を御堂のほうへ曲げ、そのまま銃弾を放ったのだ。

 青月の手から愛用の拳銃を回収し、倒れた御堂に向ける。

 もう一度引き金を引こうとしたそのとき、間に青月が割って入った。

「待って、摩鬼人」

「なんだ、庇うのか」

「違う。けじめ、つけさせてくれないかな」

「……好きにしろ」

 摩鬼人は標的から離れた。

 青月は御堂へ馬乗りになる。

「レイ、俺を殺すのか」

「そうだよ。俺も、いい加減過去との因縁を断ち切りたいんだ。そのために、きみを殺す。きみが昔を再現してくれたこの場でね」

「じゃあ、俺は、ここからは出られねえわけか。はは、結局、『ミハル』のままか」

 細く長い針が、青月の着る服の袖口から出てきた。

「なんだ、やっぱり仕込んでいやがったな」

「大丈夫、毒はない。純粋な針だよ」

「それで、どうするんだよ」

「頸動脈に一本、刺すだけさ」

「……そりゃ、楽に逝けそうだ」

 ぷつり。針は皮膚を破り、頸動脈を突く。血飛沫が床に飛び散った。

「さようなら、『ミハル』。もう会うことはないね」

「レイ……名前を、今の、なま、え、は」

「俺の名前は、青月黎。青い月と、黎明の黎だよ」

「アオツキレイ――いい、なまえ、だな」

 『ミハル』こと御堂ハルキの瞳から光が消えた。

 青月は立ち上がり、しばらく彼を正視する。そして、振り向かずに去った。

「ふう、終わったか」

 仕事、終了。無事、標的を処分。あとは大道寺左門へ報告するのみ。

 肩の力を抜き、階段のほうへ足を運びかけ、劉鬼は後ろを見た。ぴくりともしない肉塊に歩み寄り、屈む。ずいぶんと穏やかな笑みを浮かべていた。

「ふうん。あんたも笑うのか。死に際ってのは、みんな笑うもんなのかねえ」

 なら、あの人もまた、笑むのだろうか。いつも無色を張りつけたあの顔が、三途の川を渡るときには微笑んでいるというのか。さっきも、撃たれるかもしれない状況のなか表情ひとつ変えなかった。けれど、色島千や御堂ハルキのように、最期は穏やかな色をするのだろうか? 想像できない。そもそも、あの人がこと切れるときがくるとは思えない。たとえあの人に死が訪れても、こんな穏やかな色を見せない。はずだ。いつものように、無色でわかりにくい表情をするだろう。――そうであってほしいと望むのは、俺のエゴか?

「……俺も、お前みてえに苦しまずにいきたいぜ。あばよ、御堂ハルキ」

 劉鬼も、貴賓室だったところから去る。

 寂しく置かれた明かりが、肉塊の横顔を照らす。


     ×


 飛鳥邸を見た。ふたつの白い影が目に入った。両手を繋いで、手を振っている。

「どうしたんすか、青月さん。帰りますよ」

「ああ、うん」

 改めて邸へ視線を戻す。影はなかった。

 とても幼かったように思えた。まるで――

「ま、いっか」

 廃屋に背を向け、住み家へ帰還する。

 もうここへは来ない。過去の自分は、ここへ置いていく。

 さようなら、御堂ハルキ。

 さようなら、レイカ。


     ×


 翌朝。青月は目覚めた。辺りを見渡して、住み家の自室だと確かめる。ベッドから起き上がろうとして、痛みに美顔を歪めた。手当ては昨日のうちに済ませたけれど、傷口はやや深く、かなり出血もした。薬が効かない体質ゆえ、鎮痛剤は働かない。時間の経過で治していくしかないのである。青月自身もそれについてはよくわかっている。

 痛みを耐えながら着替えて、一階に下りた。まだふたりは起きていないようだ。

「あれは……」

 イーゼルの上に乗ったままのキャンバス。近くまで歩み寄った。

 まかふしぎな絵だ。背景は灰色。顔のない人らしき者の両手に、首がある。首から下は存在せず、両手の指間から血が零れ落ちている。のっぺらぼうとその手は真っ白だ。

 さらにふしぎなことに、右手のほうは下を見ており、左手のほうは上を見ている。下を見るほうは顔が青ざめており、血の気がない。だが、穏やかに微笑んでいる。反して、上を見るほうは生気が感じられた。真剣な眼差しで天を仰いでいる。

「なるほど……囚人か。いろいろと彷彿しちゃう絵だね、これは」

 絵をじっと眺めているうちに、一連の日々があたまに蘇った。けれど、以前のような幻覚症状はない。驚き、青月は己の身に、おそるおそる触れた。

 消えている。おぞましい感覚が消えた。

 今、感じているのは、間違いなく、自分自身の手だけだ。幻ではない。

「ああ――よかった」

 その場に膝をつく。全身を両手で抱きしめた。喜びが溢れて、震えた。

 やっと、人間として生きていける。堂々と胸を張れる。もう過去に怯える必要はなくなった。克服したのだから、商品である己をようやく、もとのところへ戻せたのだから。

「――俺は青月黎。人間の青月黎だ。もう商品である俺はどこにもいない。ここにいるのはまさしく、人間として存在する青月黎なんだ!」

 声をあげた。まるで産声のように。

 二度目の生まれ。そのニンゲンの名を彼は言った。

 愛する男より授かった名を、己自身の名として再び口にした。

 彼の新たなる誕生を祝うかの如く、朝日が地平線より世界を照らす。


     ×


「ミハル」

「レイ、俺を迎えに来てくれたのか」

「行こう」

「ああ、行こう」

 俺はレイの小さい手を握った。

 俺たちはそうして、貴賓室から飛び出した。

 見たことのないような世界が広がっている。

 明るく眩しい太陽と、大きくて白い雲と、どこまでも続く青い空。

 胸が高鳴る。うんと息を吸って、世界の空気を味わう。

「さあて、まずはどこを目指す? 相棒」

「海にしよう。このお空と同じ色をしている海が見たい」

「ようし、出発だ!」



 廃屋は廃屋のまま。

 唯一の明かりがふたつの影を照らした。

 そしてふっと、光はなくなった。

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