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どうも、お呼びがけ警察です

私はコーヒーとケーキのセット。友人は紅茶とパフェ。拘りがそこはかとなく滲み出たメニュー表とにらめっこして決めた。デザートを分けっこすることで合点がいった。

「すみませーん。」

賑やかな店内に彼女の声が吸い込まれていく。忙しなく店内を動き回る店員には届かない。彼女は少し恥ずかしそうに小声で、届かなかったね、と言う。私は、忙しそうだもんね、と同調する。

こういう時呼び鈴があればよいのだけれど、あったらあったでカフェとしての雰囲気が壊れる気がする。

「あのさ、前言ってた彼氏がさ…」

ピンポーン!3番さんオーダーでーす!あいよー!お伺いしまーす!

「…やっぱり後で言うね。」

ぶち壊しである。


かと思えば、百発百中ですいませんを成功させる友人がいる。普段は目立つ声色ではないのだが、注文時だけテノール歌手になる。隣で発されると目立ちすぎる気もするが、確実に気づいてもらえるから実用性はあると踏んだ。

「ねぇ、音感あるの?」

「や、ない。」

「ふぅん。店員さん呼ぶとき声変わるのってわざと?」

「いやー?別に意識してないけど。」

なるほど声が大きくなるだけじゃなくてテノール歌手になる人も居るのねぇ。という言葉は飲み込んだ。彼には今後も、無意識の上質なテノールを保ってほしい。


声は適材適所で変わる。だがその揺らぎが違和感を生む。

最寄りの駅前に紀ノ国屋ができて間もなく、物珍しさから店内を徘徊していていたときだ。

「すみませぇん。」

いかにもいいとこの奥様らしい余裕を含んだ声。しかしここは西荻窪。いいとこの奥様もたかが知れる。この奥様はSEIYUでも同じトーンの声を出すのだろうか。

少なくとも和歌山のパームシティ※にこの毛色の人間はいなかった。いや、パームシティが「すいません」を必要にするほど混むことがまずない。 紀ノ国屋ならこれがデフォルトなのだろうか。恐ろしや、紀ノ国屋。

それはさておき、このすいませぇん、は後ろを通りますよ、という意思表示だ。だが向こうからも人が来ていて避けられそうになかった。思わずたじろぐ。

「あぁん、ごめんなさいねぇ。」

奥様はぐいぐい来る。押しが強い。私は奥様と通行人にサンドイッチされる未来を憂いながら動けずにいる。

「すいませんねぇ、通りまぁす。」

案の定ふたつのパンズに挟まれて、レタスとハムの役割を担う。どうも、具材です。

パンズ解散後、はあい、と間の抜けた声で蟹よろしくちょこちょこ移動して一応動く気があったことだけアピールしておく。奥様がどんな表情をしたかは確認していない。


すいませんは万能ではない。関西では、ごめんで済んだら警察いらん、という屈強な合言葉が用意されている。しかし使われているのを聞いたことはない。

すいませんは決定事項であり、相当強い意志を持っている。本当に申し訳ないとは思ってない。そしてすまないと言われると断れないのが人間の心理。とんでもない叙述トリックだ。


昔テレビ番組の中の物語で、画期的だ!と思ったものがある。なにやら登場人物の顔の近くにメーターがついていて、100%になると銘々トイレに駆け込むという。内容をからっきし覚えていないから、脈絡は分からない。が、要するに生理現象の情報が駄々漏れになるというシステムだ。

これをぜひすみませんに応用させてほしい。すみません発信者側のすみませんパーセンテージと、受信者側の拒否パーセンテージを出してほしい。そしてより数字の大きい方に勝利の女神よ微笑みたまえ。


「すいませぇん。」24%

『ピロリン、無理です。』

「あぁん、ごめんなさいねぇ。」25%

プシューーー。年末のお笑い特番でしか見ない白い粉が彼女の顔面を覆い尽くす。プシュー、プシューー。彼女は真っ白になってしまった。陳列棚と同化した彼女はまるでそこにいないようだ。映す価値なし。

消えてしまった彼女。キョロキョロするワタクシ。声の主はどこだろうと探しているとまた奥様がやってくる。

「すいませぇん。」18%

プシューーー。

「すいませぇ」

プシューーー。白塗りの奥様方が並んでいき、みるみる紀ノ国屋が精神と時の部屋に変わっていく。「すいませぇん。」だけが木霊する部屋で、私は買い物かごの中身を元の位置に戻すこともできずがたがたと震えるのだった。

恐ろしや。


※パームシティは和歌山に何店舗かある(寂れた)スーパー。ないと困る。

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