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EP01 ◆ 火星のコンビニ #07

 男の話が急に変わったので、アマネは首を傾げた。

「どうです、とは?」

「その……この便利なバッテリを、おひとついかがでしょうか、と。見たところ、あまりその、そちらの方の装備は――」

 困ったような笑顔で男はアマネたちを見る。


 ――こいつ、セールスマンなのか?


 この太陽電池のために、危険な行脚をしているというのだろうか。アマネには無謀な旅に思えたが、しかし男の表情は自信満々に輝いている。

「あ、それともまだ籍を置いてらっしゃる? もうこの辺には(元正)(規兵)のかたしかおられないと思っておりましたが――ひょっとしたら規則で支給品以外は使用してはいけない?」

 男はアマネの服装にちらっと視線を投げて、どことなく卑屈な笑顔を浮かべた。


「――ここに来る前にはどちらに?」

 ムクロが横からスープを差し出しながら男に話し掛ける。男はぎょっとして振り向くと、慌ててまた愛想笑いを浮かべた。

「サンスベの街ですよ。あそこは退役した元兵のかたなどもおりましてね。国籍――今はそういう言い方はしませんが、まぁ、色んな『国』出身のかたが毎夜酒場で盛り上がるんですよ。いやぁ楽しかったなぁ……」

 スープを受け取りながら、男の表情は思い出に笑んだ。


「酒場でなら、みな景気よく買ってくれただろうな」

 アマネがくすくす笑うと、男はきょとんとした表情から一転、わざとらしいほど深刻そうな顔を作って見せた。

「それがですね、なかなか買ってくださらないんですよ。あの街はインフラがしっかりしてますでしょう。だからいらないと。万が一の備えにはと訊くと、万が一の時には招集されて必要なものは支給されるからいいのだと」

「なるほどね。それで街を出たのか」

 カバネが合点がいったという表情で呟く。


「まぁ、それもありますが――もっとも、元兵のかたより一般のかたがたの方がお買い上げくださりましたから商売はそこそこでしたね。彼らは万が一の備えには敏感ですから」

「では次はどちらへ向かわれる予定で?」

「コイルに行ってみようかと思っています」

 男の言葉に、アマネは目を丸くした。

「コイルならかなり進み過ぎてるぞ――その磁石、合ってるのか?」


「おや、私としたことが。いやね、磁石は大丈夫ですが、実は私、地図を読むのは下手なんですよ。こんな風に時々迷ってしまいまして……じゃあこの先はどこになりますかね?」

「この先は、二日ほど進んだ頃にモスベの街へ行く(しるし)が見えるが……しかしあそこも退役兵が多い街だな」

 アマネは顎に手を添え考え込む素振りを見せる。男は肩をすくめた。

「しょうがないですね。そちらへ行くことにします――あなたがたは?」


 アマネは苦笑しながらこたえる。

「俺たちはここで連絡を待つ予定でね、明日明後日……ひょっとしたらもう数日、待機しなければならない」

「おや、そうですか……()()のかたはご苦労がございますね」と、男は落胆の表情を見せた。

「もしも、あなたがたがモスベへ向かうのでしたら、ご一緒させていただこうかと……もちろん邪魔にならないように少し離れて行動しますが」


「そういった遠慮は、俺らに限ってはいらないが。しかし残念だったな。あなたもあまり滞在していられないだろうから引き止めないよ。食料も(こころ)(もと)ないだろう?」

 アマネはちらりと男の(バック)(パック)に視線をやる。男はますます落胆の表情を濃くしたが、ひとつ息を吐いて肩をすくめた。


「そうですね……どうも、ごちそうさまでした。それでは私はそろそろこの辺で」

 男が立ち上がって椅子をたたむ。アマネも立ち上がった。

「もう行くのか? あぁ、夜の間に移動するんだったな。気をつけて」

 男は落胆の表情を隠そうともせず、無言でうなずいた。


 カバネが思い出したように声を掛ける。

「なああんた、この辺は見晴らしがいいから、モスベの標に辿り着く前に何かあったら信号弾を上げるといい。オレらがすぐに助けに向かえるとは限らないが、孤立無援よりはましだと思ってくれ」

 その言葉に男は目を丸くし、改めてカバネたちの顔を見回す。アマネが小さくうなずくと、ようやく微笑を浮かべてうなずき返し、去って行った。


 * * *


「珍しいじゃないか。アマネは変なガジェットが好きだから、興味本位で購入するかと思った」

 数十分後、男がアマネたちの視界から消えた頃にようやく、カバネが口を開く。今まで話していた共通語ではなく、アマネの母国語である日本語だ。

 アマネは何か考えているのかずっと火を見つめていたが、カバネの言葉に顔を上げ、それから苦笑した。


「いや、彼のは駄目だよ――サンスベにいる退役兵というのは多分元W国の兵だろう。彼らは今も元W国専属の()()だから、彼のガジェットを見てすぐ気付いたのではないかな」


「何を?」とムクロが問う。

「一晩かそこら分の太陽電池だという割には大きかったと思わないか?」

「そう言われればそうですね。ひと昔前の商品並みかと。僕の手には余る大きさでした」

 ムクロは自分の小さな手を広げて眺める。ほっそりとした手指はよく「女の子の手のようだ」と褒められるので、かえってコンプレックスを刺戟される。


「まあ、バッテリだけなら昔の商品と言われてもしょうがない。でも実際は、彼が言うよりも容量があるだろうね。それからあれは単純なバッテリじゃない」

「そうなんですか?」

 カバネが目をしばたたかせた。アマネは苦笑する。

「パッと見じゃわからないように隠していたようだが、様々なセンサーがついていたよ。心拍数や体温、発汗などのセンサーは一般的なものだし、盗聴や盗撮も可能かも知れない」


 しかし一般人の生活を盗聴したところで、そういう趣味でもない限り有益な情報はなかっただろう。

「あの男は『情報が一番の武器』と言っていたけど、言葉通りの意味だったのか」

 カバネはため息をついた。憐れな男に同情していたらしいことはアマネも気付いていたが、何も言わなかった。


「あの眼鏡もモニタだったと思うよ。彼はそれを通して外界を見ていたようだね。ライトを頼りにと言うのは半分嘘だろう。だからこそムクロが近付いた時に驚いたんだよ」


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