心の傷の行方
企画『眼鏡娘とコンタクト』参加作品
「ふぅ……はい、おしまい♪」
白衣を纏いし笑顔の乙女は、俺みたいな坊主頭の野球部員ですら、一介の詩人へと変貌させる魅力を持っていた。
「コンタクト、壊さない様にね?」
買ったばかりのコンタクトを気に掛けてくれる先生はマジで心のオアシズだ。……ん?オアシスか?
「センセ、いつもありがとう……」
俺は土埃に塗れた野球帽を握り、精一杯の男を見せて保健室を去る。
「ッシャーー!!」
コンタクトを気にする事無く、俺は盛大にヘッドスライディングをぶちかます!
「おう! 気合い入ってるは良いけどまた怪我するなよ!?」
「ウッス!!」
……遅い。既に爪が割れていた。ラッキー♡
「……センセー居ますか~?」
俺の惚けた声にも、先生はちきんと笑顔で出迎えてくれた。
「あらあら? またかしら?」
その声に、俺は笑いながら指を見せた。
「痛そうね。でも大丈夫♪」
先生は机の引き出しから瞬間接着剤を取り出し、割れた爪に塗っていく。先生の手は冷たく――いや、俺が緊張して熱いのか?
「意外と万能よ? もう少し爪が伸びたら根元から切ってね?」
鼻歌混じりの治療が呆気なく終わり、俺は先生の顔を見つめた。
「ん? なぁに?」
眼鏡の奥に光る一騎当千……値千金?の瞳は俺を魅了して止まない。長いまつげも何だか良い。うん。良く分からないけど良い!
「センセー、次の試合でヒット打てたら……眼鏡を外してくれませんか?」
「ぷっ! なぁに急に。いいわよそれくらい」
「センセー約束だかんな! 破ったら―――アレだかんな!」
「ぷぷ、変な子」
俺は恥ずかしさを隠すようにグラウンドへ戻った。
生まれて初めての告白……で良いのか?さっきのは……。
先生がプロ野球選手の『イチオー』が好きだって言うから、やったことの無い野球部に入って、これまで練習してきたんだ!
次の試合……絶対ヒットを打ってやる!!
―――パカーン!
特大アーチを描きフェンスを越えるボール。練習試合と言えど、相手が強豪校故応援団や観客も多い。
俺は、その大事な試合で…………ベンチを温めていた。
スタメンから漏れた俺はそのまま呼ばれる事無く、その日の練習試合は終わってしまった。
……………………ちぇっ……
俺は完全にふて腐れながら、ベンチ仲間とハンバーガーを食べていた。
「今日は呼ばれると思ってたのによ……」
「はは! 無理無理! だってお前下手くそじゃんかよ!」
くそ、何も言い返せねぇ……。
「あ、あれ? おい、アレ見ろよ」
友達が指差した先には店の外を歩く一組の若いカップルが居た。
キラキラした服装で露出も多い。今どきって感じだ。
「で?」
俺は適当な返事を返した。
「あれ……保健室の先生じゃねぇか?」
「えっ!?」
俺はテーブルから離れ、窓ガラスギリギリまで顔を近付けた!
眼鏡もしてない、胸元全開、生足生足……。
本当に先生か? まるで別人だぞ?
「……分からん」
俺は諦めて席へと戻るが、その日、心のモヤモヤが晴れることは無かった。
「センセー突き指ッス~」
いつも通り軽快な音を立てて保健室の扉を開けると、そこにはいつも通り先生が…………え?
「どうしたの? 指大丈夫?」
先生は俺の指の心配をしてくれる……。いや、今は指どころではない。
「先生……眼鏡は?」
呆けた顔の俺はまるで魂の抜けた状態だ。
「昨日壊れちゃってね……彼氏がコンタクトが良いって言うから、思い切って変えました♪」
―――う そ だ ろ ?
やっぱり昨日のは―――
「か、彼氏……?」
「え、ええ……。変かしら?」
「あ! そうだ練習試合試合はどうだったの? ヒット打てた?」
先生はケラケラを軽快に笑った。……ウゼぇ顔だ。
「…………もういいです」
「え!? 待って! 指は!?」
「知るかよ!!」
俺は気が付けば放課後の殺風景な校舎の中を駆け抜け上靴のまま外へ出ていた。
「クソ! 馬鹿にしやがって!!」
俺は洗い場でコンタクトを外し、地面に叩きつけて思い切り踏みつけた!
二度、三度、恨み辛みを晴らすかの様に……。
いつでも出せるようにと書いておいた退部届。
鞄から取り出した眼鏡の奥は、涙の海で満ちていた…………。
読んで頂きまして、ありがとうございました。