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EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #01

挿絵(By みてみん)

 モスベに向かうには、アマネたちがキャンプしたコンビニの跡地から『火星の飛び地(マーズエンクレイヴ)』唯一の公道――旧時代の『国道』――を西へ進み、大きな標識が出ている分岐を北の方へ曲がればよかった。

 北へ向かって二日も進めばやがて赤い砂漠地帯を抜け、ほどなく市街地に辿り着く。


 しかしアマネはそこを直進した。

 西へ直進するルートはテトナへの近道だった。モスベを経由して大きく北に迂回するよりは半月ほど早く着くのだ。だが人が住む地域に至るまでは砂漠や廃墟の街が十日以上続く。

 地図上に何も表示されないため、ふとした原因で迷う危険がある。徒歩移動にはあまり向かないルートだ。


 分岐を直進してから二日、コンビニを発ってから三日目の夜、火星の飛び地では久し振りになる雨が降った。

 彼らは周囲より高い場所にテントを張り、雨水を溜めるための小型タンクをそれぞれ設置し、早々に夕食を済ませて荷物の整理をした。

 水タンクはろ過装置も兼ねており、半自走式になっている。だが放っておくとちょっとした凹凸で方向が変わってしまったりするので、移動中は各自で管理しなければならない。


 ムクロとカバネは地図を(バック)(パック)の底に仕舞い込んだ。

 地図を見るたびに広大な砂漠に取り残されたような気分になるだけなので、見ない方が精神衛生上にはまだ()()だ。

 荒涼とした無人の砂漠地帯が延々続くせいで、カバネとムクロは他人の気配というものに飢え始めていた。


 特にムクロはこの環境に参って来ているらしい。日に日に口数が減って行く。

 元々表情に乏しいのだが、ほとんど笑顔を見せなくなっていた。


 兵として長年さまざまな作戦をこなして来たアマネはともかく、カバネたちはこの『任務』に就く以前はずっと、大人数の仲間と共に過ごすのが当たり前の環境にいたのだ。

 しかも、普段はムクロが不機嫌でも構わず軽口を叩いたりからかったりするアマネが、この数日間ずっと無口だった。

 その原因はカバネたちにはわからず、おのずと分隊内の会話も減って行く。



 とうとう(こら)えきれなくなったムクロは、黙々と歩くアマネの背中へ問い掛けた。

「アマネ、どうしてモスベに向かわないんですか? パオさんに会うのがそんなに急務なんです?」

 コンビニを()ってからはもう四日になる。周囲の風景は相変わらず、まるで火星のように赤茶けていた。

 ムクロはあえて(z)(i)(p)ではなくアマネの母国語――日本語を使った。


 すぐさまくぐもった声が問い返して来た。

「それは雑談か? それとも上官に対しての質問か?」

 感情がまるで籠ってない声だった。ムクロは息を飲む。しかもアマネはちらとも振り向かなかった。


 普段はどこか頼りなかったりふざけ過ぎたりする(アマネ)だが、任務に関して理由のない行動はしない。そう理解していたはずなのに、()()中につい雑談めいた質問を――しかもアマネが反応しやすい母国語で――投げたのは明らかなルール違反だ。

「申し訳ありません――班長」と、ムクロは圧縮語で謝罪する。


 いつも混ぜっ返す役目のカバネも口を挟まなかった。ムクロの行動が逸脱していることを察したらしい。

 気まずい空気が三人の間に漂っていた。



「悪かったよ」

 やがて、根負けしたかのようにアマネがぼそりと呟いた。

「さっきの言い方は卑怯だったな。実はコンビニを発った次の日、時間外にちょっとした任務が下ったんだ。このルートはそのためのものだ――今まで説明せずに悪かった」

 相変わらず背後の部下を振り返らぬままだったが、声からは先ほどの冷徹さが消えていた。


 だがムクロは何もこたえない。いや、何かこたえなければと思ったが声にならなかった。

「時間外ですか? ってことはオレらが寝ている間? 随分緊急だったんですね」と、ムクロの代わりにカバネが日本語で訊ねる。

 通常、任務中はカバネたちは圧縮語でやり取りをするが、ムクロが先ほど取った行動を『(なら)す』ように、カバネはあえてそうしたのだろう。


 アマネにも彼の意図が通じたようだ。くすっと笑って足を留め、ようやく連れを振り返った。

「ムクロは、俺がテトナへ直行してると考えたんだろう?」

「はい」

 びくびくしながらムクロがこたえると、アマネは笑顔を作った――もっとも、ゴーグルを装着しているため、目の表情しか見えなかったが。


「実はこの数日、そのルートを更に外れて南西へ向かっていたんだ。地図にはないルートだが、どうせ道はないんだからショートカットしたというわけだ。それで、あともう数十分も直進すれば緑地帯に出る予定なんだ」


 つとめて明るい声を出しているが、無理をして感情を抑えているのが目の表情だけでも丸わかりだった。

「この辺りは、旧M国と日本のS社との緑化研究共同事業の対象区域になっていてね。だから、緑地に着いたら一度休憩を取ろう。砂漠でお茶を飲むのも、もう飽きているだろう?」


 アマネたちの祖国である『日本』という国はもう存在しない。だけではなく、他の大国も小国も含め『国』という単位や旧国名は現在使用されていない。だがそれでも、ある程度の年齢以上の人々は慣習的に国名で話をする。

 アマネの口から出る『日本』という響きにはいつも、郷愁が含まれているようにムクロたちには感じられた。


「――だから、もう少しだけついて来てくれ」

 上司であるアマネのその口調は、命令というより懇願のようだった。


 定期連絡以外、()()()から連絡が来るのは、緊急の任務、もしくは正規の連絡を介せない極秘任務であることが多い。しかし急務とはいえ内容にアマネの機嫌を損ねるような要素は見当たらない。

 彼は気分屋ではないが、自分の感情を押し殺すのは下手な方である。

 となれば、()()()が雑談めいた調子で気に障るようなことを言ったのか、そうでなければ、気乗りのしない極秘任務も与えられたのだろう、とムクロたちにも予想できた。


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